労働

2023年3月15日 (水)

科技イノベ活性化法15条の2第1項1号の「研究者」

東京地裁R3.12.16

<事案>
Yとの間で有期労働稀有役を締結して更新しているXが、Yに対し、①労契法18条1項に基づき無期転換の申込をしたことにより期間の定めのない労働契約が成立、②YがXに対し無期転換申込権を認めない取扱いをしたことは違法

①期限の定めのない労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、
②不法行為に基づく慰謝料100万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた
X:令和1年6月20日、Yに対し、労契法18条1項に基づき無機労働契約を申し込む旨の意思表示
Y:XとYとの間の労働契約は、「科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律」に基づき、契約期間が10年を超えるまで無期転換申込権は発生しない⇒無期転換申込権を否定。

<争点>
Xが科技イノベ活性化法15条の2第1項1号の「科学技術に関する研究者」に該当するか。

<判断>
●科技イノベ活性化法15条の2の趣旨:
①立法過程における審議内容
②条文の文言

科学技術に関する研究開発は、5年を超えた期間の定めのあるプロジェクトとして行われることも少なくないところ、このような有期のプロジェクトに参画し、研究開発及びこれに関連する業務に従事するため、大学等を設置する者と有期労働契約を締結している労働者に対し、労契法18条によって通算契約期間が5年を超えた時点で無期転換申込権が認められると、無期転換回避のために通算契約期間が5念を超える前に雇止めされるおそれがあり、これによりプロジェクトについての専門的知見が散逸し、かつ当該労働者が業績を挙げることができなくなるため、このような事態を回避することにある。

科技イノベ活性化法15条の2第1項1号の「研究者」というには、研究開発法人又は有期労働契約を締結した者が設置する大学等において、研究業務及びこれに関連する業務に従事している者であることを要する

学校教育法92条及び大学設置基準16条(現15条)によれば、大学の教授、准教授及び講師の職務において、研究と教育は区別され、必ずしも不可分一体ではなく、研究は担当せず、教育のみを担当する教授、准教授及び行使が存在することが想定されている。
科技イノベ活性化法の立法の審議過程においても、教育のみを担当する講師については、「研究者」として10年超えの特例の対象とすることが想定していなかった。

大学等で研究開発及びこれに関連する業務に従事していない非常勤講師を「研究者」とすることは立法趣旨に合致しない。

科技イノベ活性化法と同時に、10年超えの特例が設けられた「大学の教員等の任期に関する法律」(「任期法」)が、10年超えの特例が適用される大学教員の対象を限定した上、手続的にも厳格な定めを置いている。
but
研究実績がある者、又は、大学等を設置する者が行った採用の選考過程において研究実績を考慮された者であれば「研究者」に該当すると解した場合、大学教員は、研究実績がある者であったり、研究実績を先行過程で考慮されたものであったりすることがほとんど⇒任期法が適用対象を限定したことは無意味となり、このような解釈は不合理である。

A大学において、学部生に対するドイツ語の授業、試験及びこれらの関連業務にのみ従事しているXは、「研究者」に該当しない⇒労契法18条1項に基づきく無機労働契約への転換を認め、地位確認請求を認容。

●不法行為については、
Yの無期転換申込権を認めない取扱いという事実行為によって、Xの地位が影響を受けることはない等⇒成立を否定

判例時報2541

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2023年3月 7日 (火)

審査請求と取消訴訟で異なる理由でも審査請求前置の要件を満たす・心臓性突然死での死亡と認定

名古屋高裁金沢支部
R3.11.10

<事案>
Aの妻であるXは、死亡原因は過労であるとして、福井労働基準監督署長(処分行政庁)に対して遺族補償給付及び葬祭料の請求⇒処分行政庁は、不支給処分(本件各処分)⇒本件各処分についての審査請求及び指針さ請求をしたが、いずれも棄却⇒Y(国)に対して本件各処分の取消しを求める本件訴訟を提起。

X:審査請求及び再審査請求においては、Aが過労により急性脾膵臓壊死を発症して死亡した旨を主張⇒過労が急性膵臓壊死を引き起こすという医学的知見が確立されていないとして理由がないと判断。
本件訴訟では、Aが過労により心疾患を発症して死亡した旨を主張

<争点>
①本件訴訟の審査請求前置要件充足性
②Aの死因
③Aの疾病及び死亡の業務起因性
Aが心疾患をもたらし得るほどの長時間労働をしていたことは争いがない⇒Aの死因(②)が心疾患であると認定されれば、業務起因性(③)は半ば自動的に肯定されるという構造

<判断・解説>
●争点①(本件訴訟の審査請求前提要件充足性)
審査請求における主張事実を取消訴訟において変更することは処分の同一性の範囲内であれば許されると解するのが一般的。
Y:労災保険給付については、給付の種類が同一で、傷病及び災害原因が同じであれば処分に同一性があるが、いずれかが異なれば処分の同一性が失われる。
Xの主張するAの傷病は、本件不服申立てにおいては急性膵臓壊死であったが、本件訴訟においては心疾患⇒処分の同一性なし。
vs.
判断:
Yの主張の採否を明示することなく、本件不服申立て及び本件訴訟におけるXの主張はAが過労により死亡したとする点で共通⇒本件訴訟は審査請求前置の要件を満たす。

