労働

2025年3月11日 (火)

孤立防止義務違反(否定)

東京高裁R5.6.28

<事案>
テーマパークの経営・運営等をする会社であるYと労働契約を締結し、テーマパークの出演者として就労しているXが、平成25年2月7日から平成30年3月12日にかけて上司や同僚から種々の発言をされ、もってパワーハラスメント及び集団的ないじめをされたもので、これによりXは精神的苦痛を被った⇒Yに対し、債務不履行(安全配慮義務違反)又は不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償請求として、慰謝料及び弁護士費用330万円並びに遅延損害金の支払を求めた。

<原審>
Xがパワハラ及び集団的ないじめと主張する上司や同僚の発言は、いずれも証拠上認められないか、社会通念上相当性を欠いて違法とまではいえない。
but
Yは他の出演者に事情を説明するなどして職場の人間関係を調整し、Xが配役について希望を述べることで職場において孤立することがないようにすべき義務(孤立防止義務)を負っていたところ、この義務に違反し、Xに著しい精神的苦痛を被らせた
⇒慰謝料等を認める。

Y:Xは前記のような「孤立防止義務」違反について全く主張しておらず、原審の判断は処分権主義及び弁論主義に反する。

<判断>
Xの主張は理由がない。
ア:Yには「孤立防止義務」違反があったとの原判決の判断につき、原審におけるXの訴状及び各準備書面を精査してみても、Xの主張の中に孤立防止義務違反を主張している部分は見当たらない。
イ:Xの主張について、パワハラ及び集団的ないじめの有無にかかわらず、Yには職場における「孤立防止義務」違反があるとの新たな主張を当審において行う趣旨を解する余地もないわけではないものの、「孤立防止義務」の内容は抽象的なものにすぎない。
ウ:仮に「孤立防止義務」が損害賠償義務を発生させ得る程度に具体的で特定されていると解する余地があるとしても、本件において、Yがかかる義務を履行しなければならない程度にまでXが職場で「孤立」していたと認めることは困難

Xの請求を棄却。

<解説>
処分権主義:原告がその意思で訴訟を開始させ、かつ審判の対象を設定・限定することができ、さらに当事者がその意思で判決によらずに訴訟を終了させることができる。
弁論主義:判決の基礎をなす事実の確定に必要な資料の提出(事実の主張、証拠の申出)の権限と責任が当事者にある。

判例時報2614

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2025年2月27日 (木)

右肩腱板不全断裂の業務起因性が肯定された事案

東京地裁R5.3.17

<事案>
建築作業等に従事する労働者であったXは、業務中に中型貨物自動車を運転していたところ、渋滞で停車中に追突事故に遭った。
緊急搬送先のH1病院で、頭部打撲(全治約7日間)腰椎捻挫及び右下腿部打撲血腫(全治14日間)の診断⇒紹介されたH2病院で治療。事故の約3か月後に、「首、腰の痛みは続いている」とされつつ症状固定の判断。(約3か月の通院期間①)
⇒H1病院で腰痛及び右肩痛等を訴え、医師はXの右肩に腱板断絶及びインピンジメント症候群を認めた。
⇒腰痛についてはH1病院で治療を受け、右肩については紹介を受けたH3病院で治療を受け、H1病院において、本件事故の約7か月後に「頸椎捻挫、腰椎捻挫、右肩腱板不全断裂」について症状固定の判断。(約4か月の通院期間②)

Xは、通院期間①②について、それぞれ休業補償給付の請求⇒処分行政庁は、初期症状固定判断を前提に、通院期間①については支給決定し、通院期間②については不支給決定。
障害補償給付については、一旦は、右肩腱板不全断絶に業務起因性があることを前提に併合10級とする障害一時金の支給を決定したが、後に、同業務起因性を否定して同等級を14級とする変更決定をした。

Xが、Y(国)に対し、前記不支給決定及び前記変更決定の取消しを求めた。

<争点>
Xの右肩腱板不全断裂は本件事故によるものか

<判断>
腱板断裂が外傷性のものか非外傷性のものかを判断することは容易ではない。
ア:本件事故によって右肩腱板不全断裂が生じた可能性があるか
イ:右肩腱板不全断裂を生じさせる他の原因がないか
ウ:本件事故によって右肩腱板不全断裂が生じたとして具体的な事実の経過と整合するかを検討。

ア:
肩腱板不全断裂は事例は少ないが単一の外傷によって生ずることもあり、交通事故はそのような場合の主要な要因の1つであるとの医学的知見の存在。
①本件事故の衝撃は相当強いものとみられること、
②本件事故によってXの身体が前後に振られた際に、シートベルトとシートによって右肩付近に相当強い外力が加わったことを推認することができる。
③Xは本件事故の際にとっさにハンドルを持つ手に力を入れたことが認められ、それによっても肩関節付近に大きな力が加わったと考えられる。

