« 2024年2月 | トップページ | 2024年4月 »

2024年3月

2024年3月31日 (日)

東電福島第1原発事故株主代表訴訟第1審判決

東京地裁R4.7.13

<事案>
東電の株主であるXらが、取締役であったYらにおいて、福島県沖で大規模地震が発生し、福島第1原発に津波が遡上して過酷事故(原子炉から放射性物質を大量に放出事故)が発生することを予見し得た⇒その防止対策を速やかに講ずべきであったのに、これを怠った取締役としての任務懈怠があり、これにより本件事故が発生し、東京電力に損害を被らせたなどと主張し、会社法847条3項に基づき、同法423条1項の損害賠償請求として、Yらに対し、連帯して、損害金22兆円等を東京電力に支払うよう求めた株主代表訴訟

<規定>
会社法 第四二三条(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)
取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この節において「役員等」という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

<解説>
原賠法3条1項に基づく東京電力に対する損害賠償請求訴訟のほか
国賠法1条1項に基づく損害賠償請求訴訟が全国で多数提起
既に、結果回避可能性が認められないとして国の責任を回避した最高裁判決も出されている。 (時報2546.5)
取締役の個人責任を問う訴訟としては、本件のほかに、
刑事の業務上過失致死傷事件及びその控訴審。
~いずれも過失責任を否定。

本判決:一部の取締役について会社法423条1項の任務懈怠責任を認めた。

<争点>
❶Yらに津波に対する安全対策の実施義務を生じさせるような過酷事故発生の予見可能性があったか
❷Yらに津波対策に係る取締役としての任務懈怠があったか(主位的請求)
❸Yらに過酷事故に係るリスク管理体制構築義務違反があったか(予備的請求)
❹任務懈怠と本件事故発生との因果関係の有無
❺本件事故により東京電力に生じた損害の有無及びその額

<判断・解説>
●争点❷について
本判決:
原子力発電所を設置、運転する原子力事業者たる会社は、最新の科学的、専門技術的知見に基づいて、過酷事故を万が一にも防止すべき社会的ないし公益的義務がある
⇒前記知見に基づいて想定される津波(予見可能性のある津波)により過酷事故が発生するおそれがある場合には、これにより生命、身体及び財産等に被害を受け得る者に対し、過酷事故を防止するために必要な措置を講ずべき義務を負う。
その取締役は、前記措置を講ずるよう指示等をすべき会社に対する善管注意義務を負う。

会社の負う公的義務を根拠⇒経済合理性を強調できないことから、原子力発電所の津波対策に係る取締役の判断の裁量の幅は限定的に解されやすい。

●予見可能性の有無(争点❶)について
◎予見対象津波の程度について
福島第1原発において、
OP(小名浜港工事基準面)+10m(主要建屋が配置された敷地)を1m超える高さの津波が襲来した場合には、主要建屋に浸水して非常用電源設備などが被水し、全交流電源喪失(SBO)及び主な直流電源喪失にyり原子炉冷却機能を失い、過酷事故が発生する可能性が高かった

前記規模の津波の予見可能性が認められる場合には、Yらに過酷事故の結果回避義務を負わせる根拠となり得る。

◎知見の信頼性
長期評価の見解及びこれに基づく津波の試算結果(明治三陸試計算結果)が、Yらに対し、福島第一原発において10m番を超える津波を想定した津波対策を義務付けるに足りる信頼性のある知見か否かについて、肯定

●任務懈怠の有無(争点❷)について
◎過酷事故の防止対策を速やかに指示等すべき取締役としての善管注意義務違反の有無について、
原子力発電所の安全性や健全性に関する評価及び判断は、極めて高度の専門的・技術的事項にわたる点が多い
⇒原子力発電所を設置、運転する取締役としては、会社内外の専門化や専門機関の評価ないし判断が著しく不合理でない限り、これに依拠することができ、逆に会社内外の専門家や専門機関の評価ないし判断があるにもかかわらず、特段の事情もないのに、これと異なる評価ないし判断を行った場合には、その判断の過程、内容は著しく不合理と評価される。

一般的に経営判断は、その過程、内容に著しく不合理な点がない限り、取締役つぃての善管注意義務に違反するものではない(経営判断原則)と解されているところ、
原子力発電所の安全性に関する取締役の判断が、どのような場合に「著しく不合理」といえるかを示したもの。

◎原子力担当取締役のY4
Y4が下した長期評価の見解及び明治三陸試計算結果に相応の科学的信頼性が認められないとの判断は、社内の専門部署の説明及び意見に依拠したものではなく、これに反する独自のもので著しく不合理。
直ちに、明治三陸試計算結果を前提としてドライサイトコンセプト(津波によって安全上重要な機器のある施設の敷地への浸水を生じさせない設計にするとの考え方)に基づく防潮堤等の津波対策工に着手することが必要かつ可能であった。
Y4について(防潮堤等の須波対策功を実施することなく)土木学会に長期評価の見解を踏まえた波源等の検討を委託するとの決定(Y4決定)自体は、過酷事故を防止し得る措置が講じられるのであれば、防潮堤等の大規模建造物の設置を周囲との軋轢泣く円滑に進め、工事の手戻りを防ぐという限度で一定の合理性を有する⇒著しく不合理とまではいえない。
but
福島第一原発がウェットサイトに陥っている以上、何らの津波対策に着手することなく放置する判断は、著しく不合理であってゆるされるものではない

Y4は、Y4決定を前提として、その間、明治三陸試計算結果と同様の津波が襲来した場合に過酷事故に至る事態が生じないための最低限の津波対策を速やかに実施するよう指示等をすべき取締役としての善管注意義務があったのに、これをしなかった(本件不作為)任務懈怠があった。

防潮堤等の津波対策工を当面は実施しないとのY4決定がされた事実を前提として、そのような場合にはドライサイトコンセプト以外の津波対策を実施すべき善管注意義務があるとしたもので、
国賠訴訟最高裁判決が否定した「防潮堤等によっては上記津波による保本件敷地の浸水を防ぎきれないという前提で、そのような防潮堤等の設置と併せて他の対策を講ずることを検討」させる義務があるとしたものではない。

Xら:長期評価の見解及び明治三陸試計算結果の信頼性が認められる場合、Yらには、原子炉の運転停止措置義務があった
判断:相応の科学的信頼性を有する知見によれば、過酷事故発生の可能性があるにもかかわらず、これを防止するための安全対策が速やかに講じられる見込みがない場合であることを要する。
本件では、安全対策として建屋等の水密化装置が速やかに講じられる見込みがあった⇒Yらの原子炉運転停止措置義務を否定。

◎原子力担当取締役のY3及びY5
Y3及びY5について、長期評価の見解及び明治三陸計算結果並びにY4決定及び本件不作為を認識しており、本件不作為の判断が著しく不合理であることも容易に認識
⇒Y4と同様の善管注意義務違反の任務懈怠を肯定

経営判断における、いわゆる信頼の原則(取締役が経営判断をする際には、他の取締役が収集、分析した情報については、その適正さについて疑いを抱かせる事情がない限り、これを信頼することが許され、たとえ当該情報に誤りがあった場合でも、当該情報に依拠して経営判断を行ったことについて善管注意義務違反の責任を負わないというもの)を踏まえた判断。

◎代表取締役会長Y1及び代表取締役社長Y2
東京電力において、代表取締役会長の職務は、株主総会及び取締役会の招集及びその議長とのみ規定⇒Y1の業務執行権限の有無(その内部的制限の有無)が争われた。
①定款上、代表取締役の包括的業務執行権限を制限する明示的な定めがないこと
②Y1が代表取締役会長として御前会議と呼ばれる会議に出席し、福島第一原発の安全対策について積極的に意見を述べ、指示を出しており、これが全社的にも認容されていた

少なくとも御前会議に出席し意見を述べ、指示をするなどの業務執行権限を有していた。

Y1及びY2:福島第一原発の津波対策を直接担当しておらず、専門技術的な判断については専門部署たる原子力・立地本部に任せていた
判断:専門部署からの情報等であっても、著しく不合理な評価ないし判断であった場合には、信頼することは許されず、また、特に疑うべき事情がある場合には、なお調査、検討義務を負う。

御前会議における議論の状況を詳細に認定

Y1及びY2は、原子力・立地本部の判断が著しく不合理であることを疑い、さらにその調査・確認をすべきであり、これをしていれば、長期評価の見解、明治三陸試計算結果、Y4決定及び本件不作為を認識し、本件不作為の判断が著しく不合理であることを容易に認識し得た
⇒Y4と同様の善管注意義務違反の任務懈怠を肯定。

信頼の原則を踏まえても、Y1及びY2の判断の家庭に著しい不合理があったとするもの。

◎Yらの善管注意義務違反(争点❷の1)を肯定⇒法令違反の有無(争点❷の2)、リスク管理体制構築義務違反の有無(争点❸)は判断していない。

●因果関係の有無(争点❹)
防潮堤の建設以外の津波対策を着想し実施し得たか?
東京電力の担当部署が、Yらから、ドライサイトコンセプトに基づく津波対策を当面行わないことを前提として、過酷事故が生じないための最低限の弥縫策としての津波対策を指示された場合、その当時、日本原電や中部電力によるドライシトコンセプト以外の津波対策の実施例があった⇒主要建屋や重要機器室の水密化を着想し、実施することを期待し得た。

水密化措置が本件事故発生の防止に資するものであったか?
明治三陸試計算結果の津波を想定して、当時の工学的な考え方等に基づき水密化措置が設計、施工された場合、これと規模が全く異なる本件津波に対しても電源設備の浸水を防ぐことができた可能性が十分あった。

水密化措置が本件津波襲来時までに講ずることが時間的に可能であったか?
水密化措置の完了までに要する期間を合計2年程度

任務懈怠時が本件事故発生との因果関係を肯定し、2年未満であったY5については、これを否定。

●損害の有無及びその額(争点❺)
本件事故に係る、
①福島第1原発の廃炉・汚染水対策費用
②被災者に対する損害賠償費用
③除染・中間貯蔵対策費用
が、本件事故によって東京電力が負うことになった費用負担であり、
Y1~Y4の各任務懈怠によって東京電力に発生した損害。
①:東京電力が令和3年度第2四半期までに支出した約1兆6150億円
②:令和3年10月22日現在において賠償金支払の合意がされた合計7超834億円
③:平成31年度までの累計金額4超6226億円

合計額13兆3210億円を損害の額。

判例時報2580・2581

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

| | コメント (0)

2024年3月29日 (金)

労働条件の相違が労契法(改正前のもの)20条にいう不合理と認められるか

最高裁R5.7.20

<事案>
Yを定年退職した後に、Yと期間の定めのある労働契約を締結して勤務してたX1及びX2が、Yと期間の定めのない労働契約を締結している労働者との間における基本給、賞与等の相違は労契法20条に違反⇒Yに対し、不法行為等に基づき、前記相違に係る差額について損害賠償等を求めた。

<一審・原審>
Xらについては、定年退職の前後を通じて、主任の役職を退任したことを除き、業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲に相違がなかったにもかかわらず、嘱託職員であるXらの基本給及び嘱託委職員一時金の額は、定年退職時の基本給及び賞与の額を大きく下回り、正社員の基本給が勤続年数に応じて増加する年功的性格があることから金額が抑制される傾向にある勤続短期正社員の基本給及び賞与の額をも下回っている。
このような帰結は、労使自治が反映された結果でなく、労働者の生活保障の観点からも看過し難い

基本給については定年退職時の基本給の60%を下回る部分が、
嘱託社員一時金については定年退職時の基本給の60%に所定の掛け率を乗じた得た額を下回る部分が
労契法20条にいう不合理と認められるものに当たる

基本給及び賞与に係る損害賠償請求の一部を認容。

<判断>
正社員と嘱託社員との間で基本給の金額が異なるという労働条件の相違について、正職員の基本給につき一部の者の勤続年数に応じた金額の推移から年功的性格を有するものであったなどとするにとどまり、各基本給の性質やこれを支給することとされた目的を十分に踏まえることなく、また、労使交渉に関する事情を適切に考慮しないまま、前記相違の一部が労契法20条にいう不合理と認められるものに当たるとした原審の判断には、同条の解釈適用を誤った違法があり、正職員と嘱託職員との間で賞与と嘱託職員一時金の金額が異なるとうい労働条件の相違についても、原審の判断には同条の解釈適用を誤った違法がある