「Aが過労により死亡したこと」を「傷病」と捉えれば、Yの主張によっても、処分の同一性を肯定することができる。
再審請求に係る裁決書には、XがAの死因は心疾患であると主張した旨も記載。

●争点②(Aの死因)
労働者がいわゆる「職業病リスト」所掲の疾病により死亡したものであることは、遺族補償給付等を請求する者がその証明責任を負う。

X:Aの死因を急性心機能障害を含む虚血性心疾患
vs.
判断:証拠はない

X:特異的な形態額的変化のない心臓性突然死が死因
vs.
心臓性突然死という診断名は、急に死亡し、他に原因がなく、心臓に原因がうかがわれる症例に付けられるものであり、労働者が心臓性突然死により死亡したことの証明は、労働者が他の疾病により死亡した合理的可能性がないことを証明するという消去法によらざるを得ない
but
処分行政庁が、労働者が心臓性突然死により死亡したことを否認して、遺族補償給付等を不支給とした事案においては、処分行政庁において死因となる得る疾病を特定したからこそ、不支給処分をしたものであることが多いこのような事案においては、処分行政庁の主張する疾病が死因となった合理的可能性があるといえなければ、他に特段の事情のない限り、労働者が心臓性突然死により死亡したものであると推認することができる。

第1審:急性膵炎は死因となり得るとうい医学的知見と、Aが致死的な急性の膵炎の病変を発症した蓋然性があるという、いわば抽象的なレベルの論証をもって前記の合理的可能性を認めた。

控訴審:Aの死亡という具体的な症例において、死亡をもたらした可能性のある合理的機序が認められる必要があるとみた。
⇒判断の相違。

控訴審:
Aの死亡の機序については、D1医師の本件鑑定書及びこれを概ね支持するD2医師の意見書(本件鑑定書等)に記載されたもの以外には、具体的な仮説を提示する証拠がない⇒本件鑑定書等に記載された機序に合理性があるか否かを検討すれば足りる。
本件鑑定書等に記載された機序は、一般的が医学的知見と整合せず、このような不整合を合理的に説明説明し得る文献ないしは症例報告も見当たらないから、合理性がない
⇒第1審が判断のよりどころとした、Aの膵臓は生前に壊死したのか、死後に自己融解したのか等の問題点について判断する必要はない。

<解説>
要証事実を消去法により認定せざるを得ない事案は実務上まま見られる。
そのような事案において、いずれの当事者がいかなる間接事実をどの程度の証明度をもって主張立証すべきものとするかについては、議論が紛糾することも珍しくない。

判例時報2540

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2023年1月24日 (火)

期限付きで雇用された公立図書館の館長について労基法の管理監督者に該当するとされた事例

福岡高裁R3.12.9

<事案>
地方公共団体であるYとの間に雇用契約を締結し、Yが設置・運営する図書館において館長として勤務していたXが、Yに対して未払の法内残業代金、法定時間外割増賃金を請求する権利を有する旨主張⇒雇用契約に基づく賃金(未払残業代等)請求権に基づき、未払残業代等及びこれに対する遅延損害金の支払を求めるとともに、
労基法114条に基づく付加金支払請求権に基づき、Yに対し、付加金及びこれに対する遅延損害金の各支払を求めた。

<判断>
労基法41条2号の趣旨、行政実務や裁判例の大勢に沿って、公立図書館の館長として期間付きで雇用された労働者につき、
①図書館の館務を掌握し、職員を監督するという図書館法13条2項等で規定されている公立図書館の館長の職務の特殊性や権限の内容
②労働時間に関して当該労働者が有していた裁量の程度や労働時間管理の実態、
③他の一般職員及び管理監督者との給料面での待遇の比較等の視点から具体的な検討
管理監督者該当性を肯定し、Xの控訴を棄却。

<解説>
労基法41条は、労働時間、休憩及び休日に関する規制の除外を定めている。
その代表的な労働者が、管理監督者(2号)。

その趣旨:
①管理監督者の場合、職務及び責任の重要性に照らし、企業経営上の必要から、労基法所定の労働時間等を超えて事業活動をすることが求められ、勤務実態等に照らし、労働時間等による規制になじまない(企業経営上の必要性)
②管理監督者の場合、職務の内容、権限及び勤務実態等に照らし、労働時間等に関する規定の適用を除外されても、労働時間を自由裁量によって定めることができる⇒労基法1条の基本理念、労基法37条の趣旨に反するような事態(過重な長時間労働等)が避けられ、労働者保護に欠けることにならないであろう(労働者保護の要請との関係)