本件事故が右肩腱板不全断絶を生じさせた可能性を肯定。

イ:
①本件事故前に、Xの右肩には何の不調もなかった
②繰り返す小外傷による腱板不全断裂の原因の典型例とされる事象(肩をよく使うスポーツや上肢を肩の高さよりも上で使う職業上の動作)が今回の右肩腱板不全断裂の原因になったとはみとめられない。
③本件事故から右肩腱板不全断裂の診断を受けるまでの間、Xは安静にしており、その間に右肩腱板不全断裂が生じた都はみられない。

他原因の存在は認められない。

ウ:
通院期間②開始の経緯に照らせば、Xが本件事故の1週間後に申告した「肩の痛み」は右肩の痛みであるというべきであり、本件事故によって右肩腱板不全断裂が生じたという事実は、具体的な事実経過とも整合的。

判例時報2612

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出社命令の有効性が否定された事案

東京地裁R4.11.16

<事案>
Yの従業員として主としてリモートワークで業務に従事していたXが、Yに対し、
①Yの違法な出社命令によって労務を提供できなかった等と主張して、民法536条2項に基づき労務を提供できなかった期間の賃金等、
②リモートワーク期間中、所定労働時間外に労務を提供したと主張して、労働契約に基づき時間外労働に対応する割増賃金等の請求をした。

反訴請求:
Yが、Xに対し、リモートワーク期間中に本来は勤務していないのに勤務していたと虚偽の報告をしたなどと主張して、賃金規定に基づき不就労時間に相当する賃金等の返還を請求。

<判断>
●民法536条2項に基づく賃金請求
争点:Xが令和3年3月4日以降に労務を提供していないことがYの「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)によるものか?
X:本件出社命令は無効
Y:有効
就業場所に関する労務の解釈:
Y代表者の供述及び勤務実態

原則としてXの自宅が就業場所であるものの、Yは業務上の必要がある場合に限って事務所への出社を求めることができる。
①本件やりとりの中には業務に必要不可欠なもの以外のものも含まれており、またY代表者がこれを不快に感じた点は理解できるものの、これにより業務に支障が生じたとは認められない
②労働者が申告する時間と実労働時間に差異があったまでは認められない
③本件出社命令は、本件やりとりを巡ってXとY代表者がお互いを非難しあう中でだされたもの

本件で業務上の必要があったとは認められず、本件出社命令は無効。

●時間外労働に対応する割増賃金請求及び反訴請求
争点:Xの実労働時間
X:Yに対し、毎月、労働時間を記載した工数実績表を提出しており、これに基づいて労働時間を認定すべき
Y:否認し、業務用パソコンにインストールされていたツール(キー操作、マウス操作数、見ているウィンドウタイトル等と取得するためのツール)の計測結果をもとに不就労時間を算定し、これに対応する賃金を返還すべき。
①Xは使用者の面前で指揮監督を受けることなく自宅で終業時間について一定の裁量をもって勤務を行っていた⇒工数実績表のみでは労働時間の立証として不十分
②Xの職種はデザイナーであり、パソコンで作業をしない業務もある⇒Xが申告する勤務時間とパソコンの作業・操作の時間が異なるとしても、これを根拠に不就労時間を認定することはできない。

<解説>
出社命令の有効性:
本件では、Y代表者が、本件やりとりを発見したことを契機として、これまでに一度しか出社したことのなかったXに出社を命じており、事案の特殊性に留意が必要。

労働時間の認定:
厚労省「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」(HP)
テレワークの労働時間管理について
「使用者による現認ができないなど、労働時間の把握に工夫が必要」であるものの、他方で、「情報通信技術を活用して行うこととする等によって、労務管理を円滑に行うことも可能になる」などとされている。

判例時報2612

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2025年2月13日 (木)

法適用通則法12条1項によりオランダ法の強行規定が適用⇒客室乗務員の無期転換が肯定された事例

東京地裁R5.3.27

<事案>
Xら(日本人)は、オランダの航空会社であるYとの間で雇用契約を締結し、日本国内の空港をホームベースとして、オランダの空港とを結ぶ路線の航空機に搭乗する客室乗務員として勤務。

各雇用契約において、準拠法は日本法とされ、契約期間は当初3年間で、Yらは2年間の契約更新を行うことができるが、5年を超えて延長されることはないと規定。

XらとYは、本件各雇用契約の当初の契約期間を2年間延長し、さらに、YとXらが加入した日本の労働組合は、団体交渉を経て、平成27年6月3日、本件各雇用契約を、労契法18条1項により原告らに期間の定めのない労働契約への転換権が発生する日の前日までの間、延長することを定めた和解合意。

その後、Yは、Xらに対し、前記延長による雇用契約満了後の契約更新をしない旨を通知。

Xらは、本件各雇止めに対して異議を述べるとともに、契約の更新を申し入れた上、期間の定めのない労働契約上の権利を有する地位確認、本件各雇止め後の各月の賃金の支払及び本件各雇止めが強硬法規違反であることを理由とする不法行為に基づく損害賠償を求める本件訴えを提起。