基本給及び賞与に係る損害賠償請求に関するY敗訴部分を破棄し、同部分について原審に差し戻した。

<規定>
短時間・有期雇用労働法  第八条(短時間労働者の待遇の原則)
事業主が、その雇用する短時間労働者の待遇を、当該事業所に雇用される通常の労働者の待遇と相違するものとする場合においては、当該待遇の相違は、当該短時間労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない

<解説>
●判断枠組み:
基本給及び賞与に係る労働条件の相違について、それが不合理と認められるものに当たる場合があり得る。
その判断に当たっては、当該使用者における基本給及び賞与の性質やこれらを支給することとされた目的を踏まえて労契法20条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働者の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべき。

●基本給について
◎ 基本給:一般に、使用者が雇用及び人事に関する経営判断の観点から様々な事情を考慮して構築する賃金制度において、その中核に位置付けられ、固定的に支給されるもの。
何を基準に賃金額を決定するかによって、①年齢給・勤続給、②職務給、③職能給、④役割給、⑤業務給・成果給などに分類。
構築される賃金制度の内容に応じて、多様で複合的な性質を持ち得る。
基本給は、賞与や退職金と同様、長期勤続への誘因や代替性の低い人材の異時確保の観点から制度設計がされることも少なくない。

◎ 本件の正職員及び嘱託職員の各基本給について:
正職員(管理職以外の一部の者)の基本給の勤続年数による際が大きいとまではいえない⇒正社員の基本給は、勤続給としての性質のみを有するとはいえず、職務給としての性質を有するとみる余地。

正職員:長期雇用を前提として、役職に就き、昇進することが想定
⇒正職員の基本給が職能給としての性質を有するとみる余地もある。
様々な性質を有し得る正職員の基本給について、正職員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図る目的から支給されたものであるか否かなど、その支給の目的を確定するに足りる事実関係も明らかにされていない。

◎ 嘱託社員:
役職に就くことが想定されていない⇒その基本給が正職員とは異なる基準の下で支給され、Xらの定年退職後の基本給が勤続年数に応じて増額されることもなかった
嘱託職員の基本給は、正職員の基本給とは異なる性質や支給の目的を有する

◎ これまでの各最高裁判決:
問題となる労働条件の性質や支給の目的につき、当該労働条件の性質に関する個別の事情に基づき、これを可能な限り客観的かつ具体的にとらえた上で、その相違に係る不合理性の判断がされてきた
本件における前記各基本給の性質及び支給の目的についても、当事者双方がこれを基礎づける具体的な事情を主張立証することを通じて明らかにされるべき。

●労使交渉に関する事情
労契法20条にいう「その他の事情」として考慮される事情に当たる。
労働条件に係る合意の有無や内容といった労使交渉の結果のみならず、その具体的な経緯を勘案すべき。
労使交渉につき、嘱託職員としての労働条件の見直しの要求に対するYの回答やこれに対する労働組合等の反応の有無及び内容といった具体的な経緯を明らかにせず、労使交渉に関する事情を適切に考慮しないまま、基本給に係る相違の伊津部を不合理と認められるものに当たるとした原判決の判断に違法がある。

労働組合による労使交渉が有期契約労働者の利益を反映したものといえるか否かが問題となる場合もあり得る
but
本件においては、嘱託職員であるX1自ら及びX1を分会長とする労働組合が定年後再雇用における賃金を含む労働条件を交渉事情として労使交渉をしていたものであり、本判決もこの点に言及。

●考慮要素
基本給の性質及び支給の目的
業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度
当該職務の内容及び配置の変更の範囲の相違の有無及びその内容
その内容
「その他の事情」
労使交渉に関する事情
賃金額全体の相違の程度
Xらが定年後に再雇用された者であること
(Xらが、定年退職に当たって退職金の支給を受けたことや、定年退職後に老齢厚生年金及び高年齢雇用継続基本給付金の支給を受けていたことは、その一事情と位置付けられる)
比較の対象とされた定年退職時のXらの正職員全体における位置付け等

●賞与について
不合理性の判断に当たっては、賃金項目ごとにその趣旨を個別に考慮すべき⇒本件における賞与及び嘱託職員一時金の性質及び支給の目的については、各基本給の性質及び支給の目的とは別に検討。

判例時報2579

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

| | コメント (0)

高校教諭の酒気帯び運転を理由とする懲戒免職処分(有効事例)

最高裁R5.6.27

<事案>
上告人(宮城県)の公立高校の教諭であった被上告人が、職場の歓迎会の帰途における酒気帯び運転を理由とする懲戒免職処分を受けたことに伴い、職員の退職手当に関する条例12条1項1号の規定により、退職手当管理機関である宮城県教育委員会から、一般の退職手当等の全部を支給しないこととする処分⇒上告人を相手に、前記懲戒免職処分の取消しを求めた。

<1審>
本件全部支給制限処分の取消請求を認容

<原審>
被上告人の本件非違行為の内容等⇒一般の退職手当等が大幅に減額されることはやむを得ない。
but
本件規定は、一般の退職手当等には賃金の後払いや退職後の生活保障としての正確もある⇒長年勤続する職員の権利としての面にも慎重な配慮を求めたもの。
本件全部支給制限処分は、本件規程の趣旨を超えて被上告人に著しい不利益を与えるものであり、本件全部支給制限処分のうち被上告人の一般の退職手当等の3割に相当する額を支給しないこととした部分は違法
⇒本件全部支給制限処分の取消請求を一部認容。

<判断>
本件規定は、個々の事案ごとに、退職者の功績の度合いや非違行為の内容及び程度等に関する諸般の事情を総合的に勘案し、給与の後払的な性格や生活保障的な性格を踏まえても、当該退職者の勤続の功を抹消し又は減殺するに足りる事情があったと評価することができる場合に、本件規定にいう一般の退職手当等の全部又は一部を支給しないこととする処分(「退職手当支給制限処分」)をすることができる旨を規定
退職手当支給制限処分については、当該処分に係る判断が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に違法であると判断すべき。

①本件非違行為の態様は、自家用車で酒席に赴き、長時間にわたって相当量の飲酒をした直後に、同自家用車を運転して帰宅しようとしたところ、運転開始から間もなく、過失により走行中の車両と衝突し、同車両に物的損害を生じさせる事故を起こしたというもの~重大な危険を伴う悪質なもの
②被上告人が勤務していた高等学校は、本件非違行為後、生徒やその保護者への説明のため、集会を開く対応を余儀なくされるなど、本件非違行為が公立学校に係る公務に対する信頼やその遂行に重大な影響や支障を及ぼすものであった
③本件非違行為の前年、教職員による飲酒運転が相次いでいたことを受けて、県教委が複数回にわたり服務規律の確保を求める旨の通知等を発出する などし、飲酒運転に対する懲戒処分につきより厳格に対応するなどといった注意喚起をしていたとの事情は、非違行為の抑止を図るなどの観点からも軽視し難い

本件全部支給制限処分に係る県教委の判断は、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものとはいえない。

<宇賀意見>
①被上告人が管理職ではなく過去に懲戒処分を受けたことがなく、30年余り勤務してきたこと
②前記事故による被害は物損にとどまり既に回復されていること
③被上告人が反省の情を示していること

一般の退職手当等の有する給与の後払いや退職後の生活保障の機能を完全に否定するのは酷に過ぎる⇒原審の判断に違法はない。

<解説>
● 従前、国家公務員退職手当法上、懲戒免職処分を受けて退職した者については、一律に一般の退職手当等を支給しない

平成20年法改正で、・・・所定の諸事情を考慮して、一般の退職手当等の全部又は一部を支給しないこととする扱いが可能となった。
本件規定は、同法改正に準拠した条例改正により設けられたもの。

● 本判決:
退職手当支給制限処分の違法性に関する判断枠組みについて、懲戒処分について採用している社会観念審査の枠組みを採用。

一部の裁判例や学説:
公務に対する信頼に及ぼす影響として相当に具体的なものが必要
(私企業労働者に対する退職金不支給につき、一般に、労働者の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為ないし重大な不信行為があった場合に限り認められると解されているのと同様に、)重大な背信行為が認められなければ一般の退職手当等の支給制限は許容されない
vs.
本判決:
一般的な判断枠組みと併せて、本件規定につき、
公務員に固有の事情を他の事情に比して重視すべきでないとする趣旨は含まれない
退職手当支給制限処分をする場合を例外的なものに限定する趣旨は読み取れない

● 講学上、社会観念審査は、処分行政庁に比較的広範な裁量を認める場合に適合的と言われることがある。
but
本判決:
裁量の広汎性を強調して大まかな司法審査をしているというより、退職手当管理機関に認められる裁量が広範なものであるかという一般論は措いて、個別具体的な事情を比較的詳細に取り上げた上で当てはめを行っている。

● 本判決は、原審が一部取消しを認めたことの適否について判断を示していない。
原判決の評釈等:
一部取消の処理の可能性につき肯定的にとらえるもの
vs.
裁量処分⇒あくまでも処分行政庁が第一次的判断権を行使すべきであり、仮に全部の支給制限が裁量権を逸脱濫用したものであるにせよ、処分を全部取り消した上で、どの程度の割合で制限すべきかについて処分行政庁が再検討する余地を残すのが相当。

裁判所自らが支給制限の割合を定めるの相当とした原審の判断は、多分に実体的判断代置と親和的な思考に基づいている。

● but
飲酒運転を理由とする懲戒免職処分に伴う一般の退職手当等の全部支給制限処分を違法とした高裁判決が、最高裁で不受理決定により確定している例がそれなりの数ある。
but
事案が異なる
それらの事案においては、最高裁は、「法令の解釈に関する重要な事項」を含むものとは認められないとしてきたのみであり、高裁の判断を是認する判断を示してきたわけではない。

判例時報2579

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

| | コメント (0)

2024年3月28日 (木)

改正前民法724条後段の期間制限(優生保護法事案)

仙台高裁R5.10.25

<事案>
原告:優生保護法4条に基づく優生手術を受けた2名の男性
強制優生手術の実施件数は、昭和24年から平成元年までの間に合計1万4566件
平成8年改正により削除
平成30年1月30日、強制優生手術を受けた者が、国に対して国賠請求を求める訴え
平成31年4月24日「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律」制定

<主張>
原告ら:平成30年12月17日、被告国に対し、国賠法1条1項に基づき、各原告につき3300万円の損害賠償を求める本件訴えを提起
優生保護法の優生手術に関する条項は、制定当初から憲法に違反することが客観的に明白であり、国会議員が、優生保護法を制定し、原告らが優生手術を受ける前にこれを改廃しなかったことは、国賠法上違法

<一審>
被告国に対し、原告らそれぞれにつき、1650万円の損害賠償と訴状送達日の翌日からの遅延損害金の支払を命じ、国が控訴。

<判断>
●国の控訴を棄却

●法の違憲性と立法行為の違法
違憲性について、優生保護法の強制優生手術に関する規定は、法制度として、特定の疾患に罹っている者に対し、個人の尊厳という日本国憲法の基本理念に基づき、疾患があったとしても個人として尊重されるべきであるのに、疾患のみを理由として、合理的な根拠もないのぬい優生手術を強制して生殖を不能にする仕組みを作った

このような法律の規定は、優生手術を強制される者について、子を産み育てる自由や幸福追求に対する国民の権利を侵害し、疾患を理由として合理的な根拠もなく法の下のの平等に反する差別をしたもの
立法当時から憲法13条、14条1項、24条2項に明白に違反

国会議員は、明らかに日本国憲法に違反し、憲法によって保障された国民の基本的人権を明白に侵害する強制優生手術の仕組みを持った法律を立法し、その法律の適用により原告らに強制的に優生手術を受けさせた

この国会議員の立法行為は、立法と宇治の時代状況を踏まえても、国賠法1条1項の適用にあたり、少なくとも過失によって違法に原告らに損害を加えたと評価されるものと判示。

