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2024年2月

2024年2月27日 (火)

地方団体が国に対して特別交付税の額の決定の取消しを求める訴え

大阪高裁R5.5.10

<事案>
いわゆるふるさと納税に係る寄付金の収入見込額が一定額を超えた場合に特別交付税の額の減額項目とする旨を規定する「特別交付税に関する省令」の規定の適用で、X(大阪府泉佐野市)の令和1年12月分及び令和2年3月分の特別交付税の額をそれぞれ決定⇒本件各特例規定の適用を受けて特別交付税の額を減額されたXが、本件各特例規定は地方交付税法(「交付税法」)15条1項の委任の範囲を逸脱し違法・無効であり、本件各特例規定に基づく本件各決定は違法⇒Y(国)を相手に、本件各決定の取消を求めた(行訴法3条2項の「処分の取消しの訴え」)事案。

Y:
本案前の主張:行政主体にしかないような権限や地位が他の行政主体の権限によって制約を受けたとしても、それは一般私人たる国民が権利利益を侵害された場合とは異なり、司法権の本来的な役割の範疇を超える⇒本件訴えは裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」に当たらないため却下されるべき。
本案の主張:本件各特例規定は交付税法15条1項の委任の範囲内である。

<解説>
地方交付税:
本来、地方団体の税収入とすべきであるが、地方団体間の財源の不均衡を調整し、全ての地方団体が一定の水準を維持し得るよう財源を保障する見地から、国税として国が変わって徴収し、一定の合理的な基準によって再配分する、いわば「国が地方に代わって徴収する地方税」という性格を持つもの。
(1)基準財政需要額が基準財政収入額を上回る地方団体に対して交付される普通交付税(地方交付税総額の94%)
(2)普通交付税の算定では捕捉されない特別の財政需要がある場合に交付される特別交付税(地方交付税総額の6%)
各地方団体に交付すべき特別交付税の具体的な算定方法は、交付税法15条1項の委任を受けた「特別交付税に関する省令」に定められており、毎年度、12月と3月の2回に分けて総務大臣により決定される(交付税法15条2項)。

<経緯>
総務大臣は、令和1年12月11日、特別交付税に関する省令の一部を改正する省令を制定・・本件各特例規定を適用して、令和1年12月及び令和2年3月、本件各決定
⇒Xに交付された令和1年度の特別交付税の額は、前年度よりも大幅に減少。
⇒Xは、令和1年12月、総務大臣に対し、交付税法18条1項に基づき、同年12月分の特別交付税の決定について審査申立て⇒却下⇒本件各決定の取消しを求める訴えを提起。
地方交付税の額の決定は、地自法245条柱書括弧書の「国・・・の普通地方公共団体に対する支出金の交付」に当たり、同条の「国・・・の関与」の定義から除かれる⇒地自法251条の5に規定する「国の関与に関する訴え」(行訴法6条の機関訴訟に当たる。)の対象にはならないと解されている。

<一審>
●中間判決
◎ 裁判所が固有の権限に基づいて審判することのできる対象歯、裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」、すなわち、
❶当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、
❷それが法令の適用により終局的に解決することができるもの
に限られる。
・・・地方団体が国から法律の定めに従い地方交付税の分配を受けることがdけいるか否かに関する紛争は、地方団体と国との間の具体的な権利ないし法律関係の存否に関するものということができ(❶を満たす)、地方交付税の額の算定方法及び交付の手続は法定されていること(交付税法10条、15条、16条等)に照らすと、特別交付税の額の決定が適法であるか否かは、交付税法その他の関係法令を適用することによって判断することが可能(❷を満たす)
本件訴えは「法律上の争訟」に当たる

◎ Y:本件訴えは、地方団体であるXが「固有の資格」(一般私人が立ち得ないような行政機関に特有の立場)に基づいて提起した訴訟であって、一般私人と共通する法的根拠に基づいて提起した訴訟ではない⇒主観的権利利益の保護救済を目的とするものではなく、「法律上の争訟」に当たらない。
vs.
行政主体であっても、独立の法人格を有するものとして具体的な権利ないし法律関係の存否を争い得る場面においては、それらの存否について裁判所による判断を求めることが否定される根拠は見当たらず、これは一般私人と共通する法的根拠に基づく場合に限られない。

平成14年最判:国または地方団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は不適法。
but
本件訴えはX(地方団体)がY(国)に対して特別交付税の額の決定の取消しを求めるもので、X・Y間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であり、専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求めるものではない。⇒事案を異にする。

●終局判決
特別交付税の額の決定の処分性及び訴えの利益を認めるとともに、
本件各特例規定は、交付税法15条1項の委任の範囲を逸脱したものとして、違法・無効
⇒Xの請求を認容。

<判断>
● ・・・司法権(憲法76条1項)が審判する権限が及ぶ紛争であり、司法権の概念には国民の裁判を受ける権利の保障が反映されている、。
このような見地に立ち「当事者」の面から見ると、基本的に個々の国民が提起する紛争であって、その具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争がこれが該当し、個々の国民と同様の立場に立って行うもの(財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求めるような場合)は格別として、双方が行政権の主体同士として関与する、行政権内部の法適用の適正をめぐる一般公益に係る紛争である限り、法律上の争訟に該当しないと解するのが相当。
その解決は、行政権内部の調整に委ね、その適正性については、国会審議等の民主的な統制の対象とすることによって確保するのを基本とし、紛争によって、裁判所で解決するのがふさわしいものについて、法律によって特に権限が定められた場合には、裁判所はこれを裁判する権限を持つことになると解すべき。

● ・・・交付税法の仕組や目的等に照らすと、地方団体が国から法律の定めに従い地方交付税の分配を受けることができるか否かに関する紛争は、国と地方団体が、それぞれ行政主体としての立場に立ち、地方団体全体が適正に行政事務を遂行し得るように、法規(交付税法)の適用の適正をめぐって一般公益(地方団体全体の利益)の保護を目的として係争するものというべき。

本件訴えは、行政主体としてのXが、法規の適用の適正をめぐる一般公益の保護を目的として提起したものであって、自己の財産上の権利利益の保護救済を目的として提起したものと見ることはできない
⇒裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」には当たらないというべき。

<解説>
●裁判所法3条1項の「法律上の争訟」
①当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、
②それが法令の適用により終局的に解決することができるもの
に限られる。
司法権=法律上の争訟=裁判を受ける権利(国民の権利利益の保護救済。これを目的とする訴訟が主観訴訟と言われる。)と捉えるところ、
行政訴訟には、国民の権利利益の救済にかかわらない民衆訴訟(行訴法5条)及び機関訴訟(行訴法6条)(これらは客観訴訟といわれる)があるが、これらは専ら客観的な法秩序の維持を目的とするものであって、前記①要件を充たさず法律上の争訟に当たらないが、法律に特別の定めがあることによって訴訟を提起することが可能(裁判所法3条1項後段)と解している。

平成14年最判:
国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、法規の適用の適正ないし一般公益の保護を目的とするものであって、自己の権利利益の保護救済を目的とするものということはできない⇒法律上の争訟として当然に裁判所の審判の対象となるものではなく、法律に特別の規定がある場合に限り、提起することが許される。

●but
行政上の権限は、通常、公益確保のために認められているにすぎないが、財産的権利に由来する場合は、行政主体がその実現について主観的な権利を有すると捉え、国又は地方団体といえどもそのような財産的権利を主張して訴訟を提起できると解されている。

平成14年最判:
「国または地方公共団体が提起した訴訟であって、財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求めるような場合には、法律上の争訟に当たるというべきであるが」

最高裁H13.7.13:
那覇市長が那覇市情報公開条例に基づいてした公文書(海上自衛隊・・の建築工事に関する建築工事計画通知及びその添付図面)の公開決定につき、国が那覇市長を被告として、その取消しを求めたという事案について、本件が建物の所有権という財産権の問題として捉え得るとして、法律上の争訟性を肯定。

学説:
異なる行政主体相互間の訴訟の「法律上の争訟」性に関する見解に様々なものがあるが、
地方団体が国に対してその権限行使を不服として提起する訴訟については、自治権の侵害に対する救済の途を開く必要があることを理由として(塩野)、あるいは補助金の受給をめぐる問題は私人間の金銭債権をめぐる争いと類似することを理由として(藤田)、一定の場合に地方団体の出訴を肯定する見解が多い。

普通地方団体の議会の議員に対する出席停止の懲罰の取消しを求める訴えについて、司法審査の対象とならないとした従来の最高裁判決を変更し、これが「法律上の争訟」に当たり司法審査の対象となるという最高裁判決。

出席停止の懲罰を受けた議員は、出席停止の期間中、議事に参与して議決に加わるなどの議員としての中核的な活動をすることができなくなり、住民の負託を受けた議員としての責務を十分に果たすことはできなくなることを理由として、「法律上の争訟」性を認めたもの。

議員個人の私的権利利益の保護を目的とする訴訟ではなく、議会と言う機関の構成員である議員の公的権限の保護を目的とする訴訟が「法律上の争訟」として認められたとして、平成14年最判の見直しの「橋頭堡」となるという見解もある。

●第1審判決:
平成14年最判の射程が、国又は地方団体が専ら行政権の主体として「国民に対して行政上の義務の履行を求める」訴訟に限定されるという立場であり、行政主体が「法規の適用の適正ないし一般公益の保護を目的とする」訴訟一般に及ぶという見解を採らない。
その上で、地方交付税の額の決定に係る紛争を、国の地方団体に対する支出金に関する紛争とみて、「法律上の争訟」性を認めた。

国・地方団体間の補助金をめぐる訴訟である摂津訴訟やその後の下級審裁判例において、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(補助金適正化法)6条1項に基づく補助金の交付決定を抗告訴訟の対象となる行政処分と捉え、行政処分の取消訴訟の形でならば、訴えで争うことも認めるものが多い。

地方交付税は、補助金適正化法が適用される「補助金等」(補助金適正化法2条1項)ではないが、補助金もその1つである「国・・・の普通地方公共団体に対する支出金」(地自法245条柱書括弧書)に含まれると解されるもので、1審判決が地方交付税の額の決定の「法律上の争訟」性を認めたことは、補助金適正化法上の補助金の処分性を認める(当然、その前提として「法律上の争訟」性を認める)各裁判例の立場と相通ずるものがある。

●本判決:
司法権の概念には国民の裁判を受ける権利の保障が反映されているとし、「法律上の争訟」の概念の内容をなす「紛争」とは、基本的に個々の国民が提起する争訟であって、その具体的な紛争がこれに該当。

双方が行政権の主体同士として関与する、行政権内部の法適用の適正をめぐる一般公益に係る紛争である限り、法律上の争訟に該当しない。

Xの平成14年最判の射程が本件に及ばないとする主張も採用できない。

司法権=法律上の争訟=裁判を受ける権利(国民の権利利益の保護救済)と捉える従来の通説に依拠。

本件訴えが、財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求めるような場合として「法律上の争訟」性を肯定できないか?

