刑事

2018年9月22日 (土)

てんかんの発作で意識障害に陥ったことによる交通事故⇒危険運転致死傷罪の故意が争われた事例

神戸地裁H29.3.29    
 
<事案>
てんかんの発作で意識障害に陥ったことによる交通事故。 
 
<解説>
●てんかん:脳の神経細胞の一部が過剰な電気活動を起こすことによって全身のけいれんや意識消失などの発作症状を繰り返し発症する病気。
抗てんかん薬の服用⇒神経細胞の過剰な活動を抑え、発作を起こりにくくする
 
てんかん発生時に意識障害が発症⇒一時的に見当識を失い、もうろう状態になる⇒その時点での運転が過失行為として起訴された事案について、心神喪失時の行為とされた裁判例。 
 
運転開始時点における過失行為が基礎された事案
運転を差し控えるべき注意義務とその違反が認定。
but
その注意義務の前提となる事情は事案によって異なる。 

事例①:
てんかん性発作により事故を起こしたことあがり、投与治療を受けて、運転を差し控えるよう注意されていた⇒運転を差し控える義務があった。

事例②:
突然意識に障害を来たしてもうろう状態に陥るてんかん発作の持病がある者は、将来、突発的に同じような発作が起こるかもしれないことを予見すべき⇒運転を差し控える義務があった。

事例③~事例⑧
 
●自動車死傷法3条2項による規制 

<規定>   
第三条
 アルコール又は薬物の影響により、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、自動車を運転し、よって、そのアルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態に陥り、人を負傷させた者は十二年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は十五年以下の懲役に処する。

2自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある病気として政令で定めるものの影響により、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、自動車を運転し、よって、その病気の影響により正常な運転が困難な状態に陥り、人を死傷させた者も、前項と同様とする。
自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律施行令〔平二六政一六六〕第三条(自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある病気) 

法第三条第二項の政令で定める病気は、次に掲げるものとする。

一 自動車の安全な運転に必要な認知、予測、判断又は操作のいずれかに係る能力を欠くこととなるおそれがある症状を呈する統合失調症

二 意識障害又は運動障害をもたらす発作が再発するおそれがあるてんかん(発作が睡眠中に限り再発するものを除く。)

三 再発性の失神(脳全体の虚血により一過性の意識障害をもたらす病気であって、発作が再発するおそれがあるものをいう。)

四 自動車の安全な運転に必要な認知、予測、判断又は操作のいずれかに係る能力を欠くこととなるおそれがある症状を呈する低血糖症

五 自動車の安全な運転に必要な認知、予測、判断又は操作のいずれかに係る能力を欠くこととなるおそれがある症状を呈するそう鬱病(そう病及び鬱病を含む。)

六 重度の眠気の症状を呈する睡眠障害

自動車死傷法3条は、運転開始時点において、運転開始後の走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態になっていた場合に、そのことを認識した上で運転を開始し、走行中に正常な運転が困難な状態に陥ったことにより事故を起こして人を死傷させる行為を処罰することとしたもの。

同条1項:アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態に陥るおそれがある状態を規定。
同条2項:病気の影響により走行中に症状が発現して、正常な運転が困難な状態に陥るおそれがある状態を規定。

同項は、その病気を政令に委任しているところ、同法施行令3条2号は、「意識障害又は運動障害をもたらす発作が再発するおそれがあるてんかん(発作が睡眠中に限り再発するものを除く。)」と規定。
 
<判断>
本罪の故意があるというためには、自動車死傷法施行令3条各号に規定された病名の認識を必要とするものではなく、規定された病気の特徴の認識、すなわち、本件でいえば、意識障害又は運動障害をもたらす発作が再発するおそれを有する何らかの病気により正常な運転に支障が生じるおそれがあるとの認識があれば足りる。
被告人は
①5年前に意識障害に陥ったことで、自分にはてんかんに見られるような意識消失発作を起こすおそれがあることを認識した
②過去に交通事故を起こした際、相手方等のやりとりから自分が意識を喪失して自己を起こしたことを理解しており、運転を繰り返せば同様の意識喪失の状態に陥るおそれがあることを認識した

被告人は、本件当時、少なくとも意識障害をもたらす発作が再発するおそれを有する何らかの病気により、正常な運転に支障が生じるおそれがあることを認識していた

本罪の故意がある

本件に至るまでの間で医療機関でてんかんの疑いを持たれ、検査を経たものの、てんかんの診断を受けてなかった

意識障害の発作が再発するおそれのある何らかの病気の影響で運転中に意識喪失の状態に陥るおそれがあることについての認識の程度は必ずしも高いとはいえないと評価しており、
社会内更生の機会を与える際に考慮すべき事情とした。
 
<裁判例>
大阪地裁H29.2.7:
主位的に、運転開始時における実行行為と故意の存在を主張:
①最後の発作から10年が経過
②当時、発作のリスクが高まっていたとはいえない
⇒運転開始は本罪の実行行為とはいえず、その時点で正常な運転に支障が生ずるおそれを認識していたとは認められないとして故意を否定。

予備的主張に関し、
前兆を感じてから体が動かなくなるまでの数十メートルの間に道路端に停車し、再発進しないことが可能であたっとした上で、
前兆を感じた時点以降、正常な運転に支障が生ずるおそれを認識していた
⇒故意を認定。 

東京地裁H29.6.27:
治療歴などから、抗てんかん薬を処方通り飲んでいても、疲労などの要因から複雑部分発作が起きうることを認識しており、
事故直前に前兆を感じていたにもかかわらず運転を開始した

発進時、走行中の意識障害を伴う複雑部分発作を起こす具体的危険性を認識していたとして故意を認定。

宮崎地裁H30.1.19:
車を歩道に侵入させて6名を死傷させた事案において、
てんかん発作により意識レベルの変動があったのではなく、被告人の認知機能の低下により事故が引き起こされた可能性があると判断。