職制や地位の名称に捉われず、実態に即して判断されるべき。
①職務の内容、権限及び責任の程度、
②実際の勤務態様における労働時間の裁量の有無及び労働時間管理の程度、
③賃金(基本給、手当、賞与)等の待遇の内容及び程度
を管理監督者該当性の主な判断要素とした。
より具体的な視点で判断
ex.
職務内容が少なくともある部門全体の統括的な立場にあるか
部下に対する労務管理上の決定権限等につき一定の裁量権を有し、人事考課・機密事項に接しているか
管理職手当などで時間外手当が支給されないことを十分に補っているか
自己の出退勤を自ら決定する権限があるか

判例時報2536

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2023年1月12日 (木)

銀行の従業員の自殺⇒体制構築の安全配慮義務違反を問う株主代表訴訟(否定)

熊本地裁R3.7.21

<事案>
B銀行の株主であったXが、会社法847条の2及び423条1項に基づき、B銀行の取締役であったYらに対して損害賠償金及び遅延損害金をB銀行に支払うことを求める旧株主による株主代表訴訟

<主張>
X:Yらが従業員の労働時間体制の構築に係る善管注意義務を懈怠したことにより、Xの亡夫であるB銀行の従業員であったAがその業務に起因して自殺し、B銀行がX及びその子らに対する損害賠償義務等を支払うなどの損害を被ったと主張。

<争点>
YらがB銀行において労働時間管理に係る適切な体制の構築・運用を行わなかった善管注意義務違反の有無。

<判断>
●使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う。
同安全配慮義務として、その労働管理において従業員の労働時価を適正に把握するための労働時間管理に係る体制を構築・運用すべき義務を負っており、会社の代表取締役及び労務管理を所掌する取締役も、その職務上の善管注意義務の一環として、前記労働時間管理に係る体制を適正に構築・運用すべき義務を負っている。
代表取締役及び労務管理を所掌する取締役以外の取締役は、取締役会の構成員として、前記労働時間管理に係る体制の整備が適正に機能しているか監視し、機能していない場合にはその是正に努める義務を負っている。

Aが自死した当時、
①B銀行においては、各従業員が時間外管理システム上で行う事前の申請及び事後の報告によって各従業員の時間外労働が把握されていた。
②B銀行の従業員は各部室店に設置された時間外管理表に退行時刻を記録し、各部室店の課長代理以上の役席者がこれを確認して捺印し、所属長が時間外管理表の記載と時間外管理システム上で申請・報告された時間が整合することを確認するほか、各部室店の最終退行者は退行点検引継簿にも最終退行時刻を記載することとされ、時間外管理システム上で行われた申請又は報告の内容の正確性を担保する仕組みが採られていた。
③B銀行は、従業員の労働時間管理に係る体制が一部適切に運用されなかったり、相当な長時間労働を行っている従業員が発見された場合にはその実態を把握するとともに、その改善のための調査・改善計画の策定を行っていたほか、従業員へのアンケートによる情報収集や労働時間管理委員会及び労働時間管理部会における具体的な改善策の検討も継続して行うなど必要な施策を複数行っていた。

B銀行が構築・運用してた労働時間管理に係る体制は合理的なもので、その適正な運用を担保するために複合的・重畳的な施策が採られていたと評価することができる。

Yらにおいても義務違反は認められない。

●X:Aが自死する以前からB銀行はPCログ又はICカードの記録を利用した労働時間管理を行うことが可能であったのであり、Yらはこれらを利用した労働時間管理体制を構築すべき義務を負っていた。
vs.
本判決:
B銀行がPCログを労働時間管理に活用するためには、時間外管理システムの更改が全て完了し、更に全従業員のPCログを定期的・網羅的に確認できるシステムの開発が完了している必要があり、Aが自死した当時は、そのようなシステムは実装されておらず、そのようなシステムを実装することは時間的に困難。
⇒そのような義務はない。

B銀行がICカードを利用したゲートを事務センターにのみ設置しており、従業員のICカードの利用履歴を取得するためには警備会社に対し定期的な開示を依頼する必要があったことなど⇒YらがICカードを利用した労働時間管理体制を構築すべき義務を負っていたものともいえない。

<解説>
従業員がICカードによる事業所への入退館を行い、また、業務に当たってPCを使用⇒ICカード及びPCの履歴を利用した労働時間の管理を行うべきであったかが争われた事案。

判例時報2535

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2022年12月30日 (金)

配転命令を拒否したことを理由とする懲戒解雇(有効事例)

大阪地裁R3.11.29

<事案>
大手電機メーカーC1の子会社でシステムソルーション事業を行うYの従業員であり、C1グループの間接部門事業を行う子会社C2に出向していたXが、勤務していた大阪市の事業所の閉鎖に伴い、川崎市の事業所への配転命令⇒応じなかったため懲戒解雇
①同懲戒解雇が無効であるとして、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認
②同懲戒解雇後の賃金等の支払
③多数の従業員の面前で懲戒解雇通知書を読み上げられた⇒同行為が不法行為に当たるとして損害賠償
を求める事案。

