刑事

2025年2月28日 (金)

債権譲渡の対価としてされた金銭の交付が貸金業法等の「貸付け」に当たるとされた事例

最高裁R5.2.20

<事案>
被告人と顧客との間で、「給料ファクタリング」と称して行なわれていた取引が、貸金業法違反(無登録営業罪)と出資法違反(業として行う超高金利罪)に問われた事案。
被告人が、労働者である顧客から、その使用者に対する賃金債権の一部を、額面額から4割程度割り引いた額で譲り受け、同額の金銭を顧客に交付。
使用者の不払の危険は被告人が負担
but
希望する顧客は譲渡した貸金債権を買戻し日に額面額で買い戻すことができること
被告人が、使用者に対する債権譲渡通知の委任を受け手その内容と時期を決定売ること、
顧客が買戻しを希望しない場合には使用者に債権譲渡通知をするが、顧客が希望する場合には買戻し日まで債権譲渡通知を留保すること
が定められていた。
全ての顧客との間で、買戻し日が定められ、債権譲渡通知が留保されてきた。

<原審>
弁護人:本件取引では、賃金債権の買戻しを顧客の義務とはしておらず金銭の返還合意がない上、賃金債権の不払の危険を顧客が負わないとしている
⇒本件取引に基づく、被告人から顧客に対する金銭の交付が、貸金業法2条1項及び出資法5条3項にいう「貸付け」に該当しない
vs.
本件取引では、
①顧客に対し、顧客が本件取引を利用した事実を勤務先に知られることを嫌がっていることを前提に、買戻しをしなければ勤務先に通知する旨を伝えて買戻しを心理的に強制することなどで、事実上買戻し以外の方法はない旨認識させつつ、
②買戻しをしつこく催促するなどもしていた
③本件の犯行期間中、顧客の勤務先に債権譲渡通知を行なったことはなかった

その実態は買戻しを前提とした「貸付け」にほかならない。
賃金債権の不払の危険をどちらが負っているかの点はその認定を左右しない。

<判断>
弁護人の主張はいずれも刑訴法405条の上j国理由に当たらない⇒上告を棄却。
職権で、本件取引が「貸付け」に当たる旨の判断をした。

規定 貸金業法 第二条(定義)
この法律において「貸金業」とは、金銭の貸付け又は金銭の貸借の媒介(手形の割引、売渡担保その他これらに類する方法によつてする金銭の交付又は当該方法によつてする金銭の授受の媒介を含む。以下これらを総称して単に「貸付け」という。)で業として行うものをいう。ただし、次に掲げるものを除く。
出資法 第七条(金銭の貸付け等とみなす場合)
第三条から前条までの規定の適用については、手形の割引、売渡担保その他これらに類する方法によつてする金銭の交付又は授受は、金銭の貸付け又は金銭の貸借とみなす。

<解説>
●高金利を取り締まって健全な金融秩序の保持に資することなどの、貸金業法や出資法の立法趣旨に照らし、実質的には金銭消費貸借と同様の経済的機能を有する契約に基づく金銭の交付は、貸金業法及び出資法において「貸付け」に含めることとした。

ある金銭の交付が、前記各条の「貸付け」に該当するか否かは、契約の形式や外形のみならず、その実態に照らして実質的に判断。

●金融庁:令和2年3月5日付けの「金融庁における一般的な法令解釈に係る書面紹介手続(回答書)」で、労働者が賃金の支払を受ける前にそれを他に譲渡した場合においても、労基法24条1項により使用者は直接労働者に対し賃金を支払わなければならず、賃金債権の譲渡人は自ら使用者に対してその支払を求めることはゆるされない

いかなる場合であっても賃金債権の譲受人が自ら使用者に対してその支払を求めることはできず、賃金債権の譲受人は常に労働者に対してその支払を求めることになる

刑事宛キ゚に貸付けと同様の機能を有しており、貸金業法2条1項の「手形の割引、売渡担保その他これに類する方法」に該当。

最高裁:
賃金である退職手当に関し、その給付を受ける権利の譲渡自体を無効と解すべき根拠はないけれども、労基法24条1項が「賃金は直接労働者に支払わなければならない。」旨定めて、使用者たる賃金支払義務者に対し罰則をもってその履行を強制している趣旨⇒労働者が賃金の支払を受ける前に賃金差権を他に譲渡した場合においても、その支払についてはなお同条が適用され、使用者は直接労働者に対し賃金を支払わなければならず、したがって、・・・賃金債権の譲受人は自ら使用者に対してその支払を求めることは許されないものと解するのが相当。

