剣道

2017年7月25日 (火)

公立中学の部活動中の熱中症での脳梗塞⇒国賠請求(肯定)

大阪高裁H28.12.22      
 
<事案>
Y(東大阪市)の設置する本件中学校のバドミントン部に所属していたXが、指導教諭等による熱中症予防対策が不十分であったことにより、部活動中に熱中症に罹患して脳梗塞を発症⇒国賠法1条1項に基づき5639万円余の損害賠償を求めた。 
 
<原審>
Yの損害賠償責任を認め、Yに対して411万円余の支払を求める限度で請求を認容。 
 
<判断>
●中学校長等の過失
スポーツ活動中の熱中症を予防するための措置を講ずるには環境温度を認識することが前提となり、その把握が極めて重要であることは、平成22年当時において学校関係者に既に周知されていたと認められる。
Yの中学校長に温度計を設置すべき義務があった
 
●本件過失と脳梗塞との間の因果関係 
Xは少なくとも当日の検査でいずれもプロテインS抗原量等の数値が基準を下回っている⇒原審がXのプロテイン欠乏症が脳梗塞の発症及びその重篤化に相当大きく寄与したと推認され、寄与度70%と認定したことは相当
 
<解説>
国公立学校の教育活動に伴う事故について、国賠法1条の公権力を広義に解し、学校教育活動もそれに含まれる(最高裁)。
クラブ活動であっても、それが学校の教育活動の一環として行われるものである以上、その実施について、学校側に生徒を指導監督し事故の発生を未然に防止すべき一時的な注意義務のあることを否定することはできない(最高裁昭和62.2.6)。
危険から生徒を保護するために、常に安全に十分な配慮をし、事故の発生を未然に防止べき一般的な注意義務がある(最高裁H9.9.4)。

学説:
注意義務の具体的基準について
①クラブ活動の性質・危険性の程度
②生徒の学年・学齢
③生徒の技能・体力
④教育指導水準
などの要素を考慮すべき。

熱中症の死亡事故について
千葉地裁H3.3.6は、顧問教諭の過失を肯定しているが、そこでは、水分・塩分の補給が問題。
本件では、環境整備義務の一環として温度計設置義務違反が認められている。

判例時報2331

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
 
真の再生のために(事業民事再生・個人再生・多重債務整理・自己破産)用HP(大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文))

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2015年2月22日 (日)

継続は力なり

見えている部分は「結果」であって、その原因となる「見えない部分」が大事。

(例えば剣道の)大会での活躍という華やかな結果の原因(見えない部分)は毎日の素振りだったりする。それは①地味な②継続であることが多い。

毎日200本の素振りを1年間してきた子どもに、大会前の頑張りで追いつくはずがない。
かといって、大事なのは数だけではない。1回ごとに考えたり感じることがあり、試行錯誤が入るわけで、それも大切。
だから「少量の継続>大量の1回」。
素振りだと「毎日の200本>5日ごとの1000本」。

それでは毎日1000本振るのはどうなのか。無理な目標は挫折しやすい。それに、素振りに数は必要だが、目的は「数」ではない。1本1本考えて振るために適正な本数がある。
とにかく、毎日少しでも「継続する」ことが大切なのだと思う。

以上のことは、勉強でも妥当する。
今思えば、子どもの頃、無理な勉強計画を立て、3日で挫折してたのは最悪だった(笑)。

「継続は力なり」は誰でも知っている言葉だが、至言だと実感する。

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2013年2月16日 (土)

体罰と無縁の稽古(9)・・・小学生時代

小学生時代、箕面ではエースでありつづけたが、大きな大会では、小学校2年の時の昇龍旗大会のベスト8は特別で、3回戦くらいで敗れていたと思う。
強豪道場の子供たちは、高学年になるにつれ、どんどん力をつけてくるから当然であった。

しかし「目標」があるというのは幸せなことで、昇龍旗大会の優勝を目指して稽古していた。

個人で参加できる大会があれば、参加した。
箕面剣友会から参加する大会以外に、昇龍旗大会をはじめ、九州の神武館の大会、大阪の三劔会さんの大会、京都の竹友会の大会等に参加させていただいた。

稽古会や大会を通じて、多くのライバル達から刺激を受けることができた。
昇龍旗大会や神武館たの大会等で活躍する九州の選手等、相手は知らなくても、こちらは全国で活躍する強い選手たちのことを知っていた(笑)。

