商事

2024年7月14日 (日)

委任状の送付が吸収合併等に反対する旨の通知に当たるか(肯定)

最高裁R5.10.26

<事案>
A社の株主であるXが、利害関係参加人であるB社を吸収合併存続会社、A社を吸収合併消滅会社とする吸収合併についての会社法785条2項所定の株主であると主張し、A社に対し、Xの有する全株式を公正な価格で買い取ることを請求
but
その価格の決定につき協議が調わない⇒同法786条2項に基づき、価格の決定の申立てをした。

<一審・原審>
①本件委任状は、代理人となるべき者に対して本件総会における議決権の代理行使を委任する旨の意思表示をした書面であって、本件賛否欄の「否」に〇印をつけた部分は、前記の者に対する指示であってA社に向けられたものであるということはできない
②本件付記(「賛否表明ができません」)がある⇒本件吸収合併に反対する旨のXの意思が本件委任状に表明されているということもできない

本件委任状の送付は反対通知に当たらず、本件申立ては不適法。

<判断>
①A社が、Xに対し、宛先をA社とし本件賛否欄を設けた本件委任状を送付して議決権の代理行使を勧誘した
②Xは、前記勧誘に応じて、本件賛否欄の「否」に〇印をつけて本件委任状を作成し、これをA社に対して返送した

XがA社に対して本件委任状を送付したことは反対通知に当たる。

<解説>
●反対通知:
株主が吸収合併等に反対する旨の自己の意思を消滅株主会社等に通知するもので、その法的性質は準法律行為である意思の通知

①株式買取請求権が会社の資金繰り等に与える影響の大きさ⇒事前に吸収合併等に反対する株主が保有する議決権の数を把握することができるようにして、会社に対してどの程度の株式買取請求がされる可能性があるかを認識させ、会社に会社再編等についての議案の提出について再考を促す機会を提供
②決議成立のために種々の対策を講じさせたり

●吸収合併等議案に反対する旨の議決権の代理行使を代理人に委任する旨が記載された委任状を消滅株式会社等に対して送付した場合、これが反対通知に当たるか?
A:通説:否定

委任状は代理人となるベき者に対して向けられたもの

B:有力説:肯定

議決権行使書面との類似性

ある行為がどのような法律行為や準法律行為に当たるかということは、法律行為や準法律行為の解釈の問題。
一般に、法律行為の解釈に当たっては:
①当該行為をするに至った事情、②書面の記載内容、③社会通念、④当事者の合理的意思等が勘案されるべき(最高裁)。

本決定:
反対通知の趣旨を踏まえて、Xが本件委任状をA社に送付した行為についてその際の諸般の事情を考慮して解釈を行うことで、本件委任状の送付が反対通知に当たることを肯定。
そこに表明されているのは代理人となるべき者に本件議案に反対する旨の議決権の代理行使を委任するというXの意思であり、本件吸収合併に反対するというXの意思が直接的に表明されているとはいえないものの、前者の意思の中には後者の意思も包含されているとみることができる。

本件付記があることを考慮しても、本件吸収合併に反対する旨のXの意思が本件委任状に表明されていたということができる

判示①②の事実関係
⇒A社に対して向けられたものと評価することができる。

判例時報2589

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2024年5月 5日 (日)

非上場会社の譲渡制限株式の売買価格の決定が問題となった事案

最高裁R5.5.24

<事案>
譲渡制限株式の株主である抗告人らは、非上場会社である相手方に対し、その所有する譲渡制限株式(「本件株式」)を第三者へ譲渡するに当たり、その承認を求めた
⇒相手方はこれを拒否し、自ら株式を買い取ることを前提に、会社法144条2項に基づき、裁判所に本件株式の売買価格の決定を申立てた。

<原決定>
①本件株式の評価方法としてDCF法(将来期待されるフリー・キャッシュ・フローを一定の割引率で割り引くことにより株式の現在の価値を算定する方法)を用い、本件株式の1株当たりの評価額を算定し、
②その評価額から、非流動性ディスカウント(非上場会社の株式には市場性がないことを理由とする減価)として30%の減価を行い、本件株式の売買価格を決めた。

<抗告人>
最高裁H27.3.26は、非上場会社において吸収合併に反対する株主から株式買取請求がされ、裁判所が収益還元法(将来期待される純利益を一定の資本還元率で還元することにより株式の現在の価値を算定する方法)を用いて株式の買取価格を決定する場合に、非流動性ディスカウントを行うことはできないと判示
⇒本件株式について非流動性ディスカウントを行った決定には、判例違反があることなどと主張し、抗告許可の申立て⇒許可

<判断>
抗告を棄却

会社法144条2項に基づく譲渡制限株式の売買価格の決定手続は、譲渡を希望する株主に投下資本の回収の手段を保障するために設けられたもの
⇒譲渡制限株式が任意に譲渡される場合には非流動性ディスカウントを行うことができることと同様に、減価を行うことが相当と認められる場合には非流動性ディスカウントを行うことができる。
but
譲渡制限株式の評価額の算定過程において当該譲渡制限株式に至上性がないことが既に十分に考慮されている場合には、当該評価額から更に非流動性ディスカウントを行うことは、二重の減価を行うこととなり相当ではないが、本件においてはそのような事情はうかがわれない。

本件においては、DCF法によって算定された本件株式の評価額から非流動性ディスカウントを行うことができる。

<解説>
非上場会社の株式は、上場会社の株式と比べて流動性がなく、その譲渡には取引コストがかかる⇒その分だけ株式の評価額は低い。
非上場会社の株式が任意に譲渡される場合、その株式の評価に当たり、非流動性ディスカウントを行うことができる点に特段の異論はない。
会社法144条2項に基づく譲渡制限株式の価格決定は、株主による自発的な株式譲渡を前提とするものであり、株式の取引コストの発生が既に顕在化している場面で問題となる⇒非上場会社の株式が任意に譲渡される場合の株式評価と基本的に異なるものではない。
⇒非流動性ディスカウントを行うことができる。

