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2024年6月

2024年6月17日 (月)

統合失調症で心神喪失無罪。外形的、客観的にみれば故意は肯定。

東京地裁R5.6.13

<事案>
被告人が路上で通行人の背部をペティナイフで突き刺して傷害を負わせた殺人未遂とその際のペティナイフの不法携帯の事案。

<争点>
責任能力と故意の有無

<主張>
検察官:
被告人は統合失調症による幻覚の著しい影響を受けて本件犯行を行ったが、残された正常な精神機能によって本件犯行を行った部分もあり、心神耗弱の状態にあった。

弁護人:
被告人は統合失調症による幻覚の圧倒的な影響を受けて本件犯行を行った⇒心神喪失を主張。

故意について:
殺人未遂について、死亡という結果以前の「人」の認識に関わるもの。

<鑑定>
起訴後に精神鑑定を行った医師の鑑定意見は、被告人は、本件犯行当時、統合失調症にり患していたほか、境界線の知的機能(境界知能)であり、統合失調症の症状は、幻聴や幻視の異常体験が非常に活発となって最も悪化しており、幻聴等の程度は非常に混乱を来す程度に重かった。

<判断>
①医師の鑑定意見の信用性を肯定
②鑑定意見と事実関係等を総合

被告人は、本件犯行当時、統合失調症の症状が急性増悪した影響により、幻聴や幻視の異常体験が非常に活発となってかなり混乱する中で、女子中学生の幻視による「あの人は幻覚だから刺しても大丈夫。」という幻聴に逆らえずに従い、自らがペティナイフで刺している対象が実在の人であると認識できず、あるいは人である可能性を考える余裕がなく、それ以外の行動もとれない状態のまま本件犯行に及んだ可能性が否定できない。

本件犯行当時、統合失調症による幻覚の圧倒的な影響を受けて本件犯行を行ったものであり、心神喪失の状態にあった疑いがある。
・・・精神障害の影響を除き当時の状況の下で外形的、客観的にみれば、故意の存在は肯定できることを前提に責任能力を検討した。

<解説>

心神喪失:精神の障害により事物の理非善悪を弁識する能力(弁識能力)又はこの弁識に従って行動する能力(制御能力)がない状態のこと
心神耗弱:弁識能力又は制御能力が著しく減退した状態


裁判員裁判⇒
端的に「精神障害のためにその犯罪を犯したのか、もともとの人格に基づく判断によって犯したのか」という視点で検討するのがよいとの提言。
vs.
もともとの人格とは?

精神障害の影響のためにその罪を犯したのか、正常な精神作用によって犯したのか
という判断枠組み。

●裁判例①~⑫

●本件:
被告人が幻視や幻聴のため、対象が実在の人であると認識できず、あるいは人である可能性を考える余裕がなく、それ以外の行動もとれない状態のまま本件犯行に及んだとされている。
同様の例:
薬物性精神病のため、母の再婚相手を人間の姿をした「ケモノ」と考えて殺害するなどした裁判例⑪
統合失調症のため、祖母が頭から黒い影が入って2本の角がある鬼のようなものに変身して包丁と灰皿を持って向かってきたという幻覚妄想下で、その祖母に暴行を加えて死亡させた裁判例①
統合失調症のため、自分とかつての同級生であった女性以外が哲学的ゾンビだとする妄想等により5名を殺傷した裁判例⑥

行為の対象に対してこのような認知の歪みがある場合は、善悪の判断の前提となる行為の意味性質を弁識する能力自体が損なわれている
⇒精神障害の影響により罪を犯したと判断されることが多い。
このような場合、故意が欠けていると判断することも可能。
but
認知の歪みの存在を判断するためには、精神障害の有無、程度、それが認知の歪みに与えた影響等について検討せざるを得ず、これは責任能力の判断に直結するもの

故意の問題というより、責任能力の問題として処理されることが多い。


本判決:
本件犯行について、精神障害の影響を除き当時の状況の下で外形的、客観的にみれば、故意の存在は肯定できる。

自らがペティナイフで刺している対象が実在の人であると認識できず、あるいは人である可能性を考える余裕がなかった⇒対象が「人」であるとの認識がなく「殺人」の故意たなかったことになる疑いがあり、そのような判断をしたものでないことを注意的に明らかに。
but
「故意」は、まさにその時、その人が実際に認識していたところに従って判断されるべきもので、「精神障害の影響を除き当時の状況の下で外形的、客観的にみ」た「故意」は、犯罪成立要件としての「故意」とは異なる。
but
あえてこの部分を付加したのは、医療観察法との関係を考慮したためと推察。


医療観察法:
一定の重大な他害行為を行った者が、心神喪失や心身耗弱と判断され、刑の執行を免れた場合、社会復帰のため必要なときは、入院又は通院の治療を受けさせることができる。
同法2条1項に「対象行為」が規定されるが、全て故意犯。

相手を人ではなく「ケモノ」と信じて攻撃を加えたときは「殺人」の故意が認められないため、対象行為を行ったとはいえず、同法上の処遇をすることができないのではないかという疑問。

平成20年最高裁:
心神喪失として不起訴となった後、事後強盗致傷を行ったとして医療観察法上の処遇の申立てをされた者が、統合失調症による妄想等のため窃盗は事後強盗等の認識を欠いていた事案において、
対象者が統合失調症による幻覚妄想の状態の中で幻聴、妄想等に基づいて当該行為を行ったときは、対象行為に該当するかどうかの判断は、対象者が幻聴、妄想等により認識した内容に基づいて行うべきではなく、対象者の行為を当時の状況の下で外形的、客観的に考察し、心神喪失の状態にない者が同じ行為を行ったとすれば、主観的要素を含め、対象行為を犯したと評価できる行為と認められるかどうかの観点から行うべき。
but
医療観察法は、同法上の処遇の申立てについて、
①不起訴処分を経たとき(同法2条2項1号)と
②確定判決を経たとき(同項2号)
の2つのルートを定め、
①⇒対象行為の存在と心神喪失・心神耗弱について判断
②⇒この点について判断しない(同法40条1項、42条)。
上記平成20年最決は①に関するもの。

