判例

2025年3月11日 (火)

孤立防止義務違反(否定)

東京高裁R5.6.28

<事案>
テーマパークの経営・運営等をする会社であるYと労働契約を締結し、テーマパークの出演者として就労しているXが、平成25年2月7日から平成30年3月12日にかけて上司や同僚から種々の発言をされ、もってパワーハラスメント及び集団的ないじめをされたもので、これによりXは精神的苦痛を被った⇒Yに対し、債務不履行(安全配慮義務違反)又は不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償請求として、慰謝料及び弁護士費用330万円並びに遅延損害金の支払を求めた。

<原審>
Xがパワハラ及び集団的ないじめと主張する上司や同僚の発言は、いずれも証拠上認められないか、社会通念上相当性を欠いて違法とまではいえない。
but
Yは他の出演者に事情を説明するなどして職場の人間関係を調整し、Xが配役について希望を述べることで職場において孤立することがないようにすべき義務(孤立防止義務)を負っていたところ、この義務に違反し、Xに著しい精神的苦痛を被らせた
⇒慰謝料等を認める。

Y:Xは前記のような「孤立防止義務」違反について全く主張しておらず、原審の判断は処分権主義及び弁論主義に反する。

<判断>
Xの主張は理由がない。
ア:Yには「孤立防止義務」違反があったとの原判決の判断につき、原審におけるXの訴状及び各準備書面を精査してみても、Xの主張の中に孤立防止義務違反を主張している部分は見当たらない。
イ:Xの主張について、パワハラ及び集団的ないじめの有無にかかわらず、Yには職場における「孤立防止義務」違反があるとの新たな主張を当審において行う趣旨を解する余地もないわけではないものの、「孤立防止義務」の内容は抽象的なものにすぎない。
ウ:仮に「孤立防止義務」が損害賠償義務を発生させ得る程度に具体的で特定されていると解する余地があるとしても、本件において、Yがかかる義務を履行しなければならない程度にまでXが職場で「孤立」していたと認めることは困難

Xの請求を棄却。

<解説>
処分権主義:原告がその意思で訴訟を開始させ、かつ審判の対象を設定・限定することができ、さらに当事者がその意思で判決によらずに訴訟を終了させることができる。
弁論主義:判決の基礎をなす事実の確定に必要な資料の提出(事実の主張、証拠の申出)の権限と責任が当事者にある。

判例時報2614

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

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発信者が著作物にリンクするURLを送信した行為と法5条1項の「権利の侵害」(否定)

東京地裁R6.1.18

<事案>
インターネット上で配信活動を行っている原告が、氏名不詳者(「本件発信者」)によってされたインターネット上の無料掲示板サービスにおける投稿により、原告のプライバシー、名誉感情、著作権及び著作者人格権が侵害された⇒法5条1項に基づき、発信者情報の開示を求めた。

<規定>
特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律
第五条(発信者情報の開示請求)
特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者に対し、当該特定電気通信役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る発信者情報のうち、特定発信者情報(発信者情報であって専ら侵害関連通信に係るものとして総務省令で定めるものをいう。以下この項及び第十五条第二項において同じ。)以外の発信者情報については第一号及び第二号のいずれにも該当するとき、特定発信者情報については次の各号のいずれにも該当するときは、それぞれその開示を請求することができる。
一 当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき。
・・・・

<争点>
本件投稿2が、法5条1項の「権利の侵害」に該当するか?
本件投稿2:
画像アップロードサイトのURLを投稿したもので、本件URLにアップロードされた画像は、原告が著作権を有する画像を複製したもの。

<判断>
最高裁R2.7.;21(リツイート事件判決)を参照し、
発信者のプライバシー、表現の自由及び通信の秘密との調整を図るために、法5条1項が開示の対象を、情報の流通による権利侵害に係る発信者情報に限定した趣旨目的⇒同項にいう権利の侵害とは、侵害行為のうち、情報の流通によって権利の侵害を直接的にもたらしているものを解するのが相当。



本件発信者による本件URLの送信は、情報の流通によって原告の著作権の侵害を直接的にもたらしているものと認めることはできない⇒本件投稿2は、前記にいう「権利の侵害」が明らかであるものと認めることはできない。

