ドイツ法

2016年7月30日 (土)

「コスト管理を恒久的にする」

コスト管理は、コスト削減ではなく、コスト防止である。

重要なのは方法ではない。重要なのは、活動のコスト効率はそれが構築される方法に依拠するという理解である。それは、コスト管理が、「コスト削減」ではなく、「コスト防止」であるという前提を受け入れることに大きく依拠する。コスト防止は終わりのない作業である。組織がいかにうまく構築されても、そのコスト効率は繰り返し見直される必要がある。その活動とプロセスは数年ごとに試される必要がある。

このプロセスはまた、従業員全体がコスト管理に取組み受入れることを確保する。それを機会として見るべきで、脅威と見るべきではない。コスト管理が「コスト削減」と見られるなら、従業員はそれを仕事への脅威であると見て、そのサポートを拒否する。しかし、コスト管理が「コスト防止」として見られ、実践されるなら、従業員はそれを機会として見て、よりよい保証された仕事のため、コスト管理をサポートする。

ソース:The Daily Drucker 31 July.

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2016年1月18日 (月)

ヘイトスピーチ規制についてのドイツの法状況③:民衆扇動罪

ドイツで集団侮辱よりも一般的に、人種や民族、宗教によって識別される集団に対するヘイトスピーチを処罰するための刑法条文は、130条の民衆扇動罪。

刑法130条(毛利教授の要約)

1項:国籍、人種、民族、宗教などによって定められる集団や、その構成員である個人に対して、「公共の平穏を乱すのに適した態様で」、「憎悪をかき立て、あるいは暴力的ないし恣意的措置をとるよう煽動する」こと、あるいはそのような態様で、それらの者を誹謗中傷することにより、その人間の尊厳を攻撃することの禁止。

2項:1項に該当する内容の文書を頒布、提示、放送などすること、およびそのために当該文書を作成・調達などすることの禁止。

3項:「公共の平穏を乱すのに適した態様で」、ナチスが行った民族謀殺を是認、矮小化し、またはその存在を否定することの禁止。

4項:ナチスの「暴力的かつ恣意的支配」を是認、賛美、あるいは正当化することにより、「犠牲者の尊厳を侵害する態様で公共の平穏を乱す」ことの禁止。

集団による誹謗的煽動は、いまだ特定の個人的法益の侵害に結びつくとは言えないが、それがもつ公共秩序への危険性に着目して、それを言論の段階で禁止しようとするのが、民衆扇動罪の特徴。

集団の利益それ自体を擁護しようとするものではない。

ヘイトスピーチについての米独比較を行ったヴィンフリート・ブルッガー
「刑法130条においては、特定されうる個人による個別の犯罪行為の具体的危険は存在しないにもかかわらず、それで刑法上の制裁に十分だとされているのであるが、この見解は、よかれあしかれ、ドイツ社会が、言葉においても行動においても反ユダヤ主義に特に染まりやすいということを引き合いに出すしかない」「ヒトラーの下でのドイツ」と「今日のドイツ」で、ヘイトスピーチが引き起こす害悪について「類似の予測」が成り立つということが、この条文を支える理解なのである。

■連邦憲法裁判所の態度
●慎重な適用を求める部会決定

具体的事案においては、極右のデモや集会を、刑法130条などに違反する発言がなされる蓋然性が高いことを理由に不許可とする処分の合憲性に対し、表現の自由や集会の自由への配慮から概して慎重な態度をとっていた。
特に2000年代に入ってから、極右のデモを広く認めようとする同裁判所の姿勢は、行政当局や行政裁判所との激しい摩擦を生み、このことが、ナチスの「暴力的かつ恣意的支配」の正当化自由をも法律で禁止する刑法130条4項の新設を促すことになった

①ある共同住宅でドイツ人家族とトルコ人家族との間の暴力沙汰について、「トルコ人のドイツ人に対するテロ」「ドイツ国内でドイツ人に対する民族浄化がおきる?」などという見出しを付けたビラを配布した者が、警報130条1項1号の罪に問われた事件。
2002年に連邦憲法裁判所は、原手続の有罪判決を部会決定で破棄。
←見出しだけに着目した有罪判決が批判され、文書を全体として理解すれば、当該ビラは主として事実を伝え、読者に反応を促そうとするもの。

