肖像権侵害が不法行為とされる場合の判断基準等
東京地裁R4.7.19
<事案>
Xが、Y(出版社)に対し、本件記事は、Xの社会的評価を低下させる事実を公然と適示したものであるから、本件記事は名誉毀損に当たり、
本件写真は、いずれも、Xの容ぼうが写っており、Xが著作権を有するものであるから、本件写真の掲載は、Xの肖像権及び著作権を侵害するとして、不法行為に基づき、損害賠償等を求めた。
<判断>
●肖像権侵害についての判断基準
肖像は、個人の人格の象徴⇒当該個人は、人格権に由来するものとして、みだりに自己の容ぼう等を撮影等されず、又は自己の容ぼう等を撮影等された写真等をみだりに公表されない権利を有すると解するのが相当(最高裁)。
他方で、人の容ぼう等の撮影、公表が正当な表現行為、創作行為等として許されるべき場合もある。
⇒
肖像等を無断で撮影、公表等する行為は、
①撮影等された者の私的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が公共の利害に関する事項ではないとき、
②公的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が社会通念上受忍すべき限度を超えて被撮影者を侮辱するものであるとき、
③公的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が公表されることによって社会通念上受忍すべき限度を超えて平穏に日常生活を送る被撮影者の利益を害するおそれがあるときなど、
被撮影者の被る精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超える場合に限り、肖像権を侵害するものとして、不法行為上違法となる。
本件写真は、元プロテニス選手で当時社会的地位もあったXが、いずれも、著名人と並んで笑顔で握手等するしている場面を撮影したもの
⇒公的領域において撮影されたものと認めるのが相当(前記②③)。
本件写真は、Xを侮辱するものではなく(②)、Xのブログで公開されていた写真であったという事情
⇒平穏に日常生活を送るXの利益を害するものともいえない(③)。
仮に本件写真が私的領域において撮影されたものと認定⇒本件写真は、Xと著名人との親交を示すものであり、AをしてXが億単位の出資をするに足りる人物であると思わせて、AがXに出資する理由の1つとなったもの
⇒本件写真は、Xが社会的に強い非難の対象とされる行為を犯した旨を適示する本件記事を補足するものであり、公共の利害に関する事項である(①)。
⇒Yが本件写真をXに無断で本件雑誌に掲載する行為は、肖像権を侵害するものとして不法行為上違法であるということはできない。
<解説>
●肖像権は、人格権に由来する権利として、肖像が有する精神的価値を保護するものとして判例法理上形成された法概念であって、同判決において同じく人格権に由来する権利であるとされたパブリシティ権と共に権利概念として確立された。
肖像権は、人格権に由来するという点でパブリシティ権と一致する。
but
肖像の精神的価値を保護法益とするもの
パブリシティ権:肖像の商業的価値を保護法益とする。
●最高裁の経緯:
第1段階:
「個人の私生活上の自由の1つとして、みだりにその容ぼう・姿態を撮影されない自由を法的利益として承認(京都府学連デモ事件判決)
第2段階:
「氏名を正確に呼称される利益」を肯定する前提問題において、人格権に由来する権利として「氏名を他人に冒用されない権利」としての氏名権を承認するまでの段階。
氏名権が事実上承認⇒同じく人格の象徴である肖像を保護するいわゆる肖像権についても、伝統的なプライバシーの一環として位置付けるのではなく、肖像自体に着目してこれに関する利益一般を保護し得る法概念として、これを再構成しようとする潮流。
第3段階:
氏名権が事実上承認された新たな潮流を踏まえ、法廷内隠し撮り事件判決が、肖像に関する法的利益の1つとして、みだりに自己の容ぼう等を撮影されたり又は撮影された写真をみだりに公表されたりしない人格的利益を承認した上で、その違法性の判断基準を示すまでの段階。
第4段階:
ピンク・レディー事件判決が肖像権を排他的権利として初めて承認。
住基ネット事件判決は、判例法理上のプライバシーという法概念が伝統的プライバシーを保護するものにとどまることを事実上示した⇒肖像をプライバシーの一環として保護する試みが判例法理上途絶えた。
ピンク・レディー事件判決:
肖像その他の人物識別情報の商業的価値を保護するパブリシティ権を承認するとともに、肖像に関する精神的価値を保護する法的利益を氏名権と同様に権利概念に昇格させたもの。
●肖像権侵害に関する判断基準
◎受忍限度論の展開
人格的利益をめぐる不法行為の成否に関する判断基準として、学説上、被侵害利益の性質と侵害行為の態様との相関関係において総合的に判断する相関関係説が通説。
受忍限度論は、人格的利益ないし人格権を侵害する行為の違法性の判断基準として、前記相関関係説を基礎として発展。
受忍限度論:事案の諸要素を比較検討して総合的に判断し、一般社会通念上受忍すべき限度を超える場合に、初めて違法とするもの。
伝統的に、生活妨害の領域で展開⇒その後人格的利益と対立する利益が兵家行為である場合にも適用。
教員批判ビラ配布事件判決:
・・・ビラの配布行為は名誉毀損を構成するとは「いえない
but
当該教師らの社会的地位及び当時の状況等に鑑みると、前記攻撃を受けた当該教師らの社会的地位及び当時の状況等に鑑みると、前記攻撃を受けた当該教師らの精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度内にあるということはできず、前記ビラの配布行為に起因して私生活の平穏などの人格的利益が違法に侵害された⇒ビラの配布行為が名誉毀損とは別個の不法行為を構成する。
法廷内隠し撮り事件判決:
肖像の撮影行為又は撮影に係る当該肖像の写真の公表行為が不法行為法上違法となるかどうかは、被撮影者の社会的地位、撮影された被撮影者の活動内容、撮影の場所、撮影の目的、撮影の態様、撮影の必要性等を総合考慮して、被撮影者の人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものといえるかどうかを判断して決すべき。
●受忍限度論の進展
パブリシティ権が法的権利性を認められずに法的利益に止まっていた時代⇒その違法性の判断基準につき、事案の諸要素を総合的に判断する手法を採用する裁判例が多い。
but
ピンク・レディー事件判決は、パブリシティ権を権利概念に昇格させるとともに、違法性判断基準につき、総合考慮をするのではなく、これを類型化して受忍限度論を進展させている。
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パブリシティ権の外延では、表現の自由、創作の自由等という社会の根幹に関わり、社会の発展を支える価値との抵触が常に問題となる⇒その権利の外延を明確にして、表現行為、創作行為等に対する萎縮効果を防ぐため。
⇒
肖像権についても、パブリシティ権と同様に、表現の自由等の重要に鑑み、受忍限度論の趣旨を踏まえつつも、総合考慮による判断ではなく、違法性が認められる要件を定義した上、定義付け衡量によって他の法益との調整を図るべき。
本判決:
肖像権の保護法益につき、
①個人の私生活上の自由から派生するプライバシーに係る法的利益(第1類型)
②名誉感情(第2類型)
③平穏に日常生活を送る利益(第3類型)
にそれぞれ区分した上、当該区分に応じて形成された判例法理を踏まえ、違法性の判断手法を具体的に示すもの。
判例時報2552
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