Xらは、Yに対し、令和3年5月17日の口頭弁論期日に、Yに対し、本件各雇用契約について、有期労働契約が3か月以内の休止期間を挟んで更新され、かつこと契約期間が休止期間を含めて36か月を超えることで、有期労働契約が無期転換する旨が規定されているオランダ民法てん668a条を適用すべき旨の意思表示をした。

<判断>
有期労働契約の無期転換は、法適用通則法12条1項の「労働契約の効力」に含まれ、本件オランダ法条における無期転換は、当事者が単に約定するのみでは排除することができない⇒法的法通則法12条1項における強行規定に当たる。

本件各雇用契約は、労務を提供すべき地を特定することができない場合に当たるところ、諸事情を踏まえれば、本件労働契約における労働者を雇い入れた事業所の所在地(「労務提供地」)はオランダであり、法適用通則法12条2項括弧書により、オランダ法が本件各雇用契約に最も密接な関係がある地の法(「最密接関係地法」)と推定され、前記推定を覆す事情は認められない
⇒法適用通則法12条1項により、本件各雇用契約のの無期転換について、Xらが指定した強行規定である本件オランダ法条が適用されることとなり、本件各雇用契約は、いずれも本件オランダ法条による無期転換の要件を充たしている
⇒現時点で期限の定めのない契約となっている。

Xらの地位確認請求をいずれも認容。

賃金請求:
本件各雇用契約は、本件各雇止めの時点では労契法19条により更新されることなく終了。
令和3年5月17日、Xらが本件オランダ法を適用すべき旨の意思表示をしたことによって初めて同条が適用され、Xらの期間の定めのない労働系やきう上の権利を有する地位が存することとなった。

本件各雇用契約に基づく就労債務は、その時点(前記意思表示の翌日)から、債権者であるYの責に帰すべき事由によって履行することができなくなった

その翌日以降の賃金分について請求を認容する一方、その余の賃金請求及び慰謝料請求を棄却。

<規定>
法適用通則法 第一二条(労働契約の特例)
労働契約の成立及び効力について第七条又は第九条の規定による選択又は変更により適用すべき法が当該労働契約に最も密接な関係がある地の法以外の法である場合であっても、労働者が当該労働契約に最も密接な関係がある地の法中の特定の強行規定を適用すべき旨の意思を使用者に対し表示したときは、当該労働契約の成立及び効力に関しその強行規定の定める事項については、その強行規定をも適用する。
2前項の規定の適用に当たっては、当該労働契約において労務を提供すべき地の法(その労務を提供すべき地を特定することができない場合にあっては、当該労働者を雇い入れた事業所の所在地の法。次項において同じ。)を当該労働契約に最も密接な関係がある地の法と推定する。

<解説>
法12条1項:
当事者が労働契約により準拠法を定めたとしても、それが当該労働契約の最密接関係地法以外⇒労働者の使用者に対する意思表示により、当該労働契約の成立及び効力に関し、最密接関係地法の特定の強行規定を重畳的に適用。

最密接関係地の認定については、2項に推定規定。
まず労働提供地の法
それを特定することができない⇒雇入事業所所在地の法
が最密接関係地法と推定。

判例時報2611

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2025年1月21日 (火)

地方公務員の営利企業への従事等の制限違反による減給処分(肯定)

名古屋地裁R4.9.7

<事案>
Y(名古屋市)の教育委員会は、Xに対し、Xの行為が、実質的に本件道場の経営に携わるものであり、会員から月謝を徴収して収入を得ていたものとして、営利企業への従事等の制限(地公法38条1項)に違反するとともに、教育公務員及び学校教育全体の信頼を失うものであり、法令違反行為(同法29条1項1号及び3号)等の懲戒事由に該当

3か月間給与等の10%を減ずる旨の減給処分

本件処分の取消しを求め、本件訴えを提起。

Xの主張:
①本件道場は、営利目的でなく武道終業の場として運営されており、徴収する会費は、教育的側面を重視して費用弁償等に相当する額のみを徴収する目的で設定されており、その大部分は、本件施設の減価償却費として確定申告書に計上される経費にあたるもの
⇒本件道場の運営は営利企業には当たらず
②本件施設の所有者は妻である上、確定申告や会費の徴収も妻が行っている⇒Xが本件道場を営んでいるとはいえず、地公法38条1項にいう「自ら営利企業を営」むことに当たらない

<判断>
●本件道場の運営が営利企業への従事に当たるか
①本件道場における会費が本件施設の維持管理費用等として会員から徴収されていたことを認定した上で、かかる費用は本来所有者が負担すべき性質のものであり、本件道場の活動に要する実費を徴収するものにとどまらず、本件道場を運営する者の利益に当たる
②開設以来、不特定多数の者に対する会員の募集が行われ、平成22年から平成30年までに徴収された会費の額は年平均約57万円に及んでいる
⇒本件道場には継続的に会費収入を得ることを目的とする仕組みができており、事業性が認められる
⇒本件道場の運営は「営利企業を営」むことに該当。

