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2024年7月

2024年7月22日 (月)

大学の教員等の任期に関する法律7条の適用が否定された事例

大阪高裁R5.1.18

<事案>
Z大学の教員であったXが、Z大学を運営する学校法人Yに対して、Z大学の専任講師の地位確認等を求めた事案。
Xは、平成22年にZ大学の非常勤講師となり、2度の契約更新を経た後、平成25年に前記コースの専任教育として勤務する旨の労働契約を締結し、平成28年に契約を更新。
Z大学は、平成29年に前記コースの学生募集を停止し、平成30年には、YはXに対して平成31年に本件契約が終了する旨の通知(雇止めの通知)
⇒XはYに無期転換の申込み⇒平成31年、YはXに対して契約期間満了による本件契約が終了した旨の扱い(雇止め)。

<規定>
労契法 第一八条(有期労働契約の期間の定めのない労働契約への転換)
同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約(契約期間の始期の到来前のものを除く。以下この条において同じ。)の契約期間を通算した期間(次項において「通算契約期間」という。)が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。この場合において、当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件(契約期間を除く。)と同一の労働条件(当該労働条件(契約期間を除く。)について別段の定めがある部分を除く。)とする。

大学の教員等の任期に関する法律
第四条 任命権者は、前条第一項の教員の任期に関する規則が定められている大学について、教育公務員特例法第十条第一項の規定に基づきその教員を任用する場合において、次の各号のいずれかに該当するときは、任期を定めることができる。
一 先端的、学際的又は総合的な教育研究であることその他の当該教育研究組織で行われる教育研究の分野又は方法の特性に鑑み、多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職に就けるとき。
二 助教の職に就けるとき。
三 大学が定め又は参画する特定の計画に基づき期間を定めて教育研究を行う職に就けるとき。

同第七条 第五条第一項(前条において準用する場合を含む。)の規定による任期の定めがある労働契約を締結した教員等の当該労働契約に係る労働契約法(平成十九年法律第百二十八号)第十八条第一項の規定の適用については、同項中「五年」とあるのは、「十年」とする

<争点>
労契法18条の「5年ルール」の適用が、その例外規定として「10年特例」を定める大学の教員等の任期に関する法律7条によって排除されるか

<原審>
①任期法の立法・改正の経緯については触れず、
②同法7条の文言解釈のみ行い、「先端的、学際的又は総合的な教育研究」は例示にすぎないとしたうえで、
③Xが就いていた職も、「多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職」といえる

本件契約に10年特例が適用される。

<判断>
②の解釈の踏襲しつつも、
③について、
任期法における「多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職」であることが具体的事実によって根拠付けられていると客観的に判断し得ることを要するとの要件を加重。
本件においてはこの要件が満たされていない。
本件講師職の募集の目的・・・。
本件講師職への応募資格としての実務経験・・・。
Xが担当していた授業・・・。

本件講師職の募集経緯や職務内容に照らすと、実社会における経験を生かした実践的な教育研究等を推進するため、絶えず大学以外から人材を確保する必要があるなどということはできず、また、「研究」という側面は乏しく、多様な人材の確保が特に求められる教育研究の職に該当するということはできない。

<解説>
任期法7条、5条、4条1項1号は、
「先端的、学際的又は総合的な教育研究であることその他の当該教育研究組織で行われる教育研究の分野又は方法の特性に鑑み、多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職」については、労契法18条の5年の期間を10年に延長する旨規定。
改正案は、同様に「10年特例」を含む、科学技術・イノベーション活性化法改正と同時に国会で審議され、同法では、10年特例は「科学技術に関する試験、研究又は開発」を行う「研究者」に限り適用するものとされており、5年超の研究プロジェクトも多々ある⇒正当化根拠に理解を得られやすかった。

判例時報2590

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

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学校の組体操演技から2日後に死亡⇒損害賠償請求(否定事例)

広島地裁福山支部
R5.4.26

<事案>
①Aの遺族が(両親及び弟ら)であるXらが、Aは、本件演目の際、頭部に外力が加わる事故に遭い、その結果脳内出血を発症し死亡
⇒本件学校の教諭らには事故の発生につき安全配慮義務違反がある
⇒Yに対し、国賠法1条1項に基づき、Aの死亡による逸失利益等の損害や固有の慰謝料等の賠償を求め
②Aの両親であるX1及びX2が、Aの死亡後のYや本件学校の職員らのXらに対する対応には調査・報告義務違反等の違法がある
⇒同項に基づき、Yに対し慰謝料等の支払を求めた。

<争点>
①本件演目の際、Aの頭部に外力が加わる事象が生じ、その結果Aが死亡したといえるか
②Aの死亡につき、本件学校の教諭らに安全配慮義務違反があったといえるか
③Aの死亡後のYや本件学校の教諭らのXらに対する対応に調査・報告義務違反等の違法があったといえるか

<判断>
争点①について:
Aが本件演目の際に頭部に加わった外力により脳内出血を生じて死亡したと認めるのは困難


争点③について:
校長を含む本件学校の教諭らは、Aの死後、XらからAの死亡が本件プログラムの際に発生した事故による疑いがあるなどとして調査を求められた後、適時に合理性の認められる調査を行い、その結果をXらに報告

調査・報告義務違反等もない。
⇒請求棄却。

<解説>
●争点①関係
本判決:
ア:本件演目実施時の影像等の客観的証拠や生徒らの供述などの医学的見地からの証拠以外の証拠により、Aの頭部に強い外力が生じる事態が生じたと認められ又は推認されるか
イ:医学的見地から、Aの死因が外傷性の脳内出血によるものといえるか
の観点に分けて検討し、
それぞれ検討を加え、これらの検討結果を総合しても、Aが本件演目の際に頭部に加わった外力により脳内出血を生じて死亡したと認めるのは困難。

観点ア:
①・・生徒Iの、Aの死亡の原因は自分にあり、本件騎馬の解体時に自身の膝がAの高等部付近に当たったなどとする供述
②映像等の他の証拠

前記供述を根拠に、本件騎馬の解体時にIの膝がAの後頭部付近に接触した可能性は否定できない。
but
本件騎馬の解体直後にうずくまったり起き上がれなかったりした者はいなかったなどとする各生徒に対する聞き取り調査の結果等

Aの頭部に強い外力が加わったとは考え難い。

観点イ:
Y側協力医・・・の意見等に基づき、
Aの脳出血の出血点となった箇所(小脳虫部)は、構造上、脳出血の原因となり得る直接損傷やせん断力が加わりにくい場所であり、そのような外力が加わったのであれば、Aには、通常、頭蓋骨骨折、大脳部の脳挫傷等の所見や、直後の意識障害がみられるはずれであるのに、CT画像上そのような所見はみられず、Aに本件騎馬の解体直後の意識障害も生じていない

Aの脳出血が遅発性外傷性脳内血種によるものであるとのXらの主張を排斥し、Aの脳出血は内因性の疾患である脳動静脈奇形にに起因する可能性が高い。

●争点③関係
◎ X:平成28年に文部科学省が発出した「学校事故対応に関する指針」は、学校事故が発生した際に学校が負うべき調査・報告義務の内容を具体的に例示するもの

Aの死亡を受けて、Y側が、
①本件演目と同様の状況を再現した上で騎馬の崩落のメカニズムを分析しなかったことや、
②Xらが他の保護者らに本件演目の実施当時の写真や映像の提供を呼び掛けるよう依頼したのを拒否したこと
などをもって、調査・報告義務違反がある。

◎本判決:
本件学校の職員らは、Aの死後、XらからAの死亡が本件プログラムの際に発生した事故によるものである疑いがあるとして調査を求められた後、
①本件演目の状況が撮影された映像を確認し、
②本件騎馬の構成生徒ら関係生徒への聞き取り調査を行った上、
③その調査結果を早期にXらに報告している
ことなど
⇒Yの体操に調査・報告義務違反の違法なない。