●改正前民法724条後段の期間制限:
①法の基本原則である正義・公平の観点から考えて
②不法行為による損害賠償請求権の期間の制限について、「不法行為の時から20年を経過したときも、同様とする。」と定めた改正前民法724条後段の規定が、前段に「不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないときは、時効によって消滅する。」と規定したのを承けて「同様とする」と規定

時効の規定。

憲法に違反する法律を制定し、法の運用という適法であるかのような外形の元に、障害者に対する強制優生手術を実施・推進して、法の下の平等に反する差別を行い、子を産み育てる自由を奪い、同意のない不妊手術をして身体への重大な侵襲を強制しるという重大な人権侵害の政策を推進してきた被告国が、改正前民法724条後段の20年の期間経過による損害賠償請求権の消滅の主張をすることは、民法2条に定める個人の尊厳という解釈基準に照らし、また、法の基本原則である正義・公平の観点からみても、信義則を定めた民法1条2項の基本原則に反するものであり、民法1条3項の適用上、権利の濫用にあたる。
時効によって消滅することはない。

仮に除斥期間と解したとしても、被告国が20年の経過によって損害賠償義務を免れることは著しく正義・公平の理念に反する上に、原告らは権利行使を客観的に不能または著しく困難とする事由が解消した時から6か月以内に権利行使をしている⇒除斥期間の適用が制限される。

<解説>
民法改正⇒時効消滅の規定に

改正前の判例:
改正前民法724条後段の法意について、不法行為による損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであり、裁判所は、除斥期間の性質に鑑み、除斥期間の経過により消滅した旨の主張がなくても、期間の経過により請求権が消滅したものと判断すべきであり、信義則違反又は権利濫用の主張は、主張自体失当であると判断。

判例時報2579

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

| | コメント (0)

2024年3月27日 (水)

SACO見舞金の請求

那覇地裁R4.7.14

<経緯>
Xら:沖縄に駐留する米国の軍隊に所属する米国国籍の兵2名による強盗傷害事件の被害者である亡Aの加害者米兵らに対する損害賠償請求権を相続。
Xらは、加害者米兵らに対し、亡A相続人であるXらに本件事件により亡Aに生じた損害を賠償することを命じる旨の判決を得た。

亡A及びXら:沖縄防衛局長に対し、本件省令4条1項に基づく損害賠償請求書ないしSACO見舞金支給申請書を提出してSACO見舞金の支給を求めた

⇒沖縄防衛局長は、本件確定判決の認容額のうち元金相当部分の額と米国見舞金の額との差額につきSACO見舞金の支給
⇒Xらは、本件確定判決の遅延損害金部分を含めSACO見舞金を支給すべきであるとして見舞金受諾書を提出せず⇒見舞金を支給せず

<請求>
第1事件:
Xらが沖縄防衛局長の所属するY(国)に対し、
①主位的に、亡Aによる本件省令4条1項前段の規定に基づく損害賠償請求書の提出が、
予備的に、Xらによる同項前段の規定に基づく損害賠償請求書又はSACO見舞金支給申請書の提出が、それぞれ行訴法3条5項及び同条6項2号にいう「申請」に当たることを前提として、
同法37条の規定に基づき、沖縄防衛局長が本件省令15条に基づく処分をしないことが違法であることの確認を求めるとともに、
②行訴法37条の3第1項の規定に基づき、・・・支給する旨の決定をすることの義務付けを求めた。

第2事件:Xらが前記②に係る予備的請求として、沖縄防衛局長が本件確定判決における認容額のうち元金相当部分の額とXらが支払を受けた米国見舞金の額との差額についてSACO見舞金を支給する旨の手続をしなかったことが違法な公権力の行使⇒国賠法1条1項に基づき、Xらに対し、前記差額に弁護士費用を加えた金額及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。

<判断>
●争点❶
YがSACO見舞金を含む見舞金を支給する制度は、
ア:昭和39年閣議決定を根拠とするものであり、法律が、一定の者に給付金等を給付する要件を定めているものとはいえず、
イ:前記閣議決定、本件省令並びにこれを受けた局長通知及び実施要領の定める手続の詳細を見ても、当該給付に関する申請権を付与し、行政庁が当該申請権を有する者の申請に基づき、支給ないし不支給の決定をすることにより、当該申請権を有する者の受給権の存否を判断するという手続を採用していない

本件見舞金支給制度に関する行政庁の行為は、公権力の行使としての行為とはいえず、また、直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定するものともいえない
⇒抗告訴訟の対象となる処分には該当しない。

●争点❷
本件見舞金支給制度における見舞金を支給することの法的性質は、国が、国と被害者等との間で締結された見舞金を贈与する旨の契約に基づき、国が同契約によって負う債務を履行することであると解するのが相当。
①本件見舞金支給制度の内容⇒被害者等が地方防衛局長に対してSACO見舞金受諾書を提出することによってはじめて、国と被害者等のとの間でSACO見舞金に係る贈与契約を締結する旨の合意が成立するものと解するのが相当。
②本件では、Xらは、沖縄防衛庁に対し、見舞金受諾書を現在に至るまで提出していない⇒国とXらとの間には、SACO見舞金に係る贈与契約を締結する旨の合意が成立していない。

沖縄防衛局長が、Xらに対し、SACO見舞金を支給していないとしても、そのことが、国賠法上違法な行為であるとの評価は受けない。

<解説>
本件におけるSACO見舞金の支給のようないわゆる給付行政については、特別の規定がない限り、契約方式の推定が働く。
but
大量に発生する法律関係を明確にし、全体として統一のとれた適正公平な処理を図るという目的から、契約方式ではなく、直接法律の規定により給付をする場合を定める、あるいは、行政庁の行為に処分性を付与するという立法政策が採られることがあり、
その処分性の有無や法的性質の判断は必ずしも容易ではない。

判例時報2579

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

| | コメント (0)

(厚生年金保険についての)激変緩和措置を終了させたことの違法⇒年金相当額・遅延損害金を請求

東京高裁R4.7.20

<事案>
本件各処分は被用者年金制度の一元化等を図るための厚生年金保険法等の一部を改正する法律の施行に伴う厚生年金保険の保険給付等に関する経過措置に関する政令50条の解釈を誤って本件激変緩和措置を終了させた⇒Y共済組合及び国に対して、本件各処分の無効確認、取消しのほか、本件各処分により支給停止となった年金相当額及び遅延損害金の支払を求めた。

<原審>
審査請求期間経過後の申立てに係る部分⇒適法な審査請求を前置していないから不適法で却下
その余の請求を棄却

X:控訴審で、
前記支払を求める金銭請求は、国賠法1条1項に基づく損害賠償を求めるものであるほか、本件各処分が無効であることを前提に未払分の支払を求めるもの
後者の請求に係る訴えは当事者訴訟
である旨釈明。

<判断>
平成28年特退共年金支給停止処分及び平成29年各処分は違法であり取り消すべきものとし(無効であることの確認を求める訴えは却下)
当事者訴訟としての金銭請求のうち平成29年各処分が無効ないし不存在であることを前提として金銭の給付を求める部分を不適法とし、
Y共済組合に対して29万2322円及び遅延損害金の支払を命ずることとして、
原判決を変更。

<解説>
●上記①について
本判決:適用事業所の変更によって本件激変緩和措置の適用がなくなるという一般論は是認しつつも、一元化法施行前から被保険者資格を有し在職支給停止の対象となっていた者に対して支給停止の方法の変更による年金額の減額の影響を緩和するという本件激変緩和措置の趣旨
複数の適用事業所を有する法人内での適用事業所間での異動等により適用事業所が変更になったが、引き続き同一法人内において継続して就労しており、異動等により給与に関する雇用条件が異ならない場合にまで本件激変緩和措置の適用を除外することは相当でない。
このような場合は、本件政令50条にいう「施行日前から引き続き当該被保険者の資格を有するもの」及び、・・・・政令36条1項による読替後の一元化法改正不足15条3項にいう「施行日前から引き続き・・・規定する被保険者」と同視して本件激変緩和措置を適用しなかった違法がある。

原判決:本件政令の文言を形式的に当てはめ、適用事業所の変更により本件激変緩和措置の適用は終了すると判断

本判決:形式的な当てはめをした場合の帰結が妥当性を欠く⇒本件政令等の前記各文言について、同一法人内との限定を付しながらも適用範囲をやや広げる解釈を行ったものと考えられ、実質的な観点から本件激変緩和措置の適用がされなくなったことによる年金減額処分を違法と判断。

●上記②について
◎ Xは、本件各処分が取り消しうる又は無効であることを前提として当事者訴訟としての請求。
問題となる行政処分が当初から無効である場合のみならず、取消しの結果無効となる場合であっても、当事者訴訟としての請求が認められる。

川神:
公法上の当事者訴訟について、「処分性が肯定される・・・とすると、その取消訴訟を提起すべきではないかと思われるところである。しかし、本件請求は、支給停止の措置の無効を前提とする請求であり、現在の法律関係に関する本件訴えによって直截にその目的を達することができるものであるから、このような訴訟形態も許されるものといえよう」とする。
◎ 本件のように、処分の内容としては他の処分に関する理由に照らすと違法であるのに形式的要件を欠くために不適法とされる処分Aがあるときには、その後の違法とされた処分Bが取り消されたことによって処分Aが直近の有効な処分となるところ、裁判所が処分Aに基づいて年金額を計算した上で支払を命ずることが許されるか?
処分C及びその後の処分Dのいずれも違法として取り消されるものの、処分Dが違法とされた理由が処分の一部にのみ及ぶ場合、処分Dがすべて取り消されたことを前提として処分Cの直前の有効な処分に基づいて年金額を計算した上で支払を命ずることがで許されるか?

処分が無効であることによって処分行政庁の支払うべき額が一義的に決定⇒当事者訴訟が許される
処分行政庁の支払うべき額について処分行政庁の処分によらなければ適正な額を決めることができない場合(取消判決の拘束力につき、行訴法33条1項)⇒当事者訴訟は不適法となる
と整理することができる。

本判決:平成29年各処分については、処分行政庁による処分を待つ必要があるとして当事者訴訟を不適法としたもの。

判例時報2579

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

| | コメント (0)

2024年3月20日 (水)

特定少年の自動二輪車の無免許運転した道路交通法違反保護事件

那覇家裁沖縄支部

R5.3.7

<事案>
審判時19歳の特定少年が、普通自動二輪車の無免許運転をした道交法違反の事案。

<判断>
犯情の軽重の評価:
①無免許でありながら普通自動二輪車を運転し、その走行距離が約26キロに及ぶ
②警察官から呼び止められた後は、逃走するために対向車線を逆走するなどの行為に及んでいる
③本件非行自体が重大な交通事故を引き起こしかねない極めて危険な行為であること
④少年が過去にも普通自動二輪車の無免許運転により2回の保護処分(保護観察及び第1種少年院送致)を受けていながら、少年院仮退院直後に無免許運転を再開して、本件非行に及んでいること⇒交通法規軽視の姿勢が顕著

その犯情の重さを考慮すると、保護処分の選択において、少年院送致も許容される。

法保護性を踏まえた処遇判断:
前記の少年院送致を含む過去2回の保護処分歴にもかかわらず、少年院仮退院直後に本件非行に及ぶなど、保護処分が歯止めとならずに同種の非行を繰り返している⇒少年の非行性は深まりを見せており、規範意識の低さも顕著
少年が本件非行後に約9か月にわたって県外で逃亡生活をし、その間、職を転々としたり、SNSで知り合った交際相手を妊娠させたりするなど行き当たりばったりな行動を繰り返している

このような少年の行動に影響しているとされる少年の資質上の問題点は、前件非行時にも指摘されていたが、少年院による矯正教育を経ても改善されていない

社会内処遇を選択することができず、少年を再度第1種少年院に収容することが必要。
前記犯情に鑑み、少年を少年院に収容する期間を2年間

<解説>
● 「特定少年」に対する保護処分の特例
①犯情の軽重を考慮して相当な限度を超えない範囲内において、保護処分(6月の保護観察、2年の保護観察、少年院送致)を選択しなければならなず
②特定少年を2年の保護観察に付する場合には、1年以下の範囲内において犯情の軽重を考慮して同法66条1項の規定により少年院に収容することができる期間を定めなければならず、
③特定少年を少年院送致とする場合には、その決定と同時に、3年以下の範囲内において犯情の軽重を考慮して少年院に収容することができる期間を定めなければならない(同条3項)
・・・保護処分も対象者の権利・自由の制約という不利益を伴うもの⇒民法上の成年とされ、監護権の対象から外れる特定少年に対して、保護の必要性を理由に、犯した罪の責任に照らして許容される限度を超える処分を行うことが、成年年齢引下げにかかる民法改正との整合性や責任主義の要請との関係で許容されるか、
国家による過度の介入とならないかといった問題