●本件道場の運営の主体
・・・・Xが、本件道場の活動に不可欠な行為を自ら行い、活動の中心となって主体的かつ継続的に関与していたといえるとして、XとXの妻は、同人の名義を利用して、少なくとも共同して本件道場を営んでいたものといえる。

<解説>
地公法38条1項は、地方公務員が職務専念義務を負い(同法30条)、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務する者であること(憲法15条2項、地公法30条)

職員の職務専念義務が疎k所なわれることの防止及び職務の公正の確保を目的として、これに直接又は間接に影響を及ぼすような行為に職員が従事することを勤務時間の内外を問わず原則的かつ画一的に禁止し、職務に対する集中力が欠けたり職員の品位を貶めたりするおそれがないと任命権者において認めるときに限って許可を受けることができることを規定。
その趣旨から、地公法38条1項に「営利企業」とは、営利と目的とする限り、業態の如何を問わずこれに該当し得るものであり、また、当該事業者の名義が家族等であっても、実質的には職員本人が営利企業を営むものと認められる場合には、同項違反に当たる。
その該当性は、当該活動の内容や当該職員の関与の態様等を踏まえて判断されることになる。

判例時報2609

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2024年12月26日 (木)

地方自治体職員に対する条件付採用期間の勤務成績不良を理由とする免職処分(肯定事案)

宮崎地裁R5.10.18

<事案>
Y町に事務職員として条件付採用されたXが、Y町長から条件付採用期間における勤務成績の不良を理由として、地公法22条に基づき、正式採用せず免職する旨の処分を受けた⇒本件処分は違法であるとして、Yに対し、その取消しを求めた。

<争点>
本件処分の違法の有無
裁量権の逸脱・濫用、地公法27条1項所定の公正原則違反、育児休業等を理由とする不利益取扱いを主張。

<判断>
●裁量権の逸脱・濫用について
地公法22条に基づく免職処分について、処分権者の判断には、相応の裁量が認められるとしつつ、その判断が合理性を持つ者として許容される限度を超えた不当なものである場合には、裁量権の行使を誤ったものとして違法となる(最高裁)。
本件処分理由①③⑦によってはXの成績不良を基礎づけることはできない
本件処分理由②④⑤⑥のみをもってしていも、Xは与えられた職務を果たそうとする責任感や積極性、上司及び関係者との協調性を欠いており、感情コントロールも不十分であった

Yにおいて、条件付採用期間中の成績不良を理由に、正式採用に至らず不採用とする本件処分を選択したことが、客観的に合理性を持つものとして許容される限度を超えて不当な判断であるということはできず、裁量権の行使に逸脱・濫用の違法があったとは認められない。

●地公法27条1項所定の公正原則違反
Xは、そもそも人事評価実施要領の対象外であり、その他、本件処分に先立って行われた人事評価において、公正原則違反を理由に本件処分を違法とするほどの手続違背があったとは認められない。
告知・聴聞の機会の欠如:
YはXに対して、免職予告通知書とともに詳細な処分理由を記載した処分理由書を事前交付しており、これに対し、Xは処分理由書に対する詳細な主張を記載した書面を提出し、その後、Yは予告した免職の方針を維持して本件処分がされたという経緯
⇒告知・聴聞の手続を欠く公正原則違反の違法は認められない。

●育児休業等を理由とする不利益取扱い
①育児休業取得の申請は、Xの申請に先立ち、Y側から提案したものであること
②その評価内容をみても、取り掛かった仕事の整理や引継ぎをすることなく休業に入ったことについてチームワーク等の観点から問題を指摘するもの
⇒Xの申請それ自体を消極に評価したものではなく、育児休業の取得を理由に不利益な取り扱いをしたものとは認められない。
Xの上司の評価・・・・は適切なものとはいえないが、
当該評価は本件処分の理由には含まれておらず、本件処分の理由はいずれもXの育児とは何ら関係がない

YがXに対し育児休業等を理由に不利益取扱いを行ったとは認められない。

判例時報2607

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労基法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるとされた事案

最高裁R6.4.16

<事案>
外国人の技能実習に係る管理団体であるYに雇用されていたXが、Yに対し、割増賃金等の支払を求めるなどした事案。

<争点>
Xが所定労働時間労働したものとみなされるか否か。

<原審>
Xの業務の性質、内容等⇒YがXの労働時間を把握することは容易でなかった
but
Yは、Xが作成する業務日報を通じた報告を受けており、その記載内容についてある程度の正確性が担保されていた⇒「労働時間を算定し難いとき」に当たらない

<判断>
Yにおいて、Xの事業場外における勤務の状況を具体的に把握することが容易であったと直ちに言い難いことを前提として、
原審は、業務日報の正確性の担保に関する具体的な事情を十分に検討することなく、業務日報による報告のみを重視して、前記2の結論を導いた

