米国法

2016年1月17日 (日)

ヘイトスピーチ規制についてのアメリカの法状況②:Black判決

Black 判決(Virginia v. Black, 538 U.S. 343(2002))

R.A.V.判決の理論は、2002年のBlack 判決で相対化。

本件も十字架焼却の事案であったが、処罰根拠になったのは、他の者あるいは集団を脅かす意図で、他人の土地や公共の場で十字架を焼却した者を重罪とする州法の規定。さらに、十字架を燃やすこと自体を、焼却者がそのような意図を有していることの一応の証拠とする条項(prima facie evidence)も存在。

連邦最高裁:
「一応の証拠」条項は違憲としたものの、処罰条文自体は合憲。

十字架焼却がKKKのアイデンティティ、イデオロギーの象徴としての役割を果たすと同時に、黒人に対する脅迫手段として用いられてきたことを数々の資料によりつつ説明。そして、州は「真の脅迫」を禁止することができることを確認したうえで、当該法律は、その中でも脅迫性の強い形態を取り出して禁止するものであり、R.A.V.判決が述べていた、内容による規制が許される場合にあたる。

当該法律は、人種や宗教、性別などに基づく脅しを取り出して禁止しているわけではない。「十字架焼却は、特に敵意の激しい脅しの形態である」。「バージニア州は、すべての脅迫的メッセージを禁止するのではなく、脅迫的メッセージのこの部分集合を、十字架焼却が切迫した暴力の印としての長く有害な歴史をもつことにかんがみて、選択して規制することができる」

「一応の証拠」条項については、十字架焼却だけで脅す意図の証拠として十分だとするものであると理解し、そうだとすると言論活動を制約しすぎるので違憲であると判断。

KKK集会などで十字架焼却は、脅しではなく政治的メッセージを伝えるためになされることがあるのに、この条項があれば、処罰される危険から、そのような保護されるべき活動も萎縮させられてしまう危険がある。確かに、集会での十字架焼却も、それを見る者には怒りや憎しみを抱かせるかもしれないが、この感情はそれを禁止してよい理由にはならない


言論が不快な感情を惹起するとしても、それはその言論を制約する理由とはならないという原則論を確認
脅す意図をもった十字架焼却が生ぜしめる恐怖を防止することは、言論規制を正当化する理由と位置づけられている。

表現活動がそれを受け取る諸個人に様々な反応を生むことは、当然予想されること、むしろ表現活動の意義と言っていいことであり、だからこそその反応は、表現活動を制約する理由とはならない

しかし、ある表現活動が、歴史的背景からして明らかに特定の集団に強い恐怖を抱かせるようなものである場合には、その恐怖は個人的反応というよりは、むしろ社会構造に発する必然的反応と考えるべきもの。
⇒その恐怖を独立の社会的害悪として評価し、表現への制約を正当化することも可能になる。

以上、毛利透京都大学大学院教授「ヘイトスピーチの法的規制について」(法学論叢176巻2・3号210頁(2014)、214頁~)

尚、ヘイトスピーチ規制の問題について http://kmasafu.moe-nifty.com/blog/2016/01/post-f4d2.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年10月24日 (日)

米国テキサス州における消費者保護法制(欺まん的取引慣行法(DTPA)について)

上記主題についての西村真人氏の論考が判例時報2086号に掲載されていましたので、米国の制度を知る上でその一部をまとめてみました。

●総論
米国は判例法であるが、消費者法の分野について重要な役割を果たしているのは制定法。
各州が独自に州法を制定。

テキサス州欺まん的取引慣行法(Deceptive Trade Practice Act("DTPA"))

米国議会は連邦取引委員会法(Federal Trade Commission Act)を制定し、商取引における不公正な競争等を規制。(その後規制対象を広げる改正)
but
消費者保護の観点で同法は不十分。
消費者保護は、コモン・ロー(判例法)上の救済を受ける

立証のハードルが高く、弁護士費用は各自負担⇒消費者は代理人を確保することも困難

各州は消費者を保護数する立法。

各州は統一州法委員会全国会議(National Conference of Commissioners on Uniform State Laws)が作成したモデル法を参考に同種の法を制定。
but
内容は各州で異なる。

①広く不公正で欺まん的行為・慣行を禁止するFTC(連邦取引委員会)型:
イリノイ州、マサチューセッツ州、ワシントン州等
②詐欺行為と数多くの特定の慣行を広く禁止する欺まん的慣行法型:
テキサス州、ミシガン州、オハイオ州等
③欺罔行為、不実表示、隠匿等を広く禁止した消費者詐欺法型:
カリフォルニア州、ニューヨーク州、ニュージャージ州等

●テキサス州DTPA
テキサス州のDTPAは、同州商取引法典(Business and Commercial Code)第二編競争・取引慣行(Title 2. Competition and Trade Practices)第17章欺まん的取引慣行(Chapter 17. Deceptive Trade Practices)に規定されており、17.01条(Sec. 17.01.)から17.904条(Sec.17.904.)までの条文で構成。

1746条(a)で、「詐欺的」、「誤解を招く」、あるいは「欺まん的」な行為ないし慣行を違法であるとし、違法行為に対する州の権限行使を認める。

消費者による私的権利行使が認められる場合は限定されている:
①1746条(b)が列挙する事由があって消費者がこれを信頼したことにより損害が発生した場合
②明示又は黙示の保証に違反した場合
③非良心の行為があった場合
④保険法第541章の違反があった場合
において損害賠償等を求めることができる。(1750条)