法制度としての許容性・相当性の点で慎重であるべきと考えられることから、犯した罪の責任に照らして許容される限度を超えない範囲内で保護処分に付すのが相当とされた。

●「犯情の軽重」の検討について
要保護性に関する要素は、基本的に含まれない。
前歴については、理論的な説明は様々であるが、少なくとも同種の保護処分歴は「犯情の軽重」を判断する際に考慮しうるとする見解が多数。

●特定少年を少年院送致とする場合には、その決定と同時に、3年以下の範囲内において犯情の軽重を考慮して「少年院に収容することができる期間」を定めなければならない。

少年院に収容することができる期間の上限を意味し、その範囲内で、少年院における施設内処遇及び仮退院した場合の社会内処遇を行うことになる。
~仮退院後の保護観察期間も含んだもの。

統計によると、
335人のうち、
収容期間が1年6月超2年まで(多くは2年):219人(全体の7割近く)
2年6月超3年まで:90人
6月超1年まで:22人

判例時報2578

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

| | コメント (0)

犯行時15歳、判決時17歳の殺人等被告事件

福岡地裁R4.7.25

<事案>
犯行時15歳、判決時17歳の少年が、夕刻の商業施設の中で、
①包丁を窃取し、②・・・逆上して同包丁で女性を突き刺すなどして殺害し、③逃走中に児童を人質にしようとしてその母親に対し同包丁を示して脅迫し、④その際正当な理由なく同包丁を携帯していた事案。
殺人被告事件が含まれる⇒裁判員が参加する合議体で審理。

<判断>
●弁護人:家庭裁判所への移送を主張
被告人の情状鑑定を行った鑑定人:被告人の過酷な成育環境による問題を改善するためには、第3種少年院においてこれまで行われた形跡のない治療などを行う必要があり、この治療等によって更生できる可能性がある。

判断:
被告人が保護処分によって更生する余地は残されている。
but
本件犯行態様を具体的に指摘し、非常に残虐、凶悪な犯行によって、各被害者らに激しい恐怖心を与え、1人の生命を奪うという取り返しのつかない結果を生じさせ、社会も大きく動揺させた被告人が、その人格的な未熟さや成育歴等を理由に保護処分を受けることは、社会的に許容し難い。

●量刑について:
同種事案の中で非常に重い部類に属し、法定の上限の期限を長期とする不定期刑を科することはやむを得ない。
①これまで複数の施設や少年院に入所したにもかかわらず、保護観察期間中に更生保護施設から脱走し、少年院を仮退院したわずか2日後に本件犯行に及んでいる
②法廷での反省や謝罪の態度が見られない
⇒再犯のおそれがは大きい

被告人の根深い問題の改善には相当の長期間を要する

不定期刑の短期も、法定の上限の期間を定める必要。

<解説>
●家裁移送は、保護処分相当性があるときにおこなわれる(5条)。
保護処分相当性:
少なくとも、保護処分が少年の改善更生に有効であり(保護処分有効性)、かつ、社会感情、被害感情等の観点から社会的に許容される(保護処分有効性)場合に認められる。

●少年を執行猶予の付かない有期懲役刑・禁錮刑に処す場合には、いわゆる不定期刑にしなければならない(少年法52条)が、その長期及び短期をどのようにして定めるか。
平成26年改正により少年法52条の規定形式が変わったことを受け、同改正少年法施行後は、
定期刑を科すと仮定した場合の刑を長期とし、
短期については、少年は一般に短期間の矯正効果が期待できることや少年への人道的配慮に基づいて定めるものと考える説が有力

判例時報2578

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

| | コメント (0)

2024年3月15日 (金)

国賠法4条において準用する民法734条後段が「不法行為の時」であると規定する除斥期間の起算点が争われた事案

東京高裁R3.8.27

<事案>
Xは、強盗殺人事件(昭和42年8月)で起訴され、有罪判決確定で服役⇒再審開始決定で無罪判決(平成23年6月8日確定)⇒平成24年頃、国及び県を被告として、県警の警察官及び検察かに種々の違法行為があったと主張し、身体拘束期間中と仮釈放後の逸失利益、慰謝料、弁護士費用等につき、国賠法1条1項に基づき損害賠償請求訴訟を提起。

<原審>
国らの違法行為を認定した上で、除斥期間の起算点につき、再審による無罪判決が確定した時である平成23年6月8日

最高裁H16.4.27を参照し、
再審による無罪判決が確定するまでの間除斥期間の親交を認めることは冤罪被害者にとって著しく酷
加害者である国や公共団体として違法行為の時から相当の期間が経過した後に損害賠償の請求を受けることを予期すべき
③捜査機関の違法行為によって有罪判決が確定した場合において、有罪判決が存在することによる損害については、その有罪判決自体が適法かつ有効なものである以上、再審による無罪判決が確定するまでは損害が生じたものとして取り扱うことはできない。

<判断>
Xに対して、国家刑罰権を実行するための一連一体の手続が行われた結果、居住、移転の自由及び名誉等の権利、利益が侵害され続けた⇒再審による無罪判決が確定した時を起算点とすべき

<解説>
●最高裁H16.4.27:
継続的不法行為における起算点について、
身体に蓄積した場合に他人の健康を害することとなる物質による損害や、一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる損害のように、当該不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には、当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となる。

再審による無罪判決が確定するまで有罪判決の存在は適法かつ有効なもの⇒再審による無罪判決が確定するまで冤罪被害者の基本的人権が侵害され続けている。
国家機関による不法行為が継続的に存在していると評価することも不合理ではない。

刑補法は、再審等の手続により無罪判決を受けた場合について、適法な行為に対する損失補償的な側面と国家機関による冤罪被害者に対する損害賠償的な側面を持つ(同法1条、5条)が、冤罪被害者が補償を受けられるのは無罪判決が確定した日から3年以内であると規定(5条3項)。

●改正前民法724条後段は、平成29年法律第44号により改正によって、時効であることが明示され、時効の完成猶予等の規定が適用。
⇒除斥期間の経過による効果の制限といった論点は、今後生じない。

判例時報2578

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

| | コメント (0)

統合失調症患者の自殺についての病院の説明義務が問われた事案(結論否定)

最高裁R5.1.27

<事案>
統合失調症の治療のためY(香川県)の設置する病院に入院した患者が、入院中に無断離院して自殺⇒相続人Xが、Yには、診療契約に基づき、本件病院においては無断離院の防止策が十分に講じられていないことを本件患者に対して説明すべき義務があったにもかかわらず、これを怠った説明義務違反がある⇒債務不履行に基づく損害賠償を請求。

<原審>
説明義務違反を理由とする損害賠償請求を一部認容
本件患者とYとの間で締結された診療契約においては、本件病院における無断離院の防止策の有無及び内容が契約上の重大な関心事項になっていたということができ、Yは、本件患者に対し、無断離院の防止策を講じている他の病院と比較した上で入院する病院を選択する機会を保障するため、本件病院においては、平日の日中は敷地の出入口である門扉が解放され、通行者を監視する者がおらず、任意入院者に徘徊センサーを装着するなどの対策も講じていないため、単独での病院外離院をして自殺する危険性があることを説明すべき義務を負っていたというべきであり、Yにはこれを怠った説明義務違反がある。

<判断>
本件の事情の下では、Yが本件患者に対し、本件病院と他の病院の無断離院の防止策を比較した上で入院する病院を選択する機会を保障すべきであったということはできず、これを保障するため、Yが本件病院の医師を通じて前記3の説明をすべき義務があったということはできない。

本件病院の医師が前記説明をしなかったことをもって、Yに説明義務違反があったということはできない。

原判決を破棄し、Xの請求を棄却する旨の自判。

<解説>
●医師の患者に対する説明義務:
患者の有効な承諾を得るための説明義務
②療養方法の指導としての説明義務
本件で問題とされているのは、①の説明義務で、その被害利益は、患者の人格権としての自己決定権
前記説明義務に違反した医療行為によって、悪しき結果(死亡、障害等)が生じた場合、仮に患者が適切な説明を受けたとしても現に行われた医療行為を選択したであろうと認められるときであっても、医師は損害賠償義務を負う。

●最高裁H13.11.27:
一般論として、医師は、患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては、診療契約に基づき、特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断(病名と病状)、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などについて説明すべき義務がある。

伝統的には、手術等の身体的侵襲を伴う医療行為派患者の有効な承諾がない限り違法であり、その違法性阻却事由としての患者の有効な承諾を得る前提としての説明義務と解されていた。
but
現在では、医的侵襲に伴う危険を引き受けるか否かという自己決定権の保障の場面に限って医師の説明義務を認める見解は一般的ではなく、そこで保障される自己決定権の内容は、身体の侵襲を受けない権利に限って観念されているわけではない。

法的に保護される自己決定権の外縁をどのように画するかが問題となる。
その内容を一般的に定め、そこから演繹的に医師の説明義務違反を問うことができるかどうかを検討するのではなく、個々の事案に応じ、当該患者について当該状況において、いかなる人格的利益が法的保護に値するかを個別・具体的に検討すべき。

●患者側の意向と医師の裁量判断が表裏の関係にある。
患者が適切な医療行為を決定することは相当困難⇒患者が治療過程においてあらゆる事について自己決定を望んでいるとは考え難く、医療行為が治療と言う目的の下になされ、それが医療水準に沿い、一定の治療効果を生じさせるものであれば、患者もこれを容認している場合が多い。
自己決定権を尊重する見地からは、患者側の他の療法に対する関心・意向が法的保護に値するかどか、医学的に相応の理由があるかどうかを個別・具体的に検討すべきと」考えられる(平成13年最判の事案では、患者の意向に医学的に相応の理由があったということができよう)。

●精神科医療において、医師は、日々の診察を通じ、患者の病状を観察し、様々な療法を施し、病状の回復に努めつつ、自傷他害の危険を把握すれば、治療効果との兼ね合いにも配慮しながらその防止のために種々の適切な措置を講じるものであり、常に厳重な無断離院の防止策(徘徊センサーの装着、移動の際の付添い等)をとることは現実的でない上、かえって自殺防止や社会復帰の促進といった医療目的が損なわれるおそれがある。
通常の患者にとっても、医師がいついかなる自殺防止策を講じることが前記医療目的に照らして有益であるかについては、それ医療水準に沿うものである限り、医師の専門的知見に基づく判断に委ねているのが一般的であると考えられるところ、
本件病院における任意入院患者に対する処遇は、医療水準や法令上の基準に沿うものであったといえるし、特に危険性が高いものであったわけでもない。
本件患者も、自己が自殺に及ぶことを危惧し、自己が入院する病院の無断離院の防止策について感心を示し、これによって入院する病院を選択する意向を有していたこと等はうかがわれない。
以上のような点を考慮し、Yに説明義務違反があったということはできないとしたものと考えられる。

判例時報2578

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

| | コメント (0)

2024年3月13日 (水)

報道のための利用(法41条)とされた事案

東京地裁R5.3.30

<事案>
原告が、本件発信者2名が原告が著作権を有する写真をそれぞれウェブサイトに投稿したことによって、原告の本件写真に係る複製権、送信可能化権及び自動公衆送信権が侵害された⇒前記ウェブサイトを管理する被告に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律5条1項に基づき、発信者情報の開示を求めた事案。
争点整理⇒本件の権利侵害の明白性に係る争点は、著作権法41条(事実の事件の報道のための利用)の適用の可否。

<規定>
著作権法 第四一条(時事の事件の報道のための利用)
写真、映画、放送その他の方法によつて時事の事件を報道する場合には、当該事件を構成し、又は当該事件の過程において見られ、若しくは聞かれる著作物は、報道の目的上正当な範囲内において、複製し、及び当該事件の報道に伴つて利用することができる。

