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2023年6月

2023年6月28日 (水)

肖像権侵害が不法行為とされる場合の判断基準等

東京地裁R4.7.19

<事案>
Xが、Y(出版社)に対し、本件記事は、Xの社会的評価を低下させる事実を公然と適示したものであるから、本件記事は名誉毀損に当たり、
本件写真は、いずれも、Xの容ぼうが写っており、Xが著作権を有するものであるから、本件写真の掲載は、Xの肖像権及び著作権を侵害するとして、不法行為に基づき、損害賠償等を求めた

<判断>
●肖像権侵害についての判断基準
肖像は、個人の人格の象徴当該個人は、人格権に由来するものとして、みだりに自己の容ぼう等を撮影等されず、又は自己の容ぼう等を撮影等された写真等をみだりに公表されない権利を有すると解するのが相当(最高裁)。
他方で、人の容ぼう等の撮影、公表が正当な表現行為、創作行為等として許されるべき場合もある

肖像等を無断で撮影、公表等する行為は、
撮影等された者の私的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が公共の利害に関する事項ではないとき、
公的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が社会通念上受忍すべき限度を超えて被撮影者を侮辱するものであるとき、
公的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が公表されることによって社会通念上受忍すべき限度を超えて平穏に日常生活を送る被撮影者の利益を害するおそれがあるときなど、
被撮影者の被る精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超える場合に限り、肖像権を侵害するものとして、不法行為上違法となる。

本件写真は、元プロテニス選手で当時社会的地位もあったXが、いずれも、著名人と並んで笑顔で握手等するしている場面を撮影したもの
公的領域において撮影されたものと認めるのが相当(前記②③)。
本件写真は、Xを侮辱するものではなく(②)、Xのブログで公開されていた写真であったという事情
平穏に日常生活を送るXの利益を害するものともいえない(③)。

仮に本件写真が私的領域において撮影されたものと認定⇒本件写真は、Xと著名人との親交を示すものであり、AをしてXが億単位の出資をするに足りる人物であると思わせて、AがXに出資する理由の1つとなったもの
本件写真は、Xが社会的に強い非難の対象とされる行為を犯した旨を適示する本件記事を補足するものであり、公共の利害に関する事項である(①)。
Yが本件写真をXに無断で本件雑誌に掲載する行為は、肖像権を侵害するものとして不法行為上違法であるということはできない。

<解説>
肖像権は、人格権に由来する権利として、肖像が有する精神的価値を保護するものとして判例法理上形成された法概念であって、同判決において同じく人格権に由来する権利であるとされたパブリシティ権と共に権利概念として確立された。
肖像権は、人格権に由来するという点でパブリシティ権と一致する。
but
肖像の精神的価値を保護法益とするもの
パブリシティ権:肖像の商業的価値を保護法益とする。

●最高裁の経緯:
第1段階:
個人の私生活上の自由の1つとして、みだりにその容ぼう・姿態を撮影されない自由を法的利益として承認(京都府学連デモ事件判決)

第2段階:
「氏名を正確に呼称される利益」を肯定する前提問題において、人格権に由来する権利として「氏名を他人に冒用されない権利」としての氏名権を承認するまでの段階。
氏名権が事実上承認⇒同じく人格の象徴である肖像を保護するいわゆる肖像権についても、伝統的なプライバシーの一環として位置付けるのではなく、肖像自体に着目してこれに関する利益一般を保護し得る法概念として、これを再構成しようとする潮流。

第3段階:
氏名権が事実上承認された新たな潮流を踏まえ、法廷内隠し撮り事件判決が、肖像に関する法的利益の1つとして、みだりに自己の容ぼう等を撮影されたり又は撮影された写真をみだりに公表されたりしない人格的利益を承認した上で、その違法性の判断基準を示すまでの段階。

第4段階:
ピンク・レディー事件判決が肖像権を排他的権利として初めて承認。
住基ネット事件判決は、判例法理上のプライバシーという法概念が伝統的プライバシーを保護するものにとどまることを事実上示した⇒肖像をプライバシーの一環として保護する試みが判例法理上途絶えた。
ピンク・レディー事件判決:
肖像その他の人物識別情報の商業的価値を保護するパブリシティ権を承認するとともに、肖像に関する精神的価値を保護する法的利益を氏名権と同様に権利概念に昇格させたもの。

●肖像権侵害に関する判断基準
◎受忍限度論の展開
人格的利益をめぐる不法行為の成否に関する判断基準として、学説上、被侵害利益の性質と侵害行為の態様との相関関係において総合的に判断する相関関係説が通説。
受忍限度論は、人格的利益ないし人格権を侵害する行為の違法性の判断基準として、前記相関関係説を基礎として発展。
受忍限度論:事案の諸要素を比較検討して総合的に判断し、一般社会通念上受忍すべき限度を超える場合に、初めて違法とするもの。
伝統的に、生活妨害の領域で展開⇒その後人格的利益と対立する利益が兵家行為である場合にも適用。
教員批判ビラ配布事件判決:
・・・ビラの配布行為は名誉毀損を構成するとは「いえない
but
当該教師らの社会的地位及び当時の状況等に鑑みると、前記攻撃を受けた当該教師らの社会的地位及び当時の状況等に鑑みると、前記攻撃を受けた当該教師らの精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度内にあるということはできず、前記ビラの配布行為に起因して私生活の平穏などの人格的利益が違法に侵害された⇒ビラの配布行為が名誉毀損とは別個の不法行為を構成する。

法廷内隠し撮り事件判決:
肖像の撮影行為又は撮影に係る当該肖像の写真の公表行為が不法行為法上違法となるかどうかは、被撮影者の社会的地位、撮影された被撮影者の活動内容、撮影の場所、撮影の目的、撮影の態様、撮影の必要性等を総合考慮して、被撮影者の人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものといえるかどうかを判断して決すべき。

●受忍限度論の進展
パブリシティ権が法的権利性を認められずに法的利益に止まっていた時代⇒その違法性の判断基準につき、事案の諸要素を総合的に判断する手法を採用する裁判例が多い。
but
ピンク・レディー事件判決は、パブリシティ権を権利概念に昇格させるとともに、違法性判断基準につき、総合考慮をするのではなく、これを類型化して受忍限度論を進展させている。

パブリシティ権の外延では、表現の自由、創作の自由等という社会の根幹に関わり、社会の発展を支える価値との抵触が常に問題となる⇒その権利の外延を明確にして、表現行為、創作行為等に対する萎縮効果を防ぐため。

肖像権についても、パブリシティ権と同様に、表現の自由等の重要に鑑み、受忍限度論の趣旨を踏まえつつも、総合考慮による判断ではなく、違法性が認められる要件を定義した上、定義付け衡量によって他の法益との調整を図るべき

本判決:
肖像権の保護法益につき、
①個人の私生活上の自由から派生するプライバシーに係る法的利益(第1類型)
②名誉感情(第2類型)
③平穏に日常生活を送る利益(第3類型)
にそれぞれ区分した上、当該区分に応じて形成された判例法理を踏まえ、違法性の判断手法を具体的に示すもの。

判例時報2552

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妻に離婚意思がないのに夫が離婚届を提出し子らを連れ去り⇒損害賠償の事案

東京地裁R4.3.28

<事案>
妻であるXが、別居中の夫であるYに対し、YがXに離婚意思がないのに離婚届を提出し、子らを連れ去り、Xと子らとの面会交流を妨げた⇒YのXに対する不法行為に当たる⇒慰謝料等の損害賠償を求めた。

<事実関係>
Xは、Yとの口論の末、Yが用意した離婚届用紙に署名押印し、これを受け取ったYが、そのまま自宅を出て戻らず、3日後に同離婚届用紙を用いて離婚の届出。
XがYを相手に、当該届出に係る離婚は無効無効であるとしてその無効確認の家事調停を申し立て、さらには無効確認の訴訟を提起⇒当該届出がされた時点でXには離婚の意思がなかったとして当該離婚の無効を確認する旨の判決が家裁で言い渡され、確定。
Xが、Yを相手に面会交流調停申立て⇒調停申立てから約3年後に調停不成立となり、家裁により、第三者機関の援助の下での月1回の面会交流等を命じる審判

<判断>

①X(妻)が離婚届用紙に署名押印したのは、当日の口論の勢いの赴くままに激情に駆られてのことであり、そのため、Xは、Yとの間で事後の具体的な生活についての話し合いもせずに、離婚届で用紙に署名押印
②翌日の電話での会話の中でも、XがYに対し、早く帰ってくるようにとおいう、離婚の意思とはおよそ矛盾する言葉を発していた

YにおいてXに離婚の意思がないことに気付く契機は与えられていた
Yは、Xの真意を確認することなく離婚の届出をした⇒無効な離婚の届出をしたことについて過失があるとし、この過失により、Xの妻としての地位を不安定な状態に置くことによってこれを侵害。
当該離婚がXの離婚意思を欠いて無効⇒Yが子らをXの下から連れ去ったこともまた法的な根拠を失う⇒Yは、前記の過失により、Xの子らに対する親権も侵害。

XとYとの別居状態を所与のものとした場合、YがXと子らとの面会交流を違法に妨げたとは認められない⇒この点についてのYによるXの権利侵害は認めなかった。


前記2つの権利侵害(①妻としての地位の侵害、②親権の侵害)によってXが被った損害として、Xが10回以上の全身麻酔を伴う不妊治療を経て子らを出産したことなどの諸般の事情を総合考慮して、200万円の慰謝料が相当。
Xが面会交流調停や離婚無効確認訴訟のために支出した弁護士費用93万8000円についてもこれを相当因果関係のある損害と認めた
but
①Xの側にも、離婚用紙に署名押印してYに交付した過失
②自宅を出たYと連絡がとれたにもかかわず離婚意思のないことを明確に伝えなかった過失
50%の過失相殺が相当

146万9000円及び本件訴えの弁護士費用14万6900円の賠償を求める限度でXの請求を認容。

判例時報2552

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2023年6月27日 (火)

医療過誤による犬死亡の事案

大阪高裁R4.3.29

<事案>
飼育者のX1において、Y1が設置し、主治医である獣医師Y2が勤務する動物病院に入院⇒本件犬がDICを直接の死因として死亡

Y1との間で診療契約を締結したX1が治療費等の損害を受けるとともに、
Xら(X1~X5。X2,X3:X1と同居する娘夫婦で同じく飼育者。X4、X5:X1の娘)がいずれも精神的苦痛を受けた

Y2に対しては不法行為に基づき、
Y1に対しては、X1については診療契約上の債務不履行又は使用者責任に基づき、X1を除くその余のXらについて使用者責任に基づき、損害賠償を求めた事案。

<原審>
Xら:本件犬は急性膵炎にり患しており、Y2においてこれを認識して同疾病に対する医療水準に適った治療を行うべき注意義務があったとにこれを怠った過失(過失①)があると主張し、DICの発症はいわば因果の流れとして独立の過失の根拠としては主張していなかった。
vs.
本件犬が急性膵炎にり患していたと認めるには足りない⇒Xらの請求をいずれも棄却。