<解説>
●法5条1項に規定する「権利の侵害」の意義
「情報の流通によって自己の権利を侵害された」という要件。
A:単独説:
東京地裁:「法の趣旨や文言からすれば、・・・・発信者情報の開示請求が認められる要件である『侵害情報の流通によって』被害者の権利が侵害された場合に該当するためには、当該特定電気通信による情報(文字データ)の流通それ自体によって権利を侵害するものであることが必要」
B:相当因果関係説:
法律の文言からは、必ずしも単独説が一義的に導かれるものではなく、むしろ、他の法律では「よって」という文言により広い意味が認められ、間接的に権利侵害が発生するケースも相当因果関係の範囲内で許容しているのが通常。
C:中間説:
リツイート事件判決の調査官解説:
情報の流通単独で権利侵害が生じたことまでは要求しないものの、相当因果関係のみならず、侵害を直接的にもたらしている関係を要求するという考え方が紹介

●リツイート事件判決
各リツイート者がした各リツイートによって、
①画像表示の仕方の指定に係るリンク画像表示データ(HTML等のデータ)が特定電気通信設備であるリンク元(タイムライン)のサーバーの記録媒体に記録されて、ユーザーの端末に送信され、
②リンク先から元画像のデータが送信された後、前記リンク画像表示データの指定に従って画像のトリミング表示がされ、
③その結果、元画像の氏名表示部分が表示されなくなり、氏名表示権の侵害が生じたという事案について、
「侵害情報の流通によって」の要件該当性を肯定。

リンク画像表示データの送信は、氏名表示権の侵害を直接もたらしているものというべきであって、各リツイート者は、リンク画像表示データを特定電気通信設備の記録媒体に記録した者ということができる
⇒各リツイート者は「侵害情報の発信者」に該当し、かつ、「侵害情報流通によって」権利を侵害したものというべきである。

●本判決の立場
本件における本件URLは、リツイート事件判決における「リンク画像表示データ」に対応するもの
but
リンク画像表示データは、これによる画像表示の仕方の指定に従って、画像のトリミング表示がされ、氏名表示部分が表示されなくなり、氏名表示権の侵害を生じさせた⇒氏名表示部分を含む元画像のデータの流通と比べても、氏名表示権侵害の引き金になるものとして、権利侵害を直接的にもたらしているといえる。
①本件URL:原告の著作権侵害を構成する本件元画像データを表示する手段を提供するものであり、侵害との間に相当因果関係があるとみる余地はあるものの、権利侵害の決定的要因となるのは本件元画像のデータ自体であり、本件URL自体が権利侵害の惹起に重要な意味を持つわけではない。
②ユーザーが本件URLをクリックした上、別のサイトに移動する旨告知されているのに更に同じURLをクリックしない限り、本件元画像を表示することができないという事情。

本件URLの流通は権利侵害を直接もたらしているとはいえないと判断。
リツイート事件判決:リンク画像表示データの流通と氏名表示権侵害との間には相当因果関係がると認められるのみならず、リンク画像表示データの流通が氏名表示権侵害を直接的にもたらしているといえる⇒BCで肯定。
今後の議論及び裁判例の蓄積の余地を残すために、事例判断にとどめたものと推察。
本件:Bなら肯定、Cなら否定⇒C(中間説)を採用することを正面から明らかに。
リツイート事件調査官解説:
リツイート事件で要件該当性が肯定されたからといって、必ずしも名誉毀損等のケースで要件該当性が肯定されることになるとは限らない。

判例時報2614

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モペットの個人賠償責任保険約款の免責対象の「車両」該当性(肯定)

大阪地裁R5.12.14

<事案>
ペダル付きの原動機付自転車(「本件モペット」)で走行(「本件モペッ」ト)が事故でP2に傷害を負わせた⇒保険会社であるYに対して、個人賠償責任保険契約に基づく保険金を請求
約款には、車両(原動力がもっぱら人力であるものを除く。)の所有、使用又は管理に起因する賠償責任の負担に係る損害については保険金の支払対象外との規程

<争点>
本件モペットが、人力モードによって走行していた場合でも本件免責規定により保険金の支払対象外となるか?

