民事

2025年3月11日 (火)

モペットの個人賠償責任保険約款の免責対象の「車両」該当性(肯定)

大阪地裁R5.12.14

<事案>
ペダル付きの原動機付自転車(「本件モペット」)で走行(「本件モペッ」ト)が事故でP2に傷害を負わせた⇒保険会社であるYに対して、個人賠償責任保険契約に基づく保険金を請求
約款には、車両(原動力がもっぱら人力であるものを除く。)の所有、使用又は管理に起因する賠償責任の負担に係る損害については保険金の支払対象外との規程

<争点>
本件モペットが、人力モードによって走行していた場合でも本件免責規定により保険金の支払対象外となるか?

<判断>
本件免責規定が原動力をもっぱら人力とする車両を除外事由としているのは、
①当該車両が潜在的に有している危険性が類型的に考えて大きいとまではいえず、
②当該車両を所有、使用又は管理することに起因する賠償責任の負担に係る損害についても、これを所有、使用又は管理しない場合と比して、必ずしも増大する傾向にあるとはいえないこと、
③原動力をもっぱら人力とする車両については、所有、使用又は管理に起因する賠償責任を補償する個別の保険制度が別途網羅的に設けられていないこと
にある。

本件モペットは、
①道路運送車両法上の原動機付自転車に区分され、自賠責保険に加入することが義務付けられている、
②原付モードによる走行が可能であり、現に具有する危険性は原動機付自転車と同様といえる上、事故が発生した場合には、言動付自転車による事故と同じように責任が増大するリスクを抱えている
③本件免責規定の除外事由は原動力がもっぱら人力である車両⇒前記危険性及び責任増大の可能性に着目して、車両として除外事由に該当するかを判断すべきであり、個別の走行時におけるモードの違いによって除外事由該当性が代わるものではない

本件モペットは、本件免責規定の除外事由である原動力がもっぱら人力である車両に該当するということはできない。

<解説>
警察庁の令和3年6月28日付けの「『車両区分を変化させることができるモビリティ』について」と題する通達
原動機の力及びペダルを用いた人の力を用いて運転する構造から、原動機の力を用いることなくペダルのみを用いて人の力により運転する構造に切り替えられるモビリティについては、一定の要件を充足すれば、車両の区分を変化させることができるという解釈。
but
本件モペットはこの通達の要件を充足していない
令和6年道交法改正で、同法2条1項17号に「運転」の定義として、「道路において、車両・・・をその本来の用い方に従って用いること(原動機に加えてペダルその他の人の力により走行させることができる装置を備えている自動車又は原動機付自転車にあっては当該装置を用いて走行させる場合を含み、特定自動運転を行う場合を除く。)をいう。」と規定

当該原動機付自転車にあっては、ペダルその他の人力により走行させる場合も「運転」に含まれることが明文化。

判例時報2614

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公立中学教員の長時間労働等⇒精神疾患⇒自殺についての校長の安全配慮義務違反を理由とする国賠請求(肯定)

水戸地裁下妻支部R6.2.14

<事案>
Y(古河市)が設置運営する中学校の教員であるVが長時間労働等により精神疾患を発症し自殺したことに関して、Vの遺族であるXが、本件中学校の好調の安全配慮義務違反によって極度の長時間労働や連続勤務に従事することを余儀なくされたことが原因⇒Yに対し、国賠法1条1項による損害賠償を認めた。

<争点>
①校長の安全配慮義務違反が認められるか
②同違反とVのうつ病エピソードの発症、死亡との間の相当因果関係
③損害の額(過失相殺の有無)

<判断>
争点①②:
うつ病エピソードの発症前6か月の総労働時間数、所定休日数、時間外労働時間数を具体的に認定した上で、発症前3週間、発症前1か月ないし3か月の労働時間

時間外勤務の状況のみをもっていしても、Vの心理的負荷は極めて強度。
校長が、時間外及び休日勤務報告書等によって、Vの時間外労働時間が長時間にわたる状況が継続していることを認識できる状況にあった
⇒長時間労働軽減のための面接を実施したり、具体的な軽減策を講じるべきであったにもかかわらず、これを怠り、Vが長時間労働を余儀なくされた結果、うつ病エピソードを発症したと判断し、校長の安全配慮義務違反を肯定。