<控訴審>
Xらは、獣医師(国立大学の獣医学部所属の準教授)の意見書を提出して、Y2は、本件犬の血液凝固系検査等によりDICを発症していることを認識し、又は認識することができた⇒これに対する医療水準に適った治療を行うべき注意義務がある(過失②)(請求原因の追加主張)。
過失①は否定
過失②:
獣医療におけるDICの診療項目、人のDICの病型分類に基づく治療法の選択が犬のDICについても用いられていた等の本件当時の獣医療水準に関わる事実を認定して、本件では、入院した翌朝の本件犬の血液凝固系検査等の結果、当時、本件犬は肝臓の血管肉腫を基礎疾患とするプレDICのの状態であり、Y2はそのことを認識することができたというべき。
but
Y2は、DICの病型分類と治療法選択のための追加の血液凝固系検査やこれを踏まえた治療を行ったことをうかがうことはできない⇒この点でY2には本件犬の治療に関し過失があった
⇒Y1の不法行為責任、Y2の使用者であるY1の使用者責任が成立。

Y2の過失行為と本件犬の死亡との間に因果関係があるとは認められない
but
獣医療の水準に適った医療が行われていたならば診療に係る飼育動物がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されれば、獣医師には、その飼育者が前記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負うと解するのが相当
本件では、血管肉腫に対する抗がん剤治療の効果、本件犬が受けた抗ガン化学療法で治療した犬の生存期間等の諸事情⇒本件犬は、Y2が適切な検査・治療を行っていなければ、死亡日の時点においてなお生存していた相当程度の可能性が存在

本件犬の飼育者であるX1、X2及びX3について慰謝料及び弁護士費用の合計各22万円と遅延損害金の限度で請求を一部認容し、飼育者ではなくX4及びX5の請求をいずれも棄却。

<解説>
獣医師の過失と飼育動物の死亡の結果との因果関係が認められない場合に、人と同様に、飼育動物の生命維持の相当程度の可能性の侵害による慰謝料請求を一部認容。

判例:医師の過失ある医療行為と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されていないが、医療水準に適った医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明される場合には、医師は、患者が前記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負う場合がある

生命を維持することは人にとって最も基本的な利益であって、右の可能性は法によって保護されるべき利益であり、医師が過失により医療水準にかなった医療を行わないことによって患者の法益が侵害されたものということができる。

判例時報2552

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2023年6月25日 (日)

財産開示手続の実施決定に対する執行抗告において請求債権の不存在又は消滅を執行抗告の理由とできるか(否定)

最高裁R4.10.6

<事案>
債権者である元妻Xが、執行力のある債務名義である公証証書記載の養育費債権を請求債権として、民執法197条1項2号に基づき、債務者である元夫のYについて、財産開示手続の実施を申立てた。

<原審>
①請求債権が弁済によって消滅した場合には、もはや法197条1項2号に該当する事由があるとはいえなくなる
②財産開示手続に強制執行及び担保権の実行に関する規定を準用する法203条は、請求異議の訴えについて規定する法35条を準用していない
⇒法197条1項2号に該当する事由があるとしてされた財産開示手続の実施決定に対する執行抗告おいては、請求債権の不存在又は消滅を執行抗告の理由とすることができると判断した上で、
請求債権のうち確定期限が到来しているものは弁済による消滅
⇒Xの申立てを却下。

<判断>
執行裁判所が強制執行の手続において請求債権の存否を考慮することは予定されておらず、このことは、強制執行の準備として行われる財産開示手続においても異ならない
②法203条が法35条を準用していないことは、法197条1項2号に該当する事由があるとしてされた財産開示手続の実施決定に対する執行抗告において、債務者が請求債権の不存在又は消滅を主張することができる根拠となるものではない。

前記 執行抗告においては、請求債権の不存在又は消滅を執行抗告の理由とすることはできない

これと異なる見解に立つ原決定を破棄して、原審に差し戻した。

<規定>
民事執行法 第一九七条(実施決定)
執行裁判所は、次の各号のいずれかに該当するときは、執行力のある債務名義の正本を有する金銭債権の債権者の申立てにより、債務者について、財産開示手続を実施する旨の決定をしなければならない。ただし、当該執行力のある債務名義の正本に基づく強制執行を開始することができないときは、この限りでない。
一 強制執行又は担保権の実行における配当等の手続(申立ての日より六月以上前に終了したものを除く。)において、申立人が当該金銭債権の完全な弁済を得ることができなかつたとき。
二 知れている財産に対する強制執行を実施しても、申立人が当該金銭債権の完全な弁済を得られないことの疎明があつたとき。

民事執行法 第二〇三条(強制執行及び担保権の実行の規定の準用)
第三十九条及び第四十条の規定は執行力のある債務名義の正本に基づく財産開示手続について、第四十二条(第二項を除く。)の規定は財産開示手続について、第百八十二条及び第百八十三条の規定は一般の先取特権に基づく財産開示手続について準用する。

<解説>
●権利判定機関と権利実現機関の分離
⇒債務名義の存在を前提とする強制執行手続においては、一般に、効率的かつ迅速な手続運営を図るため、請求債権の存在等の実体上の事由を審査せずに執行手続きを行う

執行抗告においても、手続的違法のみを審査するものとされている。
執行抗告の理由となり得るのは、執行裁判所が裁判をするに当たり自ら調査・判断すべき事項の欠缺であり、原則として、原裁判を違法ならしめる手続的事由に限られる。

執行抗告の手続において、債務名義に係る請求債権の不存在又は消滅、執行対象財産の帰属等の実体上の事由は、執行裁判所が調査・判断すべき事項ではない⇒執行抗告の理由とすることはできず、確定期限の到来などの執行開始の要件となる事由(法30条1項、31条、151条の2第1項参照)等の存否がその例外になるにとどまる。

請求債権が実体法上存在しないという不当執行に対する救済方法については、請求異議の訴え(法35条)等の手続が設けられている。
違法執行⇒執行抗告
不当執行⇒請求異議の訴え
等において救済を図る。

●執行力のある債務名義の正本を有する件戦債権の債権者が財産開示手続の申立てを行い、その実施決定がされた場合において、弁済による請求債権の消滅を執行抗告の理由とすることができるか否かは、法197条1項2号の要件について、執行裁判所が請求債権の存否を自ら調査・判断することが予定されているかにかかわる。

●法197条1項は、財産開示手続の申立ての申立権者を「執行力のある債務名義の正本を有する金銭債権の債権者」と定め(同項本文)、権利の存在を高度の蓋然性をもって証明する証書たる債務名義が存在することを前提とし、
執行開始の要件を備えていることも「要件としている(同項ただし書)

強制執行の準備行為たる財産開示手続実施の場面においても、同項2号の要件につき、敢えて請求債権の存否という実体上の事由を執行裁判所の調査・判断の対象とする必要はなく、むしろ、同号は請求債権の存否を前提に財産開示の必要性を審査させる趣旨の規定。
請求債権の「存否という実体上の事由(弁済、相殺の抗弁等)は、当事者間で激しく争われ得るもの⇒法197条1項2号の要件について、これを執行抗告の理由とすることができると解すると、迅速かつ適正な財産開示手続の実施を阻害。
財産開示手続の実施決定は、確定しなければその効力を生じない(同条6項)⇒財産開示手続の実施を引き延ばすための濫用的な執行抗告がされるおそれもある
法203条が法39条(強制執行の停止)及び法40条(強制執行の取消し)を準用

財産開示手続においても、請求債権の存否という実体条の事由について不服がある場合には、強制執行そのものの不許又は停止を求める方法(請求異議の訴えや執行停止の裁判の手続)によって争い、法39条1項1号、7号等に掲げる文書を執行裁判所に提出することにより、財産ん開示手続の停止又は取消しを求めることが想定されている。

法203条が法35条を準用していない
←強制執行の不許は求めずに財産開示手続の不許のみを求めるという独自の制度を設ける必要はない(立案担当者)。
法203条が法35条を準用していない点について、債務者が財産開示手続の実施決定に対する執行抗告委において請求債権の不存在又は消滅を主張することができるとする根拠となるものではない。

判例時報2552

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サッカースタジアムの固定資産税及び公園使用料免除⇒違法の事例

宇都宮地裁R4.1.27

<事案>
栃木市と本件会社は、本件会社がサッカー専用スタジアム等から構成される本件運動施設を建設することを前提に、栃木市が本件運動施設に対して課す固定資産税を免除すること、本件公園の使用料を免除することを内容とする本件覚書を作成し、使用料については、実際に3年間の免除がなされた。

原告ら(栃木市に居住する住民)は、被告(栃木市長) による本件覚書に係る固定資産税の免除及び使用料の免除が違法固定資産税については免除の差止めを、使用料については被告がその請求をしないことが違法であることの確認を求める訴えを提起。

<主張>
被告:
①本件運動施設の設置により、栃木市内が賑わい、栃木市の知名度が上がり、栃木市の経済の発展につながる。
②・・・栃木市民の生活上の福祉が向上する。

栃木市税h条例71条1項4号所定の「特別の事由」があるとして、使用料の免除については、栃木市公園条例22条所定の「公益上その他特別の理由がある」として、その適法性を主張。

<判断>
●固定資産税の免除
・・・
①本件運動施設はAのホームスタジアムや練習場として使用されておりAを運営する本件会社の子会社の営業のための施設⇒担税力を生み出さないような用途に使用されているとは認められない。
②経済効果の観点からみても栃木市内の他の固定資産と比較して固定資産税の減免を相当とする程度の強い公益性はない。
栃木市税条例71条4号所定の「特別の事由があるもの」には該当せず、被告は固定資産税を免除することはできない。

●使用料の免除
被告主張の①②を否定。
公園の使用料は本来的には条例によって定められるべきものその例外として市長が使用料の減免をすることはできる場合である栃木市公園条例22条の「公益上その他特別の理由」については限定的に理解されるべき

当該理由が肯定されるためには、その目的自体が固定資産税減免の場合と異なり公益性の高いものに限られないとしても、少なくとも、客観的な根拠のある事実を基礎とした合理的な将来予測に裏付けられてなければならないのは当然のこと。

本件について、同条所定の「公益上その他特別の理由」があるとは認められない。

<解説>
●本件は、条例の改正を伴わない、市長による免除の場合⇒市長による免除が許容される場合を定めた条例の規定の解釈が問題。

●固定資産税の免除:
地税法367条は、固定資産税の減免について、市長村長は、天災その他特別の事情がある場合において固定資産税の減免を必要と認める者、貧困に因り生活のため公私の扶助を受ける者その他特別の事情がある者に限り、当該市町村の条例の定めるところにより、固定資産税を減免することができることを規定。
各市町村は、固定資産税の減免についての条例を定めており、各条例の解釈に際しては、同条の規定の解釈が参酌されるべき。
同条の規定する減免は、固定資産税の徴収の猶予、納期限の延長等によっても到底納税が困難であると認められるような担税力の薄弱なものに対する個別的な救済措置であると解され、また、条例の容易な拡大解釈については、現に慎まなければならないとされている。
固定資産税の減免を認めなかった事例。