本判決:
地方交付税の仕組み(特定の地方団体への甲府営の配分はその他の全ての地方団体への配分と密接不可分であること)から、各地方団体への地方交付税の交付は、Yが特定の地方団体に財産的利益を付与することを目的とするのではなく、全ての地方団体が適正に行政事務を遂行できるよう、地方団体全体の利益を考慮して、税の配分を行うことを目的としている⇒否定。

地方交付税は、その総額を行政主体間で配分するものであり、実質的には贈与の性質を持つ給付金である国庫補助金と同列に論じることはできない。

判例時報2576

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岩石採取計画認可申請に対する不認可処分に係る取消裁定申請への別訴判断の影響

東京高裁R5.3.23

<規制>
採石法33条:採石業者は、岩石の採取を行おうとするときは、当該岩石の採取を行う場所(岩石採取場)ごとに採取計画を定め、当該岩石採取場の所在地を管轄する都道府県知事の認可を受けなければならない。

採石計画の認可申請書には、岩石の採取に係る行為に関し、他の行政庁の許可、認可その他の処分を受けることを必要とするときは、その処分を受けていることを示す書面又は受ける見込みに関する書面を添付しなければならない。

都道府県知事:前記申請があったときは、採取計画に基づいて行う岩石の採取が他人に危害を及ぼし、・・・公共の福祉に反すると認めるとき・・は、当該採取計画の認可をしてはならない。(採石法33条の4)

<事案>
原告:見込み等書面として、岩石採取計画に係る岩石採取場の所在地である遊佐町が同庁の条例に基づき本件採取計画に係る事業を規制対象事業に認可した処分の取消しを求めて別件訴訟において争っていることを示す別件訴訟の係属証明書及び訴状の写しを添付して、採石法33条に基づく岩石採取計画の認可を申請

山形県知事が、湧水を利用する世帯や農業、水産業等に影響を及ぼすおそれがあるという理由に加えて、「その他考慮した点」として、遊佐町処分を挙げて採石法33条の4に基づき本件認可申請を拒否する処分

採石法39条1項に基づき、公害等調整委員会に対し、本件認可処分の取消しを求める裁定の申請。

本件:
鉱業等に係る土地利用の調整手続等に関する法律2条1項に基づき設けられた裁定委員会が、前記裁定の審理中に遊佐町処分の取消しの請求を棄却するとの判断が確定⇒本件採取計画について他法令の許可等を受ける見込みがないことが確定し本件不認可処分が適法であることが確定したとして前記裁定申請を棄却する裁定。
⇒原告が被告(国)に対し、その取消しを求めた。

<主張>
被告:別件訴訟により遊佐町処分が有効であることが確定⇒原告が本件認可申請に係る事業を行うことは事実上不可能となった⇒裁定申請の法律上の利益を失った。
被告:採石法における採取計画に係る認可又は不認可の判断に当たっては、他法令に基づく認可又は不認可の判断に当たっては、他法令に基づく許可等の取得可能性が失われたことは、不認可要件の充足という意味を持ち、認可申請後処分がされるまでの間に、他法令に基づく許可等を受ける見込みが無くなった場合には、処分庁が当該認可申請に対し不認可処分をすることができ、本件裁定においては本案判断として棄却判断を行うことが採石法の仕組みに即している。
vs.
森林法の林地開発許可申請に係る裁判例を挙げるなどして、山形県知事が申請を受理した以上、他法令の許可等を受ける見込みが失われたことを理由とする不認可処分をすることはできず、また、別件訴訟の判決が言い渡されていなかった本件不認可処分時の状況を前提として本件不認可処分の違法性の有無が問題とされなければならない。

<判断>
● 原告の請求を棄却

採石法及び同法施行規則の規定が見込み等書面の提出を定めているのは、採石法以外の法令等の規制により認可の申請に係る採取計画に基づく岩石の採取を実施できない場合には、当該申請につき、実体的な要件を審査し、本件採取計画の認可をしても無意味であるため

申請時の見込み等書面が他の行政庁の許可等を受ける見込みに関する書面であり、その後の実体的な要件の審査中に許可等を受けられないことが確定し、申請に係る採取計画に基づく岩石の採取を実施できないことが確定した場合には、都道府県知事は、他の行政庁の許可等を受けられないこと等の確定を理由に、不認可処分をすることができる。

本件不認可処分の通知書に「その他考慮した点」として遊佐町処分がなされたことが記載されていたこと等からすれば、別件訴訟の帰すうによって遊佐町処分の効力を争う機会が失われたとの事情を考慮する限度で本件不認可処分後の事情を考慮することは許容される。
⇒本件裁定が本件不認可処分は結論として適法であることが確定したと判断したことが、違法であるということはできない。

● 裁定委員会が、裁定申請に法律上の利益がないと判断した上で、経過等から却下する必要性は失われている上、紛争の終局的解決の観点からも、本案判断として棄却の判断をすることが合理的であるなどとした点も、本案裁定引用の判例や本件の経過に照らし相当なものというべき。

<解説>
本件:
岩石採取計画認可申請に見込等の書面の添付がなされ申請審査に入った場合でも、他法令に基づく行政庁の許可等を取得する可能性が後に失われたことを理由として不認可処分をすることが可能。
取消訴訟の違法判断の基準時に関しては処分後の事情を考慮することを許容。
法律上の利益が認められない場合であっても紛争の終局的解決の観点から棄却判断をすることが相当。

判例時報2576

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

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2024年2月26日 (月)

特殊詐欺の電子計算機使用詐欺罪の事案

大阪高裁R4.11.17

<事案>
被告人が共犯者と共謀の上、
多数の被害者に医療費過払金の還付手続であると誤信させ、ATM(現金自動預払機)の操作により被告人らの特殊詐欺グループが管理する他人名義の預貯金口座へ振込送金させ、虚偽の情報を電子計算機に与えて不実の電磁的記録を作り、財産上不法の利益を得た
②出し子役が前記①にて不正送金を受けた同口座から現金を引き出し窃取した
③出し子役が同口座から同グループが管理する別の他人名義の預貯金口座への振込送金により、虚偽の情報を電子計算機に与えて不実の電磁的記録を作り、財産上不法の利益を得た、
④前記①~③より前に、同グループから受領した他人名義の預貯金口座から現金を引き出し窃取したという特殊詐欺の事案。

<主張>
被告人:
②④に関与したことは認めるが、
①③の電子計算機使用詐欺について、その旨の認識や共犯者との共謀はない

<原審>
被告人は、特殊詐欺グループ関係者から複数の他人名義のキャッシュカードを受領後、出し子役に同カードを交付して預貯金口座から現金を回収させ、報酬を渡す等、出し子役と同グループをつなぐ重要な役割
⇒同カードを出し子役に交付した時点で①及び③の事前共謀が成立したと認めるのが相当であり、出し子役が出金を行う同口座内の金員が詐欺等の犯罪に基づいて送金された旨の認識があれば電子計算機使用詐欺の故意に欠けるところはない。

電子計算機使用詐欺の共謀共同正犯に当たる。

<主張>
弁護人:
❶詐欺罪の成立を前提として、
ア:原審裁判所が訴因変更等を促すなどしなかった点に訴訟行為の法令違反があり、
イ:電子計算機使用詐欺罪の成立を認めた原判決には法令適用の誤りがある
❷仮に①③が電子計算機使用詐欺に該当する場合、振込詐欺の故意はあったが、電子計算機使用詐欺の故意及び共謀はない
❸ ②及び③は①の不可罰的事後行為に当たる、あるいは①及び②は牽連犯である。

<判断>
❶について:
被告人らの特殊詐欺グループが用いた欺罔は、各被害者を意のままに操り、それとは気付かずに振込送金させるためのもので、各被害者を錯誤に陥らせて財産処分を行わせるためのものではなく、詐欺の実行行為に当たる欺罔行為は存在しない⇒詐欺を論じる余地はない。
❷について:
被告人は、電子計算機使用詐欺に該当する基本的な事実関係を認識した上で、特殊詐欺グループと出し子役をつなぐ役割を果たしたことが明らか
⇒電子計算機使用詐欺についての故意や共謀を認めることができる。
❸について:
①~③は、いずれも別個独立したものであり、②及び③は、①とは別の新たな法益侵害を生じている⇒①の不可罰的事後行為とはいえない。
電子計算機使用詐欺と窃盗が、罪質上、通例一般的に手段結果の関係にある(すなわち、窃盗が電子計算機使用詐欺の当然の結果にある)ともいえない
⇒①及び②が牽連犯の関係に立つともいえない。

<解説>
●特殊詐欺の類型及び本件で詐欺罪が成立しない理由
広義の特殊詐欺:
現金・キャッシュカード等の詐欺(オレオレ詐欺や預貯金詐欺など)、すりかえによるキャッシュカードの窃盗等の複数の類型が含まれる。

本件:
医療費等の還付手続であると誤信させ、電話で指示するなどし、ATMにおいて「振込送金操作をしていると気付かせないまま」同操作を行わせ、口座間送金により財産上不法の利益を得る手口

被害者を錯誤に陥らせて財産的処分行為をさせるための欺罔行為がない⇒詐欺罪は成立しない。
電子計算機使用詐欺:「前条に規定するもののほか」(刑法246条の2)と規定
⇒詐欺罪の補充規定。

本件:
詐欺罪が成立せず、被害者に振込送金操作をしていると気付かせないまま、同操作を行わせ、虚偽の情報を与えて不実の電磁的記録を作り、財産上不法の利益を得るもの⇒電子計算機使用罪が成立。