<判断>
本件免責規定が原動力をもっぱら人力とする車両を除外事由としているのは、
①当該車両が潜在的に有している危険性が類型的に考えて大きいとまではいえず、
②当該車両を所有、使用又は管理することに起因する賠償責任の負担に係る損害についても、これを所有、使用又は管理しない場合と比して、必ずしも増大する傾向にあるとはいえないこと、
③原動力をもっぱら人力とする車両については、所有、使用又は管理に起因する賠償責任を補償する個別の保険制度が別途網羅的に設けられていないこと
にある。

本件モペットは、
①道路運送車両法上の原動機付自転車に区分され、自賠責保険に加入することが義務付けられている、
②原付モードによる走行が可能であり、現に具有する危険性は原動機付自転車と同様といえる上、事故が発生した場合には、言動付自転車による事故と同じように責任が増大するリスクを抱えている
③本件免責規定の除外事由は原動力がもっぱら人力である車両⇒前記危険性及び責任増大の可能性に着目して、車両として除外事由に該当するかを判断すべきであり、個別の走行時におけるモードの違いによって除外事由該当性が代わるものではない

本件モペットは、本件免責規定の除外事由である原動力がもっぱら人力である車両に該当するということはできない。

<解説>
警察庁の令和3年6月28日付けの「『車両区分を変化させることができるモビリティ』について」と題する通達
原動機の力及びペダルを用いた人の力を用いて運転する構造から、原動機の力を用いることなくペダルのみを用いて人の力により運転する構造に切り替えられるモビリティについては、一定の要件を充足すれば、車両の区分を変化させることができるという解釈。
but
本件モペットはこの通達の要件を充足していない
令和6年道交法改正で、同法2条1項17号に「運転」の定義として、「道路において、車両・・・をその本来の用い方に従って用いること(原動機に加えてペダルその他の人の力により走行させることができる装置を備えている自動車又は原動機付自転車にあっては当該装置を用いて走行させる場合を含み、特定自動運転を行う場合を除く。)をいう。」と規定

当該原動機付自転車にあっては、ペダルその他の人力により走行させる場合も「運転」に含まれることが明文化。

判例時報2614

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公立中学教員の長時間労働等⇒精神疾患⇒自殺についての校長の安全配慮義務違反を理由とする国賠請求(肯定)

水戸地裁下妻支部R6.2.14

<事案>
Y(古河市)が設置運営する中学校の教員であるVが長時間労働等により精神疾患を発症し自殺したことに関して、Vの遺族であるXが、本件中学校の好調の安全配慮義務違反によって極度の長時間労働や連続勤務に従事することを余儀なくされたことが原因⇒Yに対し、国賠法1条1項による損害賠償を認めた。

<争点>
①校長の安全配慮義務違反が認められるか
②同違反とVのうつ病エピソードの発症、死亡との間の相当因果関係
③損害の額(過失相殺の有無)

<判断>
争点①②:
うつ病エピソードの発症前6か月の総労働時間数、所定休日数、時間外労働時間数を具体的に認定した上で、発症前3週間、発症前1か月ないし3か月の労働時間

時間外勤務の状況のみをもっていしても、Vの心理的負荷は極めて強度。
校長が、時間外及び休日勤務報告書等によって、Vの時間外労働時間が長時間にわたる状況が継続していることを認識できる状況にあった
⇒長時間労働軽減のための面接を実施したり、具体的な軽減策を講じるべきであったにもかかわらず、これを怠り、Vが長時間労働を余儀なくされた結果、うつ病エピソードを発症したと判断し、校長の安全配慮義務違反を肯定。

争点③:
過失相殺を否定

①Vの時間外労働時間が極めて長時間に及んでいた点については本件中学校側の管理職に一時的な責任があるところ、校長はVの勤務時間を認識し又は認識し得たにもかかわらず、問題意識すら有していなかったと窺われる
②Vには何らの落ち度もなく、また、長時間にわたる時間外労働を相当程度削減することはVの一存で調整できたとは認められない

<解説>
●使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う。
使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用上の前記注意義務の内容に従ってその権限を行使すべき(最高裁)。

地方公共団体とその設置する学校に勤務する地方公務員との間においても、別異に解すべき理由はない(最高裁)。
以上の規範を前提に、
Vの時間外労働時間が極めて長時間に及んでいたと指摘した上、校長はかかる状況を時間外及び休日勤務報告書等によって認識できる状況にあり、また、これを把握すべき義務を負っていたにもかかわらず、労働時間を権限する方策等を講じなかった⇒安全配慮義務違反が認められると判断。