<判断>
認定事実によれば、本件投稿1及び2は、各別件訴訟判決の要旨を伝える目的で本件写真を掲載しているところ、本件写真は、各別件訴訟判決という時事の事件において正に侵害の有無が争われた写真そのものであり、当該事件の主題となった著作物であることが認められる。
⇒本件写真は、著作権法41条にいう事件を構成する著作物に該当
前記認定に係る本件写真の利用目的、利用態様、前記事件の主題性等⇒本件投稿1及び2において、本件写真は、同条にいう報道の目的上正当な範囲内において利用されたものと認めるのが相当

<解説>
第1類型:その事件を構成する著作物
第2類型:その事件の過程において見られ聞かれる著作物
著作権41条該当性が問題とされた裁判例

判例時報2577

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

| | コメント (0)

2024年3月12日 (火)

特許権に関する訴訟の管轄について管轄違いとされ判決が取り消された事案

大阪高裁R4.9.30

<事案>
XがYに対し、P1(Yの研究者)がXとの協議に応じずに本件発明につき単独で特許出願したことは本件契約上の約定に反する⇒債務不履行に基づく損害賠償を求めた。
X:訴状において、P1による前記行為は、本件契約14条1項に規定する
「Yは、本件受託研究の実施に伴い発明等が生じたとき、・・・Xに通知の上、当該発明等に係る知的財産権の取扱いについてX及びYが協議し決定するものとする」との協議義務及び同条2項に規定する「Yは、前記の知的財産権をYが承継を希望した場合には、Xに対して相当の対価と引き換えにその全部を譲渡するものとする」との義務に違反すると主張。

<原審>
本件契約上の協議義務違反等の債務不履行を否定し、請求棄却。

控訴審で、一審の管轄裁判所が問題に

<規定>
民訴法 第三〇九条(第一審の管轄違いを理由とする移送)
控訴裁判所は、事件が管轄違いであることを理由として第一審判決を取り消すときは、判決で、事件を管轄裁判所に移送しなければならない。

<判断>
● 原判決を取り消し、本件を大阪地裁へ移送(民訴法309条)。
● 民訴法6条1項、同条3項本文、知財高裁設置法2条の各規定が、「特許法」「に関する訴え」に関して、1審については東京地裁及び大阪地裁、控訴審については知財高裁の専属管轄を定めていることの趣旨は、「特許法」「に関する訴え」の審理には、知的財産関係訴訟の中でも特に高度の専門技術的事項についての理解が不可欠であり、その審理の充実及び迅速化のためには、技術の専門家である調査官を配置して専門的処理体制を整備しているこれらの裁判所の管轄に専属させることが適当と解されたことにある。
民訴法6条1項が「特許法」「に基づく訴え」とせず「特許法」「に関する訴え」として広い解釈を許容する規定ぶり⇒
「特許権」「に関する訴え」には、特許権そのものでなくとも特許権の専用実施権や通常実施権さらには特許を受ける権利に関する訴えも含んで解されるべき。
その訴えには、前記権利が訴訟物の内容をなす場合だけでなく、訴訟物又は請求原因に関係しその審理において専門技術的な事項の理解が必要となることが類型的抽象的に想定される場合も含まれる。

● 専属管轄の有無が訴え提起時を基準として画一的に決せられるべきこと(民訴法15条)⇒「特許法」「に関する訴え」該当性の判断は、訴状の記載に基づく類型的抽象的な判断によってせざるを得ず、その場合には、実際には専門技術的事項が審査対象とならない訴訟までが「特許権」「に関する訴え」に含まれる可能性が生じる。
but
民訴法20条の2第1項は、「特許権」「に関する訴え」の中には、その審理に専門技術性を要しないものがあることを考慮して、東京地裁又は大阪地裁において、当該訴訟が同法6条1項の規定によりその管轄に専属する場合においても、当該訴訟において審理すべき専門技術的事項を欠くことその他の事情により著しい損害又は遅滞を避けるため必要があると認めるときは、管轄の一般原則により管轄が認められる他の地方裁判所に移送をすることができる旨規定。


(1)本件で争点となっている本件契約の条項の内容から、特許を受ける権利が本件の請求現認に関係しているといえること
(2)債務不履行の成否の判断のためには、本件発明が本件受託研究の成果物に含まれるかという専門技術的事項に及ぶ判断をすることが避けられないものと考えられる

本件は、債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟として訴訟提起された事件であるが、その訴状の記載からは、その争点が、特許を受ける権利に関する契約条項違反ということで特許を受ける権利が請求原因に関係しているといえるし、その判断のためには専門技術的な事項の理解が必要となることが類型的抽象的に想定される
本件は「特許権」「に関する訴え」に含まれると解するのが相当
本件訴訟は、民訴法6条1項2号により大阪地裁の管轄に専属というべきであって、神戸地裁において言い渡された原判決は管轄違いの判決であって、取消しを免れない。

<解説>
●特許権等に関する訴えの土地管轄
訴えは被告の普通裁判籍の所在地を管轄する裁判所の管轄に属するのが原則(民訴法4条1項)、特許権等に関する訴えは東京地裁又は大阪地裁の管轄に専属(6条1項)、その終局判決に対する控訴は知財高裁の管轄に専属(同法6条3項本文、知財高裁設置法2条1号)。
民訴訟6条2項の追加で、事物管轄については両地裁と簡裁の競合管轄。
but
一般の専属管轄(民訴法340条等)とは異なり、両地裁間では管轄の専属性はない(・・・)

●「特許権等に関する訴え」に該当するかの判断手法
受訴裁判所が管轄権を有することは訴訟要件であり、その判断の基準時は提訴時(民訴法15条)⇒「特許権等に関する訴え」に該当するか否かは抽象的な事件類型によって判断すべきとされている。

知財高裁:
審理の途中で間接事実の1つとして「特許」が登場したものが専属管轄に当たるとすると、これを看過した場合に絶対的上告理由となる⇒訴訟手続が著しく不安定になって相当でない。

●「特許権」「に関する訴え」の解釈
「特許権等に関する訴え」の「等」が「実用新案権、回路配置利用権又はプログラムの著作物についての著作者の権利」を意味。
同項の趣旨⇒
「特許権」「に関する訴え」には、特許権侵害を理由とする差止請求訴訟や損害賠償請求訴訟、職務発明の対価の支払いを求める訴訟等に限られず、特許権の専用実施権や通常実施権の設定契約に関する訴訟、特許を受ける権利や特許権の帰属の確認訴訟、特許権の移転登録請求訴訟、特許権を侵害する旨の虚偽の事実を告知したことを理由とする不正競争による営業上の利益の侵害に係る訴訟等が含まれる(知財高裁)。

裁判例:
実施契約が特許権の通常実施権設定としての効力を有するかが争点とされている⇒「特許権等に関する訴え」に該当。
欺罔行為の内容として「特許」という用語が使用されているからといって「特許権等に関する訴え」に該当するということはできないとしたもの。

本判決:
「特許権」「に関する訴え」には特許権の専用実施権や通常実施権さらには特許を受ける権利に関する訴えも含まれる。
これに加えて、「前記権利が訴訟物の内容をなす場合はもちろん、そうでなくとも、訴訟物又は請求原因に関係し、その審理において専門技術的な事項の理解が必要となることが類型的抽象的に想定される場合も含まれる」という規範。

審理の途中で専門技術的事項が顕わになる訴えもあるが「特許権等に関する訴え」に該当するか否かは訴状の記載に基づいて判断せざるを得ないこと及び「特許権等に関する訴え」の中には専門技術的事項を欠く訴えもあるが、そのような訴えに対する手当がされていることを前提として、民訴法6条3項や知財高裁設置法2条1号の趣旨に鑑み、特許権等が関係しその審理において専門技術的な事項の理解が必要となる全国の訴訟を両地裁及び知財高裁が漏れなく取り扱うようにしようとするもの。


A:専門技術的事項を欠く「特許権等に関する訴え」については、民訴法20条の2第1項の規定の類推適用により受訴地方裁判所は両地裁との移送の往復を経ずに自庁処理することができるとする見解
B:これを否定する見解が有力
このような訴えが受訴地方裁判所で審理判断されて判決に至った場合、当該手続の適法性を判断する場面の評価規範としては、当該判決を取り消すことに慎重であるべきという見解が有力

判例時報2577

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

| | コメント (0)

下請法違反but公序良俗違反で無効とはならないとされた事案

東京地裁R4.12.23

<事案>
被服等の製造販売等を行う株式会社であるX1及びX2が、長年にわたりXらが製造した婦人服を納品してきたY2において、一方的に前記納品に係る取引にY1を介在させ、Y1に対する高額の手数料をXらに支払わせた⇒前記介在に関するXとY1との合意が公序良俗に反する無効なものであることを理由に、Yらに対し、共同不法行為に基づく損害賠償等を求めた。

<問題>
継続的企業間取引において、従前の商流の一部変更につき、下請代金支払遅延等防止法4条1項3号(下請代金の減額の禁止)違反

<判断>
従前のXとY2との取引の法的性質:
Xらが製造してY2に納品する婦人服の仕様、内容等については、発注者であるY2の能動的な関与が認められる⇒XとY2との間の各取引は、下請法2条1項所定の製造委託に当たり、Xらは下請事業者に該当。
Xらが納品時に受領する下代が本件合意により目減りした⇒本件合意が下請法4条1項3号に反する
but
最高裁昭和52.6.20を参照して、
本件合意は、同号違反をもって直ちに無効となるのではなく、同号の趣旨に鑑み、不当性の強い場合に限り、公序良俗に反して無効となると解するのが相当。
本件合意に基づく商流変更の移行期においてXらが損失を被ることを防ぐための措置が講じられている⇒本件合意は、下請法4条1項3号の趣旨に鑑みて不当性が強く、公序良俗に反して無効とまではいうことができない。

<規定>
下請法 第四条(親事業者の遵守事項)
親事業者は、下請事業者に対し製造委託等をした場合は、次の各号(役務提供委託をした場合にあつては、第一号及び第四号を除く。)に掲げる行為をしてはならない。
三 下請事業者の責に帰すべき理由がないのに、下請代金の額を減ずること。

<解説>
●下請法:独禁法の特別法・補完法
「委託」取引においては、相手方の仕事の内容を発注者の指示により決めることになる⇒類型的に発注者が優越的地位に立ちやすい⇒一定の構造を有する委託取引を規制対象に。
「委託」:事業者が、他の事業者に対し、給付に係る仕様、内容等を指定して物品等の製造(加工を含む。)若しくは修理、情報成果物の作成または役務の提供を依頼すること。
取引の内容が発注者と供給者の協議を経て決定される場合であっても、仕様等の指定について発注者の能動的な関与が認められる場合には、発注者が仕様等を指定するものといえる。

●下請法4条1項3号:
対価の減額は、供給者に不利益となるように取引の条件を変更し、又は取引を実施することの1類型(独禁法2条9項5号ハ)。
下請法は、下請事業者の責に帰すべき理由がある場合を除き、一切の下請代金の減額を認めていない。

●最高裁昭和52.6.20:
独禁法19条に違反した契約の私法上の効力については、その契約が公序良俗に反するとされるような場合は格別として、上告人のいうように同条が強行法規であるからとの理由で直ちに無効であると解すべきではない。
・・・同法20条は、専門的機関である公正取引委員会をして、取引行為につき同法19条違反の事実の有無及びその違法性の程度を判定し、・・勧告、差止命令を出すなど弾力的な措置をとらしめることによって、同法の目的を達成することを予定している⇒同法条の趣旨に鑑みると、同法19条に違反する不公正な取引方法による行為の私法上の効力についてこれを直ちに無効とすることは同法の目的に合致するとはいい難い。

判例時報2577

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

| | コメント (0)

2024年3月 9日 (土)

安全配慮義務の予見可能性、業務起因性

長崎地裁R4.12.6

<事案>
Aは、昭和37年1月10日から同年12月29日までの間、Yに雇用され、Yの事務所において就労し、平成17年10月17日に悪性胸膜中皮腫と診断され、平成20年11月30日に死亡。
Aの相続人であるXらが、Aが前記就労の際の石綿粉じんばく露に起因して、悪性胸膜中皮腫にり患して死亡⇒Yに対し、雇用契約上の安全配慮義務違反による債務不履行に基づき損害賠償請求

