警察の情報提供が国賠法1条1項に反し違法とされた事案
岐阜地裁R4.2.21
<事案>
A:Xらの地元で風力発電事業を計画
X1・X2:本件発電事業に反対する運動
X3・X4:市民運動などに積極的に関与した経歴
岐阜県大垣警察署警備課所属の警察官が、Aに情報交換をもちかけ、Aの従業員との間で、合計4回にわたり、Xらの情報提供。
⇒
岐阜県警等が、Xらの個人情報を長年にわたって収集、保有し、大垣警察の警察官がそれらの情報の一部を民間企業に提供したことにより、Xらの人格権としてのプライバシー等が侵害された
⇒
Xらが、Y1(岐阜県)に対し、国賠法1条1項に基づき損害賠償を求めるとともに、人格権としてのプライバシーに基づき、Y1に対しては岐阜県警察が保有する、Y2(国)に対しては警察庁警備局が保有する、Xらの個人情報の抹消を求めた。
<規定>
警察法 第二条(警察の責務)
警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。
2警察の活動は、厳格に前項の責務の範囲に限られるべきものであつて、その責務の遂行に当つては、不偏不党且つ公平中正を旨とし、いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあつてはならない。
<判断>
●大垣警察がAに提供したXらの情報は、
Xらが本件発電事業に関して現に行っている活動及び今後の活動の予測に関する情報、過去に関与した市民運動に関する情報などであり、これらの情報がプライバシー情報に当たる。
警察によるプライバシー情報の収集、保有及び利用は、警察法2条1項に照らし、犯罪の未然の防止も警察の責務に含まれる。
同条2項に抵触しない限度で、(犯罪の)発生の可能性がある限り、万が一の事態に備えて任意捜査の方法により情報収集するなどして、その発生を予防する手段を研究し、準備しておくこともその責務に含まれると解するのが相当。
警察によるこのための情報収集等の対象にプライバシーなどの個人情報が含まれることあるとしても、上記警察の責務に照らせば、法律上、明文の根拠規定がないことをもって、直ちに国賠法上違法であるということはできない。
●情報提供行為の国賠法上の違法性:
行政機関がその職務において収集したプライバシー情報を、当該個人の承諾なく第3者に提供することは、プライバシー情報が憲法13条で保障されている個人の人格的利益に結びつくもので取扱い方によっては個人の人格的利益を損なうおそれがある。
⇒正当な理由のない限り、国賠法上違法。
・・・・必要性は認め難く、Xらのプライバシー情報を積極的、意図的に提供
⇒情報提供行為は国賠法上違法。
●Xらについての情報の収集・保有についての国賠法上の違法性に関し、
警察法2条1項に規定する警察の職責に照らし、警察による情報収集活動は、強制に及ばない任意捜査の方法による限り原則として許容されると解すべき。
but
同条2項の規定に照らし、情報収集活動が、たとえ任意捜査の方法によった場合であっても「憲法の保障する個人の権利及び事由の干渉にわたる」などその権限を濫用することは許されない
⇒本件情報収集等の警察による情報収集活動が国賠法上違法となるか否かは、収集、保有された情報の私事性及び秘匿性、個人の属性、被侵害利益の性質、本件情報収集等の目的、必要性及び態様等の事情を総合考慮して判断するべき。
情報収集、保有の必要性は否定できず、任意の手段により収集が行われたことを踏まえると、大垣警察による情報収集・保有には国賠法上の違法性はない。
●保有する情報の抹消請求は、請求の内容が特定されていない⇒訴えを却下。
<解説>
●プライバシーの権利内容は、論者により異なっており、その外延についての共通の理解は得られているとはいえない。
but
少なくとも「私生活をみだりに後悔されない権利」という内容は、いずれの見解でも含まれている権利内容。
最高裁H15.9.12:
大学が、その主催する講演会に参加を申し込んだ学生の氏名、住所等の情報を警察に開示した行為が不法行為を構成する。
これらの情報は、個人識別のための単純な情報であって、秘匿されるべき必要性は必ずしも高くない。
but
このような情報であっても「自己が欲しない他者にはみだりにこれを開示されたくないと考えることは自然なことである」と判示。
本件:
①上記判例の情報よりも秘匿されるべき必要性がはるかに高い情報
②情報提供の相手方がXらと対立関係にある本件発電事業の事業者
⇒情報提供の違法性が肯定されたことは相当。
●警察が、犯罪発生を前提としない場合におけるプライバシー情報を収集したことの違法性:
違法性肯定事例
①
②
③
違法性否定事例
④
⑤
違法性肯定事例
プライバシー侵害の程度が著しい場合(①判決)
手段が不相当な場合(②判決)
情報収集の必要性が認められなかった場合(③判決)
本件:
プライバシー情報として高度なもの
but
任意捜査により収集されたもので、必要性も否定できないことなどを総合して、違法性を否定。
●収集した情報の抹消請求:
請求が特定されていない⇒却下。
同種の裁判例。
判例時報2548
| 固定リンク
「判例」カテゴリの記事
- 退職の意思表示が心裡留保により無効とされた事例・仮執行宣言に基づく支払と付加金請求の当否(2023.09.28)
- 市議会議員による広報誌への掲載禁止と頒布禁止の仮処分申立て(消極)(2023.09.28)
- 頸椎後方固定術⇒第1手術で挿入したスクリューの抜去・再挿入術⇒四肢麻痺の事案(2023.09.27)
- 凍結保存精子による出生と認知請求権の事案(2023.09.26)
- 地方議会議員の海外視察が不当利得とされた事案(2023.09.25)
「民事」カテゴリの記事
- 市議会議員による広報誌への掲載禁止と頒布禁止の仮処分申立て(消極)(2023.09.28)
- 頸椎後方固定術⇒第1手術で挿入したスクリューの抜去・再挿入術⇒四肢麻痺の事案(2023.09.27)
- 凍結保存精子による出生と認知請求権の事案(2023.09.26)
- 敷地所有者に対する承諾請求・妨害禁止請求の事案(2023.09.09)
- 被疑者ノートに関する国賠請求(肯定事例)(2023.09.02)
コメント