原審の判断には、本件規定の解釈適用を誤った違法がある。

<規定>
労基法 第三八条の二
労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。

<解説>
●判断方法
平成26年最判:
(被用者が事業場外で従事した)業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、使用者と被用者との間の業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等の考慮要素を掲げた。

使用者の具体的な指揮監督が及んでいるか否かを基準とする見解が有力。
労働者が使用者の強い指揮監督の下⇒使用者が具体的な勤務の状況を把握することは容易となりやすい。

●本件への当てはめ
①本件業務が訪問指導のほか、技能実習生の送迎、生活指導や急なトラブルの際の通訳等、多岐にわたっている(業務の性質、内容)
②Xが自らスケジュール管理をしており、所定の休憩時間とは異なる時間に休憩をとることや自らの判断による直行直帰を許されていた(業務の遂行の態様、状況)
③Xが携帯電話を貸与されていたものの、随時具体的に指示を受けたり方向をしたりすることがなかったこと(指示及び報告の方法、内容等)

Yにおいて、Xの事業場外における勤務の状況を具体的に把握することが容易であったとは直ちにいい難い。

原審:
「労働時間を算定し難いとき」に当たらない

主として、訪問先やそこで業務に従事した時間等の情報が盛り込まれた、いわば自己申告としての意味を有する業務日報につき、
①その記載内容を第三者に確認可能であること
②現にYが業務日報の記載に基づき時間外労働の時間を算定していたことから、記載の正確性が担保されている

vs.①
単に第三者に確認が可能であるというだけであれば、本件規定の適用対象として想定されている外勤営業や出張等の場合にも広く妥当し得ることであって、事前に得られている情報と自己申告等とを照合して疑義のある点につき第三者に照会するなどといった方法がどの程度現実的に可能か、あるいは、実効的かについての具体的な検討が不足。
単に抽象的な可能性として、自己申告の内容に沿って、場合によって多数の関係者に問合せをすれば確認が可能である、あるいは、そうであるがゆえに虚偽の自己申告がされることを想定しにくいというのみでは、使用者が及ぼしている指揮監督が具体的であるなどとは評価し難いといった視座

vs.②
Xの主張を正解しないままに安易な評価が加えられている。
Yが業務日誌に基づいて時間外労働の時間を算定していたなどというのみで、その正確性が客観的に担保されていたとの評価に結び付くものではない。
平成26年最判:「労働時間を算定し難いとき」に当たらないとの判断を導くに当たっての1つの考慮要素として、添乗日報につき、関係者に問合せをすることにその正確性を確認できることに言及
but
同事案は、使用者が添乗員に対してツアー開始前に具体的に指示をしている上、ツアー実施中においても、ツアー参加者との間で契約上の問題が生じ得るような旅行日程の変更が必要となる場合には、使用者への具体的な報告が求められていた
~使用者としては、あらかじめ把握している情報と添乗日報を対照し、疑義がある事例を実行的に抽出することが容易である。

Xの判断に委ねられている部分が多く、Yが事前あるいは業務遂行中の指示・報告を通じて業務遂行に関する情報を具体的に把握していたことがうかがわれない本件は、事案を異にする。

●携帯電話の普及等⇒「労働時間を算定し難いとき」に当たる場合は極めて限定
vs.
実質的には、使用者に権利であるはずの労働指揮権の行使を通じて労働時間を把握することを義務付け、ひいては、労働者にも、実際より強いしきかんとくに服すべき義務を負わせる方向の判断をしているに等しい。

実際に行使されていない指揮監督手段が行使されることを想定して本件規定の適否を判断することについては、慎重な考慮が求められる。

判例時報2607

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2024年11月10日 (日)

大学の外国人専任教員について労契法19条2号に基づく更新を認め、18条1項に基づき期間の定めのない労働契約への転換を認めた事例

長崎地裁R5.1.30

<事案>
X(ベルギー国籍)は、平成23年3月1日に国立大学法人であるYとの間で、3年間の有期労働契約を締結、教育職員(助教)として医学英語等を担当。
Yは、期間3年の平成26年3月1日付け更新(1回目更新)及び期間2年の平成29年3月1日付け更新(2回目更新)を前提として、平成30年11月13日、Xに対し、期間満了後の平成31年3月1日以降、更新を拒絶する旨を通知。
X:
①1回目更新による期間満了後の平成29年3月1日以降は、民法629条1項前段により期間の定めのない労働契約として法定更新された
②前記法定更新により、平成29年3月1日から令和2年2月29日まで3年間の有期労働契約として法定更新されたとしても、無期転換権を行使したから、労契法18条1項により令和2年3月1日から期間の定めのない労働契約へ転換された、
③2回目更新合意を前提としても、同法19条2号により平成31年3月1日から2年間の有期労働契約として更新され(3回目更新)、その後無期転換権を行使したから、同法18条1項により令和3年3月1日から期間の定めbのない労働契約へ転換された