●部活動がVの業務といえるか?
本判決:
・・・・吹奏楽コンクールの全国大会出場、金賞獲得という目標は、単にVや部員が設定した目標にとどまらず、校長をはじめとする管理職も含めた本件中学校全体で掲げる方針であり、前記目標を目指した活動は、業務の一環として組み込まれており、これを校長も容認
⇒校長において黙示の業務命令があった。

判例時報2614

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未成年者の一時保護(後の保護継続)による養育費減額(肯定)

東京高裁R4.12.15

<事案>
平成23年に裁判離婚した夫婦の元夫であるXが、元妻であるYに対し、未成年者が令和3年9月15日以降、児相に一時保護さていることを理由に、東京高裁が平成22年12月22日に言い渡した判決のうち、Xに対して未成年者の養育費をYに支払うよう命じた部分について取消しを求めた。

<原審>
未成年者は令和3年9月16日以降、Yの監護養育下にない⇒前件判決主文第4項の同日以降の養育費の定めを取り消す旨の審判をした。

<判断>
ア:Yは、未成年者が令和3年9月15日に児童相談所に一時保護されて依頼、1年以上にわたって未成年者を監護養育していない
イ:未成年者が一時保護された後、家庭裁判所が未成年者の親権者をYからXに変更する旨の審判をした
ウ:現時点でも未成年者がYの下に戻る見通しがたっていない

Yが未成年者との面会の際に物品を差し入れることがあったとしても、前記判決主文第4項は、実情に適合せず相当性を欠くに至っており、これを取り消すのが相当。

取消しの始期:
原審:一時保護の翌日である令和3年9月16日
本決定:Xが養育費減額審判を家裁に対して申し立てた日である令和4年5月17日

<解説>
●養育費に関する判決等が確定した場合の事情変更
民法 第八八〇条(扶養に関する協議又は審判の変更又は取消し)
扶養をすべき者若しくは扶養を受けるべき者の順序又は扶養の程度若しくは方法について協議又は審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その協議又は審判の変更又は取消しをすることができる。

事情変更:その協議又は審判等の基礎とされた事情に変更が生じ、従前の内容が実情に適合せず相当性を欠くに至った場合をいう。
児相による一時保護の期間は、原則として、一時保護を開始した日から2か月を超えてはならない(33条3項)⇒本件でも、一時保護が短期間で終了し、未成年者が再びYの下で監護養育されるに至った場合は、事情変更があったとはいえないとされた可能性もある。
but
本件・・・・。

●養育費取消しの始期
変更の始期:事情変更時、請求時、裁判時等
家裁実務上は請求時
原審:事情変更時
⇒未成年者が一時保護された日の翌日を始期
vs.
①具体的な養育費分担義務が審判等によって形成される
②令和3年9月15日時点では児相に一時保護されたにとどまる

判断:請求時説

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2025年3月 8日 (土)

原告に関する知識を有する者による同定可能性と流布可能性⇒名誉毀損(肯定)

東京地裁R6.7.18

<事案>
・・・原告の名誉権及び名誉感情を侵害するとともに、原告の営業上の信用を害する虚偽の事実を流布する行為(不正競争法2条1項21号)に当たる⇒民法709条及び不正競争法4条に基づき、損害賠償金380万円及び遅延損害金の支払を求めた。

<争点>
原告に関する同定可能性の有無

<判断>
ある投稿における匿名の人物が原告であると同定できるか否かについては、原告と面識がある又は原告に関する知識を有する者の普通の注意と読み方を基準として判断すべきであり(最高裁)、前記人物が原告であると同定された前記投稿の内容が前記人物の社会的評価を低下させる場合には、前記にいう者が不特定若しくは多数であるとき又は特定少数であってもこれを流布するそれがあるときは、原告の名誉を毀損するものと認めるのが相当である。
・・・原告と面識がある又は原告がFの所属していた道場の道場主であるという知識を有する者の普通の注意と読み方を基準とすれば、当該知識を手掛かりにして、本件投稿・・・における「道場主」は原告をいうものであると十分に同定することができる。
本件各投稿の閲覧者には、原告と面識がある又は原告がFの所属していた道場の道場主であるという知識を有する者が多数存在していたものと認められ、
仮に前記の者が特定少数であったとしても、本件各投稿の内容が特定の道場の信用性や安全性に疑義を呈するものであることを考慮すれば、前記の者が本件各投稿の内容を空手関係者に流布するおそれがある。

名誉毀損が成立。

<解説>
一般の読者の普通の注意と読み方を基準として同定可能性あり⇒不特定多数が同定でき、伝播可能性も認められる。
一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として同定可能性が否定されるときに、特定の者にとっての同定可能性を検討し得るか?
肯定された場合に伝播可能性をどのように考えるべきか?