②第二次世界大戦の敗戦直後にチェコスロバキアから追放されたズデーテン・ドイツ人の心境を歌おうとする「故郷追放者の歌」において、自分たちの家と土地が「よそ者」にはく奪されたとし、「我々を再びドイツのドイツ人たらしめよ!アメリカ人、ロシア人、異国の物は出ていけ・・ついには再び自分たちの家の主人とならん」という歌詞を差局したものが、刑法130条1項の罪で有罪に。
これに対し、連邦憲法裁判所は、2008年に、部会決定で破棄。
←この瑕疵は確かにかつての占領軍の批判ではあるが、国内の外国人の追放を求めるとか、それらの者に暴力的措置をとるよう求める内容と解するには、専門裁判所の判決には「十分跡づけうる論証がない」。被告人が極右思想の持ち主だとしても、だからといって直ちに当該歌詞からそのような内容が読み取れるようになるわけではない。


多義的表現を有罪とするには、有罪を導かない解釈をしっかりした理由をもって排除する必要があるという、1990年代以来の、批判も多い言明解釈基準を用いて、意見表明の自由の観点から民衆扇動罪の成立範囲を限定。

●刑法130条4項の合憲性についての第1法廷判決

連邦憲法裁判所は2009年に、ネオナチへの集会禁止処分の合憲性が争われた事件で、2005年に新設された刑法130条4項の合憲性を正面から扱い、しかもそれをナチスに対する特定の態度のみを禁止するものであって一般法律とは言えないとしつつ、それでもナチス支配の正当化は基本法に内在する例外として許されている


刑法130条4項を合憲性問題を例外的個別法というかたちで処理したことは、合憲判決がもたらす意見表明の自由法理へのインパクトを最小限に抑える意味もあった。
また、例外的な合憲判決を出すこととのバランスをとろうとしてか、本判決は一般論として意見表明の自由の重要性を強調しており、「戦う民主制」の標語として言われることとは正反対に、「自由の敵にも自由を保障する」というのが基本法の基本的立場であると明言するに至った。

表現活動が受け手にもたらす「主観的な不安」は、表現制約の根拠として持ちだすことはできず、実際の外面的な法益侵害の危険がなければならないということも、意見表明の自由についての基本的法理として、しかも「現存秩序の原理的転覆を目指す」内容の言論についてまで、認められている。

確かに、意見表明を禁じるために、外面的法益としての「公共の平穏」を害する危険性がどの程度必要なのかについては、あいまいな点が残る。しかし、例えば異論にさらされる者の恐怖心が、単なる主観的なものではなく、客観的に見て人々の平和的共存が脅かされていることの兆候だと認められる必要はあろう(本判決によれば、ナチス支配の是認は、ドイツ社会で一般にこのような効果を発生させることになる)。

そして、このような「公共の平穏」要件の解釈は、「公共の平穏を乱すのに適した態様」という弱まったかたちではあれ、それを構成要件に組み入れている刑法130条1項の解釈にも、影響を及ぼすことになろう。「純粋に精神的な領域」での議論を制約することは、基本法の要請として許されないのであり、ヘイトスピーチの可罰性を認めるには、それが人々の平和的共存に対して実際に危険性を有することが客観的に示されなければならないはずである。

●その後の部会決定
2011年に、刑法130条2項1号aの「流布」行為の解釈につき、部会決定で態度を示している。
部会決定は、2009年判決を参照しつつ、「意見の内容それ自体を禁止することは許されない。すでに法益侵害への移行を目に見えるかたちで内包しており、それによりはっきりした法益侵害との敷居を乗り越えるような、コミュニケーション態様のみが禁止しうる。」とする。
この観点から、多人数ではなく1人に対して文書を渡す行為を「流布」にあたるとする解釈は、意見表明の自由の要請に合致しないとした。

以上、毛利透京都大学大学院教授「ヘイトスピーチの法的規制について」(法学論叢176巻2・3号210頁(2014)、221頁~)

ヘイトスピーチ規制の問題について http://kmasafu.moe-nifty.com/blog/2016/01/post-f4d2.html

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2016年1月17日 (日)

ヘイトスピーチ規制についてのドイツの法状況②:「アウシュヴィッツの嘘」判決と人種・民族集団への集団侮辱

集団侮辱は、人種・民族や宗教によって区別される集団について成立するか?

連邦憲法裁判所は、「兵士は殺人者だ」判決の前年、1994年に、ナチスによるユダヤ人虐殺の存在を否定する「アウシュヴィッツの嘘」と呼ばれる言論が、そいつ在住ユダヤ人に対する集団侮辱となることを肯定する判決。

憲法異議を申し立てた側の主張:このような集団侮辱を認める刑法解釈は、政治的に望ましくない言論を禁止するために使われる、侮辱概念の許されない拡張解釈であって、意見表明の自由を保障する基本法5条に反して違憲。