●公園使用料の免除:
本判決:
市長による公園の使用料免除が許されるのは、その目的自体が固定資産税減免の場合と異なり公益性の強いものに限られないとしながらも、
客観的な根拠のある事実を基礎とした合理的な将来予測に裏付けられている場合でなければならない。
本来的に公園使用量は条例で定められる⇒市長によるその減免については、強い公益性までな必要ないとしても、その完全な裁量によるものではなく、これを許容するためには一定程度の合理性が必要。

判例時報2552

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2023年6月24日 (土)

金商法167条1項6号の「その者の職務に関し知ったとき」

最高裁R4.2.25

<事案>
インサイダー取引に係る情報伝達の事案。

<争点>
被告人が本件公開買付けの実施に関する事実を知ったことが、「その者の職務に関し知ったとき」という要件に該当するか

<一審・原審>
第一審⇒肯定し、懲役2年及び罰金200万円、懲役刑につき3年間執行猶予
原審⇒それを是認

<判断>
F部に所属するA社の従業員であった被告人は、その立場の者がアクセスできる本件一覧表に社名が特定されないように記入された情報と、F部の「担当業務に関するBの不注意による発言を組み合わせることにより、C社の業務執行を決定する機関がその上場子会社の株券の公開買付けを行うことについての決定をしたことまで知った上、C社の有価証券報告書を閲覧して上記子会社はD社であると特定し、本件公開買付けの実施に関する事実を知るに至ったもの。
このような事実関係の下では、自らの調査により上記子会社を特定したとしても、証券市場の公正性、健全性に対する一般投資家の信頼を確保するという金融商品取引法の目的に照らし、被告人において本件公開買付けの実施に関する事実を知ったことが同法167条1項6号にいう「その者の職務に関し知ったとき」に当たるのは明らか。

<解説>
情報伝達・取引推奨規制(金商法167条の2)は、、いわゆる公募増資インサイダー事件等を受け、創設されたもの。

●「公開買付けの実施に関する事実」:
公開買付者が、公開買付けを行うことについての決定をしたこと(金商法167条2項)。
「行うことについての決定」投資者の投資判断に影響を及ぼすべきものであるという観点⇒ある程度具体的な内容を持つものでなければならず、対象会社は具体的に明確になっていることを要する。

●「職務に関し知ったとき」

(1)職務に関しというためにはどのような経緯で情報を得る必要があるのかという問題と
(2)職務に関しどのような情報を得る必要があるのかという問題
が含まれている。

(1)について:
職務行為自体により知った場合のほか、職務と密接に関連する行為により知った場合を含み、誰から聞いたかなど知った方法は問わないという見解等

金商法166条1項5号、167条1項6号は、法人の他の役員等が契約の締結等に関し重要事実等を知った場合に、当該法人の内部において職務に関し重要事実等を知った役員等に対して適用される規定。
~当該法人の業務を分担しているという立場にあることから、当該法人と一体のものとして捉え、第一次情報受領者としてではなく、準内部者として取り扱うこととしたなどと解説。
この場合の「職務に関し知ったとき」の意義については、より限定的に解し、
金商法が情報の第二次受領者をインサイダー取引の規制対象としておらず、同一法人内で職務上重要事項等が伝達されていくとたやすく規制対象外になってしまうため、法人内部で職務上重要事実等の伝達を受けた者について設けられたものであり、法人内で他の役員等が知った重要事実等が、同一法人内で何らかの形で伝わってそれを知るに至ったという事情が必要との見解。
⇒伝達する側に伝達意思が認められる必要。

(2)について、投資者の投資判断に影響を及ぼすべき当該事実の内容の一部を知った者を含むとする見解。

判例時報2551

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大手スーパー業者による優越的地位濫用の事例

東京高裁R3.3.3

<事案>
Y(公取)は、Xが・・・88社のうち53社に従業員等の派遣をさせ、54社にオープンセール協賛金を、86社に創業祭協賛金をそれぞれ提出させ、18社の従業員等にイージーオーダーまたは既製品の紳士用スーツ等を購入させていたのは、自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に当該取引に係る商品以外の商品を購入させ、自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させていたものであり、これらは独禁法2条9項5号イ及びロに該当し、独禁法19条の規定に違反するものであり、かつ、特に排除措置を命ずる必要があるとして、独禁法20条2項、7条2項1号に基づき、排除措置命令をするとともに、・・・・課徴金12億8713万円の課徴金納付命令
⇒Xは、本件排除措置命令及び本件課徴金納付命令の取消しを求める審判請求
⇒YはXの各審査請求をいずれも棄却する旨の審決
東京高裁に本件審決の取消しを求める本訴を提起

<判断>
●独禁法2条9項5号にいう「自己の取引上の地位が相手方に優越していること」(優越的地位)
相手方にとって行為者との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来たすため、行為者が相手方にとって著しく不利益な要請を行っても、相手方がこれを受け入れざるを得ない場合も考えられるから、行為者が、市場支配的な地位またはそれに準ずる絶対的に優越した地位ばかりではなく、当該取引の相手方との関係で相対的に優越した地位である場合も含まれるものと解するのが相当。

そうした優越的地位の有無を判断するにあたっては、
行為者の市場における地位や、
当該取引の相手方の行為者に対する取引依存度
③当該取引の相手方にとっての取引先変更の可能性
④その他行為者と取引することの必要性、重要性を示す具体的な事実などを
総合的に考慮することが相当。
・・・88社において、一般的にはXと取引することが重要かつ必要であったことがことが窺われる。
88社とXとの関係を具体的に検討し、88社にとって、Xとの取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来たすため、Xが著しく不利益な要請等を行っても、これを受け入れざるを得ない場合に該当⇒Xの取引上の地位が88社に対して優越していたと認めるのが相当。

●本件各行為について、独禁法2条9項5号の趣旨を踏まえ、
①従業員等派遣の要請に関して、従業員等を派遣する条件等が不明確で、相手方にあらかじめ計算できない不利益を与える場合はもとより、従業員等を派遣する条件等があらかじめ明確であっても、その派遣等を通じて相手方が得る直接の利益等を勘案して合理的と認められる範囲を超えた負担となり、相手方に不利益を与えることとなる場合、
②協賛金等の要請に関して、協賛金等の負担額、算出根拠、使途等が分明確で、相手方にあらかじめ計算できない不利益を与える場合はもとより、協賛金等の負担の条件があらかじめ明確であっても、相手方が得る直接の利益等を勘案して合理的と認められる範囲を超えた負担となり、相手方に不利益を与えることとなる場合、・・・・
③商品等の購入要請に関して、相手方が、その事業の遂行上必要としない商品等であり、または、その購入を希望しなくても、今後の取引に与える影響を懸念して、当該養成を受け入れざるを得ない場合などが、
自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して正常な商慣習に照らして不当な行為に当たる。
・・・本件各行為が法2条9項5号の所定の不利益行為に該当する。

● 違反行為期間について、
最高裁H17.9.13を参照し、
本件では、Xは、・・・継続的にXの役員等の指示に基づき組織的、計画的に、一連の行為として取引相手である88社に対して行ってきた
全体として優越的地位の濫用行為がされたものと認められるから、1個の違反行為として違反行為期間を検討し、88社の納入業者のうちいずれかに対して最初に当該行為をした日を違反行為期間の始期である「当該行為をした日」と認め、88社の全ての入業者に対して当該行為が行われなくなった日を違反行為期間の終期である「当該行為がなくなる日」とそれぞれ認めることとなると判示。
本件では、違反行為違反行為に該当する行為を止める決定をした後に協賛金の振込みがされていることもあって、その終期をXにおいて被疑行為に係る行為の取り止め等を社内に周知し、納入業者に対しても通知した日の前日である平成24年3月13日とした。

⇒Xの請求を棄却。

<解説>
●平成21年改正法により、独禁法に優越的地位の濫用行為を規制しする2条9項5号が規定され、濫用行為を行った業者に課徴金を課す20条の6が設けられて、本判決までに、4つの審決。
本判決が実体的判断に及んだ最初の優越的地位の濫用に関する審決取消訴訟についての判決。

●優越的地位について:
公取が「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」「・・・ガイドライン」
考慮要素として、
①行為者の市場における地位
②取引相手方の行為者に対する取引依存度
③取引相手方にとっての取引変更の可能性
④その他行為者と取引することの必要性・重要性
を示す事実を挙げる。
but
本件審決及びその後のエディオン事件及びダイレックス事件の審決:
不利益行為を受け入れるに至った経緯等を考慮。

本判決:
4つの考慮要素を指摘するほか、不利益行為を受け入れるに至った経緯や態様等も踏まえて、優越的地位該当性を判断。
本判決:88社を4つのグループに分けて優越的地位の該当性を判断。
Xとの取引を主に担当する特定の営業拠点が納入業者にとって重要であることに着目する判断。
Xの買い手としての力:
市場は購入市場(買付市場)であって、小売市場ではないとの批判。
but
本判決:売付市場(小売市場)におけるXの地位からXと取引することの重要性及び必要性が高まる⇒優越的地位の判断に当たり、必ずしも買付市場のみを考慮しなければならないものとはいえないとして排斥。

不利益行為該当性の判断:
公正競争阻害性をもたらす
ア:従業員等派遣の条件等が不明確で納入業者にあらかじめ計算できないような不利益を与える場合
イ:納入業者が得る直接の利益の合理的な範囲を超える不利益を負わせる場合
という要件を満たせば不利益行為に当たるという分かりやすいシンプルな判断基準を提示。

判例時報2551

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2023年6月21日 (水)

保佐開始の審判事件を本案とする保全処分の事件記録の範囲

最高裁R4.6.20

<事案>
保佐開始の審判事件を本案とする財産の管理者の選任等の保全処分を申し立てたXが、前記保全処分の事件において選任された財産の管理者から家庭裁判所に提出された書面の当社の許可を申立てた事案。

<経緯>
謄写の許可の申立てを却下⇒原々審と原審は、Xは当事者に該当せず、第三者からされた記録の謄写の許可の申立てを却下した裁判に対しては即時抗告をすることができない⇒前記即時抗告は不適法でその不備を補正することができないことが明らかである⇒却下。
⇒ 抗告許可の申立て

X:保佐開始の審判事件を本案とする保全処分緒事件において選任された財産の管理者が家庭裁判所に提出した書面は、前記保全処分の事件の記録に当たる⇒前記保全処分の申立人は、当事者としてその謄写等の許可を申立てることあgでき、これを却下した裁判に対しては適法に即時抗告をすることができる。

<判断>
保佐開始の審判事件を本案とする保全処分の事件において選任された財産の管理者が家庭裁判所に提出したその管理すべき財産の目録及び財産の状況についての報告書は、前記保全処分の事件の記録には当たらない。
本件申立ての対象となる書面は、Xを当事者としない別個の手続の資料として提出されたもの⇒これを却下した裁判に対する即時抗告は不適法

<解説>
記録一定の事件に関し裁判所及び当事者にとって共通の資料として利用される裁判所に保管される書面の総体

● 審判前の保全処分も家事審判事件の一種であるところ、家事手続法は、家事審判事件の記録の閲覧等について、当事者からの申立てと利害関係を疎明した第三者からの申立てとで異なった規律。