●詐欺罪・電子計算機使用詐欺罪の選別と検察官の訴因設定権限との関係
補充規定の場合に、検察官の訴因設定権限が何らかの制約を受けるか
(たとえば詐欺罪が成立するのに、電子計算機使用詐欺罪で起訴することが許されるか)
児童買春・ポルノ法における「姿態をとらせ」製造罪(同法7条4項)の補充規定としての「ひそかに」製造罪(同条5項)
検察官が「姿態をとらせ」製造罪で起訴せずに「ひそかに」製造罪で起訴した事案について、
検察官の訴因設定に裁量を認めるものと認めないものの双方の裁判例

●本件における電子計算機使用罪の故意の認定
ATMを使用した特殊詐欺が横行し、その中には還付金詐欺という類型があり、これらは詐欺と言う名は付くものの、本件のように、高齢者を誘導してATMの操作を行わせ、本人に悟られないように振込送金をさせる手口であることが広く知られている。

●罪数関係
ATMからの出金には1日当たりの限度額が設定⇒出し子役の共犯者が、限度額内で出金をした上で、さらにグループが管理する別の口座へ送金して、早期に最大限の利得を現実化しようとするのが典型的。
本判決:
②③は、①の電子計算機使用詐欺と別個の行為で、新たな法益侵害を生じる⇒不可罰的事後行為に当たるとの弁護人の主張を排斥。
but
包括一罪と解し得る余地は残して、明示的に併合罪と判断してはいない。
①及び②に当たる行為を包括一罪とした裁判例がある。

判例時報2575

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2024年2月20日 (火)

停職処分・諭旨退職処分が無効とされた事案

横浜地裁R4.12.22

<事案>
Xら:学校法人であるYが設置運営する高等学校及び中学校に教員として勤務していた者であるが、労働組合に所属し、令和2年5月23日、Yに対して、本件学校の教員が数年にわたり毎年解雇及び雇止めされていることがYの職場環境配慮義務に違反⇒不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起(「別件訴訟」)。
新聞記者からの取材に応じ、各取材コメントに基づいた記事が新聞に掲載。
同年7月から11月にかけ、労働組合の活動として、ストライキをすた上で、駅前等で各種のビラを配布。

Y:Xらに対し、
❶令和3年1月18日及び14日付けで、別件訴訟の提起及び本件各ビラ等の配布を理由とする各停職処分
❷同年3月24日付けで、別件訴訟の提起及び本件各ビラ等の配布を理由とする各諭旨退職処分⇒Xらが従わず⇒同月31日付けで懲戒解雇。

Xらが、本件各停職処分及び本件各諭旨退職処分がいずれも無効⇒これらの処分の無効確認及び未払賃金の支払を求めた。

<主張>
❶について:
Y:本件各取材コメントに基づいて作成された本件新聞記事の文脈⇒本件各取材コメントは、Yが行政から受給している補助金を不適切な使途に執行している等と述べたもので懲戒事由に当たる。
vs.
X:
①補助金を不適切に執行している等との趣旨で本件各取材コメントをしていない
②本件各取材コメントはXらが労働組合員の立場でしたもの
⇒これを懲戒事由とすることはできない。

❷について:
Y:
①本件各ビラにおけるYに関する記事は、懲戒事由に該当
②XらによるYを相手とする別件訴訟の提起は不当訴訟であり、懲戒事由に該当
vs.
X:
①別件訴訟の提起は不当訴訟ではない上労働組合の行為として行ったもの⇒懲戒事由とすることはできない
②本件各ビラの配布は正当な組合活動に含まれる⇒懲戒事由とすることはできない

<判断>
●❶について
補助金の使途に言及したものと認めることはできず、主として本件学校の教員が大量に退職している問題について言及。
本件各取材コメントは、その経緯及び内容に照らして組合活動として行われたものであり、その目的、手段・態様、内容に照らし正当な組合活動に該当⇒懲戒事由に該当しない。

●❷について
別件訴訟は不法行為に該当しない⇒懲戒事由に該当しない。
ビラの配布について:
ある表現行為が正当な組合活動として懲戒処分の対象として含まれるか否かについて、
①当該表現行為が、労働条件、労働環境等の改善及び使用者の経営方針、活動内容等の改善を求める目的でされており、
②当該表現行為を行った手段、態様などが必要かつ相当なものであり、
③当該表現が、虚偽の事実を記載したものであったり、殊更に事実を誇張又は歪曲したりしたものではないなどのときには、
正当な組合活動として、懲戒処分の理由にするこてゃ許されない。

本件各ビラの配布は、
その目的:労働条件、労働環境等及びYの経営方針、活動内容等に係る問題点を指摘し、改善を求めるもの
配布態様:ストライキを実施した上で駅前等での配布をしており組合活動の情宣活動として通常想定される範囲内
本件ビラの記載内容:その基礎となる事実を認定し、いずれも殊更に事実を誇張又は歪曲したものであると認めることはできない

正当な組合活動の範囲を逸脱するものではない⇒懲戒事由に該当しない。

●未払賃金請求について、判決確定の日以降に支払日が到来する未払賃金請求に係る訴えについては、民訴法135条に反し不適法。

民訴法 第一三五条(将来の給付の訴え)
将来の給付を求める訴えは、あらかじめその請求をする必要がある場合に限り、提起することができる。

<解説>
表現行為が組合活動として行われたときに、それが正当な組合活動の範囲内に含まれる場合には、それを懲戒事由とすることができない。
最高裁判例。
組合活動の表現行為の性質に触れて正当な組合活動の範囲について言及した裁判例。
懲戒処分の無効を争い、組合名義で配布したビラの記載内容が争点となった裁判例。

判例時報2575

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2024年2月19日 (月)

地方公共団体の職員が公務上の疾病による休職⇒「給与の全額」の支払いを受けた場合の遅延損害金(肯定)

大阪高裁R4.4.15

<事案>
地方公共団体であるY(京都府)の職員であるXが、うつ病により休職。
その後、Yにおける休職者の給与に関する条例2条1項に基づき、「公務上の疾病」による休職であったとして休職期間中等の「給与の全額」の支払を受けたが、遅延損害金が付されていなかった
⇒Yに対し、本来の給与支給日の翌日から支払済みまで民法(改正前)所定の年5分の割合による遅延損害金(145万7101円)の支払を求めた。

<規定>
本件条例2条1項:
「職員が公務上負傷し、若しくは疾病にかかり、・・・地方公務員法・・・第28条第2項第1号に掲げる事由に該当して休職にされたときは、その休職の期間中、これに給与の全額を支給する」との規定。
これは、国家公務員に関する一般職の職員の給与に関する法律23条1項の定めと同一文言。

<事実関係>
Yの職員であるXは、うつ病を発症し、年次休暇及び約6か月の病気休暇を取得した後、心身の故障のため地公法28条2項1号に該当するとして分限処分としての休職発令⇒平成26年11月から平成29年3月まで休職。
休職期間中、Xは1年間のみ100分の80の給与の支給を受けた。
Xは、平成29年4月に復職。
Xは、平成28年5月に、地方公務員災害補償法45条1項に基づき、地方公務員災害補償基金に対し、前記うつ病が公務により生じたものであるかどうかについて認定請求⇒平成30年11月に、公務上の災害認定。

平成31年1月、本件条例2条1項に基づき、休職期間中及び復職後の「給与の全額」(本来支給額)との差額を支給。
X:本件支給が本来の給与支給日を徒過して支払われた以上、Yは民法412条1項により履行遅滞の責任を負う⇒本件訴訟を提起。

<1審>
本件条例2条1項に基づく休職者給付は、名目上「給与」として支払われるが、同規定は、ノーワーク・ノーペイの原則からすると休職者に賃金が発生しないことから、休職者に対する生活上の配慮として本来の賃金と同じ「金額」を支給するという特別の保護を与えた規定。

本来の賃金と全く同一の性質のものであるとはいえないため、履行期が当然に賃金の本来支給日とはいえず、本件支給が履行期を徒過したとはいえない⇒棄却。

<判断>
①地方公務員の給与は、条例で定めることとされ(地公法24条5項)、Yにおいては、休職者の給与につき本件条例2条1項のとおり規定⇒ここにいう「給与」は、文理上、地公法上における「給与」と同義の給料及び各種手当、すなわち賃金を指すといえる。
本件条例2条1項は、職員の勤務条件について国の職員との間に権衡を失しないように配慮された結果(地公法24条4項参照)、国家公務員に関する給与法23条1項と同様の定めがされたものと解されるところ、給与法上、「休職給」というような特別の給与種目はなく、休職者に支給される給与は、一般の職員(国家公務員)に支給さえっる俸給その他の給与(給与法5条1項)と同じものであり、その支給日、支給方法等については、それぞれの給与種目について定められている規定がそのまま適用されると解されている

本件条例2条1項に定められた休職者給与は、本来の「給与」すなわち賃金であり、その支払期限は給与の本来支給日と解するのが相当。

Yの本件支給は支払期限を徒過し履行遅滞に陥っていたとして原判決を変更。

<解説>
Yの主張⇒期限の定めのない債務
vs.
休職者から履行請求がない限り支給期限が到来しないという解釈は、「給与」という文言や支払の実態にそぐわず、給与法23条1項に関する理解ともかい離。

Yの主張の拠り所はノーワーク・ノーペイの原則
vs.
同原則にも例外があり、労働者が稼働していなくとも、民法536条2項の「債権者の責めに帰すべき事由」による履行不能の場合は、労働者は賃金債権を失わない。
一般に、労働者の就労不能の原因となった傷病が「業務上」のものというだけでは「債権者の責めに帰すべき事由」による履行不能とはいえないものの、業務上の傷病が使用者の安全配慮義務違反により生じたと認められる場合には「債権者の責めに帰すべき事由」によるものと解されている

立法判断として、本件条例2条1項が、職員が公務上の疾病により休職にされたときには賃金の全額を支払うとすることは不合理とはいえない。

Y:実務上の不都合として、地方公務員災害補償法が整備されたことにより、公務災害認定は基金が行うこととされ(同法45条1項)、地方自治体は公務災害性の認定を行うための独自の調査・判断能力を有していない。
vs.
本件条例2条1項の文理上、地方公務員災害補償法に基づき基金による公務災害認定を受けることは要件とはされておらず、休職者給付の支給の可否をこれに係らしめる必然性はない。