判例時報2372

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2018年9月18日 (火)

高齢者の万引きで責任能力が争われた事例・精神鑑定の必要性

高松高裁H28.6.21①
高知地裁H29.8.7②      
 
<事案>
②事件は①事件の差戻審。
 
被告人(女性、犯行当時69歳)は、平成27年8月、青果店で食料品4点を万引き。
被告人は、平成21年以降、万引窃盗により罰金刑、執行猶予付き懲役刑、保護観察付きの執行猶予付き懲役刑に各回処せられ、本件各判決当時は最終刑の執行猶予期間中。 
 
<差戻前1審>
弁護人は、心神喪失又は上津役を主張して精神鑑定を請求。
その必要性を明らかにするため、精神科医師A作成のA意見書2通を提出⇒取調べ。 

A意見書
2回の問診、脳画像検査(SPECT)、心理検査、親族からの聴取を踏まえて、被告人は前頭側頭型認知症にり患。
被告人の異常な窃盗行為は、脳の前方連合野から大脳基底核への抑制が外れた結果として発生する前頭葉の機能が障害された結果、社会的対人行動の障害、自己行動の統制障害等につながり、状況の判断ができず、同じ行動を繰り返す傾向のため、窃盗行為という形で病的に行動を継続してしまう
として、同認知症が本件犯行及び弁識制御能力に与えた影響を説明し、正式な精神鑑定の必要があると述べていた。

前記精神鑑定請求を却下

被告人が前頭側頭型認知症にり患していたことは否定しなかったものの、
①一部を購入し一部を窃取した、
②夫等と一緒のときは万引きをしていない、
③窃取品は食料品という無用でない物であり、その一部を警察署まで隠匿
④同認知症が表れたとされrかなり前から万引きをしていた

完全責任能力を認めた
 
<控訴審>
(①)
①A医師の精神医学に関する専門家としての能力や公正さに疑問を抱かせる事情はうかがわれず、
A意見書は、正式鑑定ではないことから十分とへいえないものの、前提条件についての重要な誤りがあるとはいえない
原審証拠には、A意見書に示された前頭側頭型認知症の診断及び同認知症の診断及び同認知症が弁識制御能力に与えた影響を否定できるだけの証拠はない
本件当日の被告人が責任能力に疑問を抱かせるような無軌道な行動をとっている

原審裁判所は、より十分な資料と精神医学の専門的知見を得て、被告人の精神障害、具体的には発症時期を含めた前頭側頭型認知症り患の有無及び程度並びにその弁識制御能力への影響を明らかにする必要があった

訴訟手続の法令違反により原判決を破棄
 
<差戻審>
(②) B医師による精神鑑定(B鑑定):
①前頭側頭型認知症を否定し、
被告人は平成23年頃からアルツハイマー型認知症にり患しており、鑑定時は軽度で、本件当時は軽度ないしごく軽度
②被告人は、窃盗が悪いことであると答える能力はあるが、記憶障害や判断力の障害などから行動を制御する能力は著しく落ちており、そのことが本件犯行に大きく影響
B鑑定のうち
①被告人がアルツハイマー型認知症にり患し、鑑定時において軽度であるとする点
②同認知症により、自分の身を守り、捕まらないようにするという判断応力や、このような行動をしたら、自分の身にどのような影響を与えるかという社会的動物としての予見性、判断力が低下していたとする部分
を採用。

同認知症の犯行に対する影響は大きいとする部分については、
重症度の判定につき具体的な根拠が乏しいこと
影響が大きいとした根拠である記憶障害や、当日、自分がどこに行って、どこで盗んだかも分かっていなかったという点は、取調べDVDにおける被告人の供述状況(当日の4回の万引きにつき客観的事実と概ね一致)と整合しない

採用できない。

①犯行態様から被告人の違法性の意識は明らかで、その行動は万引きの目的に照らし合理的であること、
②夫等といるときは万引きをしていないこと
などを総合
完全責任能力を肯定

量刑判断:
①被告人の判断能力はアルツハイマー型認知症によって大きく低下していた疑いがあり、これが犯行に相当程度影響を与えたことは責任を相当程度減じるもの
②保釈後の治療の継続や再犯防止の措置
罰金刑を選択
 
<解説> 
●常習的な万引き事案において、窃盗症(クレプトマニア)又は摂食障害を伴う窃盗症を理由とする心神喪失又は耗弱が主張され、あるいは、これらを理由とする責任の減少や治療の必要性・有効性が減刑事由として主張されることが少なくない。 

大阪高裁昭和59.3.27は、摂食障害を理由に心神喪失を認めた。
その後は、大阪地裁岸和田支部H28.4.25のみ:
広汎性発達障害の影響下で摂食障害、盗癖にり患し、食料品の溜め込みと万引きへの欲求は制御し得ない程度であったという精神鑑定
⇒制御能力の著しい減退による心神耗弱をみとめたもの(罰金)。

量刑判断において、
責任能力(多くの事例が制御脳能力)の減少による責任の減少や、
窃盗症等の治療の開始による再犯防止の見込み

(再度の)執行猶予付き懲役刑や罰金刑に処した事例も相当数存在
 
●65歳以上の高齢者の窃盗による起訴人員の増大。 
認知症による責任能力の減退や責任減少が問題となる事例。
精神鑑定に基づき、認知症のために行動制御能力が著しく減退⇒心神耗弱を認めた例。
被告人を診察した医師の証言・意見書により、前頭側頭型認知症のために衝動制御が困難⇒再度の執行猶予。
but
前頭側頭型認知症にり患しているとの医師の見解を排斥して責任の減免を否定した例も。

認知症による心神耗弱又は責任の減少が認められた事例では、弁識能力はあるが、認知症のために衝動制御が困難だ得るとして、制御能力の低下をいう鑑定意見等が出されている。
 
