東電福島第1原発事故株主代表訴訟第1審判決
東京地裁R4.7.13
<事案>
東電の株主であるXらが、取締役であったYらにおいて、福島県沖で大規模地震が発生し、福島第1原発に津波が遡上して過酷事故(原子炉から放射性物質を大量に放出事故)が発生することを予見し得た⇒その防止対策を速やかに講ずべきであったのに、これを怠った取締役としての任務懈怠があり、これにより本件事故が発生し、東京電力に損害を被らせたなどと主張し、会社法847条3項に基づき、同法423条1項の損害賠償請求として、Yらに対し、連帯して、損害金22兆円等を東京電力に支払うよう求めた株主代表訴訟。
<規定>
会社法 第四二三条(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)
取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この節において「役員等」という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
<解説>
原賠法3条1項に基づく東京電力に対する損害賠償請求訴訟のほか
国賠法1条1項に基づく損害賠償請求訴訟が全国で多数提起
既に、結果回避可能性が認められないとして国の責任を回避した最高裁判決も出されている。 (時報2546.5)
取締役の個人責任を問う訴訟としては、本件のほかに、
刑事の業務上過失致死傷事件及びその控訴審。
~いずれも過失責任を否定。
本判決:一部の取締役について会社法423条1項の任務懈怠責任を認めた。
<争点>
❶Yらに津波に対する安全対策の実施義務を生じさせるような過酷事故発生の予見可能性があったか
❷Yらに津波対策に係る取締役としての任務懈怠があったか(主位的請求)
❸Yらに過酷事故に係るリスク管理体制構築義務違反があったか(予備的請求)
❹任務懈怠と本件事故発生との因果関係の有無
❺本件事故により東京電力に生じた損害の有無及びその額
<判断・解説>
●争点❷について
本判決:
原子力発電所を設置、運転する原子力事業者たる会社は、最新の科学的、専門技術的知見に基づいて、過酷事故を万が一にも防止すべき社会的ないし公益的義務がある
⇒前記知見に基づいて想定される津波(予見可能性のある津波)により過酷事故が発生するおそれがある場合には、これにより生命、身体及び財産等に被害を受け得る者に対し、過酷事故を防止するために必要な措置を講ずべき義務を負う。
その取締役は、前記措置を講ずるよう指示等をすべき会社に対する善管注意義務を負う。
会社の負う公的義務を根拠⇒経済合理性を強調できないことから、原子力発電所の津波対策に係る取締役の判断の裁量の幅は限定的に解されやすい。
●予見可能性の有無(争点❶)について
◎予見対象津波の程度について
福島第1原発において、
OP(小名浜港工事基準面)+10m(主要建屋が配置された敷地)を1m超える高さの津波が襲来した場合には、主要建屋に浸水して非常用電源設備などが被水し、全交流電源喪失(SBO)及び主な直流電源喪失にyり原子炉冷却機能を失い、過酷事故が発生する可能性が高かった
⇒
前記規模の津波の予見可能性が認められる場合には、Yらに過酷事故の結果回避義務を負わせる根拠となり得る。
◎知見の信頼性
長期評価の見解及びこれに基づく津波の試算結果(明治三陸試計算結果)が、Yらに対し、福島第一原発において10m番を超える津波を想定した津波対策を義務付けるに足りる信頼性のある知見か否かについて、肯定
●任務懈怠の有無(争点❷)について
◎過酷事故の防止対策を速やかに指示等すべき取締役としての善管注意義務違反の有無について、
原子力発電所の安全性や健全性に関する評価及び判断は、極めて高度の専門的・技術的事項にわたる点が多い
⇒原子力発電所を設置、運転する取締役としては、会社内外の専門化や専門機関の評価ないし判断が著しく不合理でない限り、これに依拠することができ、逆に会社内外の専門家や専門機関の評価ないし判断があるにもかかわらず、特段の事情もないのに、これと異なる評価ないし判断を行った場合には、その判断の過程、内容は著しく不合理と評価される。
~
一般的に経営判断は、その過程、内容に著しく不合理な点がない限り、取締役つぃての善管注意義務に違反するものではない(経営判断原則)と解されているところ、
原子力発電所の安全性に関する取締役の判断が、どのような場合に「著しく不合理」といえるかを示したもの。
◎原子力担当取締役のY4
Y4が下した長期評価の見解及び明治三陸試計算結果に相応の科学的信頼性が認められないとの判断は、社内の専門部署の説明及び意見に依拠したものではなく、これに反する独自のもので著しく不合理。
直ちに、明治三陸試計算結果を前提としてドライサイトコンセプト(津波によって安全上重要な機器のある施設の敷地への浸水を生じさせない設計にするとの考え方)に基づく防潮堤等の津波対策工に着手することが必要かつ可能であった。
Y4について(防潮堤等の須波対策功を実施することなく)土木学会に長期評価の見解を踏まえた波源等の検討を委託するとの決定(Y4決定)自体は、過酷事故を防止し得る措置が講じられるのであれば、防潮堤等の大規模建造物の設置を周囲との軋轢泣く円滑に進め、工事の手戻りを防ぐという限度で一定の合理性を有する⇒著しく不合理とまではいえない。
but