学校事故が発生した疑いがある場合に具体的にどのような調査を行うかについては、学校側が、調査の必要性や調査による生徒への影響等を考慮し、その裁量的判断に基づいてこれを定めるべきもの
前記聞き取り調査における生徒らの説明内容やIの心情に与える影響等

Xらが違法であると主張するY側の対応が不合理・不適切なものであったとはいえない。

●平成28年3月にスポーツ庁は、運動会等で実施される組体操において負傷事故が相次いでいるなどとして、教育委員会等に「組体操等による事故の防止について」と題する事務連絡を発出するなど・・・。

判例時報2590

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

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2024年7月18日 (木)

憲法53条後段の規定による臨時会の招集と内閣の決定遅滞と個人の権利侵害(否定)

最高裁R5.9.12

<事案>
XがY(国)に対し、

主位的に、Xが次に参議院の総議員の4分の1以上の議員の1人として国会法3条所定の手続により臨時会召集決定の要求をした場合に、内閣において、20日以内に臨時会が召集されるよう臨時会召集決定をする義務を負うことの確認
予備的に、前記の場合に、Xが20日以内に臨時会の召集を受けられる地位を有することの確認を求める訴えを

内閣が前記の要求から92日後まで臨時会召集決定をしなかったことが違憲、違法であり、これにより、Xが自らの国会議員としての権利を行使することができなかった⇒国賠法1条1項に基づく損害賠償を求めた。

<判断>
●本件各確認の訴えの適法性につき、
本件各確認の訴えは法律上の争訟に当たるというべきであるが、確認の利益を欠くため不適法であるから、これを却下すべきものとした原審の判断は結論において是認することができる。

本件損害賠償の当否につき、
憲法53条後段の規定により臨時会召集要求をした国会議員は、内閣による臨時会召集決定の遅滞を理由として国賠法の規定に基づき損害賠償請求をすることはできない
⇒本件損害賠償請求を棄却した原審の判断は是認することができる。

●宇賀反対意見:
本件各確認の訴えにつき、
法律上の争訟性に加えて、確認の利益が認められ適法。
Xが次に憲法53条後段の規定による臨時会召集要求をした場合、特段の事情がない限り、内閣において、20日以内に臨時会が召集されるよう臨時会召集決定をする義務を負う⇒原判決を破棄し、主位的訴えに係る請求を一部認容すべき。
本件損害賠償請求は、臨時会の召集の遅滞に関し特段の事情がない限り認容すべき⇒原判決を破棄した上で、前記特段の事情等について審理を尽くさせるため、原審に差戻をすべき。

<規程>
憲法 第五三条[臨時会]
内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。

<解説>
●本件損害賠償請求
◎憲法:
国会について、会期制を採用した上で、国会とは別の機関である内閣がその召集を実質的に決定する権限を有するものとし、同法52条、53条、54条1項において、常会、臨時会及び特別会の召集時期等を規定。
同法53条は、前段において、内閣は臨時会召集決定をすることができると規定し、後段において、いずれかの議院の総議員の4分の1以上により臨時会召集要求があれば、内閣は臨時会召集決定をしなければならない。

内閣と国会との間における権限の分配という観点から、内閣が臨時会召集決定をすることとしつつ、これがされない場合においても、国会の会期を開始して国会による国政の根幹に関わる広範な権限の行使を可能にするため、各議院を組織する一定数以上の議員に対して臨時会召集要求権を付与するとともに、臨時会召集要求がされた場合には、内閣が臨時会召集決定をする義務を負うこととしたもの。

同条後段は、臨時会召集決定について、前記のような意味での権限の分配を規定したものと解され、個々の国会議員の臨時会召集要求に係る権利又は利益を保障したものとは解されず、前記の義務は、臨時会召集要求に係る権利に対応するものとは解されない


X:議案発議権等が権利としての性質を有する⇒それらを行使するために行使される臨時会召集要求権も権利としての性質を有する。
vs.
①・・・臨時会召集要求は、内閣に対し、国会の会期を開始して国会に活動能力を取得させる決定をすることを求めるものであって(内閣に対し特定の議員活動をさせることを求めるものではない。)臨時会召集要求をした国会議員であるか否かによって召集後の臨時会において行使できる国会議員の権能に差異はない、。
②議案発議権等については、仮にその権利性を肯定したとしても、臨時会召集決定の遅滞によってそれが侵害されるということはできない。

憲法53条後段の規定上、臨時会の召集について各議院の少数派の議員の意思が反映され得ることを踏まえても、同条後段が、個々の国会議員に対し、召集後の臨時会において議員活動をすることができるようにするために臨時会招集要求に係る権利又は利益を保障したものとは解し難く、
Xが臨時会召集決定の遅滞により侵害されたと主張する利益は、法律上保護される利益に当たるということはでkないか、臨時会召集決定の遅滞によって法律上保護される利益が侵害されるということはできない。

◎国会議員としては、前記のような場合、国会外における言論等によるほか、国会が召集された後に、衆議院の内閣不信任決議(憲法69条)、質問等により、政治的責任を追及

●本件各確認の訴えの適法性
◎法律上の争訟性
Xが、個々の国会議員が臨時会召集要求に係る権利を有するという憲法53条後段の解釈を前提に、公法上の法律関係に関する確認の訴え(行訴法4条)として、Xを含む参議院議員が憲法53条後段の規定により前記権利を行使した場合にYがXに対して負う法的義務又はXがYとの間で有する法律上の地位の確認を求めるもの。

本件各確認の訴えは、当事者間の具体的な権利義務又は法律関係の存否に関する紛争であり、法律の適用によって終局的に解決することができるもの⇒法律上の争訟に当たる。

Xが権利であると主張する臨時会召集要求権に対応する義務等の存否が確認の対象(訴訟物)とされている本件において、当事者間の具体的な権利義務又は法律関係の存否に関する紛争であることは否定し難い。
⇒臨時会召集要求権の権利性について具体的に検討するまでもなく、本件各確認の訴えは法律上の争訟に当たる。
⇒臨時会召集要求権の権利性は、本案の問題と位置付けられる。

◎確認の利益
本件各確認の訴え:
将来、Xを含む参議院議員が憲法53条後段の規定により臨時会召集要求をした場合における臨時会召集決定の遅滞によってX自身に生ずる不利益を防止することを目的とする訴え。

将来、Xを含む、参議院の総議員の4分の1以上により臨時会召集要求がされるか否かや、それがされた場合に臨時会召集決定がいつされるかは、現時点では明らかでないといわざるを得ない
⇒Xに前記不利益が生ずる現実の危険があるとはいえない
⇒確認の利益を欠く。

仮に、本件各確認の訴えと同様の訴えについて確認の利益が肯定されたとしても、
本判決の多数意見は、憲法53条後段が個々の国会議員の臨時会召集要求に係る権利又は利益を保障したものではないと解している。

同条後段の臨時会召集要求があったとしても、臨時会召集要求をした個々の国会議員と国との間で法律関係が生ずるものではない⇒公法上の法律関係に関する確認の訴えが認容されることは考え難い。

判例時報2590

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県が高級乗用車を購入したことについての住民訴訟

広島高裁R5.5.10

<事案>
山口県が自動車販売会社との間で貴賓車としてトヨタセンチュリー1台を2090万円で購入⇒県の住民であるXが、本件契約の締結・履行及び本件契約に係る公金支出が違法⇒県の執行機関であるY(県知事)を相手方として、地自法242条の2第1項4号に基づき、本件契約の締結等をした当時の県知事であるY(現職知事)に対して不法行為に基づき損害金2090万円及び遅延損害金の損害賠償請求をすることを求めた住民訴訟。