国家公務員については、毎月の一定期日払いを定めた労基法24条2項の適用ない点で、地方公務員とは異なる(地公法58条3項参照)点に留意。

判例時報2575

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発信者情報開示請求で、権利侵害の明白性が否定された事例

知財高裁R4.10.19

<事案>
氏名不詳者により、ツイッター(当時)上において、X作成のイラスト画像を含む4件の投稿⇒Xの著作権、著作者人格権、名誉権及び営業権が侵害されたことが明らか⇒Xが、ツイッターを運営するYに対し、令和3年改正前の特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律4条1項に基づき、発信者情報開示請求。

<原審>
名誉権、著作権及び著作者人格権(同一性保持権)についての権利侵害の明白性を認め、Xの請求を一部認容。

<判断>
●権利侵害の明白性が認められない⇒原判決を変更し、Xの請求を棄却。

●権利侵害の明白性
プロバイダ責任制限法4条1項1号の権利侵害の明白性があるといえるためには、侵害情報の流通によって請求者の権利が侵害されたことに加え、違法性阻却事由の存在をうかがわせるような事情の存在しないことまで主張立証されなければならない。

●名誉毀損
X:氏名不詳者が投稿した本件各ツイートによって、Xのイラストがトレースによって他者の著作権を侵害して作成されたものであり、Xが違法なトレースを行う人物であるとの印象を抱かせた⇒名誉毀損による権利侵害の明白性を主張。

判断:
Xのイラストが第三者のイラストのトレースであるとの事実は、プロのイラストレーターであるXからイラストを購入しようとする需要者にとって重要な情報⇒公共性、公益性があり、かつ、証拠によると同事実は真実である蓋然性が高い

違法性阻却事由の存在をうかがわせるような事情が存在しないことの立証が足りない⇒権利侵害の明白性は認められない。

●著作権侵害
X:氏名不詳者は、本件各ツイートの投稿によって、Xの許諾を得ることなくXのイラストをツイッターのサーバーに複製し、送信可能化したとして、複製権(著作権法2条1項15号)、自動公衆送信権(同項9号の4)の侵害を主張。

判断:
本件ツイート1-1:
検証及び批評のために、X作成のイラストを、トレース元とされるイラスト又は写真と重ね合わせて利用することは、2枚のイラストの類似性を検討するにあたり、便宜でかつ客観性を確保できる態様⇒適法な「引用」(著作権法32条1項)に当たる。

本件ツイート2-1:
・・・Xの画力をみるには、Xの作成した複数のイラストを比較観察することが相当⇒ツイートにXのイラストを2枚利用したことは、適法な「引用」に当たる

権利侵害の明白性は認められない。

●著作者人格権侵害
X:本件各ツイートの投稿により、X作成のイラストがトリミングされてツイッターのタイムライン上に表示⇒Xは著作者人格権(同一性保持権(著作権法20条1項))の侵害を主張。

判断:
①ツイッターのタイムライン上の表示は、ツイッター又はクライアントアプリの仕様により決定されるものであって、投稿者が自由に設定できるものではなく、投稿者自身も投稿時点では、どのような表示がされるか認識し得ない
②ツイートに添付された画像データ自体は東亜儀ツイートを閲覧したユーザーの端末にダウンロードされており、タイムライン上の画像をクリックすると、画像の全体が表示されること等

タイムライン上の表示が画像の一部のみとなることは、著作権法20条2項4号の「やむを得ないと認められる改変」に当たる

権利侵害の明白性は認められない。

<規定>
著作権法 第三二条(引用)
公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。

著作権法 第二〇条(同一性保持権)
著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。
2前項の規定は、次の各号のいずれかに該当する改変については、適用しない。
一 第三十三条第一項(同条第四項において準用する場合を含む。)、第三十三条の二第一項、第三十三条の三第一項又は第三十四条第一項の規定により著作物を利用する場合における用字又は用語の変更その他の改変で、学校教育の目的上やむを得ないと認められるもの
二 建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変
三 特定の電子計算機においては実行し得ないプログラムの著作物を当該電子計算機において実行し得るようにするため、又はプログラムの著作物を電子計算機においてより効果的に実行し得るようにするために必要な改変
四 前三号に掲げるもののほか、著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変

<解説>
●引用
最高裁昭和55.3.28(パロディ=モンタージュ写真事件)が示した2要件
①明瞭区別性
②主従関係
vs.
条文上の文言との関係が明らかでない⇒2要件により判断することの妥当性については疑問も呈されている。

近時、2要件によらずに条文(32条1項)に立ち戻り、事情を総合考慮して、
「公正な慣行に合致」し、「引用の目的条正当な範囲内」であるかを判断する裁判例が主流。

●トリミング表示
①トリミング画像はいわゆるサムネイルであって、簡単に元の画像を表示させることができる、
②サムネイルが元の画像と異なることはユーザーにとって常識

改変に当たらないという見解
そうでないとしても、「やむを得ない改変」該当性で考慮すべきとの指摘

判例時報2575

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2024年2月16日 (金)

放送法遵守義務確認等請求事件の控訴審

大阪高裁R4.5.27

<事案>
Yとの間で公共放送の受信契約を締結しているXらは、Yに対し
ア:主位的に
❶YがXらに対し、ニュース報道番組において、「政治的に公平であること」等の準則を定める放送法4条を遵守して放送する義務があることの確認を求めるとともに、
❷Yが前記に違反する放送をしたことによりXらが精神的苦痛を受けた⇒受信契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求として、Xらそれぞれにつき各5万5000円の支払を求め、
➌YがXらに対し、ニュース報道番組基準を遵守して放送する義務があることの確認を求めるとともに、
❹Yが前記義務に違反する放送をしたことによりXらが精神的苦痛を受けた⇒受信契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求として、Xらそれぞれにつき各5万5000円の支払を求めた。

<判断・解説>
●裁判所法3条1項の「法律上の争訟」かどうか
裁判所の審判権の限界を画する「法律上の争訟」:
法令を適用することによって解決しうべき具体的な権利義務に関する当事者間の紛争

宗教団体の紛争についてどこまで裁判所の審査が及ぶかが争われた事例が多いが、そのほかにも憲法上の論点でもある統治行為論や部分社会の法理を含む幅広い問題として論じられてきた。
地方議会が議員に対してした出席停止の懲罰が司法審査の対象となるとした最高裁判例等。

判断:
前記遵守義務確認の訴え自体は、放送法の解釈により放送事業者であるYが受信契約者との関係でいかなる義務を負うかの判断が可能⇒法律上の争訟であるとの判断。
給付訴訟である債務不履行に基づく損害賠償請求の訴えについても同様。

●確認の利益
確認訴訟では確認の対象が性質上無限定
⇒判例・学説上、民事訴訟の原告の権利又は法的地位に危険・不安が現存し、かつ、その危険・不安を除去する方法として、確認請求について判決することが有効適切(方法選択が適当)である場合に訴えの利益(確認の利益)が認められる。

①放送法4条1項又は国内番組基準に定める放送内容に関する義務は、放送に対して一般的抽象的に負担する義務ないし基準にすぎず、放送法の解釈上、個々の受信契約者がYに対して放送法4条1項や国内番組基準を遵守して放送することを求める受信契約上の具体的な権利ないし利益を付与されているとはいえない
②Yにそのような遵守義務があることを確認したところ受信契約者がそれを直接強制する法的な手段を欠いている

前記遵守義務確認の訴えは、紛争解決に有効適切な手段ではなく、確認の利益を欠く。

放送法4条・5条は、第一義的には放送事業者の自律・自主規制によることが前提とされている。
Xらは確認の訴えを、行訴法4条の「公法上の法律関係に関する確認の訴えその他の公法上の法律関係に関する訴訟」(実質的当事者訴訟)としても構成していたが、この点についても、民事訴訟と同様に確認の利益を欠くものと判断。

放送法4条1項又は国内番組基準に定める放送内容に関する義務は、放送に対して一般的抽象的に負担する義務ないし基準にすぎない
⇒Yが主張するような債務不履行の前提となる債務を負っていない。

判例時報2575

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弁済受領文書の提出と執行処分の効力

最高裁R5.3.2

<事案>
Xが、Xを債務者とする動産執行事件において物資搬送装置一式を買い受けたYに対し、本件動産の売却は無効であるなどと主張して、所有権に基づき、本件動産の引渡し等を求めた。

<事実関係>
Y:Xに対し、Xが占有するY所有の土地の明渡し及び賃料相当損害金の支払等を求める訴えを提起⇒Xに対して同土地の明渡し及び平成28年4月1日から同土地の明渡し済みまで月額52万円余の損害金(「本件損害金」)の支払等を命ずる確定判決を得た上で、同判決を債務名義とし、本件損害金の平成29年5月26日時点の未払額訳200万円の未払請求権等を請求債権として、Xを債務者とする動産執行の申立て。
執行官は、Xが所有する本件動産を差押え、競り売り期日を定めた。

Y:既発生の本件損害期の支払請求権全部が請求債権であるとの誤った前提に立って、執行官に対し、当該請求債権の額が変更になることを知らせるため、本件損害金のうち平成30年1月分までの全部及び同年2月分の一部についてXから入金があり、本件動産の競り売り期日の前日時点の未払額が93万円余となる旨が記載された「債権額変更上申書」と題する書面を提出。
執行官:本件上申書の提出から8日後に本件動産の競り売り期日を開き、本件動産をYに売却。

<原審>
❶本件上申書は民執法39条1項8号にいう債権者が債務名義の成立後に弁済を受けた旨を記載した文書に該当⇒執行官は、本件上申書の提出があった時から4週間、動産執行の手続を停止しなければならなかったにもかかわらず、この間に本件売却をしたものであり、本件売却には瑕疵がある。
❷本件の事実関係の下においては、本件売却の前記瑕疵は、重大かつ明白なものと言わざるを得ない⇒本件売却は、法律上当然に無効⇒Xの動産引渡請求を一部認容。

<判断>
執行処分が弁済受領文書の提出による強制執行の停止の期間中になされたものであったとしても、そのことにより当該執行処分が当然に無効となるものではない⇒❷の判断には法令の違反がある⇒原審中Y敗訴部分を破棄し、請求棄却の第1審判決に対するXの控訴を棄却。
本件の事実関係によれば、Yが本件上申書を提出したことをもって弁済受領文書の提出があったとみることはできない⇒❶の判断にも法令の違反がある。

