解離性同一性障害で完全責任能力肯定事例
大阪高裁R1.12.12
<事案>
強盗殺人等の事案
<争点>
原審で、被告人の責任能力が問題となり精神鑑定
原審の鑑定人:
被告人が解離性同一性障害にり患しており、犯行当時者主として別人格が行動を支配しており、主人格は別人格をコントロールすることができないとしつつも、被告人は、犯行当時目的に従って合理的に行動しており、状況を正しく認識し、行動をコントロールできていた。
⇒争点は、この点をどのように評価するか。
<原審・判断>
責任能力は、犯行時の被告人の精神状態について、善悪の判断能力や行動制御能力を問題とするもので、その当時の精神状態に行動制御能力があると認められる以上、その状態を「主人格」というものがさらに制御できるかという点を問題にする必要はない。
⇒被告人の当時の行動の合理性を認めて完全責任能力を認めた。
原審鑑定人:
精神医学においては、解離性同一性障害にり患して、人格が多数現れたとしても、元々その人の中に包摂されていない人格が発現することはなく、その人が本来持っているいろいろな側面が、解離という精神状態を経て、際立った特徴を持った人格となって主として現れてくると考えられている。
<解説>
● 本件:被告人が解離性同一性障害にり患していること、行為当時の人格は主人格ではなく別人格であり、しかも、主人格はこれをコントロールできなかったことを認めた上で、完全責任能力を認めたもの。
● 解離性同一性障害の刑事責任能力の判断方法:
①グローバル・アプローチを呼ばれる方法
②個別人格アプローチと呼ばれる方法
①:主人格の能力を基準に、主人格が行為時に行為に対する弁識・制御ができたかによって判断
②行為時に行為を司っていた人格を基準に、この人格が行為時に行為に関する弁識・制御ができない(又は著しく困難な)状態にあったのではない限り、責任能力は失われず、それでは主人格が行為をコントロールできたか否かは問題にならない。
本判決及び原判決:②のアプローチ
~
「行為によ出ようとした時点で、その時点での行為者が思いとどまることができたか」という視点からのアプローチ。
①のアプローチ
~
責任能力概念を刑罰正当化の議論に基づいて構築するもので、受刑時にその責任を問いうるかという行為後の観点をも下り入れて判断。
● 解離性同一性障害については、判決上、責任能力に影響するとされた事例は事情に少ない。
but
ICD=11(国際疾病分類・第11回改訂版)では、解離性同一性障害について、それまで「その他」とされていたのを独立の類型として規定
~
その障害の認知度は高くなってきた⇒刑事裁判においてもその責任能力が争われる例が散見。
文献
判例時報2540
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