判例

2023年3月23日 (木)

いわゆる特殊詐欺等の事案で、包括的共謀否定事例

東京地裁R3.12.7

<事案>
いわゆる特殊詐欺等を行う犯行グループにより、平成30年に行われた複数の犯行(電子計算機使用詐欺、組織的詐欺、窃盗)(本件各犯行)について、被告人が共謀共同正犯として起訴された事案。

<争点>
共謀の成否等

検察官:
①本件各犯行以前の平成26年から平成28年に、詐欺等をおkなう犯行グループの者(同グループ内のかけ子の統括者)と被告人との間で同グルー^プの犯行について包括的共謀が成立し
②同グループと平成30年に本件各犯行を行った犯行グループとの間に連続性が認められ
③共謀の成立後に被告人が犯行グループから離脱していない
⇒本件各犯行について被告人に共謀が認められる。

弁護人:
故意と共謀を争い、予備的に共犯関係の解消も主張

<判断>
被告人に未必の故意は認められるものの
①の包括的共謀の成立は認められず
②の犯行グループの連続性も認められない
⇒無罪

<解説>
● 包括的共謀の成否:
当該事案の事実関係を前提に諸々の事情を総合的に検討してなされる。
共謀を認定するためには正犯意思が認められる必要がある。
その推認について、近時の裁判例には、自己の犯罪について関与したといえるかにより判断するものがしばしばみられる
but
その成否は
①被告人の関与の内容や犯罪結果への利害関係の有無(財産犯では、分け前の点は大きな判断要素となろう。)
②組織的犯行の場合には組織内での立場
③その他の諸事情
を総合考慮して決せられる。

本件:
被告人とS2:
被告人の関与内容は犯行用具の提供という犯行の準備行為に関するもの
立場は犯行グループの取引相手の1人であってグループの一員ではない
得ているのは提供したものの対価であって犯行から分け前などの利益を得てるわけではない

被告人が自己の犯罪として関与していたとはいい難い

● S1らの犯行については、被告人の関与の内容に受け子の紹介が付け加わった⇒改めて検討。
受け子の紹介:
犯行メンバーの調達という犯行の準備行為に類するもの⇒幇助犯として処断されている例もしばしば。
but
紹介にとどまらず、その後も何らかの形でその受け子に関わり、紹介料とは別に詐欺の犯行の分け前を得ているような場合には、共同正犯として処断されている例もみられる。
but
紹介した受け子の犯行について(包括的)共謀が認められたそていも、同人の関与しない犯行についてまで共謀が認められるかは別論。

本判決:
被告人が紹介した受け子の犯行について共謀を認める余地のあることを留保しつつ、その余の犯行を含めた包括的共謀の成立を認めなかった。

判例時報2542

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血栓溶解剤の投与で死亡での報告義務違反が問題となった事案

大阪地裁R4.4.15

<事案> 医療法人であるY1の運営する病院(本件病院)で左人口股関節全置換手術を受けた翌日に、脳梗塞の治療のために血栓溶解剤であるアルテプラーゼの投与を受け、その後死亡

患者の子であるXらが
①本件病院の脳神経外科医師であるY2が禁忌の前記薬剤を投与したこと(本件投与)を理由に、Y1及びY2に対し、不法行為等に基づき、死亡慰謝料等の損害賠償金各約1530万円の支払等を、
本件病院の整形外科医(担当医師)であるY3が死亡診断書に不適切な記載をしたことや異常死の届出をしなかったことを理由に、Y1及びY3に対し、不法行為等に基づき、遺族固有の慰謝料の損害賠償金各10万円の支払等を
Y1の代表者であるY4が医療法上の医療事故の報告をしなかったことを理由に、Y1及びY4に対し、不法行為等に基づき、遺族固有の慰謝料の損害賠償金各5万円の支払等を、
④Y2~Y4に対し、不法行為及びン民法723条の類推適用に基づき、真摯な謝罪を、それぞれ求めたもの。