<事実>
山口県事務決済規規程:
県知事の権限に属する事務に関し、委任又は専決権の授与等による決裁権者について定めている。
・・・・。
Xは、令和2年11月、県の監査委員に対し、本件センチュリーの購入が不当な支出であるとして、本件契約の代金2090万円を県に返還するようYに対して求める旨の住民監査請求⇒令和3年1月に棄却⇒同年2月本件訴訟を提起。

<一審>
Y補助職員であるP課長が・・・財務会計上の違法行為というべき。
Yの指揮監督上の義務に違反した過失も肯定。

<判断>

①本件センチュリーは、副議長用公用車として使用されていたセンチュリーが更新時期を迎えることとなったのに伴い、その更新のために購入されることとなったもの。
②センチュリーを貴賓ぼ移動用車両として使用することは、皇室や外国の要人に対し、県として最大限の敬意を示し、その安心安全、確実な送迎を期するものであった

本件契約を締結した目的は相当なものと認められる。


前記更新に際し、センチュリー以外の車種を選択するか否かについて特段の検討はされなかった。
but
県においてセンチュリーを皇室や外国要人の来賓用車両として長年使用してきた実績があったこと等

貴賓に県として最大限の敬意を示し、その安心安全、確実な送迎を期する観点よりセンチュリーを来賓用車両として剪定することとしたとしても、その判断にはなお相応の合理性を認めることができる。


X:更新基準を満たしていない1台を処分してまで同車種の新車である本件センチュリーを購入する必要はなかった。
vs.
県は行財政改革の一環としていわゆる黒塗り車の削減に取り組んでおり、本件契約の締結は、センチュリーを物品管理課が一元管理して3台から2台にするという見直しの一環として行われた⇒現状及び県全体の目的に適合的であったということができ、相応の合理性を有する。
①副議長用のセンチュリーが更新基準による更新時期を迎えていたは事実
②貴賓車として位置付けられていたセンチュリーも走行距離7万8千km超、経過年数は更新基準はをはるかに超える約17年に至る
⇒公用を廃止して処分することとしたとしてんも一概に不合理とはいえない。

Yが本件契約を締結したことが、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用するものと評価することはできず、違法とは認められない。

● 以下のとおり、Yに本件契約の締結・履行、公金支出について故意・過失等があったとも認め難い。

Yが本件契約の締結前に本件契約について報告を受けていたことを裏付ける的確な証拠はなく、むしろYが担当課(物品管理課)から報告を受けたのは本件契約の締結後

Yが、本件契約の締結時において、本件契約が締結されることを阻止すべき指揮監督上の義務を負っていたということはできず、その義務の懈怠があるとも認められない。

P課長策定の公用車の見直し案(貴賓車に用いるセンチュリーを物品管理課が一元管理し、台数を3台から2台に減らすもの)は、県政あるいは県議会運営それ自体との直接的な関わり合いは薄く、県議会側からみれば公用車の取扱いに若干不便が生じるという間接的な影響に留まるもの

県政運営上重要な事項に関わるものであったとは認め難い

本件契約を含め前記見直し案を担当課に報告させなかったこと自体の落ち度があるとのXの主張は採用できない。

<解説>
●地自法2条14項:
地方公共団体は、その事務処理に当たっては、最少の経費で最大の効果を上げるようにしなければならない
地財法4条1項:
地方公共団体の経費は、その目的を達成するための必要且つ最少の限度をこえて、これを支出してはならない。

財務会計上の行為について具体的に規律するものではないが、
「当該職員」(地自法242条の2第1項4号)が財務会計上の行為につき裁量権を有することを前提に、裁量権の範囲を規律するものとして法規範性の有するものと解され、
単に公金支出の額の多寡だけでなく、その目的や必要性の事情も総合して評価される。

●最高裁H25.3.28:
し尿の広域的処理等を行うことを目的とする広域連合(特別地方公共団体の一種(地自法284条3項)の住民が、当時の広域連合の長が締結したし尿等の積替え保管用地の賃借契約で定められた賃料が不当に高額であると主張して、その賃料の支出のうち適正額を超える部分の支出の差止め(地自法242条の2第1項1号)及び当時の庁に対する損害賠償請求(同項4号)を求めた事案。
地方公共団体の町がその代表者として一定の賃料を支払うことを約して不動産を賃借する契約を締結すること・・・は、当該不動産を賃借する目的やその必要性、契約の締結に至る経緯、契約の内容に影響を及ぼす社会的、経済的要因その他諸般の事情を総合考慮した合理的な裁量に委ねられている。
当該契約に定められた賃料の額が鑑定評価等において適正とされた賃料の額を超えるものであっても、・・・地方公共団体の長の判断が裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用するものと評価されるときでなければ、当該契約に定められた賃料の額をもって直ちに当該契約の締結が地方自治法2条14項に反し違法となるものではない。
長が当該契約を締結した諸事情を検討し、長の裁量権の逸脱・濫用があったとはいえない。

●裁量権の逸脱・濫用の有無の判断の仕方については、行政処分(裁量処分)に関する裁判例が参考になる(行訴法30条参照)。
裁量処分の裁判例:
裁量処分に至る行政庁の判断過程に着目し、その合理性の有無という観点から裁量審査を行うものが多く(いわゆる判断過程審査)
その際、考慮すべき事項を考慮しなかったか(考慮不尽)、あるいは考慮すべきでない事項を考慮(又は過大評価)していたかということを審査する裁判例が多くみられる。
(最高裁判決例)

●一審判決 :
①県が多額の財源不足が見込まれ歳出の各種見直し等がされている中で、センチュリーという高級車を購入する契約を締結するか否かを検討する過程において、他車種の購入の検討を「考慮すべき事項」。
②Yは他者腫の購入を考慮せずに本件契約を締結
⇒考慮不尽としてYの裁量権の逸脱・濫用と評価し、
最少の経費で最大の効果を上げるべしという地自法2条14項等の趣旨に反し違法。

本判決:
「貴賓に県として最大限の敬意を示」す等の観点からセンチュリーを長年にわたって使用してきたという「実績等」に重きを置いて同車種を貴賓車として選定したという県の判断を相応の合理性があるものとして肯定
⇒他車種の購入を「考慮すべき事項」とはしなかった。
裁判所による判断過程審査においては、どのような事項を考慮事項とするか、あるいはその重み付けをどう考えるかを含めて裁判所が判断。

●本件契約の締結はYの補助職員(会計管理局長)が専決で処理

地方公共団体の長であるYが地自法242条の2第1項4号の「当該職員」として賠償責任を負うかが問題。
専決:行政上の事務処理方式の一種であり、行政庁(本件では知事)が法令上権限を有する事務について、あらかじめ訓令等により内部的な委任を受けて、補助職員が内部的な意思決定をその職員限りで行い、外部に対しては法令上権限を有する者の名で表示すること。
地方公共団体の長の権限に属する財務会計上の行為が専決により処理された場合、長が住民訴訟(旧4号請求)で訴求された賠償責任を負うか?