<争点>
❶Aの中皮腫り患の業務起因性(事実的因果関係)
❷Yの安全配慮義務う違反の有無
➌安全配慮義務違反と中皮腫り患との間の相当因果関係の有無

<解説>
労基法の委任を受けた旧労働安全衛生規則は、粉じん等を発散する屋内作業場において、局所吸引排出送致設置等の適当な措置を講じなければならないこと(同規則173条)等を規定。
労働省労働基準局通達は、じん肺法の前身であるけい肺及び外傷性せき髄障害に関する特別保護法に定める粉じん作業等について定めた「労働環境における職業病予防に関する技術指針」の実施の促進等を求め、同技術指針は石綿の抑制目標限度を1000個/cc(20mg/㎥)と定めていた。

<判断>
●❶Aの中皮腫り患の業務起因性(事実的因果関係)
Aが、昭和37年当時、Yの事業所において、石綿保温材等を原材料とする保温筒の製造作業の従事し、石綿粉じんにばく露したことを認め、その程度は、前記2の抑制目標限度を上回るような高濃度の石綿粉じんにばく露したとは認められない
but
Aが約43年後に胸膜中皮腫と診断されたことは、
①胸膜中皮腫が石綿ばく露の特異性が高く、閾値が存在せず、少量、低濃度の石綿ばく露によっても発症し得ること
②発症までに要する期間といった医学的知見に沿うこと
Aが他の事務所において石綿粉じん作業に従事したとは確認されていないこと

業務起因性を肯定。

●❷Yの安全配慮義務う違反の有無
石綿肺に関する医学的知見の確立や関係法令の状況等
⇒じん肺法が施行された昭和35年4月1日頃には、石綿粉じん作業を行う事業者において、石綿粉じんばく露により石綿肺を発症する危険性があることを予見し得た
but
(1)昭和37年当時、石綿の使用が禁止されておらず、
石綿粉じんばく露と石綿肺発症との間に量・・反応関係があること等を前提とした当時の医学的知見に照らして、前記抑制目標限度が合理性を欠くものとはいえず、
これを下回る石綿粉じんばく露による石綿肺発症の危険性についての予見可能性があったとは認められない。
(2)少量・低濃度の石綿ばく露により発症し得る中皮腫に関する医学的知見が確立したのは昭和47年以降と認められる

昭和37年当時、前記抑制目標限度を下回る石綿粉じんばく露によって、石綿肺や中皮腫等の石綿関連疾患等の健康被害が生じる危険性があることについて予見可能性があったとは認められない。

安全配慮義務違反を否定。

●➌安全配慮義務違反と中皮腫り患との間の相当因果関係も否定

<解説>
●石綿粉じんばく露と中皮腫り患との間の因果関係が問題となりこれを肯定した裁判例
①~⑧

石綿ばく露の特異性が高く、低濃度ばく露でも発症すること等の中皮腫に関する医学的知見を基礎として、石綿粉じんばく露が認められ、潜伏期間が整合する場合、両者の関係を否定するような事情がない限り、中皮腫り患との因果関係を肯定する傾向。
因果関係否定裁判例⑨

●安全配慮義務違反の前提となる予見可能性:
福岡高裁:
使用者が認識すべき予見義務の内容は、生命、 健康という被害法益の重大性に鑑み、安全性に疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧であれば足り、必ずしも生命、健康に対する障害の性質、程度や発症頻度まで具体的に認識する必要はない
中皮腫のり患が問題となった事案においても、同旨の見解に立ち、石綿粉じんばく露により生命、健康に重大な傷害が生じる危険性を認識し得れば、中皮腫の発生につき具体的に認識し得なくても足りるとするものが多い。

判例時報2577

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

| | コメント (0)

下請け労働者に対する安全配慮義務(肯定)・寄与度に応じた損害賠償責任

長崎地裁R4.11.7

<事案>
Yが設営する長崎造船所において、Y又は下請会社の労働者として、船舶建造又は修繕の労務に従事していた者とその相続人であるXらが、前記労務の歳の粉じんばく露に起因して、じん肺等にり患したなどと主張⇒Yに対し、安全配慮義務違反の債務不履行又は不法行為に基づき、損害賠償を請求。

<争点>
①じん肺り患の有無
②じん肺り患等と長崎造船所における就労との因果関係
③安全配慮義務違反の有無

<解説>
じん肺法の管理区分制度の概要:
労働者及び元労働者について、じん肺健康診断の結果に基づき、エックス線写真の像の区分(同法4条1項)及び肺機能障害等の程度により、管理1から管理4に区分して健康管理を行うものとし(同条2項)、
管理2ないし管理4の管理区分は、一般医師によるエックス線写真おy薄井じん肺健康診断結果証明書等を基礎として、地方じん肺審査医の診断又は審査により決定される。

<判断>
●じん肺り患の有無
管理2以上の決定を受けた労働者⇒特段の事情jがない限り、これに相当する程度のじん肺にり患したことが推認される
but
じん肺の診断におけるCT画像所見の有用性⇒これを反証として用いることができる。

反証の成否を検討してじん肺り患の有無を判断。
前記反証が奏功した者のうち、石綿粉じんにばく露し、じん肺に沿う所見が認められる者については、管理2には至らない程度の繊維増殖性変化を生じているか、これに進展する可能性のある状態にあるとして、一定の健康被害の存在を認めた。

●安全配慮義務違反の有無
Yは、労働契約関係に立つ労働者に対し、遅くともじん肺法が施行された昭和35年4月頃には、その当時の実践可能な最高の科学的・工学的技術水準に基づいて、粉じん発生の防止・抑制、粉じんばく露の防止・抑制を主体とするじん肺防止対策の実施、粉じん量の測定、粉じん作業従事者にじん肺教育を講じる等の措置を講じることにより、粉じん作業従事者の生命・健康を保護すべき安全配慮義務を負っており、下請け労働者に対しても、粉じんの発生又は滞留状況等に大きく影響する作業環境等について、主にYが支配・管理していた

信義則上、安全配慮義務を負うと認めるのが相当。
Yが、長崎造船所において、本件労働者らが粉じん作業に従事した時期に講じていた粉じん対策措置では不十分であった⇒安全配慮義務を肯定。

●じん肺り患等と長崎造船所における就労との因果関係
長崎造船所と他の事業所における粉じん作業による粉じんばく露が相まって、じん肺等にり患し又は前記の健康被害を受けたことが認められる
but
長崎造船所における粉じんばく露のみによって、じん肺等にり患等したとまではみとめられない。

民法719条1項後段の類推適用又はその法意に照らして、各粉じん作業職歴の期間等に鑑みた寄与度に応じた損害賠償責任を負う。

<解説>
●裁判例

●元請企業と下請労働者との間には直接の契約関係が存在しないが、元請企業が、下請労働者との間で特別な社会的接触に入ったといえる場合に、信義則上、下請労働者に対しても安全配慮義務を負うことを認めた事例判例があり、下請労働者に対する安全配慮義務違反が認められている。

●石綿含有建材を製造販売した建材メーカーの中皮腫り患者に対する不法行為に基づく損害賠償責任について、民法719条1項後段の類推適用により、寄与度に応じた損害賠償責任を認めた判例(最高裁R3.5.17)。
安全配慮義務違反による債務不履行に基づく損害賠償責任について、寄与度に応じた損害賠償責任を認めた裁判例。

判例時報2577

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

| | コメント (0)

2024年3月 5日 (火)

墓埋法に基づく大阪市長の納骨堂の経営等に係る許可の取消訴訟と原告適格

最高裁R5.5.9

<事案>
大阪市長は、宗教法人であるA寺の申請を受け、墓地、埋葬等に関する法律10条の規定により、大阪市B区内の土地において鉄筋コンクリート造地上6階建ての納骨堂を経営すること及びその施設を変更することの各許可
本件納骨堂から直線距離で100メートル内に居住するXらが、Y(大阪市)を相手に、本件各許可の取消しを求めた。

<争点>
墓埋法10条の規定による納骨堂の経営又はその施設の変更に係る許可について、周辺住民がその取消しを求める原告適格を有するか?

<規定>
墓埋法第十条 墓地、納骨堂又は火葬場を経営しようとする者は、都道府県知事の許可を受けなければならない。
2 前項の規定により設けた墓地の区域又は納骨堂若しくは火葬場の施設を変更し、又は墓地、納骨堂若しくは火葬場を廃止しようとする者も、同様とする。
大阪市墓地、埋葬等に関する法律施行細則
8条・・・当該申請に係る墓地等の所在地が、学校、病院及び人家の敷地からおおむね300m以内の場所にあるときは、当該許可を行わない
ただし、市長が当該墓地等の付近の生活環境を著しく損なうおそれがないと認めるときは、この限りでない
10条1~3号:・・・墓地等の周囲に塀を設けなければならない

<1審>
墓埋法10条が納骨堂の周辺に居住する者の生活環境に関する利益を個々人の個別的利益として保護すべきものとする趣旨を含むと解することはできない。

<原審>
墓埋法10条は、本件細則8条本文所定の距離制限が設けられた区域内の人家に居住する者の生活環境に係る利益は個別的利益として保護する趣旨をも含むと解することができる⇒本件納骨堂からおおむんね300m以内の人家に居住するXらが本件各許可の取消しを求める原告適格を有する。

Yが上告受理の申立て

<判断>
墓埋法10条の規定により大阪市長がした納骨堂の経営等に係る許可について、当該納骨堂の所在地からおおむね300m以内の場所に敷地がある人家に居住する者は、その取消しを求める原告適格を有する。
本件細則10条2号は前記原告適格を認める根拠とはならない。
⇒原審の判断は結論において是認することができる。

<規定>
行訴法 第九条(原告適格)
処分の取消しの訴え及び裁決の取消しの訴え(以下「取消訴訟」という。)は、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者(処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分又は裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者を含む。)に限り、提起することができる。
2裁判所は、処分又は裁決の相手方以外の者について前項に規定する法律上の利益の有無を判断するに当たつては、当該処分又は裁決の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮するものとする。この場合において、当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たつては、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌するものとし、当該利益の内容及び性質を考慮するに当たつては、当該処分又は裁決がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案するものとする。

<解説>
●取消訴訟の原告適格の判断枠組み
取消訴訟の原告適格を有する者、すなわち、行訴法9条1項の「法律上の利益を有する者」とは、処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいい、当該処分を定めた行政法規が不特定多数者の具体的利益を個々人の個別的利益としても保護する趣旨を含むと解される場合には、当該利益も法律上保護された利益に当たる
処分の相手方以外の者について法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては、当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮すべき(同条2項)。(最高裁)
同条2項は、司法制度改革の一環として、国民の権利利益の救済範囲の拡大を図る観点から、処分の相手方以外の者の原告適格が適切に判断されることを一般的に担保するために、裁判所が考慮すべき事項を法定したものとして、平成16年法律84号による行訴法の改正で新設。

●距離制限規定と第三者の原告適格
風俗営業や場外車券販売施設の設置について、許可の基準を定める法律の規定の委任を受けて、所定の類型の施設を起点として一定の距離の区域内における営業等を制限する政省令や条例の規定は、起点となる施設を設置する者の円滑に業務を行うことのできる利益を個別的利益として保護する趣旨を含むと解される傾向にある。(最高裁)
but
墓埋法10条1項の規定により大阪府知事がした墓地の経営許可について、大阪府墓地等の経営の許可等に関する条例7条1号は、墓地及び火葬場の設置場所の基準として「住宅、学校、病院、事務所、店舗その他これらに類する施設の敷地からおおむね300m以上離れていること。ただし、知事が公衆衛生上その他公共の福祉の見地から支障がないと認めるときは、この限りでない。」と規定していたところ、

最高裁H12.3.17:
墓埋法10条1項自体が墓地等の周辺の居住する者個々人の個別的利益をも保護することを目的としているとは解し難く、また、前記条例7条1号の規定が特定の施設に着目してその設置者の個別的利益を特に保護する趣旨を含むとも解し難い
⇒墓地から300mに満たない地域に敷地がある住宅に居住する者は、前記許可の取消しを求める原告適格を有さない。