連邦憲法裁判所:侮辱罪の保護法益は「人格的名誉」としたうえで、原判決が「ユダヤ人迫害の否定の中に、重大な人格権侵害を認めた」ことには憲法上の問題はない。
「連邦通常裁判所によって確立された、第三帝国におけるユダヤ人住民に対する人種を動機とする虐殺の否定と、今日生活しているユダヤ人の尊重要求と人間の尊厳への攻撃との間の根拠づけ連関には、憲法上異論をはさむ必要はない」と述べ、ドイツ在住ユダヤ人に対する集団侮辱の成立を認めた。


ドイツ在住ユダヤ人に対する集団侮辱の肯定が、過酷な歴史的体験から生じた構成員個人個人の集団への強い帰属意識と、その歴史からドイツ社会構成員に生ずる、彼ら彼女らのユダヤ人としての自己理解に対する尊重責任に求められており、本判決の集団侮辱肯定は、ドイツのユダヤ人の置かれた特殊な歴史的・社会的環境によるところが大きい

専門裁判所の判決例においても、人種・民族や宗教集団について集団侮辱が認められた例は、ユダヤ人を除いては存在しない。

ドイツ在住ユダヤ人への集団侮辱が「その人数にもかかわらず」認められてきたのは、ナチス期に被った「歴史上唯一的な」運命によってのみ説明できるとし、その他の「もはや人数的に見渡し難い」民族的な「住民の一部」には集団侮辱は認められないとの解説。

以上、毛利透京都大学大学院教授「ヘイトスピーチの法的規制について」(法学論叢176巻2・3号210頁(2014)、220頁~)

ヘイトスピーチ規制の問題について http://kmasafu.moe-nifty.com/blog/2016/01/post-f4d2.html

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
 
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ヘイトスピーチ規制についてのドイツの法状況①:集団侮辱「兵士は殺人者だ」判決

ドイツで、人種や宗教などによって特定される集団に対する侮辱的・脅迫的言論を禁止するための主な法的手段として
①刑法185条の侮辱罪を集団に対する侮辱に対しても適用する集団侮辱と、
②刑法130条の民衆扇動罪
がある。

集団侮辱とは、ある集団についての侮辱的発言が、その構成員個々人に対する侮辱と解され、侮辱罪に該当するとされるもの。

連邦憲法裁判所判決:1995年の「兵士は殺人者だ」判決。

意見表明の自由保障の観点から、集団侮辱の成立要件と厳格化した。

意見表明の自由解釈に際し、「基本法5条1項1文は、制裁への恐れから許される批判もなされなくなるような、基本権行使への威嚇的効果を発生させる刑法185条1以下の解釈を禁ずる。」としたうえで、さらに国家機構への批判が問題となっている場合には「権力批判への特別の保護の必要」に留意しなければならない、という基本姿勢。

集団侮辱を認める刑法解釈自体は容認
←個人が自身の属する集団と「多かれ少なかれ同一化する」ことがある。

意見表明の自由を考慮し、集団侮辱成立には、対象が「境界づけられ見渡せる集団」であることに加えて、非難がその集団のすべての構成員の特徴に結びつけられていることが必要。

①個人の名誉への攻撃と、許されるべき社会的批判、国家機構に対する批判との区別に困難が生じ、「それゆえ、そのような表現の処罰には、意見表明の自由に行き過ぎた制約を課す危険がある」
集団の規模が大きくなれば、その集団への攻撃でそれに属する各個人も攻撃されたと理解することは困難になる。

「兵士は殺人者だ」とうい具体的言明について、集団侮辱性を認める判決例の傾向を否定。

①ドイツ連邦軍兵士に対する侮辱的発言が、それを構成する個々の兵士に対する侮辱罪にあたるとする解釈は容認できるが、あらゆる兵士に対する侮辱が集団侮辱を構成することはできない。
②あらゆる兵士に対する侮辱を、その一部であるドイツ連邦軍に対する侮辱だと解釈することも許されない。
③「兵士は殺人者だ」という言明が集団侮辱となるためには、それが表面上は兵士一般を指しているにもかかわらず、そこで「まさしく連邦軍の兵士が意味されている」と立証できなければならないが、その立証が不十分。


本判決は、集団侮辱の上述の危険性を考えると、意見表明の自由保障の観点からは、英米法のようにこの解釈を認めない方が本来は適切だという姿勢を示唆しつつも、基本法自体がそこまでの限定的解釈を求めるわけではないとして、伝統的な刑法解釈を正面から覆すことは避けた。
そして、集団侮辱の成立に個人の名誉との関連性をより厳密に求めることで、意見表明の自由との調和を図った

以上、毛利透京都大学大学院教授「ヘイトスピーチの法的規制について」(法学論叢176巻2・3号210頁(2014)、218頁~)

ヘイトスピーチ規制の問題について http://kmasafu.moe-nifty.com/blog/2016/01/post-f4d2.html

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