②の場合、対象行為の存否を判断する契機がない。
裁判例⑬:
故意を、①構成要件要素としての故意と②責任要素としての故意に区分し、
対象を人として認識していない⇒②は否定
人の外観を有し、人の振る舞いをするものとの認識を有している⇒①は肯定
すなわち受訴裁判所があらかじめ①を認定することで、問題の解決を図っている。
vs.
①②は実定法上の概念あるいは実務上確立された概念ではないし、①がどのようなものであるかは必ずしも明らかではなく、幻覚妄想が極めて著しく、対象を「人のようなもの」とすら認識できない場合は構成要件要素としての故意も認められないことになる。

増田(最判解説):
①精神の障害による錯誤以外には故意を欠くことはない
②被告人が幻聴、妄想等に基づいて行った行為について、これを当時の状況の下で外形的、客観的に考察して、心神喪失の状態にない者が同じ行為を行ったとすれば、主観的要素を含め、対象行為を犯したと評価できる行為であると認められることを確認した上で、故意の存否の判断を留保して責任能力の判断に進むことを提案。
本判決は、これを採用。

判例時報2588

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2024年6月16日 (日)

特許法102条2項の推定覆滅と同3項

知財高裁R4.10.20

<事案>
「椅子式マッサージ機」等とする特許権A~Cを有するXが、Yによるマッサージ機(Y製品)の製造、販売等が同特許権を侵害すると主張して、Yに対し、Y製品の製造・販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに、損害賠償請求をした事案

<原審>
Y製品は、特許権A~Cの技術的範囲に属さない⇒Xの請求をいずれも棄却。

<判断>
YによるY製品の販売等が特許権Cの侵害に当たる⇒Y製品の販売等の差止請求を認容。
XがY製品との競合品を輸出・販売していたとの事実を基礎として特許法102条2項を適用し、また、同項による損害額の推定が覆滅された部分に同条3項が適用される場合があるものとして損害額を算定し、Xの請求を一部認容。

<規定>
第一〇二条(損害の額の推定等)
・・・
2特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額と推定する。
3特許権者又は専用実施権者は、故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対し、その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる。
・・・

<解説>
●特許法102条2項適用の要件と、同項の推定覆滅部分に対する同条3項の適用の可否。

◎2項適用の要件
紙おむつ処理容器事件判決(知財高裁):
権利者が特許を実施していない場合であっても、「特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合」には2項の適用がある。
実務上は、概ね、権利者が、特許実施品の「競合品」を販売しているときには2項が適用できるものと解されている。

本判決:
特許権者が、競合品(侵害品と需要者を共通にする同種の製品であって、市場において、侵害者の侵害行為がなければ輸出又は販売することができたという競合関係にある製品)を販売している場合に2項を適用できる。
「競合品」について、特許実施品である必要はなく、特許発明と同様の作用効果を奏することも要しない。

2項が適用できる場合の1事例を示したもの。

◎2項の推定覆滅部分に対する3項の適用の可否
本判決:
侵害行為により特許権者が受けた損害は、
①侵害行為がなければ自ら販売等できて実施品又は競合品の売上の減少による逸失利益と、
②実施許諾の機会(ライセンスの機会)の喪失による得べかりし利益
とを観念し得る。

2項による損害額の推定が覆滅される場合に、推定覆滅部分について、特許権者が実施許諾をすることができたと認められるときは、3項が適用される。
そして、推定覆滅事由には、
①侵害品の販売等の数量について特許権の販売等の実施の能力を超えることを理由とするものと、
②それ以外の理由によって特許権者が販売等をすることができないとする事情があることを理由とするものがあるところ、
①については、特段の事情のない限り3項が適用
②については、特許権者が実施許諾をすることができたかどうかを個別的に判断すべき。

◎知財高裁の大合議判決として初めて、2項の推定覆滅部分について、3項が適用される場合があることを示した。

判例時報2588

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2024年6月14日 (金)

小学校の教諭の行為と発言が違法とされた事案

熊本地裁R5.2.10

<事案>
Y(熊本市)の設置する小学校に通っていたXが、在籍するクラス担任であった教諭Aから、違法な体罰や発言を受けた⇒Yに対し、国賠法1条1項に基づく275万円の慰謝料等の支払を求めた。
・・・Aは、Xが帰宅するのを制止しようと、教室の扉付近にいたXの背後から、右手でXの左手首を掴んでXを教室に引き戻し、Xと生体してその首元を掴んだ上、Xを窓側にあったXの席の近くまで5メートル程度の距離を押した(「本件行為」)。
・・
同日の6限目の授業中に、Xを含むクラスの児童全員の前で、Xに対し、
①「お前は、はっきり言ってクソだ。」
②「もう学校に来なくていい。」
といい、
同クラスの児童全員に対し、
③「もうXとは話すな。」「Xとは関わるな。」「友達は選びなさい。本当にこの人といたら楽しい、安心できるとう友達と過ごしなさない。」と言った後、
さらに、Xに対し、
④「親に言っても無駄だ。俺は撤回しないから。」
と発言。

<判断>
●公務員として職務上尽くすべき注意義務を怠ったことをもって違法とする職務行為基準説を前提に、
教諭の行為の目的、態様等に照らして、教諭が児童に対して行うことが許される教育的指導の範囲を逸脱した場合に、国賠法1条1項にいう違法性があるとの判断枠組みを採用。

●本件行為:
Xに課された目標枚数の折り鶴を提出させることを目的とするもの⇒その目的自体は、指導の一環として不合理とはいえない。
but
その態様は、
①身体への危険性があったこと
②目的達成のために他にとりうる方法が考えられたこと

教育的指導の範囲を逸脱したものとして違法であり、過失が認められる。

●本件発言:
①Xを含むクラスの児童全員の前でされたものであり、その内容が、Xを侮辱するもの(発言①)
②Xを学校生活から排除するもの(発言②③)
③発言①~③についてXに対して親権者への口封じをするもの(発言④)
④Xの態度に憤慨したAが感情の赴くままに本件発言に及んだ経緯がある

その目的自体が不合理であり、指導の一環と評価することはできず、教育的指導の範囲を逸脱したことは明らかで違法であり、少なくともその過失が認められる。

●Xが一定の肉体的・精神的苦痛を負ったことは否定できない。
but
本件行為は、その目的自体は生活指導の一環として不合理とはいえず、単発的、一回的な行為
⇒慰謝料として1万円。

本件発言:
Xを含むクラスの児童全員の前で、指導としてではなく、感情の赴くままにされた不合理なものであり、違法にXの権利を侵害することを認識しながら行われた行為であると推認できる。