<判断>
本件配転命令の有効性について、東亜ペイント事件最高裁判決に則って判断し、
①業務上の必要性:
C1グループの経営状況⇒組織の構造改革や業務の効率化を図ることも経営状況を改善するための方策の1つであり、閉鎖する事業場の選定にも不自然・不合理な事情はない。
事業場を閉鎖することとなれば当該事業場に勤務していた従業員の処遇が問題となるところ、退職を選択しない従業員を別の事業場に集約することは、業務の効率化や雇用の維持という観点からみても、合理的な方策ということができる。
本件配転命令には業務上の必要性があった

②不当な動機・目的の有無:
閉鎖される事業場に勤務していた従業員のうち退職を選択しない従業員は全員を別の事業場に配転するという方針⇒退職に追い込むことを意図して特定の従業員を対象として配転命令を発令したものではない。
SEの社内求人の紹介や求人の紹介や清掃業務を行う関連会社C3への出向を提案したのは、Xから従前と同じビル内で勤務することを要望を受けて、Y又は本件子会社が考えられる選択してとして検討・提案したもの⇒Xを退職に追い込むためにあえて提案を行ったものであはない。
Xに対する退職強要に近い執拗な退職勧奨が行われたことはない

本件配転命令が不当な動機・目的によってなされたものではない。

③通常甘受すべき程度を著しく超える不利益の有無:
Xが訴訟で提出した医師の意見書や診断書の内容をYが認識していないのは、Y又は本件子会社が配転に応じることができない理由を聴取する機会を設けようとしたにもかかわらず、Xが自ら説明の機会を放棄したことによる⇒Y又は本件子会社が本件配転命令を発出した時点において認識していた事情を基に判断することが相当。
当該事情は、一般的な事情であって特段珍しいものではなく、転居を伴う配転の場合には通常生じ得る事情。

予備的に:
Xが訴訟で提出した医師の意見書や診断書の内容等を踏まえても、
①母親の状態は、要介護状態にはなく、加齢による一般的なものを超えない
②長男の状態は、持病は一般的には成長に伴って症状が改善するとされているものであり、本件配転命令前の通院頻度も1か月に1回程度
③本件配転命令の直近5年にXが取得した休暇の日数は、付与休暇日数の範囲内で収まっている
④医師の意見書も抽象的なものにとどまっている

通常甘受すべき程度を著しく超える不利益があるということはできない。

本件配転命令に応じないという自体を放置することとなれば企業秩序を維持することができないことは明らか
⇒懲戒解雇は有効。

<解説>
本件では、Xが自ら説明の機会を放棄したことによるものというほかない⇒本件配転命令の有効性の判断において考慮し得る事情は、本件配転命令発出時に判明していた事情に限られるとした。

配転命令の有効性を検討する際に、常に、配転命令発出時において使用者が認識していた事情のみに基づいて配転命令の有効性が判断されることになるものではない。
ex.
使用者が、配転命令発出に際し、労働者に関する情報を特に入手しようとすることをせずに業務命令として配転命令を発出⇒配転命令発出時において、使用者が認識していない事情であっても、客観的に存在した事情であれば、配転命令の有効性の判断の際に考慮されることもある。

判例時報2533

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2022年12月 9日 (金)

合意成立の見込みがない場合に団体交渉に応じることを命じる救済命令の可否

最高裁H4.3.18

<事案>
労働組合であるZ(上告補助参加人)から、使用者であるX(被上告人:国立大学法人)の団体交渉における対応が労組法7条2号の不当労働行為に該当する旨の申立てを受けた県労働委員会(処分行政庁)が、Xの団体交渉における対応が同号の不当労働行為に該当すると認め、Zの請求に係る救済の一部を認容する旨の命令(「本件命令」)⇒Xが、Y(上告人:県)を相手に、本件命令のうちの認容部分の取消しを求めた。

<規定等>
労組法7条は、使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉することを正当な理由がなく拒むこと(同条2号)等の不当労働行為をしてはならない旨を規定。
労働委員会は、使用者が同条の規定に違反した旨の申立てを受けたときは、遅滞なく調査を行うなどした上(労組法27条1項)、事実の認定をし、この認定に基づいて、申立人の請求に係る救済の全部若しくは一部を認容し、又は申立てを棄却する命令を発しなければならない(労組法27条の12)。

<原審>
Xの対応が不当労働行為に該当するか否かについては判断を示さずに、本件命令が発せられた同時、昇給の抑制や賃金の引き下げの実施から4年前後経過し、関係職員全員についてこれらを踏まえた法律関係が積み重ねられていた⇒その時点において本件各交渉事項につきXとZとが改めて団体交渉をしてもZにとって有意な合意を成立させることは事実上不可能。

仮にXに本件命令が指摘するような不当労働行為があったとしても、処分行政庁が本件各交渉事項についての更なる団体交渉をすることを命じたことはその裁量権の範囲を逸脱したもの⇒本件認容部分は違法であるとして、Xの請求を認容すべきものとした。

