血栓溶解剤の投与で死亡での報告義務違反が問題となった事案
大阪地裁R4.4.15
<事案> 医療法人であるY1の運営する病院(本件病院)で左人口股関節全置換手術を受けた翌日に、脳梗塞の治療のために血栓溶解剤であるアルテプラーゼの投与を受け、その後死亡
⇒
患者の子であるXらが
①本件病院の脳神経外科医師であるY2が禁忌の前記薬剤を投与したこと(本件投与)を理由に、Y1及びY2に対し、不法行為等に基づき、死亡慰謝料等の損害賠償金各約1530万円の支払等を、
②本件病院の整形外科医(担当医師)であるY3が死亡診断書に不適切な記載をしたことや異常死の届出をしなかったことを理由に、Y1及びY3に対し、不法行為等に基づき、遺族固有の慰謝料の損害賠償金各10万円の支払等を
③Y1の代表者であるY4が医療法上の医療事故の報告をしなかったことを理由に、Y1及びY4に対し、不法行為等に基づき、遺族固有の慰謝料の損害賠償金各5万円の支払等を、
④Y2~Y4に対し、不法行為及びン民法723条の類推適用に基づき、真摯な謝罪を、それぞれ求めたもの。
<判断>
Y3につき、死亡診断書の直接死因欄に脳梗塞と記載するなどしたこと、患者の死亡につき異常死として届けなかったことが、Y1の代表者Y4につき、医療法6条の10第1項に基づく医療事故の報告をしなかったことが、Xらの権利利益を違法に侵害したとは認められない⇒②③の請求を棄却。
<解説>
●死亡診断書の記載
医療行為が終了した後において、医師が医療行為についての顛末報告義務を負うか?
患者が生存⇒準委任契約である診療契約を根拠に(民法645条)を根拠に肯定
患者が死亡した場合⇒実質論からこれを肯定する見解が多数。
A:遺族が相続
B:遺族を受益者とする第三者のためにする契約
C:信義則上の義務
死亡診断書の死因記載欄に不正確な記載を行い、これを遺族に交付した場合の民事上の責任:
死亡診断書は、死因に関する医師の見解を示すものである点において、遺族に対する死因の説明と同じ性質を有する⇒医師において、患者が医療過誤により死亡した可能性を認識し又は容易に認識することができたにかかわらず、死亡診断書に正しい死因を記載せず病死と記載した場合、債務不履行ないし不法杭に該当する旨判断した裁判例(東京地裁)あり。
本判決:
①本件の患者に対し、脳梗塞の治療の経過の中で本件投与がされたものであり、Y3はY2が禁忌の薬剤を投与したことの認識がないまま死亡診断書を作成
②患者の症状の悪化に脳梗塞が影響していないとは言い難い
③遺族への説明経過等
⇒
前記死亡診断書の記載についてXらの権利利益を違法に侵害したとはいえない。
●異常死届出について
医師は、死体等を検案して異常があると認めたときは、24時間以内に警察署に届け出なければならない(医師法21条)
~
警察官が犯罪捜査の端緒を得ることを容易にするほか、場合によっては、警察官が緊急に被害の拡大防止措置を講ずるなどして社会防衛を図ることを可能にする役割もになった行政手続法上の義務。
その内容
本判決:
①死亡診断書を作成したY3において死体を「検案」して「異常」と認識したとは認められない
②遺族への説明経過
③Y3はY2が禁忌の薬剤を投与したしたことの認識がないまま死亡診断書を作成
⇒
異常死の届出義務を負わない、ないし、違法にXらの権利利益を侵害したとは認められない。
医師法21上に基づく異常死の届出義務は、行政法規上の義務であって、遺族に対する診療契約上ないし不法行為法上の義務といえないとして、死因解明義務を否定した東京高裁の裁判例。
●医療法上の医療事故の報告
~医療事故の原因究明及び再発防止を図り、もって医療の安全を確保することにある(医療法第3章)
医療法6条の10第1項の医療事故の報告の懈怠を理由に民事上の責任を追及できるか?
本判決:
法の趣旨、目的等を踏まえ、仮に、病院の管理者による適切な医療事故の報告がされなかったとしても、これをもって、患者の遺族の権利利益を違法に侵害するものとはいえない。
医療機関は、医療法上の医療事故調査によって死因解明する義務を負うものではなく、同義務が診療契約上の債務となる余地はないとして債務不履行責任を否定した東京地裁の裁判例あり。
判例時報2542
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