<解説>
●民執法:
執行処分に対する不服申立ての制度として、執行抗告と執行異議の各手続を設け、
執行処分の適法性に関する争いは、前記各手続により解決。
執行処分に瑕疵があっても、原則として、前記各手続において取り消されるまでは有効であり、執行処分が当然に無効となるのは例外的な場合にとどまる。(通説)

執行処分に不服のある者が、前記各手続とは別にいつでも執行手続外で執行処分の効力を争い得るというのでは、執行の実効性や執行手続の安定性が著しく損なわれる。
例外的に執行処分が当然に無効となる場合:
A:執行の本質的要件や当事者が放棄できない公益的要件を欠く場合
B:瑕疵が重大かつ明白である場合

●各論として、執行処分が当然に無効となる場合:
ア:執行力のある債務名義の正本を欠く強制執行
イ:担保権の実行としての動産競売における担保権の不存在・消滅
ウ:職分管轄違反
エ:騙取された債務名義による強制執行
オ:動産の二重差押えでの、後行の差押
カ:封印その他の表示を欠いたとき~差押えが不成立
強制競売であるか担保権の実行としての競売であるかを問わず、不動産競売の手続に瑕疵があったとしても、これによって執行処分が当然に無効となるものではなく、売却許可決定が確定し、買受人が代金を完納した以上、前記瑕疵の存在をもって買受人の所有権取得の効果を争うことはできない(判例・通説)。
差押禁止動産の差押えについても、当然無効とはならないと解するのが通説。

弁済受領文書の提出による強制執行の停止の規定に違反してされた執行処分の効力が問題となるところ、同規定は、主として債務者の便宜を図る趣旨で設けられたもの。

債務者が執行手続外で請求債権を弁済しても、これによって当然に債務名義の執行力が排除されるわけではなく、債務者が執行手続を止めるためには、請求異議の訴えを提起するとおもに、執行停止の裁判(民執法36条1項)を得る必要。
but
その手続にも多少の時間を要する⇒民執法は、弁済受領文書の提出という簡便な方法により4週間に限って強制執行の一時の停止を認めることとして、債務者の便宜を図った。

学説上も、執行停止文書(民執法39条1項7号又は8号所定の文書)の提出による強制執行の停止中にされた執行処分であっても、執行抗告等により取り消され得るにとどまると解するのが通説。
競落許可決定の確定後に競売手続の停止を命ずる裁判書が提出され、その後の競売手続を停止すべきであったにもかかわらず、競売裁判所が競売手続を続行し、競落代金指定期日の指定、その納付の手続を経て、所有権移転登記が完了⇒もはや競売手続の違法主張して競落人による所有権の取得を主張して競落人による所有権の取得を否定することはできない(判例)。

執行処分が弁済受領文書の提出による強制執行の停止の期間中にされたものであったとしても、その執行処分が当然に無効となるものではないと解するのが相当。

民執法39条による強制執行の停止については、債権者、債務者又は第三者の「申立て」により行われる旨の記述が複数の文献にみられる

執行停止を求める意思(「申立て」の意思)を欠く場合に執行停止の効力を認めない考え方に親和的。

弁済受領文書を提出した後に「その文書の提出の撤回(執行停止の申立ての取下げ)」をすることも認められるとの見解
⇒文書の提出時点で提出者に執行停止を求める意思がない場合には、最初から執行停止の効力が生じないことになる。
弁済受領文書の提出による執行停止の期間は、債務者が請求異議の訴えを提起して執行停止の裁判を得るまでの、いわばつなぎの期間として認められたもの。

債権者であるYが、執行官に請求債権の残額を通知する目的で、Xには知らせることなく、執行官に本件上申書を提出したという本件の経緯

仮に強制執行を停止したとしても、その停止の期間中にXが請求異議の訴えを提起することは想定されず、単に執行手続を遅延させるだけの結果となることが明らか。

判例時報2575

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2024年2月14日 (水)

押収処分を受けた者の還付請求が否定された事案

最高裁R4.7.27

<事案>
司法警察員が申立人から差し押さえた申立人所有の携帯電話機等について、申立人が、刑訴法222条1項が準用する刑訴法123条1項に基づき、検察官に対して還付を請求⇒同検察官がこれに応じず還付をしない処分⇒準抗告⇒棄却⇒特別抗告

<原審>
本件各不還付物件は、現時点では留置の必要のないもの⇒申立人は本件各不還付物件の還付請求権を一応有している。
but
申立人の本件各不還付物件の請求は還付請求権の濫用に当たる
⇒本件各処分は違法とはいえない。

<判断>
捜査機関が押収した各押収物には、被押収者らに対する各準強制性交等被疑事件等に関する動画データ等が記録されており、同動画データ等は、被害者とされた女性らに無断で撮影又は録音されたもので、これらが流布された場合には、同人らの名誉、人格等を著しく害し、同人らに多大な精神的苦痛を与えるなどの回復し難い不利益を生じさせる危険性があり、
同動画データ等が含めた各押収物の還付を受けられないことにより被押収者に著しい不利益が生じていることはうかがわれないなどの事情

被押収者が各押収物の還付を請求することは、権利の濫用として許されない。

<規定>
刑訴法 第一二三条[押収物の還付・仮還付、電磁的記録の交付・複写]
押収物で留置の必要がないものは、被告事件の終結を待たないで、決定でこれを還付しなければならない。
同項は捜査機関が行う押収に準用されている(刑訴法222条1項)。

刑訴規則 第一条(この規則の解釈、運用)
2訴訟上の権利は、誠実にこれを行使し、濫用してはならない。

<解説>

最高裁:
捜査機関による押収処分を受けた者は「留置の必要がない」場合に当たることを理由として、当該捜査機関に対して押収物の還付を受けることができる(還付請求権を有する)。

最高裁:
刑訴法123条1項による押収物の還付について、被押収者が還付請求権を放棄するなどして現状を回復する必要がない場合又は被押収者に還付することができない場合のほか、被押収者に対して還付すべきである(被押収者還付の原則)。


先例:権利の濫用
学説:
性犯罪の被害者の被害時の状況等を撮影した写真や録音・録画した記録媒体が証拠品として押収された場合など、押収物をそのまま還付することが相当でない場合等、
犯人が所有権の放棄をせず、没収の要件にも該当しないとき、
犯人による還付請求権の行使が権利の濫用に当たり、捜査機関による還付をしない措置が違法とはならないことがある(注釈)。


本決定:権利濫用(禁止)法理をとった。
刑訴規則1条2項は「訴訟上の権利は、誠実にこれを行使し、濫用してはならない」と規定。
but
権利濫用の法理は一般条項であり、要件・効果が法定されていない⇒法律関係が不明確になるのを避けるべく、判断基準・要素の明確化を図る必要がある。
押収物の還付請求が権利濫用に当たるか否かについては、押収物の性質・内容を踏まえ、被押収者が還付を請求する目的、押収物(不)還付による被押収者と関係者の利益・損失の内容・程度、被押収者が押収物の占有を取得した手段・経緯等を考慮して判断。


令和5年6月:
性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁記録の消去等に関する法律
が成立(令和5年7月13日施行)
押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する規定が設けられている。

判例時報2574

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2024年2月13日 (火)

警察官の自殺で、公務起因性と安全配慮義務違反を肯定

広島地裁R4.7.13

<事案>
Y県警に在籍し、交番に勤務していた警察官であったAが自殺⇒
Aの妻子であったXらが、本件自殺には公務起因性があり、Y県には安全配慮義務違反があると主張し、Y県に対し、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、Aから相続したAの死亡による損害の賠償を求めた。

<争点>
①本件自殺の公務起因性の有無
②安全配慮義務違反の有無
③損害の発生及びその数額等

<判断等>
公務起因性を認め、県は、Aの業務上の負荷を軽減しAの心身の健康を損なうことがないようにするための必要な措置を講じたとはいえない⇒安全配慮義務違反があるとして、一部認容。
その後、Y県の控訴は棄却。
同日、Aの父母が原告となってY県に対し、国賠法1条1項に基づいて近親者慰謝料を請求した別件についても、請求を一部認容する判決。
その後、控訴で、公務起因性が否定され原判決が取り消されている。

<説明>
●公務起因性(争点①)
◎ 労働者の自殺につき、業務起因性があるというためには、
①精神疾患が業務に起因してり患したものと認められること
②当該自殺が当該精神疾患の症状に起因して行われたものであること
の双方が必要。
業務による心理的負荷が、社会通念上、客観手故意にみて、精神障害を発病させる程度に過重であるときは、特段の事情がない限り、精神障害の発症及びこれを原因とする死亡(自殺)は、当該業務に内在する危険が現実化したものであといえ、前記因果関係が認められる。

◎ア:行政基準のしん酌について
民間企業の同労者の過労自殺の事案:
労災認定における行政基準を判断資料としてしん酌する裁判例が多い。

本件:地方公務員である警察官の自殺の公務起因性が問題
公務災害の認知手についても、行政基準(「精神疾患等の公務災害の認定について」)が存在しており、本判決も、本件自殺の公務起因性の判断にあたり、前記行政基準の内容を斟酌すべきであるとしたうえで、Aの公務の状況を前記行政基準にあてはめ、その心理的負荷の程度を評価

◎労働時間の認定について
労働者の自殺の業務起因性の判断に際して、労働時間(時間外勤務時間)を考慮するのは、労働時間が、当該労働者に精神的又は肉体的負荷を与える程度に量的に過重なものであり、当該労働者に心理的負荷を及ぼしたと言えるか否かを評価するために行うもの

業務起因性の判断の前提となる労働時間については、そのような評価目的に即して認定することが必要

労働時間の認定資料:
タイムカードや出退勤記録といった客観的資料が乏しく、時間外労働時間はAが自主的に作成・提出する報告書に基づいて把握
but
上司がその時間外勤務時間の時間の一部を抹消したり、より短時間に修正
⇒同報告書がAの時間外勤務の状況を正確に反映していない

Aと妻であるX1との間の私的なメール(「今から帰る」といったもの)をも時間外勤務時間の認定根拠として使用。

A自身が公務扱いとはしないことを事前に了承していた、Aの在籍するY県警察とは別の組織が実施主体となって実施される海外研修参加のための事前研修の参加や、そのための移動時間について:
前記海外研修参加の経緯等⇒これらにより生じる精神的及び肉体的な負荷は業務による負荷として考慮することが相当であるとして(公務起因性判断の前提となる)労働時間に含まれると判断。