本件発言全体として合計10万円の慰謝料を認めるのが相当。

<規定>
学教法11条[児童・生徒・学生の懲戒]
校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。

<解説>
懲戒が「体罰」に及んではいけないことはもちろん
but
「教育上必要がある」とはいえない場合にも懲戒することができないなど、教員の懲戒権の範囲には一定の制約がある。

「体罰」に該当しない教育目的による懲戒であっても、その態様等によっては、「教育上必要がある」とはいえないものとして、国賠法1条1項の適用上違法と判断されることがある。

公立小学校の教員が、悪ふざけをした2年生の男子を追い掛けて捕まえ、その胸元をつかんで壁に押し当て大声で叱った行為が、その目的、態様、継続時間等から判断して、教員が児童に対して行うことが許される教育的指導の範囲を逸脱するものではなく、学教法11条ただし書にいう体罰に該当せず、国賠法上違法とはいえない(最高裁)。

教員が児童に対してして有形力が軽微な事案についての事例判決であり、一般的な判断基準を示したものではない(調査官解説)。
but
学教法11条に基づく懲戒の違法性に関し、その教育上の目的、態様、継続時間等を総合考慮して判断をした点については、一定の先例性がある。

本判決:
最高裁が示した考慮要素を踏まえつつ、教諭が児童に対してすることが許される教育的指導の範囲を逸脱した場合に、国賠法1条1項にいう違法性があるとの判断枠組みを採用。

判例時報2588

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2024年6月13日 (木)

他人の物の非占有者が業務上占有者の横領に加功した場合の時効

最高裁R4.6.9

<事案>
代表取締役であった被告人が、同社の経理業務を統括していたCと共謀の上、横領。
被告人は、犯行時、代表取締役を退任しており、前記預金を占有していなかった。

<解説>
最高裁:
他人の物の非占有者が業務上占有者の横領に加功した場合について、
最高裁:
刑法65条1項により同法と253条に該当する業務上横領罪の共同正犯として論ずべきものであるが、
同法65条2項により同法65条2項により同法252条1項の通常の横領罪の刑を科すべきもの。
本件:犯行日から控訴提起まで6年10か月が経過⇒被告人に対する公訴時効の成否が問題。

<1審>
公訴時効の期間は、科される刑を基準として定められるべき⇒5年⇒免訴

<控訴審>
公訴時効の期間は、成立する犯罪の刑を基準として定めるべき
業務上横領罪の法定刑を基準とすると、公訴時効の期間は7年
⇒公訴時効は成立していない⇒懲役2年に。

<判断>
非占有者である被告人に対する公訴時効の期間は、横領罪の法定刑を基準とした5年と解すべき⇒1審の免訴は正当。

<解説>
●身分犯の共犯
身分犯の共犯について
刑法65条1項:真正身分犯(構成的身分犯)
同条2項:不真正身分犯(加減的身分犯)
を規程。

業務上横領罪:業務者かつ占有者という2つの身分を有する者を主体とする身分犯。
非占有者は、同条1項により業務上横領罪の共犯となるが、
同条2項により横領罪の刑を科す。

罪名として業務上横領罪が成立し、
科刑については横領罪の法定刑が適用。
業務上横領罪は、非占有者との関係では真正身分犯⇒非占有者について同条1項が適用されて同罪の共犯。
but
占有者が業務上横領罪に加功したときとの刑の不均衡を回避するため、同条2項を適用して横領罪の刑を科すこととしたもの。

●公訴時効制度の趣旨
①時の経過により犯罪の社会的影響が微弱化し、当該犯罪行為の可罰性が減少という実体的法的根拠(実体法説)
②時の経過により証拠が散逸し、適正な裁判の実現が困難になるという訴訟法的根拠(訴訟法説)
③その両方を理由とする(競合説)
④犯人が一定期間訴追されていないという事実状態を尊重し、国家の訴追権を抑制し、個人の権利を保護する制度(新訴訟補説)

通説:
これを多義的なものと捉え、公訴時効制度は、これらの存在理由を総合し、犯人の処罰の必要性と比較衡量して設けられた立法政策上の制度。

●本判決について
原判決:成立罪名基準説



本判決:
(1)公訴時効制度の趣旨:
①処罰の必要性と法的安定性の調和を図ることにある
②刑訴法250条が刑の軽重に応じて公訴時効の期間を定めているのもそれを示すもの
(2)処罰の必要性(行為の可罰的評価)は、犯人に対して科される刑に反映される

公訴時効制度を基礎付ける比較衡量の一方の要素である犯人に対する処罰の必要性は、行為の可罰的評価を表す当該犯人に科罰される刑に表されるとして公訴時効制度の趣旨から結論を導いている。
原審が指摘する犯罪の社会的影響の希薄化という実体法的要素

比較衡量のもう一方の要素である法的安定性の一内容。
but
生じた社会的事象としては同一だっても、主観面等が異なることにより成立犯罪が異なることはあり得、それが共犯者間で生じることもあり得る。

犯罪の社会的影響やその希薄化による可罰性の減少と言った観念にしても、行為の可罰的評価に左右される。


刑訴法 第二五三条[時効期間の起算点]
時効は、犯罪行為が終つた時から進行する。
②共犯の場合には、最終の行為が終つた時から、すべての共犯に対して時効の期間を起算する。

刑訴法 第二五四条[時効の停止①]
時効は、当該事件についてした公訴の提起によつてその進行を停止し、管轄違又は公訴棄却の裁判が確定した時からその進行を始める。
②共犯の一人に対してした公訴の提起による時効の停止は、他の共犯に対してその効力を有する。この場合において、停止した時効は、当該事件についてした裁判が確定した時からその進行を始める。

●山口補足意見
身分のない共犯に「通常の刑」を科す刑法65条2項は、身分の有無による処罰の必要性の相違を科し得る刑に反映させるための規定であり、
公訴時効制度の趣旨に照らすと、法の制約の枠内で、処罰の必要性をよりよく反映した刑が公訴時効期間の基準とされるべき。
①共犯事件について公訴時効期間の統一を求める規定は存在せず、刑訴法253条2項は、同条1項の「犯罪行為が終わった時」を公訴時効の起算点とする一般規定を共犯の場合に確認するものであって共犯の特則を定めるものではない。
②同法254条2項についても、控訴提起以外の事情による時効の停止効(同法255条1項)は他の共犯に及ばない