証拠の採否は、それが裁判所の合理的裁量の範囲内にある限り違法とされることはない
精神鑑定請求についても、裁判所が、既出の証拠から被告人の精神状態に異常がないとの心証を形成し、鑑定を命じても心証が覆らないと判断⇒却下しても差し支えない。

本件差戻し前第一審:
①心理学的要素に関する諸事実と
②前頭側頭型認知症のエピソードの出現前に被告人が万引きを始めていたこと
⇒完全責任能力を肯定。
but
控訴審は、精神医学の専門家であるA医師から相応の資料と根拠に基づく問題提起⇒原判決が指摘する事情では、精神鑑定を不必要とする判断に合理性がないとしたもの。

判例時報2372

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2018年9月15日 (土)

花火大会での歩道橋での事故で業務上過失致死傷罪の共同正犯の成否が問われた事例

最高裁H28.7.12      
 
<事案>
平成13年7月、兵庫県明石市の公園において花火大会等が行われた際、公園と最寄り駅とを結ぶ歩道橋上で発生した雑踏事故に関して、当時の明石警察署副署長であった被告人が、検察審査会の強制起訴制度により業務上過失致死傷罪で起訴された事案。
被告人は、自己による最終の死傷結果の時点から計算すれば既に公訴時効期間が経過していた平成22年4月20日に起訴。
but
明石警察署のB地域官がこれ以前の平成14年に業務上過失致死傷罪で起訴され、平成22年に有罪判決が確定。

B地域官に対する起訴により、共犯の1人に対する起訴が他の共犯についても時効を停止させる旨規定した刑訴法254条2項に基づいて被告人に対しても公訴時効停止の効果が生じるかが問題。

被告人とB地域官に業務上過失致死傷罪の共同正犯が成立するか否かが争点。
 
<規定>
刑訴法 第254条〔時効の停止〕
時効は、当該事件についてした公訴の提起によつてその進行を停止し、管轄違又は公訴棄却の裁判が確定した時からその進行を始める。
共犯の一人に対してした公訴の提起による時効の停止は、他の共犯に対してその効力を有する。この場合において、停止した時効は、当該事件についてした裁判が確定した時からその進行を始める
 
<解説>
過失犯の共同正犯:

最高裁昭和28.1.23:
共同して飲食店を経営していた2名の被告人が、過失によりメタノール含有飲食物を販売したという事案において、被告人両名について共同正犯の成立を認め、過失犯の共同正犯が成立し得ることを示した。
but
事例判例。

東京地裁H4.1.23(世田谷ケーブル火災事件):
共同の注意義務を負う共同作業者間において、その注意義務を行った共同の行為があると認められる場合には、その共同作業員全員に対し過失犯の共同正犯が成立する。
 
<判断>
業務上過失致死傷罪の共同正犯が成立するためには、共同の業務上の注意義務に共同して違反したことが必要。 

B地域官、被告人等の職制や、準備段階及び事故当日における職務執行状況等に関する詳細な事実認定を前提に、
B地域官及び被告人がそれぞれ分担する役割は基本的に異なっていた
本件事故発生の防止のために要求され得る行為についても、
B地域官にについては、
事故当日において、配下警察官を指揮するとともに、
C署長を介し又は自ら直接機動隊の出動を要請して、本件歩道橋内への流入規制等を実施すること、
準備段階において、自ら又は配下警察官を指揮して本件警備計画を適切に策定することであったのに対し、
被告人については、
各時点を通じて、
基本的にはC署長に進言することなどにより、B地域官らに対する指揮監督が適切に行われるよう補佐することであった

本件事故を回避するために両者が負うべき具体的注意義務が共同のものであったということはできない

被告人とB地域官の間に業務上過失致死傷罪の共同正犯が成立する余地はないとして、上告を棄却。
 
<解説>
本決定は、本件のように組織的な過失が問題となる事案においても、問われているのは各行為者個人の刑事責任であることを踏まえ、各行為者の役割及び各行為者に事故発生防止のために要求され得る行為を特定し、
これらの同質性の程度や相互の関連性を総合的に考慮し、
各行為者が負う注意義務を具体的に想定して、
これらが共同の注意義務と言い得るものなのかを事案に即してきめ細かく判断
するべきであるという考えを前提にし、
本件の結論を導き出すに当たっても、
前記のようなB地域官及び被告人の役割の違い(それぞれの活動場面が異なることが指摘できる。)や、それぞれが要求され得る行為の内容(B地域間及び被告人それぞれに対して要求され得る行為の中で、互いに相手方は直接の働きかけの対象とはなっていないなど、協働する場面が想定し難い内容になっているという点等が指摘できる。)等を総合的に考慮したものと推定される。 

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2018年8月17日 (金)

犯人性が争われ、強盗殺人の訴因に対して1審有罪(殺人・窃盗)2審無罪

広島高裁松江支部H29.3.27    
 
第1審
●強盗殺人の訴因に対して、
被告人を、
①平成21年9月29日午後9時34分頃に米子市内のいわゆるラブホテルにおいて同ホテル支配人を殺害した殺人罪と
②その際に現金約26万8000円を窃取した窃盗罪
で有罪を認定。
 
●証拠構造 
◎第1次的間接事実 
被告人の自白はなく、状況証拠のみによって有罪と認定

①本件はホテルの内部構造と施錠状況を知った者の犯行であるところ被告人は本店長としてそれを知っていた
②被告人は盗まれた千円札とほぼ同枚数の千円札230枚を犯行の翌日所持していた
③被告人に動機がある
④被告人は事後の逃走等犯行を疑わせる行動がある
⑤被告人以外に犯人性のある人物がいない
 
◎第2次的間接事実 
前記の第1次間接事実を推認させる第2次間接事実

①(内部犯行=被告人)については、
(a)犯行場所であるホテルの事務室の場所は外部の者にはわからないこと、
(b)ホテル事務室への侵入経路は被告人しか辿れないこと