<判断>
Y3につき、死亡診断書の直接死因欄に脳梗塞と記載するなどしたこと、患者の死亡につき異常死として届けなかったことが、Y1の代表者Y4につき、医療法6条の10第1項に基づく医療事故の報告をしなかったことが、Xらの権利利益を違法に侵害したとは認められない⇒②③の請求を棄却。

<解説>
●死亡診断書の記載
医療行為が終了した後において、医師が医療行為についての顛末報告義務を負うか?
患者が生存⇒準委任契約である診療契約を根拠に(民法645条)を根拠に肯定
患者が死亡した場合⇒実質論からこれを肯定する見解が多数。
A:遺族が相続
B:遺族を受益者とする第三者のためにする契約
C:信義則上の義務

死亡診断書の死因記載欄に不正確な記載を行い、これを遺族に交付した場合の民事上の責任:
死亡診断書は、死因に関する医師の見解を示すものである点において、遺族に対する死因の説明と同じ性質を有する⇒医師において、患者が医療過誤により死亡した可能性を認識し又は容易に認識することができたにかかわらず、死亡診断書に正しい死因を記載せず病死と記載した場合、債務不履行ないし不法杭に該当する旨判断した裁判例(東京地裁)あり。

本判決:
①本件の患者に対し、脳梗塞の治療の経過の中で本件投与がされたものであり、Y3はY2が禁忌の薬剤を投与したことの認識がないまま死亡診断書を作成
②患者の症状の悪化に脳梗塞が影響していないとは言い難い
③遺族への説明経過等

前記死亡診断書の記載についてXらの権利利益を違法に侵害したとはいえない

●異常死届出について
医師は、死体等を検案して異常があると認めたときは、24時間以内に警察署に届け出なければならない(医師法21条)

警察官が犯罪捜査の端緒を得ることを容易にするほか、場合によっては、警察官が緊急に被害の拡大防止措置を講ずるなどして社会防衛を図ることを可能にする役割もになった行政手続法上の義務。
その内容

本判決:
①死亡診断書を作成したY3において死体を「検案」して「異常」と認識したとは認められない
②遺族への説明経過
③Y3はY2が禁忌の薬剤を投与したしたことの認識がないまま死亡診断書を作成

異常死の届出義務を負わない、ないし、違法にXらの権利利益を侵害したとは認められない。

医師法21上に基づく異常死の届出義務は、行政法規上の義務であって、遺族に対する診療契約上ないし不法行為法上の義務といえないとして、死因解明義務を否定した東京高裁の裁判例

●医療法上の医療事故の報告
~医療事故の原因究明及び再発防止を図り、もって医療の安全を確保することにある(医療法第3章)
医療法6条の10第1項の医療事故の報告の懈怠を理由に民事上の責任を追及できるか?

本判決:
法の趣旨、目的等を踏まえ、仮に、病院の管理者による適切な医療事故の報告がされなかったとしても、これをもって、患者の遺族の権利利益を違法に侵害するものとはいえない。

医療機関は、医療法上の医療事故調査によって死因解明する義務を負うものではなく、同義務が診療契約上の債務となる余地はないとして債務不履行責任を否定した東京地裁の裁判例あり。

判例時報2542

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2023年3月21日 (火)

ESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)で死亡の医療過誤の事案(肯定)

東京地裁R3.8.27

<事案>
Yが開設する病院で、内視鏡的粘膜下層剥離術を受けたAが、出血性ショックにより手術の翌日死亡⇒Aの相続人であるXらが、執刀医であるD医師には、適応外のESDを実施した注意義務違反がある⇒Yに対し、使用者責任による損害賠償請求権に基づく請求。

<争点>
ESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)の適応があったのか否か

<判断>
ESDに係る各ガイドラインによれば、病変が一括切除できる大きさと部位にあることがESDの適応の基本的な考えとされており、潰瘍所見の有無に応じて2ないし3㎝が1つの指標。
but
①Aの病変は9~10㎝大の腫瘍
②術前の造影CTにおいて、以上に太い腫瘍内血管が認められていた
⇒本件ESDにおいては、処置に長時間を要し、多量の出血が見込まれることが事前に予測された。
③Aが手術当時84歳
⇒そのような長時間の施術や出血に耐えうる状況であったとは認め難く、術後の穿孔や出血のリスクもあった。