●同定可能性の問題
本判決:
原告と面識がある又は原告に関する知識を有する者の普通の注意と読み方とを基準として判断し得る。
~「意思に泳ぐ魚」事件1審判決と同じ立場。
but
後者は前記にいう者が不特定多数存在することを推認し得るとした⇒伝播可能性は問題とならず。
本判決は、前記にいう者が特定の者に限られていた⇒伝播可能性が問題に。

●伝播可能性の問題
原告と面識がある又は原告に関する知識を有する者が、不特定若しくは多数であるとき又は特定少数であってもこれを流布するおそれがあるときは、原告の名誉を毀損。

●残された問題
本判決:同定可能性につき、原告と面識がある又は原告に関する知識を有する者の普通の注意と読み方を基準として判断すべき。

普通の注意と読み方:
判例によれば、表現が事実摘示か意見論評かを区別するに当たり、当該部分の前後の文脈や、記事の公表当時に一般の読者が有していた知識ないし経験等を考慮し得ることを説示。
「知識ないし経験等」には、ネット検索や生成AIの活用を含みうるかも問題。
デジタル技術等の普及状況に照らし、簡易なものであればこれを肯定し得る。

判例時報2613

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書籍の題号の「商標等表示」該当性(否定)

東京地裁R6.7.8

<事案>
Xが、Yに対し、被告書籍に使用された「牧野日本植物〇鑑」という表示(「本件題号」)は不正競争防止法2条1項1号又は2号所定の「商品等表示」に該当し、本件題号を付した被告書籍の出版又は販売は、不正競争防止行為に当たる
⇒同法3条1項に基づき本件題号の使用の差止めを求めるとともに、同法4条に基づき損害賠償金1009万5000円及び遅延損害金の支払を求めた。

<争点>
本件題号が不正競争法2条1項1号又は2号にいう「商品等表示」に該当するか?

<規定>
法 第二条 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
一 他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為

<判断>
●書籍の題号の「商品等表示」該当性
①不正競争防止法2条1項1号及び2号は「商品等表示」につき、「人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するもの」と定義しており、同各号にいう「商品等表示」とは、商品又は営業を表示するものであるから、出所表示機能を有するものに限られるというべき。
②書籍には発行者等の表示が付されるのが通例であり、書籍の出所は一般に発行者等の表示が示すもの⇒書籍の題号はそのその書籍の内容を示すものにすぎず出所表示機能を有するものとはいえない。

書籍の題号は、特段の事情がない限り、同各号にいう「商品等表示」に該当しない。

●あてはめ
「牧野日本植物〇鑑」という本件題号は、牧野執筆に係る日本の植物図鑑という書籍の内容を端的に示すものにすぎず、牧野という執筆者に特徴があるのは格別、書籍の題号としてはありふれたもの。⇒本件題号には出所を示すような顕著な特徴はなく、一般に題号を同じくする書籍であっても、別々の発行者等により発行されているものも少なからず存在することが認められる。

本件題号に接した需要者又は取引者が、これを書籍の出所を示すものとして直ちに理解するものとはいえない。

「商品等表示」に該当するものとは認められない。

<解説>
●「商品等表示」該当性の判断基準
近時、本来出所を表示するものではない商品の形態が、特定の出所を表示する二次的意味を有するとして、「商品等表示」に該当するかどうかが争われる事案が増加。
商品の形態は、
①客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴(「特別顕著性」)を有しており、かつ、
②特定の事業者によって長期間にわたり独占j的に利用され、又は短期間であっても極めて強力な宣伝広告がなされるなど、その形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして周知(「周知性」)の事実であると認められる特段の事情がない限り、
不正競争法2条1項1号または2号にいう「商品等表示」に該当しない。