②(「盗品」の近接所持)については、
(a)窃盗の被害額は26万円であり、そのすべてが千円札
(b)犯行日の翌日に被告人は230枚の千円札を自分の口座に入金
(c)230枚の千円札の入手経路に関する被告人の弁解が信用できない

  ◎ ◎第3次的間接事実 
①(内部犯人性)の侵入経路を推認させる第3次間接事実として、
(a)犯人は午後9時30分に106号室の客室ドア2回開閉した(この事実はホテルの電磁記録から疑いない)
(b)犯人は午後9時34分に310号室の2階客室の扉を開けた(この事実はホテルの電磁記録から疑いない)
(c)前記(a)と(b)の時間関係からみて、
310号室の2階客室ドアは逃走時ではなく侵入時に開けられたものであり、
侵入経路は310号室1階駐車場⇒310号室(2階)⇒2階従業員用通路⇒ホテル事務室以外に考えられない
(d)前記の3つの事実から、外部の者が侵入可能な他の経路はすべて否定される。
 
<判断>
●内部犯人性に関する間接事実1について
原判決:犯行場所である事務室の所在は外部からは判別できない
vs.
事務室のある部屋の窓(ガラス戸)は他の客室の窓(板状の戸)とは明らかに異なっている⇒外部の者でも事務室の所在を推認できる。
⇒この点に関する原判決の認定は論理則、経験則に照らして不合理
 
●内部犯人性に関する間接事実2について
原判決:106号室の客室ドアを2階開閉したのは偏見の犯人であると認定しそれを根拠に侵入経路を特定
vs.
犯人以外の者がその開閉をする可能性があり、かつ犯人が内部事情に詳しい者であれば106号室の客室ドアを開閉するというような迂遠な行動はとならない
⇒この点に関する原判決の認定は論理則、経験則に照らして不合理
⇒原判決認定以外の侵入・逃走経路も否定できない。

被告人が230枚の千円札を所持する必要性と可能性及び事件後にこれを手放す(口座に入金する)理由の存在を根拠に、原判決の認定を不合理であると判断。 
 
<解説>
●判断準則
情況証拠のみによって有罪認定する場合の立証程度について、最高裁H19.10.16が、
さらにその場合情況証拠によって認められる間接事実中に一定の事実関係が含まれていることを要するとした最高裁H22.4.27.
刑訴法382条によって控訴審が第1審判決に事実誤認があるとする場合の判断方法について、最高裁H24.2.13
 
●盗品近接所持の法理:
盗品の被害発生の時点と近接した時点において盗品を所持していた者については、右物品の入手状況につき合理的な弁明をなし得ない限り、右物品を窃取したと認定してよいとする理論
but
本件では、被告人が所持していた230枚の千円札が盗品の千円札であるという証拠は存在しない

この点に関する被告人の弁解の信用性判断は、盗品そのものの所持に関する弁解の信用性判断とは異なる。 
 
●弁護人の訴訟手続の法令違反の主張につき原審裁判所の訴訟指揮は不適切であったと判示。
公判前整理手続において争点とされたの:
「被告人が金品物色中に事務所に戻ってきた被害者に発見されて殺害行為に及んだ」(=訴因は強盗殺人)というものであったところ、

原判決:
「窃盗の目的で侵入した事務所に予期に反して被害者がいて一度は窃盗を諦めたが、何らかのやり取りの後のいさかいから殺害行為に及んだ」
と認定した際、これを争点として顕在化させる手続をとらなかった
原判決が、被害者の行動と犯行態様をずらしたのは、近接所持からくる被告人犯人説に合うように侵入経路と犯行時間をずらした結果であると推認される。

裁判員裁判という時間的制約のもとでの有罪の評議結果と認定事実の整合性について、難しい対応を迫られる一事例。

判例時報2370

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2018年8月16日 (木)

原判決での死刑を量刑不当で破棄し、無期懲役とした事例

大阪高裁H29.3.9      
 
<事案>
白昼の繁華街において、無差別に通行人男女2名を包丁で殺害した事案。
 
●責任能力について
検察官は、本件の起訴前にD1医師(公判前整理手続段階で死亡)によるD1鑑定を行ったが、
公判前整理手続において新たに裁判員法50条による鑑定を請求し、D2医師によるD3鑑定が行われた。
原審公判では、D3医師に対する鑑定人尋問と弁護人請求のD2医師(D1鑑定の鑑定補助者)の証人尋問が行われ、弁護人請求のD1医師作成の精神鑑定書も取り調べられた。

D1、D2鑑定及びD2証言:
被告人は、犯行時、覚せい剤中毒後遺症ないし覚せい剤精神病の遷延・持続型(「本件精神障害」)にり患しており、それによる「刺しちゃえ」等の幻聴が犯行に影響したことを認める。

D3鑑定:幻聴の影響被告人自身が決めた行為を後押しし又は強化する程度にすぎず、覚せい剤の長期使用による大きな人格変化もないとしたのに対し、

D1鑑定とD2証言:犯行は幻聴に強く影響されており、被告人は覚せい剤の長期使用によって攻撃性等が強まりやすくなっていて、犯行前にそれらが著しく強まっていたとした。
 
<原審>
D3鑑定には合理性を欠くところがないが、
D1鑑定・D2証言には、前提とした幻聴内容等の事実関係又は前提事実からの推論過程に問題がある⇒D3鑑定を尊重すべき。 

犯行前の生活状況に異常がない
②自暴自棄になって幻聴に従って刺すことしたという犯行動機は了解可能
犯行に向けて合目的的に行動している
犯行直後に反省の弁を述べている
人格との異質性がない
弁識制御能力が若干低下していた可能性はあるが、完全責任能力が認められる
 