当事者主体的な手続追行の機会を保障するため、裁判所は原則として閲覧等を許可するが、一定の場合には例外的に許可しないことができる(家事手続法47条3項、4項)。
利害関係を疎明した第三者裁判所が相当と認めるときは許可することができる(同条5項)。
当事者からの申立てを却下した裁判⇒即時抗告できる。
第三者からの申立てを却下した裁判⇒即時抗告できない

家事審判事件の記録の閲覧等の場面における当事者:
申立てによる事件については、申立人、相手方及び参加人(当事者参加人、利害関係参加人)が該当し、職権による事件については利害関係参加人がこれに該当。

● 一連の手続のどこまでを1つの事件ないし手続を構成するものとして捉えるかについては、方の定め方や手続の目的の同一性が判断基準になる。

保佐開始の審判事件を本案とする保全処分:
①財産の管理者の選任等
②保佐命令
があるが、
これらは、保佐開始の申立てについての審判が効力を生ずるまでの間、暫定的に法律関係を形成し、もって被保佐人となるべき物の保護を図ることを目的とするもの。
前記保全処分を命ずる審判があったときは、財産の管理者による財産の管理及び代理権や取消権の行使等を通じて、被保佐人となるべき者の保護が図られる⇒前記保全処分の事件は目的を達して(当該審級においては)終局することになる。

その後、財産の管理者は・・・・財産管理事務の適正を期する目的で職権により行われる別個の手続の資料として提出されるもの。

判例時報2551

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地方公共団体職員の停職6月の懲戒処分を違法とした原審の判断が違法とされた事案

最高裁R4.6.14

<事案>
普通地方公共団体であるY(富山県氷見市)の消防職員であったXは、任命権者であった氷見市消防長から、上司及び部下に対する暴行等を理由とする停職2月の懲戒処分(「第1処分」)、さらに、その停職期間中に正当な理由なく前記暴行の被害者である部下に対して面会を求めたこと等を理由とする定食6月ほ懲戒処分(「第2処分」)
Xが、Yを相手に、第1処分及び第2処分の各取消しを求めるとともに、国賠法1条1項に基づく損害賠償を求めた

<一審>
Xの請求をいずれも棄却。

<原審>
第2処分の取り消し請求を認容し、損害賠償請求の一部を認容。

第1処分の停職期間を大きく上回り、かつ、最長の期間である6月の停職とした第2処分は、重きに失するもので社会通念上著しく妥当性を欠いており、消防長に与えられた裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用した違法なもの。

Y:第2処分についての原審の判断を不服として上告受理申立て
X:第1処分についての原審の判断を不服として附帯上告受理申立て

<判断>
・・・原判決中Y敗訴部分を破棄し、第2処分に関するその他の違法事由の有無等について更に審理を尽くさせるため、前記部分につき本件を原審に差し戻した。
・・・
各働きかけは、いずれも、懲戒の制度の適正な運用を妨げ、審査請求手続の公正を害する行為というほかなく、「全体の奉仕者たるにふさわしくない非行」(地公法29条1項3号)に明らかに該当することはもとより、その非難の程度が相当に高いと評価することが不合理であるとはいえない。
②前記各働きかけは、上司及び部下に対する暴行等を背景としたものとして、第1処分の対象となった非違行為と同質性があるということができる。
③前記各働きかけが第1処分の停職期間中にされたものであり、Xが前記非違行為について何ら反省していないことをうかがわせる

Xが業務に復帰した後に、前記非違行為と同種の行為が反復される危険性があると評価することも不合理であるとはいえない。

停職6月という第2処分の量定をした消防長の判断は、懲戒の種類についてはもとより、停職期間の長さについても社会観念上著しく妥当を欠くものであるとはいえず、懲戒権者に与えられた裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものということはできない。

<解説>
●判例:
公務員に対する懲戒処分について、懲戒権者は、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をするか否か、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択するかを決定する裁量権を有しておりその判断は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に、違法となる
懲戒権者の裁量判断の適否に関する司法審査の方法について、裁判所が「懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではない

いわゆる判断代置型の判断の仕方は誤り。

判例
●懲戒処分を受けた職員が、調査に協力したと思われる同僚に対して事後に報復を示唆することや、被害者である部下と直接面会することを求め、その上、面会を断られて報復を示唆するメールを送信することについて、懲戒処分の量定上厳格に対処されないとすれば、懲戒の制度の適正な運用や審査請求手続の高壊死の前提となる事実関係の正確な把握の妨げとなることが明らかであるし、被害者や証人の保護にももとる。

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2023年6月16日 (金)

名張毒ぶどう酒殺人事件第10次再審請求異議審決定

名古屋高裁R4.3.3

<事案>
刑訴法435条6号の証拠の明白性が認められないとして再審請求を棄却した原決定が異議審においても維持され、異議が棄却された事例。

<争点>
①毒物の特定に関するもの
②封緘紙の糊に関するもの
③自白の信用性に関するもの
④犯行の場所と機会に関するもの

<判断>
●封緘紙の糊
主張:
本件確定判決の認定:毒物は、公民館の囲炉裏の間で初めて開栓された瓶詰めぶどう酒に取入され、その際に封緘紙が切れてその場に落ち、それが証拠物として収集された⇒同封緘紙には製造段階で付けられた糊だけが付着しているはず。
but
鑑定の結果、別の成分を持つ糊が検出⇒囲炉裏の間で初めて前記瓶詰めぶどう酒が開栓されて毒物が投入されたとする本件確定判決の事実認定に合理的疑いが生じた。

判断:
新証拠である鑑定につき、同封緘紙にPVAが付着している証拠としたスペクトル図の特定箇所のピークについて、それが成分判定の根拠となる「ピーク」といえるか疑問⇒「専門的知見に基づく科学的根拠を有する合理的なものということができない」

●毒物の特定
主張:
確定判決の認定では毒物は農薬ニッカリンであるとされ、ニッカリンTからはある特定物質が検出されるはず。
ぶどう酒に市販のニッカリンTを入れた検体からはTriEPPが検出されたとの新証拠提出。
⇒毒物がニッカリンTであるとする本件確定判決の事実認定に合理的疑いが生じた。

第7次最新請求審:
(1)本件飲み残しぶどう酒からTriEPPが検出されなかったから毒物がニッカリンTでない疑いが生じたことを1つの根拠として再審開始決定。
but
(2)異議審は、当時の三重県衛生研究所の試験によってはTriEPPが検出できなかったことも考えられる。他の新旧証拠を総合して、決定を取り消して再審請求を棄却。
(3)特別抗告審:
他の成分が検出されている⇒TriEPPのみが検出されなかったことの説明が不十分
⇒事件検体と禁じの条件でペーパークロマトグラフ試験を実施する等の鑑定を行うなど、更に審理を尽くす必要がある⇒決定を取り消して名古屋高裁に差し戻し。
(4)差戻後異議審
(5)差戻後特別抗告審
「近似の条件での鑑定」は行わなかったが

ア:当時の三重県衛生研究所のペーパークロマトグラフ試験で行われたエーテル抽出ではTriEPPは抽出されない。同試験では「塩析」と言う操作も行われなかった⇒本件の飲み残しぶどう酒からTriEPPが検出されなくてもおかしくない。
イ:・・・・両者を区別する理由とはならない。

主張:
実験条件を調整することによってTriEPPは必ず検出でき、TriEPPが検出されないということはあり得ないとの新証拠⇒「PETP由来説」の誤りが実証できた。

判断:
「PETP由来説」は科学的根拠を有する説明であり、この説を否定するためには当時と完全に同一の条件での実験で実証するか、それが不可能であれば結果に影響を及ぼし得る条件を一致させた上での実験で実証する必要があるところ、新証拠はそのような条件を満たしていない⇒明白性を否定。

判例時報2550

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独禁法違反を理由とする株主代表訴訟

東京地裁R4.3.28

<事案>
同業他社8社との間で共同してアスファルト合材の販売価格の引き上げを行っていく旨を合意することにより、合材の販売分野における競争を実質的に制限⇒独禁法2条6項所定の不当な取引制限に該当するなどとして、公正取引委員会から排除措置命令及び課徴金納付命令⇒当時の取締役(Y2~Y4)及び代表取締役(Y1)に善管注意義務があった⇒会社法423条1項に基づく損害賠償として、A社が本件課徴金納付命令に基づき納付した課徴金の額の全部又は一部及びこれに対する遅延損害金を、Yら各人の責任金額の限度で連帯してA社に支払うよう求めた株主代表訴訟の事案。

<争点>
①Y1~Y4が本件合意について取締役の善管注意義務(Y2~Y4につき法令遵守義務、Y1につき同義務又は内部統制システム構築義務)に違反したか
②損害の有無及び金額

<判断>
●争点①
次のア・イの下では、Y1~Y4は、事業者であるA社を名宛人としてA社が遵守すべき独禁法3条(独禁法2条6項所定の不当な取引制限の禁止)に違反させる行為⇒本件合意について取締役としての法令遵守義務に違反。
ア:少なくとも本件違反行為開始以来、本件合意の存在及び内容を認識していた
イ:
①Y4:A社の合材事業を担当する製品事業部に在籍し、その後同事業部長となったY4は、本件合意に従って、A社において合材の販売価格の引き上げを行うか否か、行う場合にはその引上げ時期や引上げ幅についての方針を決定し、同方針に従って作成された社内通達の発出について事業推進本部長及び同副本部長の決裁を経た上で、社内通達等を通じてこれを指示
②A社の製品事業部の上位部署である事業推進本部の本部長Y2、副本部長Y3及び代表取締役Y1は、製品事業部が本件合意に従って同方針を決定し、同方針をA社の指示内容とすることを妨げず、
③Y2及びY3は、同方針を記載した通達の発出を承認。

●争点②
Y1~Y4の法令遵守義務違反とA社の本件自認課徴金額の納付との間に相当因果関係があり、各取締役在任時期と本件課徴金納付命令に係る課徴金額の算定の基礎となる期間の重なりを考慮すると、Y1~Y4は各請求額の損害を賠償する義務を負う。

<規定>
会社法 第三五五条(忠実義務)
取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない。

<解説>
●争点①
会社法355条:取締役が法令を遵守してその職務を行う義務(法令遵守義務)を負う。
「法令」には、取締役を名宛人としてその職務遂行に際して遵守すべき義務を個別に定める規定だけでなく、会社を名宛人とし、会社がその業務を行うに際して遵守すべき全ての規定も含まれ、取締役が会社をして前記規定に違反させることとなる行為をしたときは、前記「法令」に違反する行為をしたと解される(最高裁)。

Y1~Y4がA社をして、事業者(会社)を名宛人として不当な取引制限を禁止する独禁法3条に違反させる行為をした⇒法令遵守義務違反

本判決:
A社の社内体制等及び合材の販売価格の決定過程等を認定した上で、A社における合材事業の経営上の位置付け、Y1~Y4の職務内容、前記決定過程への関与の仕方等を踏まえて、Y1~Y4の本件合意の存在及び内容に係る認識を認定。
その上で、Y1~Y4の行為が、A社をして独禁法3条に違反させる行為といえる⇒Y1~Y4の法令遵守義務違反を認めた。

●争点②
会社に対する課徴金又は罰金を取締役の善管注意義務違反による損害とすることの可否
肯定する裁判例がある。

東京高裁H29.6.15は
会社の粉飾を手助けしたコンサルティング会社経営者の不法行為責任が問われた事案で課徴金相当額を損害と認めなかったが、
「違法行為について、当該法人が、実際の実行行為者である役員や従業員に対して、所属する当該法人に財産的存損害を与えたものとして、当該法人との委任契約や雇用契約等の義務違反として当該法人の内部において損害賠償責任を追及することはやむを得ない」とした。

被告取締役らの認識時期や社内での地位を考慮し、損害額の一定程度についてのみ任務懈怠との相当因果関係を認めた裁判例(大阪高裁)も存在。

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2023年6月15日 (木)

消防団の民訴上の当事者能力(否定)

東京地裁R4.4.15

<事案>
Yの消防団員であるXは、Yの分団内での他の消防団員からハラスメント行為を受けた⇒Yを相手方とし、Yの安全配慮義務違反を理由として相当額の金銭の支払を求める申立て⇒Yは出頭せず⇒調停不成立⇒XがYに対し、Yが正当な事由なく前記調停期日に出頭しなかったことが違法であると主張して、不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき、慰謝料及びXの交通費等の損害金の支払等を求めた。

<争点>
Yが権利能力なき社団に該当して、当事者能力を有するか?