<判断>
使用者が誠実に団体交渉を応ずべき義務に違反する不当労働行為をした場合には、当該団体交渉に係る事項に関して合意の成立する見込みがないときであっても、労働委員会は、使用者に対して誠実に団体交渉に応ずべき旨を命ずることを内容とする救済命令を発することができる。
一定の内容の合意を成立させることが事実上不可能と認められることのみを理由に本件認容部分が違法なものであるとした原審の判断には違法がある。
⇒原判決を破棄し、不当労働行為該当性等につき更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻した。

<解説>
●団体交渉:労働組合又は労働者の集団が、代表者を通じて、使用者又は使用者団体と、構成員たる労働者の労働条件その他の待遇等について行う交渉。使用者は、団体交渉において譲歩や合意をすることは強制されないが、いわゆる義務的断交事項については、誠実に団体交渉に応ずべき義務(「誠実交渉義務」)を負い、この義務に反することは労組法7条2号の不当労働行為に該当

判例:
使用者の行為が不当労働行為に該当するか否かの判断について労働委員会に裁量は認められないとする一方、
不当労働行為が認められる場合における救済命令の内容の決定については労働委員会が広い裁量権を有し救済の内容の適法性が争われる場合、裁判所は、労働委員会の前記裁量権を尊重し、その行使が、不当労働行為によって発生した侵害行為を除去、是正し、正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復、確保を図るという救済命令制度の本来の趣旨、目的に照らして是認される範囲を超え、又は著しく不合理であって濫用にわたると認められるものでない限り、当該命令を違法とすべきではない

●本判決:
◎ 第二鳩タクシー事件判例を参照の上、使用者が誠実交渉義務を負い、これに違反することが労組法7条2号の不当労働行為に当たることを確認し、使用者が誠実交渉義務に違反している場合に誠実交渉命令を発することは、一般に、労働委員会の裁量権の行使として、救済命令制度の趣旨、目的に照らして是認される範囲を超え、又は著しく不合理であって濫用にわたるものではない
団体交渉に係る事項に関して合意の成立する見込みがないと認められる場合であっても、使用者が誠実に団地交渉に応ずるに至れば、労働組合は使用者から十分な説明や資料の提示を受けることができるようになるとともに、労働組合の交渉力の回復や労使間コミュニケーションの正常化が図られる⇒誠実交渉命令を発することが直ちに救済命令制度の本来の趣旨、目的に由来する限界を逸脱するということはできない。

団体交渉が、合意形成のみならず労使間のコミュニケーションの手段等としての意義、機能を有するものであるとの理解(通説的理解)。

◎ 合意の成立する見込みがない場合であっても、誠実交渉命令が事実上又は法律上可能性のな事項を命ずるものとはいえない
行政処分である救済命令は、不能なものであってはならず、救済命令の内容が事実上又は法令上実現可能性のないものである場合には違法となると解される(注釈)。

労働委員会規則33条1項6号救済申立てを却下することができる場合の1つとして、「請求する救済の内容が、法令上又は事実上実現することが不可能であることが明らかであるとき」を掲げている
but
ここで相当されているは、既に存在しなくなった職場に復帰させることや、第2組合を解散させることといった、救済命令の内容(命ぜられる行為)自体が事実上又は法令上実現不可能な場合であるところ、仮に合意の成立する見込みがないとしても、使用者が誠実に団体交渉に応ずること自体は可能であることが明らか。

侵害状態がある以上、救済の必要性がないということもできない
労働委員会が救済命令を発するためには、救済の必要性(救済利益)が存在することが必要であり(最高裁)、誠実交渉義務違反があっても、その後、例えば使用者が誠実な団体交渉に応じたような場合には、侵害状態が解消され、救済の必要性が失われたものとして、救済命令を発することができなくなる。
but
合意の成立する見込みが事後的に失われたというだけでは、誠実交渉義務違反による侵害状態が解消されたとはいえず、救済の必要性が失われたということはできない。

◎ ⇒使用者が誠実交渉義務に違反する不当労働行為をした場合には、当該団体交渉に係る事項に関して合意の成立する見込みがないときであっても、労働委員会は誠実交渉命令を発することができると判断。

判例時報2532

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2022年11月14日 (月)

原告の従業員であった被告が原告に在職中に別会社を設立し原告のスタッフを被告会社に引き抜いたことの不法行為性(肯定)等

宮崎地裁都城支部R3.4.16

<事案>
X:労働者派遣事業及び有料職業紹介事業等を行とする会社
Y1:平成25年3月にXに入社し、平成30年8月31日にXを退職(退職時ポストはXの宮崎営業所の所長) Xに在職中の同年5月2日、宮崎市内にY2を設立し、Y2の代表取締役に就任。
Y1は、平成30年6月13日に、一方的にXに退職願いを提出し、同日以降、Xの派遣スタッフに対し、XからY2への移籍やY2への入社を勧誘。

X:Y1らに対して不法行為に基づく損害賠償請求
Yら:Xが、Y1の名誉及びY2の信用を毀損する文書を配布⇒Xに損害賠償請求

<判断>
● Y2がY1と共謀の上、社会的相当性を逸脱した引き抜き行為を行ったと認め、
Y1及びY2に対し、315万5587円(営業損害287万5587円、弁護士費用28万円)の賠償を命じた。