争点③:
過失相殺を否定

①Vの時間外労働時間が極めて長時間に及んでいた点については本件中学校側の管理職に一時的な責任があるところ、校長はVの勤務時間を認識し又は認識し得たにもかかわらず、問題意識すら有していなかったと窺われる
②Vには何らの落ち度もなく、また、長時間にわたる時間外労働を相当程度削減することはVの一存で調整できたとは認められない

<解説>
●使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う。
使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用上の前記注意義務の内容に従ってその権限を行使すべき(最高裁)。

地方公共団体とその設置する学校に勤務する地方公務員との間においても、別異に解すべき理由はない(最高裁)。
以上の規範を前提に、
Vの時間外労働時間が極めて長時間に及んでいたと指摘した上、校長はかかる状況を時間外及び休日勤務報告書等によって認識できる状況にあり、また、これを把握すべき義務を負っていたにもかかわらず、労働時間を権限する方策等を講じなかった⇒安全配慮義務違反が認められると判断。

●部活動がVの業務といえるか?
本判決:
・・・・吹奏楽コンクールの全国大会出場、金賞獲得という目標は、単にVや部員が設定した目標にとどまらず、校長をはじめとする管理職も含めた本件中学校全体で掲げる方針であり、前記目標を目指した活動は、業務の一環として組み込まれており、これを校長も容認
⇒校長において黙示の業務命令があった。

判例時報2614

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未成年者の一時保護(後の保護継続)による養育費減額(肯定)

東京高裁R4.12.15

<事案>
平成23年に裁判離婚した夫婦の元夫であるXが、元妻であるYに対し、未成年者が令和3年9月15日以降、児相に一時保護さていることを理由に、東京高裁が平成22年12月22日に言い渡した判決のうち、Xに対して未成年者の養育費をYに支払うよう命じた部分について取消しを求めた。

<原審>
未成年者は令和3年9月16日以降、Yの監護養育下にない⇒前件判決主文第4項の同日以降の養育費の定めを取り消す旨の審判をした。

<判断>
ア:Yは、未成年者が令和3年9月15日に児童相談所に一時保護されて依頼、1年以上にわたって未成年者を監護養育していない
イ:未成年者が一時保護された後、家庭裁判所が未成年者の親権者をYからXに変更する旨の審判をした
ウ:現時点でも未成年者がYの下に戻る見通しがたっていない

Yが未成年者との面会の際に物品を差し入れることがあったとしても、前記判決主文第4項は、実情に適合せず相当性を欠くに至っており、これを取り消すのが相当。

取消しの始期:
原審:一時保護の翌日である令和3年9月16日
本決定:Xが養育費減額審判を家裁に対して申し立てた日である令和4年5月17日

<解説>
●養育費に関する判決等が確定した場合の事情変更
民法 第八八〇条(扶養に関する協議又は審判の変更又は取消し)
扶養をすべき者若しくは扶養を受けるべき者の順序又は扶養の程度若しくは方法について協議又は審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その協議又は審判の変更又は取消しをすることができる。

事情変更:その協議又は審判等の基礎とされた事情に変更が生じ、従前の内容が実情に適合せず相当性を欠くに至った場合をいう。
児相による一時保護の期間は、原則として、一時保護を開始した日から2か月を超えてはならない(33条3項)⇒本件でも、一時保護が短期間で終了し、未成年者が再びYの下で監護養育されるに至った場合は、事情変更があったとはいえないとされた可能性もある。
but
本件・・・・。

●養育費取消しの始期
変更の始期:事情変更時、請求時、裁判時等
家裁実務上は請求時
原審:事情変更時
⇒未成年者が一時保護された日の翌日を始期
vs.
①具体的な養育費分担義務が審判等によって形成される
②令和3年9月15日時点では児相に一時保護されたにとどまる

判断:請求時説

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2025年3月 7日 (金)

照会兼回答書の提出についての弁護過誤

大阪高裁R5.5.25

<解説>
● 弁護士が控訴審において依頼者の意向を確認しないまま和解の意向がない旨の記載のあるう照会書回答書を提出したことが委任契約上の善管義務違反に当たるか?