<判断>
原判断は正当。 

①被告人が供述する幻聴の存在は否定できないが、
D3鑑定は、当時の被告人の状況や前後の言動等を踏まえて、変遷の著しい被告人供述を批判的に検討した上で、幻聴の影響を合理的に説明
D1鑑定のうち幻聴が犯行に強く影響したとする点は、被告人供述のとおりの事実を前提としていることから疑問
幻聴が人格全体を巻き込んで深く影響したとはいえないというD1鑑定の結論部分は、D3鑑定と大きな隔たりがない
②被告人には葛藤に対する耐性が低く、攻撃性の発散に対する閾値が低いという人格の偏りがあり(D1、D3両鑑定)、そのような被告人が、将来への不安・失望からくる死にたい気持ち、親族に対する憤りなどの複合的な葛藤状態に置かれ、自暴自棄となって本件犯行を決意したと認められる。
覚せい剤使用による人格変化については、もともと被告人には著しい人格の偏り(攻撃性等)があり、D1鑑定及びD2医師が検討していない覚せい剤使用前からの暴力的な傾向をみると、人格の具体的変化は認められず、反抗への影響も大きくはない
D1鑑定もこれと大きくは異ならず、人格変化を重視するD2証言は具体的根拠を欠く。

D3鑑定が合理的。

D3鑑定によれば、本件犯行は、前記人格の偏りのある被告人が葛藤状態の下、自らの意思で決めた行動であって、幻聴は被告人自身が決めた行為を後押しし又は強化する程度にとどまり、本件犯行が本件精神障害に支配され又は著しく影響を受けていたとは認められない

動機の了解可能性、反道徳性の意識、行動の合理性、人格異質性(消極)については、原判決説示のとおり。

完全責任能力を認めた原判決は正当。
 
<解説>
最高裁H20.4.25:
生物学的要素である精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に与えた影響の有無及び程度については、専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には、鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり、鑑定の前提条件に問題があったりするなど、これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り、裁判所は、その意見を十分に尊重して認定すべき。 

最高裁H21.12.8:
控訴審判決が、本件は妄想性障害による病的体験に直接支配された犯行であり、被告人は弁識制御能力を喪失していたとする精神鑑定を、前提資料や結論を導く推論過程に疑問があるとして採用せず、病的体験と犯行との関連性等を検討して心神耗弱を認めたことについて、その判断手法に誤りはなく、結論も相当であるとした。

最高裁H27.5.25(加古川7人殺害事件):
控訴審判決が、精神鑑定に基づいて妄想性障害を認めながら、同鑑定のうち同障害によって判断能力に著しい障害を受けていたとする部分を採用せず、完全責任能力を認めたことにつき、同鑑定部うbンは妄想の影響の程度に関する前提を異にしているとして、これを是認。

本判決の責任能力の判定場面における説示は、
まず鑑定意見に基づいて、精神障害が犯行に与えた影響の機序及び程度と、健常な精神機能(人格の偏りを含む)が作用した部分をできる限り明らかにして、その上で、精神障害の影響が弁識制御能力の喪失ないし著しい低下をもたらしたかについて、動機の了解可能性等を検討して、これを否定したもの。

鑑定結果が重大事件の帰趨を決することもある⇒請求者が的確な疑問を提起しているのであれば、50条鑑定の採用を躊躇してはならない。
 
●量刑不当について 
判断 原判決の量刑理由のうち、
①罪質の悪質さ、②強固な殺意に基づく態様の残虐さ、③結果の重大性、④社会的影響の大きさは正当。
⇒無期懲役よりも軽い刑は相当ではない。
but
⑤計画性が低いことを特に重視すべきでないとする点は是認できない、
⑥動機原因につき、反抗の決意に影響した幻聴は、覚せい剤の長期使用によって自ら招いた本件精神障害によるものであるから、幻聴の影響は特に有利に考慮できないとする点も是認できない、
⑦動機が身勝手かつ自己中心的であるとする点は相当だが、動機原因に酌むべき点が全くないとは言い切れない。

原判決の量刑判断は重要な犯情事実に関する誤った評価を前提とするもの。
計画性が低い上に精神障害の影響が否定できない。
殺害された2名以外に人的被害がない。


究極の刑罰であって公平性の確保の観点も考慮して真にやむを得ない場合に適用されるべき死刑につき、その選択がやむを得ないものとはいえない

量刑不当により原判決を破棄し、無期懲役に
 
<解説> 
●殺害の計画性は永山基準が挙げる因子ではない。
but
最高裁H27.2.3:
早い段階から被害者の死亡を意欲して殺害を計画し、これに沿って準備を整えて実行した場合には、生命侵害の危険性がより高いとともに生命軽視の度合いがより大きく、行為に対する非難が高まる
かかる計画性があったといえなければ、これらの観点からの非難が一定程度弱まる

●従来の裁判例では、
覚せい剤の長期使用による精神障害の影響につき、犯行に影響した精神症状が、犯行に近接した摂取ではなく覚せい剤中毒後遺症による場合であっても、それは自己が招いた結果であるとして、量刑上被告人に有利に考慮しないことが多かった

本判決の判断:
幻聴の影響は、被告人が自己の意思で決めた本件犯行(の遂行)を後押し又は強化した程度ではあるが、
それは、残虐な無差別通り魔殺人における被告人の生命軽視の態度を減じる要素として、また、遂行過程を含む犯行に向けた被告人の意思決定を一定程度左右した要素として考慮され、責任非難の度合いが軽減される。

薬物依存を自己の意思のみで断ち切ることは困難であるし、
刑の一部執行猶予の導入にも触れて、違法薬物の長期使用がもたらした幻聴の影響を量刑上考慮すべきであるとした。

薬物等の摂取による一時的精神障害につき、コモン・ローは精神障害の免責抗弁を認めていないが、
薬物等の長期使用によって持続的な物質誘発性精神疾患のような不治の精神障害になった場合には、この免責の抗弁を主張できるのが、
アメリカにおける一般的ルール。
 
