大阪高裁R4.7.21
<事案>
基本事件において、上場会社である債務者(Y)の株主である債権者(X)が、買収防衛策として導入された差別的行使条件及び取得条項が付された新株予約権の無償割当てが
(1)株主平等原則に反する
(2)著しく不公正な方法によるもの
として会社法247条1号及び2号の類推適用により、その仮の差止めを求めた事案。
<規程>
会社法 第二四七条
次に掲げる場合において、株主が不利益を受けるおそれがあるときは、株主は、株式会社に対し、第二百三十八条第一項の募集に係る新株予約権の発行をやめることを請求することができる。
一 当該新株予約権の発行が法令又は定款に違反する場合
二 当該新株予約権の発行が著しく不公正な方法により行われる場合
<地裁>
本件申立てを認容(「本件仮処分決定」)
Y:本件仮処分決定に対して保全異議の申立て
地裁 本件仮処分を認可する決定(「原決定」)
Y:大阪高裁に保全抗告
判断 同抗告を棄却(本件仮処分決定と原決定を「本件各決定」)。
Y:本決定について許可抗告⇒許可
最高裁 同抗告を棄却
⇒本件新株予約権無償割当ては中止。
<経緯>
(1)有限責任事業会社Xが、Y株式の取得⇒持ち株比率7.01%
(2)Xの元組合員である法人、同法人の代表取締役である者、Xの原組合員である法人の代表取締役をその代表取締役とする法人もY株式を取得⇒合計21.63%に
(3)X:Yの現経営陣の解任などを議案(「本件議案」)とする株主総会の招集を請求し、Yは、令和4年4月8日、本件議案を決議事項とする臨時株主総会の招集を決定。
(4)同日の取締役会において、
X関係者がY株式を買い集めているとして、これらを対象として、持ち株比率が20%以上となる株式の取得のほか、株主間における共同ないし協調して行動する関係を樹立するあらゆる行為(「共同協調行為」)を含む大規模買付行為等を行う者以外の者に対して、新株予約権を無償で割り当てることを骨子とする対応方針を決議。
大規模買付者とされた者(「非適格者」)は、前記新株予約権とは別個の一定の行使条件及び取得条件が付された新株予約権を取得するものとされていた。
本件対応方針の発動については、株主意思の確認のために、原則として株主総会における承認を得ることとされていた。
(5)委任状勧誘⇒46%の賛成票but本件議案は否決。
(6)5月18日、取締役会で、本件対応方針による差別的行使条件及び取得条項が付された新株予約権の無償割当てをその効力発生日を同年7月29日として行うことを内容とする対応措置を発動。
Y:社外取締役又は社外有識者によって構成され、本件対応方針の運用の公正性・客観性を担保するために設置された独立委員会から、本件対応措置を発動することが相当との勧告を受けた旨も発表。
(7)6月14日:
取締役会において、本件臨時株主総会で株主議案に賛成する旨の委任状をXに提出した株主のうち、X関係者以外の4法人及びXぼ現組合員である個人を本件対応方針の非適格者と認定。
(8)本件株主意思確認総会:同月24日に開催され、本件対応方針及び本件対抗措置の発動の可否について決議⇒賛成54.46%、反対45.52%の賛成多数で可決。
同月30日時点におけるX関係者及び非適格者認定を撤回されなかった株主の持株比率の合計は19.・78%
(9)Xが、本件しなk部予約権無償割当ての仮の差止め申立て⇒大阪地裁は認容(本件仮処分決定)
本件仮処分決定の審理の過程において、Yは、Xに対し、
大規模買付行為等の撤回方法につき、X関係者において、大規模買付行為等を行ったことの事実確認、保有株式数の増加がないことの確認、次期定時株主総会までの大規模買付行為等の禁止、第三者への株式譲渡の禁止、株主提案及び臨時株主総会招集請求の禁止、委任状勧誘の禁止、他の株主による株主提案に賛成しないことなどの誓約をいずれも求める旨を明らかにした。
(10)
(11)
<判断>
●本件仮処分決定
◎本件対応方針がXに適用されるか
・・・Xとその他関係者との間で共同協調行為(大規模買付行為等)がある。
◎不公正な方法か否か
複数の株主による経営支配権の取得を目的とする行為も買収防衛策の対象とすることは許容される。
買収防衛策は、企業価値ひいては株主共同利益の維持の必要性がある場合にはじめて許容されるもの⇒現経営陣の経営支配権維持のための場合には、これを正当化する特段の事情のない限り、不公正な方法に該当。
その判断については、現経営陣と買収者との間に経営支配権を巡る争いがある場合には、前記株主共同利益のために対応策を導入する必要があり、かつ、そのための手段として差別的行使条件及び取得条項が付された新株予約権の無償割当を行うことが買収者の受ける不利益の内容及び程度、不利益を受ける買収者が撤退措置を採ることの可否及びその内容等に照らして相当といえるときには、不公正な方法に該当しない。
・・・現経営陣が経営支配権を喪失する現実的な危険性が差し迫ったものとして存在し、現経営陣においてもそれを認識していた。
買収防衛策の導入の必要性について、
Xの株式取得の方法が市場内買付けによるものであり、金商法で定められた法定の提出期限を徒過して大量保有報告書を提出している上、Xが目指すYの経営方針として明確なものが示されていたとは認めがたいことに加えて、
本件対抗措置の目的も合理的であることや本件株主意思確認総会における決議の存在なども考慮され、株主共同利益の維持のためのものとしてこれが肯定される。
本件対応方針及び本件対抗措置の相当性については、これらには買収者の不利益の回避を意図した設計がされている。
but
本件事実関係に照らすと、Xからすれば大規模買付行為等の撤回方法についての明確な認識を持つことが困難であったこと、
・・・X関係者が前記撤回方法を許容する見込みは極めて少ないこと
⇒前記撤回方法が実質的に閉ざされている。
Xグループを非適格者とする認定についても、・・・現経営陣による恣意的判断の可能性が排除できない。
そのような恣意的判断の排除のために設計された独立委員会による勧告の内容も不明。
⇒手段としての相当性を欠く。
特段の事情も認められない⇒本件新株予約権無償割当ては不公正な方法に該当。
●原決定
概ね本件仮処分決定を引用。
・・・(Yが非適格者の認定を一部撤回したことについて)そのような安定的とはいいがたい措置をYが採っていること自体が、当初の非適格者の認定判断の根拠が薄弱であることやXの受ける不利益に十分な配慮がないことを指し示すもの。
●本決定
◎本件仮処分決定を概ね引用し、次の(1)(2)の判断を付加して、Yの主張を斥けた。
◎(1)Xは本件臨時株主総会において委任状勧誘を行っていた⇒共同して議決権を行使するとの合意を得られる株主を見つけようとしていた⇒少なくとも「共同協調行為を行おうとする者」に該当。
◎(2)
Y:本件株主意思確認総会において、現経営陣とX関係者のどちらに経営を委ねるべきか、という点について株主の意思が示されたといえ、本件対抗措置には相当性がある。
vs.