時間外勤務時間の認定に関する前記評価目的を考慮。

◎質的過重性について
①Aの勤務する交番の管内で発生していた連続窃盗事件の捜査
②実習生の指導
③異動のための引継ぎ
④Y県警察とは別主体が実施する海外研修参加のための事前準備
・・・本件自殺直前の1か月には、これらの要因が重なって生じており、その結果、Aの時間外労働時間が大幅に増大⇒Aに大きな心理的負荷を与える要因となった。

個々の要因をそれぞれから生じる心理的負荷の程度を考慮するのみならず、
各要因の重複等をも総合的に考慮して、
Aの業務の質的過重性を肯定。

●安全配慮義務違反に関する判断について
本判決:電通事件最高裁判決の枠組みに即して検討し、Y県の安全配慮義務違反を肯定。

Y県:Aの精神疾患のり患および本件自殺についての予見可能性がないとの主張
vs.
業務が客観的にみて過重なものであった場合には、使用者等において、それを認識し又は認識し得たときは、労働者が精神疾患を発症したり、自殺したりすることがあり得ることは当然予想できる
⇒業務の過重性に対する認識可能性があれば、予見可能性を認めることができるとの指摘。
本判決も同様に考えたと解される。

判例時報2574

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教員が長時間労働等によるくも膜下出血での死亡⇒校長の安全配慮義務違反(肯定事例)

富山地裁R5.7.5

<事案>
Y1の設置する中学校の教員が長時間労働等によりくも膜下出血を発症して死亡⇒本件中学校の校長の安全配慮義務違反が原因⇒亡Aの遺族であるXらが、本件中学校の設置主体であるY1(富山県滑川市)及び同校長の費用負担であるY2(富山県)に対し、国賠法1条1項ないし3条1項等に基づく損害賠償を求めた事案。

<争点>
校長の安全配慮義務違反の有無
地方公共団体の設置する中学校の校長は、自己の監督する教員が、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等を過度に蓄積させ心身の健康を損なうことのないよう、その業務の遂行状況や労働時間等を把握し、必要に応じてこれを是正する義務(安全配慮義務)を負う(最高裁)
亡Aの死亡については、本件訴訟提起に先立ち、公務災害認定がされており、亡Aが所定勤務時間外に長時間にわたり業務等に従事していたことについては概ね争いがない。
but
その多くが部活動指導に充てられていた

校長の負う安全配慮義務違反の範囲及び内容が、所定勤務時間内の勤務並びに「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」(「給特法」)6条1項及び「公立の義務教育諸学校等の教育職員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合等の基準を定める政令」2号イないし二のいわゆる「超勤4項目」に該当する勤務と、それ以外の勤務とで異なるか?

<判断>
●タイムカード等による勤務時間の把握はされていなかった
but
亡Aが本件中学校から貸与されていたパソコンのログ
部活動指導業務記録簿
休日等に部活動指導にあたった顧問に特殊勤務手当を支給するための日額特殊勤務実績簿等
から明らかな勤務時間を基に、
本件発症以前の亡Aの時間外勤務時間を認定。
本件発症前1か月:119時間35分
同2か月にわたり平均127時間35分
同3か月にわたり平均116時間45分
同4か月にわたり平均106時間6分
同5か月にわたり平均94時間18分
同6か月にわたり平均89時間00分
の時間外勤務に従事。

本件発症前日まで25日間連続で勤務し、休日を1日挟んで、さらにその前に27日間連続で勤務。

主な担当業務は、
①3年生の学級担当
②3年生の理科の教科担当
③女子ソフトテニス部の顧問
④生徒会のボランティア活動の指導等
多くは③


①本件中学校において、基本的に全ての教員がいずれかの部活動顧問を担当するものとされていたこと
②休日等の部活動指導に特殊勤務手当が支給されていたこと

本件中学校では、教員が部活動顧問を担当し、所定勤務時間外にわたりその関連業務に従事することが当然に想定されていた。

本件中学校の女子ソフトテニス部の活動実績等

週末等の練習の実施や練習試合への参加の有無を亡Aの裁量のみで決定していたとみることは困難。

亡Aが所定勤務時間外に行った同部の顧問としての業務は、いずれも、本件中学校の教員の地位に基づき、その職責を全うするために行われたもので、全くの自主的活動の範疇に属するものであったとはいえない

同業務に従事していた時間を含め、業務の量的過重性を評価。


各学校における部活動指導の位置付けや方針、教員の配置状況等に鑑み、部活動指導が当該学校の教員としての地位に基づき、その業務として行われたことが明らかな場合にまで、部活動指導とそれ以外の業務を区別して校長の安全配慮義務の内容を画するのは相当でなく、過重な長時間労働が労働者の心身の健康を損ねることが広く知られている事に照らせば、校長の予見義務の対象を外部から認識し得る具体的な健康被害又はその徴候が生じていた場合に限定すべき理由は見出し難い。

本件中学校の校長は、女子ソフトテニス部の顧問業務の内容及び時間を部活動指導業務記録簿や日額特殊勤務実績等で把握できた

同校長が同業務に関する具体的な指導又は命令をしていなかったことをもってしても予見可能性は否定されない。

同校長の安全配慮義務違反を認め、Xらの請求を一部認容。

<解説>
●本判決:本件事実認定の下では、部活動指導であったことや、当該教員に外務から認識し得る具体的な健康被害又はその徴候が生じていたか否か、さらには、校長の具体的な指導又は命令の有無などによって、校長の安全配慮義務の範囲及び内容を限定すべきではない
⇒本件中学校の校長の安全配慮義務違反を肯定。

●校長の安全配慮義務について、
最高裁H23.7.12:
中学校の教諭らが勤務時間外に職務に関連する事務等に従事していた場合において、教諭らの上司である校長は時間外勤務を明示的にも黙示的にも明示ておらず、教諭らは自主的に前記事務等に従事していたものというべきであり、教諭らに外務から認識し得る具体的な健康被害又はその徴候が生じていたとは認められないなどの事情の下では、校長が義務に違反した過失はない。

その後、名古屋地裁・名古屋高裁:
教育職員が所定勤務時間内に職務遂行の時間が得られなかたっために、その勤務時間内に職務を終えられず、やむを得ずにその職務を勤務時間外に遂行しなければならなかたっと認められる事案について、
勤務時間外に勤務を命ずる旨の個別的な指揮命令がなかったとしても、それが社会通念上必要と認められるものである限り、校長の包括的な職務命令に基づく勤務時間外の職務遂行と認められる。

福井地裁:
明示的な時間外勤務命令がなかったことは、校長の当該教員に対する安全配慮義務の有無に影響しない。

大阪地裁:
個別具体的事情の下では、業務の量的過重性評価の基礎となる時間外勤務時間に算入されるか否かは、校長による時間外勤務命令に基づく勤務であったか否かによって左右されるものではない。

判例時報2574

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2024年2月12日 (月)

パワハラによる懲戒解雇が無効とされた事案

高松高裁R4.5.25

<事案>
Xは、社会福祉法人であるY1の理事かつY1が運営するリハビリテーションセンターのセンター長であった⇒Y1から、XのパワーハラスメントがY1の就業規則上の懲戒解雇事由に該当するとして懲戒解雇。
それに先立ち、Y1が設置した第三者委員会の調査報告書。

<主張>
X:
①Y1に対し、本件懲戒解雇は懲戒事由を欠く上、Y1は、実質的には本件第三者委員会による調査以前からXを懲戒解雇することを決定しており、本件第三者委員会による前記調査や理事会での弁明の機会の付与はY1による前記決定に形式上の正当性を持たせるためだけのものにすぎず、社会的相当性を欠き、違法

Xが労働契約上の権利を有する地位にあることの確認、未払賃金及び未払賞与の支払を求める
②Y1及びY1の理事長P2の娘であり、P2が理事長を務める社会福祉法人が設置運営する病院の院長であるY2に対し、違法な本件懲戒解雇並びに本件懲戒解雇に至る過程におけるP2及びY2による嫌がらせ行為によって精神的苦痛を被った

慰謝料の連帯支払を求めた。

Yら:
①・・・本件懲戒解雇は、合理的理由に基づく社会通念上相当なもので不法行為に該当しない。
②・・・いずれも不法行為は成立しない。

<争点>
❶本件懲戒解雇の有効性
❷本件懲戒解雇の不法行為該当性
❸P2の言動の不法行為該当性
❹Xの損害
❺未払賞与請求の可否

<判断>
●争点❶
Y1の意思決定機関である理事会が本件調査報告書の記載に基づきXのパワハラを認定。
本件調査報告書上パワハラに当たり懲戒事由に該当すると認定評価したのは・・についての言動⇒本件調査報告書に懲戒事由としての記載がなかった・・・に関する主張は考慮できない。
・・・に対する言動は、いずれもY1の主張事実が認められないか、認められるとしても懲戒事由に該当するとは「いえない。

社会的相当性を欠くか否かの点について判断するまでもなく、本件懲戒解雇は無効。

●争点❷❹
①本件懲戒解雇の原因にはそれまでのXの言動も関係
②Xは本件第三者委員会での弁明の機会を放棄しており、本件調査報告書にXの意見が十分に反映できなかった原因の一端はXにもあった
③Y1の就業規則上、懲戒処分に関する手続上の規定はなく、本件第三者委員会の設置や委員の構成等についてY1には広範な裁量が認められるところ、各委員の選出経緯に不自然不合理な点は見当たらず、本件第三者委員会による一連の手続保障について公平性を欠くとは認められない

Xが本件懲戒解雇の無効の確認及びその間の賃金賞与の支払によっても慰謝し尽くされない損害を受けたとまでは認められず、不法行為には該当しない。

●争点❸について
P2が行った退職勧奨は社会的相当性を逸脱した態様での半強制的ないしは執拗なものとは認められず、またY1の職員等に対する説明会の場でのP2の言動もその対応を総体としてみれば不法行為法上の違法性を有するとまではいえない。