●量刑事実(量刑判断の対象となる事実)、特に行為責任の大きさに関わる重要な事実について原判決の認定・評価に誤りがあり、原判決の量刑がこれらを正しく認定・評価した場合の量刑の枠を逸脱している場合には、量刑不当と判断。
事後審である控訴審は、量刑判断の不合理性を具体的に示す必要。

H27.2.3最高裁:
死刑の科刑が是認されるためには、死刑の選択をやむを得ないと認めた裁判体の判断の具体的、説得的な根拠が示される必要であり、
控訴審は、第一審のこのような判断が合理的なものといえるか否かを審査すべきであると判示。

死刑を言い渡す判決には、死刑の選択をやむを得ないと認めた具体的、説得的な根拠を示すべき重い説明責任が課されており(量刑傾向を大きく踏み出す懲役刑についても同じ問題がある。(最高裁H26.7.24))、

死刑選択を根拠として示された重要な量刑事実の認定・評価につき、控訴審が、その不合理性を具体的に指摘できるだけの理由をもって誤りと認めた場合には、死刑を選択した原判決が不合理であると判断され得る。

H27.2.3最高裁:
死刑は誠にやむを得ない場合に行われるべき究極の刑罰であって、その適用は慎重に行われなければならず、また、究極の刑罰であるがゆえに、その運用に当たっては、公平性の確保にも十分に注意を払わなければならない。

本判決:
死刑が究極の刑罰であることを踏まえて、
「死刑が相当かの判断は、無期懲役刑か死刑かどうかという連続性のない質的に異なる刑罰の選択であり、有期懲役刑における刑期のような、許容される幅といった考え方にはなじまないものである。」と説示。

判例時報2370

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2018年8月 4日 (土)

心神喪失等の状態で重大な他害行為⇒医療及び観察等に関する法律と憲法違反(否定)

東京高裁H29.7.14    
 
<事案>
対象者が、神奈川県内の書店において、被害女性(当時52歳)に対し、突然体当たりしてその場に転倒させる暴行を加え、よって、同人に全治約2か月間を要する仙椎骨折の傷害を負わせた
検察官は、対象者を心神耗弱者と認め、本件対象行為について公訴を提起しない処分をするとともに、心神喪失等の状態で重大な他害行為を行なった者の医療及び観察等に関する法律33条1項の申立て
 
<原審>
鑑定人作成の鑑定書及び横浜保護観察所長作成の生活環境調査報告書を含む1件記録に加え、審判期日の結果等

医療観察法42条1項1号により、対象者に対し、医療を受けさせるために入院させる旨決定。 
 
<抗告申立>
原審付添人は、
①医療観察法は、そもそも、憲法14条1項、22条1項及び31条に反するほか、
②原決定には、対象者について、医療観察法42条1項1号所定の入院をさせて同法による医療を受けさせる必要があると認めた点等において決定に影響を及ぼすべき重大な事実誤認がある。 
 
<判断>
①②を否定し、抗告棄却。 

判例時報2369

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2018年8月 3日 (金)

被告人に訴訟能力欠如で回復の見込み無し⇒公訴棄却の可否(肯定)

最高裁H28.12.19      
 
<事案>
統合失調症に罹患していた被告人が、平成7年5月3日、愛知県内の神社の境内で、面識のない2名を文化包丁で刺殺⇒殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反により起訴。 
 
<規定>
刑訴法 第338条〔公訴棄却の判決〕
左の場合には、判決で公訴を棄却しなければならない。
四 公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき。
 
<判断>
被告人に訴訟能力がないために公判手続が停止された後、訴訟能力の回復の見込みがなく公判手続の再開の可能性がないと判断される場合、裁判所は、刑訴法338条4号に準じて、判決で公訴を棄却することができると解するのが相当である。 
 
<規定>
刑訴法 第314条〔公判手続の停止〕
被告人が心神喪失の状態に在るときは、検察官及び弁護人の意見を聴き、決定で、その状態の続いている間公判手続を停止しなければならない。但し、無罪、免訴、刑の免除又は公訴棄却の裁判をすべきことが明らかな場合には、被告人の出頭を待たないで、直ちにその裁判をすることができる。

刑訴法 第257条〔公訴の取消し〕
公訴は、第一審の判決があるまでこれを取り消すことができる。

刑訴法 第339条〔公訴棄却の決定〕
左の場合には、決定で公訴を棄却しなければならない。
三 公訴が取り消されたとき。
 
<解説>
●刑訴法314条1項は、被告人が「心神喪失の状態」すなわち訴訟能力を欠くh状態にあるときは、原則として「その状態の続いている間公判手続を停止」しなければならない。
被告人に訴訟能力の回復の見込みがない⇒検察官が同法257条により公訴を取り消せば、裁判所は、同法339条1項3号により、公訴棄却の決定をもって手続を打切り。 
but
公判手続が停止された後、その回復の見込みがない場合で、検察官が公訴を取り消さないとき、裁判所がいかなる措置をとることができるかについて、明文規定なし。
 
●本判決:
訴訟手続の主催者である裁判所において、被告人が心神喪失の状態にあると認めて公判手続を停止する旨決定した後、被告人に訴訟能力の回復の見込みがなく公判手続の再開の可能性がないと判断
事案の真相を解明して刑罰法令を適正迅速に適用実現するという刑訴法の目的(同法1条)に照らし、形式的に訴訟が係属しているにすぎない状態のまま公判手続の停止を続けることは同法の予定するところではなく、裁判所は、検察官が控訴を取り消すかどうかに関わりなく、訴訟手続を打ち切る裁判をすることができるものと解される。

刑訴法はこうした場合における打切りの裁判の形式について規定を置いていないが、
訴訟能力が後発的に失われてその回復可能性の判断が問題となっている場合⇒判決による公訴棄却につき規定する同法338条4号と同様に、口頭弁論を経た判決によるのが相当