最高裁:
長は、前記補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により前記補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときに限り、普通地方公共団体に対し、前記補助職員がした財務会計条の違法行為により当該普通地方公共団体が被った損害につき賠償責任を負う。
財務会計上の行為を専決することを任された補助職員も、地自法242条の2第1項4号にいう「当該職員」に該当し、賠償責任を負う。

●一審判決:
本件を貴賓車の車種の選定の問題と捉えて、貴賓車としていかなる車種を用いるかは政策的な側面がある

本件センチュリーの購入は、単に物品に関する内部経費の支出であるにとどまらず、県政運営にも関わる重要事項⇒Yの指揮監督上の義務違反を肯定。

本判決:
貴賓車を物品管理課が一元管理し台数を3台から2台に減らすものと捉えた上で、これは県政運営上重要な事項であったとはいえない⇒Yの指揮監督上の義務違反を否定。

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

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米国憲法(大学入試でのアファーマティブアクションの憲法違反)

<経緯>
連邦最高裁は裁量上訴を認め、ノースキャロライナ大学のケースとともに併合審理を行った。

<判断>
●ロバーツ長官の法廷意見:
◎Brown判決が分離すれども平等を違憲とし、人種に基づく区分を認めないとしたように、
先例は、修正14条の平等保護の核心が人種差別の禁止であり、人種に基づく区分に対して厳格審査を用いてきた。

①人種区分がやむにやまれぬ利益のために用いられているかどうか、
②人種区分に基づく手段がその利益を実現するために厳格に仕立てられているかどうか
を審査。

これまでに人種区分がやむにやまれる利益として認められてきたのは
①過去の差別に対する救済と、
②刑務所における人種的暴動のような安全に対する重大なリスクの回避
の2種類だけで、めったに認められることはない。

◎最初に大学入試における人種的アファーマティブアクション(AA)が問題となったBakke判決:
パウエル裁判官:
大学は入試によって裁量を有するものの、人種区分は高度に疑わしい区分であり、割当制(特定の人種に一定数の合格枠を用意すること)は許されず、多様性の価値を判断する中で人種を加点要素とすることのみ許される。

Grutter判決:
これを踏襲したが、そもそも人種に基づくAA入試は憲法に反するので期限が設定されなければならず、この先25年のうちにそれは正当化理由として成り立たなくなる。
その後も、連邦最高裁は厳格審査を適用し、
人種をステレオタイプ的又はネガティブ的に利用しない場合に限り許される。

◎本件における大学の人種的AAは厳格審査をパスすることができない。
大学側:将来のリーダーを養成し、多様な視点に基づく新しい知見を取得し、思想の自由市場を促進し、生産性に優れた市民を育成することをやむにやまれぬ利益として上げている。
vs.
これは測定し難いもので、いつ人種的区分を終わらせることになるのかもわからない⇒やむにやまれる利益として認定することはできない。
大学側は、これらの利益と手段の実質的関係を説明できていない。

大学側は多様性という教育的利益を達成するために大雑把な人種区分によって人種的要素を考慮しており、目的と手段の関係が不明瞭。
①人種に基づくAA入試は、人種をネガティブに用いてはならず、ステレオタイプ的に用いてもならないという平等保護条項の要求にも反する。
②アジア系アメリカ人に不利に作用する本件AA入試はアジア系という人種がネガティブに作用することになる。
③入試において人種的要素を用いることは特定の人種を敵対的に扱うというステレオタイプをはることになる。
④多様性が達成されるまで続けることになれば、それがいつ終わるのかが見逃せない。

本件AAは修正14条の平等保護に反する。

<解説>
いずれも厳格審査を適用するという点ではほぼ合致しており、
やむにやまれぬ利益の有無と手段が厳密に仕立てられているかを審査し
特に割り当制(事実上の割当制を含む)は違憲の疑いが強いものとして位置付けられていた。

本判決:
AAに関する法理のデフォルトを転換し、新たに再設定。
従来:人種に基づくAAが認められる可能性がデフォルトしてあり、それに厳格審査を適用して判断する構造。
but
本判決:人種に基づく区分はほぼ認められないことを前提とし、文字通りの厳格審査が適用されて違憲であることがデフォルトになった。

判例時報2590

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2024年7月15日 (月)

受取型の覚醒剤営利目的輸入の事案での無罪事案

❶大阪地裁R5.5.31
❷神戸地裁R5.6.5

<解説>
覚醒剤輸入事犯の故意:
覚醒剤を含む身体に有害で違法な薬物類という認識があれば認定できる。

❶判決 検察官の主張する間接事実に関し
①前科がなく、違法な物品の受け取りや違法薬物との関わりをうかがわせる事情のない被告人
②依頼者とのやり取りを通じて、荷物の中身の意識よりも、荷受け詐欺にあう可能性や荷物の引渡時にトラブルにあう危険性に意識が向かい、これらの不安に対して真摯に答えているように思えた依頼者に信頼を置くようになり、その後、荷物の中身について「(ブランド品の)いぬのえさ入れ」との具体的な説明を受けている

荷物に違法薬物が隠されている可能性にまで想像が及んでいなかったとみる余地が十分にある。

現行犯逮捕時の被告人の「そんなことにならないように気を付けていたのに」等の発言
vs.
警察官から「荷物の中に違法な薬物が入っていたということで令状が出ている」と聞かされた後のものであり、その発言内容も多義的。
⇒前記可能性にまで想像が及んでいたとの強い推認を働かせるのは困難。

覚醒剤を含む違法薬物が隠されているかもしれないとの未必的認識(認容を含む)があったと認定するのは困難。

❷判決 被告人が受け取ることとされた海外の基金の話や、これにまつわる依頼者からの説明等はかなり奇異なもの
⇒被告人は、依頼者が「贈り物」として海外から送付してくる貨物には覚醒剤を含む違法薬物が入っているのではないかとの認識を持っていた可能性は十分にある。

①依頼者の言う「贈り物」の話は、資金提供の話を持ち掛けられた当初から出ていたわけではなく、被告人が渡航して自ら購入するという前提⇒被告人としては、密輸に関わっているのではないかという発想を抱きづらい状況にある。
②「贈り物の受領は基金の提供を受けるための手順にすぎなかった⇒「贈り物」の受領に見合わない対価を得られるという発想には至りづらい面があり、資金提供の話をビジネスチャンスかもしれないと期待していた被告人にとっては、前記貨物の中身が覚醒剤を含む違法薬物である可能性について十分に思いを巡らせることができなかったのではないかとも考えられる。

違法薬物かもしれないと認識していたと断定するにはさらに強い決め手となる事情が必要であるが、そのような事実は立証されていない。

被告人が違法薬物の存在について間違いなく認識していたと認めるには合理的な疑いが残る。

<解説>
両判決とも、客観的な証拠として、被告人と関係者とのメールのやり取り(①事件では更にインターネットサイトの検索履歴)についての検討が重要

無罪の裁判例(高裁での破棄されたの無罪を含む)

判例時報2589

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香川県ネット・ゲーム依存症対策条例違憲訴訟

高松地裁R4.8.30

<事案>
香川県ネット・ゲーム依存症対策条例:



Xら(親子)が、これらが絹布21条や13条等に違反する⇒Y(香川県)に対し、国賠法1条1項に基づき慰謝料請求。

<判断>
❶本件条例は国の法令が規制を禁じるものとは解されない⇒憲法94条に違反しない
ネット・ゲーム依存症の予防を立法目的とすることの合理性ないし必要性を基礎づける事実が存在⇒目的の正当性が認められる
スマートフォン等の使用に伴う危険性や過度の使用による弊害等について子どもと話し合いをするよう促し利用時間を自ら定めるよう求める旨定めることは立法手段として前記立法目的と実質的に関連性を有している⇒規制が禁じられているとはいえない。
❸家庭におけるゲームやスマートフォンの利用について自由に決めることができる権利は憲法13条の直接の保障の対象とされているものとはいえない。
❹本件条例がスマートフォンの利用の制限に繋がるために職業選択の自由を制限するとの主張は失当。
❺学習に必要な利用は対象外⇒憲法26条に違反するとはいえない。

<解説>
❶について
◎憲法 第九四条[地方公共団体の権能]
地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。
国の法令の規定の欠如が当該事項についていかなる規制も施すことなく放置すべきものとする趣旨であると解される場合⇒これについて規律を設ける条例の規定は国の法令に違反する。