以上の場合に加え、DTPA以外の消費者保護に関する各種立法(ヘルスクラブ法など)が、各法違反に対する救済方法として、DTPAに基づく消費者の権利行使を認めている。(「Tie-In Status」と呼ばれている。)

(1) 消費者
DTPAに基づく私的救済を求め得るのは「消費者」であり、具体的には、個人、組合、法人、テキサス州等で、商品あるいはサービスを購入あるいは借り受けた(あるいは「ようとした」)者で、2500万ドル以上の資産を自ら保有するなどの「事業消費者」に該当しない場合をいう。

当該契約の受益者である第三者も「消費者」に該当する。

自動で開く社個扉が誤って取り付けられたとにより、購入者の息子(14歳)が扉に挟まれて死亡した事件で、裁判所は、購入者が夜間1人残される同息子の安全を考えて同扉を購入し、息子がこの扉を利用していたことなどの事実関係の下において同息子は消費者がに該当すると判示
⇒家族内の買い物であれば、家族全員が「消費者」に該当し得る。

(2)商品・サービス
DTPAの適用対象:「商品」又は「サービス」
「商品」:利用するために購入ないし借り受けた有形動産又は不動産
「サービス」:利用するために購入ないし借り受けた作業、労働、サービスをいい、売買の際に与えられるものや、商品の修理を含む。

現金は「商品」にも「サービス」にも含まれない。

(3)欺まん的行為の主体
個人、組合、法人、団体、その他組織化されたグループ。
商人であることは要求されず、実際の売主であることも要求されない。

(4)適用除外
メディア、アドバイスを与える専門家のサービス等は(悪質な一部の場合を除き)適用除外とするほか、一定額を超える対価の取引について適用除外となる場合を規定。

(5)消費者の権利放棄
消費者が、DTPA上の権利を放棄することは、公序に反するものであり、放棄は原則として無効。

(6)権利行使期間の制限
DTPAに基づく救済を求める全ての行為は、問題となる欺まん的行為等の時、消費者の発見時、あるいは合理的注意により欺まん的行為等を発見できたであろう時から2年以内にされなければならない。
被告による故意の働きかけに起因する遅延であることを原告が証明できた場合、180日間の期間伸長が認められる。

(7)訴訟提起前に必要な手続
消費者は、訴訟提起の60日以上前に、相手方に対し、不服申立ての内容、財産的損害、精神的損害、費用(弁護士費用を含む。)を知らせなければならない。

相手方に和解案を提示する機会を与えることで、訴訟前の解決を促す。

相手方は、損害賠償等と合理的弁護士費用を分けて明示した和解案を提示することができ、にもかかわらず、消費者がその和解案を拒絶して訴訟を提起し、その訴法で和解案以下の損害賠償等しか認められなかった場合、裁判所は、拒絶時前の合理的かつ必要不可欠な消費者の弁護士費用を判断する。

訴訟提起後の弁護士費用(消費者側)が認められない場合、成功報酬制であれば代理人の弁護士が、タイムチャージ制であれば依頼人の消費者が危険を負担⇒和解への誘導機能。

(8)救済
消費者が求め得る救済:
①経済的損害(金銭的な損害、修理費用等)の賠償、②相手方の違反行為の禁止命令、③違反行為により取得された金銭・財産の返還等。

訴訟の結果、相手方が知って(knowingly)違反行為をしたと認められる場合、消費者は、経済的損害の3倍以内と精神的損害(damages for mental anguish)が認められ得る。
訴訟の結果、相手方が意図的に(intentionally)違反行為をしたと認められる場合、消費者は、経済的損害と精神的損害の合計額の3倍以内の賠償が認められ得る。

勝訴した消費者には、訴訟費用と合理的で必要不可欠な弁護士費用の賠償が認められる。
弁護士費用は依頼人各人が負担するのが原則だが、訴訟における弁護士費用は相当額になる⇒弁護士費用が被告負担となる点は、消費者がDTPAを根拠に請求する要因となる。

消費者の訴訟提起が、事実上又は法律上の根拠を欠くか、害意(bad faith)又は嫌がらせ(harassment)目的によるものと認められる場合、裁判所は、被告に、合理的で必要不可欠な弁護士費用の賠償を求める。

●テキサス州DTPAの実務
(1)消費者による権利行使は少ない
訴額が比較的高額な住宅、自動車等の事案が主で、数も多くない

①多くの消費者取引は低額であり、弁護士費用の相場はタイムチャージ制であれば1時間数百ドルになるとうかがえ、高額な弁護士費用に見合うだけの訴額になる事案は限られる。
②消費者が訴訟提起して、ディスカバリー、トライアル、判決まで訴訟を維持できるだけの出捐に耐えられない場合がほとんど。
③勝訴できたとしても、執行することは容易でなく、救済を受けられない事案も少なくない。

(2)DTPAの意義
事業者にとってDTPAの規制に違反しないようなインセンティブとなる。

①事業者は、DTPAに違反する行為を行えば、州による公的執行を受け得る。
②消費者の権利行使がなされれば、高額な弁護士費用(自己分と消費者分)や損害の3倍賠償等の負担の可能性。

(3)その他
DTPAに基づく請求の被告とされるのは、通常、契約当事者であるが、契約当事者以外にも拡張して適用される余地がある。

契約代理店を通じて消費者に商品を販売するメーカーもDTPAを無視できない。

●日本法との違い
①事業者側・消費者がともに契約当事者以外に拡張の余地がある点、②弁護士費用や三倍賠償・慰謝料の規定⇒日本法より消費者を保護(事業者側にとってはリスク大)

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
真の再生のために(個人再生・多重債務整理・自己破産)用HP(大阪・弁護士・シンプラル法律事務所)

| | コメント (0)