● ・・・等の記載は、既知の事実ということはできず、その事実の有無に関係なく、経済活動を営んでいく被告らの社会的評価を低下させるものであることは否定することができない。
・・・上記文書に記載された内容は、原告と対立関係にある小規模な一企業にすぎない被告会社及びその代表者である被告Y1に関する事実及びその評価にすぎず、公共の利害に関する事実ということはできない。
Xが派遣スタッフや派遣先企業に配布した文書は、Yらを誹謗中傷する内容を含んでおり、それが複数回にわたり配布されている⇒相当性があるとは認められない。
⇒Xに対し、Xの文書配布行為によってYらが被った損害合計187万円(Y1:慰謝料70万円+弁護士費用7万円、Y2:慰謝料100万円+弁護士費用10万円)の賠償を命じた。

<解説>
●最高裁H22.3.25:
退職後の競業避止義務に関する特約等の定めなく旧会社を退職した従業員が別会社を事業主体として旧会社と同種の事業を営み、その取引先から継続的に仕事を受注した行為について、
社会通念上自由競争の範囲を逸脱するものでない場合には、旧会社に対する不法行為に当たらない。

従業員を引き抜くことによって当該会社の経営に打撃を与えた行為が不法行為に当たるとされた裁判例として3つの裁判例。

一般論としては、従業員の引き抜き行為が適法なものか否かは、
会社の業務内容、従業員の退職の意思・自発性、退職勧誘の方法・態様の社会的相当性などの諸般の事情を考慮して判断するほかないと解かれ、
裁判例上は、
従業員の退職、転職の自由という観点から、従業員引き抜き行為それ自体は違法とはいえないが、旧会社で得ていた内部情報や機密情報の盗用、漏えいなど法令又は競業避止義務の違反を伴うときや、一斉かつ大量に従業員を引き抜く場合などには、不法行為の成立が認められやすいとの指摘(文献)。

本判決:
Yらが、Xよりも良い待遇をうたって派遣スタッフを勧誘すること自体は問題ない
but
Y1が、Xに在職中にY2を設立し、実際に収益を上げていたことはXに対する職務専念義務に違反
派遣スタッフに対する勧誘の際、Xも了承済みであるかのような事実に反する説明をしたことは問題がある、
Xの宮崎営業所の雇用スタッフ数及び粗利の額の推移⇒Yらによる引き抜き行為が原告に与えた影響は軽視できない

Yらによる引き抜き行為が社会的相当性を逸脱している。

●従業員の引き抜きによる損害額の認定:
売上高の減少分をそのまま損害ととらえる考え方
売上高の減少分から支出を免れた諸経費を差し引いた営業利益の損失分ととらえる考え方

本判決:
売上高の減少分から支出を免れた諸経費を差し引いた営業利益の損失分を損害ととらえている。
人材派遣業においては、退職や転職が頻繁に行われている
Y2が設立された後のXの宮崎営業所の雇用スタッフ数の推移等を考慮して、Yらの引き抜き行為によって損害が生じた期間を3か月と認定

判例時報2528

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2022年11月 5日 (土)

じん肺法上のじん肺管理区分決定を受けていた労働者らが間質性肺炎の増悪により死亡⇒業務起因性が肯定された事例

長崎地裁R3.6.21

<事案>
炭鉱、造船所等において長年にわたり種々の作業に従事し、じん肺法上のじん肺管理区分決定を受けていた労働者4名(本件労働者ら)の相続人であるXらが、それぞれ、本件労働者らは業務に起因して発症した疾病により死亡した⇒労災法に基づき遺族補償給付及び葬祭料を請求
⇒処分行政庁から不支給処分⇒Y(国)に対し当該処分の取消しを求めた。

<争点>
本件労働者らの死亡について業務起因性が認められるか?
死因が間質性肺炎の増悪であることについては争いはなく、死因となった間質性肺炎及びその増悪がじん肺又はその原因たる粉じん暴露に起因するものであったかが問題。

<判断>
じん肺等と間質性肺炎との関係について、医学的知見が確立しているとまではいえず、両者の間にXらが主張する程の強い関係があるとまでは認められない。
but
じん肺等に起因して間質性肺炎及びその増悪が生じたといえるかという点について医学的因果関係が証明されることまでは必要ではなく
①じん肺の中でも石綿肺等はびまん性間質性肺炎の一種とされていること、
②じん肺患者らのうち一定割合の間に間質性肺炎を生じさせることが報告されている
じん肺等と間質性肺炎との間には有意な関連性があることを示すもの。

本件間接性肺炎及びその増悪がじん肺等に起因するものであったというには、
(1)本件労働者らの粉じん暴露歴や、じん肺、間質性肺炎についての診療経過等に照らして、医学的に相当の根拠をもって、間質性肺炎及びその増悪がじん肺等に起因することの具体的可能性があると認められること
(2)これを否定する医学的根拠があるとは認められないことが必要。