◎Xら:
本件条例の真の目的は家庭における教育への公権力の介入であり憲法94条に違反
最高裁(旭川学力テスト事件)が、国が子ども自身の利益擁護のため又は子どもの成長に関する社会公共の利益と関心に応えるため必要かつ相当と認められる範囲において子どもの教育内容を決定する権能を有するとしたのと同様、地方公共団体においても地方行政の一部としてそうした権能を有することを前提に、これと同旨の判断をした。

同判例:
子どもの教育内容に対する公権力の介入はできるだけ抑制的であることが要請されるし、子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような公権力の介入は憲法26条、13条の規定上からも許されない。
but
これらは子どもの教育内容に対する正当な理由に基づく合理的な決定権能を否定する理由となるものではない。

❷について
本判決:
ネット・ゲーム依存症については、・・・。
過度のネット・ゲーム使用そのものは、社会生活上の支障や弊害を引き起こす可能性が否定できず、特に青少年の生育に与える危険性が指摘され、専門施設への相談件数が多数に上っている。

これを予防・啓発するとうい本件条例の立法目的には立法事実の裏付けがある。
前記立法目的のために、保護者に対して子どもと話し合った上で利用時間を自ら定めるよう求めることは、医師らの見解に沿うものであり、立法手段として合理性を欠くとはいえず、また、目安を示す程度のことが立法手段として相当性を欠くとはいえない。

前記立法事実が確立された医学的知見に基づくほどの厳密なものでないことと、本件条例の規定が意思疎通の努力を求めるといった最も制限的でない手段であることとの均衡を考慮したもの。

❸について
◎ 主張:親が子に対して家庭におけるゲームやスマートフォンの利用について自由に決めることができる権利、あるいはeスポーツを楽しむ幸福追求権、自己決定権及びプライバシー権を侵害するものであり、憲法13条に違反
vs.
これらは趣味・嗜好に関する一般的利益にすぎず、人格的生存に不可欠な利益とまではいえず、自己決定権やプライバシーに直接かかわるものでもない⇒同条の直接の保障対象ではない。

◎ 憲法13条:
通説・判例:同条が独自に保障する権利(幸福追求権)とは、個別的権利を包括する基本権ではあるが、個人の人格的生存に不可欠な利益を内容とする権利の総体(人格的利益説)

判例時報2589

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2024年7月14日 (日)

委任状の送付が吸収合併等に反対する旨の通知に当たるか(肯定)

最高裁R5.10.26

<事案>
A社の株主であるXが、利害関係参加人であるB社を吸収合併存続会社、A社を吸収合併消滅会社とする吸収合併についての会社法785条2項所定の株主であると主張し、A社に対し、Xの有する全株式を公正な価格で買い取ることを請求
but
その価格の決定につき協議が調わない⇒同法786条2項に基づき、価格の決定の申立てをした。

<一審・原審>
①本件委任状は、代理人となるべき者に対して本件総会における議決権の代理行使を委任する旨の意思表示をした書面であって、本件賛否欄の「否」に〇印をつけた部分は、前記の者に対する指示であってA社に向けられたものであるということはできない
②本件付記(「賛否表明ができません」)がある⇒本件吸収合併に反対する旨のXの意思が本件委任状に表明されているということもできない

本件委任状の送付は反対通知に当たらず、本件申立ては不適法。

<判断>
①A社が、Xに対し、宛先をA社とし本件賛否欄を設けた本件委任状を送付して議決権の代理行使を勧誘した
②Xは、前記勧誘に応じて、本件賛否欄の「否」に〇印をつけて本件委任状を作成し、これをA社に対して返送した

XがA社に対して本件委任状を送付したことは反対通知に当たる。

<解説>
●反対通知:
株主が吸収合併等に反対する旨の自己の意思を消滅株主会社等に通知するもので、その法的性質は準法律行為である意思の通知

①株式買取請求権が会社の資金繰り等に与える影響の大きさ⇒事前に吸収合併等に反対する株主が保有する議決権の数を把握することができるようにして、会社に対してどの程度の株式買取請求がされる可能性があるかを認識させ、会社に会社再編等についての議案の提出について再考を促す機会を提供
②決議成立のために種々の対策を講じさせたり

●吸収合併等議案に反対する旨の議決権の代理行使を代理人に委任する旨が記載された委任状を消滅株式会社等に対して送付した場合、これが反対通知に当たるか?
A:通説:否定

委任状は代理人となるベき者に対して向けられたもの

B:有力説:肯定

議決権行使書面との類似性

ある行為がどのような法律行為や準法律行為に当たるかということは、法律行為や準法律行為の解釈の問題。
一般に、法律行為の解釈に当たっては:
①当該行為をするに至った事情、②書面の記載内容、③社会通念、④当事者の合理的意思等が勘案されるべき(最高裁)。

本決定:
反対通知の趣旨を踏まえて、Xが本件委任状をA社に送付した行為についてその際の諸般の事情を考慮して解釈を行うことで、本件委任状の送付が反対通知に当たることを肯定。
そこに表明されているのは代理人となるべき者に本件議案に反対する旨の議決権の代理行使を委任するというXの意思であり、本件吸収合併に反対するというXの意思が直接的に表明されているとはいえないものの、前者の意思の中には後者の意思も包含されているとみることができる。

本件付記があることを考慮しても、本件吸収合併に反対する旨のXの意思が本件委任状に表明されていたということができる

判示①②の事実関係
⇒A社に対して向けられたものと評価することができる。

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委任規定の委任の範囲の逸脱の有無(否定)

最高裁R5.11.6

<事案>
内国法人であるXは、Xの事業年度又は課税事業年度の法人税及び地方法人税の申告
⇒処分行政庁から、租特法66条の6第1項(「本件委任規定」)により、Xに係る特定外国子会社等に当たる2つの子会社の事業年度における課税対象金額に相当金額が、Xの所得金額の計算上、益金の額に算入されるなどとして、法人税等に係る各増額更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分を受けた。

その後、Xは、前記各増額更正処分に係る法人税等の各減額更正処分がされたことを踏まえ、税通法23条1項に基づき本件事業年度の法人税等について更正の請求
⇒更正をすべき理由がない旨の各通知処分。

本件:
Xが、Y(国)を相手に、
①前記各増額更正処分(ただし、前記各減額更正処分により一部取り消された後のもの。)の一部及び
②前記各賦課決定処分(ただし、後にされた各変更決定により一部取り消された後のもの、以下①②を「本件各増額更正処分等」)、
並びに、
③本件各通知処分の取消しを求めた事案。

<関係法令>
●本件委任規定:
内国法人に係る特定外国子会社等につき、各事業年度において適用対象金額(・・会計上の税引前利益に相当する基準所得金額に所定の調整を加えた金額)を有する場合には、そのうち課税対象金額に相当する金額は、その内国法人の収益の額とみなして当該各事業年度の終了日の翌日から2月を経過する日を含むその内国法人の各事業年度の所得金額の計算上、益金の額に算入する旨を規定。
課税対象金額につき、内国法人の有する特定外国子会社等の株式等の株式に対応するものとしてその株式等の請求権(剰余金の配当等、財産の分配その他の経済的な利益の給付を請求する権利)の内容を勘案して政令で定めるところにより計算する旨を規定。

●租特法施行令:
特定外国子会社等の事業年度終了の時を基準として
課税対象金額=適用対象金額×請求権勘案保有株式等割合
との式により算定。

請求権勘案保有株式等割合の基礎となる請求権勘案保有株式等に係る数額は、
当該外国法人が請求権の内容が異なる株式等を発行している場合には、
当該外国法人の発行済株式等に、当該内国法人が当該請求権に基づき受けることができる剰余金の配当等の額がその総額のうちに占める割合を乗じて計算される。