原判決:
①C・Eが別件調停において既に和解に応じない旨を明示している、②別件訴訟第1審判決の内容(請求棄却)からして和解が成立する見込が乏しかった⇒控訴審裁判所が訴訟進行の方針等を検討するための資料である(正式書面でない)照会兼回答書の提出に当たりXの意向確認をしなかったとしても委任契約上の義務違反とはいえない。

本判決:
義務違反を肯定。

● 弁護士と依頼者との間の契約は、委任ないし準委任契約
⇒弁護士は、依頼者に対し、委任契約に基づく事務処理義務を負う。
弁護士の受任事項は、専門性を有する⇒裁量に委ねられる。
依頼者からの指図遵守義務との関係:
指図が「委任の目的」と整合し不合理・不適切でない場合には肯定され、指図に従わないときには、弁護士は依頼者に対して説明することが義務付けられる。

● 弁護士職務基本規程22条1項(依頼者の意思の尊重):
「弁護士は、委任の趣旨に関する依頼者の意思を尊重して職務を行うものとする」
同36条(事務処理の報告):
弁護士は、必要に応じ、依頼者に対して、事件の経過及び事件の帰趨に影響を及ぼす事項を報告し、依頼者と協議しながら事件の処理を進めなければならない
前者の例示として、訴訟上の和解など訴訟の結果に影響を与えるような重要な事項については、依頼者に説明・情報提供してその判断に委ねることが望ましいとされる。

● 損害について:
本判決は、Xが
別件訴訟の控訴審において相手方当事者との和解協議をする機会、少なくとも控訴審の裁判所が弁論を終結するに当たって、和解についての双方の最終的な意向を確認するという審理を受ける機会の喪失
と捉える。
vs.
Yが意向確認義務を履践した場合でも、本件の相手方の訴訟態度(和解に応じない意向)や訴訟経緯からして、裁判所が前記機会を付与する蓋然性は高いとはいえないのではないかという疑問は残る。

判例時報2613

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男性⇒女性に性別変更⇒女性に対する認知請求(肯定)

最高裁R6.6.21

<事案>
Yは、特例法により男性から女性に変更。
その後、性別変更審判前に凍結保存されていたYの精子を用い、生殖補助医療によってXの母が懐胎し、Xが出生。
XがYに認知を求めた。

<一審・原審>
認知の訴えの相手方となるべき「父」とは、法的性別が男性である者のみ。
⇒X及びXの姉(Yが性別変更審判を受ける前に出生)からの認知請求を棄却

<判断>
嫡出でない子は、生物学的な女性に自己の精子でない当該子を懐胎させた者に対し、その者の法的性別にかかわらず、認知を求めることができる。

Xからの認知の訴えに基づきXY間に法律上の父子関係を形成するのが相当。

原判決を破棄して1審判決を取り消し、Xの請求を認容すべき。

<解説>
● 法的性別と生物学的な生殖能力との間に不一致。
民法制定時には想定されていなかった事態が生じ得る。
そのような事態が生ずることに起因する法律上の親子関係に係る問題については、検討が進められていた生殖補助医療にかかわる法制の整備の際に判断されるべきとされ、特例法においては特段の手当はなされず、民法の解釈によって解決されるべきものとして残されていた。

● 原審:民法制定時、女性である血縁上の父が生ずることが想定されていなかったことを「父」が、法的性別が男性であるものに限られると解すべきことの論拠の1つ。
vs.
民法制定時には想定されていなかったということから直ちに結論を導くのではなく、解釈によりこれまでにはなかった形態の法律上の親子関係を成立させることが相当か否かについて判断していくというのが最高裁の基本的態度。

民法の実親子法制の基本に立ち戻ってこれを考える必要。

●民法の実親子法制における血縁上の父子関係
判例が「民法の実親子に関する法制は、血縁上の親子関係を基礎に置いている」旨を繰り返し判示。
⇒現在の民法上の実親子法制の基礎は血縁にある。
民法において、嫡出でない子から認知の訴えが提起された場合であっても、血縁上の父との間に法律上の父子関係が形成されないときがあるとされているのは、それぞれの場面において、血縁上の父子関係と法律上の父子関係を一致させる利益より優先すべき利益があるなどと判断されて要件が設定されたり、法解釈がされたりした結果にすぎない。

●民法の実親子法制における子の福祉及び利益
戦後、親子法制が家や親のためのものから子のためのものへの変化。
令和4年法改正後の民法においては、子の利益が法律上の父子関係の成否に関係する考慮要素となることが明文で正面から規定(民法774条3項ただし書)。
認知の訴えの制度趣旨は、子の福祉及び利益の保護にある。
子からの認知の訴えに基づき、子とその女性である血縁上の父との間に法律上の父子関係を形成することが許されないと解した場合、当該子は、養子縁組によらない限り、女性である血縁上の父から監護、養育、扶養を受けることのできる法的地位を取得したり、その相続人となったりすることができなくなる。
他方で、法的性別が女性である血縁上の父が子の法律上の父となることが、当該子の福祉に反する結果を招来するおそれがあることを実証する知見もない。