共犯の統一的処理の理念は、公訴時効制度の根幹にかかわるものとはいえない。
業務上占有者に占有者が加功した場合、判例の立場によれば、刑法65条2項により占有者には横領罪が成立し、同罪の法定刑が公訴時効期間の基準となるところ、本論点について業務上横領罪の法定刑を基準とすると、非占有者と占有者との間で公訴時効につき不均衡が生じる。

●判例は、不真正身分犯には刑法65条1項の適用はなく、同条2項のみが適用されるとの立場。

共犯者間の錯誤事案において、罪名と科刑を分離される処理を否定し、主観の異なる共犯者間では、当初から各人の主観に応じた犯罪が成立するとの判断(共犯者間で罪名の一致を要求する立場には立たない。)。

非身分者が不真正身分者に加功した場合、非身分者には当初から非身分犯の罪(通常の罪)が成立し、通常の刑が科される。
その場合、当然に通常の刑が公訴時効期間の基準となる。

判例時報2587

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23条照会に応じたことと不法行為責任(否定事例)

東京地裁R4.12.26

<事案>
Xは、離婚した元配偶者であるAから、不法行為に基づく損害賠償を求める訴えを提起された(別件訴訟)。
別件訴訟において、Aは、Xが腎臓病にり患していることを秘して婚姻したことが告知義務に違反し、不法行為を構成すると主張。
Aは、別件訴訟において、Xが婚姻前に腎臓病にり患していることを認識していたことを立証する目的で、都道府県から¥Xに対する医療受給者証の交付の有無及び時期等の調査を東京都福祉保健局に求める旨の調査嘱託の申立て⇒Xは、同申立ては立証の必要性に欠け、探索的調査であることを理由に、申立ての却下を求める旨の意見書を提出⇒受訴裁判所は、同申立ての採否を留保。
Aの代理人弁護士は、東京弁護士会に対し、Xの腎臓病の治療経過及びインフォームドコンセントの実施状況について、Z病院に弁護士法23条照会の申出⇒弁護士会が23条照会⇒Yは、Xの入院時に作成された診療録、所見さの結果に係る報告書及び治療実施に当たっての同意書等の各写しを送付。

本件:
Xが、Yに対し、Yが本件報告を行ったことはXの人格権等を侵害⇒不法行為又は債務不履行に基づき損害賠償を求めた。

<判断>
XとYとの間の診療契約上の付随義務として、Yは、Xに対し、Xの診療経過等を含む診療上知り得た患者の秘密を正当な理由なく第三者に漏えい、開示等をしてはならない義務(守秘義務)を負う。
but
23条照会を受けた団体は、当該照会の必要性等について積極的に調査をすべき義務を負わない。
Yが本件報告をしたことにつき守秘義務違反を問われるのは極めて限定的な場合に限られるが、そのような場合には当たらない⇒請求棄却。

<解説>
23条照会の制度趣旨:
最高裁を引用し、
23条照会の制度は、弁護士が受任している事件を処理するために必要な事実の調査等をすることを容易にするために設けられたもの。
23条照会を受けた団体は、正当な理由がない限り、照会された事項について報告すべき義務を負う。
・・・この制度の適切な運用を図るためんじ、照会権限を弁護士会に付与し、個々の弁護士の申出が上記制度趣旨に照らして適切であるか否かの判断も当該弁護士会に委ねている。

23条照会を受けた団体は、当該紹介の必要性やこれに応ずることの相当性について積極的に調査をすべき義務を負わないものと解するのが相当。

判例時報2587

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ノーモア・ミナマタ第2次近畿訴訟第1審

大阪地裁R5.9.27

<事案>
水俣病にり患したと主張する患者128名が、メチル水銀の排出企業であるチッソ㈱に対し、不法行為に基づく損害賠償を求めるとともに、国及び熊本県に対し、規制権限の行使を怠るなどしたとして、国賠法1条1項に基づく損害賠償を求めた。

<判断>
患者らがいずれもメチル水銀へのばく露により四肢抹消優位又は漸進性の感覚障害等の症状を生じており、水俣病にり患。
除斥期間等に関する被告らの主張を排斥し、患者1名当たり275万円の限度で請求を認容。

<経緯>
公害健康被害の補償などに関する法律に基づいて、水俣病にりり患しているとの認定を受けた患者は、同法に基づく補償を受ける。
行政:昭和52年判断条件
but
未認定者による多数の訴訟が提起。
①水俣病関西訴訟控訴審判決:
昭和52年判断条件より広い範囲で水俣病へのり患を認定
国についてはいわゆる水質2法に基づく規制権限の行使を怠ったことによる責任
熊本県については県漁業調整規則に基づく規制権限の行使を怠ったことによる責任
を肯定。
②同訴訟上告審判決:
原審の判断を基本的に是認。

水俣病被害者の救済及び水俣病問題の解決に関する特別措置法(特措法)が平成21年7月に交付・施行。
救済を受けるべき人々があたう限りすべて救済されること(3条)
公健法に基づく判断条件を満たさない者であっても、対象地域に1年以上居住していたといったばく露に関する条件及び四肢抹消優位又は漸進性の感覚障害が認められるといった症状に関する条件を満たす

事業者からの一時金等の支給がされる。

●病像及び診断基準
◎疫学の位置付け
原告ら:
過去の疫学調査及びこれを基にした津田教授の研究によれば、
メチル水銀のばく露地域に居住していたことと感覚障害との間に明らかな疫学的因果関係が認められる。

個々の患者におけるメチル水銀ばく露の事実と現在の感覚障害との法的因果関係を認める上での重要な根拠。

被告ら:
疫学は集団を対象とするものであり、直ちに個々の患者における法的因果関係の判断のためにもちいることはできない。
疫学調査には各種のバイアスが介在。
疫学的な知見を考慮すべきことに言及する最高裁判決がある一方で、
これまでの裁判例には、疫学的研究の限界を指摘し、事実認定の上で重視しないものが目立っていた。

本判決:
疫学的因果関係が認められることは、法的因果関係を判断する上で重要な基礎資料となるとして津田教授の研究に信頼性を認めた。
水俣病のり患の判断に当たっては、
①メチル水銀ばく露の事実が認められ、
②四肢抹消優位又は全身性の感覚障害が認められることをを前提とした上で、
他の症候の有無、発症に至る経緯、他原因の可能性の有無等の個別的事情を総合的に考慮するのが相当。