福島第一原発がウェットサイトに陥っている以上、何らの津波対策に着手することなく放置する判断は、著しく不合理であってゆるされるものではない
⇒
Y4は、Y4決定を前提として、その間、明治三陸試計算結果と同様の津波が襲来した場合に過酷事故に至る事態が生じないための最低限の津波対策を速やかに実施するよう指示等をすべき取締役としての善管注意義務があったのに、これをしなかった(本件不作為)任務懈怠があった。
~
防潮堤等の津波対策工を当面は実施しないとのY4決定がされた事実を前提として、そのような場合にはドライサイトコンセプト以外の津波対策を実施すべき善管注意義務があるとしたもので、
国賠訴訟最高裁判決が否定した「防潮堤等によっては上記津波による保本件敷地の浸水を防ぎきれないという前提で、そのような防潮堤等の設置と併せて他の対策を講ずることを検討」させる義務があるとしたものではない。
Xら:長期評価の見解及び明治三陸試計算結果の信頼性が認められる場合、Yらには、原子炉の運転停止措置義務があった
判断:相応の科学的信頼性を有する知見によれば、過酷事故発生の可能性があるにもかかわらず、これを防止するための安全対策が速やかに講じられる見込みがない場合であることを要する。
本件では、安全対策として建屋等の水密化装置が速やかに講じられる見込みがあった⇒Yらの原子炉運転停止措置義務を否定。
◎原子力担当取締役のY3及びY5
Y3及びY5について、長期評価の見解及び明治三陸計算結果並びにY4決定及び本件不作為を認識しており、本件不作為の判断が著しく不合理であることも容易に認識
⇒Y4と同様の善管注意義務違反の任務懈怠を肯定
~
経営判断における、いわゆる信頼の原則(取締役が経営判断をする際には、他の取締役が収集、分析した情報については、その適正さについて疑いを抱かせる事情がない限り、これを信頼することが許され、たとえ当該情報に誤りがあった場合でも、当該情報に依拠して経営判断を行ったことについて善管注意義務違反の責任を負わないというもの)を踏まえた判断。
◎代表取締役会長Y1及び代表取締役社長Y2
東京電力において、代表取締役会長の職務は、株主総会及び取締役会の招集及びその議長とのみ規定⇒Y1の業務執行権限の有無(その内部的制限の有無)が争われた。
①定款上、代表取締役の包括的業務執行権限を制限する明示的な定めがないこと
②Y1が代表取締役会長として御前会議と呼ばれる会議に出席し、福島第一原発の安全対策について積極的に意見を述べ、指示を出しており、これが全社的にも認容されていた
⇒
少なくとも御前会議に出席し意見を述べ、指示をするなどの業務執行権限を有していた。
Y1及びY2:福島第一原発の津波対策を直接担当しておらず、専門技術的な判断については専門部署たる原子力・立地本部に任せていた
判断:専門部署からの情報等であっても、著しく不合理な評価ないし判断であった場合には、信頼することは許されず、また、特に疑うべき事情がある場合には、なお調査、検討義務を負う。
御前会議における議論の状況を詳細に認定
⇒
Y1及びY2は、原子力・立地本部の判断が著しく不合理であることを疑い、さらにその調査・確認をすべきであり、これをしていれば、長期評価の見解、明治三陸試計算結果、Y4決定及び本件不作為を認識し、本件不作為の判断が著しく不合理であることを容易に認識し得た
⇒Y4と同様の善管注意義務違反の任務懈怠を肯定。
~
信頼の原則を踏まえても、Y1及びY2の判断の家庭に著しい不合理があったとするもの。
◎Yらの善管注意義務違反(争点❷の1)を肯定⇒法令違反の有無(争点❷の2)、リスク管理体制構築義務違反の有無(争点❸)は判断していない。
●因果関係の有無(争点❹)
防潮堤の建設以外の津波対策を着想し実施し得たか?
東京電力の担当部署が、Yらから、ドライサイトコンセプトに基づく津波対策を当面行わないことを前提として、過酷事故が生じないための最低限の弥縫策としての津波対策を指示された場合、その当時、日本原電や中部電力によるドライシトコンセプト以外の津波対策の実施例があった⇒主要建屋や重要機器室の水密化を着想し、実施することを期待し得た。
水密化措置が本件事故発生の防止に資するものであったか?
明治三陸試計算結果の津波を想定して、当時の工学的な考え方等に基づき水密化措置が設計、施工された場合、これと規模が全く異なる本件津波に対しても電源設備の浸水を防ぐことができた可能性が十分あった。
水密化措置が本件津波襲来時までに講ずることが時間的に可能であったか?
水密化措置の完了までに要する期間を合計2年程度
⇒
任務懈怠時が本件事故発生との因果関係を肯定し、2年未満であったY5については、これを否定。
●損害の有無及びその額(争点❺)
本件事故に係る、
①福島第1原発の廃炉・汚染水対策費用
②被災者に対する損害賠償費用
③除染・中間貯蔵対策費用
が、本件事故によって東京電力が負うことになった費用負担であり、
Y1~Y4の各任務懈怠によって東京電力に発生した損害。
①:東京電力が令和3年度第2四半期までに支出した約1兆6150億円
②:令和3年10月22日現在において賠償金支払の合意がされた合計7超834億円
③:平成31年度までの累計金額4超6226億円
⇒
合計額13兆3210億円を損害の額。
判例時報2580・2581
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