不法行為には該当しない。

●争点❺について
Y1の給与規程によれば、夏季賞与は本俸の50%の部分、冬季賞与は本俸の100%の部分について具体的権利性が認められることを踏まえ、その限度で賞与を請求することができる。

<解説>
●未払賞与請求について(争点❺)
就業規則又は労働契約等において、支給時期及び支給金額が具体的に算定できる程度に算定基準が定められている場合には、使用者の成績査定等を要せず、具体的な権利として発生する⇒解雇無効の場合にはその限度で賞与を請求できる。
本判決:Y1の給与規定により具体的権利性が認められる限度で、賞与請求を認めたもの。

●懲戒解雇の有効性(争点❶)
懲戒解雇を主張する使用者は、抗弁として、
ア:就業規則の懲戒事由と手段の定め、
イ:懲戒事由に該当する事実の存在
ウ:前記イを理由として懲戒解雇をしたこと
エ:社会的相当性を有すること(懲戒権濫用でないこと)
オ:予告期間の経過又は解雇予告の除外事由
を主張立証

本判決::
Y1の理事会が、本件第三者委員会の作成した本件調査報告書の記載に基づきパワハラを認定したと認められるところ、
本件調査報告書上パワハラに当たり懲戒事由に該当すると認定評価した者に対する言動のみを考慮(前記ウ)。
これらを言動を個別に検討し、いずれも客観的な裏付けがないなどのためY1の主張事実が認められないか、認められるとしても懲戒事由に該当するとはいえない(前記イ)

前記エの点について判断するまでもなく、本件懲戒解雇は無効。

エについては、手続的に相当性を欠く場合にも、社会通念上相当なものと認められず、懲戒権の濫用となるところ、
就業規則や労働協約上、懲戒処分に関する手続上の規定が何もない場合にも、特段の支障がない限り、本人に弁明の機会を与えることが要請されるとの見解。

●原告から、種々の不正支出等について損害賠償を求められている原告の元理事長等であった被告らが、第三者委員会の委員の人選に関連してその作成された報告書の証拠価値一般を争ったのに対して、県がその委員を推薦したという対応は、被告らの行動に関する従前の経緯も踏まえると、被告らからの干渉・影響も排除して適正な調査を実施するために必要な措置であり、そのことから第三者委員会の中立性や公平性が損なわれたとはいえず、その調査結果等が一般的に信用性を欠くとはいえないとした裁判例(神戸地裁)。

判例時報2574

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機械式駐車装置設定に関し、団地管理組合法人⇒設置した被告への損害賠償請求(否定)

東京地裁R3.12.24

<事案>
マンションの団地管理組合法人である原告が、当該マンションの機械式駐車装置について、利用者の生命、身体、財産を危険にさらすことがないような安全性を備えているべきであるにもかかわらず、それが欠けているなどと主張して、本件マンション駐車装置を設置した被告に対し、不法行為に基づき、当該安全性を備えた状態にするのに必要な費用に相当する額の一部について損害賠償請求をした。

<主張>
❶本件型式駐車装置には設計ミスがあり、この本件設計ミスに関し、本件型式駐車装置を設計・製造する会社との契約に基づいて設計図書等の利用の許諾を受けるなどして、本件型式駐車装置をOEM製品として販売していたC2に不法行為法上の注意義務違反が認められるところ、被告はC2からの事業譲渡によってその法的責任を承継。
❷本件型式駐車装置には、駐車場法施行令15条に基づく建設大臣(当時)の認定の内容とは異なる部品が使われており、この本件設計変更につき、C2には不法行為法上の注意義務違反が認められるところ、被告はこの点についても事業譲渡により法的責任を承継した。
❸前記事業譲渡より前に、本件設計変更に係る部品を使用して本件マンション駐車装置を設置した被告には、不法行為法上の注意義務違反(本件被告注意義務1)が認められる。
❹本件設計変更に係る部品を使用するのであれば別の個所についてはより頑丈な部品を使用すべきであるのに使用しなかった被告には、不法行為法上の注意義務違反(本件被告注意義務2)が認められる。

<判断>
❶:
本件型式駐車場装置の設計、製造及び設置を直接行っておらず、設計図書等の利用の許諾を受けるなどしていたに過ぎないC2が、原告に対し、本件C2注意義務1を負うことについての法令上の根拠その他当該義務を裏付け得るような事情は認められない。
尚、原告が主張する本件設計ミスなるものが存するとしても、それをもって本件マンション駐車装置が、その利用者の生命、身体、財産を危険にさらすことがないような安全性を備えていないということはできない。

❷:
本件設計変更が利用者の生命、身体、財産を危険にさらすことを裏付ける客観的かつ適格な証拠はない。
本件大臣認定の根拠である駐車場法施行令15条は、一般公共の用に供されず一定面積未満である本件マンション駐車装置には適用されない上、本件大臣認定の際に用いられていた技術的基準は、機械式駐車装置一般に存在する利用者の生命、身体及び財産に対する危険を防止するために必要な事項を定めるものとは解されない。

❸:
上記❷⇒本件被告義務1違反を内容とする原告の主張は採用できない。

❹:
本件被告注意義務2を負う法令上の根拠その他当該義務を裏付け得るような事情は認められない。

<解説>
不法行為において、権利ないし法律上保護された利益につき、明確に定式化されていない内容の利益が主張される場合がある
本件:機械式駐車装置が安全性を備えているべきだという利益
不法行為の判例の大まかな傾向:
権利侵害があれば、それだけで損害賠償の責任を負うもの(権利侵害型)と
違法な権利侵害と評価されるかについて利益衡量を必要とするもの(利益衡量型)
があると理解する見解。

判例時報2574

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2024年2月11日 (日)

銃刀法上の射撃教習を受ける資格の認定申請⇒欠格事由ありとの判断が争われた事案

奈良地裁R4.6.2

<事案>
X:銃刀法9条の5第1項所定の射撃教習を受けるために、同条2項に基づき、処分行政庁である奈良県公安委員会に対して、3度にわたり射撃教習を受ける資格の認定申請⇒同公安委員会は、Xが銃刀法5条1項18号所定の欠格事由に該当し、同法5条の4第1項ただし書に規定する者に該当⇒Xの3度にわたる認定申請をいずれも不認定とする処分

自身の欠格事由該当性を争い、Y(奈良県)に対し、本件各処分の取消しを求めるとともに、慰謝料等の国家賠償を求めた。

<争点>
Xの本件欠格事由該当性

<判断>
●これを肯定した処分行政庁(奈良県公安委員会)の判断は合理的根拠を有するものであって、裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるとは認められず、本件各処分はいずれも適法⇒Xの請求をいずれも棄却。

●本件欠格事由に関する解釈
銃刀法は、銃砲又は刀剣類によりもたらされる危害の発生の防止を目的とし、その所持を原則として禁止していることに加え、銃刀法5条1項1号ないし17号は、類型的に危害発生のおそれを高める属性を有すると認められる者を一律に欠格事由のあるものと規程

同項18号に規定する「おそれ」とは、銃砲又は刀剣類を所持しようとする者が、これを使用し、他人の生命、身体等を害し又は自殺する具体的、現実的危険がある場合だけでなく、その者の言動、生活環境、人間関係等から、将来において銃砲又は刀剣類を使用して前記の行為に及びかねない相当程度の危険性がある場合を含むものと解するのが相当であり、合理的な根拠をもって前記の危険性があると認められる場合には、本件欠格事由に該当するというべき。

①銃刀法5条1項18号の「おそれがあると認めるに足りる相当な理由がある」との文理
②公共の安全を確保することが、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査等に当たること等の警察の責務(警察法2条1項)と密接に関連するもの

本件欠格事由該当性は、都道府県警察を管理する者として置かれる都道府県公安委員会の合理的な判断に委ねる趣旨

●本件各処分について
・・・
これらの言動は、自己の行動を十分に統制できない粗暴な性格と被害意識が講じると社会的規範についてゆがんんだ認識の下に行動に及ぶ性格を有していると評価されてもやむを得ない。

処分は適法。

<解説>
●処分行政庁の裁量権
本件欠格事由に該当するか否かについては、処分行政庁である都道府県公安委員会にある程度の裁量権が認められているが、それは単なる主観的な判断を許すものではなく、他人の生命、身体若しくは財産若しくは公共の安全を害し、又は自殺するおそれがあるということについて、客観的・合理的な根拠があることを要すると解されている。

●銃刀法5条1項18号の解釈
「おそれ」について、
A:他人の生命、身体若しくは財産若しくは公共の安全を害し、又は自殺する具体的な危険性まで必要
vs.
いつ、どこで、どのような危険性が発生するおそれがあるかまで具体的に特定してにんていしなければならないとすると、過重な要求になり、危害予防を図る上で支障になることは明らか

B:抽象的危険性で足りる

本判決:
具体的・現実的危険性がある場合だけでなく、生命侵害等の行動に及びかねない相当程度の危険性がある場合を含む

抽象的危険性で足りるとしていないが、具体的危険性までは必要としておらず、
また、いずれの見解も危険性の判断は合理的な根拠に基づいて行うものとしている

具体的事案の当てはめにおいては、結論をほぼ同じくするものと考えられる。

判例時報2574

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特定個人情報の収集等と憲法13条

最高裁R5.3.9

<事案>
行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律により個人番号を不番されたXらが、Y(国)が番号利用法に基づきXらの特定個人情報の収集、保管、利用又は提供をする行為派、憲法13条の保障するXらのプライバシー権を違法に侵害するもの⇒Yに対し、Xらの個人番号の利用、提供等の差止め等をした事案。

<判断>
行政機関、地方公共団体その他の行政事務を処理すする者(「行政機関等」)が番号利用法に基づき特定個人情報の利用、提供等をする行為は、憲法13条の保障する個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を侵害するものではなく、Yが番号利用法に基づきXらの特定個人情報の利用、提供等をする行為がXのプライバシー権を違法に侵害するものであるということはできない
⇒上告棄却。

<解説>
●プライバシーの権利についての議論の変遷と住基ネット訴訟最高裁判決
◎ プライバシーの権利:
当初:私人間にける私生活秘匿権と捉えられていたが、その後の高度情報化社会の進展に伴い、個人情報が公権力等に広く収集、保管、管理されるようになると、個人情報の開示・非開示、開示する場合の内容等についての自己決定や同意と言いう積極的な側面が重視され、自己に関する情報をコントロールする権利と捉える見解が通説
but
その外縁や内容は必ずしも明らかでなかった。
自己決定や同意を重視しすぎることには円滑な行政活動等の反対利益を著しく阻害するおそれがあるのみならず、近時のデータ社会の下では自己決定や同意のみでは個人情報保護を実現できないという限界。