退職手当の受給権の譲受人から使用者に対しその支払を求めることは許されない。

●本決定
労基法24条1項、上記最高裁
⇒被告人が使用者に対して直接賃金債権の支払を求めることができず、実際には顧客から陳儀を回収するほかなかった。

法律上、使用者に直接支払を求めることができず、顧客の一般財産から資金の回収を図るほかないという事情は、譲渡された資産の法的な支配権が完全には譲渡人に移転しておらず、譲渡が担保目的であることを強く推認させる事情となると判断。
顧客が債権譲渡通知の留保を希望しており、使用者に対する債権譲渡通知を避けるため、事実上、自ら債権を買い戻さざるを得なかった。

労働者は、経済力等の格差、指揮命令関係や組織的統制等により、使用者に対して本質的に従属的な立場にある⇒使用者に賃金債権の譲渡が通知されることは労働者に不利益な事態。

顧客が実質的に買戻義務を負っており、金銭返還の合意や、被担保債権の存在が認められると判断。
賃金債権の不払の危険自体が相当に低く、それが現実化するのが例外的な場合に限られる。

実質的な経済的リスクを考慮し、事後的に譲渡人が買戻し等を免れることが例外的にあり得るとしても、金銭の交付の時点での「貸付け」該当性に直ちに影響を与えるものではないと判断。

判例時報2612

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農地の譲受人の委託により第三者の名義を用いての農地法所定の許可を得るための第三者による横領の成否(肯定)

最高裁R4.4.18

<事案>
被告人が、平成27年9月頃、Aが取締役を務める有限会社BがC所有の土地を購入するに当たり、本件土地の農地転用許可を得るために本件土地上の名義人を一旦被告人とし、農地転用等の手続及び資材置場として使用するための造成工事終了後にBに本件土地の所有権移転登記手続をする旨Aの兄であるDと約束し、同年10月25日、被告人た代表理事を務めるE組合にCが本件土地を売却する旨の合意書を作成し、その際、Dに土地代金500万円を支払わせ、同年12月18日からE組合を登記簿上の名義人として本家土地をBのために預かり保管中、D及びBに無断で本件土地を売却しようと企て、平成28年7月14日、㈱Fに、本件土地を代金800万円で売却譲渡した上、同日、本件土地について同社への所有権移転登記手続を完了させ、もって横領した。

<原審>
職権で、農地を転用する目的で所有権を移転するためには、農地法所定の許可が必要⇒この許可を受けていないBに本件土地の所有権が移転することはない⇒本件土地に関してBを被害者とする横領罪は成立しない。
⇒一審判決を破棄して被告人を無罪に。

<判断>
検察官が引用した最高裁判例はいずれも本件と事案を異にする⇒刑訴法405条の上告理由に当たらない。
but
原判決には、高裁判例違反があり、検察官のその余の上告趣意に判断を加えるまでもなく、破棄を免れない⇒東京高裁に差し戻した。

<解説>
●本件のように、農地の所有者たる譲渡人と譲受人との間で農地の売買契約が締結されたが、譲受人の委託に基づき、第三者の名義を用いて農地法所定の許可が取得され、当該第三者に所有権移転登記が経由⇒原則として譲受人に対して農地の所有権は移転しない。

農地法の規定(5条、3条)により、譲渡人と譲受人とが所定の許可を得なければ所有権移転の効力が生じない。

譲受人から当該第三者への占有(登記名義の保有)の委託は、所有者でない者からされたことになる。
①対象となる物の委託者が所有者でない場合に横領罪が成立するか
②委託関係に法令違反あがる場合に横領罪が成立するか