●法律上の父子関係の形成を妨げる根拠の有無
父=男、母=女という図式。
法的性別が女性である者が「父」に当たることはは積極的に排除されている。
but
民法には法律上の父母の法的性別について明示した規定はない。

本判決:
「民法その他の法令には、認知の訴えに基づき子との間に法律上の父子関係が形成されることとなる父の法的性別についての規定はない」
「民法において、法的性別が女性であることによって認知の訴えに基づく法律上の父子関係の形成が妨げられると解することの根拠となるべき規定は見当たらない」

本件図式が民法において絶対的なものとされているという解釈を採用しないことを明らかにしている。

特例法 第三条(性別の取扱いの変更の審判)
家庭裁判所は、性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて、その者の請求により、性別の取扱いの変更の審判をすることができる。
三 現に未成年の子がいないこと。
四 生殖腺せんがないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。

未成年の子の福祉を図ることを主たる立法目的とする3号規定によって、嫡出でない子から認知の訴えに基づき、当該子と女性である血縁上の父との間に法律上の父子関係を形成することが妨げられると解し、子の福祉及び利益に反する事態が生ずることが容認されるというのは本末転倒といわざるを得ず、およそ妥当な解釈であるとはいいがたい。

最高裁によって違憲無効と判断された法条について、当該じけにおいて効力のないものとされるにすぎないという個別的効力説の立場に立った場合、
4号規定によって「父」から法的性別が女性である血縁上の父が除外されることになるのかということも問題。
①4号規定は、性別変更審判を受けた者が、その後に生殖補助医療を利用して子をもうけることについて何ら禁止していない。
②4号規定の存在によって、本件のような場合において法律上の父子関係の形成が妨げられるとは立案担当者としても考えていなかった

4号規定の存在も法的性別が女性である血縁上の父が法律上の父になるこtの妨げになるものとは解されない。

判例時報2613

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2025年2月24日 (月)

区分所有建物の共用部分の瑕疵を原因とする漏水事故での管理組合に対する請求(否定)

東京高裁R5.9.27

<事案>
区分所有者である共同住宅の区分所有者の1人で203号室について共有持分を有し、同室に居住するXが、上階からの漏水事故が発生したと主張して、

上階の302号室の区分所有者で同室に居住するY1に対し、
ア:Y1が過去に302号室のリフォーム工事を行った際にY2(管理組合)に対してした誓約又は本件建物の管理規約に基づいて、本件事故が発生した箇所につき、調査及び補修を行うよう求め、
イ:本件誓約の債務不履行、不法行為(民法709条)又は工作物責任(民法717条1項本文若しくは同項ただし書)に基づく損害賠償請求として、203号室の補修費用、同室の資産価値下落分の補償金等合計1400万1328円及びこれに対する遅延損害金の支払(Y2との連帯支払)を求めるとともに、

本件建物の区分所有者全員で構成され本件建物を管理するY2に対し、
ウ:本件規約に基づいて、本家事故が発生した箇所につき本件各調査及び本件各補修を行うよう求め、
エ:工作物責任、本件規約に基づく管理義務の債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求として、前記と同額の賠償金及び遅延損害金の支払(Y1との連帯支払)を求めた。

<原判決>
①本件事故における浸水箇所は302号室の北側に設置されたバルコニーの外壁であり、本件外壁のコンクリート解体部分の隙間ないし亀裂から本件建物内に侵入した雨水等が3階床下のスラブ部分(2階天井のスラブ部分)に到達し、当該スラブ部分の隙間ないし亀裂を通じて、203号室の洋室に漏水したものと推認することができる。
本件外壁のコンクリート躯体部分の隙間ないし亀裂は建物の瑕疵(民法717条本文)に該当。
②本件建物の主体構造部は共用部分に含まれるから、瑕疵が認められる部分の占有者は、当該部分を共有する本件建物の区分所有者全員であり、本件規約は、被害者が本件建物の区分所有者に対して共用部分の工作物責任に基づく損害賠償債務の履行を求めた際に、Y2が当該債務全額を履行する権限を付与しているものと認めることができる。