Yに対し、期間の定めのない労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、本件雇止め後の本給・期末手当等の賃金及び遅延損害金の各支払を求めた。

<争点>
❶2回目更新合意の成否及び効力
❷労契法19条2号に基づく3回目更新の成否

<規定>
(有期労働契約の期間の定めのない労働契約への転換)
第十八条同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約(契約期間の始期の到来前のものを除く。以下この条において同じ。)の契約期間を通算した期間(次項において「通算契約期間」という。)が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。この場合において、当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件(契約期間を除く。)と同一の労働条件(当該労働条件(契約期間を除く。)について別段の定めがある部分を除く。)とする。
2当該使用者との間で締結された一の有期労働契約の契約期間が満了した日と当該使用者との間で締結されたその次の有期労働契約の契約期間の初日との間にこれらの契約期間のいずれにも含まれない期間(これらの契約期間が連続すると認められるものとして厚生労働省令で定める基準に該当する場合の当該いずれにも含まれない期間を除く。以下この項において「空白期間」という。)があり、当該空白期間が六月(当該空白期間の直前に満了した一の有期労働契約の契約期間(当該一の有期労働契約を含む二以上の有期労働契約の契約期間の間に空白期間がないときは、当該二以上の有期労働契約の契約期間を通算した期間。以下この項において同じ。)が一年に満たない場合にあっては、当該一の有期労働契約の契約期間に二分の一を乗じて得た期間を基礎として厚生労働省令で定める期間)以上であるときは、当該空白期間前に満了した有期労働契約の契約期間は、通算契約期間に算入しない。

(有期労働契約の更新等)
第十九条
有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。
一当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって、その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。
当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。

<判断>
争点❶
Yの有期労働契約教員の再任手続の流れを踏まえ、
YがXに対し、事前に更新の意向を確認の上、労働条件通知書等を交付
⇒その頃、2回目更新の合意が成立。
X:契約期間が3年から2年に変更されたことは労働条件の不利益変更に当たり、労契法4条1項の趣旨等が妥当。
but
英訳文の添付や説明がなかったため期間変更について理解できず、合意が成立していない。
vs.
本件労働契約上、不更新条項が定められていた⇒契約期間を2年として更新したことは契約内容の変更には当たらず、労働条件通知書の書式やXの日本語能力の程度等に照らし、Xがこの点を認識していた。

X:2回目更新合意は労契法18条1項を潜脱し無期転換権の発生を回避するため契約期間を2年としたもので無効
vs.
同条項は通算契約期間が5年を超える労働者について無期転換権を付与したにとどまり、無期転換権の行使が可能となるまで雪労働契約を行使することを規定するのではなく、そのような労働者の期待を保護する趣旨ではない。

●争点❷
常用性、更新の回数、雇用の通算期間、雇用期間管理の状況、雇用継続を期待させる使用者の言動等を基礎づける諸事情の有無について検討し、
①Xが恒常的に医学の英語教育に関する必修科目や選択科目を担当し、英語教員として必要な付随的業務等を担当
②本件労働契約が、不更新条項にかかわらず、実質的な審査等がされた形跡がなく、形式的な手続で2回更新され、契約期間が通算8年間に及んでいた
③Xが、Y大学の長期的視野に立つと考えられる新規方針の一貫として、医学英語担当の外国人選任教員として採用され、採用過程において、その旨伝えられていた

Xの本件労働契約更新への期待について労契法19条2号所定の合理的な理由がある。
本件雇止めについて、労契法19条本文所定の合理性及び相当性の欠如を検討
①Xが医学部英語担当の外国人選任教員として必要な担当能力を有していた
②Y医学部の教育方針変更に伴う外国人専任教員削減の必要性は1名分にとどまって理、同方針変更やこれに伴う影響について事前に説明せず、対応検討の機会を設けないまま、必要な範囲を超えて人員削減した
⇒合理性を欠く。

③本件雇止めの時期が同種職種の就職先を探すためには不十分で、他の配属先を探すために誠実に対応したともいえない
⇒社会通念上相当性を欠く。

同条2号により更新を認め、その上で、Xは無期転換権を行使したから、本件労働契約は、同法18条1項により期間の定めのない労働契約に転換された。

<解説>
平成24年労契法18条の改正:
同一使用者との間で締結された2以上の有期労働契約の通算契約期間が5年を超える労働者について、期間の定めのない労働契約への転換権(無期転換権)を付与することとされた。
同条は、施行日以後の日を初日とする有期労働契約に適用される(改正附則2条)⇒有期労働契約書や就業規則等において、不更新条項や通算更新期間の上限が定められ、前記施行後の通算契約期間5年を超える直前での雇止めの効力が問題となる事案が増加。
雇止めの効力や、労契法19条に基づく更新の適否等に関して、同法18条を潜脱するものか否かが問題とされる事例:
肯定事例
否定事例