さらに、間質性肺炎の原因はじん肺に限られないものの、Yが主張する突発性NSIPの診断に際しては他の疾患の除外が肝要とされている⇒
(3)他に同程度又はより有意な原因疾患の具体的可能性があると認められないときに、間質性肺炎及びその増悪がじん肺等に起因すると推認することができる。

本件:
職歴(粉じんばく露歴)、診療経過、医師の意見等に照らして間質性肺炎及びその増悪がじん肺等に起因する具体的可能性があり((1))
本件労働者らの画像所見等の特徴が突発性NSIPに特徴的な所見と一致することや死亡前に間質性肺炎が急性増悪していること等は前記の具体的可能性を否定する根拠にはならなず((2))
突発性NSIPその他の疾病が、じん肺と同程度以上に本件労働者らの間質性肺炎及びその増悪の原因となった具体的可能性があるとも認められない((3))
⇒業務起因性を肯定。

<解説>
業務起因性、すなわち業務と傷病等との間の相当因果関係の判断は、当該傷病等の結果が当該業務に内在する危険が現実化したものと評価できるか否かによって判断される。

裁判例:
業務上の要因と業務外の要因が競合して死亡または死因となった疾病の疾病の発症に至ったとされる事案について、前記の「業務に内在する危険の現実化」の有無を、
業務による危険が、死亡又は死因となった疾病の発症に対して、業務外の要因に比して相対的に有力な原因となったと認められるか否かによって判断しているものがある

本件は、業務上の要因と業務外の要因が競合していたものではないが、
間質性肺炎とじん肺等との間に有意な関連性がある⇒(1)(2)を要する
他の原因疾患として考えられる突発性NSIPの特色も考慮⇒他に同程度又はより有意な原因疾患の具体的可能性があるとは認められないこと((3))を要する
としており、裁判例の傾向に沿うもの。

判例時報2527

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2022年8月23日 (火)

従業員による暴行による三叉神経痛、心的外傷後ストレス障害の事案で、労災認定と異なり、損害賠償請求が否定された事案

大阪高裁R2.11.13

<事案>
Y1の従業員であるXは、勤務中にY1のa店店長であったA、a店副店長であったB並びにa店従業員であったY2及びY3から暴行を受けて傷害を負い、心的外傷ストレス障害(PTSD)又はうつ病にり患して休職を余儀なくされ、三叉神経痛にも罹患した

Y1に対しては雇用契約に付随する安全配慮義務違反又は不法行為(使用者責任)に基づき
Y2及びY3に対しては不法行為による損害賠償請求権に基づき
平成28年11月24日までに生じた治療費(カウンセリング料を含む。)、交通費、休業損害、通院慰謝料及び弁護士表相当損害金並びに遅延損害金の連帯支払を求め、

控訴審で、平成28年11月25日以降に生じた治療費等及び遅延損害金の連帯支払を求める請求の拡張をした。

尚、Y1の従業員が業務中に行った暴行に起因して三叉神経痛、心的外傷後ストレス障害が発症した旨の労災認定がされている。

Y1:控訴審で、XがY1の就業規則の定めにより自然退職となったと主張して、XがY1に対して雇用契約上の権利を有する地位にないことの確認を求める反訴を提起

<判断>
三叉神経痛につき、一般的な症状、発症の機序等を正確に認定した上、Xが「自撮り」した写真の証明力に疑問を呈して暴行の態様に関するXの供述に疑問を差し挟むなどして三叉神経痛の発症に疑問を差し挟み、Yらに対して初診に係る治療費等に限って損害賠償を命じた。

心的外傷ストレス障害又はうつ病につき、
①心的外傷後ストレス障害に関し、暴行を伴わない脅迫を受けたことが同疾患の原因となるストレス因に該当しうるとしても当該脅迫は、暴行の場合と同様に、「危うく死ぬ」あるいは「重傷を負う」ほどの出来事に匹敵する害悪の告知がされたことを要する
②暴行の頻度・態様に関するXの主張・供述に誇張がある
Xが受けた暴行等がXの主張する頻度・態様には至らない
心的外傷後ストレス障害の発症に疑問を差し挟み、うつ病の発症との因果関係にも疑問を差し挟んだ

裁判所が認定する暴行の頻度・態様精神医学の専門的知識経験を有しない一般人において同暴行に起因して心的外傷ストレス障害やうつ病の発症を予見するこが可能であったと認めるには足りない

心的外傷後ストレス障害又はうつ病に関する損害賠償請求を棄却。

<解説>
労災補償:
業務起因性が要件となるものの、使用者にどのような安全配慮義務があったか(具体的な作為義務を導く前提となる災害の発生を予見できたか)は要件にならない
従業員に災害を発生させた過失があったか(前提として予見可能性があったか)は要件にならない

発生の機序に不明な点があっても、業務起因性を弾力的に認定しておくことも十分にあり得る
←因果関係を徹底的・科学的に解明しようとするあまり審査に時間をかけすぎて支給が送れることがあれば、早期治療を妨げて立法趣旨が損なわれかねない。
⇒労災事件に関する災害調査復命書においては、中立的な立場の専門家の意見を聴く場合も、当該専門家の業務起因性に係る結論それ自体が重視され、発症の機序等に照らし合わせた具体的な認定プロセスが明らかにされないこともあり得る。