●平成27年最決は、非上場会社の吸収合併に反対する株主が株式買取請求をした場合の価格決定において、結論として非流動性ディスカウントを否定。
but
この場合の価格決定は、反対株主に会社から退出の機会を与え、企業価値を適切に配分するためのもの⇒本件のように株式の取引コストが顕在化している場面での株式評価が問題となるものではない。

本件とその性質・場面を異にする。

●平成27年最決の計算過程においては、非流動性を織り込んだ計算が、非流動性ディスカウントを行う前に既にされており、当該収益還元法には「市場における取引価格との比較という要素は含まれていない」と言い得るものであった。

そこには「市場における取引価格との比較という要素は含まれていない」から、そのような収益還元法による計算後に、更に非流動性ディスカウントを行うことは相当ではない旨を説示。

判例時報2582

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2024年1月 8日 (月)

特別支配株主による株式売渡請求に対して売渡株主が売買価格の決定を申立てた事案

東京地裁R4.1.13

<事案>
A株式会社の株式4万4850株(持ち株比率0.62%)を保有していたXが、Aの特別支配株主であるY(利害関係参加人、持株比率98.70%)による瑕疵は法179条1項に基づく株式売渡請求に対し、会社法179条の8第1項に基づき、売渡株式について売買価格の決定を求めた株式売買価格決定申立事件
Y:
A:株式上場はしていないが、公開会社であり、その株式に譲渡制限は付されていない。
平成29年3月末:AにおけるYの持ち株比率は58.2%
Aを完全子会社化するため、平成30年2月以降、Aの他の株主らから株式の買取りを進め、令和1年5月29日までにAの株式の98.70%を保有。
Y:Aを完全子会社化するために、同月27日、Aに対し本件売渡請求をすること、対価を1株につき53円とすること、取得日を同年6月21日とすること等を通知。
A:同年5月29日開催の取締役会において本件売渡請求を承認する旨を決議し、Xを含む売渡株主に対して所定の事項を通知。
X:同年6月18日、本件申立て

<主張>
非上場会社であるAの株式の価格算定に当たって、その評価手法及び具体的評価に当たって考慮すべき事項等について、XとYの主張が対立⇒争点。
本件株式の価格算定については、XとYがいずれも鑑定を申立てないとし、X、Yが提出した主張及び資料に基づいて公正な価格が決定されるべきと述べた

裁判所は、専門委員の意見等(非訟手続法33条1項)を踏まえつつ売買価格を決定。
(専門委員の意見書が提出されている。)

<判断>
●Yの主張する配当還元法
vs.
①Aは公開会社であり株式の譲渡は制限されておらず、必ずしも売却困難であるとはいえない。
②Yの提出した公認会計士の意見書(本件申立て前に作成されたもの「旧意見書」)では、DCF法を採用し、配当還元法による株式評価額をあくまで参考値として位置付けている
③Aの近年の配当性向は、上場企業の平均的な配当性向よりも低く抑えられていたこと
配当還元法による株式評価をもって、本件株式の売買価格の基礎とすることは相当でない。

DCF法による評価額を重視するのが相当

①DCF法は、事業継続を前提とするAの株式価値の算定に適したものといえ、株式価値の評価手法として最も理論的かつ一般的なものとされている
②Y提出にかかる旧意見書においても、最も合理的なアプローチであると採用されている
but
DCF法は将来の収益予測を基礎とするもので、その客観性には一定の留保を付けざるを得ないところ
①一方で、修正簿価純資産法について、客観性の高い評価方法として非上場企業の株式評価などに採用されるもの
倉庫業等を目的とする会社であるAは保有資産から収益を得る業態である

修正簿価純資産法は、本件株式の売買価格の決定において一定程度参考にできる。

DCF法による評価額と修正簿価純資産法による評価額とを3対1の割合で折衷して本件株式の売買価格を算定

●DCF法による本件株式の評価額について:
旧意見書(評価額104円)の内容を出発点としつつ
旧意見書:評価の基礎とした事業計画のうち、AがYより賃借している事業用定期借地権が期間満了により失われることを前提としてされた資産除去費用の計上及びその後の利益減少
vs.
契約期間満了により直ちにAが倉庫建物を取り壊して敷地を明け渡すことになると考え難い⇒これらをないものとして修正するのが相当。
旧意見書:売渡株式(少数株主から取得する株式)についてコントロール・プレミアム(30%)を控除して株式算定
vs.
その意思に反して対象会社の株式を失う少数株主と特別支配株主との利害及び不均衡を調整することが制度の趣旨に適う⇒売買価格の算定にあたり、いわゆるマイノリティ・ディスカウントを考慮するのは相当ではなく、実質的にマイノリティ・ディスカウントと表裏をなすコントロール・プレミアうは控除すべきでないということになる。
⇒DCF法による1株当たりの株式価値は267.1円

●修正簿価純資産法による評価額:
旧意見書によるAの簿価修正額(平成29年9月末時点、合計マイナス13億500万円)のうち、前記事業用定期借地契約の期間満了に伴う同借地上の倉庫建物の取壊しを前提にした資産除去債務及び償却不足額は採用できない
⇒これらを修正項目から除外し、l簿価修正額はプラス2億3800万円。
Aの簿価純資産額に本決定による前記簿価修正額を加えた修正簿価純資産額をAの発行済株式総数で除した1株当たりの純資産額。

<解説>
●特定支配株主の株式売渡請求に対し、売渡株主から売買価格決定の申立て

裁判所が決定する売買価格は、取得日における公正な価格
価格決定に当たっては、キャッシュ・アウトにより強制的に株式を手放すことになる少数株主に対し適正な対価を保障して利害の調整を図る必要がある