本件:
不更新条項付きの有期労働契約において期間2年(通算契約期間5年)の更新合意につき労契法18条潜脱による無効が主張され、それを排斥。
尚、同条1項の特例として、大学の教員等の任期に関する法律7条1項が適用されると通算契約期間が10年となり、肯定事例と否定事例あり。
労契法19条2号は、最高裁の法理を明文化したもの。
同号の要件に該当するか否かは、当該雇用の臨時性・常用性、更新の回数、雇用の通算期間、契約期間管理の状況、雇用継続の期待等をもたせる使用者の言動の有無等の諸事情を総合考慮して判断。

判例時報2602

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2024年10月24日 (木)

賃金減額の就業規則変更が維持された事例

山口地裁R5.5.24

<事案>
社会福祉法人Y設置の病院に勤務しているX1~X9が、扶養手当及び住宅手当に係る就業規則及び給与規程の変更には合理性がなく、労契法9条本文により無効⇒Yに対し、手当て支給額の減額分に係る未払賃金等の支払を求めた事案。

<主張>
Xら:
本件変更に合理性がない理由として
❶主位的に、専ら人件費削減目的であることを秘してされたこと
❷予備的に、労契法10条所定の諸事情に照らして合理性がないこと
を主張。

被告:
❶本件変更に人件費削減目的はなく
❷平成30年法律第71号による短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(「パートタイム・有期雇用労働法」)の改正に伴い、正規職員と非正規職員との間の不合理な待遇差が禁止されていることを契機として、不合理と評価され得る格差を是正するため手当ての組換えを検討し始めたところ・・・時代のニーズに合った規定へと変更すべく、人材確保対策の一環として、若年層や女性職員が働きやすいような手当の実現を目指したもので、合理性がある。

<判断>
●❶原告らの主位的主張について、
・・手当の支給目的を納得性のある形で明確化することを目的として行われたものと認められ、本件変更が専ら人件費削減を目的としてされたとは認められない⇒原告らの主張を排斥。

●❷原告らの予備的主張について、
労契法10条及び賃金等の労働者にとって重要な権利に関し不利益変更を行う場合に高度の必要性に基づいた合理的な内容であることを求める旨判示した最高裁判例の判断の枠組みを示した上で、
高度の必要性に基づいた合理的な内容かどうかについては、就業規則の変更を行わないと使用者の事業が存続することができないというような極めて高度の必要性が常に求められるということはできないこと、財政上の理由のみに限られるわけでもないこと。
本件変更による原告らの月額賃金や年収の減額率は高くても数%程度(5%を下回るもの)にとどまる一方で、
本件病院には、パートタイム・有期雇用労働法の趣旨に従い、人件費増加抑制にも配慮しつつ手当の組換えを検討する高度の必要性があり、
将来、手当の支給条件を満たす職員が増える可能性もあることや、
本件変更直前のシミュレーションによっても、月額わずか約20万円の費用減見込にとどまった

本件変更時点での支給総額をより高額にlあるいは、本件変更による支給減額分をより低額にしなければならなかったものとまではいえず、また、変更された各規定について、手当支給目的との関係において、本件旧規定と比較して、本件新規定に係る制度設計を選択する合理性・相当性が是認される。

原告の主張を排斥。

<解説>
就業規則の変更に関し労働者の合意がない場合は、労契法10条所定の諸事情に照らして合理性が認められない限り、同変更は無効とされる。
⇒使用者の側が、就業規則の変更に合理性があることを主張立証しなければならない。

判例時報2600

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国立大学法人の誠実交渉義務違反の不当労働行為(肯定事例)

仙台高裁R5.7.19

<事案>
国立大学法人Xは、その雇用する教職員等によって構成される労働組合Zに対し、・・・賃金引下げ等について団体交渉の申入れ。
複数回の団体交渉⇒Zの同意が得られないまま、就業規則を改定し、平成27年1月から大将教職員の賃金抑制を、同年4月から賃金引下げを含む見直し後の給与制度を実施。

Z:Y県労働委員会(処分行政庁)に対し、本件各交渉事項に係る団体交渉におけるXの対応が不誠実で労組法7条2号の不当労働行為に当たるとして救済命令の申立て
⇒Xの対応が同条号の不当労働行為に該当すると認定。
Xに対し、本件各交渉事項につき適切な財務情報等を提示するなどして自らの主張に固執することなく誠実に団体交渉に応ずべき旨を命じる限度でZの請求に係る救済を認容し、その余の申立て(不当労働行為と認定されたこと等の記載文書の掲示等を命じるよう求めるもの)を棄却する内容の救済命令。

X:Y(県)に対し、本件認容部分の取消しを求めて本件訴訟を提起し、Zが補助参加。
①本件各交渉事項に係る改定規定が既に実施され、さらに団体交渉を行うことは不可能であって本件命令は不適法
②帆ねん団体交渉において本件各交渉事項につき人事院勧告に準拠した改正の必要性を十分に説明し、誠実な対応を通じて合意達成の可能性を模索するための次第減の対応を行っており、Xの対応は不当労働行為に当たらない。