損害賠償請求訴訟の審理に当たっては、労災事故に関する災害調査復命書を早期に入手して精査し、具体的な認定プロセスが明らかでないときは、当事者の係争態度等に即して他の必要な証拠の提出を促すなどして核心に迫った審理をする必要がある。

本判決:
Xに係る災害調査復命書三叉神経痛や心的外傷後ストレス障害に関する一般的な症状、発症の機序、普遍性を有する診断基準に照らした具体的な認定プロセスが明らかにされていなかった
訴訟上主張されているうつ病も含め、診断基準や発症の機序に係る専門的知見を把握できる客観的証拠の提出を促し、心的外傷後ストレス障害又はうつ病に関し、主治医の意見書及びその意見の基礎になった教育相談票をも取調べ、Xの供述のみならず、Y1の他の従業員の供述等をも精査し、主治医の診断の根拠になったXの主訴等が信用のおけるものであったかどうかを慎重に検討

判例時報2520

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2022年8月13日 (土)

レストランでの長時間労働⇒劇症型心筋炎を発症して死亡した事例での因果関係(肯定)

大阪高裁R3・3・25

<事案>
Y1社(代表者Y2)が経営していたレストランの調理師P1は、約1年にわたり時間外労働が1箇月当たり約250時間に及ぶ長時間労働に従事、睡眠時間が毎日5時間未満⇒体力・免疫力低下⇒ウイルス性急性心筋炎を発症し、その悪化により劇症型急性心筋炎を発症し、手術で補助人工心臓を装着したが、最終的に脳出血により死亡。

P1の相続人であるXらが、
①Y1対しては会社法350条又は安全配慮義務違反(債務不履行)に基づき、
②Y2に対しては不法行為又は会社法429条1項に基づき、
治療費、逸失利益、慰謝料及び弁護士費用等の損害賠償請求。

<争点>
Y2の注意義務違反とP1の長時間労働、ウイルス性急性心筋炎は症、劇症化、死亡という一連の経過についての事実的因果関係の有無

<原審>
判例時報2452号

<判断>
Y2は、Y1社の労働者であるP1に対し、業務の遂行に伴う疲労等の過度の蓄積により、その心身の健康を損なうことがないように注意する義務があるところ、
P1の長時間労働・睡眠不足の状態を認識しながら、それらにまったく関心を払わず、P1の負担を軽減させるための措置を一切講じないなど注意義務違反があることは明らか。

P1は、
(1)約1年間における1箇月の平均時間外労働時間が約250時間に及び、睡眠時間は定休日以外の日は1日当たり5時間以下であり、継続的に長時間労働と睡眠不足の状態にあり
(2)口内炎が約1箇月も治癒せず、ウイルス感染症を発症し、ウイルス性心筋炎の前駆症状を呈していたが、
(3)前記の長時間労働・睡眠不足により体力意を奪われ、生体防御能を低下させ、
(4)ウイルスの増殖を食い止めることができず、急性心筋炎を発症及び劇症化させ、
(5)その影響で最終的には死亡するに至ったもの

一連の経過から、
①継続的な長期労働・睡眠不足の事実と②P1の死亡との間には、①が②を招来したことについて高度の蓋然性があることが証明されたと評価することができる。

<解説>
本件は、労災における業務起因性の認定との関係でも訴訟に
P1の生前の配偶者(本件のX1)は、労働基準監督署に対して遺族補償年金等不支給処分取消訴訟を提起。
大阪高裁R2.10.1(判例時報2493号)は、業務起因性を否定
X1による、過重業務が原因で免疫力が低下し、その結果劇症型心筋炎を発症し、P1が死亡した旨の主張については、
①過重業務による免疫力の低下が心筋炎を発症させるウイルス感染を生じさせた事情の1つとなった可能性は否定できないが、その他の事情を総合すると、P1の免疫力が低下していたものとまでは認め難い
過剰業務によりウイルス性心筋炎を発症し劇症化するとの経験則が存在するとも認めることができない
業務起因性が認められるとする主張は採用できない

過剰業務により治療機会を喪失したために劇症型心筋炎を発症し、死亡した旨の主張については、
そもそも治療機会を喪失したとは認められないし、
より早い時期に治療が開始されたとしても、劇症型心筋炎の発症を防ぎ得たと認めることはできない
⇒業務起因性が認められるとする主張は認められない。

労災法に基づく労災認定と使用者に対する不法行為等に基づく損害賠償請求とでは、法制度の趣旨が異なる⇒業務起因性の判断と相当因果関係の判断を直ちに同視することには問題。

因果関係の存否は、労災認定においては、業務に内在する危険が現実化したか否かという、いわゆる「業務起因性」の枠組みの中で問題となるもの。
but
本件で結論を異にする正当性?

判例時報2519

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

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