状況及び制度が類似する全部取得条項付種類株式の取得価格の決定が参考になる。
全部取得条項付種類株式の取得価格の決定に関する裁判例(レックス・ホールディングス事件)も踏まえ、
裁判所が決定する価格は、
キャッシュ・アウトが行われなかったならば株主が享受し得る価値(「なかりせば価格」)
キャッシュ・アウトの実施により増大が期待される価値のうち株主が享受してしかるべき部分(「増加価値分配価格」)
とを合算して算定するという考え方。

●個々の具体的な事案についてどのような評価手法を用いるかについては、結局のところ裁判所の合理的な裁量に委ねられている。
本決定が、DCF法による評価の過程でコントロール・プレミアムの控除は行わないとしたところは、前記の②の部分を具体的評価に反映させようとしたものと捉えることができる。

判例時報2572

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2023年11月 5日 (日)

買収防衛策として導入発動された新株予約権の無償割当てが相当性を欠く⇒仮の差止め(肯定)

大阪高裁R4.7.21

<事案>
基本事件において、上場会社である債務者(Y)の株主である債権者(X)が、買収防衛策として導入された差別的行使条件及び取得条項が付された新株予約権の無償割当てが
(1)株主平等原則に反する
(2)著しく不公正な方法によるもの
として会社法247条1号及び2号の類推適用により、その仮の差止めを求めた事案。

<規程>
会社法 第二四七条
次に掲げる場合において、株主が不利益を受けるおそれがあるときは、株主は、株式会社に対し、第二百三十八条第一項の募集に係る新株予約権の発行をやめることを請求することができる。
一 当該新株予約権の発行が法令又は定款に違反する場合
二 当該新株予約権の発行が著しく不公正な方法により行われる場合

<地裁>
本件申立てを認容(「本件仮処分決定」)
Y:本件仮処分決定に対して保全異議の申立て
地裁 本件仮処分を認可する決定(「原決定」)
Y:大阪高裁に保全抗告
判断 同抗告を棄却(本件仮処分決定と原決定を「本件各決定」)。
Y:本決定について許可抗告⇒許可
最高裁 同抗告を棄却
⇒本件新株予約権無償割当ては中止。

<経緯>
(1)有限責任事業会社Xが、Y株式の取得⇒持ち株比率7.01%
(2)Xの元組合員である法人、同法人の代表取締役である者、Xの原組合員である法人の代表取締役をその代表取締役とする法人もY株式を取得⇒合計21.63%に
(3)X:Yの現経営陣の解任などを議案(「本件議案」)とする株主総会の招集を請求し、Yは、令和4年4月8日、本件議案を決議事項とする臨時株主総会の招集を決定。
(4)同日の取締役会において、
X関係者がY株式を買い集めているとして、これらを対象として、持ち株比率が20%以上となる株式の取得のほか、株主間における共同ないし協調して行動する関係を樹立するあらゆる行為(「共同協調行為」)を含む大規模買付行為等を行う者以外の者に対して、新株予約権を無償で割り当てることを骨子とする対応方針を決議。
大規模買付者とされた者(「非適格者」)は、前記新株予約権とは別個の一定の行使条件及び取得条件が付された新株予約権を取得するものとされていた。
本件対応方針の発動については、株主意思の確認のために、原則として株主総会における承認を得ることとされていた。
(5)委任状勧誘⇒46%の賛成票but本件議案は否決。
(6)5月18日、取締役会で、本件対応方針による差別的行使条件及び取得条項が付された新株予約権の無償割当てをその効力発生日を同年7月29日として行うことを内容とする対応措置を発動。
Y:社外取締役又は社外有識者によって構成され、本件対応方針の運用の公正性・客観性を担保するために設置された独立委員会から、本件対応措置を発動することが相当との勧告を受けた旨も発表。
(7)6月14日:
取締役会において、本件臨時株主総会で株主議案に賛成する旨の委任状をXに提出した株主のうち、X関係者以外の4法人及びXぼ現組合員である個人を本件対応方針の非適格者と認定。
(8)本件株主意思確認総会:同月24日に開催され、本件対応方針及び本件対抗措置の発動の可否について決議⇒賛成54.46%、反対45.52%の賛成多数で可決。
同月30日時点におけるX関係者及び非適格者認定を撤回されなかった株主の持株比率の合計は19.・78%
(9)Xが、本件しなk部予約権無償割当ての仮の差止め申立て⇒大阪地裁は認容(本件仮処分決定)
本件仮処分決定の審理の過程において、Yは、Xに対し、
大規模買付行為等の撤回方法につき、X関係者において、大規模買付行為等を行ったことの事実確認、保有株式数の増加がないことの確認、次期定時株主総会までの大規模買付行為等の禁止、第三者への株式譲渡の禁止、株主提案及び臨時株主総会招集請求の禁止、委任状勧誘の禁止、他の株主による株主提案に賛成しないことなどの誓約をいずれも求める旨を明らかにした。
(10)
(11)

<判断>
●本件仮処分決定
◎本件対応方針がXに適用されるか
・・・Xとその他関係者との間で共同協調行為(大規模買付行為等)がある。
◎不公正な方法か否か
複数の株主による経営支配権の取得を目的とする行為も買収防衛策の対象とすることは許容される
買収防衛策は、企業価値ひいては株主共同利益の維持の必要性がある場合にはじめて許容されるもの⇒現経営陣の経営支配権維持のための場合には、これを正当化する特段の事情のない限り、不公正な方法に該当
その判断については、現経営陣と買収者との間に経営支配権を巡る争いがある場合には、前記株主共同利益のために対応策を導入する必要があり、かつ、そのための手段として差別的行使条件及び取得条項が付された新株予約権の無償割当を行うことが買収者の受ける不利益の内容及び程度、不利益を受ける買収者が撤退措置を採ることの可否及びその内容等に照らして相当といえるときには、不公正な方法に該当しない。
・・・現経営陣が経営支配権を喪失する現実的な危険性が差し迫ったものとして存在し、現経営陣においてもそれを認識していた。