Aが回復手術よりも内視鏡治療の実施を希望していたことを踏まえても、本件ESDは適応を欠く⇒本件ESDを行ったD医師には、適応を欠く手術を実施したことにつき注意義務違反がある。

<解説>
裁判例

判例時報2542

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2023年3月20日 (月)

懲戒処分が違法⇒国賠請求(一審肯定・二審否定)

東京高裁R4.4.14

<争点>
懲戒委員会が、本件綱紀議決が理由で懲戒事由が認められないとした事項、及び本件綱紀議決が懲戒請求事由として整理した事由と異なる観点の事由について審査したことが、懲戒委員会の審査権限を逸脱したものであって国賠法上違法となるか
②懲戒委員会がした懲戒事由についての事実認定が不合理であって国賠法上違法と評価されるか

<原審>
懲戒委員会において審理の対象とすべき事実は、綱紀委員会の議決において事案の審査を求めることを相当と認められた特定の具体的事実と同一の社会的事実のほか、これに基づく懲戒の可否等の判断に必要と認められる事実の範囲に限られ、これらの事実の範囲を安易に拡張して解釈することは許されない。

<判断>
●争点①
弁護士会綱紀委員会が、懲戒請求の対象となっている複数の事実が事案ないし事件として同一性の範囲にあると認められた上でその一部について懲戒事由に相当すると判断し、議決主文として単に懲戒相当とした場合、
弁護士会懲戒委員会では全ての懲戒請求事由が審査の対象となると解するのが相当

Y弁護士会の綱紀委員会は、1の①から③までのうち、事実が事案ないし事件として同一性の範囲にあると認めた上で、その一部である③の事実について懲戒事由に相当すると判断し、議決主文として単に懲戒相当としたものと認められると認定
Y弁護士会の懲戒委員会が①及び②の各事実についても審査の対象としたことは、弁護士法が定める懲戒の手続に違反したものとはいえない。

◎懲戒請求書の記載を検討して、Y弁護士会の懲戒委員会の整理とした懲戒請求事由は、本件の懲戒請求者の懲戒請求の趣旨に沿うもの。
Y弁護士会の懲戒委員会が、本件綱紀議決が整理した懲戒請求事由とは異なる観点を含む事由について審査の対象としたことが、弁護士法が定める懲戒の手続に違反したものとはいえない。

●争点②
懲戒委員会の議決に基づいて行われた弁護士会の懲戒処分に関する国賠法上の違法性の判断基準について
懲戒委員会が議決を行うについて、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然とこれをしたと認め得るような事情がある場合に限り、当該議決に基づいて行われた弁護士会の懲戒処分に国賠法1条1項にいう違法があったとの評価を受けると解するのが相当。

職務上通常尽くすべき注意義務の具体的内容について、
処分の基礎となる事実関係の認定については弁護士会の裁量の観念を入れる余地はないのに対し、
懲戒の可否、程度等の判断においては、懲戒事由の内容、被害の有無や程度、これに対する社会的評価、被処分者に与える影響、弁護士の使命の重要性、職務の社会性等の諸般の事情を総合的に考慮することが必要

認定された事実関係が「品位を失うべき非行」といった弁護士に対する懲戒事由に該当するかどうか、また、該当するとした場合に懲戒すべきか否か、懲戒するとしてどのような処分を選択するかについては、弁護士会の合理的な裁量にゆだねられている。

懲戒委員会が懲戒の可否及び程度等を判断する上において、全くの事実的基礎を欠くか、又は社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を超え又は裁量権を濫用してされたと評価される判断をしないという注意義務が問題となる。

本件では、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然とこれをしたと認め得るような事情があるとは認められない。

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幼少期に発効された身体障碍者手帳が「・・・明らかにすることがでできる書類」に当たるとされた事例