◎遅発性水俣病
前記①判決:
遅発性水俣病の存在を認めつつ、除斥期間の起算点との関係で、転居(摂食中止)から遅くとも4年を経過した時点において客観的に最初の存在が発生していたとした第1審判決を指示。
前記②判決:原審の認定した事実関係の下では、転居から遅くとも4年を経過した時点が除斥期間の起算点となるとした原審の判断も是認し得る。
but
同判決は、遅発性水俣病に関する事実認定の当否について判断したものではない。

本判決:

複数の研究報告を踏まえ、遅発性水俣病の存在を認めた上、特定の年数をもって発症時期を限定することはできない。

●ばく露の判断基準
◎地理的範囲
本判決:
国が定めた暫定的規制値より低い水銀値の魚介類であっても、個人の感受性や魚介類の接触涼によって水俣病の発症リスクが認められる。
その上で、熊本県及び鹿児島県における毛髪水銀値の調査結果や、魚介類の水銀値の調査結果等を基に、水俣病を発症し得る程度のばく露が広範囲に広がっていた。
特措法の対象地域外である各地域について、漁業や魚介類の流通の状況を個別に検討し、これらの地域の居住者でも、不知火海の魚介類を多食したと認められる場合には、水俣病を発症し得る程度のばく露が認められる。

◎昭和44年以降の汚染状況
地租が排水を停止した後の昭和44年以降について、人体や魚介類の水銀値に関する調査結果等

少なくとも、昭和49年1月に水俣病に仕切網が設置されるまでの時期に、水俣湾又はその近くで獲られた魚介類を多食した者は、感受性の程度によっては水俣病を発症し得る程度にメチル水銀を摂取したと推認される。

●個別の患者についての検討
個別の患者について、生活歴を認定した上、いずれもメチル水銀中毒症を発症し得る程度のばく露があった。
医師らが集団検診等で作成した共通診断書を基に四肢抹消優位又は全身性の感覚障害等の症候を認め、糖尿病や変形脊椎症等の他原因では当該症候を説明できない。

水俣病にり患している。

●除斥期間
水俣病の場合を含め、身体に蓄積する物質が原因で人の健康が害されることによる損害や、一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる疾病による損害のように、当該不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合

当該全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となる(確立した判例)。

損害の発生時期の認定が次の問題。
被告ら:
(1)ばく露終了(転居時若しくは排水停止後間もない時期)から最大4年間の潜伏期間経過時、又は
(2)各患者の自覚症状出現時が損害の発生時期に当たる。
vs.
対(1):上記②判決は、摂食中止から4年以内に水俣病の症状が客観的に現れるという原審の認定を前提として、4年経過時が除斥期間の起算点となるとした原審の判断を是認⇒遅発性水俣病にそのまま適用することはできない。
対(2):
自覚症状の出現をもって損害の発生と評価できるか?
集団予防接種によるB型肝炎ウイルス感染訴訟で、最高裁H18..6.16:
B型肝炎と診断された時を除斥期間の起算点として採用している
but
同判決については、診断時より前に発生しているとの認定がないため、診断時を発症時とみているにすぎないとの指摘もされている。

本判決:
①神経学的検査等によって確認可能な程度に症状が出現する時期と自覚症状の出現時期が一致するとは限らない
②遅発性水俣病について、ばく露終了から特定の期間内に症状が客観的に現れると認めることができない

共通診断書により水俣病と診断された時が損害の発生時期すなわち除斥期間の起算点。

判例時報2587

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2024年6月12日 (水)

商品の形態と不正競争防止法2条1項1号にいう「商品等表示」該当性

東京地裁R4.12.20

<事案>
原告商品の形態は商品等表示に当たり、Y1が当該商品等表示に類似した形態を商品等表示として使用したジェネリック医薬品である商品を背う増資、Y2がこれを販売する行為は、不正競争防止法2条1項1号の不正競争行為に該当⇒Y1とY2に対し、同法3条1項に基づき、被告商品の譲渡等の差止めを、同条2項に基づき、被告商品の廃棄を求めるとともに、同法4条、5条2項に基づき、損害賠償金等の支払を求めた。、

<規定>
不正競争防止法 第二条(定義)
この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
一 他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為

<判断>
●判断基準
商品の形態は、特定の出所を表示する二次的意味を有する場合があるものの、商標等とは異なり、本来的には商品の出所表示機能を有するものではない⇒その形態が商標等と同程度に不正競争法による保護に値する出所表示機能を発揮するような特段の事情がない限り、商品等表示には該当しないというべき。

客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴(「特別顕著性」)を有しており、かつ、
②特定の事業者によって長期間にわたり独占的に利用され、又は短期間であっても極めて強力な宣伝広告がなされるなど、その形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして周知(「周知性」)であると認められる特段の事情がない限り、同号にいう商品等表示に該当しない。
周知な商品等表示に化体された他人の営業上の信用を自己のものと誤認混同させて顧客を獲得する行為を防止するという同号の趣旨
⇒商品の形態が、取引の際に出所表示機能を有するものではないと認められる場合には、特定の出所を表示するものとして特定顕著性又は周知性があるとはいえず、商品等表示に該当しないと解するのが相当。

●あてはめ
①医師及び薬剤師は、・・・
②医師は、・・・
③薬剤師は、・・・
④患者は、・・・

医師、薬剤師とも、有効成分、銘柄名、先発薬又は後発薬の区分を明確に認識した上で、医師にあっては、処方する医薬用医薬品を処方箋に記載し、薬剤師にあっては、医師からの当該処方に基づき医療用医薬品を調剤していることが認められ、また、患者は、調剤薬局において、一般に先発薬と後発薬のいずれかを希望するのか述べるにとどまり、それ以上に、違約用医薬品の形態そのものを見比べるなどして医療用医薬品を当該形態自体によって選択することはない。

原告商品の需要者である医師及び薬剤師は、医療用医薬品を選択するに当たり、原告商品の形態によってその出所を識別するものではなく、仮に患者も原告商品の需要者であるとしても、前記認定は同様に当てはまる。
かかる取引の実情
⇒原告商品の形態は、一定程度周知性があるとしても、取引の際に出所表示機能を有するものではなく、商品等表示に該当しない。
仮に、原告商品の形態が商品等表示に該当するという見解に立ったとしても、原告商品の需要者である医師や薬剤師は・・・患者も・・・・⇒被告商品の形態自体が、原告商品と混同を生じさせるものでないことは明らか。