<規定>
民訴法 第二九条(法人でない社団等の当事者能力)
法人でない社団又は財団で代表者又は管理人の定めがあるものは、その名において訴え、又は訴えられることができる。

<判断>
消防組織法及び関係する東京都条例の定めを踏まえ
①消防団であるYについて、消防という公益目的の組織として、消防組織法及び東京都条例に基づき設けられたものであり、消防団員の身分事項も法令で定められ、指揮監督に関する定めも置かれている等
②Yの沿革等は明らかではないが、少なくともYにおいて東京都の管理外の収入や財産を有しているとは認められない

Yは、地方公共団体である東京都の行政組織の一部にすぎず、東京都を離れて独自の法主体性を認める理由ないし必要性も認め難い⇒権利能力なき社団として団体としての組織を備えているとは認められず、当事者能力を有しない⇒訴えを却下

<解説>
●権利能力なき社団に該当するかについて
団体としての組織を備えること
多数決の原則が行われること
構成員の変更にもかかわらず団体そのものが存続すること
その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理その他団体としての主要な点が確定していること
の判断基準(判例)。
尚、④の財産の管理に関して、必ずしも固定資産ないし基本的財産を有することは不可欠の要件ではなく、団体として、内部的に運営され、対外的に活動するのに必要な収入を得る仕組みが確保されかつ、その収入を管理する体制が備わっている等の諸事情も合わせた総合的判断によって、権利能力なき社団に該当し得る旨を判示(最高裁)

●上記①に関して、他の団体からの独立性の有無とうい観点から問題となった事例:
肯定例:
ゴルフクラブ
都の特別区単位の行政書士会支部
寺の護持会
市の消防団の分団(仙台高裁)
否定例:
政党の都道府県単位の組織
外国の公共放送局の東アジア支局

●消防団:
消防組織法18条1項及び2項並びにこれを受けた市町村条例等に基づき設置される機関
仙台高裁判決
市の消防団の分団が原告(控訴人)となり、かつて分団の番屋の敷地として利用され、複数の団員の共有名義として登記された土地について、分団の構成員に総有的に帰属すると主張して、一部の持分の登記名義人の相続人に対して分団代表者個人名義への持分移転登記手続を求めた事案において、当該分団について権利能力なき社団に該当すると判断。

当該分団が江戸時代から民間の消防団として存続しその後市民の一組織に取り込まれた経緯が詳細に認定されていることを踏まえ、当該分団固有の特殊な歴史的経緯に加え、現に私人名義となっている不動産の権利関係を明確化する必要性をも考慮した判断。
このような事情のない場合にまで地方公共団体の一組織を権利能力亡き社団とみるのは相当でないとの指摘。

本判決:Yについての東京都の一組織にすぎないと判断。

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テニス大会での事故と教員らの注意義務違反(肯定)

東京地裁R4.3.2

<事案>
Y(東京都)の設置運営する中等教育学校の第4学年に在籍するXが、課外のクラブ活動でのテニス大会で試合中(大会はB校で行われた)にコンクリート壁に衝突して傷害を負った⇒
①Yの履行補助者である本件テニス大会の実行委員会の教員、B校の教員及びB校が運営する加害のクラブ活動であるテニス部の顧問、並びにA校のテニス部の顧問及び副顧問が、本件テニスコートを事故防止のための措置が講じられていない状態で使用させ、またXに対し必要な注意喚起を怠ったという在学契約類似の法律関係上の安全配慮義務違反があったため前記事故が発生⇒民法415条に基づき、損害賠償を請求
②Y及びYの教育委員会等に所属する前記事故に係る損害賠償請求事件を担当し関わった者らが書面による回答及び本件訴訟において意図的に虚偽の主張をしたことにより精神的苦痛を被った

Yに対し、使用者責任又は国賠法1条1項に基づき、損害賠償を請求

<判断>
教育活動の一環として行われる学校の課外のクラブ活動において、担当教諭は、できる限り生徒の安全にかかわる事故の危険性を具体的に予見し、その予見に基づいて当該事故の発生を未然に防止する措置を執り、クラブ活動中の生徒を保護すべき注意義務を負う⇒
生徒がクラブ活動の一環として公式試合に出場する場合には、公式試合の主宰者は、クラブ活動の担当教員と連携して、できる限り生徒の安全に関わる事故の発生の危険性を具体的に予見し、その予見に基づいて当該事故の発生を未然に防止する措置を執り、試合に出場する生徒を保護すべき注意義務を負う。

本件テニス大会を主催する本件実行委員会の教員:
本件テニス大会の会場であるB校のテニス部の担当教員(顧問、副顧問等)
A校のテニス部の担当教委員(顧問・副顧問等)

公式試合に使用するテニスコートにつき定められれ太規格の範囲で選手がボールを追いかけて動き回ることが想定されていることや、本件テニスコート周辺の地面の素材などの状況、本件壁等の位置など
⇒試合中に選手が本件壁に衝突することにつき、クラブ活動のテニス部の担当教員や公式のテニス大会の主催者であれば、具体的に予見可能であって、また、試合に出場した生徒が、緩衝性のない硬いコンクリートでできた本件壁に衝突すれば、生徒が重大な傷害の結果を負う危険性が高いことを容易に予見できた。

本件実行委員会の教員は、本家テニスコートの使用を回避するか、又は少なくとも本件壁に緩衝性のある防護マットを設置する措置を執るべき注意義務を負う。
会場であるB校のテニス部顧問は、本件実行委員会の教員に対し、本件テニスコートをの使用を回避するか、又は少なくとも本件壁に緩衝性のある防護マットを設置する措置を執るよう働きかけるべき注意義務を負う。
A校の顧問及び副顧問は、本件テニスコートの安全性を点検し、その危険性について認識した上で、本件実行委員会の教員に対し・・・・働きかけるべき注意ぎうを負う。

<解説>
教育活動の一環として行われる学校の課外のクラブ活動において、担当教諭は、できる限り生徒の安全にかかわる事故の危険性を具体的に予見し、その予見に基づいて当該事故の発生を未然に防止する措置を執り、クラブ活動中の生徒を保護すべき注意義務を負う(最高裁)。
クラブ活動中の施設の利用方法に関連する事例

裁判例:
県立高校の野球部員のフリーバッティングの打球が、同一グランドでコートのライン引きをしていたハンドボール部員の頭部に当たって負傷
野球部の練習がなされた場合に打球が再三にわたり練習中の他のクラブの生徒の身体に当たっていたなどの事情⇒事故発生の危険性を具体的にかつ容易に予見できた⇒校長の過失を認めた

市立中学校の野球部員が並列してトスバッティングをしていた際に、打球が斜め前方の投手に当たって負傷:
打球が隣の投手の身体に強く当たる可能性は極めて小さく、練習体形自体は危険性を有するものではない⇒指導教諭の過失を否定

判例時報2550

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2023年6月14日 (水)

警察官に対する退職勧奨と降格勧奨等が違法⇒国賠請求(肯定事例)

広島高裁R4.4.21

<事案>
Xが、警察本部の監察官等から退職強要、降格強要及び私生活への違法な介入を受けた⇒Y(山口県)に対し、国賠法1条1項に基づき、慰謝料等を請求。

<争点>
①違法な公権力の行使の有無(不法行為該当性)
②損害の額

<判断>
●争点①を肯定し、争点②について80万円の損害を認めた原判決を変更し、150万円の損害を認めた。


退職勧奨及び降格勧奨は、対象とされた者の自発的な退職又は降格申請を求める説得活動⇒
対象とされた者の自発的な退職あるいは降格意思の決定を促すために相当と認められる限度を超えて、対象とされた者に対して不当な心理的圧迫を加えたり、その名誉感情を害するような言動を用いたりすることによって、その自由な意思決定を困難にすることは許されず、相当と認められる限度を超えた退職勧奨や降格勧奨及びそれらの手段としてもちいられた私生活への介入は、違法な権利利益の侵害として不法行為を構成。

原審:
Xが退職強要、降格強要及び私生活への違法な介入と主張した事実について、個別にXの権利又は法律上保護される利益を違法に侵害するものかどうかを検討して、一部の事実について、違法な公権力の行使と判断。

本判決:
Yの関係者らは、Xの女性問題及び借金問題は、指導監督の対象となり、懲戒処分の対象ともなり得るものであるが、これらを理由としてXを懲戒免職とすることはできないと認識していたものの、Xを警察組織に残留させた場合、Xが同様の問題を起こすおそれが高いと考え、Xが誠実に職務に従事するとおよそ期待し得ない状況であると判断

Xが自主退職するのが望ましいと考えていたが、Xが自主退職しないことも想定していた

Xがに対する一連の退職勧奨及びそれに向けての降格勧奨等の行為は、あくまでも自主退職を拒み、警察組織への残留を望んだXを自主退職に追い込もうと企図し、ときには、それがXのためであるかのように装い、ときには、強い口調でXを心理的に追い込もうとして、執ようにいわば組織的に行った違法なものであり、その行為の悪質性は高い。

原審が違法な公権力の行使と認めなかった事実についても、Xを自主退職に追い込むための一連の行為に含まれるものとして、違法なものと判断。


原審:違法な退職勧奨及び降格勧奨によって、継続的かつ執ように不当な心理的圧迫を受け、多大な絶望感や屈辱感等の精神的苦痛を被った⇒慰謝料80万円

判断:悪質性の高い一連の違法行為によって、前記と同様の精神的苦痛を被った⇒慰謝料150万円

判例時報2550

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財産分与の申立で相手方が権利者となる場合

広島高裁R4.1.28

<事案>
離婚したX(元妻)(第1事件)とY(元夫)(第2事件)がそれぞれ財産分与の審判を申立てた。

<原審>
①当事者間に既に財産分与に関する合意が成立
②審理終結の時点でXに財産分与を求める意思がない
⇒各申立てをいずれも却下。
⇒Yが即時抗告

<差戻前抗告審>
第1事件に係る部分を却下

第1事件はXのYに対する財産分与請求権の具体的財産内容を形成する手続であり、Xの申立てを却下する旨の原審判部分は第1事件においてYが受ける最も有利な内容⇒Yに同部分に対する不服申立ての利益があるとは認められず、不適法。
第2事件に係る部分:
民法768条2項ただし書所定の期間の経過を理由に申立てを却下すべき⇒抗告を棄却。

Yが抗告許可の申立て⇒広島高裁は許可。

<最高裁>
差戻前抗告審決定中第1事件に係る部分を破棄⇒更に審理を尽くさせるため、同部分を広島高裁に差し戻す。
第2事件に係る部分は、判断は正当⇒抗告棄却。

家事事件手続法156条5号は、財産分与の審判及びその申立てを却下する審判に対しては、夫又は妻であった者が即時抗告をすることができる。
これは、財産分与の審判及びその申立てを却下する審判に対しては、当該審判の内容等の具体的な事情のいかんにかかわらず、夫又は妻であった者はいずれも当然に抗告の利益を有するものとして、これらの者に即時抗告権を付与したもの。

差戻後抗告審:財産分与の審判の申立てに対し、裁判所の財産分与の申立人から申立てをしていない相手方への財産分与を命ずる審判をすることができるか?