<事実関係>
MCI:㈱みずほフィナンシャルグループが普通株式の全部を保有する英領ケイマン諸島所在の外国法人
は、優先出資証券(「MCI優先出資証券」)を発行し、投資家に販売
それにより調達した資金を原資として、本件各子会社が同日に発行した優先出資証券(「本件優先出資証券」)を購入
本件各子会社は、同日、本件優先出資証券により調達した資金を原資として、Xに対し、劣後ローンにより金銭を貸し付けたところ、その利息は、ほぼ全額が本件優先出資証券への配当に充てられ、本件各子会社に利益が留保されたり本件各子会社の発行する普通株式に配当がされたりすることは予定されていなかった。
本件優先出資証券の保有者:原則として、普通株式に優先して配当受領権を有する一方で議決権を有しない。
前記劣後ローンの利息発生期間の終期は、本件優先出資証券及びMCI優先出資証券に係る配当の支払日の前日。

本件優先出資証券が存する限り、Xの請求権勘案保有株式等割合は0%となり、本件各子会社につき課税対象金額は存在しない。
but
本件優先出資証券が本件各子会社の事業年度の途中で償還され、本件各子会社の事業年度終了の時には、Xの普通株式のみは存する状況

Xには本件各子会社の利益が一切帰属していないにもかかわらず、Xの請求権勘案保有株式等割合が100%となり、課税対象金額が存在することとなった。

<原審>
①タックス・ヘイブン対策税制による課税については、内国法人が外国子会社の留保所得から剰余金の配当等を受け得る支配力を有することにより正当化される。
②Xが本件各子会社から剰余金の配当等を受けることは想定されていなかった。

本件において、合算課税の合理性を基礎づける事情は見いだせず、本件規定を形式的に適用することは、本件委任規定の趣旨に反する。

本件各増額更正処分等の取消請求を認容。
本件各通知処分の取消しを求める部分については、本件各増額更正処分に係る取消請求と重ねて取消しを求める利益がなく、不適法⇒却下。

<争点>
①本件において本件規定を適用することが本件委任規定の委任の範囲を逸脱するものといえるか(上告関係)
②本件各通知処分の取消しを求める訴えの利益の有無(附帯上告関係)

<判断>
●争点①
①本件委任規定において課税要件の明確性や課税執行面における安定性の確保が重視されており、本件規定の請求権勘案保有株式等割合に係る基準時を事業年度終了の時とする定め方は一義的に明確⇒個別具体的事情にかかわらず前記基準時を設ける本件規定の内容は合理的。
②本件において本件規定を適用することによって、本件委任規定において予定されていないような事態が生じたり、Xに回避し得ない不利益が生じたりするとはいえない。

本件において本件規定を適用することが本件委任規定の委任の範囲を逸脱するものではない。

原審の判断には本件委任規定の解釈適用を誤った違法がある(原審を破棄し、自判)。

●争点②
増額更正処分に税通法23条1項の規定による更正の請求をし、更正をすべき理由がない旨の通知処分を受けた者は、当該通知処分の取消しを求める訴えの利益を有する。

原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法がある(ただし、不利益変更禁止の原則により附帯上告棄却)

<解説>
●争点①に関する説明
◎適用違法の構成もあり得る。
近時の判例:
法人税法上、利益剰余金を原資とする払戻しを資本部分の払戻として扱うことは予定されていないとの仕組み解釈が前提とされた上で、法人税法施行令の規定の一部の適用場面で前記の予定外の状況が生ずる限度において、当該規定が違法であるとされた判例。
but
適用違法が問題となる場合においても、前提として、委任命令の内容が一般に法律に適合するか否かについての検討は必要。
←法適合性を見いだし得なければ、適用違法以前の問題として、委任命令は違法無効となる。

◎委任命令の法適合性に関する一般的な考え方
本来は法律によって定められるのが相当な事項であっても・・・法律の委任に基づいて行政機関が委任命令を設けることが認められている。
but
委任命令は、委任をした法律(授権法)に抵触してはならず、委任に際して行政機関に与えらている裁量の範囲を逸脱すれば違法となる。
最高裁判例:
委任命令が授権法の委任の範囲内といえるか否かの判断要素:
①授権法の規定の文理
②授権法が下位法令に委任した趣旨
③授権法の趣旨、目的及び仕組みとの整合性
④委任命令による制限される権利利益の性質等
が考慮されており、
必要に応じて授権法の規定の立法過程における議論等も検討の対象とされている。

委任の範囲の逸脱が肯定された主な事案:

a:そもそも授権法の規定が予定していない要件を設けていたり、授権法の規定の趣旨と抵触し、又は授権法の仕組みから想定され得ないような規定を設けていたりする事案
(監獄法施行規則に関するもの、議員の解職請求に関するもの)
b:委任命令により制限される権利利益が重大なもの⇒立法者意思がより慎重に探究
(医薬品の郵便等販売に関するもの、ふるさと納税に関するもの)
c:委任命令の規定につき、一定の場面では不備が生ずるような事案
(戸籍法施行規則に関するもの)

d:授権法の規定の文理上は外国刀剣を登録対象とする余地が排除されていないにもかかわらず、委任命令の規定において登録対象が日本刀に限定されていても委任の範囲を逸脱しないとされた例

専門技術性が尊重されるべき文脈においては、委任命令の規定が授権法の規定の文理とずれているともいい得るにもかかわらず、委任の範囲内であるとの判断

◎本件規定の一般的な法適合性
〇ア:タックス・ヘイブン対策税制の趣旨
税負担の不当な権限を防止し実質的な公平を図ることを趣旨とする、租税回避の否認規定。
実質所得者課税の原則(法人税法11条)~実質的な帰属についての具体的な判断基準が明示されておらず、課税執行面での安定性に問題。
⇒正面から租税回避を否認する趣旨の規定。

本件委任規定においは、予測可能性や課税執行面における安定性が強く意識。
〇イ:本件委任規定の趣旨
本件委任規定:
内国法人の益金に算入すべき額を算定するに当たり、請求権の内容を勘案した割合を用いる旨を規定。
平成17年改正:
例えば、持分割合が50%でありながら、受け得る剰余金の配当等の割合を90%とするような態様で租税回避が生じた
⇒利益持株割合に応じた合算課税を可能にする趣旨で行われた。
〇ウ:本件委任規定による授権の趣旨
株主等の構成が常時変動し得る中で、請求権の内容を勘案しての持ち株割合を具体的にどのようにみるかという点は、優れて技術的・細目的な事項
⇒租特法施行令の定めに委ねられることとなった。
〇エ:問題となる権利利益の性質等
委任された事項につき専門技術的な色彩が強い⇒裁量権の範囲が広く解される。
裁量の広狭は制限される権利利益の重要性によっても左右される。
租税法律主義に反してはならない
but
問題となる利益は財産的利益であり、
これまで明確な立法者意思等が求められるなどして比較的厳格な判断がされてきた事案で問題とされた、接見の自由、参政権、職業選択の自由等とは、その性質が相応に異なる。

最高裁R2.6.30:
税務訴訟の事案であるが、問題となる委任命令において、一般原則としては法律上禁止されている扱いが規定されていた⇒明確な立法意思等の存在が求められた。
but
本件では、これと同様の事情を見出し得るものではない。

本件で問題となる基準時等につき一律に決せられることに関し、明確な立法意思等の存在が要求されるというべき理由は見出し難い。

〇オ:総合考慮
その導入の経緯⇒法定安定性や予測可能性の確保の要請が強く働く
⇒請求権勘案保有株式等割合に係る基準時を一律に設けること自体は合理的。
その文理や内容に照らしても、租特法施行令の規定により一定の基準時を設け、一律にその基準時をもって割合を決する仕組みとすることは、本件委任規定の予定する範囲内。
・・・・そのような基準によることで、本件委任規定の趣旨である、利益持株割合を持株割合よりも高く設定するような方法によ租税回避的な行動への対処に、支障が生ずることは具体的に送致されない。