買収防衛策の導入の必要性について、
Xの株式取得の方法が市場内買付けによるものであり、金商法で定められた法定の提出期限を徒過して大量保有報告書を提出している上、Xが目指すYの経営方針として明確なものが示されていたとは認めがたいことに加えて、
本件対抗措置の目的も合理的であることや本件株主意思確認総会における決議の存在なども考慮され、株主共同利益の維持のためのものとしてこれが肯定される。
本件対応方針及び本件対抗措置の相当性については、これらには買収者の不利益の回避を意図した設計がされている。
but
本件事実関係に照らすと、Xからすれば大規模買付行為等の撤回方法についての明確な認識を持つことが困難であったこと、
・・・X関係者が前記撤回方法を許容する見込みは極めて少ないこと
前記撤回方法が実質的に閉ざされている。

Xグループを非適格者とする認定についても、・・・現経営陣による恣意的判断の可能性が排除できない。
そのような恣意的判断の排除のために設計された独立委員会による勧告の内容も不明。
⇒手段としての相当性を欠く。

特段の事情も認められない⇒本件新株予約権無償割当ては不公正な方法に該当。


●原決定
概ね本件仮処分決定を引用。
・・・(Yが非適格者の認定を一部撤回したことについて)そのような安定的とはいいがたい措置をYが採っていること自体が、当初の非適格者の認定判断の根拠が薄弱であることやXの受ける不利益に十分な配慮がないことを指し示すもの。

●本決定
◎本件仮処分決定を概ね引用し、次の(1)(2)の判断を付加して、Yの主張を斥けた。

◎(1)Xは本件臨時株主総会において委任状勧誘を行っていた⇒共同して議決権を行使するとの合意を得られる株主を見つけようとしていた⇒少なくとも「共同協調行為を行おうとする者」に該当。

◎(2)
Y:本件株主意思確認総会において、現経営陣とX関係者のどちらに経営を委ねるべきか、という点について株主の意思が示されたといえ、本件対抗措置には相当性がある。
vs.
・・Yの提案する議案に賛成しなければ非適格者と認定される懸念を生じさせるもので、実際に一部の株主はそのような懸念を表明していたことに加え、前記議案がかなりの僅差で可決された
⇒株主らが真に現経営陣を指示したかは疑問が残る。

Y:大規模買付行為等の撤回方法及び非適格者の範囲の見直しによって本件対抗措置の相当性が確保された
vs.
共同協調行為につきいかなる条件が揃えば撤回されたものと扱うのかを十分に検討していたかは疑わしく、その方法も相当なものといえず、再度提示された撤回方法も、そのような見直しをすること自体Xへの配慮が十分でなかったことを示すものである上、その内容も合理性があるか疑問
⇒前記相当性が確保されたということはできない。

本件対抗措置の相当性の判断を客観的にすべきである、独立委員会が有効に機能していた、今後の本件対抗措置の発動中止の可能性があるなどの各主張はいずれも理由がない。

<解説>
合意なき買収に対する防衛策についての裁判例
◎現経営陣の賛同を得ていない態様で行われる合意なき買収に対し、買収防衛策として新株予約権の発行が行われたニッポン放送事件(東京高裁):
現経営支配権争いが生じている場面において、経営支配権の維持・確保を目的とした新株発行がされた場合には、原則として不公正な発行として差止請求が認められるべきとする主要目的ルールがが基本的に妥当するものとされている。
本件各決定:このような主要目的ルールを採用。
but
本件仮処分決定においては経営支配権争いの程度についても検討が加えられ、「その争いの程度にも激しいものがあり、・・・現経営陣が債務者の経営支配権を失う現実的な危険性が差し迫ったものとして存在し、現経営陣においてもその危険性を認識したものといえる」

◎差別的内容の新株予約権の無償割当ての有効性が問題となったブルドッグソース事件(最高裁):
主に株主平等原則に反するかという観点を中心に考察されているところ、「特定の株主による経営支配権の取得に伴い、・・・会社の企業価値がき損され、会社の利益ひいては株主の共同の利益が害されることになるような場合」には買収防衛策の必要性を充たす
その判断は「最終的には、会社の利益の帰属主体である株主自身により判断されるべき」とし「(その)判断の正当性を失わせるような重大な瑕疵が存在しない限り、当該判断が尊重されるべき 」とする。
特定の株主縫い対する差別的な取扱いについては、「当該取扱いが衡平の理念に反し、相当性を欠くものでない限り、これを直ちに同原則に反するもの」でないとして、買収防衛策の相当性の要件を示している。
買収防衛策の必要性の判断において株主総会における株主の判断を経ていることが重要視

買収防衛策の導入・発動の可否については、株主総会決議を経ることを前提としたものが多く見受けられるようになっており、本件においても本件株主意思確認総会が開催され、本件対応方針及び本件対抗措置の発動についての普通決議が可決されている。
このような株主総会の権限の範囲外の決議は、勧告的決議とされている。)

◎買収防衛策としての新株予約権の無償割当てについての近時の裁判例。
文献

●本件各決定の位置付け
◎ 特徴的な判断内容として、次の2点
◎ (1)複数の投資主体による株式取得以外の行為である共同協調行為の有無が争われた事案
認定手法は参考になる

◎ (2)買収防衛策としての相当性を欠くものと判断
本件仮処分決定:
買収者の撤回方法が明確に示されていなかった⇒Xの買収行為の撤回可能性が実質的に閉ざされている
Xグループを含めた非適格者の認定が現経営陣による恣意的な判断による可能性が排除できない。
⇒買収行為の相当性を否定。

本決定:
前記判断に加え、
Yによる非適格者の認定が、Yの議案に賛成しなければ非適格者と認定され、本件新株予約権無償割当てにおいて不利に扱われる懸念が生じていることを前提として、
本件株主意思確認総会における決議も僅差での可決であり、株主らが真に現経営陣を支持したかに疑問が残ること
非適格者の認定が一部撤回され、見直された後の措置についても合理的に疑問が残ることを指摘し、
これらを総合的に判断して、買収防衛策の相当性を否定

判例時報2564

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2023年7月 4日 (火)

