地方団体が国に対して特別交付税の額の決定の取消しを求める訴え
大阪高裁R5.5.10
<事案>
いわゆるふるさと納税に係る寄付金の収入見込額が一定額を超えた場合に特別交付税の額の減額項目とする旨を規定する「特別交付税に関する省令」の規定の適用で、X(大阪府泉佐野市)の令和1年12月分及び令和2年3月分の特別交付税の額をそれぞれ決定⇒本件各特例規定の適用を受けて特別交付税の額を減額されたXが、本件各特例規定は地方交付税法(「交付税法」)15条1項の委任の範囲を逸脱し違法・無効であり、本件各特例規定に基づく本件各決定は違法⇒Y(国)を相手に、本件各決定の取消を求めた(行訴法3条2項の「処分の取消しの訴え」)事案。
Y:
本案前の主張:行政主体にしかないような権限や地位が他の行政主体の権限によって制約を受けたとしても、それは一般私人たる国民が権利利益を侵害された場合とは異なり、司法権の本来的な役割の範疇を超える⇒本件訴えは裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」に当たらないため却下されるべき。
本案の主張:本件各特例規定は交付税法15条1項の委任の範囲内である。
<解説>
地方交付税:
本来、地方団体の税収入とすべきであるが、地方団体間の財源の不均衡を調整し、全ての地方団体が一定の水準を維持し得るよう財源を保障する見地から、国税として国が変わって徴収し、一定の合理的な基準によって再配分する、いわば「国が地方に代わって徴収する地方税」という性格を持つもの。
(1)基準財政需要額が基準財政収入額を上回る地方団体に対して交付される普通交付税(地方交付税総額の94%)
(2)普通交付税の算定では捕捉されない特別の財政需要がある場合に交付される特別交付税(地方交付税総額の6%)
各地方団体に交付すべき特別交付税の具体的な算定方法は、交付税法15条1項の委任を受けた「特別交付税に関する省令」に定められており、毎年度、12月と3月の2回に分けて総務大臣により決定される(交付税法15条2項)。
<経緯>
総務大臣は、令和1年12月11日、特別交付税に関する省令の一部を改正する省令を制定・・本件各特例規定を適用して、令和1年12月及び令和2年3月、本件各決定
⇒Xに交付された令和1年度の特別交付税の額は、前年度よりも大幅に減少。
⇒Xは、令和1年12月、総務大臣に対し、交付税法18条1項に基づき、同年12月分の特別交付税の決定について審査申立て⇒却下⇒本件各決定の取消しを求める訴えを提起。
地方交付税の額の決定は、地自法245条柱書括弧書の「国・・・の普通地方公共団体に対する支出金の交付」に当たり、同条の「国・・・の関与」の定義から除かれる⇒地自法251条の5に規定する「国の関与に関する訴え」(行訴法6条の機関訴訟に当たる。)の対象にはならないと解されている。
<一審>
●中間判決
◎ 裁判所が固有の権限に基づいて審判することのできる対象歯、裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」、すなわち、
❶当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、
❷それが法令の適用により終局的に解決することができるもの
に限られる。
・・・地方団体が国から法律の定めに従い地方交付税の分配を受けることがdけいるか否かに関する紛争は、地方団体と国との間の具体的な権利ないし法律関係の存否に関するものということができ(❶を満たす)、地方交付税の額の算定方法及び交付の手続は法定されていること(交付税法10条、15条、16条等)に照らすと、特別交付税の額の決定が適法であるか否かは、交付税法その他の関係法令を適用することによって判断することが可能(❷を満たす)
⇒本件訴えは「法律上の争訟」に当たる。
◎ Y:本件訴えは、地方団体であるXが「固有の資格」(一般私人が立ち得ないような行政機関に特有の立場)に基づいて提起した訴訟であって、一般私人と共通する法的根拠に基づいて提起した訴訟ではない⇒主観的権利利益の保護救済を目的とするものではなく、「法律上の争訟」に当たらない。
vs.