問題となる特定外国子会社等の事業年度終了の時を基準時として選択することも不合理ではなく、一律に事業年度終了の時を基準時とする本件規定は、本件委任規定の趣旨に沿う。
⇒本件規定は合理的な内容で、委任の範囲を逸脱したものとはいえない。

◎本件において適用される限度で本件規定が違法となるか
〇法的安定性や予測可能性の観点から、一律に一定の基準時における特株割合を用いて算定することに合理性が認められる
⇒各事案の個別具体的な事情を加味して結論の落ち着きを判断し、それに応じて適否を見極めるようなことは制度趣旨に反する。

〇一般的には合理的な制度であっても、その具体的な適用場面において、授権法の仕組みが予定していないような事態が生ずるといえる場合には、当該場面に適用される限りにおいて、委任の範囲の逸脱が認められる帰結を想定し得る(最高裁)。
but
事業年度の途中で株主等の構成の変動が生じ、どの時点をとるかによって持株割合が異なってくることは当然に想定される。

事業年度の途中で請求権勘案保有株式等割合が0%の者につき、事業年度終了の時を基準にすると当該割合が100%となるといったことが、租特法の仕組みが予定していない事態であるなどとはいい難い。

〇本件規定を適用すると当事者に回避し得ない不利益が生ずる場合には、そのことをもって、特定の適用場面への適用の限度における委任の範囲の逸脱を基礎づける余地。
but
・・・
本件優先出資証券には(一定の例外的な場合を除き)議決権がなく、Xは本件各子会社の意思決定を完全支配していた⇒あらかじめ償還のタイミングに合わせて、本件各子会社の事業年度を本件優先出資証券の償還日の前日までとするなど方法を採れば、課税を回避する余地はあった。

本来的に一律に適用することを予定しており、かつ、その内容も合理的である本件規程の適用を排除しなければならないような、回避し得ない不利益が生じているとはいい難い。

◎原審の判断について
原審:剰余金の配当等を受ける支配力がXにないことを主な理由として、本件規定を本件に適用することが制度趣旨に反する。
平成21年の税制改正において導入された外国子会社配当益金不算入制度:
内国法人が持分割合25%以上の外国子会社から受ける剰余金の配当等は原則として益金不算入とされた。

外国子会社に利益を留保しても課税の繰延べの効果が生ずることにはならない。

タックス・ヘイブン対策税制の制度趣旨につき、内国法人に配当せずに利益を留保することによる課税の繰延べの防止という説明はできないし、利益を留保するか配当するかが何らかの租税回避の徴表となる余地もない。

異なる種類の株式の間での利益の配分の問題が生じない本件の局面において、100%株主であるXにつき、単に配当受領額にのみ着目し、支配力がないなどとして本件規程を否定すべき根拠は見当たらない。

●争点②について
更正をすべき理由がない旨の通知処分と増額更正処分の双方がされた場合における通知処分の取消しを求める訴えの利益の有無に関して
最高裁:
同一の相続人に対し相続税法32条1号の規定による更正の請求に対する通知処分と同法35条3項1号の規定による増額更正処分(いずれも遺産分割による各相続人の取得財産の変動という相続税特有の後発的事由を基礎とする。)が同日に行われた事案において、当該通知処分の取消しを求める訴えの利益を否定。

あくまでも同法の規定による場合について判断。

本件:
増額更正処分後に税通法23条1項の規定によりされた更正の請求(増額更正処分により確定された税額の更正を求めるもの)に対する通知処分は、増額更正処分とは別個にされた新たな処分(例えば増額更正処分の後に増額再構成処分が行われた場合において増額更正処分が増額再構成処分に吸収されると解され得るのとは異なる)増額更正処分に実質的に包摂されるともいえない。

通知処分の取消しを求める訴えの利益を肯定。

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2024年7月13日 (土)

「都道府県の法定受託事務の処理が法令の規定に違反している」(地自法245条の7第1項)として、同項に基づき、沖縄県に対し、本件変更承認をするよう是正の指示は適法

最高裁R5.9.4

<事案>
沖縄防衛庁は、埋立の承認を受けた後に判明した事情を踏まえ、地盤改良工事を追加して行うなどするため、X(沖縄県知事)に対し、埋立地の用途及び設計の概要に係る変更の承認の申請⇒Xは、変更を承認しない旨の処分⇒沖縄防衛局は、本件変更不承認を不服として、地自法255条の2第1項1号に基づき、公有水面埋立法を所管する大臣であるY(国土交通大臣)に対し、審査請求⇒Yは、本件変更不承認を取り消す裁決⇒Xは本件裁決後も本件変更申請に係る変更の承認をしなかった⇒Yは、「都道府県の法定受託事務の処理が法令の規定に違反している」(地自法245条の7第1項)として、同項に基づき、沖縄県に対し、本件変更承認をするよう是正の指示。

Xが、本件指示は違法な国の関与に当たると主張して、地自法251条の5第1項1号に基づき、Yを相手に、本件指示の取消しを求め。

<判断>
法定受託事務に係る申請を棄却した都道府県知事の処分がその根拠となる法令の規定に違反するとして、これを取り消す裁決がされた場合において、
都道府県知事が前記処分と同一の理由に基づいて前記申請を認容する処分をしないことは、
地自法245条の7第1項所定の法令の規定に違反していると認められるものに該当。
本件指示は適法であるとした原審の判断は結論において是認することができる⇒上告を棄却。

<解説>
●行審法は、行政庁の違法又は不当な処分その他公権力の行使に当たる行為(以下「処分」)に関し、国民が簡易迅速かつ公正な手続の下で広く行政庁に対する不服申し立てをすることができるための制度を定めたもの(1条1項)であり、
処分に関する不服申立てについては、他の法律に特別の定めがある場合を除き、行審法が適用される(同条2項)。

法定受託事務に係る都道府県知事の処分についての審査請求に関する規律:
地自法は、当該処分に係る事務を規定する法律又はこれに基づく政令を所管する各大臣に対してするものと規定し(地自法255条の2第1項1号)、審査請求をすべき行政庁(行審法4条1号)に対する特則を定めているものの、他に特別の定め(行審法1条2項)をおいていない。

前記処分についての審査請求には、審査請求をすべき行政庁に関する規律を除き、行審法が適用。

本件変更不承認は沖縄防衛局という国の機関に対する処分。

最高裁:
国の機関に対する処分であっても、国の機関がその「固有の資格」(行審法7条2項)において当該処分の相手方となるものとはいえないものについては、等しく行審法が定める不服申立てに係る手続きの対象となるとして、
一般私人に対する処分と同様に、行審法が適用されることを明らかにしている。
本件変更不承認は「固有の資格」該当性が否定されるものと考えられる。

行審法は、
52条1項において、審査請求がされた行政庁がした裁決は関係行政庁を拘束する旨を、
同条2項において、審査を棄却した処分が裁決で取り消された場合には、処分をした行政庁は、裁決の趣旨に従い、改めて申請に対する処分をしなければならない旨を規定。

処分庁を含む関係行政庁に裁決の趣旨に従った行動を義務付けることにより、速やかに裁決の内容を実現し、もって、審査請求人の権利利益の簡易迅速かつ実効的な救済を図るとともに、行政の適正な運営を確保することにある。