刑事訴訟の趣旨等に照らし訴訟係属状態を維持すべきではないという観点から形式裁判である公訴棄却により訴訟手続を打切り判断の内容等に照らし判決でこれを行うことを導き、刑訴法338条4号に準じて処理するというアプローチ。

判例時報2369

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2018年7月29日 (日)

自閉スペクトラム症の少年による殺害(裁判員裁判)の事案

名古屋地裁H29.3.17       
 
<事案>
未成年である被告人が、日頃から嫌悪していた祖父に雰囲気が似ていた面識のない被害者をたまたま認め、同人に祖父を重ね合わせて怒りを感じ、その頚部等を持っていたサバイバルナイフで複数回刺すなどして殺害。
送致を受けた家庭裁判所が少年法20条に基づいて検察官送致決定(逆送)⇒裁判員裁判で審理。
 
<争点>
①殺意の有無
②責任能力の程度
③少年法55条移送の相当性 
 
<判断>
●争点① 
凶器及び犯行態様の危険性、被害者が負った傷の深さ⇒被告人の行為は人が死ぬ危険性が高いものであった
②被告人は、自己の行為や被害者の動きなどを認識したうえで前記危険な行為に及んでいる

殺意を肯定。
 
●争点② 
弁護人:
弁護側証人の医師2名の証言に基づき、被告人は生まれつきの自閉スペクトラム症(「ASD」)であり、本件当時はASDを背景とした二次障害である解離症状、精神的混乱状態の影響により、行動制御能力が著しく低下⇒心神耗弱状態
検察側証人の医師1名及び前記弁護側証人を証拠採用し、証人尋問を実施。

被告人がASDと診断される状態であったと認定したが、その一方で、
同証言のうち、ASDの本件犯行への影響について述べた部分については信用性を否定。

犯行前後の行動、記憶の保持状況、犯行動機の理解可能性を考慮し、心神耗弱を否定。
 
●争点③ 
弁護人:
少年院での処遇が有効であるとして、少年法55条により家庭裁判所移送を求めた。

本件は原則として刑事処分が相当とされる事案。
本件犯行の危険性の高さ、犯行態様の残忍さ及び執拗さ、遺族の処罰感情の強さ、犯行後の情況の悪さなど
⇒被告人の責任は相当に重い。

本件犯行の責任にはASDの影響があったこと、被告人に自身の行為に向き合おうとする姿勢がうかがわれること、保護処分歴がないことを考慮しても、なお刑事処分を選択すべき。
 
<解説>
●争点① 
①客観的犯行態様と②犯行態様に対する被告人の認識の両面から殺意の有無を判断
~実務上スタンダードな判断枠組みに沿った判断。
 
●争点② 
刑法39条にいう心神喪失や心神耗弱の概念は、精神医学上の概念ではなく、純然たる法律上の概念⇒その判断は、もっぱら刑事裁判所の判断に委ねられる。(最高裁昭和58.9.13)
but
責任能力の判断の前提事実となる生物学的要素並びにこれが心理学的要素に与えた影響の有無及び程度については、その診断は、臨床精神医学の本分⇒精神医学者の意見が証拠となっている場合には、その意見を十分に尊重して認定すべき。(最高裁H20.4.25)

ASDの本件犯行の影響に関する部分については、他の証拠から認定事実と整合しない部分があるとして信用性を否定。
ASDが本件非行に与えた影響の程度を独自に認定した上で、法的基準を当てはめて被告人が心神耗弱の状態にはなかたっと判断
 
●争点③ 
少年法55条移送の相当性(保護処分相当性)と少年法20条の逆相決定の相当性(刑事処分相当性)は、表裏の関係にあり、刑事処分相当性には、保護不能の場合と保護不適の場合が含まれる。

保護処分相当性が認められる場合とは、
刑事裁判所における証拠調べを経た段階で保護不適及び保護不能のいずれもが否定される場合。
少年法55条移送の判断は、刑事裁判所の自由裁量に委ねられているとするのが通説・判例であるが、運用上は、家庭裁判所の専門的な検討を経た上での判断を尊重し、社会記録等を慎重に検討して判断すべき

本件:
被告人にとって少年院での処遇が有効であることを認めた上で、
その責任に見合った刑罰を受けさせるべき事案としている
保護不能ではないものの保護不適であると判断

判例時報2368

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2018年7月25日 (水)

松橋事件再審即時抗告審決定

福岡高裁H29.11.29      
 
<事案>
松橋事件につき、再審開始を認めた地裁決定に対する即時抗告審決定。 
 
<規定>
刑訴法 第435条〔再審請求の理由〕 
再審の請求は、左の場合において、有罪の言渡をした確定判決に対して、その言渡を受けた者の利益のために、これをすることができる。

六 有罪の言渡を受けた者に対して無罪若しくは免訴を言い渡し、刑の言渡を受けた者に対して刑の免除を言い渡し、又は原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき明らかな証拠をあらたに発見したとき。
 
<解説>
白鳥・財田川決定以後、新旧全証拠を総合評価すること自体に異論はない。
but
その手法、特に、「新証拠と直接関連する以外の部分を、どの程度再評価してよいのか」という点で見解が対立。
×確定審の心証形成へのみだりな介入
〇新証拠の存在を根拠としての確定審の心証形成への介入 
 
<原決定>
平成24年にXの成年後見人が、平成27年にXの長男が再審請求し、原審は、再審開始の決定。 
①Xの犯人性に関する直接証拠は捜査段階の自白のみであり、確定判決の判断の分岐点は自白の任意性及び信用性。
巻き付けた布切れに関する新証拠によれば、凶器である小刀に血が付かないように布切れを巻き付けた旨の供述が体験供述でない合理的疑いが生じる。
使用された凶器に関する新証拠によれば、被害者の創傷と小刀の形状は矛盾し、小刀が本件凶器でない疑いが一層強まる。
④このように、凶器の特定及びその使い方という自白の核心部分の信用性がかなり動揺すると、確定判決が自白の信用性を担保するとした確補助事実の証明力・証拠価値に疑問が生じ、確定判決の有罪認定に合理的疑いが生じる
   