インサイダー取引が否定され課徴金納付命令が取り消された事例

東京地裁R3.10.29

<事案>
㈱C1の従業員Xがインサイダー取引での課徴金納付命令⇒取消しを求めてY(国)に対して訴えを提起

<争点>
・・・業務提携に関するやりとのの過程で、平成27年8月4日、C1の部長が、同日の打ち合わせにおいてC2との秘密保持契約の締結手続が完了したこと、次回から具体的な技術に関する協議に進むことなどをP1(代表取締役)に報告し、P1がこれに対し「分かりました」と答えたことが、「業務上の提携」を「行うことについての決定」に該当するか

<判断>
P1は金商法166条2項1号柱書にいう「業務執行を決定する機関」に該当。
同号柱書きにいう「業務上の提携」を「行うことについての決定をした」というためには「業務執行を決定する機関」において当該「業務上の提携」の実現を意図して行ったことを要するが、当該「業務上の提携」が確実に実行されるとの予測が成り立つことを要せず(最高裁)、当該「業務上の提携」の実現可能性があることが具体的に認められることも要しない(最高裁)
上場会社等の会社関係者が一般投資家の知り得ない内部情報を不当に利用して当該上場会社等の特有有価証券等の売買取引をすることを防止すると言うインサイダー取引規制の趣旨⇒「業務上の提携」を「行うことについての決定」は、それが一般投資家の投資判断に影響を及ぼすべきものであるという観点から、ある程度具体的な内容を持つものでなければならないと解するのが相当。

・・・・提携内容は、ディープラーニングによる画像認識技術の車載機器への適用に関する基礎的研究等に関する業務提携とともにC1がC2に普通株式の第三者割当増資をすることで資本提携を行うというもの。
この資本業務提携は、その内容に照らすと、同年9月11日の打合せ後の会食においてC2からC1に対してされた資本提携の申出が具体化したもの。
C1の代表取締役であるP1がC1として同資本提携の申出を了承する旨の決定をしたのは、同月18日の打合せの時であり、C1において前記資本業務提携に係る「業務上の提携」を「行うことについての決定」がされたのは、平成27年9月18日。

平成27年8月4日の打合せの段階:
C1・C2間の検討・交渉等の内容は、いまだ営業活動の域を出ない成熟度の低いものであったというべきであり、一般投資家の投資判断に影響を及ぼす程度の具体的内容を持った「業務上の提携」に当たるものではない。
②同日のP1に対する報告は、秘密保持契約が無事に締結されたこと、C2との今後の協議が技術者同士で技術面に関し話し合うことになったという事実経過を報告することを主眼としたものであって、P1の本件回答は報告された事実経過を了承する趣旨の発言であったと評価するのが相当であり、それ以上に何らかの意思決定を含むものであったと認めることはできない。
③仮に、同日におけるやりとりによってC1・C2間の検討・交渉等の内容が「業務上の提携」に当たるとみる余地があったとしても、P1の本件回答が「業務上の提携」に向けた作業等を会社の業務として「行うことについての決定」に当たるとはいえず、本件について「決定」がされたのは、同年9月18日の打合せ時点であるところ、Xによる本件買付けは同決定より前の同月17日からされたもの。
本件課徴金納付命令は処分要件を欠き違法。

判例時報2552

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2023年6月16日 (金)

独禁法違反を理由とする株主代表訴訟

東京地裁R4.3.28

<事案>
同業他社8社との間で共同してアスファルト合材の販売価格の引き上げを行っていく旨を合意することにより、合材の販売分野における競争を実質的に制限⇒独禁法2条6項所定の不当な取引制限に該当するなどとして、公正取引委員会から排除措置命令及び課徴金納付命令⇒当時の取締役(Y2~Y4)及び代表取締役(Y1)に善管注意義務があった⇒会社法423条1項に基づく損害賠償として、A社が本件課徴金納付命令に基づき納付した課徴金の額の全部又は一部及びこれに対する遅延損害金を、Yら各人の責任金額の限度で連帯してA社に支払うよう求めた株主代表訴訟の事案。

<争点>
①Y1~Y4が本件合意について取締役の善管注意義務(Y2~Y4につき法令遵守義務、Y1につき同義務又は内部統制システム構築義務)に違反したか
②損害の有無及び金額

<判断>
●争点①
次のア・イの下では、Y1~Y4は、事業者であるA社を名宛人としてA社が遵守すべき独禁法3条(独禁法2条6項所定の不当な取引制限の禁止)に違反させる行為⇒本件合意について取締役としての法令遵守義務に違反。
ア:少なくとも本件違反行為開始以来、本件合意の存在及び内容を認識していた
イ:
①Y4:A社の合材事業を担当する製品事業部に在籍し、その後同事業部長となったY4は、本件合意に従って、A社において合材の販売価格の引き上げを行うか否か、行う場合にはその引上げ時期や引上げ幅についての方針を決定し、同方針に従って作成された社内通達の発出について事業推進本部長及び同副本部長の決裁を経た上で、社内通達等を通じてこれを指示
②A社の製品事業部の上位部署である事業推進本部の本部長Y2、副本部長Y3及び代表取締役Y1は、製品事業部が本件合意に従って同方針を決定し、同方針をA社の指示内容とすることを妨げず、
③Y2及びY3は、同方針を記載した通達の発出を承認。

●争点②
Y1~Y4の法令遵守義務違反とA社の本件自認課徴金額の納付との間に相当因果関係があり、各取締役在任時期と本件課徴金納付命令に係る課徴金額の算定の基礎となる期間の重なりを考慮すると、Y1~Y4は各請求額の損害を賠償する義務を負う。

<規定>
会社法 第三五五条(忠実義務)
取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない。

<解説>
●争点①
会社法355条:取締役が法令を遵守してその職務を行う義務(法令遵守義務)を負う。
「法令」には、取締役を名宛人としてその職務遂行に際して遵守すべき義務を個別に定める規定だけでなく、会社を名宛人とし、会社がその業務を行うに際して遵守すべき全ての規定も含まれ、取締役が会社をして前記規定に違反させることとなる行為をしたときは、前記「法令」に違反する行為をしたと解される(最高裁)。