● ・・・・農地の譲受人は「所有権を有しているものに準ずる」として、横領罪の成立を認めたもの(高松高裁)。

委託者が物の所有者と言えない場合:
盗品等を委託された者がこれを着服した場合

昭和36年最判:
窃盗犯人の依頼で盗品の有償処分をあっせんした被告人が、窃盗犯人から盗品の処分代金を預かり保管中に着服した事案で、
「刑法252条1項の横領罪の目的物は、単に犯人の占有する他人の物であることをもって足るのであって、その物の給付者において、民法上犯人に対しその返還を請求し得べきものであることを要件としない」として、横領罪の成立を肯定。
不法原因給付(民法708条)に当たる場合:
・・・・
甲の所有物を賃借した乙が、甲の許可の下、修理のため者を丙に預けたところ、丙が物を勝手に売却して代金を着服
丙に横領罪が成立

甲からの授権に基づく乙丙間の委託関係が侵害されたことにより所有権侵害が観念でき、乙丙間の委託関係も反故に値するものと考えられる。

●本判決:
本件のような場面における譲渡人の意思や立場、譲受人との関係を検討し、所有者が委託者に対して委託権限を付与しているものと認め、そのような場合には、委託者が物の所有者でなくとも横領罪が成立。

委託者との関係で委託関係が侵害されているだけでなく、所有者との関係において所有権の侵害も観念できる。
⇒賃借物事例と同様に、問題なく横領罪が成立。

判例時報2612

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2025年1月25日 (土)

不作為による名誉毀損罪の成立を認めた事例(控訴審は否定)

さいたま地裁R5.8.29

<事案>
薬物事犯で被害者が有罪判決を受けた事実等を指摘する内容を、大手電子書籍販売サイトに掲載し、その後、被害者が本件情報等の削除を求めた後も掲載し続けたことが名誉毀損罪に当たるかが問われた。

<主張>
検察官:
①被告人が、本件情報を大手電子書籍販売サイトに掲示させて被害者の名誉を毀損した
②被害者から本件情報等の削除を求められてもその掲示を停止するなどの措置を執るべき義務を負っていたにもかかわらず、閲覧可能な状態のままにした不作為による名誉毀損の予備的訴因を追加。

弁護人:
本件情報の掲載と同時に犯罪行為が終了⇒その後3年の経過により公訴時効が完成し、また、被害者が犯人を知ってから告訴までに6か月が経過していた⇒免訴等の判決を求める。
公益利害との関連性(事実の公共性)や公益目的(目的の公益性)が認められる⇒刑法230条の2により無罪を主張。
予備的訴因:本件情報を削除すべき義務を負わない⇒無罪を主張。

<判断>
公訴時効の成否等:
本件情報の掲示により既遂に達したとしつつも、
掲示終了まで掲載開始日とほぼ変わらずに閲覧可能な状態が維持される犯行態様等から、掲示が続く限り犯罪は終了しない⇒公訴時効は完成せず、掲示終了後告訴期間内に告訴がされた。

事実の公共性や目的の公益性:
本件情報の掲載開始日に近い時点では事実の公共性や目的の公益性を認め違法性を否定。
but
既に執行猶予期間が満了してから10か月ほど経過し、被害者の更生に向けた社会生活も進んでいた時点では、被告人が被害者を中傷するなどの書き込みを繰り返していた事情等を考慮し、その主たる動機がこうえきを図る目的であったとは認められず違法性は阻却されない。
被告人は、被害者に削除を求める強い意向があることも認識していて、掲載者として「出版停止」や「書籍取り下げ」の措置を取ることが可能であった⇒本件情報の掲示を停止させる義務を負っていたというべき。

名誉毀損の不作為犯の成立を認めた。

<規定>
刑法 第二三〇条の二(公共の利害に関する場合の特例)
前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
2前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。
3前条第一項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。

<解説>
●名誉毀損の終了時期
A:名誉毀損罪の性質を状態犯とする理解から既遂に達すると同時に終了する
B:犯行態様に応じて終了時期を判断する見解

大阪高裁H16.4.22:
インターネット掲示板上に書き込んだ他人の名誉を毀損する記事が削除されずに閲覧可能な状態に置かれたままであったときは犯罪が終了しない。
本判決も同旨の判断。

掲示が続く限り名誉を毀損する危険が維持される。

「紙の出発物などは別として」と判示
⇒その射程はインターネット上の表現に関するものに限られる。
告訴期間の起算日の「犯人を知った日」とは犯罪行為終了後の日を指す(最高裁)⇒期間内の告訴があった。