名古屋高裁金沢支部R3.9.15

<事案等>
20歳未満のときに初診日がある傷病による障害者(20歳前障害者)については、障害福祉年金による各制度がある。
これらの給付を受ける権利は、受給権者の請求に基づいて、厚生労働大臣が裁定。
Xは、訴えの変更を繰り返し、最終的にはY(国)に対し、
主位的には、平成23年3月までの分の障害福祉年金及び障害基礎年金の支給を求め、
予備的には、社会保険事務所又は年金事務所の職員が、初診日を特定又は証明できる書類がなければ裁定請求はできないとの理由でXの最低請求を妨害したことにより、前記各年金の支給を受ける権利を時効により消滅させた⇒国賠法1条1項に基づき、前記同額の支払を求めた

<争点>
①YがXの平成23年3月以前分の障害福祉年金及び障害基礎年金の支給を受ける権利(基礎となる受給権から毎月発生する支分権)が国年法102条1項所定の時効により消滅した旨の主張をすることが信義則に反するものといえるか。
②社会保険事務所又は年季事務所の職員がXに裁定請求書を渡さないなどの対応をしたことが国賠法上違法か
③②の職員の違法行為によるXの損害

<原審>
いずれも棄却。
争点②について、・・・職員の対応は違法とはいえない

<判断>
・・・昭和63年11月頃にXが社会保険事務所を訪問した際に所持していた身体障害者手帳の記載内容及びXの右手の状態を見れば、いずれも受給要件も充たしていることを確認することができた⇒同身体障害者手帳は初診日(当該疾病又は負傷が発生した日も含む趣旨)を明らかにすることができる書類として必要十分
but
窓口担当者は、法令の解釈を誤り、裁定請求用紙を交付しようとしなかった

かかる窓口担当者の行為を国賠法上違法かつ過失のあるものと判断。

<解説>
原判決と本判決で結論を異にしたのは、認定事実が異なることによるのではなく、初診日を明らかにすることができる書類がどのようなものかを解釈するに当たって、原判決が国年法施行規則の文言を重視したのに対し、本判決が前記書類が必要とされる目的に立ち返ったことによる。
初診日を明らかにすることができる書類についての文献等

判例時報2542

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国民年金法の平成24年改正の違法(否定)

高松高裁R4.5.26

<争点>
平成24年改正法及び本件処分が
①憲法25条及び人権A規約に違反するか
②憲法29条1項(財産権)に違反するか
③憲法13条に違反するか
④平成25年改正政令が法の委任の範囲を逸脱するか

<判断>
●争点①
平成24年改正法の立法目的は、世代間の公平及び年金財政の安定を図り、公的年金制度の持続可能性を確保する点にあったところ、このような立法目的自体は正当
平成25年度から3年間にわたって段階的に年金額を減額するという手法は、特例水準(物価スライド制による年金額の減額改定を行わない特例法が適用された結果生じた年金額の水準)の解消を図ることとした平成24年改正法の立法目的達成のために必要不相当とまではいえない⇒不合理であるということはできない。

●争点②
目的が正当で、手段は不相当ではない。

●争点③
①特例水準の解消が、生活保護を受けることを強制するものとまではいえない
②公的年金制度はそれのみによって健康で文化的な最低限度の生活を保証するものではなく、老齢基礎年金が生活保護における給付水準を下回るからといって、それが直ちに、年金受給者の憲法13条によって保障された人格的権利を侵害するものとまえいうことはできない。

●争点④
平成25年改正政令が平成24年改正法の委任の範囲を逸脱するとは認められない。

<解説>
Xらは、社会経済立法における立法裁量についても、行政裁量において論じられてきたいわゆる判断過程統制審査(判時1932、11頁)が妥当する旨主張
vs.
判断過程統制審査において考慮されるような事情は、立法目的の合理性、その目的達成のための手段の必要性・相当性について検討する際の考慮要素になるものとするのが相当であり、このような判断手法をとること自体は、前掲判例に反するものではない。

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2023年3月15日 (水)