<判断>
財産分与に関する処分の審判事件においては、分与を求める額及び方法を特定して申立てをすることを要するものではなく、単に抽象的に財産の分与の申立てをすれば足り
②裁判所は申立人の主張に拘束されることなく自らその正当と認めるところに従って分与の有無、その額及び方法を定めるべきもの
③当該審判事件の審理の対象が、基本的に離婚の際の夫婦共有財産の清算であって、当事者の一方から他方に対する分与の是非並びに分与の額及び方法は、裁判所が当該清算の結果等一切の事情を考慮してこれを定めることとされている

裁判所において、財産分与に関する処分の審判の申立人が給付を受けるべき権利者となるように財産分与の内容を定めるか、そうでなければ当該審判の申立てを却下しなければならないものと解すべき理由はなく、相手方が給付を受けるべき権利者となるような財産分与を定めることも可能。
財産分与の処分に関する審判の手続において・・・審理の結果、申立人が給付を受けるべき権利者であるとは認められず、かえってその相手方が給付を受けるべき権利者であると認められる場合において、少なくとも相手方が、当該審判の手続において、自らが給付を受けるべき権利者であり、申立人に対して給付を求める旨を主張しているときは、審判の申立てを却下するのではなく、申立人に対して相手方への給付を命じることができる。

Yの主張をふまえ、Xに対しYへの給付を命じるべきか否かという点について更に審理を尽くさせるため、原審判中第1事件に係る申立てを却下した部分を取り消し、同部分を広島家裁に差し戻した。

<解説>
財産分与の審判の申立てに対し、裁判所が財産分与の申立人から申立てをしていない相手方への財産分与を命じる審判をすることができるか?
最高裁の補足意見で肯定説が展開。
学説:
肯定説
否定説
裁判例で、申立人の持ち出した額が分与相当額を上回る⇒単に申立人の申立てを退けるに止まらず、申立てをしていない相手方への分与を認めた。

実務的には否定的に解するものが多い
vs.
①そもそも財産分与は離婚訴訟に附帯する場合でもその性質は非訟事件であり当事者の申立てには拘束力がない(通説・判例)
②通常の民事事件においても例えば債務者ないし損害賠償額の確定訴訟や債務不存在確認の訴えが認められ債務者側からの紛争解決の道が開かれている
③そもそも非訟事件については実体法上の権利者と手続上の申立人が同一人とは限らず、財産分与の実体法上の権利者と手続法の申立人が一致しない場合が起こり得る。

判例時報2550

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2023年6月13日 (火)

自動車保険での「常時使用する自動車」に当たるとされた事例

東京高裁R4.10.13

<事案>
Xは、保険会社であるYとの間に、Xの子が所有し同人及びXが運行のように供する自動車(「本件契約車両」)につき、総合自動車保険契約を締結。
Xは事故⇒知り合いの損害Aに本件契約車両の修理を依頼し・・・訴外Aから別の中古車を購入するまでを借用期間として、本件契約車両とは異なる自動車(「本件車両」)を無償で借りた。
Xは、本件車両を運転中事故⇒Yに対し、本件契約の他車運転危険補償特約に基づき、保険事故に係る損害の補填を求めて保険金を請求。
Y :本件車両は同特約が定める除外事由(Xが「常時使用する自動車」)に当たるとして支払拒絶。

<争点>
自動車保険の他車運転危険補償特約:被保険者やその家族が被保険自動車(保険契約車両)以外の自動車(「他車」)を臨時に他人から借りて運転中に起こした事故について、当該他車を被保険自動車とみなして補償の対象とするもので、通常、自動車保険に自動的に付帯。
but
補償の対象となる他車から、①記名被保険者、その配偶者又はこれらの同居の親族若しくは別居の未婚の子が所有する自動車又は②常時使用する自動車が除外。
本件では、②に当たるかが争点。

<原審>
②に該当⇒請求棄却。
・・同特約は、本来は車両ごとに付保されるべき自動車保険について、その例外として被保険者や交通事故被害者の保護等の観点から一定の合理的範囲に保障の対象を拡張するもの。

「常時使用する自動車」が同特約の対象外とされたのは、車両ごとに付保するとの原則に立ち返り、別途当該車両について保険契約を締結して危険を担保すべきであるとの理由に基づく。

同特約における「常時使用する自動車」に当たるか否かについては、当該車両の使用期間、使用回数、使用目的、使用場所、使用についての裁量の程度等を総合的に考慮し、当該自動車の使用が被保険自動車の使用について予想される危険の範囲を逸脱したものと評価されるか否かにより判断すべき。
・・・・本件車両は、返却時期に確定的な期限は設けておらず、その間Xが特段の制約もなく自由に利用することができ、現に継続的かつ日常的に使用していたもの
⇒被保険自動車である本件契約車両との関係において一時的・臨時的に使用していたものとはいえず、本件車両の使用は、被保険自動車である本件契約車両の使用について予想される危険の範囲を逸脱したものと評価される。

<判断>
「常時使用する自動車」が他車運転危険補償特約による補償の対象外とされた趣旨について、
被保険者がたまたま被保険自動車に代えて他の自動車を運転した場合に、その使用が被保険自動車の使用と同一視できるようなもので、事故発生の危険性が被保険自動車について想定された危険の範囲内にとどまるような場合について一定の合理的範囲に補償の対象を拡張する趣旨と解されるところ、被保険者が常時使用する自動車は上記の範囲を超えるため同契約の対象外とされている。
で、概ね原審の判断を是認⇒控訴棄却。

<解説>
● 「常時使用する自動車」は必ずしも明確でない⇒その該当性をめぐって多くの裁判例。
● 主流:
他車運転危険補償特約の趣旨を、被保険者がたまたま(臨時的・一時的に)被保険自動車に代えて他車を運転した場合、その使用が被保険自動車の使用と同一視できるようなもので、事故発生の危険性が被保険自動車について想定された危険の範囲内にとどまる限度において、他車による危険も担保しようとするもの。
他車をある程度の期間、あるいは頻度で、通勤、買物、遊び等に利用し、使用目的に特段の限定がなく、返還期限も明確でもなかった場合には、「常時使用」に当たると判断したものが多い。

「常時使用」に当たらないとされた裁判例は、他車の使用目的・使用期間が特定されていたもの、自車が何らかの事情で利用できなかったため、たまたま他車を利用したものなど、他車の使用が臨時的・一時的なことが明確なものに限られている。

他車が、被保険自動車が事故により損傷し、又は故障したためこれを修理する期間借り受けるいわゆる代車であることが認められれば、通常「常時使用」に当たらないとされている。

判例時報2550

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適格現物出資と認められた事例

東京高裁R3.4.14

<事案>
Xは、米国所在の法人との間で、医薬品用化合物の共同開発等を行うJVを形成する契約を締結し、同契約に基づき英国領ケイマン諸島において、特例有限責任パートナーシップ法(ELPS法)に準拠して特例有限責任パートナーシップであるAを設立し、その持分(本件持分)を保有。
その後本件JVの枠組みの変更に伴い、平成24年10月31日、本件持分全部をXの英国完全子会社に対し、現物出資(本件現物出資)により移転。
X:本件現物出資が適格現物出資に該当し、その譲渡益の計上が繰り延べられることを前提に確定申告
所轄税務署長:本件現物出資が適格現物出資に該当しない⇒平成25年3月期の法人税等について各更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分等

Xは、本件現物出資は、法人税施行令4条の3第9項に規定する「国内にある事務所に属する資産」を外国法人に移転するものではなく、適格現物出資に該当⇒Y(国)に対して前記各処分の取消しを求めた。

<一審>
●適格現物出資制度の概要
内国法人が法人に対して行う資産の現物出資は、法人税法は資産の譲渡として扱われ、現物出資の時点で当該資産の時価による譲渡があったものとして法人税の課税対象となるのが原則(法22条)。
but
その現物出資が適格現物出資に該当⇒それによる譲渡損益の繰延べが認められる(法62条の4第1項)。

法人税の負担が現物出資による企業再編の阻害要因となることを防止し、企業再編を容易にするため。

法2条12号の14の括弧書き:
「外国法人に国内にある資産又は負債として政令で定める資産又は負債の移転を伴うもの」が適格現物出資から除外

施行令4条の3第9項:
国内にある資産又は負債として、
「国内にある不動産、国内にある不動産の上に存する権利・・・その他国内にある事業所に属する資産又は負債」と規定。

国内にある含み益のある資産を外国法人に移転することでその含み益に対する課税が行われなくなることを規制し、我が国の課税権を確保しようとする趣旨。

●「国内にある事業所に属する資産」の判断基準
法人税基本通達1-4-12:
「国内にある事業所に属する資産」に該当するか否かは、原則として、当該資産が国内にある事業所又は国外にある事業所のいずれかの事業所の帳簿に記載されているかにより判定するが、
実質的に国内にある事業所において経済的な管理が行われていたと認められる資産については、国内にある事業所に属する資産に該当

●本件現物出資の対象資産について
対象資産は本件持分。
Aの事業用財産の共有持分と切り離されたパートナーとしての契約上の地位のみが他に移転することは想定されていない⇒法人における株式の移転とは根本的に異なる点がある。
その内実は、Aの事業用財産の共有持分とLP(リミテッド・パートナー)としての契約上の地位とが不可分に結合されたもの。

●現物出資の対象資産としての本件持分の管理が行われていた事業所について
保険持分は、Aの事業用財産の共有持分とLPとしての契約上の地位とが不可分に結合された資産
⇒個々の事業用財産の持分やパートナーシップ契約上の個々の権利等が全て結合された1個の資産とみてその管理が行われていた事業所を特定するのが相当。
①パートナーがAの事業に参加する目的は、その出資に由来する事業用財産の運用により利益を得ること
②パートナーとしての契約上の地位は、その運用のための手段と位置付けられる