Xは、本件事故に関しY2に対し民法717条1項本文に基づく損害賠償請求ができ、Y1は本件建物の区分所有者として共用部分の持分割合の限度で責任を負うが、Xは、本件誓約の債務不履行及び本件管理規約の義務違反による不法行為に基づく損害賠償請求をY1に対してすることはできない。

③本件事故によりXが被った損害は203号室の天井の補修費用、203号室の資産価値下落相当額、本件寝室を使用できなかったことによる損害、慰謝料及び弁護士費用の合計1047万2426円であり、Y2の損害賠償額は前記金額からXが本件建物の共用部分の共用者として負担すべき金額を控除した、1009万7274円。
Y1もY2と連帯して、Y1の持分の限度である38万9593円の支払義務を負う。

④Yらが本件各調査及び本件各補修を行う義務を負うものとは認められない。

<本判決>
本件規約の定めから当然に、Y2において、区分所有者全員が負うべき民法717条1項に基づく損害賠償義務の履行をする権限を付与され、区分所有者全員との関係で同債務の履行を引き受ける義務を負うことになるものと認めることは困難

XはY2に対する民法717条1項の工作物責任に基づく損害賠償請求権を有しないとした上で、管理義務違反による債務不履行または不法行為も認められない。

Y2敗訴部分を取り消した。

<解説>
区分所有建物の共用部分の瑕疵により損害が生じた場合、その責任主体は占有者である区分所有者全員だるが、共用部分は、区分所有者が団体を構成して管理(区分所有法3条)⇒当該団体(「管理組合」)が一時的責任を負うと解するかどうか?

A:立法担当者:
管理責任があるところに占有があるとは必ずしもいえない⇒管理組合が占有者として一時的責任主体であると解することはできない。
⇒区分所有者全員が不真正連帯責任を負う。

B:
①民法717条1項が土地工作物の瑕疵による責任を最終的には所有者に負担させているが、一時的には占有者に責任を負担させているのは、占有者が損害の発生を防止するに必要な注意を直接払うことができる地位にあるため。
②区分所有建物にあっては管理組合がこのような地位にあると考える余地がある。
③具体的な損害賠償請求の場面においても、区分所有者が多数存在する場合の相手方の探索・特定及び回収の煩雑・困難さ⇒いきなり区分所有者全員の不真正連帯責任と考えるよりも、管理組合の一時的責任を問題とした上で、区分所有法20条1項又は53条が類推適用されると解する方が実際の解決として妥当。

原判決:
Aの見解を前提としつつ、
本件規約の規定振りから、本件建物の区分所有者らがY2に対し損害を被ったと主張する者が区分所有者に対して共用部分の工作物責任に基づく損害賠償債務の履行を求めた際にY2が当該債務全額を履行する権限を付与したと解釈。

判例時報2612

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相続回復請求権の消滅時効と相続財産の時効取得・主張は認められなかったが、上告受理申立ては受理

最高裁R6.3.19

<事案>
Aの養子であるXが、Aの甥であるY1、遺言執行者であるY2およびY3に対し、Aが生前所有していた土地建物について、YらのXに対するY1及びBへの持分移転登記請求権が存在しないことの確認等を求めた。

<経緯>
①Aは、平成13年4月、Y1及びB並びにXに遺産を等しく分与する旨の自筆証書遺言。
②Aは、本件不動産を所有していたが、平成16年2月13日に死亡。
Aの法定相続人は、Xのみ。
③Xは、平成16年2月14日以降、所有の意思をもって、本件不動産を占有。
Xは、本件の存在を知らず、本件不動産を単独で所有すると信じ、これを信ずるにつき過失がなかった。
④Xは、平成16年3月、本件不動産につき、X単独名義の相続を原因とする所有権移転登記をした。
⑤Y2及びY3は、平成31年1月、東京家裁より、本件遺言の遺言執行者に選任された。
⑥Xは、平成31年2月、Yら及びBに対し、本件不動産に係るY1及びBの各共有持分権につき、取得時効を援用する旨の意思表示。
Xが、Y1及びBの有する民法884条所定の相続回復請求権の消滅時効が完成する前であっても、Y1及びBが包括遺贈を受けた財産の所有権を時効により取得することができるかどうかが問題。