検察官が即時抗告
 
<判断>
巻き付けた布切れに関する新証拠、使用された凶器に関する新証拠は、Xに無罪を言い渡すべき新規かつ明白な証拠であり、原決定の刑訴法435条6号の要件充足の判断に誤ったところはない。 
 
●検察官:新証拠も提出されていないのに、Xの自白や公判供述の信用性を改めて判断して確定判決と異なる判断を示しており、このような判断手法は確定判決の心証形成に介入したもので、再審制度の構造に反している。
vs.
確定判決は、「特に犯行の手段、方法等の点につき客観的証拠に照らし格別不自然、不合理な点を見出し得ないこと等に鑑みると、Xは取調べに対し、自己の体験したところを素直に供述したものと推定される」と判断。
新証拠によって、犯行の手段、方法につき客観的証拠に照らして不自然、不合理な点が現れた
③そして、小刀に布切れを巻き付けた旨の供述をするに至った経緯から、捜査官に迎合する姿勢が看取できる。
④そのことは、Xが取調べにより精神的に混乱して皮底靴を焼却した事実につながる。
⑤そのことが、自白の直接の契機となったポリグラフ検査で、犯人でないのに特異な反応をしめした合理的な疑いに結びつく。
このような連鎖により、新証拠による犯行の手段、方法が自白と整合しないことは、自白全体の信用性を否定し、公判供述の信用性を肯定することに行き着く
⑦以上のとおり、原決定は、新証拠の存在を根拠にして、確定判決の心証形成に介入しているのであり、その判断手法は違法、不適切ではない

判例時報2368

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2018年7月24日 (火)

東京都庁郵便小包爆発事件(一審有罪⇒控訴審無罪⇒最高裁無罪)

最高裁H29.12.25      
 
<事案>
オウム真理教の信者らによるいわゆる東京都庁郵便小包爆発事件に使われた爆薬原料となる薬品を運搬した被告人に対する爆発物取締罰則違反幇助、殺人未遂幇助被告事件に関し、
裁判員が参加した第一審判決:殺人未遂幇助罪につき有罪
控訴審判決:刑訴法382条に定める事実誤認を理由に破棄、無罪の自判
上告審:控訴審判決は結論において是認できる⇒上告棄却
 
<解説>
最高裁H24.2.13:
覚せい剤密輸入事件に関し、故意の有無が問題となった事案において、
刑訴法382条にいう「事実誤認」の意義について、
「第一審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることをいう」
「控訴審が第一審判決に事実誤認があるというためには、第一審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要である」 
 
<公訴事実>
オウム真理教の信者であった被告人が、平成7年5月のオウム真理教の信者らによる治安妨害と東京都知事ら殺害の目的をもってされた爆発物の製造・使用、殺人未遂事件に関して、
爆薬原料となる薬品等を山梨県内の教団施設から東京都内のアジトに運ぶなどして、正犯者らの犯行を容易にさせたこれを幇助したという、
爆発物取締罰則違反(爆発物の製造・使用)幇助、殺人未遂幇助の事案。) 
 
<一審>
被告人が、爆発物の製造使用があり得ると認識していたとは認められないが、他人の殺傷を伴うことがあり得ると認識していたと認められる
殺人未遂幇助罪のみを認定し、懲役5年。
   
被告人が控訴
 
<原審>
第一審判決による被告人の認識の推認過程には、論理則、経験則に照らし不合理な点があるため、被告人が殺人未遂幇助の意思を有していたと認めることはできない。⇒無罪。
   
検察官が上告
 
<判断>   
●上告を棄却。 

●控訴審における第一審判決の事実誤認の審査に当たっては、第一審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であるかどうかを検討しなければならない。

第一審判決においては、間接事実の積み重ねによって殺人未遂幇助の意思を認定した判断構造の枠組みが示されているが、その合理性には看過できない問題がある。

第一審判決に事実誤認があるとした原判決は、第一審判決による判断構造を十分に捉え直さないまま、その判断過程に沿って個別の事実認定を検討した上、その不合理性を具体的に示していない説示部分を含んでおり、これをそのまま是認することはできない。
but
間接事実からの推論の過程が説得的でないなどとして、第一審判決が説示する間接事実の積み重ねによって殺人未遂幇助の意思を認定することはできないとした原判決は、結論において是認することができる。
 
●第一審判決の判断構造を整理したうえで、
殺人未遂幇助の意思を認定する前提としている「人の殺傷結果の想起可能性」を推認するための間接事実において、
被告人の認識対象が広範、曖昧な内容にとどまっており、その推認が困難であること、

「人の殺傷結果の想起可能性」自体も抽象的な結果発生の認識可能性をいうにすぎず、これに付加する間接事実も、いずれも被告人の漠然とした疑念ないし抽象的な認識可能性の契機を指摘するもので、殺人未遂幇助の認定にまで高めるには飛躍がある
⇒第一審がその判断構造を採用したこと自体不合理である。

第一審判決の判断構造に関する不合理性の現れとして、
①間接事実となる各個別事実の検討における問題点や、
②一方で殺人未遂幇助の意思を認定し、他方で爆発物取締罰則違反ほう助の意思を認定できないとしたこととの関係についても指摘、
⇒結局、第一審判決は、殺人未遂幇助の意思を認定した点において、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があり、控訴審において破棄を免れない。

原判決が、第一審判決の判断構造についての評価が不十分なまま証拠の信用性等の検討を行った⇒
原審段階では必ずしも重要とはいえなくなったと解される証拠関係について詳細に判示し、しかも、
第一審判決の事実認定の不合理性を必ずしも具体的に指摘しないまま証拠の信用性について第一審判決と異なる判断をするなど、
控訴審における事実認定の審査のあり方という観点から問題がないわけではない。
but
結論において是認できる。

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