Aのパートナーシップ持分の価値の源泉はAの事業用財産の共有持分になる。
当該共有持分と当該地位との関係は、主物と従たる関係にあるものと捉えることが可能
⇒経常的な管理が行われていた事業所は、Aの事業用財産の主要なものの経常的な管理が行われていた事業所とみるのが相当

本件持分は、その主たる構成要素であるAの事業用財産のうち主要なものの経常的な管理が国内にある事業所ではない事業所において行われていた
「国内にある事業所に属する資産」には該当せず、本件現物出資は、適格現物出資に該当。

<判断>
一審判決を追認し、控訴を棄却。

<解説>
特例有限責任パートナーシップは法人格を有しない(最高裁)

本判決:
Aは民法上の組合に類するものとされている。
法人税法上、組合に関する課税についての規定はなく、組合の持分を現物出資した場合の取扱いについても規定はない。
参考となるのは、民法の組合に関する解釈。

民法上、組合員の持分には、個々の組合財産上の共有持分や組合員としての契約上の地位が含まれているが、組合員の持分を譲渡する場合には、その具体的な組合財産の共有持分と切り離された組合員たる地位のみが他に移転するとは想定されていない(我妻)。

本判決:この組合に関する解釈をもとに本件持分の現物出資が株式の移転とは根本的に異なると指摘。

判例時報2550

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2023年6月 6日 (火)

保護観察中の特定少年の特殊詐欺の受け子としてのキャッシュカード窃取で第1種少年院送致(期間3年)の事案

東京家裁R4.6.15

<事案>
特殊詐欺に受け子として関与⇒保護観察⇒同処分の継続中に、再び特殊詐欺に受け子として関与⇒審判時19歳の特定少年を第1種少年院に送致

<判断>
●犯罪の軽重
①特殊詐欺という事案の悪質さ
②共犯者間においては少年の立場が末端で従属的なものであったことを踏まえても、少年の責任は軽視できない
③同種事案である前件の保護観察中に本件に及んでいる

犯情は重く、少年院送致が許容される。

●要保護性
①・・・・保護観察処分を経ても少年の問題性はほとんど改善されていない
②自身の就労状況をありのままに報告していなかったなどの保護観察状況や少年の資質上の問題が本件に至る経緯等に与えた影響等

少年の問題性を社会内で改善することが困難
⇒少年を第Ⅰ種少年院に送致することが必要不可欠。

●上記犯情⇒少年院に収容する期間を3年。

<解説>
●特定少年に対する処遇判断
◎令和3年少年法改正⇒18歳及び19歳の少年を「特定少年」とし、特定少年に対して保護処分をする場合には、犯情の軽重を考慮して相当な限度を超えない範囲内において、保護処分の内容を選択(64条1項)。
特定少年を少年院送致とする場合には、その決定と同時に、3年以下の範囲内において犯情の軽重を考慮して少年院に収容する期間を定めなければならない(同条3項)。

特定少年に対して保護処分をする場合には、
①認定した非行事実の犯情の軽重を評価し、その行為責任の幅を上回らない限度において選択し得る保護処分の範囲はどこまでか(最も重い処分は何か)を把握
②その把握した選択し得る保護処分の範囲内において、要保護性の程度に応じて、具体的な保護処分の内容を選択
③少年院送致の場合、犯情の軽重を考慮して収容期間を定める

◎ 刑事裁判においては一般情状として考慮されることが一般的である前歴について、同種事案の再非行等の具体的な事案によっては、犯情として考慮できる前歴もある。

上記①について、
犯情の評価として、刑事事件において執行猶予付きの自由刑が想定される事案であっても少年院送致を許容し得る

上記③について、
刑事裁判における量刑傾向が一定程度参考になる。

●要保護性の判断のあり方
特に末端である受け子や出し子として特殊詐欺に関与した少年の要保護性は、その犯情の悪質さに必ずしも比例しない
家庭環境

判例時報2549

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社債の私募の取扱いをした証券会社の損害賠償義務(肯定)

名古屋地裁R4.4.19

<事案>
Xらが、OPM社及びMTL社が本件各社債の発行により調達した資金の大部分を診療報酬債権等の買取以外の目的に流用⇒本件各社債の元利金の支払を受けられなくなり、本件各社債の取得金額相当額等の損害を被った
⇒Yら(①Y1及びその役員等、②OPM社やMTL社との間で管理契約を締結していた会計事務所2社及びその役員等、③OPM社及びMTL社と業務委託契約を締結して、本件各社債の販売支援を行っていた証券会社(アーツ証券)の元役員)に対し、損害賠償を求めた。

<争点>
Y1について、本件各社債の私募の取扱いをするに当たり、アーツ証券等から追加資料の提供を受けるなどして、本件各社債が真実診療報酬債権を裏付けとするものであるといえるかを調査すべき義務(調査義務)を負っていたと言えるか?

<判断>
●金商法は、一般投資家が有価証券について合理的な投資判断をすることができるように、有価証券の発行者等に対し、有価証券に関する投資判断に必要な重要情報の開示を要求。
but
50名未満の者を相手方として社債券の取得勧誘を行う場合で、一定の要件を満たす場合は「有価証券の私募」であって、当該有価証券の発行者は、いわゆる開示規制の適用を受けない。

当該有価証券の発行規模が小さく、また、この場合の取得勧誘の相手方は、投資判断に必要な情報を当該有価証券の発行者から直接入手することが容易⇒投資判断に必要と考えられる情報を広く市場に開示することを法令によって義務付ける必要性は低い。

本件各社債:
いずれも、発行体ごとに、Y1を含む販売証券会社ごとにシリーズ番号を付して、1つのシリーズ当たりの取得者が50名未満となるよう発行されたもので、償還期間がいずれも1年未満
⇒本件各社債の取得勧誘は「有価証券の私募」に該当。
but
本件各社債は、不特定多数の者に取得勧誘がされた。
その発行規模が大きく、また、取得勧誘の相手方が投資判断に必要な情報をその有価証券の発行者から直接入手することが容易でない
⇒「有価証券の私募」に係る有価証券の発行者がいわゆる開示規制の適用を受けない趣旨が実質的に妥当しない⇒投資判断に必要な情報を本件各社債の取得者に開示すべき必要性が高い。

●①Y1は・・・、遅くとも平成26年1月23日の時点で、本件各社債が真実診療報酬債権を裏付けとするものであるといえるかについて疑念を抱いてしかるべきであった。
②本件各社債については、投資判断の必要な情報を本件各社債の取得者に開示すべき必要性が高いにもかかわらず、本件各社債の発行者は、いわゆる開示規制の適用を受けない。

その取得勧誘をする金融商品取引業者は、金商法の開示規制の趣旨に照らして、投資判断に必要な情報が本件各社債の取得者に開示されないことにより取得者が不測の損害を被ることのないように適切な措置を講ずることが期待されているものというべきである。

<解説>
●本判決:
いわゆる流動化債権において裏付資産の実在性が極めて重要
本件各社債の私募の取扱いをした証券会社であるY1が、本件各社債の裏付資産が不足していること及びその不足が一過性のものではないことをうかがわせる事実を認識していた
③Y1が、顧客に対して本件各社債を安全性の高い商品であると説明して取得勧誘をし、Y1が私募の取扱いをした本件各社債の発行残高が合計45億6700万円と多額に上り、今後、これらの発行済みの社債の取得者が、償還額を払込金額に充てて新たな本件各社債を取得するかが問題となることが予想されたという顧客に対するY1の先行行為の存在等
Y1が調査義務を信義則上負う。

この判断に当たっては、④金商法のいわゆる開示規制の趣旨が重要な役割を果たしていると考えられる。(Xらは、本件各社債の取得勧誘は「有価証券の私募」ではなく「有価証券の募集」に該当し、開示規制が適用される旨を主張したが、本判決はそのような見解を採用せず。)

●会計事務所2社が、本件各社債の実質的な発行者の不法行為(本件各社債等によって調達した資金に見合うだけの診療報酬債権を購入せず、その資金を流出させて行為)を幇助した(民法719条2項)として、Xらの2社に対する請求を(一部)認容。
会計事務所についての裁判例。

判例時報2549

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2023年6月 4日 (日)

(脚本の)映画試写会での公表(否定)とその後の週刊誌での掲載による公表権の侵害(肯定)

東京地裁R4.7.29

<事案>
X1:映画の監督、脚本等を担当
X2:脚本を担当
Xらが、本件映画に関する記事を週刊誌に掲載したY1のほか、本件映画を制作、配給等するY2及びY3に対し以下の請求。

(1)Xらの請求Y1に対する請求:
(ア)・・記事の開催内容がXらの名誉を毀損⇒不法行為に基づく損害賠償請求
(イ)Y1が本件記事に本件脚本を無断で引用し、Xらの著作者人格権(公表権)を侵害⇒不法行為に基づく損害賠償請求
(ウ)・・・民法723条に基づく謝罪広告の掲載

(2)X1の請求
(ア)Y1及びY2に対する請求
名誉毀損についての共同不法行為に基づく損害賠償請求。
(イ)Y2らに対する請求
(a)Y2らが本件映画の公開を中止⇒本件映画が公開され、観客により視聴されることに対するX1の期待権が侵害⇒不法行為に基づく損害賠償請求
(b)Y2らが本件映画に係る完成作品及びその他一切の映像素材のデータを廃棄したことがX1の人格権を侵害⇒不法行為に基づく損害賠償請求。
(ウ)Y3に対する請求
X1が本件映画の著作権を有するうことの確認請求。

<規定>
第四条(著作物の公表)
3二次的著作物である翻訳物が、第二十八条の規定により第二十二条から第二十四条までに規定する権利と同一の権利を有する者若しくはその許諾を得た者によつて上演、演奏、上映、公衆送信若しくは口述の方法で公衆に提示され、又は第二十八条の規定により第二十三条第一項に規定する権利と同一の権利を有する者若しくはその許諾を得た者によつて送信可能化された場合には、その原著作物は、公表されたものとみなす。

著作権法2条
7この法律において、「上演」、「演奏」又は「口述」には、著作物の上演、演奏又は口述で録音され、又は録画されたものを再生すること(公衆送信又は上映に該当するものを除く。)及び著作物の上演、演奏又は口述を電気通信設備を用いて伝達すること(公衆送信に該当するものを除く。)を含むものとする。

<判断>
●本件脚本に係る公表権侵害の成否
◎ Y1:Xらが本件脚本の著作権を有していたとしても、本件映画が映倫試写会で公開された際に、本件脚本も同時に公衆に提供されていた⇒その後、本件脚本が週刊誌に掲載されても、公表権を侵害しない。

◎ 判断:
著作権法4条3項:
翻訳物の公衆への提示等を原著作物への公衆への提示等と同視して、翻訳物が公表された場合には、原著作物も公表されたものとみなす旨規定
but
本案物は、翻訳物よりも、原著作物からの創作的表現の幅が広い⇒脚本の本案物である映画が、当該脚本の著作者又はその許諾を得た者によって上映の方法で公衆に提示等された場合であっても、当該脚本が公表されたものとみなすのは相当ではない