<判断>
相続回復請求の相手方である表見相続人は、真正相続人の有する相続回復請求権の消滅時効が完成する前であっても、当該真正相続人が相続した財産の所有権を時効により取得することができる。
このことは、包括受遺者が相続回復請求権をゆする場合であっても異なるものではない⇒(上告受理申立を受理した上で)上告を棄却。

<規定>
民法  第八八四条(相続回復請求権)
相続回復の請求権は、相続人又はその法定代理人が相続権を侵害された事実を知った時から五年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から二十年を経過したときも、同様とする。

<解説>
相続回復請求の制度:
表見相続人が真正相続人の相続権を否定し相続の目的たる権利を侵害している場合に、真正相続人が自己の相続権を主張して表見相続人に対し侵害の排除を請求することにより、真正相続人に相続権を回復させようとするもの(判例)。
包括受遺者も相続人と同一の権利義務を有する(民法990条)ことから、相続回復請求権を行使できる。

学説:表見相続人による時効取得を肯定(多数)

①消滅時効と取得時効は次元の異なる時効であり、一方で消滅時効が進行し、他方で取得時効が進行
②相続に関する争いを短期で終わらせるのが民法884条の趣旨であるが、否定説をとるとかえって相続の絡んだ争いを普通の争いより長引かせることになる

判例時報2612

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2025年2月12日 (水)

①いじめと②加害生徒へのヒアリングの不法行為

東京地裁R5.10.30

<事案>
第1事件:
当時中学生だったX1が、クラスメートのY1及びY2からいじめを受けた⇒Yらに対し、不法行為に基づく損害賠償として慰謝料の支払を求めた。

第2事件:
Y2が、X1の前記いじめの申出を受けて中学校で行われたY2へのヒアリングの際に、X1の両親であるX2及びX3から脅迫、恫喝又は侮辱に当たる発言により一方的に非難された⇒X2及びX3に対し、共同不法行為に基づく損害賠償として慰謝料の連帯支払を求めた。

<判断・解説>
●第1事件
〇 Yらがそのいじめ行為とされた事実関係の大部分を争った
本判決:
本件当事者の各陳述のほか、いじめが行われたとされる当時にX1が作成していて日記及び中学校が暮らすで実施した聴き取り調査の結果

X1の主張するいじめ行為のうち、X1への悪口及びX1のものまねをする行為があったと認定。

〇 いじめ行為の不法行為該当性:
X1:いじめ防止対策推進法2条1項が「いじめ」の定義を
「児童等に対して、・・・心理的又は物理的な影響を与える行為・・・であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているもの」と規定
⇒被害児童が心身の苦痛を感じていることを要件としていることを踏まえた判断がされるべき。

本判決:
いじめ防止対策推進法2条1項の「いじめ」の定義に該当するからといって、当然に不法行為に当たると評価するのは相当ではない。
加害行為の態様、頻度、回数などに加えて、加害者側の意図や認識なども考慮し、加害行為の悪質性が相当程度高く、社会通念上許容される範囲を超えるものである場合に、違法性が認められる。

本件:
前記認定に係るいじめ行為が行われた期間は短いものの、悪口やものまねの内容や頻度を踏まえると悪質な部類であり、Y1及びY2ともに、X1との接し方について教員から注意を受けていたにもかかわらず、X1への嫌がらせの意図をもってそれらの行為を行ったことなどを考慮し、不法行為の成立を認めた。

〇他の裁判例も、社会通念上相当とされる限度を超えるものに限って不法行為が成立。
同法は、いじめの防止、いじめの早期発見及びいじめへの対処のための対策を推進する目的(1条)で「いじめ」を定義し、国及び地方公共団体等の責務や基本的施策等を定めるもの。
⇒同法の定める「いじめ」の定義は、被害児童の主観にも着目するなど、前記目的を達成するために広い概念とされており、同法の定める「いじめ」に当たるからといって、必ずしも不法行為に当たる違法性を有するとは解されない。

〇本判決:
不法行為の成立は認めたが、心的外傷後ストレス障害との因果関係までは認めず、結論としてはYらそれぞれに対し、慰謝料各5万円の支払を命じた。
慰謝料の算定に当たっては、いじめ行為の内容に加え、本件において不法行為として主張された行為の期間や日数等が考慮されたと考えられる。

●第2事件
X1に対するいじめ行為が発覚した後、中学校の教員2名及びY2の母の同席の下で、約2時間20分にわたって、X2及びX3によるY2に対するヒアリングが実施。
証拠の録音データをもとに、ヒアリング参加者の具体的な発言内容が認定。