●前科等に関わる事実摘示による名誉毀損と公共性や公益性の判断等
〇 刑法230条の2第1項にいう「公共の利害に関する事実」:
社会一般の多数人の利害に関わる事実のことであり、この事実の公共性は「摘示された事実自体の内容・性質に照らして」客観的に判断されており、事実を摘示する際の表現方法や事実調査の程度などは目的のこうえきせいの認定に関して考慮される。
「専ら」⇒主たる動機・目的が公益を図ることにあれば目的の公益性は肯定される。

有罪判決等で明らかになった事実の報道は裁判の公開性の原則から許される。

平成6年最判:
「事件それ自体を公表することに歴史的又は社会的な意義が認められるような場合」に当事者の実名を明らかにすることが許される場合がある。

本判決:
犯罪の性質にもよるが判決の言渡時点で社会の関心が最も高く(時の経過により関心は薄まる)、判決の公開性からその時点でこれを報じ、それをそのまま取り上げて表現することは許容され得る。
but
有罪判決を受けた者は、それが公然と明らかにされるのを望まず、判決後の社会生活の状況や改善更生にも関わるとして、事実の公共性や目的の公益性を判断する上での視点を示した。

民事紛争:
前科等に関する情報公開が主にプライバシー侵害の文脈で問題となり、

平成6年最判:
前科に係る事実の実名公表の不法行為性について、
その者のその後の生活状況、事件の歴史的又は社会的意義、その当事者の重要性、その者の社会的活動及びその影響力について、著作物の目的、性格等に照らした実名使用の意義及び必要性をも併せて判断すると判示。

インターネット上での前科等に係る情報のプライバシー侵害の判断について、公共性の内実との関係で、当該事実を公表する必要性などを十分に吟味した上で、プライバシーの利益との比較衡量を行うべきである。

そこで指摘される考慮要素は、前科等に関わる情報による名誉毀損座位で起訴され、違法性阻却の問題となる場面のそれと重なるはずで、かかる視点を示したもの。

〇 目的の公益性について:
民事事件では、公共性が認められるときは通常公益目的も推認される。
学説:
公益目的が事実の公共性の認識に解消されるべきであるとの見解。
本判決:
事実の公共性に加え目的の公益性も必要であることを前提に、後者が前者による推認されることは認めつつ、被告人の被害者への攻撃的な意図などに言及し、不動産取引についての不正を暴くことを主眼とする本件電子書籍において、被害者の氏名を取り上げて攻撃するかのような目的で示すことは許されない。

●不作為犯の成否について
民事事件でも、平成6年最判等にいう比較衡量により前科等に関わる事実を公表されない法的利益が優越する場合には、その公表によって被った精神的苦痛の賠償を求めたり、人格権としての名誉権に基づき差止請求(削除請求)をすることができるとされている。

判例時報2609

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2025年1月 8日 (水)

少年の特殊詐欺の故意を認めた判断に重大な事実誤認があるとされた事例

東京高裁R5.9.15

<原審>
少年:本件が、信頼する人物(先輩)であるCから依頼された仕事であったこと等⇒詐欺とは思わなかったなどと故意を否認
but
少年に詐欺の未必的故意及び氏名不詳者らとの共謀があった⇒少年を第2種少年院に送致する旨の決定。

原審付添人が抗告

<判断>
詐欺の故意を認めた原決定の判断には重大な事実の誤認がある⇒原決定を取り消し、差し戻した。

<解説>
●特殊詐欺事案における故意の認定
詐欺の犯罪行為に加担していることの認識が必要。
but
受け子は、詐欺組織に利用されている者が多く、合法な仕事であるとして荷物の受取りを依頼され、荷物の中味について事実と異なる説明を受けている場合もある⇒故意の有無が争われるケースも少なくない。
詐欺による財物の受取り「かもしれない」という認識があったかどうかが問題。

有意な間接事実
①荷物受取りの依頼内容や依頼された際の状況、
②その後、荷物の受取りに至るまでの経緯、
③実際に荷物を受け取る際の状況等
について検討し、詐欺の故意を否定する受け子本人の供述内容も吟味して、多角的かつ総合的に判断することとなる。