稽古会で頭角を現していた子供たちは、中学高校と活躍し、直接竹刀を交えることはなかったが、その活躍は刺激になった。

いつだったか「ひびき(稽古会)に参加しなかったら、きっと剣道を続けてなかった」と言っていた。
強い相手がいるからこそ剣道を続けていた。

(つづく)

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体罰と無縁の稽古(8)・・・ひびき稽古会の思い出

ひびき稽古会では、ほとんどの子供たちが道場単位での参加であり、うちのような個人参加は少数であった。
ひびき稽古会を参加されている小曽根さんはもちろん、他の道場も個人で参加するうちを温かく迎えて頂いた。

ある時、試合稽古で、相手の竹刀が脇にひっかかり痛そうな顔をしたとき、審判をされていたひときわ大きな先生から、「痛がるな」と一喝された。
よほどビビったのだろう。
この時から、試合中、何があっても痛がることはなくなった(笑)。

不甲斐ない試合をした子供が厳しく指導されるのを見ることもあり、強豪道場の厳しさをの一端を垣間見ることができたことも大いに刺激になった。

(つづく)

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2013年2月 9日 (土)

体罰と無縁の稽古(7)・・・自分で考える

個人で参加できる大会があれば、参加するようになった。
大会で、強豪道場の選手と戦うこともある。
その時、相手選手は、指導者のアドバイスをもらっている。

そこで言ったのは、相手は○○先生からアドバイスをもらっているし、俺はどうやったら勝てるかわからないから、お前は相手だけでなく、○○先生に勝たないと相手に勝てないぞということだった。

強豪道場ではないから、勝つには自分で考えるしかない。
稽古会が終わってビデオを見直す習慣は、考える習慣につながったと思う。

①剣友会の稽古と朝稽古で基本をする。
②月2回の稽古会で実践する。
③ビデオを見返して考える。

いいサイクルだったと思う。

(つづく)

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体罰と無縁の稽古(6)・・・基本重視

稽古の基本は、週2回の剣友会の稽古と、毎朝20分の打ち込みと、月2回の稽古会での実践だった。

強豪道場と較べると稽古量は少ないが、「試合稽古」の差は気にならなかった。
毎朝の打込みで、「基本」のレベルを少しでも強豪道場の選手たちのレベルにもっていくことが大切だと考えた。

この考えは、自分の大学時代の空手道部での経験による。
私は大した選手ではなかったが、京大の空手道部は、稽古時間は毎日2時間半程度だったが、国公立大会では何年も連覇し、関西でも私立と対等に戦っていた。
その稽古方法が、基本重視だった。

毎日やることは基本ばかり。
大会前になると試合稽古をする。
それで戦えたのである。

だから、月2回のひびきの稽古会で試合稽古は十分だというのが私の考えだった。
稽古量が限られていたら、1にも2にも基本である。

学生時代の空手道部の経験が、息子の剣道につながるのは、ジョブズのいう「点が線につながる」ということなのかもしれない。

(つづく)

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体罰と無縁の稽古(5)・・・昇龍旗大会

週2回の剣友会での稽古と、毎朝20分の朝稽古と、月2回のひびき稽古会の稽古を続けた。

小学2年になると、箕面の大会では個人戦では小学校4年以下の部で上位に入り、団体戦でも4年生以下のチームの先鋒として戦うようになった。

上級生と稽古や試合をするわけで、自分より背が高い相手と戦うことになる。
面では勝てないので、小手や胴でとることも多く、この時の経験が、中学高校と限られた稽古量の中で、面小手胴とあらゆる技を駆使して戦うスタイルにつながっている気がする。

2年になると、ひびき稽古会でも、強い部類に入っていたが、息子より強い選手はいくらでもいた。

2年の秋頃だったと思うが、稽古会で、個人で参加できる岡山での昇龍旗大会のことを教えてもらい剣友会の先生の了解を得て、個人で参加することにした。
団体戦の次の日が個人戦。

全国から剣士が集まる大会で、前日に団体戦を見に行ったが、大会の規模に目をみはった。
剣道が盛んな九州の剣士達も初めて見た。

個人戦、たすきを用意しておらず、あわてて役員室に借りに行ったハプニングもあった。

ひびき稽古会のレベルは全国に通用した。
個人戦小学校1、2年の部でベスト8まで勝ち上がった。
今のところ、この時の戦績が、これまでの剣道人生の中で最高の戦績である。