●裁判例

●本判決
書籍の出所は一般に発行者等の表示が示すもの⇒書籍の題号そのものはその書籍の内容を示すものにすぎず出所表示機能を有するものとはいえない。
~周知性を検討するまでもなく、特別顕著性を欠くものと判断。
特段の事情「小学館の図鑑」「学研の図鑑」などのように、書籍の題号に出所を示す表示が記載されているなど極めて限定された場面をいう。
仮に書籍の題号が周知なものだとしても、書籍の出所は一般に発行者等の表示が示すもの⇒混同があるとはいえず、
二次的意味で出所表示の著名を認めた事例はうかがわれない

書籍の題号が不正競争法2条1項1号又は2号で保護される場合は極めて限られる。

判例時報2613

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2025年3月 7日 (金)

照会兼回答書の提出についての弁護過誤

大阪高裁R5.5.25

<解説>
● 弁護士が控訴審において依頼者の意向を確認しないまま和解の意向がない旨の記載のあるう照会書回答書を提出したことが委任契約上の善管義務違反に当たるか?

原判決:
①C・Eが別件調停において既に和解に応じない旨を明示している、②別件訴訟第1審判決の内容(請求棄却)からして和解が成立する見込が乏しかった⇒控訴審裁判所が訴訟進行の方針等を検討するための資料である(正式書面でない)照会兼回答書の提出に当たりXの意向確認をしなかったとしても委任契約上の義務違反とはいえない。

本判決:
義務違反を肯定。

● 弁護士と依頼者との間の契約は、委任ないし準委任契約
⇒弁護士は、依頼者に対し、委任契約に基づく事務処理義務を負う。
弁護士の受任事項は、専門性を有する⇒裁量に委ねられる。
依頼者からの指図遵守義務との関係:
指図が「委任の目的」と整合し不合理・不適切でない場合には肯定され、指図に従わないときには、弁護士は依頼者に対して説明することが義務付けられる。

● 弁護士職務基本規程22条1項(依頼者の意思の尊重):
「弁護士は、委任の趣旨に関する依頼者の意思を尊重して職務を行うものとする」
同36条(事務処理の報告):
弁護士は、必要に応じ、依頼者に対して、事件の経過及び事件の帰趨に影響を及ぼす事項を報告し、依頼者と協議しながら事件の処理を進めなければならない
前者の例示として、訴訟上の和解など訴訟の結果に影響を与えるような重要な事項については、依頼者に説明・情報提供してその判断に委ねることが望ましいとされる。

● 損害について:
本判決は、Xが
別件訴訟の控訴審において相手方当事者との和解協議をする機会、少なくとも控訴審の裁判所が弁論を終結するに当たって、和解についての双方の最終的な意向を確認するという審理を受ける機会の喪失
と捉える。
vs.
Yが意向確認義務を履践した場合でも、本件の相手方の訴訟態度(和解に応じない意向)や訴訟経緯からして、裁判所が前記機会を付与する蓋然性は高いとはいえないのではないかという疑問は残る。

判例時報2613

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男性⇒女性に性別変更⇒女性に対する認知請求(肯定)

最高裁R6.6.21

<事案>
Yは、特例法により男性から女性に変更。
その後、性別変更審判前に凍結保存されていたYの精子を用い、生殖補助医療によってXの母が懐胎し、Xが出生。
XがYに認知を求めた。

<一審・原審>
認知の訴えの相手方となるべき「父」とは、法的性別が男性である者のみ。
⇒X及びXの姉(Yが性別変更審判を受ける前に出生)からの認知請求を棄却

<判断>
嫡出でない子は、生物学的な女性に自己の精子でない当該子を懐胎させた者に対し、その者の法的性別にかかわらず、認知を求めることができる。

Xからの認知の訴えに基づきXY間に法律上の父子関係を形成するのが相当。

原判決を破棄して1審判決を取り消し、Xの請求を認容すべき。

<解説>
● 法的性別と生物学的な生殖能力との間に不一致。
民法制定時には想定されていなかった事態が生じ得る。
そのような事態が生ずることに起因する法律上の親子関係に係る問題については、検討が進められていた生殖補助医療にかかわる法制の整備の際に判断されるべきとされ、特例法においては特段の手当はなされず、民法の解釈によって解決されるべきものとして残されていた。

