「合計>自賠責保険の保険金額」の場合に、自賠責保険の保険会社が国の請求権の行使を受けて国に対してした支払の効力
最高裁R4.7.14
<事案>
交通事故にによって受傷したXが、加害者量を被保険自動車とする自動車損害賠償責任保険の保険会社であるYに対し、自賠法16条1項の規定による請求権に基づき、保険金額120万円の限度における損害賠償額からYのXに対する既払金を控除した残額(103万円余)の支払を求めた事案。
Xは、本件事故による傷害につき労災法に基づく給付(「労災保険給付」)を受けており、Yは、Xが前記労災保険給付を受けたことにより国に移転した直接請求権の行使を受け、国に対して103万円余を支払っている。
<原審>
①最高裁H30.9.27の判時内容
⇒被害者の有する直接請求権の額と労災法12条の4第1項による国に移転した直接請求権の額の合計額が自賠責保険の保険金額を超える場合に、自賠責保険の保険会社が、国に対し、被害者が国に優先して支払を受けるべき損害賠償額につき支払をしたときは、当該支払は有効な弁済に当たらない。
②本件支払はXが国に優先して支払を受けるべき損害賠償額についてされたもの
⇒有効な弁済に当たらない⇒Xの請求を認容。
<判断>
被害者の有する直接請求権の額と労災法12条の4第1項により国に移転した直接請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超える場合であっても、自賠責保険会社が国の直接請求権の行使を受けて国に対して自賠責保険金額の限度でした損害賠償額の支払は、有効な弁済に当たる。
⇒原判決を破棄し、1審判決を取り消し、Xの請求を棄却。
<解説>
●直接請求権:
自賠法3条による保有者の損害賠償責任が発生したときに、交通事故の被害者が政令で定めるところにより保険会社に対して保険金額の限度で損害賠償額の支払を請求し得る権利。
自賠責保険は責任保険
but
被害者の保有者に対する損害賠償請求権の行使を円滑かつ確実なものとし、迅速で実効性のある被害者保護を実現するため、前記損害賠償請求権の行使の補助的手段として、直接請求権の制度が定められている。
この直接請求権は、権利としては前記損害賠償請求権と同額のものとして成立した上で、権利行使が自賠責保険金額(傷害につき120万円、自賠法施行令2条1項3号イ)の限度に制限されていると解されている。
●労災法12条の4第1項:
労災保険給付の原因である業務災害等が第三者の行為によって生じたものである場合に、政府が保険給付をしたときは、国はその給付の価額の限度で当該受給権者の第三者に対して有する損害賠償請求権を代位取得する旨定め、被害者の有する直接請求権も、前記の代位取得の対象となると解されている。
⇒
政府が被害者に対して労災保険給付を行った場合、被害者が労災保険給付等を受けてもなお補填されない損害(「未填補損害」)について有する直接請求権の額と、労災法12条の4第1項により国に移転した直接請求権の額の合計が自賠責保険金額を超え、その行使の競合が生じることがある。
●平成30年判決以前の実務:前記競合が生じた場合、被害者及び国に対して保険金額を各直接請求権の額で按分した額をそれぞれ支払う運用(案分支払)
平成30年判決:前記の場合でも、被害者は、国に優先して自賠責保険会社から損害賠償額の支払を受けることができる旨判示
⇒
自賠責保険会社は、前記競合が生じた場合、被害者に優先して損害賠償額の支払をし
国のみが直接請求権を行使した場合には被害者に対して請求案内
本件:前記の運用変更前に、被害者と国に対して案分支払がされた事案
●平成30年判決:被害者は、未填補損害について直接請求権を行使する場合、他方で労災法12条の4第1項により国に移転した直接請求権が行使され、前記各直接請求権の額の合計額を自賠責保険金額を超える場合であっても、国に優先して保険会社から自賠責保険金額の限度で損害賠償額の支払を受けることができる。
but
前記判示が、
被害者の直接請求権の行使によって国の直接請求権が消滅するとか、
保険会社の国に対する支払が効力を有しないこととなるなどとする者とは解されない。
←
前記判示は、被害者又は国が各直接請求権に基づき損害賠償額の支払を受けるにつき両者の間に相対的な優先劣後関係があることを意味するにとどまるものであって、自賠責保険会社の国に対する支払の効力を否定する根拠となるものではないと解するのが相当。
直接請求権は、自賠法3条の規定による損害賠償請求権と同額のものとして成立し、労災保険給付が行われた場合には、国はその価額の限度で直接請求権を取得し、国は直接請求権を有する債権者に当たる。
⇒
自賠責保険会社の国に対する損害賠償額の支払は、債権者に対してされたものということになる⇒国に対する前記支払は有効な弁済に当たるとみるほかない。
●保険法25条2項:私保険において保険者が保険給付により対第三者請求権の一部を代位取得した場合に、被保険者は代位に係る保険者の債権に先立って弁済を受ける権利を有する旨規定。
~
加害者の資力不足の場合を念頭に、被保険者と保険者の権利行使が競合した場合に、被保険者の債権が保険者の債権に優先して弁済されるべきこととしたもの。
but
同項は、商法662条2項の法的効果に争いがあったことから、その内容を明確化したんものであり、弁済における保険者と被保険者との間の相対的な優先劣後関係を定めたにとどまるもの
⇒保険者が被保険者より先に第三者に対する権利を行使した場合であっても、第三者が支払を拒絶したり、第三者又は被保険者が強制執行の停止を求めたりできるものではない。
民法502条3項は、債権の一部弁済による代位が生じた場合において、原債権者は権利の行使によって得られる金銭について代位者が行使する権利に優先する旨を規定。
~
例えば、原債権を担保するため保証債務が設定されていた場合、代位者の請求に応じて保証人が支払った金銭については、原債権者が代位者に優先して取得できることになる。
but
保証人が誤って原債権者が優先すべき部分についてまで一部代位者に対して支払ってしまった場合でも、当該支払は弁済として有効であり、同項によって前記弁済の効力が左右されるものではなく、単に代位者が受領した金銭につき原債権者に対して償還すべき義務を負うにとまると解されている。
~
他の制度等において、債権者間の優先劣後関係は相対的なものであり、債務者がした支払の弁済としての効力は否定されないとの解釈。
●本判決:
国が労災法12条の4第1項により移転した直接請求権を行使して損害賠償額の支払を受けた場合に、その額のうち被害者が国に優先して支払を受けるべきであった未填補損害の額に相当する部分につき、被害者に対し、不当利得として返還すべき義務をおうことは別論である旨が付記。
~
優先劣後関係にあって本来は受けることができないはずのものが劣後者に回ってしまった場合をいわゆる侵害利得の類型と捉え、これを優先者に回復する役割を不当利得返還請求権に求める立場に立つと解し得る。
判例時報2546
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