最高裁①②③
①②は被告人が、指示等を受け手、名宛人になりすまして荷物を受け取り回収役に渡す行為を繰り返し、報酬を得ていた事実等を指摘し、
③は被告人が、依頼を受けて、著しく不自然な方法で荷物を受け取り、回収役に引き渡した事実等を指摘して、
それぞれ被告人に詐欺の故意及び共謀を認めている。

●本決定:
原決定の問題点として、
①少年に「債権回収」を依頼した人物がCであるのに、誤ってD(Cを通じて連絡を受けた氏名不詳者)であると認定
②本件がDの指示に基づく仕事であり、シグナル(メッセージが自動的に消去されるアプリ)を用いて指示がなされた点について、必要且つ重要な要素の検討をせずに極めて不自然であると評価し、少年が違法な財物の受取行為である可能性を認識したと推認したこと
③報酬額や本件の経緯、少年が被害者と接触した際の状況等について、必要且つ重要な観点からの検討をせずに、少年が詐欺を含む違法な財物の受取行為であると当然に想起できるとしたこと、
④信頼するCから依頼された仕事であり、詐欺とは思わなかったとする少年の供述について、慎重な検討を怠り、理由を示すことなく信用できないと評価したこと
等を指摘

少年に詐欺の故意があったと認めた原決定の判断は、全体として論理則、経験則等に違反する。

上記④の説示の中で、本決定は、
これまで少年が同様の受取行為に従事した経験がなく、
報酬約束もなく、
少年が犯罪行為に関与する認識を有していたことを示す客観的事実(SNS上でのチャットやメール、インターネットの検索履歴等を指すものと推察される)も存在しない
⇒より一層受け子本人の供述内容の信用性を慎重に見極めることが判断に不可欠。

判例時報2608

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2024年12月26日 (木)

強制わいせつ事件のDNA鑑定評価についての無罪事件

横浜地裁R5.8.7

<主張>
検察官:
❶本件ストッキングから採取した付着物について実施されたDNA型鑑定の結果によれば、検出された被害者の型以外のDNAの型は、15座位全てにおいて被告人と一致する型である
❷被告人が本件事件直前に本件事件現場付近で被告人が所有する自動車を運転していた

<判断>
❶について
専門家証人:本件ストッキングに付着したDNAは2人分のDNAで、うち1人は被害者であり、もう1人(甲)が被告人である場合の方が、甲が被告人を含まない誰かである場合よりも約3.4兆倍確からしい旨の尤度比の計算に基づく見解。
vs.
(1)
①本件ストッキングに付着したDNAは2人分のDNAであるという前提条件や
②被害者以外の者に由来するDNAにアリル・ドロップがないという前提
に疑問を差し挟む余地がある。
(2)被害者が本件事件当時着用していたパンティに関するDNA型鑑定の結果は、被告人以外の男性が犯人である可能性や本件ストッキングに付着しているDNAのうち被害者に由来しないDNAが犯人以外の者に由来する可能性があるという疑問を抱かせる。

本件DNA型鑑定の結果は、被告人が本件事件の犯人であることを相当程度推認させるものとはいえるものの、被告人の犯人性を肯定する上で決定的ともいえる証拠価値を有するものではない。

❷について、被告人が犯人であるとしても矛盾しないという程度の推認力にとどまる。
⇒被告人が犯人であると認定するには、合理的な疑いが残るというべき。

<解説>
●DNA型鑑定:
現場で採取された試料と被告人等関係者から採取された試料のDNA型が同一であるか判定するもの
STR型検査については、その科学的原理の信頼性、これを実用化する理論・:技術の信頼性のいずれも確立。

●現場試料と犯人との関係性の有無及び程度:
その付着状況や関係者の供述などの関係証拠によって立証される。
本件:犯人が、素手で、被害者の着衣をつかんでいる⇒その付着部位等に照らし、現場試料のDNA型鑑定結果と犯人の結びつきが強い。

●現場試料と犯人との結びつきが強い事案⇒
DNA型鑑定の検査方法及び鑑定内容の解釈の当否が主要な争点となる事案が少なくない。
DNA型鑑定の検査方法の当否:
鑑定試料の採取・保管状況の適正や鑑定人の適格性が吟味
~警察官や鑑定人の証人尋問で確認
現場で採取された試料が複数人のDNAの混ざりあった混合試料