<解説>
●商品形態の商品等表示該当性
◎一般的判断基準が実務上定着。
but
①商品等の形態のうち出所表示機能を発揮する商品等表示部分は、取引の実情等によって時間的にも場所的にも変わり得る
②意匠権とは異なり図面又は写真で保護範囲が特定されて公示されるものではなく、仮に一旦保護されると認められた場合には、その他の知的財産権とは異なり、その保護期間が永続する余地を残す

近時では、商品形態が商品等表示として保護されるための要件及びその範囲を明確かつ厳格に判断しようとする裁判例が増えている。
◎関連裁判例
◎本判決の位置付け

判例時報2586

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2024年6月11日 (火)

有期契約労働社員と無期契約労働社員の待遇差と労契法20条

津地裁R5.3.16

<事案>
有期雇用契約社員又は準社員である原告らが、被告に対し、
❶原告らと正社員との間で、
①~⑧に違いがあり、労契法20条に反する⇒不法行為に基づき損害賠償を求めるとともに
❷原告らと労働契約締結時典において、被告には有期雇用契約社員を規定する就業規則が存在しなかった⇒原告らは同時点から準社員であった。

主位的に不法行為に基づき、予備的に債務不履行に基づき、準社員であったのに支給されなかった賞与額につき、損害賠償を求めた事案。

なお、被告は、口頭弁論終結時までに、有期雇用契約社員を全て準社員とした上で、期間の定めのない労働契約(無期転換準社員)に変更。

<判断>
❶について:
有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるかを判断するにあたっては、両者の賃金の総額を比較することのみによるものではなく、当該賃金項目の趣旨を個別的に考慮するべきものと解するのが相当。
②扶養手当
③リフレッシュ休暇
⑤年次有給休暇の半日単位の取得
⑦特別休暇
の相違については不合理⇒原告らの請求を一部認容。

❷について:
原告らと被告において個別の労働契約が締結されたものであり、準社員として労働契約を締結したとは認められない。

<解説>
労契法20条は、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理なものであってはならない旨を規定
同条違反の判断枠組みについて、
判例は、
①有期契約労働者と無期契約労働者との間の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度
当該職務の内容及びその配置の変更の範囲その他の事情
を指摘した上で、
その判断においては各賃金項目等の個別の趣旨を考慮すべき

●本判決:
原告らと、原告らが比較対照にすべきとする正社員との間で、職務の内容や配置の変更への範囲には大きな違いがあるとした一方、
その他の事情として、
ア:原告らは期間の定めのある労働契約であはあるものの、その契約は反復更新されることが前提となっていること、
イ:原告らの被告との間で本件訴訟に至るまでに労使交渉がされ、原告らの待遇が一部改善されてきたこと
を重要なものとした。


①通勤手当:
その趣旨⇒原告らにも支給すべきとも考えられる。
but
被告における代替手段があったことをその他の事情のとして考慮して、不合理であるとはしなかった。

②扶養手当及び③リフレッシュ休暇:
その趣旨(②について、継続的な雇用の確保、③につき、長期間の勤務年数に達した者に対する報償)⇒被告との労働契約が反復更新されることを前提としていた原告らにおいても妥当するものとして、その相違は不合理。
扶養手当に関して最高裁R2.10.15:
「扶養親族があり、かつ、相応に継続的な勤務が見込まれる」場合には、扶養手当の趣旨は有期契約社員にも妥当

最高裁R2.10.15:
病気休暇に関する判断の中でも「相応に継続的な勤務が見込まれる」かどうかを考慮事項としている。

本件:
原告らは、6か月又は1年以内の労働契約を締結し、かつ、反復更新されることを前提とするものであった(被告においては、特段の事情がなければ契約更新され、原告らは退職した者も含めて10年以上勤務していた。)
⇒相応に継続的な勤務が見込まれると判断することが容易であった。


④賞与及び基本給:
原告らと正社員との職務の内容及びその配置の変更の範囲の違いが大きく、それを反映した賃金項目⇒不合理でない。


⑤年次有給休暇の半日単位の取得及び⑦特別休暇:
その趣旨(⑤につき、柔軟な取得による年次有給休暇の有効活用、⑦につき、特別な事情における準備又は対応期間の確保)⇒職務の内容及びその配置の変更の範囲の違いに関係がないもの⇒その相違は不合理。


⑥年次有給休暇日数:
結論としてその付与日数の相違が不合理であるとはしなかった。
but
労基法39条1項及び2項の基準を満たすことのみで合理性を判断していない⇒同条の基準を満たすだけでは直ちに不合理ではないとしたものではない。


⑧福利厚生:
別組織によるものであり、被告が直接の権限を有しないものとして、労契法20条の問題として捉えなかった。

●労契法20条違反が争われた最高裁判例
解説
最高裁R5.7.20:
定年退職後再雇用された嘱託職員の事案につき、その性質・支給の目的及び労使交渉の具体的な経緯を検討又は勘案すべきと判示して原審に差し戻されている。

判例時報2586

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2024年6月 8日 (土)

二重偽装請負と労働者派遣法40条6の類推等

大阪高裁R5.4.20

<事案>
Xが、
①Y1に対し、労働者派遣法40条の6により、 Y1がXに労働契約の申込みをしたとみなされ、Xがこれを承諾したなどと主張し、
②Y2に対し、Y2との関係でも前記①と同様の主張をして、
③Y3に対し、無効を主張して、
Yらそれぞれに対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認及び賃金の支払を求めるとともに、
④Yらに対し、Xに違法な就労をさせたこと等が不法行為に当たると主張し、損害賠償金の支払を求めた。

<争点>
労働者派遣法の労働契約申込みみなしに関する同法40条の6をめぐって、
❶二重偽装請負における注文者Y1に同条が適用又は類推適用されるか、
❷二重偽装請負における元請人Y2に同条が適用されるか否か、
❸Y2に同条1項5号所定の同法等の適用を免れる目的があったと認められるか否か