特殊詐欺の回収役の認定の事例

仙台高裁R3.12.16

<解説>
被告人の犯人性については検察官が立証責任を負っている
アリバイの成立が確実とまで証明されなくとも、検察官の積極的立証とアリバイ立証を総合的に判断し、被告人のアリバイ供述を虚偽として排斥できないとして、被告人の犯人性に合理的な疑いが生じた場合には、無罪が言い渡される。

●特殊詐欺事案における包括的共謀について
特殊詐欺事案においては、
①犯行毎に実行犯等の関与者が変わることが多い
②役割によっては犯罪全体の実態を把握しておらず、また犯行組織との人的関係が希薄である場合も多い
包括的共謀が認められるためには、犯行組織を他の共犯者らと共に形成し、その構成員として犯罪を反復して遂行する旨の合意等がなされている必要
本件:

①被告人の枠割は回収役で代替性がある
②被告人が他の共犯者や組織における詐欺の実態につき詳細を認識しているともいえないこと等
⇒包括的共謀を否定。

原判決は、そのような認識の下、回収の依頼が撤回されるなどした時点での共謀の解消を認め、本判決もかかる判断を指示

判例時報2541

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科技イノベ活性化法15条の2第1項1号の「研究者」

東京地裁R3.12.16

<事案>
Yとの間で有期労働稀有役を締結して更新しているXが、Yに対し、①労契法18条1項に基づき無期転換の申込をしたことにより期間の定めのない労働契約が成立、②YがXに対し無期転換申込権を認めない取扱いをしたことは違法

①期限の定めのない労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、
②不法行為に基づく慰謝料100万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた
X:令和1年6月20日、Yに対し、労契法18条1項に基づき無機労働契約を申し込む旨の意思表示
Y:XとYとの間の労働契約は、「科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律」に基づき、契約期間が10年を超えるまで無期転換申込権は発生しない⇒無期転換申込権を否定。

<争点>
Xが科技イノベ活性化法15条の2第1項1号の「科学技術に関する研究者」に該当するか。

<判断>
●科技イノベ活性化法15条の2の趣旨:
①立法過程における審議内容
②条文の文言

科学技術に関する研究開発は、5年を超えた期間の定めのあるプロジェクトとして行われることも少なくないところ、このような有期のプロジェクトに参画し、研究開発及びこれに関連する業務に従事するため、大学等を設置する者と有期労働契約を締結している労働者に対し、労契法18条によって通算契約期間が5年を超えた時点で無期転換申込権が認められると、無期転換回避のために通算契約期間が5念を超える前に雇止めされるおそれがあり、これによりプロジェクトについての専門的知見が散逸し、かつ当該労働者が業績を挙げることができなくなるため、このような事態を回避することにある。

科技イノベ活性化法15条の2第1項1号の「研究者」というには、研究開発法人又は有期労働契約を締結した者が設置する大学等において、研究業務及びこれに関連する業務に従事している者であることを要する

学校教育法92条及び大学設置基準16条(現15条)によれば、大学の教授、准教授及び講師の職務において、研究と教育は区別され、必ずしも不可分一体ではなく、研究は担当せず、教育のみを担当する教授、准教授及び行使が存在することが想定されている。
科技イノベ活性化法の立法の審議過程においても、教育のみを担当する講師については、「研究者」として10年超えの特例の対象とすることが想定していなかった。

大学等で研究開発及びこれに関連する業務に従事していない非常勤講師を「研究者」とすることは立法趣旨に合致しない。

科技イノベ活性化法と同時に、10年超えの特例が設けられた「大学の教員等の任期に関する法律」(「任期法」)が、10年超えの特例が適用される大学教員の対象を限定した上、手続的にも厳格な定めを置いている。
but
研究実績がある者、又は、大学等を設置する者が行った採用の選考過程において研究実績を考慮された者であれば「研究者」に該当すると解した場合、大学教員は、研究実績がある者であったり、研究実績を先行過程で考慮されたものであったりすることがほとんど⇒任期法が適用対象を限定したことは無意味となり、このような解釈は不合理である。

A大学において、学部生に対するドイツ語の授業、試験及びこれらの関連業務にのみ従事しているXは、「研究者」に該当しない⇒労契法18条1項に基づきく無機労働契約への転換を認め、地位確認請求を認容。