対照資料提供者の全てのDNA型(アリル)が混合資料の全ての座位(ローカス)で検出されていても、対照資料提供者は現場試料の関与者であるとしても矛盾しないという判断ができるにとどまる。
本件でも、専門家証人が、確率論を用いて公判廷で見解を述べている。
本件ストッキングに付着したDNAの関与人数が3人分(又はそれ以上)である可能性を窺わせる事情が指摘。
被害者以外の者に由来するDNAについてアリル・ドロップがないという前提が成り立つかについても検討。

判例時報2607

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2024年12月21日 (土)

救護義務違反が否定された事例

東京高裁R5.9.28

<事案>
飲酒後、自動車を運転⇒人身事故⇒衝突現場付近まで戻り、約3分間被害者を探したが発見できず⇒コンビニで口臭防止用品を購入し服用(約1分)⇒被害者の捜索を再開し、発見し、人工呼吸等

道交法条の救護義務違反と報告義務違反の罪で起訴

<判断・解説>
●公権力濫用の主張
否定

●救護義務違反の罪の成否
第1審:
被告人は、口臭防止用品を購入するためにコンビニに赴いた時点で、交通事故を発生させた当事者として救護義務を「直ちに」尽くすことよりも、自分の犯した罪が少しでも軽くなるよう飲酒事実の発覚を回避するための行動を優先させた
⇒その時点で、救護義務の履行と相容れない状態に至ったと見るべきで、救護義務違反の罪が成立。

控訴審:
被告人は、本件事故後、直ちに被告人車両を停止して被害者の捜索を開始しており、途中でコンビニに行って口臭防止用具を購入、服用したものの、これらの行為に要した時間は1分余りであり、移動距離も50m程度にとどまっており、その後直ちに衝突現場方向に向かい、被害者が発見されると駆け寄って人工呼吸をするなどしている
⇒被告人の救護義務を履行する意思は失われておらず、一貫してこれを保持続けていた。
これらの本件事故後の被告人の行動を全体的に考察すると、被害者に対して直ちに救護措置を講じなかったと評価することはできない。

被告人に救護義務違反の罪は成立しない。

東京高裁H29.4.12:
救護義務・・・の履行と相容れない行動を取れば、直ちにそれらの義務に違反する不作為があったものとまではいえず、この義務の履行と相容れない状態にまで至ったことを要する。
一審:飲酒事実の発覚回避目的の行動は救護義務の履行と対極のものと評価
控訴審:同行動によって救護義務履行の意思が否定されるものではなく、救護義務違反の罪の成否の判断において同行動をそれほど重視すべきでないと判断

●その他の論点
過失運転致死罪の確定判決において、量刑を決するに当たり、本件の救護義務違反、報告義務違反の罪が実質的に考慮されたのではないか。そうだとすると、本件を審理、判決することは一事不再理効に抵触することになりm免訴判決をすべきではないか?

本判決:結論を導く上で不要⇒判断を示さず。

●交通人身事故を起こした被告人が事故現場から離脱していない事例において、救護義務違反の罪の成立を認めた裁判例は、本件の第1審判決以外には見当たらない。

判例時報2606

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2024年11月30日 (土)

覚醒剤の所持が否定された事案

大阪地裁R5.10.13

<事案>
警察官は、約3か月前から内偵捜査等⇒薬物事犯の前科前歴を有する者を含む不特定多数の者の出入りを確認⇒捜索差押許可状の発付を得て同自宅の捜索を行い、本件覚醒剤を発見。
和室で被告人の鞄内を捜索⇒同鞄内から財布を取り出し、同財布内から2つのパケを発見。

<解説>
●覚醒剤取締法41条の2第1項にいう「所持」は、判例上「人が物を保管する実力支配関係を内容とする行為をいい、この関係は、必ずしも覚せい剤を物理的に把持することまでは必要でなく、その存在を認識してこれを管理し得る状態にあれば足りる」
所持が認められた事例:
鞄に覚醒剤を入れて知人方を訪れ、同人の部屋に覚せい剤を置いて雑談中、警察官らしい人を認めた⇒覚せい剤を遺留したまま帰宅。
覚せい剤入りの注射液370本を知人方の同居人に委託して預けた。
所持否定事例:
ホテル4階に宿泊していた被告人が覚せい剤の入ったバッグを窓から同ホテル駐車場の通路に投げ、6時間以上経過後、通りかかった第三者が同バックを発見して拾得物として届出⇒発見時に被告人が所持していたとして起訴。