Y1~Y4がA社をして、事業者(会社)を名宛人として不当な取引制限を禁止する独禁法3条に違反させる行為をした⇒法令遵守義務違反

本判決:
A社の社内体制等及び合材の販売価格の決定過程等を認定した上で、A社における合材事業の経営上の位置付け、Y1~Y4の職務内容、前記決定過程への関与の仕方等を踏まえて、Y1~Y4の本件合意の存在及び内容に係る認識を認定。
その上で、Y1~Y4の行為が、A社をして独禁法3条に違反させる行為といえる⇒Y1~Y4の法令遵守義務違反を認めた。

●争点②
会社に対する課徴金又は罰金を取締役の善管注意義務違反による損害とすることの可否
肯定する裁判例がある。

東京高裁H29.6.15は
会社の粉飾を手助けしたコンサルティング会社経営者の不法行為責任が問われた事案で課徴金相当額を損害と認めなかったが、
「違法行為について、当該法人が、実際の実行行為者である役員や従業員に対して、所属する当該法人に財産的存損害を与えたものとして、当該法人との委任契約や雇用契約等の義務違反として当該法人の内部において損害賠償責任を追及することはやむを得ない」とした。

被告取締役らの認識時期や社内での地位を考慮し、損害額の一定程度についてのみ任務懈怠との相当因果関係を認めた裁判例(大阪高裁)も存在。

判例時報2550

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2023年6月 6日 (火)

社債の私募の取扱いをした証券会社の損害賠償義務(肯定)

名古屋地裁R4.4.19

<事案>
Xらが、OPM社及びMTL社が本件各社債の発行により調達した資金の大部分を診療報酬債権等の買取以外の目的に流用⇒本件各社債の元利金の支払を受けられなくなり、本件各社債の取得金額相当額等の損害を被った
⇒Yら(①Y1及びその役員等、②OPM社やMTL社との間で管理契約を締結していた会計事務所2社及びその役員等、③OPM社及びMTL社と業務委託契約を締結して、本件各社債の販売支援を行っていた証券会社(アーツ証券)の元役員)に対し、損害賠償を求めた。

<争点>
Y1について、本件各社債の私募の取扱いをするに当たり、アーツ証券等から追加資料の提供を受けるなどして、本件各社債が真実診療報酬債権を裏付けとするものであるといえるかを調査すべき義務(調査義務)を負っていたと言えるか?

<判断>
●金商法は、一般投資家が有価証券について合理的な投資判断をすることができるように、有価証券の発行者等に対し、有価証券に関する投資判断に必要な重要情報の開示を要求。
but
50名未満の者を相手方として社債券の取得勧誘を行う場合で、一定の要件を満たす場合は「有価証券の私募」であって、当該有価証券の発行者は、いわゆる開示規制の適用を受けない。

当該有価証券の発行規模が小さく、また、この場合の取得勧誘の相手方は、投資判断に必要な情報を当該有価証券の発行者から直接入手することが容易⇒投資判断に必要と考えられる情報を広く市場に開示することを法令によって義務付ける必要性は低い。

本件各社債:
いずれも、発行体ごとに、Y1を含む販売証券会社ごとにシリーズ番号を付して、1つのシリーズ当たりの取得者が50名未満となるよう発行されたもので、償還期間がいずれも1年未満
⇒本件各社債の取得勧誘は「有価証券の私募」に該当。
but
本件各社債は、不特定多数の者に取得勧誘がされた。
その発行規模が大きく、また、取得勧誘の相手方が投資判断に必要な情報をその有価証券の発行者から直接入手することが容易でない
⇒「有価証券の私募」に係る有価証券の発行者がいわゆる開示規制の適用を受けない趣旨が実質的に妥当しない⇒投資判断に必要な情報を本件各社債の取得者に開示すべき必要性が高い。

●①Y1は・・・、遅くとも平成26年1月23日の時点で、本件各社債が真実診療報酬債権を裏付けとするものであるといえるかについて疑念を抱いてしかるべきであった。
②本件各社債については、投資判断の必要な情報を本件各社債の取得者に開示すべき必要性が高いにもかかわらず、本件各社債の発行者は、いわゆる開示規制の適用を受けない。

その取得勧誘をする金融商品取引業者は、金商法の開示規制の趣旨に照らして、投資判断に必要な情報が本件各社債の取得者に開示されないことにより取得者が不測の損害を被ることのないように適切な措置を講ずることが期待されているものというべきである。

<解説>
●本判決:
いわゆる流動化債権において裏付資産の実在性が極めて重要
本件各社債の私募の取扱いをした証券会社であるY1が、本件各社債の裏付資産が不足していること及びその不足が一過性のものではないことをうかがわせる事実を認識していた
③Y1が、顧客に対して本件各社債を安全性の高い商品であると説明して取得勧誘をし、Y1が私募の取扱いをした本件各社債の発行残高が合計45億6700万円と多額に上り、今後、これらの発行済みの社債の取得者が、償還額を払込金額に充てて新たな本件各社債を取得するかが問題となることが予想されたという顧客に対するY1の先行行為の存在等
Y1が調査義務を信義則上負う。

この判断に当たっては、④金商法のいわゆる開示規制の趣旨が重要な役割を果たしていると考えられる。(Xらは、本件各社債の取得勧誘は「有価証券の私募」ではなく「有価証券の募集」に該当し、開示規制が適用される旨を主張したが、本判決はそのような見解を採用せず。)

●会計事務所2社が、本件各社債の実質的な発行者の不法行為(本件各社債等によって調達した資金に見合うだけの診療報酬債権を購入せず、その資金を流出させて行為)を幇助した(民法719条2項)として、Xらの2社に対する請求を(一部)認容。
会計事務所についての裁判例。