ちなみに、ベスト4がけで、優勝した九州の松本君と戦ったが、面をすかされて一瞬で負けてしまった。
おまけに、その瞬間審判の陰になっていて、ビデオには審判の背中しか映っていなかった。
始まったと思ったら、相手の旗が3本上がっていた(笑)。

この時から、毎年1月の昇龍旗大会が、稽古の最大の目標になった。

(つづく)

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2013年2月 3日 (日)

体罰と無縁の稽古(4)・・・成長

剣友会の稽古と朝稽古で基本をつくり、月2回のひびき稽古会で試合稽古をする。
それが終わって、ビデオを見て、なぜ負けたのかを考える。

これは、非常にいいサイクルだった。
ひびき稽古会でも、強い子供には勝てないが、少しづつ1本がとれるようになってきた。

最初は、試合稽古を申し込んでもあまり相手をしてもらえなかったが、強くなるにつれ、他の道場の子供も快く相手をしてくれ、逆に稽古を申し込まれることもでてきた。
皆、強くなるために稽古会に参加しているのであり、弱い相手とやっても稽古にならないから当然である。

いつの頃からだった、ひびき稽古会で知った三劔会等の稽古会にも参加させていただいた。
個人での参加であったが、どこの稽古会に参加しても、快く迎えてくれた。

そのような稽古を続け、小学1年の11月に箕面市民大会に出場した。
初の公式戦だったと思う。
そこで4年生以下の部でベスト8まで勝ち上がった。

(つづく)

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体罰と無縁の稽古(3)・・・朝稽古開始

ひびき稽古会で完膚なきまでに叩きのめされてから、朝稽古をするようになった。

最初朝6時に起き、庭で稽古したのだが、ご近所さんからうるさいとの苦情がきた。
そこで、朝6時前に起き、近くの公園まで行って稽古することにした。

防音対策で、奥さんに厚手の布で竹刀カバーをつくってもらい、胴にもクッションをつけた。
私は、面、小手、クッション付きの胴という、まるで罰ゲームのような恰好をして、人間打ち込み台になった。
毎朝20分程度の打込み稽古だった。
防音対策の竹刀カバーをつけることで竹刀が重くなったが、これで打ち込みをすることで竹刀をしっかりと振れるようになったと思う。

月2回のひびき稽古会では、息子の試合や強い子供の試合をビデオでとり、帰ってからビデオを見直した。
引き胴なんかは、剣友会でまだ習っていなかったが、稽古会で強かったT君の引き胴を繰り返し見た。
ちなみに、T君は、高校から同じ地区のK学に入学し、高校時代ライバルとして鎬を削ることになる。

親も剣道の素人だから、こうしろああしろとは言えない。
だから、ビデオを見ての立場も対等で2人で考える。
それがよかったのかもしれない。

最初「気合が足らんからやられるんや。」という私の無茶なアドバイスで突っ込んで行って負けまくったから、親の言うことは信用できんと思ったのもよかったと思う(笑)。

(つづく)

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体罰と無縁の稽古(2)・・・ひびき稽古会の衝撃

小学校1年の夏の終わり頃だったと思うが、ネットで小曽根剣友会が月2回土曜日にひびき武道館で稽古会をやっていることを知った。
聞いてみると、自分で面をつけられるなら個人で参加しても大丈夫ということだった。
小曽根剣友会が、大阪を代表する強豪道場だとは知らなかった。

その日、最初のアップで全員で早素振りをする時、先生が皆の前で息子にやらせて「この子の早素振りはすごくいい」と言ってくれ、初めて1人で参加した息子に配慮して頂いた。

ひびき稽古会は、大阪だけでなく、京都や奈良や和歌山からもいろいろな道場が参加して、試合稽古をする稽古会で、その規模と熱気に圧倒された。
息子は10試合以上試合をした。
そして、1本もとることなく、全敗した。
1人振りかぶってスピードのない大きな面打ちを打っていくのだから、見ていて勝てるはずがなかった。

剣友会でじょうずだと褒められていたのに、完膚なきまでに叩きのめされ、帰りは涙であった。
この時言ったのは、「楽しく剣道するならそれでいい。でも勝ちたかったら稽古するしかない。」ということだった。

(つづく)

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