●本件:
内偵捜査の段階で、被告人の自宅に薬物事犯の前科前歴を有する者を含む不特定多数の物の出入りが確認され、和室内からは他にも多量の白色結晶様のもの(覚せい剤ではない)が発見⇒被告人の所持の認定においては、覚せい剤が発見された場所や管理状況が重要になる。
警察官の1人:被告人の鞄内の財布からパケ2個を取り出し、そのうちの1個をテーブル上に置いたまま別の部屋に移動
vs.
①捜索差押手続中に発見された証拠品が警察官らの監視を離れた状態に置かれることは通常考え難い。
②警察官らの証言を前提としても、他の警察官らは財布からパケが発見された状況は見ておらず、発見したとしられパケBは一旦テーブル上に置かれ、その後床上で本件覚醒剤の入ったパケが発見された⇒パケBと本件覚醒剤の入ったパケが同一であるとは断定できない。
③捜索差押時の写真撮影についての捜査復命書に添付された写真は、警察官の説明によると、一旦パケを取り出して確認した後、財布内に戻した状況を撮影したもので、その際パケAのみを戻してパケBを戻さなかったとのことであるが、後から再現した状況の写真であるにもかかわらずその旨の説明がないのは、報告書の記載として不適切。

判例時報2604

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2024年11月 6日 (水)

特定少年の銃砲東建類所持等取締法違反保護事件で少年院送致の事案

大阪家裁R5.11.1

<判断>
犯情の評価:
①包丁を携帯した経緯や動機を踏まえて危険な態様であること
②少年が前件(本件と別の女性と無理心中に及ぼ王との思いから果物ナイフ1本を携帯した銃刀法違反やストーカー規制法違反)により第1種少年院に送致され、仮退院後の保護観察中であったにもかかわらず、同種再非行に及んだ

保護処分の選択において少年院送致とすることも許容される。

要保護性を踏まえた処遇判断:
①前件及び本件の核非行に結び付いた少年の資質上の問題性
②少年の少年院仮退院後の肯定的変化を認めつつ、非行に結び付く問題性は改善されていない
③家族や保護観察所の指導が奏功せずに少年が再非行に及んだ

社会内処遇による更生は困難であり、少年を再度第1種少年院に収容して矯正教育を施す必要がある。
少年院に収容する期間を2年。

<解説>
●令和3年法律第47号による少年法改正:
特定少年に対する保護処分については、
「6月の保護観察」、「2年の保護観察」、「少年院送致」
の3種類が決められ、
「犯情の軽重」を考慮して、相当な限度を超えない範囲内においていずれかの保護処分を選択。
まずは犯情を要素として、選択し得る最も不利益な保護処分を限界づける形で選択肢の範囲を決める段階(選択肢としての許容性の問題)を経て、
その選択肢の中から要保護性の大小に応じて保護処分を選択するという段階を踏む。
執行猶予付きの自由刑が通常想定されるような事案でも、直ちに少年院送致を選択できないということにはならない。

①刑罰が保護処分よりも一般的、類型的に不利益処分。
②執行猶予を含む刑事裁判の量刑は「犯情」だけでなく一般情状や刑事政策的な考慮なども働いて決められている。

●特定少年を少年院送致とする場合には、その決定と同時に、3年以下の範囲内において、犯情の軽重を考慮して「少年院に収容する期間」を定めなければならない(64条3項)。

収容期間:
少年院で実際に収容され矯正教育を受けている期間だけではなく、仮退院後の社会内処遇(更生法48条2号の保護観察。いわゆる2号観察であり、制度上は同法73条の2第1項の仮退院の取消しがあり得る。)を含むものであって、少年院に収容することができる期間の上限を意味する。

実務上は、2年又は3年のいずれかで定められることが多い。

判例時報2601

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2024年10月28日 (月)

検察官送致の事例

東京家裁R5.7.19

<事案>
少年が共犯者らと共謀の上行った、組織性が強くうかがわれる計画的な侵入強盗とその準備行為の一環である窃盗(ナンバープレート盗)及び道交法違反(無免許運転)の事案。
少年は犯行当時19際の特定少年。
侵入強盗は少年法62条2項2号の要件に該当する原則検察官送致対象事件
but
窃盗及び道交法違反は対象事件に当たらない。