・・Yの提案する議案に賛成しなければ非適格者と認定される懸念を生じさせるもので、実際に一部の株主はそのような懸念を表明していたことに加え、前記議案がかなりの僅差で可決された
⇒株主らが真に現経営陣を指示したかは疑問が残る。
Y:大規模買付行為等の撤回方法及び非適格者の範囲の見直しによって本件対抗措置の相当性が確保された
vs.
共同協調行為につきいかなる条件が揃えば撤回されたものと扱うのかを十分に検討していたかは疑わしく、その方法も相当なものといえず、再度提示された撤回方法も、そのような見直しをすること自体Xへの配慮が十分でなかったことを示すものである上、その内容も合理性があるか疑問
⇒前記相当性が確保されたということはできない。
本件対抗措置の相当性の判断を客観的にすべきである、独立委員会が有効に機能していた、今後の本件対抗措置の発動中止の可能性があるなどの各主張はいずれも理由がない。
<解説>
●合意なき買収に対する防衛策についての裁判例
◎現経営陣の賛同を得ていない態様で行われる合意なき買収に対し、買収防衛策として新株予約権の発行が行われたニッポン放送事件(東京高裁):
現経営支配権争いが生じている場面において、経営支配権の維持・確保を目的とした新株発行がされた場合には、原則として不公正な発行として差止請求が認められるべきとする主要目的ルールがが基本的に妥当するものとされている。
本件各決定:このような主要目的ルールを採用。
but
本件仮処分決定においては経営支配権争いの程度についても検討が加えられ、「その争いの程度にも激しいものがあり、・・・現経営陣が債務者の経営支配権を失う現実的な危険性が差し迫ったものとして存在し、現経営陣においてもその危険性を認識したものといえる」
◎差別的内容の新株予約権の無償割当ての有効性が問題となったブルドッグソース事件(最高裁):
主に株主平等原則に反するかという観点を中心に考察されているところ、「特定の株主による経営支配権の取得に伴い、・・・会社の企業価値がき損され、会社の利益ひいては株主の共同の利益が害されることになるような場合」には買収防衛策の必要性を充たす。
その判断は「最終的には、会社の利益の帰属主体である株主自身により判断されるべき」とし「(その)判断の正当性を失わせるような重大な瑕疵が存在しない限り、当該判断が尊重されるべき 」とする。
特定の株主縫い対する差別的な取扱いについては、「当該取扱いが衡平の理念に反し、相当性を欠くものでない限り、これを直ちに同原則に反するもの」でないとして、買収防衛策の相当性の要件を示している。
買収防衛策の必要性の判断において株主総会における株主の判断を経ていることが重要視
⇒
買収防衛策の導入・発動の可否については、株主総会決議を経ることを前提としたものが多く見受けられるようになっており、本件においても本件株主意思確認総会が開催され、本件対応方針及び本件対抗措置の発動についての普通決議が可決されている。
(このような株主総会の権限の範囲外の決議は、勧告的決議とされている。)
◎買収防衛策としての新株予約権の無償割当てについての近時の裁判例。
文献
●本件各決定の位置付け
◎ 特徴的な判断内容として、次の2点
◎ (1)複数の投資主体による株式取得以外の行為である共同協調行為の有無が争われた事案
認定手法は参考になる
◎ (2)買収防衛策としての相当性を欠くものと判断
本件仮処分決定:
買収者の撤回方法が明確に示されていなかった⇒Xの買収行為の撤回可能性が実質的に閉ざされている。
Xグループを含めた非適格者の認定が現経営陣による恣意的な判断による可能性が排除できない。
⇒買収行為の相当性を否定。
本決定:
前記判断に加え、
Yによる非適格者の認定が、Yの議案に賛成しなければ非適格者と認定され、本件新株予約権無償割当てにおいて不利に扱われる懸念が生じていることを前提として、
本件株主意思確認総会における決議も僅差での可決であり、株主らが真に現経営陣を支持したかに疑問が残ること
非適格者の認定が一部撤回され、見直された後の措置についても合理的に疑問が残ることを指摘し、
これらを総合的に判断して、買収防衛策の相当性を否定。
判例時報2564
大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
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