●不法行為については、
Yの無期転換申込権を認めない取扱いという事実行為によって、Xの地位が影響を受けることはない等⇒成立を否定

判例時報2541

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特定農林水産物等の登録に関する処分の取消しを求める訴えと行政事件訴訟法14条1項ただし書の「正当な理由」

東京地裁R4.6.28

<事案>
農林水産大臣は、特定農林水産物等の名称の保護に関する法律12条1項に基づく特定農林水産物等の登録に関する処分(「本件処分」)をした。
原告が、本件処分について、地理的表示13条1項3号イ及び同項4号イ所定の登録許否事由があるのにこれを看過した違法がある⇒その取消しを求めた⇒本件審査請求を棄却⇒本件処分の取消しを求める本件訴えを提起

原告:豆味噌に「八丁味噌」という表示をして事業を行う株式会社
八丁味噌協同組合(八丁組合)の組合員
八丁組合は、地理的表示法7条1項に基づき、登録申請⇒申請取り下げ
県組合が、地理的表示法7条1項に基づき、生産地を「愛知県」とする豆味噌につき、名称を「八丁味噌」とする登録を申請⇒農林水産大臣は本件処分

<規定>
行訴法 第一四条(出訴期間)
取消訴訟は、処分又は裁決があつたことを知つた日から六箇月を経過したときは、提起することができない。ただし、正当な理由があるときは、この限りでない。
2取消訴訟は、処分又は裁決の日から一年を経過したときは、提起することができない。ただし、正当な理由があるときは、この限りでない。
3処分又は裁決につき審査請求をすることができる場合又は行政庁が誤つて審査請求をすることができる旨を教示した場合において、審査請求があつたときは、処分又は裁決に係る取消訴訟は、その審査請求をした者については、前二項の規定にかかわらず、これに対する裁決があつたことを知つた日から六箇月を経過したとき又は当該裁決の日から一年を経過したときは、提起することができない。ただし、正当な理由があるときは、この限りでない。

<判断>
本件訴えは、行訴法14条1項本文所定の出訴機関を徒過しており、同項ただし書の「正当な理」由も認められない⇒不適法。

(1)本件審査請求をした者は八丁組合であり、原告と八丁組合の法人格は異なるものであるから、原告は14条3項の「審査請求をした者」には当たらない。
(2)
(3)

<解説>
●審査請求の主体
最高裁昭和61.6.10:地方団体の徴収金に関する滞納処分等の取消しの訴えは当該処分についての異議申立又は審査請求に対する決定又は採決を経た後でなければ提起することができないものとされているところ、被上告人が当該処分につき自らは審査請求をすることなく直接本件訴えを提起した事案において、
訴訟提起自身がその手続を経由していない以上、たまたま他の者が当該処分について訴訟提起者の主張と同一の理由に基づいて審査請求を経ていたとしても、両者が当該処分に対し一体的な利害関係を有し、実質的にみれば、その者のした審査請求は同時に訴訟提起者のための審査請求でもあるといいえるような特段の事情が存しない限り、訴訟提起者の訴えについて当然に審査請求の手続が経由されたと同視して、これを適法な訴えと解することはできない。

●行訴法14条1項ただし書の「正当な理由」
訴訟追行為の追完を規定する民訴法97条1項の当事者の「責めに帰することができない事由」よりも緩やかかな概念であり、出訴期間内に出訴しなかったことについての社会通念上相当と認められる理由を意味。
具体的な事案においては、処分等の内容・性質、行政庁の教示の有無及びその内容、処分等に至る経緯及びその後の事情、処分当時及びその後の時期に原告が置かれていた状況、その他出訴期間徒過の原因となった諸事情を総合勘案して判断。
原告は、八丁組合が本件処分の取消しを求める訴えを当然に提起することを想定
but提起せず。
vs.
もっぱら八丁組合を構成する原告と合資会社八丁味噌の内部事情をいうもの⇒「正当な理由」があったものとは解し難い。