著作権法2条7項:
上演、演奏又は口述には、著作物の上演、演奏又は口述で録音され又は録画されたものを再生することなども含む旨規定。

脚本の本案物である映画が上映⇒当該脚本に係る実演が映写されるとともにその音が再生⇒著作物の公表という観点からすると、脚本の上演で録音され又は録画されたものを再生するものと実質的には異なるところはない。

脚本の本案物である映画が、当該脚本の著作者又はその許諾を得た者によって上映の方法で公衆に提示された場合には、当該脚本は、公表されたものと解するのが相当。

・・・本件映画は、少数かつ特定の者に対し上映されたにとどまる⇒本件試写会で本件映画を上映する行為は、公衆に提示されたものとはいえない。

本件脚本をXらに無断で本件週刊誌に掲載する行為は、Xらの本件脚本に係る公表権を侵害するもの。

Y1:X1は本件試写会において本件脚本を一般公開する意図の下、本件試写会を実施⇒本件脚本後その後公表されることに同意していた。
vs.
著作者は、その著作物でまだ公表されていないものを公表するか否かを決定する公表権(法18条)を有するところ、その著作物には著作者の人格的価値を左右する側面がある
⇒公表権には、公表の時期、方法及び態様を決定する権利も含まれる。

X1が公表につき同意したのは、あくまで、本件試写会におけるものにとどまると認めるのが相当であり、それを超えて、本件脚本がその後本件週刊誌に掲載されることにまで同意していたことを認めるに足りる客観的な証拠はない。

公表された本件脚本の内容、性質、分量等
本件映画を不敬映画と評する本件記事の中で紹介された公表の態様
本件脚本が公表された本件週刊誌の内容、性質、社会に対する影響力
その他本件の事実関係

Xらが本件脚本に係る公表権を侵害されたことによる精神的苦痛に対する慰謝料としては、Xらにつき各30万円を認めるのが相当。

●名誉毀損
本件記事のうち、
①本件映画が昭和天皇をモデルとしたピンク映画であるという事実を摘示した上で、その事実を前提に、
②本件映画は不敬な映画であり、このような本件映画を制作すること自体、社会的に許されるものではない旨の意見ないし論評を表明した部分
に限り、X1の社会的評価を低下させるものであるとした。
その上で、
公共の利害に関する事実に係り専ら公益を図る目的で掲載
重要な部分について真実
人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものとはいえない

本件記載1を掲載する行為は、違法性を欠く。

●期待権侵害
Y3は、207万3000円を支払って、X1から、本件映画に係る著作権を譲り受けた

X1が本件映画の公開を期待していたとしても、自らの判断で本件映画の著作権を譲渡している以上、本件映画を利用できるのは著作権者又はその許諾を得たものに限られる

X1の期待は、事実上のものにすぎず、法律上保護される利益であるとまで認めることはできない。

判例時報2549

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いじめで教諭らと市教育委員会の対応が国賠法上違法とされた事案

さいたま地裁R3.12.15

<事案>
所属するサッカー部の生徒からいじめ⇒不登校⇒同中学校の教諭ら及び市教育委員会の対応が不適切であり、これが後続のいじめの発生や不登校の長期化を招いた⇒国賠法1条1項に基づき、被告(埼玉県川口市)に対し慰謝料等の支払を求めた。

<判断>
自宅学習について指導する際に教諭が原告の頭をたたくなどしたことについて、原告に対し少なからぬ程度の有形力を行使したもの⇒指導方法として必要・相当といえない⇒違法性を肯定
教諭らが他の保護者らに対し原告のいじめの訴えが事実でないかのように伝えたことについて、原告に対する周囲の反感を強め、原告の登校を更に困難にする行為⇒違法性を肯定
教諭ら及び市教育委員会がいじめ防止対策推進法28条1項の重大事態に関する調査を怠った
教諭らの同調査につき市教育委員会の指導義務違反も認められる

被告:教諭ら及び市教育委員会が重大事態は発生していないと判断したことの合理性を主張
vs.
その判断を合理的に基礎づけ得る事情はない。
重大事態を認知すべきときに重大事態を認知しない裁量が教諭ら及び市教育委員会にあるとは解されない。

●慰謝料50万円、弁護士費用5万円を認定。

<解説>
裁判例・文献

判例時報2549

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2023年6月 1日 (木)

破産申立代理人の財産散逸防止義務違反(否定)

東京地裁R4.2.25

<争点>
Yが本件委任契約を締結した期日から、Aとミュージカル公演開催のための業務を分担していたB会社の預金口座からの最終出金日、又はAの「友の会」の貯金口座からの最終出金日までの各期間における、本件委任契約上のYの財産散逸義務違反の有無、及びYの財産散逸銀無違反によって生じたAの損害額。

<判断>
Xの請求を棄却。

債務者(破産者)の申立代理人は、偏頗弁済や詐害行為等の債権者の公平性を損なうような行為を避ける義務を第1次的に負う債務者の代理人として、破産申立てに係る法律事務を遂行にするにとどまり、債務者がそのような行為に及んで破産財団を構成すべき財産が散逸したとしてしても、その一事をもって、債務者との間の委任契約上の善管注意義務違反としての財産散逸義務防止義務違反の責任を負うと解するのは相当といえない。

申立代理人が、
①債務者に対して破産制度上課された義務に関して誤った指導及び助言をしたとき、
②債務者から委託を受けて保管していた財産を法的根拠に基づくことなく散逸させたとき、
③債務者が偏頗弁済や詐害行為等、明らかに破産法の規定に反するような財産の処分行為をしようとしていることを認識し又は容易に認識し得たにもかかわらず、漫然とこれを放置したようなときなど、
自ら破産財団を構成すべき財産を散逸させてその結果として債務者が破産制度を円滑に利用することのできない結果を招いたと評価されるような場合には、前記責任を負う余地があり
具体的には、事案の内容及び性質、破産手続の具体的状況及びその段階、債務者の説明状況及び協力態度、債務者による財産散逸行為に関する申立代理人の認識可能性を踏まえ、これらの要素を客観的・総合的に勘案して個別具体的に判断すべき。
・・・・義務違反は認められない。

<解説>
●申立代理人の財産散逸防止義務の法的根拠
破産制度の趣旨に照らし、破産財団を構成すべき債務者の財産が、破産管財人に引き継がれるまでの間、債務者により不当に減少したり散逸したりしないように指導・助言する法的義務(財産散逸防止義務)を追い、これに違反した場合には損害賠償責任を負う。

本判決:
破産財団を構成すべき財産の散逸を防止する1次的な義務を追うのは債務者であって(破産法160条以下、265条以下参照)、
申立代理人は、債務者によるこれらの行為を防止するすべく法的指導や助言すべき義務を負うにすぎず、申立代理人による債務者の財産状況等の調査は、債務者の任意の協力を前提とせざるを得ない

申立代理人は、上記①~③のような場合には債務不履行責任を負うことがある。

●申立代理人の義務違反行為
裁判例
学説:
申立代理人は、破産申立て事件の受任から調査を経て債務整理の方針決定までの段階においては、債務者の財産管理に十分な助言を与えるなどの注意を払った場合には、債務者がこれに従わなかった場合であっても損害賠償責任を負わないとする見解(伊藤眞)。

判例時報2549

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土地売買の中間業者の詐欺行為・転付命令の不当利得(肯定事案)

東京地裁R4.2.14

<事案>
X:Aの所有する土地を取得するに当たり、中間業者であるY1の代表者Y2が、実際はその一部を自己が費消する目的があるにもかかわらず、Xから受領した売買代金はAに全て支払うなどの虚偽の説明をし、Xに売買代金の一部(手付金)を支払われた⇒
Y1に対し会社法350条に基づき、
Y2に対し不法行為に基づき
支払金分の損害の賠償を求めた。

X:Y3はXが前記手付金をY1から取り戻すことを妨害する目的で、貸付けの実態がないにもかかわらず、Y3がY1に金員を貸し付けたとの虚偽の公正証書を作成し、Xが前記手付金を振り込んだY1名義の預金口座の預金債権を差し押さえて転付命令の発令を受け、法律上の原因なく利得を得た
Y3に対し不当利得に基づき、利得の返還を求めた。

Y1:Xは詐欺事件をでっち上げて本件口座を凍結⇒売買契約の違約金条項に基づき違約金の支払を求めるとともに、不法行為に基づき損害賠償を求めた。

<争点>
①Y2のXに対する不法行為(詐欺行為)の有無
②XのY3に対する不当利得返還請求権の存否

<判断>
●争点①
・・・本件土地の所有者であるAがいくらで本件土地を売却する意思があり、Aにいくら支払えば本件土地を入手できるかなど本件土地の価格に関わる重要な事項で、Xが本件土地を10億円で購入することを決め、手付金1億円を支払う前提となる事項であるところ、Y2はこれらの点についてXを欺いた。
Y2により欺罔行為がなければXは本件土地を10億円で購入する旨の意思表示をしなかった。

Y1及びY2が主張するようにXが10億円で本件土地を購入できる可能性が実際にあったとしても、Y2の行為は不法行為(詐欺行為)に該当。

●争点②
Y3が本件差し押さえ及び転付命令により取得した本件口座の預金債権は、XがY2に騙取された手付金1億円の残金であり、社会通念上Xの金銭でY3の利益を図ったと認められるだけの連結がある。
②Y3のY2に対する債権は実態がなく、Y3による本件差押え及び転付命令はXが手付金を取り戻すことを妨害するために行われた、本件口座の預金債権がXからの騙取金であると知っていた

Xの損失とY3の利得には不当利得の成立に必要な因果関係がある⇒不当利得の成立を肯定

<解説>
最高裁:
不当利得の制度は、ある人の財産的利得が法律上の原因ないし正当な理由を欠く場合に、法律が、公平の観念に基づいて、利得者にその利得の返還義務を負担させるもの。
いま甲が、乙から金銭を騙取又は横領して、その金銭で自己の債権者丙に対する債務を弁済した場合に、乙の丙に対する不当利得返還請求権が認められるかどうかについて考えるに、
騙取又は横領された金銭の所有権が丙に移転するまでの間そのまま乙の手中にとどまる場合にだけ、乙の損失と丙の利得との間に因果関係があるとなすべきではなく、甲が騙取又は横領した金銭をそのまま丙の利益に使用しようと、あるいはこれを自己の金銭と混同させ又両替し、あるいは銀行に預入れ、あるいはその一部を他の目的のため費消した後その費消した分を別途工面した金銭によって補填する等してから、丙のために使用しようと、社会通念上乙の金銭で丙の利益をはかったと認められるだけの連結がある場合には、なお不当利得の成立に必要な因果関係があるものと解すべき。
丙が甲から右の金銭を受領するにつき悪意又は重大な過失がある場合は、丙の右金銭の取得は被騙取者又は被横領者たる乙にたいする関係においては、法律上の原因がなく、不当利得となるものと解するのが相当

判例時報2549

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