法定受託事務に係る申請を棄却した都道府県知事の処分について、これを取り消す裁決がされた場合、都道府県知事が裁決の趣旨に従って改めて申請に対する処分をすべき義務を負う。
地自法は、245条3号括弧書において、審査請求に対する裁決を含めたいわゆる裁定的関与は国の関与に当たらない旨を規定し、前記紛争処理の対象とならないものとしている。

審査請求の手続における最終的な判断である裁決について、更に前記紛争処理の対象とすることにより、処分の相手方が不安定な状態に置かれ、紛争の迅速な解決が困難となるような事態を防ぐため。

判例時報2589

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2024年7月 9日 (火)

行政個人情報保護法45条の解釈と国賠請求

最高裁R5.10.26

<事案>
東京拘置所に収容されていたXが、行政個人情報法に基づき、東京矯正管区長に対し、Xが収容中に受けた診療に関する診療録に記録されている保有個人情報の開示を請求⇒同法45条1項所定の保有個人情報に当たり、開示請求の対象から除外されているとして、その全部を開示しない旨の決定
⇒国賠法1条に基づく損害賠償請求。

<規定>
行政個人情報 第四五条(適用除外等)
第四章の規定は、刑事事件若しくは少年の保護事件に係る裁判、検察官、検察事務官若しくは司法警察職員が行う処分、刑若しくは保護処分の執行、更生緊急保護又は恩赦に係る保有個人情報(当該裁判、処分若しくは執行を受けた者、更生緊急保護の申出をした者又は恩赦の上申があった者に係るものに限る。)については、適用しない。

<差戻前>
一審・控訴審:
①刑事施設に収容されている者に対する処遇は刑事事件に係る裁判の内容を実現させるために必然的に付随する作用であり、これに関する情報は法45条1項所定の保有個人情報に当たる。
②被収容者に対する診療は被収容者の処遇の一環として行われるもの⇒これに関する情報についても、別段の定めがない以上、同項所定の保有個人情報に該当(適用除外肯定説)

本件情報は同項所定の保有個人情報に当たり、本件決定は適法⇒請求棄却。

<上告審>
被収容者診療情報は行政個人情報保護法45条1項所定の個人情報に当たらない(適用除外否定説)⇒東京高裁に差し戻し。

ア:
①旧法13条1項ただし書が、刑事事件に係る裁判若しくは検察官、検察事務官若しくは司法警察職員が行う処分又は刑の執行に関する事項(「刑事裁判等関係事項」)とは別に、病院、診療所又は助産所における診療に関する事項(「診療関係事項」)を記録する個人情報を開示情報ファイルに悪化る処理情報開示請求の対象から除外する旨の規定をしていた
②被収容者が収容中に受ける診療の性質が社会一般において提供される診療と異なるものではないことを理由として、旧法において、被収容者診療情報は、診療関係事項として開示請求の対象から除外されており、これを刑事裁判等関係事項又は旧法7条3項3号所定の事務(勾留の執行、矯正又は更生保護に関する事務)に係る事項に関するものとして開示請求の対象から除外することは想定されていなかった。

イ:
①平成15年改正で新たに設けられた法45条1項は、旧法13条1項ただし書の刑事裁判等関係事項のほか、旧法7条3項3号所定の事務に係る事項であって(第三者による前科等の審査に用いられるのを防止するという)刑事裁判等関係事項と同様の趣旨にかなうものを含む保有個人情報について、開示請求等の対象から除外する規定。
②行政個人情報保護法には診療関係事項に係る保有個人情報を開示請求の対象から除外する旨の規定は設けられなかった
③同法45条1項が設けられるに当たり、被収容者診療情報について適用除外とすることが具体的に検討されたこと等もうかがわれない。

<その後の経緯>
東京矯正管区長は、本件決定を全部取り消すとともに、本件情報の一部を開示する旨の決定。
差戻後控訴審 Xの訴えのうち本件決定の取消請求に係る部分につき、訴えの利益を欠くとして却下する一方、損害賠償請求については、本件決定は行政個人情報保護法に反し違法として一部認容

①法務大臣及び法務省矯正局の担当者は、被収容者診療情報とは行政個人情報保護法45条1項所定の保有個人情報に当たるとの解釈(適用除外肯定説)を採用し、法務省において組織として当該解釈を周知していたものであり、全国の矯正管区長は、当該解釈に従って、被収容者の医療記録に関する開示の可否を判断
⇒法務省の担当者等に職務上の注意義務違反が認められれば、本件決定は国賠法上も違法と評価するのが相当。
②法45条1項の規定の文言からは、直ちに、被収容者診療情報が同項所定の保有個人情報に当たると読み取ることはできない⇒そのような解釈を採用すべき相応は根拠は見当たらず、法務省の担当者等は職務上の注意義務に違反した。

<判断>
①本件決定当時、公表されていた裁判例や情報公開・個人情報保護審査会の答申は、いずれも被収容者診療情報が法45条1項所定の保有個人情報に当たるとの見解を採っていたことがうかがわれる上、差戻前上告審が判示した理由と同旨の解釈を示す文献等があったともうかがわれない
前記見解が同項の文理に反するものである、あるいは、同項の趣旨に照らして不合理であるとまではいえない

本件決定当時、処分行政庁である東京矯正管区長が立脚した見解に相当の根拠がなかったとはいえず、本件決定につき国賠法1条1項にいう違法があったということはできない。

尚、この判断は、東京矯正管区長とは別の公務員である法務省の担当者等が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしたか否かによって左右されるものではない。

<解説>
●職務行為基準説

客観的にみて法令の解釈適用の誤りがみられる事案における職務上の注意義務違反については、誤りがあったことそれ自体から当然に注意義務違反が導かれるものではなく、その誤った見解に関する相当の根拠の有無が問われる。
相当の根拠の有無は、原告が主張立証責任を負う職務上の注意義務違反との関係で問題となる⇒訴訟における主張立証としては、原告において、処分行政庁の判断に相当の根拠がないことに関して主張立証すべき。

国賠法上の違法性の判断と過失の判断とは、基本的には一致する。

●控訴審:法務省の担当者等の職務上の注意義務違反に着目。
vs.
①通達の形態によりある解釈が周知
②通達に下級行政機関に対する拘束力が存する
⇒通達発出行為をした者の職務上の注意義務違反について検討する意味も観念し得る。
but
本件の場合、法務省の担当者等において、適用除外肯定説を通達により周知したり、適用除外肯定説によるべきことを個別に命じたりしていたことはうかがわれない
⇒各矯正管区長等において適用除外肯定説に拘束される状況となっていたとはいえない。

法務省の担当者等の職務上の注意義務違反を問題としてみても、(事実上はともかく)法的にみれば、開示・不開示についての決定権限を有する処分行政庁の行為である本件決定との因果性を肯定し難い⇒法務省の担当者等の職務上の注意義務違反を問題とすべき理由は見当たらないように思われる。

法務省居政局矯正量管理官編・矯正医療において、適法除外肯定説が採用。
but
①これが法務省としての公式見解とまでいえるかには疑問
②同文献の記載により、通達や職務命令等と同じような意味での拘束力が生じているとは考え難い。
仮に前記のような因果関係が肯定でき、法務省の担当者等の職務上の注意義務違反を問題とする意味がある場合においても、その注意義務違反をもって(別主体の行為である)本件決定が国賠法上違法となるのかについては疑問の余地がある。

●Xは、本件訴訟において、法務省の担当者等の職務上の注意義務違反のみを問題。
but
職務上の注意義務違反はいわゆる規範的要件であり、弁論主義の対象となる主要事実は、その評価根拠事実ないし評価障害事実

Yにおいて処分行政庁の職務上の注意義務違反(が認められないこと)に関する事実を主張している以上、処分行政庁の職務上の注意義務違反について判断を示すことが弁論主義に反するとはいえない。

判例時報2589

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

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