判例時報2549

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2023年5月 3日 (水)

第三者による詐欺行為で損害⇒担当取締役の善管注意義務・忠実義務違反(否定)

大阪地裁R4.5.20

<事案>
Zとの株主であるXは、Y1(代表取締役)について、
①本件売買契約を稟議書によって承認したことや残代金決済前倒しを承認したことが経営判断上の誤りであること
②従業員に対する監視監督義務を怠ったこと
③内部統制システム(リスク管理体制)構築義務を怠ったこと
④被害回復措置を怠ったこと
⑤被害拡大防止措置を怠ったこと
等を理由として、
Y1及び経理財務部門担当の取締役(副社長)であったY2に対し、
Zに生じた損害をZに賠償するよう求めて本件を提訴。

<争点>
主な争点:
Y1が本件売買契約を事前に承認した上、残代金決済前倒しについても事前に承認⇒会社が目的とする事業を遂行する上で取締役が行った判断が、その負っていた任務に違背するものであったといえるか?

<判断>
取締役による決裁を経て不動産を購入するに至ったが、それによって当該会社に損害が生じた場合、かかる意思決定に関与した取締役が当該会社に対して善管注意義務違反ないし忠実義務違反による責任を負うか否かについては、
取締役に求められる上記の判断が、当該会社の経営状態や当該不動産の購入によって得られる利益等の種々の事情に基づく経営判断であることからすれば、取締役による当時の判断が取締役に委ねられた裁量の範囲に止まるものである限り、結果として会社に損害が生じたとしても、当該取締役が上記の責任を負うことはない。
当該取締役の地位や担当職務等を踏まえ、当該判断の前提となった事実等の認識ないし評価に至る過程が合理的なものである場合には、かかる事実等による判断の推論過程及び内容が著しく不合理なものでない限り、当該取締役が善管注意義務違反ないし忠実義務違反による責任を負うことはない。

当該会社が大規模で分業された組織形態となっている場合には、当該取締役の地位及び担当職務、その有する知識及び経験、当該案件との関わりの程度や当該案件に関して認識していた事情等を踏まえ、下部組織から提供された事実関係やその分析及び検討の結果に依拠して判断することに躊躇を覚えさせるような特段の事情のない限り、当該取締役が上記の事実等に基づいて判断したときは、その判断の前提となった事実等の認識ないし評価に至る過程は合理的なものということができる。
・・・・稟議書の記載や担当従業員から個別に受けた説明に依拠して判断することに躊躇を覚えさせるような事情があったとは認められない
Y1の判断は、その前提となった事実等の認識ないし評価に至る過程は合理的であったといえ、かかる事実等による判断の推論過程及び内容についても著しく不合理なものではなかった。
⇒経営判断としてY1に許された裁量の範囲に止まる。
Y1が残代金決済前倒しの方針を事前に承認したことについても、同様。

<解説>
●取締役のの経営に関する判断事項についての善管注意義務違反の成否:
最高裁:アパマンショップ株主代表訴訟事件(最高裁H22.7.15):
株式取得の方法や価格について、取締役は、様々な事情を総合考慮して決定することができ、その決定の過程、内容に著しく不合理な点がない限り、取締役としての善管注意義務に違反するものではない
取締役の業務執行は、不確実な状況で迅速な決定を迫られる場合が多く、
善管注意義務が尽くされたか否かの判断は、行為当時の状況に照らし合理的な情報収集・調査・検討等が行われたか、及び、その状況と取締役に要求される能力水準に照らし不合理な判断がなされなかったかを基準になされるべきであり、事後的・結果論的な評価がなされてはならない(江頭)。
取締役の裁量を踏まえた任務懈怠の検討にあたっては、従前から、
経営判断の前提となる事実認識の過程(情報収集とその分析・検討)における不注意な誤りに起因する不合理さの有無と、
事実認識に基づく意思決定の推論過程及び内容の著しい不合理の存否
の2点から判断。

情報収集過程と判断過程に着目して、
情報収集過程については不合理さの有無を
判断過程については著しい不合理性の有無
検討

特に経営判断の内容については、経営判断の特質から取締役に広い裁量が認められ、裁判所による厳格な審査になじみにくいといえ、
経営判断の過程については、取締役に認められる裁量の幅が相対的に狭くなる。

●本判決:
取締役の判断の前提となる情報収集・分析、検討について、大規模組織における意思決定の特質が考慮に入れられるべきものであり、特段の事情が認められない限り、下部組織の行った情報収集・分析、検討を基礎として自らの判断を行うことが許される。

善管注意義務の懈怠が問題となっている場合においても、
取締役は下部組織の報告に依拠することができるものの、
報告の信用性を疑わせるといった事情があるときは、取締役から改めて情報を収集することを求めることで、これらの特質に沿った判断が可能となる。

判例時報2546

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2023年3月30日 (木)

従業員の長時間労働に起因する死亡⇒名目的代表取締役の責任(肯定)

東京高裁R4.3.10

<事案>
Y1の経営するレストランにおいて調理を担当する板前(料理長)として勤務していた亡Aの相続人であるX1、X2が、亡AはY1における長時間の過重労働に起因する不整脈の発症により死亡し、これにより損害を被った

(1)Y1に対しては債務不履行に基づく損害賠償請求として
(2)Y1の代表取締役であったY2に対しては債務不履行に基づく損害賠償請求又は会社法429条1項に基づく損害賠償請求として
損害金及びこれに対する遅延損害金の連帯支払を求めた。

<原判決>
(1)亡Aの死亡はY1の業務における長時間労働により生じたもの
(2)Y1は亡Aが業務に従事する状況について労働時間や労働内容を把握し必要に応じて是正すべき措置をとる義務を負っていたにもかかわらず、これを怠り、亡Aを長時間の時間外労働に従事させて本件発症に至らせた⇒安全配慮義務に違反した
(3)Y2は、Y1の代表取締役としてその職務を行うについて悪意又は重大な過失があり、これにより亡Aの損害を生じさせたというべき⇒会社法429条1項に基づきY1と連帯して亡Aの死亡により生じた損害の賠償責任を負い
(4)亡Aが病院を受診しなかったことを亡Aに不利に斟酌することは相当でない