墓埋法が条例でもって個々人の個別的利益をも保護することを目的として墓地等の経営の許可の要件を定める余地を許容しているか否かについては態度を決定していない。
平成16年改正に伴って見直されるべきとの見解。
平成16年改正後における下級審の裁判例では、原告適格を有すると判断する傾向。

●納骨堂の経営等に係る許可と周辺住民の原告適格
墓埋法10条は、許可の要件を特に規定していおらず、それ自体が墓地等の周辺に居住する者個々人の個別的利益の保護を目的としているとは解し難い。
but
墓地等の経営又は墓地の区域等の変更に係る許否の判断については、地域の特性に応じた自主的な処理を図る趣旨に出たもの⇒墓埋法の目的に適合する限り、許可の具体的な要件が、都道府県(市にあっては市)の条例又は規則により補完され得ることを当然の前提としていると解される。
⇒同条の規定により大阪市長がした墓地等の経営又は墓地の区域等の変更に係る許可については、その根拠となる法令として本件細則8条の趣旨及び目的を考慮すべき。

墓地等の所在地からおおむね300m以内の場所に敷地がある人家については、平穏に日常生活を送る利益を個々の居住者の個別的利益として保護する趣旨を含むものと解することができる。⇒原告適格肯定。

平成12年最判は、条例中に本件細則8条とは異なる内容の規定が設けられている場合に関するものであり、本件とは事案を異にする。
本件細則10条2号は、納骨堂が静穏な環境の下で使者を追悼する施設となることを確保し、これを利用する者の利益を保護する趣旨の規定⇒原告適格を認める根拠となるものではない。

判例時報2577

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

| | コメント (0)

2024年3月 4日 (月)

特定少年による建造物等放火(=原則検察官送致)の事案で、(刑事処分でなく)第1種少年院送致とされた事案

大阪家裁R4.9.5

<事案>
特定少年である少年がマンションのゴミ集積所に置かれたごみ袋等に火をつけて公共の危険を生じさせた建造物等以外放火(刑法110条1項)の事案。
その法定刑(1年以上10年以下の懲役)から、少年法62条2項2号の原則検察官送致対象事件に該当

<判断>
少年を第1種少年院に送致。
収容期間は2年が相当。

<解説>
●特定少年に係る原則検察官送致の規定
特定少年に係る原則検察官送致の規定(法62条2項)⇒対象事件の範囲拡大(同項2号)
実務では、同項各号該当の事件についても、従前の方20条2項該当の事件についてと同様に、その罪質及び情状の類型的な重さから保護不適が推定され、
「ただし書」を適用して保護処分を選択するにはこの推定を破る「特段の事情」が必要になると解されている。

新たに対象事件とされた罪については、様々な罪質・社会的類型の事案が含まれている⇒刑事処分以外(保護処分)を相当とする例が一定程度存在⇒家裁としては、きめ細かな調査、適正な事実認定、犯情の軽重及び要保護性の十分な考慮に務め、事案に応じた適切な判断を心掛けなければならない。

●犯情の軽重の考慮による保護処分の規制
特定少年の保護処分の選択:「犯情の軽重を考慮して相当な限度を超えない範囲内」でなすこととされた(法64条1項)。

犯情:
処罰の根拠となる処罰対象そのものの要素
当該行為の意思決定への非難の程度に影響する要素
とからなる。

保護処分については、少年の要保護性(非行の反復につながる少年の資質上・環境上の問題性)の程度が高ければ、犯した罪の責任に照らして許容される限度を超える処分を科すことも可能とされている。
but
自律的な法的主体となった特定少年に対する保護処分については、量刑と同様に、犯した罪の責任(行為責任)に照らして許容される限度を超えてはならないという、責任主義の観点からの制約を受けることを明らかにしたもの。

●少年院送致における収容期間の定め方

●保護処分選択の判断の段階性と決定書の記載の在り方
特定少年の保護処分の選択:
犯情の軽重による制限の中で許される最も重い保護処分は何かという検討
その範囲内で少年の要保護性に応じた具体的な処遇を定める
という2段階の判断過程。

判例時報2576

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

| | コメント (0)

殺人予備などで、第3種少年院送致事案

東京高裁R5.1.19

<事案>
非行時及び原決定時ともに18歳の特定少年である少年が、
⓵交際相手の男性を殺害して自殺する目的で、事前に購入していた包丁の刃先を寝ていた個人に突き付けるなどし、もって殺人の予備をし、
②業務その他正当な理由による場合でないのに、前記包丁1本を携帯したという事案

<原審>
少年の経歴、資質上の問題、病状、保護環境の不十分さを指摘し、
本件の犯情の重さ⇒少年院送致を選択することも許容される。
少年の謝罪や反省の言葉、これまでに家庭裁判所係属歴がない
but
現状のままでは、自殺を企図することに伴い互い行為に至る可能性が高く、その要保護性は高い。

少年の問題を改善させるためには、少年院に収容し、強い枠組みの中での医療措置と矯正教育を通じて、まずは精神疾患に対する治療教育を行いながら治療を継続するとともに、本件の問題を振り返らせて自己の認知や考えの偏りを自覚させながら、適切な対人関係の築き方を学ばせることが必要。

収容期間について、
殺人予備、銃刀法違反の中でも特に重いものといえる本件の犯情を考慮し、
少年院収容の不利益性は刑事施設収容の不利益性と比較しても一般的、類型的に小さい
⇒本件の各罪の処断刑に照らしても3年間。

精神科的な精査、適切な医療措置に加え、実質的な偏りの大きい少年に前記のような矯正教育を実施すること考慮
⇒少年の問題の改善のためには1年6か月程度の比較的長期間にわたる矯正教育が必要不可欠であり、その旨の処遇勧告を付す。

<判断>
原審は正当⇒抗告棄却

<解説>
●令和3年改正で、18歳及び19歳の少年は「特定少年」とされ、
これに対する保護処分については、
犯情の軽重を考慮して相当な限度を超えない範囲内において、
6月の保護観察、2年の保護観察、少年院送致のいずれかの処分を選択。(少年法64条1項)
「犯情の軽重を考慮して相当な限度を超えない範囲内において」

当該犯罪の性質、犯行の態様、犯行による被害等を踏まえ、犯した罪の責任に照らして許容される限度を上回らない範囲内で、対象者の要保護性に応じ処分を選択。
犯情が保護処分の上限を画する
but
刑罰は保護処分よりも一般的、類型的に不利益な処分
⇒執行猶予付きの懲役刑又は禁錮刑を科すことが通常想定されるような事案であっても、直ちに少年院送致処分を選択できないということにはならない。

●少年院送致処分を選択
⇒その決定と同時に、3年以下の範囲内において犯情の軽重を考慮して少年院に収容する期間を定める。(64条3項)
「少年院に収容する期間」
対象者を少年院に収容できる期間の上限を意味し、その範囲内で少年院における処遇及び仮退院した場合の社会内処遇が行われることになる。
この期間を定めるに当たり「犯情の軽重を考慮」
⇒家裁は、犯情の軽重を中心に考慮し、対象者の要保護性の程度や今後の変化の見込み等の処遇の必要性に関わる事情は基本的に考慮しない。

犯情に照らして許容される限度を上回らない範囲内で、できるだけ長く少年院に収容する期間を設定することとし、少年院において適切かつ柔軟な処遇を行うことができるようにしたもの。
家裁は、「少年に収容する期間」の範囲内で、要保護性の程度を踏まえて、矯正教育の期間に関する処遇勧告の要否についても検討すべき。

●殺人予備罪:法定刑は2年以下の懲役で、情状によりその刑を免除することができる
銃刀法違反:法定刑は2年以下の懲役または30万円以下の罰金

刑事裁判であれば、懲役刑が選択されたとしてもその上限は3年
犯行の経緯や犯罪歴がない⇒執行猶予の可能性もある。

判例時報2576

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

| | コメント (0)

2024年3月 3日 (日)

幼児揺さぶり事案で、先天性グリコシル化以上症が問題とされ、無罪とされた事例

大阪地裁R5.3.17

<事案>
父である被告人が、実子である生後2か月の乳児Aに対し、Aの頭部に衝撃を加え、よって、急性硬膜下血腫及び両眼底出血の傷害を負わせたとされる事案。

<争点>
❶被告人がAに不法な有形力の行使としての暴行を加えたか?具体的には、本件傷害が激しい揺さぶりなどの外力が加えられたことが原因か?
❷Aに本件傷害の原因となりうるような血液凝固機能の異常があったか?

争点判断のため、医師8名(検察官請求5名、弁護人請求3名)の証人尋問がされた。

<判断>
●被告人がAに対して不法な有形力の行使としての暴行を加えたと認めるには合理的な疑いが残る⇒無罪

●争点❶
①Aに生じた急性硬膜下血種のみからAに加わった外力が強度であると推認することはできない。
②外力によって直接生じた1次性の脳実質損傷は生じておらず、重篤な暴行があったとは考え難い
③脳浮腫も強度の外圧が加わったことの根拠とすることができない
④眼底出血のみによって外力がどの程度強度であったかを推認することはできない
⑤首がすわっていないAの頭部の動きや揺れの程度及びAに対する外力の程度は、人形を使って再現した動画によって正確に推測することは困難

本件傷害は激しい揺さぶりなどの外力が加えられたことが原因であるとする検察官の主張は、その根拠が大きく揺らいでおり、その根拠に基づく推認力も、検察官が主張するほど高くない。

●争点❷
①本件当日、感染症にり患し、心筋炎を発症していた可能性が否定できない
②糖鎖異常、発達遅滞、てんかん、逸脱酵素の異常、血液凝固因子の異常等が認められる⇒先天性グリコシル化異常症の診断基準を満たしており、本件当日頃、高ストレス状態(感染症と心筋炎)にあり、基礎疾患としての先天性グリコシル化異常症の影響によって、軽微な外力でも頭蓋内出血を起こしやすい状態にあったなどと証言する弁護側請求の医師(小児の遺伝疾患等が専門)の見解を信頼できないものとして否定することはできない。

被告人がAを激しく揺さぶるなどの暴行を加えていなくても本件傷害結果が生じた可能性は否定できない。

●医学的視点以外の事情
被告人は、普段から粗暴であったことはうかがわれず、本件当日も、激しい揺さぶり行為に及ぶような苛立ちや怒りを抱く心理状態にあったとは直ちに考え難い
⇒被告人には社会生活上許容されない激しい揺さぶり等に及ぶ動機等は存在せず、検察官が主張するような不法の有形力の行使に及んだとすることには、多大な疑問がある。

<解説>
● 関連裁判例
● 乳幼児頭部外傷AHT(Abusive Head Trauma in Infants and Children)事案では、
検察官は、ア:硬膜下血腫、イ:網膜出血、ウ:脳実質異常所見の3徴候の傷害結果から遡って、故意の暴行行為の存在(事件性)等を推認するという立証方法。
本件では、3徴候の中のウに関す、1次性の脳実質損傷は生じていないと認定
平成30年中に起訴がされ、その後の長期間にわたる公判前整理手続を経て、弁護側証人の専門家(医師)により先天性グリコシル化異常症という新しい医学的知見が問題にされたことにも特徴。

間接事実からの推認による事実認定では、弁護人が主張する反対仮説の成立可能性が問題になることが多いが、先天性グリコシル化異常症はかなり稀な疾患。
弁護側証人が相応の裏付けや根拠のある証言をしており、それが排斥されるに至らなかったことから、立証責任に従って判断された。

判例時報2576

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

| | コメント (0)

条例の「人を著しく羞恥させ、人に不安を覚えさせるような卑わいな言動」に当たるとされた事例

最高裁R4.12.5

<事案>
被告人の行為が、本件条例5条1項3号の「人を著しく羞恥させ、人に不安を覚えさせるような卑わいな言動」(「本要件」)に該当するか否かが争点となり、第1審と原審の判断が分かれ、最高裁が、本要件該当性を肯定した原判決の判断を是認したもの。

原審における訴因の概要:
被告人が、東京都内の開店中の店舗において、女性客Aに対し、本体の大部分を黒色ビニールテープで覆う細工をして判別困難にした小型カメラを下方に下げた手に持ち、Aの背後の至近距離から、Aの下半身に向けた本件カメラでスカート着用のAの臀部等を約5秒間撮影しさらに、前かがみの姿勢をとったAに対し、そのスカートの裾と同程度の高さで、Aの下半身に向けて本件カメラを構えた