個人情報を取り扱うシステム構造の適切性や堅牢性に審査の重点を置く必要性が指摘

文献

◎行政機関が住基ネットにより住民の本院核に情報を収集、管理又は利用する行為の合憲性について:
最高裁H20.3.6:
憲法13条が個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を保障している。
前記行為が前記自由を侵害するものであるか否かについて
①前記行為が、法令の根拠に基づき、正当な行政目的の範囲内で行われているものということができるかのみならず、
住基ネットにシステム技術上又は法制度の不備があり、そのために本人確認情報情報が法令等の根拠に基づかずに又は正当な行政目的の範囲を逸脱して第三者に開示又は公表される具体的な危険が生じているかについても検討を加え、
前記自由の侵害を否定。

②について、
個人情報を取り扱うシステム構造の適切性や堅牢性に審査の重点を置く必要性に着目したものであり、セキュリティシステムの構築ないし整備を憲法レベルの要請にまで引き上げた上、その不備を(主観的)権利侵害の評価と結び付けた点で画期的といった指摘。

●本判決
憲法13条が個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を保障している。
行政機関等が番号利用法に基づき特定個人情報の利用、提供等をする行為が前記自由を侵害するものであるかについて:
❶番号利用法は、個人番号等の有する対象者識別機能を活用して、情報の管理及び利用の効率化、情報連携の迅速化を実現することにより、行政運営の効率化、給付と負担の公正性の確保、国民の利便性向上を図るという、正当な行政目的を有するものと認められるところ、
厳格な規制により個人番号の利用や特定個人情報の提供等の範囲が限定されていることから、番号利用法に基づく特定個人方法の利用、提供等は前記の正当な行政目的の範囲内で行われているということができるのみならず、
❷番号利用法がその種々の規制の実効性を担保するための制度を設けるととともに、情報提供ネットワークシステム(番号利用法の下でも各行政機関等が個人情報を分散管理している状況に変わりがない中で、各行政機関等の間で情報連携を行う際の各となるシステム)が特定個人情報の漏えい等の危険性が極めて低いものとなるように設計されていること等

番号利用法に基づく特定個人情報の利用、提供等に関して法制度上又はシステム技術上の不備があり、そのために特定個人情報が法令等の根拠に基づかずに又は正当な行政目的の範囲を逸脱して第三者に開示又は公表される具体的な危険が生じているということもできない


①住基ネットにおける本人確認情報と異なり、番号制度における特定個人情報の中には個人の所得等の秘匿性の高い情報が多数含まれることになる
②理論上は対象者識別機能を有する個人番号を利用してこれらの情報の集約や突合を行い、個人の分析をすることが可能

上記❷の具体的な危険の有無については慎重な検討を要する。
番号制度固有のプライバシー侵害の危険性は、これまで容易に情報連携されることのなかった複数の行政機関等において保管する個人情報が、個人番号を利用して大量かつ効率的に名寄せされ、個人の分析がされたり芋づる式に外部に流出したりすることにあるが、これらは他の組織・期間との間の特定個人情報の授受である「提供」があって初めて可能となる。
番号制度固有のプライバシー侵害の危険性は、専ら特定個人情報の「提供(開示)」を前提として生ずるものということができる⇒「提供」を行う際の核となるシステムである情報提供ネットワークシステムの適切性や堅牢性について詳細な検討を要する

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2024年2月10日 (土)

一般遵守事項違反(同種再犯)を理由とする施設送致申請(更生保護法67条2項)がなされた事案

金沢家裁R5.3.9

<事案>
令和3年少年法改正以前に保護観察に付された21際の元少年に対して、改正施行後に、一般遵守事項違反(同種再犯)を理由とする施設送致申請(更生保護法67条2項)がなされた事案。

<家裁>
少年法26条の4第1項の要件を満たしているとして本件申請を認容し、本人を第1種少年院送致とするとともに、同条2項の規定に従い、本人が23歳を越えない期間内において、収容期間を定めた。

<解説>
●制度の沿革
平成19年以前:
少年院からの仮退院中に付される保護観察(現在の更生保護法48条2号)について、その過程で、少年が遵守事項を守らず再非行のおそれがある場合に、少年院への戻し収容という措置を取り得る一方
保護処分としての保護観察(少年法24条1項1号)は、独立の処分であるため、対応する措置がなく、保護観察の実効性を確保することができないという問題。
⇒平成19年少年法改正により、

保護処分としての保護観察に付されている少年が遵守事項を守らない場合に、保護観察所長が
❶少年に警告を発し、少年がそれでもなお遵守事項を遵守せず、
❷その程度が重いと認めるときには、
家庭裁判所に施設送致申請をし、
同裁判所が、さらに、
保護観察によっては本人の改善及び更生を図ることができないと判断した場合には、少年を少年法24条1項2号または3号の保護処分に付すことができるようになった。
(更生保護法67条2項、少年法26条の4第1項)

令和3年改正:
2年の保護観察に付された特定少年について遵守事項があった場合には、保護観察所長は、施設送致申請ではなく、収容決定申請(少年法66条、更生保護法68条の2)をするものと定められ、家庭裁判所は、保護観察の決定をする際に、あらかじめ犯情の軽重を考慮して1年以下の収容期間を定めることとなった(少年法64条2項)。
but
特定少年について施設送致申請事件は係属しないと捉えるのは正確ではなく、本件のように、現在、特定少年またはそれ以上の年齢であったとしても、前件保護処分の根拠条文が少年法24条1項である場合、従来通り施設送致申請事件の対象である。

●施設送致申請事件における考慮要素
❷の考慮要素:遵守事項違反の程度が高いこと
保護観察によって本人の改善及び更生を図ることができないことを示す徴表を指し、
遵守事項違反の内容(遵守事項の違反に対して最終的に少年院送致等の措置をとることが妥当な内容であるか)
遵守違反事項の態様(違反がどの程度継続しているか、どのような原因で違反がなされているか、違反が社会にどの程度の犯罪的危険をもたらすものか)
指導監督の内容及びこれへの対応などの観点から総合的に判断。

➌の考慮要素(保護観察によっては本人の改善及び更生を図ることができないこと)
家庭裁判所における審判時の要保護性を示すものであって、
申請に至るまでの本人の行状や保護観察の状況のほか、
本人の事情(本人の反省の有無、申請後の行状の重大な変化の有無、違反が今後も繰り返される見通しか)や
それ以外の事情(申請後の本人を取り巻く環境の重大な変化の有無、そのまま保護観察を継続することによって具体的にどのような効果が期待できるか)
を総合的に考慮して判断。

●本決定の内容
本件申請の約2年前に、SNSを通じて知り合った18歳未満の女子にわいせつな行為をしたという条例違反で「再び犯罪をすることがないよう、又は非行をなくすよう健全な生活態度を保持すること」という一般遵守事項等が設定されて、保護観察。
その後も18際に満たない女子に対し、性的目的でSNSを通じてメッセージを送るといった遵守事項違反を繰り返し、保護観察所長から2回の警告⇒10日後にも同種違反⇒本件申請。

❷➌の要件を認め、第1種少年院送致の決定。
本人は20際以上であったところ、このような者について少年院送致決定をした場合、少年院法のみによっては収容を継続できる期間が定まらない⇒本人が23歳を超えない範囲内において、少年院に収容する期間を定める必要(少年法26条の4第2項)。

●全国的にも例のない、20歳以上の元少年についての施設送致申請事件における判断の1事例。

判例時報2573

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刑事確定記録法に基づき、東京簡裁の略式命令により終結した政治資金規正法違反被告事件に係る刑事確定訴訟記録の閲覧請求⇒保管検察官が閲覧を一部不許可⇒東京簡裁に準抗告⇒管轄違いで棄却⇒特別抗告の事案

最高裁R5.1.30

<事案>
申立人が、刑事確定記録法(「法」)に基づき、東京簡裁の略式命令により終結した政治資金規正法違反被告事件に係る刑事確定訴訟記録の閲覧請求⇒保管検察官が閲覧を一部不許可⇒東京簡裁に準抗告⇒管轄違いで棄却⇒特別抗告

<原決定>
申立人宛の閲覧一部不許可通知書の作成者の肩書が「東京地方検察庁保管検察官」と記載⇒本件準抗告の管轄裁判所は、東京地方検察庁の対応する東京地方裁判所⇒本件準抗告は不適法

<特別抗告>

<判断>
法8条2項、刑訴法433条の抗告理由には当たらないとしつつ、職権で判断。
地方検察庁に属する検察官が区検察庁の検察官の事務取扱いとして保管記録の閲覧に関する処分をした場合、当該区検察庁の対応する簡易裁判所は法8条1項にいう「保管検察官が所属する検察庁の対応する裁判所」に当たると判断
⇒原決定には法令違反があるとして、東京簡裁に差し戻した。

<解説>
法2条1項:刑事被告事件に係る訴訟の記録は、訴訟終結後は当該被告事件について第1審の裁判をした裁判所に対応する検察庁の検察官が保管。
この検察官を「保管検察官」
略式命令によって終結した事件の訴訟の記録も刑事被告事件の訴訟記録に該当。
東京簡易裁判所に対応する検察庁は東京区検察庁(検察法2条1項)⇒本件保管記録の保管検察官は、東京区検察庁の検察官。
申立人に対する閲覧一部不許可通知書の作成者の肩書は「東京地方検察庁保管検察官」
検察法12条は、検事長又は検事正はその指揮監督する検察官の事務をその指揮監督する他の検察官に取り扱わせることができるとしており、
本件閲覧一部不許可処分をした検察官は関係通達により本件保管記録の保管検察官に指定されていた⇒当該処分を行う権限自体は有していた。
but
本件保管記録の閲覧に関する処分は、法により東京区検察庁の検察官のみが取り扱うことのできる事務とされている⇒東京区検察庁の検察官の職務として行ったとみるほかなく、このような場合、東京簡易裁判所は法8条1項にいう「保管検察官が所属する検察庁の対応する裁判所」に当たると考えられたもの。

判例時報2573

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

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