● 原審:民法制定時、女性である血縁上の父が生ずることが想定されていなかったことを「父」が、法的性別が男性であるものに限られると解すべきことの論拠の1つ。
vs.
民法制定時には想定されていなかったということから直ちに結論を導くのではなく、解釈によりこれまでにはなかった形態の法律上の親子関係を成立させることが相当か否かについて判断していくというのが最高裁の基本的態度。

民法の実親子法制の基本に立ち戻ってこれを考える必要。

●民法の実親子法制における血縁上の父子関係
判例が「民法の実親子に関する法制は、血縁上の親子関係を基礎に置いている」旨を繰り返し判示。
⇒現在の民法上の実親子法制の基礎は血縁にある。
民法において、嫡出でない子から認知の訴えが提起された場合であっても、血縁上の父との間に法律上の父子関係が形成されないときがあるとされているのは、それぞれの場面において、血縁上の父子関係と法律上の父子関係を一致させる利益より優先すべき利益があるなどと判断されて要件が設定されたり、法解釈がされたりした結果にすぎない。

●民法の実親子法制における子の福祉及び利益
戦後、親子法制が家や親のためのものから子のためのものへの変化。
令和4年法改正後の民法においては、子の利益が法律上の父子関係の成否に関係する考慮要素となることが明文で正面から規定(民法774条3項ただし書)。
認知の訴えの制度趣旨は、子の福祉及び利益の保護にある。
子からの認知の訴えに基づき、子とその女性である血縁上の父との間に法律上の父子関係を形成することが許されないと解した場合、当該子は、養子縁組によらない限り、女性である血縁上の父から監護、養育、扶養を受けることのできる法的地位を取得したり、その相続人となったりすることができなくなる。
他方で、法的性別が女性である血縁上の父が子の法律上の父となることが、当該子の福祉に反する結果を招来するおそれがあることを実証する知見もない。

●法律上の父子関係の形成を妨げる根拠の有無
父=男、母=女という図式。
法的性別が女性である者が「父」に当たることはは積極的に排除されている。
but
民法には法律上の父母の法的性別について明示した規定はない。

本判決:
「民法その他の法令には、認知の訴えに基づき子との間に法律上の父子関係が形成されることとなる父の法的性別についての規定はない」
「民法において、法的性別が女性であることによって認知の訴えに基づく法律上の父子関係の形成が妨げられると解することの根拠となるべき規定は見当たらない」

本件図式が民法において絶対的なものとされているという解釈を採用しないことを明らかにしている。

特例法 第三条(性別の取扱いの変更の審判)
家庭裁判所は、性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて、その者の請求により、性別の取扱いの変更の審判をすることができる。
三 現に未成年の子がいないこと。
四 生殖腺せんがないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。

未成年の子の福祉を図ることを主たる立法目的とする3号規定によって、嫡出でない子から認知の訴えに基づき、当該子と女性である血縁上の父との間に法律上の父子関係を形成することが妨げられると解し、子の福祉及び利益に反する事態が生ずることが容認されるというのは本末転倒といわざるを得ず、およそ妥当な解釈であるとはいいがたい。

最高裁によって違憲無効と判断された法条について、当該じけにおいて効力のないものとされるにすぎないという個別的効力説の立場に立った場合、
4号規定によって「父」から法的性別が女性である血縁上の父が除外されることになるのかということも問題。
①4号規定は、性別変更審判を受けた者が、その後に生殖補助医療を利用して子をもうけることについて何ら禁止していない。
②4号規定の存在によって、本件のような場合において法律上の父子関係の形成が妨げられるとは立案担当者としても考えていなかった

4号規定の存在も法的性別が女性である血縁上の父が法律上の父になるこtの妨げになるものとは解されない。

判例時報2613

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優生手術に関する公文書一式に係る情報公開請求

大津地裁R5.3.27

<事案>
新聞記者である原告が、滋賀県情報公開条例に基づき、旧優生保護法下での優生手術に関する公文書一式を対象とする情報公開請求⇒一部公開決定⇒これを不服とする原告の審査請求⇒情報公開審査会等においてより多くの公開を相当する旨の答申がさなれたが、それに沿った公開をしない⇒その判断及び手続に違法があるとして、前記一部公開決定の一部取消などを求めた。