<判断>
原審:請求を全部棄却
判断:控訴棄却

<解説等>
●争点❶について
◎ 労働者派遣法40条の6第1項:
「労働者派遣の役務を受ける者」が同項各号に掲げる行為⇒その時点において「当該労働者派遣の役務の提供を受ける者」から「当該労働者派遣に係る派遣労働者」に対し、労働契約の申込みをしたものとみなす。
同項5号:
同法又は同法第3章第4節の規定により適用される法律の規定の適用を免れる目的(「派遣法等免脱目的」)で、請負等の名目で契約を締結し、労働者派遣の役務の提供を受ける行為を掲げる。
「労働者派遣」といえるためには、自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、かつ、他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させる必要がある(同法2条1号)。
二重偽装請負についてみると、元請人が労働者を注文者に提供する行為派、自己の雇用する労働者を提供していない点で、労働者派遣に当たらず、そうすると、注文者は、元請人から労働者派遣を受けていない点で、同法40条の6の直接適用を受けない。

同条の直接適用を否定。

◎労働者派遣法40条の6の趣旨:
同条1項各号所定の違法派遣を受け入れた者は、善意無過失の場合を除き、その受入れについて責任がある⇒そのような者に対し、派遣労働者に労働契約の申込みをしたものとみなすという民事的制裁を科すこと等にある。
⇒二重偽装請負の注文者についても、その趣旨が当てはまるといえ、類推適用されるとする有力説(菅野他)がある。
but
原判決・本判決は否定。
本判決:
①労働者派遣法の昭和60年制定時に、職安法が従前禁止していた労働者供給の4類型のうち、1類型(供給元・労働者間に労働契約があり、供給先・労働者間に動労契約がなく事実上の関係のみgたある形態)を労働者供給から切り分け、これを労働者派遣法の規制対象とした上で適法化し、残りの3類型は職安法の規制対象として残したという点を重視。
②労働者派遣法の制定時における衆議院及び参議院の審議の際の附帯決議に、二重派遣は労働者供給事業に該当する旨の解釈が示されていたことを指摘。
③二重偽装請負における元請人に同法40条の6が適用⇒注文者に同条が類推適用されないと介しても、労働者にとって支障が大きいとはいえない。

●争点❷について
元請人・労働者間に指揮命令関係あがれば、下請人に労働者派遣法40条の6が適用される

平成27年通達:
二重偽装請負の注文者・労働者間、元請人・労働者間の双方に指揮命令関係がある場合には、元請人に同条が適用されるとの解釈。
but
具体的にどのような場合に元請人・労働者間の指揮命令関係が認定され得るかは示されていない。

原審:指揮命令関係を否定。

本判決:
Y2・X間の指揮命令関係が認められるとし、Y2に労働者派遣法40条の6が適用される。

●争点❸について
①Y2において、Y2・X間に偽装請負の状態が生じていることを明確に認識することが困難
②大阪労働局長の是正支持の前後に偽装請負の解消に向けて相応の改善策を講じたといえる

派遣法等免脱目的があったとは認められない。

判例時報2586

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IP電話サービス業者の過失に因る幇助による不法行為(肯定事例)

東京高裁R4.4.12

<事案>
Y:IP電話サービスの提供等を目的とする会社。
金融商品取引等を装った詐欺の被害に遭ったと主張するXらが、Yに対し、Yが犯罪による収益の移転防止に関する法律所定又は条理上の本人確認義務等を怠って電話転送サービスを提供⇒前記各詐欺の実行を容易にし、もって前記各詐欺の実行犯を過失により幇助したものとして、共同不法行為責任を負う⇒損害賠償を請求

犯収法2条2項の「特定事業者」にいわゆる電話転送サービス事業者を含める旨の改正は、平成25年4月1日から施行。
本件で問題になったYの電話転送サービス:
Yから電話番号を購入し、自身の保有する携帯電話の番号やYから購入する端末機器のID等を紐づけを行うことにより、Yから購入した電話番号を利用して発着信を行うことができるというもの。

<争点>
①犯収法上の本人確認義務の有無
②犯収法改正以前における条理上の本人確認義務違反及び同法改正前後におけるその他の注意義務違反の有無
③前記各注意義務違反と詐欺被害との間の因果関係の有無

<判断>
●争点①:
犯収法4条1項1号の本人確認義務の対象となる「顧客」とは、特定事業者が特定業務において行う特定取引の相手が、すなわち、特定取引に係る役務の直接の受け手である契約の相手方がこれに該当。

Yは、電話転送サービスを提供する際に、Yと直接取引をした中間業者の本人確認を行っており、Yに犯収法上の本人確認義務違反はない。

●争点②③について
①Yは、犯収法施行の前後を問わず、取引の相手方である中間業者などの顧客についての本人確認義務を負い、これを怠った結果、Yが提供する電話番号が特定できないエンドユーザーによって特殊詐欺に利用された場合には、欺罔行為を用意にしたものとして過失による幇助の不法行為を負う。
Yが提供した特定の電話番号について、解約依頼を伴う捜査関係事項照会や特定の犯罪に使用されていることを明記した弁護士会照会がなされることなどにより、特殊詐欺その他の何らかの犯罪に利用される具体的な危険性が予見ないし認識できた場合には、当該電話番号の役務提供契約の解約等の措置を講ずるべき注意義務を負い、これを怠った結果、Yの提供番号が特殊詐欺に利用された場合には、欺罔行為を容易にしたものとして過失による幇助の不法行為責任を負う。
③中間業者がYの提供による電話番号について契約の相手方に対する本人確認義務を怠り、その結果、Yの提供番号がエンドユーザーによって特殊詐欺等に利用された場合に、Yにおいて、契約の直接の相手方である中間業者が本人確認義務を怠っていることを予見でき、かつ、取引関係に基づく権利義務関係を適切に行使することによって、特殊詐欺等に利用された提供番号の使用を未然に防止できたときは、Yは、取引の相手方である中間業者の顧客の本人確認義務を履行されているかを調査し、本人が特定できない電話番号の回線については取引を停止するなどの条理上の注意義務を負う。
本件では、Yは、Xらが受けた詐欺被害につき、過失による幇助の責任を負うものとは認められない。

<解説>
●犯収法は、特殊詐欺について、特殊詐欺グループが電話が金融機関の口座等を調達する必要がある⇒これらを取り扱う特定事業者(同法2条2項)に対して、本人特定事項の確認義務を課して(同法4条1項1号)、犯罪による収益の移転防止を図っている(同法1条)。
but
同法4条1項が、IP電話サービスを提供する事業者と直接の取引関係にない者に対してまで確認を求めるものではない
⇒本件のような特殊事業者と直接の取引関係のない者による特殊詐欺について、同項を直接の根拠として、当該特定事業者の責任を問うことは困難。

