« いわゆる特殊詐欺等の事案で、包括的共謀否定事例 | トップページ | 会社法423条1項に基づく損害賠償請求訴訟において原告の設置した取締役責任調査委員会の委員であった弁護士が原告の訴訟代理人として行う訴訟行為の排除(否定) »

2023年3月27日 (月)

生活扶助基準の引下げの改定が違法とされた事例

東京地裁R4.6.24

<事案>
生活保護法は、保護の基準の設定を厚労大臣に委ねており(法8条1項)
厚労大臣は「生活保護法による保護の基準」(「保護基準」)を規定。
厚労大臣は、平成25年から平成27年にかけて、保護基準における生活扶助の基準(「生活扶助基準」)につき
①生活扶助基準と一般低所得世帯の消費実態との間における年齢区分、世帯人数及び級地区分別の格差を是正すること(「ゆがみ調整」)
②物価の動向を勘案すること(「デフレ調整」)
を目的とする改定(「本件改定」)を行った。

多くの保護受給世帯について生活扶助費が減額。

本件:生活保護を受けている原告らが、本件改定に伴う生活扶助費の変更決定の取消し等を求めた。
ゆがみ調整:生活保障審議会の下に設置された生活保護基準部会が平成25年1月に公表した検証の結果を2分の1の割合で生活補助基準に反映させるもの
デフレ調整:平成20年から平成23年までの生活扶助相当品目のみを対象とする消費者物価指数の変化率を生活扶助基準に反映させるもの。専門家によって公正される会議体による信義検討を経たものではない。

<判断>
生活扶助基準の改定に係る判断においては、厚労大臣に専門技術的かつ政策的な見地からの裁量権が認められている。
生活扶助基準の引下げを内容とする保護基準の改定は、当該改定の時点において、改定前の生活扶助基準が最低限度の生活の需要を満たすに足りる程度を超えるものとなっており、改定後の生活扶助基準の内容が健康で文化的な生活水準を維持することができるものであるとした厚労大臣の判断に、最低限度の生活の具体化に係る判断の過程及び手続の過誤、欠落の有無などの観点からみて裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があると認められる場合等には、法3条、法8条2項の規定に違反し、同条1項による委任の範囲を逸脱するものとして違法となる。

裁判所が前記場合に当たるか否かを判断するに当たっては、統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性の有無等の観点から審理判断するのが相当。
前記厚労大臣の判断に当たり、いかなる専門家がどのような形で関与したか等は、裁判所の審理判断において重要な意味を帯び、基準部会設置以降における生活扶助基準の改定について、厚労大臣の判断の過程又は手続に過誤、欠落があるか否かを判断するに当たっては、

ア:当該改定が基準部会(又はこれに代わる専門家によって構成される他の会議体)による審議検討を経て行われたものである場合には、その検証手法等の合理性に関し、客観的な数値との合理的関連性等の観点から審理判断するのが相当

イ:当該改定が基準部会等による審議検討を経ないで行われたものである場合には、当該改定が専門的知見に基づく高度の専門技術的な考察を経て合理的に行われたものであことについて、被告側で十分な説明をすることを要し、その説明の内容に基づき、統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性の有無が審理判断されるべき。

●ゆがみ調整
その手法やこれに用いられた資料に、統計等の客観的数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性に欠けるところがあるとは認められない。
・・・2分の1の限度で生活扶助基準に反映したことは、統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性を欠くものといえず、政策的判断としても不合理であるとはいえない。

●デフレ調整
①平成23年までに生活扶助基準が一般低所得世帯の消費実態に比較して高くなっていたとはにわかに認め難い状況であったもの
②ゆがみ調整の結果により標準世帯の生活扶助基準額に影響が及んでいることとデフレ調整との関係について被告らの説明は不十分であり、この点につき専門技術的な見地からの検討が行われたものとも認め難い
デフレ調整の必要性に係る厚労大臣の判断は、統計上の客観的な数値等との合理的関連性を欠き、あるいは、専門的知見との整合性を有しない。
デフレ調整の起点平成20年としたことの合理性に関する被告らの説明は、同年において生活扶助基準が一般低所得世帯の消費実態よりも高くなっていたこと(少なくとも生活扶助基準が一般低所得世帯の消費実態を下回らない状態であったこと)を合理的根拠に基づいて説明するものとはいえず、前記合理性に係る厚労大臣の判断は、統計等の客観的な数値等との合理的関連性を欠き、あるいは、専門的知見との整合性を有しない。

厚労大臣がデフレ調整のために行った生活扶助総統CPIの設定は、デフレ調整の対象期間における保護受給世帯の可所分所得の実質的増加の有無、程度を正しく評価し得るものといえず、その合理性に係る厚労大臣の判断は、統計等の客観的数値等との合理的関連性を欠く。
本件改定の結果として及ぼされる影響が重大

本件改定にかかる厚労大臣の判断には、最低限度の生活の具体化に係る判断の過程に過誤、欠落がある⇒本件改定は、厚労大臣の裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用するものとして、法3条、8条2項の規定に違反し、同条1項による委任の範囲を逸脱し違法

<解説>
10件の地裁判決のうち、8件⇒本件改定を適法、2件⇒違法で、本件は3件目
いずれも、老齢加算の廃止に関する最高裁H24.2.28ほかに沿った判断枠組み採用。
but
本判決:
その裁量審査において改定の際の専門家の審議検討を経ていない場合には、当該改定が専門的知見に基づく高度の専門技術的な考察を経て合理的に行われたものであることについて被告側で十分な説明をすべきとする。
ゆがみ調整が水準均衡方式における「水準」にも影響を及ぼすものであることを明らかに。

本判決:
詳細な検討を加えて本件改定を違法と判断。
同種事案の処理において参考となるのみならず、専門技術的観点から行政庁に裁量権が認められる場合における裁量審査の在り方について興味深い点を含む。

判例時報2543・2544

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

|

« いわゆる特殊詐欺等の事案で、包括的共謀否定事例 | トップページ | 会社法423条1項に基づく損害賠償請求訴訟において原告の設置した取締役責任調査委員会の委員であった弁護士が原告の訴訟代理人として行う訴訟行為の排除(否定) »

判例」カテゴリの記事

行政」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« いわゆる特殊詐欺等の事案で、包括的共謀否定事例 | トップページ | 会社法423条1項に基づく損害賠償請求訴訟において原告の設置した取締役責任調査委員会の委員であった弁護士が原告の訴訟代理人として行う訴訟行為の排除(否定) »