本件公文書:昭和43年から昭和52年頃にかけて作成された、県優生保護審査会における信義録や審査会に提出された文書等であり、
対象者情報・生活歴等情報、遺伝情報、意向聴取情報、手続関係情報等。
本件条例の内容:行政情報公開法に準ずるものであり、
非公開事由として個人識別情報、利益侵害情報等を規定し、さらにその除外事由として公開慣行情報等を規定

<争点>
県知事が不開示とした部分に本件条例所定の非公開事由があったかであり、
具体的に、
①対象者情報のうち対象者の生年(年齢情報)
②生活歴等情報
③遺伝情報
④意向聴取情報及び
⑤手続関係情報のうち、医師や医療機関名に関する情報(医療機関情報)
について非公開事由があったか。

<判断>
● 県知事が非公開とした判断を一定の範囲で変更

● (1)年齢情報
個人を特定する住所や氏名が不明⇒年齢等が明らかになっても、当該個人を特定することは通常不可能。
他の情報と照合することにより当該個人の特定が可能になる場合はあろうが、本件にそのような特段の事情があるとはいえない。

● (2)生活歴等情報
対象者の職業や就労状況に関する情報については、職業の種類等によっては、個人を特定する住所や氏名が不明であることを前提にしても、職業に関する情報が就労上関わりを持つ不特定の第三者と共有される者である以上、特定の個人が特定される可能性がある。
その余の生活歴等情報は、通常、不特定多数の第三者と共有される情報とまでいえない⇒特段の事情がない限り個人識別情報に当たりるとはいえず、本件にそのような特段の事情があるとはいえない。
本件条例は、個人識別情報でなくても、公にすることで個人の権利利益を害するおそれのある利益侵害情報の非公開を規定。
対象者の出生の経緯や対象者の異性関係に関する情報は、たとえ家族間であってもその者の意思に反して伝えられることが適切でないものといえるし、かかる情報が公開されるとなれば、何らかの必要性のためその情報を行絵師機関に提供した者の身上の静謐を害し精神的苦痛を与えることになる。
⇒し歴侵害情報に当たる。
これらを除く生活歴等情報については、個人の識別ができないことを前提にすると、権利利益の侵害が生じるおそれがあるまで認められない。

● (3)遺伝情報
対象者の出生の経緯や対象者の異性関係に関する情報と同様に、利益侵害情報に当たる。

● (4)意向聴取情報
親族等において、手術対象者に優生手術を受けさせることについてどのように考えるかといった心情の機微に触れる内容に関するもの⇒利益侵害情報に当たる。

● (5)医療機関情報
医師個人の名は、個人識別情報に当たり、公開慣行情報には当たらない。
医療機関名は、当該医療機関が優生手術に関与したことが明らかになったとしても、50年以上前に公法上の職務として行ったにすぎない⇒当該法人の正当な利益が侵害されるといえない。

<解説>
旧優生保護法に基づく優生手術の実施に関する情報⇒公文書として公開されるべき意義があるとしても、公開によって個人が識別されたり関係者の利益が侵害されたりすることにならないよう、相当慎重な検討がされている。
個人識別情報の該当性判断で、他の情報と照合することにより識別されるか否かの検討において、不特定多数の者でなく特定少数の者が知り得る情報まで前提にして判断して良いかが議論に
本判決は、対象者の職業等に関する情報について、それを肯定。
利益侵害情報の該当性判断では、個人の識別がされなければ権利利益の侵害がないとする余地。
but
本判決:対象者の出生の経緯、異性関係、遺伝情報、意向聴取情報といった内容に関しては、現にその秘匿性が守られるべきものであるし、何らかの行政手続上の必要性からこれらの情報を行政庁に提供した者(対象者の家族等)にとっては、その情報が第三者に公表される可能性があること自体で心情の静謐が害され精神的苦痛が生じる恐れがあるといった指摘をし、利益侵害情報に該当するという結論。

行政文書が原則公開であることを前提にしつつ、旧優生保護法に基づく優生手術の対象者とされた者やその家族等関係者の置かれた状況が様々で、秘匿を望む関係者が少なからずいるであろうと推察される状況を踏まえて、記録された情報の内容に応じて関係者の権利利益の保護との調整を図ろうとしたもの。

判例時報2613

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