<一審>
Xの請求を認容

<控訴審>
控訴棄却

<上告審>
Yの上告受理申立てを受理し、
使用者は、団体交渉において、必要に応じてその主張の論拠を説明し、その裏付けとなる資料を提示するなどして、誠実に団体交渉に対応すべき義務(誠実交渉義務)を負い、この義務に違反することは、労組法7条2号の不当労働行為に該当。
使用者が同義務に違反する不当労働行為をした場合に、誠実に団体交渉に応ずべきことを内容とする救済命令(誠実交渉命令)を発することは、一般に労働委員会の裁量権の逸脱や濫用にわたるものではなく、当該団体交渉に係る事項に関して合意成立の見込みがないときであっても、使用者が誠実に団体交渉に応ずること自体は可能⇒同命令が事実上又は法律上可能性のない事項を命ずるものとはいえないし、救済の必要性がないということもできない。

控訴判決を破棄し、本件団体交渉でのXの対応が誠実交渉義務違反の不当労働行為に該当するか否かにつき審理を尽くさせるため本件を差し戻した。

<判断>
本件団体交渉の経緯について事実認定
国立大学法人の教職員の給与は、国家公務員の給与等のほか、民間企業の従業員の給与等、当該大学法人の業務実績、教職員の職務の特性や雇用形態その他の事情をもこうりょして各大学法人が自主的、自立的に決定すべきもの。
誠実交渉義務違反の生む:
本件各交渉事項が、賃金額ないし退職金額という労働者の重大な利害に関係士、その生むだけでなく程度も重要な関心事項

単に人件費額減のために人事院勧告に倣って昇給抑制や賃金引下げの必要がある旨の説明ないし資料提示をするのでは足りず、必要となるこれらの措置の程度に関連して昇給抑制の対象年齢の引上げや賃金引下げ額の減額の余地及び実施時期の繰り延べの余地を含めて十分な説明と裏付けの資料の提示をせねばならない。

Xは、本件団体交渉において、基本的にXの財政状況からすれば平成24年度や平成26年度の人事院勧告に倣って昇給抑制や給与制度の見直しをしなければならない旨の説明を繰り返すにとどまり、昇給抑制や賃金引きさg手の程度を人事院勧告と同水準にしなければならないことについて十分な説明や資料の提示をしたとは認められない。

Xには不当労働行為となる誠実交渉義務違反がある。
使用者が事後的に十分な説明や資料の提供をするなどして誠実に団体交渉に応ずることは可能であり、誠実交渉命令である本件認容部分は、事実上又は法律上遂行不可能なことを命ずるものではなく、労働委員会の裁量権を逸脱又は濫用するものとは認められず、違法とはえない。
⇒Xの請求を棄却。

<解説>
●都道府県の労働委員会の労組法27条の12に基づく救済命令に対して不服のある使用者は、・・・裁判所に救済命令の取消しの訴えを提起できる。(労組法27の19)

行政事件訴訟法上の取消しの訴えであり、被告は当該労働委員会が所属する都道府県。
● 救済命令取消訴訟において主に審理されるのは、
❶労働委員会の事実認定の当否
❷認定事実の不当労働行為への該当性の有無
❸救済命令の内容の適法性
の3点。

●❸について、判例:
労組法が労働委員会という行政機関による救済命令の制度を採用したのは、
使用者による組合活動侵害行為によって生じた状態を右命令によって直接是正することにより、正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復、確保を図るとともに」、「労使関係について専門知識経験を有する労働委員会に対し、その裁量により、個々の事案に応じた適切な是正措置を決定し、これを命ずる権限をゆだねる趣旨にでたものと解される。」
とした上で、
このように「労働委員会に広い裁量権を与えた趣旨に徴すると、訴訟において労働委員会の救済命令の内容の適法性が争われる場合においても、裁判所は、労働委員会の裁量権を尊重し、その行使が右の趣旨、目的に照らして是認される範囲を超え、又は著しく不合理であって濫用にわたると認められるものでない限り、当該命令を違法とすべきではない」
使用者が労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由なく拒むことを不当労働行為として禁止する労組法7条2項から使用者には誠実に交渉すべき義務(誠実交渉義務)が導き出され、その違反が不当労働行為となる。
前記の法理が、同義務の違反に対する救済命令にも当てはまる。

●❶の事実認定の当否については、労働委員会の裁量は及ばず、裁判所は、労働委員会に提出されなかった主張や称呼を含めて証拠調べを行って事実認定をやり直すこととなる。

●❷についても、法律の解釈適用を使命とする裁判所の本格的審査にふくすべきものであり、不当労働行為に該当するか否かの判断については、労働委員会の裁量は認められない。

判例時報2600

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