行政主体であっても、独立の法人格を有するものとして具体的な権利ないし法律関係の存否を争い得る場面においては、それらの存否について裁判所による判断を求めることが否定される根拠は見当たらず、これは一般私人と共通する法的根拠に基づく場合に限られない。
平成14年最判:国または地方団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は不適法。
but
本件訴えはX(地方団体)がY(国)に対して特別交付税の額の決定の取消しを求めるもので、X・Y間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であり、専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求めるものではない。⇒事案を異にする。
●終局判決
特別交付税の額の決定の処分性及び訴えの利益を認めるとともに、
本件各特例規定は、交付税法15条1項の委任の範囲を逸脱したものとして、違法・無効
⇒Xの請求を認容。
<判断>
● ・・・司法権(憲法76条1項)が審判する権限が及ぶ紛争であり、司法権の概念には国民の裁判を受ける権利の保障が反映されている、。
このような見地に立ち「当事者」の面から見ると、基本的に個々の国民が提起する紛争であって、その具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争がこれが該当し、個々の国民と同様の立場に立って行うもの(財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求めるような場合)は格別として、双方が行政権の主体同士として関与する、行政権内部の法適用の適正をめぐる一般公益に係る紛争である限り、法律上の争訟に該当しないと解するのが相当。
その解決は、行政権内部の調整に委ね、その適正性については、国会審議等の民主的な統制の対象とすることによって確保するのを基本とし、紛争によって、裁判所で解決するのがふさわしいものについて、法律によって特に権限が定められた場合には、裁判所はこれを裁判する権限を持つことになると解すべき。
● ・・・交付税法の仕組や目的等に照らすと、地方団体が国から法律の定めに従い地方交付税の分配を受けることができるか否かに関する紛争は、国と地方団体が、それぞれ行政主体としての立場に立ち、地方団体全体が適正に行政事務を遂行し得るように、法規(交付税法)の適用の適正をめぐって一般公益(地方団体全体の利益)の保護を目的として係争するものというべき。
~
本件訴えは、行政主体としてのXが、法規の適用の適正をめぐる一般公益の保護を目的として提起したものであって、自己の財産上の権利利益の保護救済を目的として提起したものと見ることはできない
⇒裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」には当たらないというべき。
<解説>
●裁判所法3条1項の「法律上の争訟」
①当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、
②それが法令の適用により終局的に解決することができるもの
に限られる。
司法権=法律上の争訟=裁判を受ける権利(国民の権利利益の保護救済。これを目的とする訴訟が主観訴訟と言われる。)と捉えるところ、
行政訴訟には、国民の権利利益の救済にかかわらない民衆訴訟(行訴法5条)及び機関訴訟(行訴法6条)(これらは客観訴訟といわれる)があるが、これらは専ら客観的な法秩序の維持を目的とするものであって、前記①要件を充たさず法律上の争訟に当たらないが、法律に特別の定めがあることによって訴訟を提起することが可能(裁判所法3条1項後段)と解している。
平成14年最判:
国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、法規の適用の適正ないし一般公益の保護を目的とするものであって、自己の権利利益の保護救済を目的とするものということはできない⇒法律上の争訟として当然に裁判所の審判の対象となるものではなく、法律に特別の規定がある場合に限り、提起することが許される。
●but
行政上の権限は、通常、公益確保のために認められているにすぎないが、財産的権利に由来する場合は、行政主体がその実現について主観的な権利を有すると捉え、国又は地方団体といえどもそのような財産的権利を主張して訴訟を提起できると解されている。
平成14年最判:
「国または地方公共団体が提起した訴訟であって、財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求めるような場合には、法律上の争訟に当たるというべきであるが」
最高裁H13.7.13:
那覇市長が那覇市情報公開条例に基づいてした公文書(海上自衛隊・・の建築工事に関する建築工事計画通知及びその添付図面)の公開決定につき、国が那覇市長を被告として、その取消しを求めたという事案について、本件が建物の所有権という財産権の問題として捉え得るとして、法律上の争訟性を肯定。
学説:
異なる行政主体相互間の訴訟の「法律上の争訟」性に関する見解に様々なものがあるが、
地方団体が国に対してその権限行使を不服として提起する訴訟については、自治権の侵害に対する救済の途を開く必要があることを理由として(塩野)、あるいは補助金の受給をめぐる問題は私人間の金銭債権をめぐる争いと類似することを理由として(藤田)、一定の場合に地方団体の出訴を肯定する見解が多い。
普通地方団体の議会の議員に対する出席停止の懲罰の取消しを求める訴えについて、司法審査の対象とならないとした従来の最高裁判決を変更し、これが「法律上の争訟」に当たり司法審査の対象となるという最高裁判決。
~
出席停止の懲罰を受けた議員は、出席停止の期間中、議事に参与して議決に加わるなどの議員としての中核的な活動をすることができなくなり、住民の負託を受けた議員としての責務を十分に果たすことはできなくなることを理由として、「法律上の争訟」性を認めたもの。
~
議員個人の私的権利利益の保護を目的とする訴訟ではなく、議会と言う機関の構成員である議員の公的権限の保護を目的とする訴訟が「法律上の争訟」として認められたとして、平成14年最判の見直しの「橋頭堡」となるという見解もある。
●第1審判決:
平成14年最判の射程が、国又は地方団体が専ら行政権の主体として「国民に対して行政上の義務の履行を求める」訴訟に限定されるという立場であり、行政主体が「法規の適用の適正ないし一般公益の保護を目的とする」訴訟一般に及ぶという見解を採らない。
その上で、地方交付税の額の決定に係る紛争を、国の地方団体に対する支出金に関する紛争とみて、「法律上の争訟」性を認めた。
国・地方団体間の補助金をめぐる訴訟である摂津訴訟やその後の下級審裁判例において、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(補助金適正化法)6条1項に基づく補助金の交付決定を抗告訴訟の対象となる行政処分と捉え、行政処分の取消訴訟の形でならば、訴えで争うことも認めるものが多い。
地方交付税は、補助金適正化法が適用される「補助金等」(補助金適正化法2条1項)ではないが、補助金もその1つである「国・・・の普通地方公共団体に対する支出金」(地自法245条柱書括弧書)に含まれると解されるもので、1審判決が地方交付税の額の決定の「法律上の争訟」性を認めたことは、補助金適正化法上の補助金の処分性を認める(当然、その前提として「法律上の争訟」性を認める)各裁判例の立場と相通ずるものがある。
●本判決:
司法権の概念には国民の裁判を受ける権利の保障が反映されているとし、「法律上の争訟」の概念の内容をなす「紛争」とは、基本的に個々の国民が提起する争訟であって、その具体的な紛争がこれに該当。
双方が行政権の主体同士として関与する、行政権内部の法適用の適正をめぐる一般公益に係る紛争である限り、法律上の争訟に該当しない。
Xの平成14年最判の射程が本件に及ばないとする主張も採用できない。
~
司法権=法律上の争訟=裁判を受ける権利(国民の権利利益の保護救済)と捉える従来の通説に依拠。
本件訴えが、財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求めるような場合として「法律上の争訟」性を肯定できないか?
本判決:
地方交付税の仕組み(特定の地方団体への甲府営の配分はその他の全ての地方団体への配分と密接不可分であること)から、各地方団体への地方交付税の交付は、Yが特定の地方団体に財産的利益を付与することを目的とするのではなく、全ての地方団体が適正に行政事務を遂行できるよう、地方団体全体の利益を考慮して、税の配分を行うことを目的としている⇒否定。
地方交付税は、その総額を行政主体間で配分するものであり、実質的には贈与の性質を持つ給付金である国庫補助金と同列に論じることはできない。
判例時報2576
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