<判断>
対象事件でない窃盗及び道交法違反が対象事件である侵入強盗と密接に関連する社会的に一体の事件⇒対象事件とその余の事件とを別に処遇することは相当でなく、事件全体をまとめて検討することを前提に、まず、犯情について検討し、
①組織性が強くうかがわれる計画的な侵入強盗等の事案
②実際の強盗の手段たる暴行・脅迫の態様⇒被害者が感じた恐怖等は相当に強い物
③少年の立場が従属的であったとはいえ、確定的な故意をもって実行犯として本件各事件に関与した少年の責任は大きい

本件犯情は相当に重く、対象事件の中でも重大な事案。

犯情以外の事情:
家庭環境その他の養育歴、少年の資質的な問題が本件の背景になっている。
but
これまでの家裁係属歴の中で指摘された少年の問題が本件と共通していることや保護観察状況等に照らせば、少年の問題がこれまで改善していない主な原因は、少年が一連の法的手続を軽く捉えていたことにある

前記の背景事情を保護許容性の判断において考慮するにも限度がある。

犯情及びその他の事情を総合考慮し、刑事処分以外の措置を相とと認める「特段の事情」があるとはいえない⇒検察官に送致。

判例時報2598

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破棄判決の拘束力の範囲

最高裁R5.10.11

<判断>
破棄判決の拘束力について
「第1審判決について、被告人の犯人性を認定した点に事実誤認はないと判断した上で、量刑不当を理由としてこれを破棄し、事件を第1審裁判所に差し戻した控訴審判決は、第1審判決を破棄すべき理由となった量刑不当の点のみならず、刑の量定の前提として被告人の犯人性を認定した同判決に事実誤認はないとした点においても、その事件について下級審の裁判所を拘束する」との職権判断。」

<解説>
●裁判所法4条:上級審の裁判所の裁判における判断は、その事件について下級審の裁判所を拘束する。

上級審の裁判所の裁判におけるいかなる判断について、下級審の裁判所に対する拘束力が及ぶか(破棄判決の拘束力)。

●判例
◎判例(八海事件判決):
被告人らが強盗殺人の共同実行者であるかが争われ、結論も二転三転し三度上告審の判断が示されるなどして、最終的に全員無罪となった事件。
第2次控訴審判決:共犯者の供述及び被告人らの自白の信用性を否定して無罪判決⇒第2次上告審がその判断を否定した上、前記供述ないし自白の信用性を積極的に肯定すべき事由を挙げて破棄差戻⇒同判決の拘束力が問題。

判決:
破棄判決の拘束力は、破棄の直接の理由、すなわち原判決に対する消極的否定的判断についてのみ生ずるものであり、その消極的否定的判断を裏付ける積極的肯定的事由についての判断は、破棄の理由に対しては縁由的な関係に立つにとどまりなんらの拘束力を生ずるものではない。

◎本件の上告趣意:
①八海事件判決の判示を、破棄判決の拘束力は、原判決に対する消極的否定的判断についてのみ障子、積極的肯定的判断には生じないという趣旨に解釈
②第1次控訴審判決が被告人の判断を是認した部分は積極的肯定的判断
⇒拘束力が生じない。

◎判例(宮本身分帳閲覧事件決定):
所論引用の判例(八海事件判決)は、いわゆる破棄判決の拘束力は破棄の直接の理由となる原判断の誤りをいう点についてのみ生ずる趣旨を判示したものであって、・・原判断の誤りをいう破棄判決の判断が消極、否定の形式をとっている場合に限られるという趣旨を判示したものではない。

●学説
控訴理由に判断順序における論理的な先後関係がある場合、先順位の控訴理由は理由がないが、後順位の控訴理由は理由があるとした破棄判決に関しては、後者のみならず、前者の判断にも拘束力を認める見解が大多数。
平野:
事実の誤認と刑の量刑不当を申立てたとき、刑の量定で破棄すれば、事実の誤認はないと判断されたことになり(控訴審の判断の順序には論理的な関係があり、事実誤認は刑の量定の前に判断されなければならい)、その判断は下級審を拘束する

判例時報2598

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