●地理的表示法(いわゆるGI法)にいう先使用権
地理的表示法3条2項4号は、登録の日前から不正の目的でなく登録に係る特定農林水産物等若しくはその法曹等に当該特定農林水産物等に係る地理的表示(GI)と同一の名称の表示若しくは類似等表示を使用していた者等が継続して、当該農林水産物等又はその包装等にこれらの表示を使用する場合には、前記表示を使用することができる(登録の日から7年後は、・・当該農林水産物等に当該特定農林水産物等との近藤を防ぐのに適当な表示がされているときに限る。)。

●地理的表示法15条1項に基づく生産者団体を追加する変更の登録

判例時報2541

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2023年3月12日 (日)

地方議会議員の発言による国賠請求

横浜地裁R3.12.24

事案 X(在日コリアン)が、
①鎌倉市議会議員であったY1に対し、鎌倉市議会におけるY1の発言、Y1の議会外におけるSNS条の発言が、Xの名誉を毀損⇒不法行為に基づき慰謝料の支払等を
②Y2(神奈川県鎌倉市)に対しては、国賠法1条1項に基づき慰謝料の支払等を求めた。

<判断>
本件議会内発言については、地方議会議員としての職務としてなされたものであることは明らか⇒Y2が国賠法上の責任を負う

本件議会外発言についても、当該SNSの性質、実名か匿名か・公開か非公開化といった当該投稿の形式、当該投稿の目的、内容、当該投稿に使用されたアカウントの投降履歴等の観点から検討を加えた上で、
本件議会外発言はいずれも、当該投稿の一般の読者の普通の注意と読み方とを基準にすると、地方議会議員としての職務執行の外形を備えていると認められる⇒Y2が国賠法上の責任を負う。

地方議会議員の発言が、その職務とは関わりなく違法又は不当な目的をもってされたものであるなど、その付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情がある場合には、国賠法1条1項にいう違法な行為があったものと解するのが相当。

「私、特に出身が出身なだけに本当に怖い。」との発言については、前後の文脈からして、一般の読者の普通の注意と読み方を基準とすれば、Xが在日コリアンの出自を持つことから、Y1は強い恐怖心を感じるという意味の発言

在日コリアンに対する差別意識を前提に、在日コリアンというXの出自を理由にXを不当に貶める差別的発言と認められ、前記特別の事情がある。
⇒国賠法上の違法性を有する。

本件議会外発言のうち、Xの行為に対して否定的評価を与えるのを超えて、Xがその氏名からして日本人ではないというその属性自体をも否定的評価の根拠の1つとしていることが明らかであるものについては、Y1は、SNSにおいて広報活動をするに当たって、地方議会議員として職務上当然に尽くすべき注意義務を尽くさなかったといえる。
⇒国賠法上の違法性を肯定。

<解説>
●地方議会議員のSNSにおける発言の職務行為関連性

判例:
公務員がその職務を行うについて他人に損害を与えた場合の公務員の個人責任を否定し、
国賠法1条1項の「職務を行うについて」の意義については、客観的に職務の外形を備えている場合に職務行為関連性を認める外形標準説を採用

●地方議会議員の議会内発言の国賠法上の違法性

●地方議会議員の議会外発言の国賠法上の違法性
本件議会内発言とは異なり、本件議会外発言については、Y1が地方議会議員として職務上当然に尽くすべき注意義務を尽くしたかどうかを問題にしている

議会内発言と議会外発言とで判断基準を使い分けている。

議会内発言と議会外発言では、その要保護性におのずと違いがある。
本判決は、「真実性・相当性の法理」に言及していない。

①「真実性・相当性の法理」は、報道の自由や個人の表現の自由と名誉毀損により害される利益の調整を図る基準であるところ、本件議会外発言は、公務員の広報活動としてなされたもので、報道機関による表現や私人によるSNS上での発言とは場面が異なる
②本件では、日本人ではないというその属性自体に否定的評価を加える発言が問題となっているところ、「真実性・相当性の法理」ではその違法性の実質を捉えることが難しい

判例時報2541

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

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