本判決:
Y2が事実関係を否定したにもかかわらず、それが虚偽であることを前提として話しを進め、自身の望む回答を得ようとし、望むような回答が得られないと、いじめ行為があったという前提で責め立てる態度が顕著であったとした上で、Y2を犯罪者に例えるなどといった前記発言についても不適切なもの。

①行われた時間の長さや、②Y2の年齢等⇒Y2に対して相当に威圧感を与え、精神的苦痛を味合わせるものであり、事情聴取の態様として不適切な面があった。
but
クラス内の聴き取り調査等においていじめの主体として名前が挙がっていたにもかかわらずいじめ行為を否定するY2に対して、既に不登校になっていたX1の父母であるX2及びX3が追及的な質問をし、一部不適切な発言をしたからといって直ちに違法と評価するのは相当ではない。

①X2及びX3の口調は基本的に冷静であったこと、
②一部の場面を除き、声を荒げたりすることはなかったこと、
③ヒアリングにはY2の母親が同席しており、Y2の母親の介入により一定の抑制が働いていたこと

ヒアリングにおける言動が全体として社会通念上許された範囲を超えた違法なものとまではいえない⇒不法行為には当たらない。

本判決は、不適切な発言のみに着目するのではなこう、ヒアリングに至るまでの経緯等、事案の特殊性も踏まえて、ヒアリング全体としての違法性を判断したもの。

判例時報2611

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2025年2月11日 (火)

換金可能ポイントについて規約改定の効力(否定事案)

東京地裁R5.9.4

<事案>
ポイント商品を購入した顧客であるXらが、
主位的に、Y1に対し、Xら保有のポイントが換金されたことを前提として換金相当額及び遅延損害金の支払を、
予備的に、ポイント商品の販売が詐欺的な取引であるとして、Y2に対し、会社法429条1項、Y1に対し、同法350条に基づく損害賠償等の支払を請求。

<争点>
❶換金停止措置の効力
❷ポイント有効期間進行の有無

<判断>
●争点❶
Y1は、1ポイント=1円として換金可能であることを周知した上でポイント商品を顧客に販売⇒顧客がY1に申し込むことにより、保有するポイントについて、1ポイント=1円の計算でY1から支払を受けられることは、Y1とXらとの間のポイント商品に係る販売契約上の合意内容となっていた。

Y1が換金停止の根拠とする規約(「本件規約」)は、事情変更が生じた場合におけるY1による一方的な契約内容の改定を許容するものであるが、
これがXらに周知されていたとは認められない。

仮に本件規約がXらに対して効力を有するとしても、本件規約においてY1による一方的な契約内容の改定が認められるのは、事情変更に即した契約書面等の軽微な修正や利益算出方法の小幅な変動等にとどまり、ポイントの換金の有無は、ポイント商品の本質的な要素であることからすれば、本件規約による変更が認められる契約内容には当たらない。

換金停止措置は無効。

●争点❷
Y1は、令和2年1月頃、一方的に換金停止措置を講じており、Xらにとって権利行使が困難な事情が継続
⇒発生後6か月とされているポイントの有効期間は進行しない。

<解説>
●争点❶
契約あるいは約款において、当事者の一方に給付内容等を変更することを許容する内容が定められた場合、このような合意も当然に無効となるものではなく、個別具体的な事情をもとに、有効と認められる場合の変更権の範囲、公序良俗違反、権利濫用該当性の有無などを検討し、その効力を判断。
事業者と顧客との取引が定型取引(民法548条の2第1項)に該当する場合は、定型約款の変更に関する民法548条の4第1項2号の各事由を検討。
本判決においても、顧客の利益等、検討された考慮要素は定型取引と共通。

●争点❷
本件で問題となったポイント商品は、有償ポイントであり、資金決済法3条1項の「前払式支払手段」に該当し得るもの。
同法4条2号は、一定の期間内(同法施行令4条2項により6か月)に限り使用できるものを同法の適用除外⇒本件には直接適用なし。
but
事業者都合により制度を廃止する際の払戻義務の定め(同法20条1項)等は本件の規約の解釈においても参考になる。
消滅時効の起算点に関して、判例は「権利の性質上、その権利行使が現実に期待のできる」時まで事項が進行しないと判示。

権利不行使を理由に権利を消滅させるのであるから、権利行使ができない状態なのに時効だけ進行するというのは適当とはいえない。

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2025年2月 4日 (火)