①特殊詐欺が増加傾向にある
②携帯電話などの番号が特殊詐欺に利用されることが社会一般に認知されている

IP電話サービスを提供する事業者としても、提供番号が特殊詐欺に用いられないような方策を講じる必要がある。

犯罪行為を容易にさせるという点につき過失による幇助を認めた。

●違法な勧誘行為を行っていた者に事務所を使用させた者に幇助の責任を認めた事例(東京高裁H29.12.20)。

私書箱サービスを営む会社に、
契約締結時や個別の取引の際の事情から顧客等が犯罪収益を移転しようとしている疑いがある場合には、かかる事業についてより詳細な確認を行い、かかる疑いがある場合には、かかる事情についてより詳細な確認を行い、かかる疑いが払拭されない限りは取引を停止しなければならないという条理上の注意義務を認めた事例(東京地裁)。
「条理上の注意義務」が、濫用的に用いられてはならないが、犯罪収益の移転防止に社会的役割を担う特定事業者に課せられる契約上の義務のみでは犯罪を防止することはできないことに照らして、一定の場合には積極的に肯定することも相当といえよう。

判例時報2586

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2024年6月 4日 (火)

商業的写真をウェブページに掲載した行為と引用(否定)

東京地裁R5.5.18

<事案>
写真家である原告は、被告会社が受託した小冊子の作成において、写真4点を掲載することを許可。
被告会社は、小冊子の作成後、自社の実績紹介として被告会社のウェブページに本件各写真を掲載。

本件著作権に係る公衆送信権侵害を構成⇒被告会社及び被告会社の代表取締役である被告Bに対し、連帯して、
被告会社については、民法709条及び著作権法114条3項に基づき、損害賠償金1億7540万円及び遅延損害金の支払を
被告Bについては、会社法429条1項に基づき、前記損害賠償金及び遅延損害金の支払を、それぞれ求めた。

<争点>
著作権法32条1項の引用の成否。

<規定>
著作権法 第三二条(引用)
公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。

<判断>
著作権法32条1項の引用に該当するものとは認められない⇒連帯して414万円及び遅延損害金の支払を命じた。
公正な慣行に合致するものであり、かつ、引用の目的上正当な範囲内であるかどうかは、社会通念に照らし、他人の著作物を利用する目的のほか、その方法や態様、利用される著作物の種類や性質、当該著作物の著作権者に及ぼす影響の程度などを総合考慮して判断されるべき。
本件各写真は、被告会社に対し、合計460万円で利用許諾されたものであり、商業的価値が高いものであるところ、
❶本件各写真は、その契約の許諾期間経過後に、本件ウェブページに掲載
❷本件ウェブページにおいて、本件各写真にカーソルを合わせた場合、本件各写真は、画面左側にある本件小冊子についての解説文よりも、画面右側に大きく拡大表示され、また、同解説文において本件各写真と関連性のある内容は、本件小冊子のコンセプトが一文付されるにすぎず、その一文も少なくとも商業的価値の高い本件各写真との関係上は、本件各写真の沿え物にとどまる。
➌本件各写真のデジタルデータは、無断複製防止措置がされず、インターネット上に原告の名前が付されずに相当広く複製等されるに至ったことが認められる。

本件ウェブページには、
①商業的価値が高い本件各写真がそれ自体独立して鑑賞の対象となる態様で大きく掲載されており、
②本件各写真のデジタルデータは、無断複製防止措置がされずインターネット上に相当広く複製等されている
⇒本件各写真の著作権者である原告に及ぼす影響も重大。

本件ウェブページにおける本件各写真の利用は、本件各写真の性質、掲載態様、著作権者である原告に及ぼす影響の程度などを総合考慮すれば、公正な慣行に合致せず、かつ、引用の目的条正当な範囲内であるものと認めることはできない。

<解説>
●引用の成立要件
A:主従関係説(2要件説):
「引用」の成立要件として、引用して利用する側が著作物であることを前提に、
①引用して利用する側の著作物と引用されて利用される側の著作物とを明確に区別して認識することができること(明確区別性)、
②前記の両著作物の間に前者が主、後者が従の関係があること(主従関係性)を要する。
vs.
旧著作権法における判断基準であり、現行著作権法の文言に即して判断すべき。

B:総合考慮説:
「公正な慣行」に合致するか否か、引用の目的上「正当な範囲内」であるか否かを総合的に判断するという基準。
高部:「公正な慣行」と「正当な範囲」という2つの柱について、著作物の性質、利用態様、利用目的・利用分量等の諸要素を総合的に勘案して引用に当たるか否かを判断するのが相当。
中山:現行法の解釈としては、論理的には、まず引用であること、次いで32条に規定する「公正な慣行」、「正当な範囲」という要件の分析を図るべき。

●隣接法からの考察
パブリシティ権侵害の判断基準についての検討の中で、法32条の解釈と通じることがあるように思うとして、
著作物の創作性のある部分は主として引用して利用することは許されないが、
従として引用して利用するのであれば、引用の目的上正当な範囲内であり、かつ公正な慣行に合致するものである限るにおいて許される。

パブリシティ権の判断基準:
肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象とする利用はパブリシティ権を侵害。

金築補足意見:
侵害態様として、肖像写真と記事が同一出版物に掲載されている場合、写真の大きさ、取り扱われ方等と、記事の内容等を比較検討し、記事は添え物で独立した意義を認め難いようなものであったり、記事と関係なく写真が大きく扱われていたりする場合を挙げている。

●フェア・ユースの規定との関係
フェア・ユースの規定のない中で最も適用の可能性が高い個別的制限規定が、一般条項に近い「引用」の規定であるとされ、
総合考慮説は、「引用の目的」、「公正な慣行」という規範的要件を、個別事情を考慮して総合的に判断するもので、米国著作権法のフェア・ユースの規定の解釈手法に近いもの。

第2要件説:著作権法32条1項を比較的制限的に解釈する傾向
総合考慮説:構成慣行要件と正当範囲内要件の関係で総合考慮⇒広く解釈することが可能な素地がある。

判例時報2585

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