XらのYらに対する請求を一部認容。

<規定>
会社法 第四二九条(役員等の第三者に対する損害賠償責任)
役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。

<判断>
● (1)(2)は原判決と同様
● (3)Y1の代表取締役であったY2の会社法429条1項に基づく責任:
Y2はY1の業務執行に関わることが予定されていない、いわゆる名目的な代表取締役であったと認められる。
but
名目的な代表取締役であったことをもってY2がY1の代表取締役として負うべき一般的な善管注意義務を免れ又は軽減されるものではない

Y2はY1の業務執行を一切行わず、亡Aの労働時間や労働内容の把握や是正について何も行っていなかった⇒その任務の懈怠について悪意又は重大な過失があり、これにより亡Aに本件発症による損害を生じさせた。

Y1が他の実質的経営者を中心として経営されており、Y2はY1に出資しておらず、Y1から役員報酬を受け取っていなかったことや、Y2が別の仕事を兼務していたこと等の事情は前記の認定を左右するものではない。

● (4)亡Aが体調不良を訴えて欠勤した際に病院を受診しなかったこと等の事情をしん酌⇒2割の過失相殺
X1が受領した亡Aの労働者災害保険給付を損益相殺

<解説>
適法な選任手続により有効に取締役に就任したが、取締役としての職務を何もしていない取締役(いわゆる名目的取締役)であっても、代表取締役らの業務執行に対する関し・監督義務を負い、これを怠った場合には会社に対する任務懈怠となり、会社法429条1項に基づく損害賠償責任を負う。
他方で、下級審裁判例においては、
当該事案における具体的な事情から、重過失がない、相当因果関係がない等の理由により、名目的取締役の同項に基づく損害賠償責任を否定するものも少なからずあり、
その背景には、旧商法255条が会社の規模を問わず、3名以上の取締役の選任を要求していたことから、員数合わせのために選任された名目的取締役の責任を問うことが酷であるという考慮。
but
会社法においては、公開会社等ではない会社であれば取締役会を設置する必要はなく(同法327条1項)、取締役会を設置しない場合には取締役は1名で足りる(同法326条1項)。
⇒前記のような考慮を働かせる必要性はなくなった
⇒個々の事案における諸般の事情に照らして重過失や相当因果関係の有無等について個別具体的に検討することとなる。

判例時報2543・2544

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2023年2月25日 (土)

代表取締役による善管注意義務違反(役員報酬増額を含む)の事例

東京高裁R3.9.28

<事案>
代表取締役による子会社設立に伴う同子会社用の機械設備の購入及び役員報酬の増額について、会社が当該代表取締役に対して善管注意義務違反による損害賠償を求めた。

<原審>
本件機械の購入金額は、X社の資産合計の1.5パーセントに及ぶものであって、その種類、性能等はベトナム子会社及びX社の収益に影響するものであるのに、Yは取締役会決議を経ずに、X社にとって重要な財産に当たる本件機械を購入したことは、代表取締役としての任務を怠った。
追加的請求については、民訴法143条1項ただし書に基づいて、不許可。

<判断>
本件機械の購入について、取締役としての善管注意義務違反を認定し、役員報酬の増額についても善管注意義務違反が認められるとして、Yの責任を認めた。
X社の大口受注先から技術先から技術課題を指摘され、技術レベルが改善されなければ製品の発注を大幅に減少させることの予告を受けるとともに、ベトナム進出について消極的意見を示されるなどして、技術レベルの改善が緊急かつ最重要な課題であることを理解していた
⇒取締役会における十分な議論を改めですべきであり、その結論が出るまで、ベトナム進出に関する具体的な準備作業を一時中止すべき注意義務を負っていたのに、これを怠って、取締役会を開催して議論を行わず、本件機械を受注し購入した注意義務違反が認められる。

役員報酬の増額について
①X社に役員報酬を増額するような業績の向上や経営状況の改善があったとは認められない
②Yは、適切なガバナンスが効きにくい状況を作出した上でこれを利用して自らの報酬額を増額
③他の取締役が3~4パーセントの増額なのに対して、Yの報酬は25%の増額であり、40万円という増額金額や増額率からみても、いわゆるお手盛りの色合いの濃いものである
④経済的にみても、本件株式の一部につき、X社の出捐によりYが取得するのと同じ効果を有する
本件の経緯からすれば、X社による本件株式の買取りをYが妨害して自己の利益を得たとも評価し得る背信性の強い行為

報酬額の増額は取締役としての善管注意義務に違反する。

<解説>
●取締役の善管注意義務の判断に当たっては、
取締役によって当該行為がなされた当時における会社の状況および会社を取り巻く社会、経済、文化等の情勢の下において、当該会社の属する業界における通常の経営者の有すべき知見及び経験を基準として、前提としての事実の認識に不注意な誤りがなかったか否か及びその事実に基づく行為の選択決定に不合理がなかったか否かという観点から、当該行為をすることが著しく不合理と評価されるか否かによって判断。

本判決:本件機械の購入ではなく、その前段階である準備作業の一時中止の判断をしなかったことについて、具体的事実を踏まえて、著しく不合理であると判断

●役員報酬の増額(会社法361条1項)に関して:
株主総会の決議で取締役全員の報酬の総額を定め、その具体的な配分は取締役会の決定に委ねることができる、取締役会は具体的な決定を代表取締役に一任することができる。

(判例)
役員報酬について厳格な規律が設けられているのは、取締役によるいわゆるお手盛りを防止して、会社ひいては株主の利益を保護することにある。
株主総会で報酬総額が定められていたとしても、具体的な報酬額の決定が、会社の利益を損なうような不合理なものであるときは、前記基準により、善管注意義務違反が認められる

判例時報2539

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

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