従業員の長時間労働による突然死⇒会社と代表取締役の損害賠償責任が認められた事案

東京地裁R5.3.23

<事案>
Y1(飲食店等の経営等を業とする株式会社)が経営していた居酒屋で従業員として勤務していたAの父母及び兄妹であるXらが、Aは本件店舗における過重労働が原因で急性心不全により死亡したなどと主張し、
Y1に対しては、会社法350条又は債務不履行(安全配慮義務違反)に基づき、
Y2(Y1代表者)に対しては、不法行為又は会社法429条1項に基づき、
Aの逸失利益、慰謝料及び遺族固有の慰謝料等並びにこれに対する支援損害金の連帯支払を求めた。

<規定>
会社法 第三五〇条(代表者の行為についての損害賠償責任)
株式会社は、代表取締役その他の代表者がその職務を行うについて第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。

会社法 第四二九条(役員等の第三者に対する損害賠償責任)
役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。

<争点>
❶Aの死亡に係る業務起因性の有無
❷代表取締役であるY2の不法行為責任の有無(Y1の会社法350条責任の有無を含む。)

<判断>
●争点❶

始業時刻:
AからY2に対するLINE条のメッセージの送信時刻及び開業準備のために通常要すると経験上想定される時間を考慮⇒労災認定に係る労働者災害補償保険審査官の決定における認定よりも30分早い時間で始業開始時刻を認定。

休憩時間:
本件店舗の昼の営業終了時刻から夜の営業開始時刻までの3時間の空き時間のうち、仕込作業等に時間を要することを考慮しても、休憩時間が全くなかったと主張するXらの主張は採用できない。
⇒1時間30分の(昼の)休憩時間があった。
本件店舗の営業をほとんどAが1人で行っていた⇒夜の営業時価における休憩時間はなかった。

終業時刻:
①Aが病院を受信した医者に対して回答した本件店舗の終業時刻と、Aが作成した日計表(各営業日の売上をまとめた表)を(Aが)Y2に対しメールで毎回送付した時刻とが矛盾しない
②日計表を送付した時刻とAがレジ締めをした時刻とが概ね整合
⇒AがY2に対し日計表を送付した時刻を終業時刻として認定。

Aは、急性心不全を発症する6か月前から、1か月間の時間が労働時間が100時間を超え、平均すると1か月当たり約144時間01分の時間外労働をしていた

これらによる負荷は、著しく大きかった。


(厚生労働省が定める)「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準」によれば、発症前1か月間に概ね100時間又は発症前から2か月から6か月までの間にわたって、1か月当たり概ね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症の関連性が強いと評価される。
⇒Aの死亡について業務起因性を肯定。

●争点❷

①Y2は、AからLINEで逐一、勤務を開始する際に報告を受けたり、深夜の時間帯に日計表のメール送信を受けたりしていた
②Y1の従業員は、当時Aだけであった
⇒Y1は、実質的にはY2及びAだけで構成された個人経営の会社にすぎなかったといえる。

Y1の代表取締役であるY2がAを直接指揮監督する立場にあったことは明らかであり、Aが業務の遂行に伴い疲労等が過度に蓄積して健康を損なうことがないよう注意すべき義務を直接負担していたというべきである。

具体的には、Y2は、
①Aの労働時間を適切に把握し、Aの労働時間が過度に長時間なものとならないように労働状況を管理するべく、他の従業員を雇用する。
②営業日又は営業時間を少なくするなどといった、従業員の健康を十分に配慮すべき注意義務を負っていた。
Y2は、Aの勤怠管理を十分に行わず、Aの労働実態を改善することもなく、漫然とAに対し、継続的に長時間労働をさせていたものであり、前記注意義務に違反していると認められる。

Y2の不法行為責任を認定し、
Y1は、Y2の前記注意義務違反について、会社法350条に基づく責任を免れない
⇒Y1の損害賠償責任を認めた。

<解説>
使用者等において、労働者の過重労働の実態や健康状態の悪化等を認識

単に健康診断を実施したり、上司が本人と面談したり、本人とカウンセリングをしたりするだけでは、安全配慮義務を尽くしたとは言い難く、
過剰な業務⇒その状態を解消するような措置を講じるべき
精神障害等⇒休暇を取得させた上で医師の診断を受けさせ、それに基づいた措置を講ずる必要がある。

判例時報2610

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