<第1審>
本要件該当性を否定

<原審>
法令適用の誤りを理由に第1審判決を破棄し、被告人を懲役8月に処した。

<判断>
職権判示を加えて本要件該当性を肯定した原判決を是認し、上告を棄却。

<解説>
最高裁判例:
「卑わいな言動」とは、社会通念上、性的道義観念に反する下品でみだらな言動又は動作をいうとし、細身のズボンを着用した女性の臀部を執ように撮影した行為について、本要件と同様の文言の要件に該当するとした。

その後の高裁判例:
迷惑防止条例の保護法益(社会的法益)を念頭に、客観的、外形的事情を考慮して本要件を判断する傾向。

学説上、例示列挙型の卑わいな言動の禁止規定について、受け皿構成要件に該当するためには、例示行為と同程度の卑わい性を具備している必要があると指摘する見解。

<本決定>
被告人が、本件店舗において、
「小型カメラを手に持ち、膝上丈のスカートを着用したAの左後方の至近距離に近づき、前かがみになったAのスカートの裾と同程度の高さで、その下半身に向けて同カメラを構えるなどした」と摘示した上で、「このような被告人の行為派、Aの立場にある人を著しく羞恥させ、かつ、その人に不安を覚えさせるような行為であって、社会通念上、性的道義観念に反する下品でみだらな動作といえる」 と判断し、本要件該当性を肯定した原判断を是認した。

本件構える行為に関わる客観的・外形的事情を重視し、被害者の立場に置かれた一般通常人を基準に判断したもの。

本件構える行為は、本件条例5条1項2号の衣服内撮影を目的とした「差し向け」行為に至る手前の行為とみることもできるが、「差し向け」に至らない行為であるとしても、そのことによって同項3号に当たるとして処罰することが許されなくなるものではない。

同項2号と3号の規定ぶりや改正経緯が考慮されたものと推察される。

判例時報2576

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

| | コメント (0)

2024年3月 2日 (土)

USJのチケット販売と消費者契約法違反(否定)

大阪地裁R5.7.21

<事案>
適格消費者団体である原告が、テーマパーク(USJ)を運営する被告に対し、WEBチケットストアを通じて行うチケット購入契約の利用規約中、
①顧客の法令上の解除又は無効事由等がある場合を除き購入後のチケットをキャンセルできない旨の条項(「本件条項1」)については消費者契約法(「法」)9条1号(令和4年改正前のもの)及び10条に規定する条項に、
②営利目的の有無にかかわらず、顧客の第三者へのチケットの転売を禁止する旨の条項(「本件条項2」)については法10条に規定する条項にそれぞれ該当
法12条3項に基づき本件各条項を内容とする意思表示の停止等を求めた事案。

本件各条項:
チケットの高額転売のために、WEBチケットストアを通じてチケットを大量に購入した上で不特定多数の者に正規の販売価格より高額で販売して利益を上げ、他方で、かかる手法で入手したチケットのうち転売できなかったものについてはキャンセルすることでチケットの大量購入のリスクを軽減させるなどの手法でのチケットの転売に対処するために設けられた。
なお、特定興業についてのチケットの不正転売について罰則を設けるいわゆるチケット不正転売禁止法の規制対象にテーマパークは入っていない。

<争点>
本件条項1について
❶法10条前段該当性
❷同条後段該当性
❸法9条1号該当性
本件条項2について
❹法10条前段該当性
❺同条後段該当性

<規定>
法10条:
その前段において、当該規定が「法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項」に該当することが必要とされる。
この「法令中の公の秩序に関しない規定」はいわゆる任意規定のことを指す。
同条後段では、当該規定が「民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」に該当することを要する。

<判断・解説>
●請求棄却

●チケット購入契約の法的性質
原告:準委任契約にあたる
判断:
消費者である顧客が、特定の入場日等を指定した上で、チケット代金を支払って、これを購入し、
他方で、被告においては、チケット購入者に対して、そのチケットの内容に応じて、創られた非日常的空間であるテーマパークに入所させ、アトラクション等を稼働して利用させるなどするものとして、民法に規定のない無名契約(非典型契約)であるとし、売買契約に類似する側面を有するものといえる一方、多分に役務提供契約としての側面も有する。

●争点❶
①チケット購入契約が無名契約であり、被告の提供する役務の内容などからして、チケット購入契約が準委任契約とは相当異質な内容を含んでいる
準委任契約に認められる任意解除権(民法656条、651条1項)が契約の一般的拘束力の例外としての機能を果たしているのは、準委任契約が党j氏は間の人的信頼関係に基づくものbutチケット購入契約にはこのような人的信頼関係に基づく契約の締結及び履行という側面が認められず、任意解除権を認めた趣旨があてはまるような契約類型ではない

原告の任意解除権についての規定が適用ないし準用されるとの主張を斥け、法10条前段該当性を否定。

●争点❷

①顧客にとって一定の不利益が及ぶ内容
but
その趣旨及び目的は合理性があり、これを維持する必要がある
本件条項1によって顧客においても利益となる側面もある。
WEBチケットストアにおいては複数回にわたって本件各条項の内容が表示されるなど顧客もその内容を十分に認識して契約している。
一部のチケットでは経済的負担なく90日間は日付変更が可能となっており、顧客の予定変更等にも対応している。

本件条項1は、信義則に反する程度に当事者間の衡平を害するものということはできず、法10条後段該当性も否定。

◎法10条の規定する消費者契約は、消費者と事業者との間にある情報・交渉力の格差を背景とするもの
契約締結過程における本件条項1についての顧客(消費者)の主観的認識についてもWEBチケットストアの体裁、仕様の点から検討を加えて消費者である顧客が当該条項について十分な利益を得られる状況にある。
顧客に生じる体調不良や天候不良による公共交通機関の運休などによる予定の変更等の不利益についても、利用規約上、一部のチケットを除き、日程変更が経済的負担なく柔軟に可能とされており、前記不利益への回避措置として機能している。

消費者に生じ得る不利益の内容及び程度を、法10条後段該当性を認める積極的な要素とし、他方で、当該条項の置かれた趣旨、目的の合理性・必要性、契約締結過程における消費者の主観的認識、消費者に及ぶ不利益のへの回避措置の有無及びその内容などの前記不利益を緩和ないし軽減する事情を同条後段該当性の消極的な要素として対置した上で、これらを総合考慮の結果、同条後段該当性を否定。

◎最高裁:
法10条後段該当性の判断にあたっては、
消費者契約法の趣旨、目的(同法1条参照)に照らし、当該条項の性質、契約が成立するに至った経緯、消費者と事業者との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の較差その他諸般の事情を総合考慮して判断されるべき。

差止訴訟における法10条後段該当性の判断において、契約当事者間の個別的事情を考慮すべきか?
仮に、差し止め請求においては類型的な判断をすべきであり、契約当事者間における個別事情を考慮することに消極的な見解をとっても、
本件での検討は、本件条項1に規定する内容以外の事情ではあるが、事業者である被告が、不特定多数の顧客に対して、同一の取扱いをするものであり、これは本件条項1が適用される場面において一般的な取扱いといえる
⇒これらを考慮要素するのも類型的な判断と必ずしも抵触せず許容される。

●争点❸
原告の本件条項1が法9条1項に規定する「解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項」及び「平均的な損害の額を超える」損害賠償を定めたものに該当するとの主張は、本件条項1及び同号の文理解釈として無理がある。

法9条1号は、解除に伴う損害賠償の予定又は違約金を定める条項についてのものであり、これは、解除に伴う損害賠償額の予定等につき高額な金額が設定され、消費者が不当な出捐を強いられる場面を規制するもの。
but
本件条項1は、顧客による任意解除自体を制限するもの。
前記の想定される場面と大きく異なる。

●争点❹
原告:チケット転売は原則自由な債権譲渡であり、本件条項2はそれを制限するもので、任意規定の適用による場合と比して消費者の権利を制限するもの。

判断:
チケットの購入者には、テーマパーク内における各種制約等を遵守することが求められており、チケットを譲り受けた者においても同様の制約を遵守することが求められる
⇒チケットの譲渡には、債権譲渡に還元できない要素があり、複合的な権利義務関係としての法的地位の移転を伴うものとして、契約上の地位の地点とみるべきであり、原則自由とされている債権譲渡を制限するものということはできない。

●争点❺
法10条後段該当性についても検討を進め、同様の考慮要素を総合検討の上、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものということはできない。

判例時報2576

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

| | コメント (0)

役員としての資格審査不適格との判断⇒内部規程に反し公益社団法人の使用者責任が認められた事例

東京高裁R4.5.31

<事案>
Xらは、不動産取引にかかる公益社団法人であるYらのそれぞれのA県本部に所属する会員⇒県本部における平成31年度の役員選任に際し、その候補者となったものの、役員としての資格要件を審査する県本部の資格審査委員会において不適格とされ、県本部の理事会に上程されなかったため、同年度の役員に選任されなかった。
Xら:役員に選任されなかったのは本件委員会がその権限を濫用して所定の手続に反した違法な決議を行った結果であり、Yらは当該不法行為につき民法715条の使用者責任を負う⇒Yらに対し損害賠償請求をした。

<規程>
本件委員会の規程:

資格審査(11条):
資格審査委員会 A県本部役員候補者等の資格審査を行うに当たっては、次の事項について審査し、その適否を決定し本部長に報告しなければならない。

特別決議(12条):
資格審査に関する事項の決定は、出席委員(利害関係等がある者として排斥された者を除く。)の3分の2以上に当たる多数による決議をもって行う。

<判断>
●原審・控訴審:
本件請求が、Yらの定めた規則等の役員の資格審査基準の適否を直接の審理の対象とするものではない⇒司法審査の対象となる

●原審:
Xらの請求をいずれも棄却。
←県本部が定めた本件委員会規程等の解釈、運用は、原則として県本部の裁量に委ねられており、役員選任に関する本件委員会における資格審査については、その裁量の逸脱・濫用のない限り、これが役員候補者に対する不法行為を構成することはない。

●控訴審:
原判決のような裁量権の逸脱・濫用の規範を採用せず、Xらの請求を一部認容。

本件委員会規程12条:
・・・・県本部における役員選任手続の流れに照らすと、役員候補者が役員として不適任であることにつき審査権限を行使するものと解するのが相当。

本件委員会のP2委員長は、上記解釈は異なり、本件委員会規程12条に関して、役員候補者が役員として適任であることにつき特別多数による決議を要することを定めたものと解釈・・・。

県本部事務局は、資格審査委員の指示を受け、Yらの総本部を通じて、Yらの顧問弁護士に対し、・・・同顧問弁護士から、同条が、役員候補者として不適任であることにつき特別多数による決議を要するとの趣旨であり、書面による決議はできないとの回答。

P2委員長は、・・・自らの解釈が誤っていることを認識したにもかかわらず、これを是正する措置を何ら講じなかった。

P2委員長は、・・・再度資格審査をやり直すべきであったにもかかわらず、これを怠ったものと認められ、Xらに対し不法行為責任を負う。

Yらの地方本部の組織及び運営に関する規則によれば、Yらは、地方本部の組織である本件委員会に対しても指揮監督権限を有するものと認められ、P2委員長は、県本部の理事でもあり、総本部から直接指揮監督を受ける立場にあったものと認められる
⇒Yらは、P2委員長の行為につき、それぞれ独立して民法715条の使用者責任を負う。

<解説>
公益社団法人の地方本部役員の選任に関する資格審査委員会の内部規程の解釈が問題となった事案。
but
内部規程における役員の資格審査基準の適否を直接の審理の対象とするものではない。
⇒本件請求は司法審査の対象となる。

原判決:
役員選任における資格審査に関する本件委員会規程の解釈について、その裁量の逸脱・濫用のない限り、これが役員候補者に対する不法行為を構成しない。

本判決:
裁量権の逸脱・濫用の規範を採用せず、本件委員会規程ほかの各条項や事実関係に照らして踏み込んだ解釈をした。
公益社団法人の内部規程の解釈を行った裁判例。

判例時報2576

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

| | コメント (0)

« 2024年2月 | トップページ | 2024年4月 »