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2023年3月

2023年3月30日 (木)

会社の決起大会での腕相撲による右ひじ骨折等のけがが「業務上負傷した場合」とされた事案

仙台高裁R3.12.2

<事案>
山形県Z市内の果物生産会社で農作業に従事する労働者であるXが、さくらんぼ収穫に向けた本件会社の決起大会で腕相撲により右ひじ骨折等の怪我⇒山形労働基準監督署長:労働者が業務上負傷した場合にはあたらないとして療養保障給付及び休業補償給付を支給しない旨の各処分⇒Y(国)に対して本件各処分の取消しを求めた。

<原審>
腕相撲への参加には業務遂行性を認めることができず、Xの右肘骨折等のけがは業務上の負傷に該当しない⇒請求棄却。

<判断>
①さくらんぼ等の果物生産という事業や労務の内容、さくらんぼ収穫期に向け労働者の意識を高めるという事業の根幹にかかわる目的で従業員全員参加の下に事業主により毎年開催されるという決起大会の性質、
②飲食店(そば処)の座敷での酒食の提供を伴う決起大会の場での恒例行事として全員参加で腕相撲が行われるという腕相撲と決起大会との一体性

従業員わずか8名の本件会社の社長が、初めて決起大会に参加した新人社員のXに直接指示して腕相撲に参加させたことは、業務命令に近い義務的な性質の指示とXに受け止められるのは当然

Xが腕相撲に参加したことは、決起大会への参加と一体の会社の業務として、社長の指示に従って業務を遂行した行為
⇒Xの右肘骨折等のけがは労働者が業務上負傷した場合に当たる。

<解説>
労災保険給付の対象となる「業務上の負傷、疾病、障害又は死亡」(労災法7条1項1号)につき、「業務上」といえるかどうかは、「業務遂行性」と「業務起因性」によって判断され、業務遂行性が問題となる典型的事案の1つが事業場外で行われる仕事関連の宴会に参加しての災害。

裁判例:
東京地裁H26.3.19(判時2267・121):
・・・当該宴会時にはロケに必要な党の許可をまだ得ておらず、乾杯を繰り返すことは業務の遂行に必要不可欠な行為⇒「労働者が業務上死亡した場合」に該当

最高裁H28.7.8(判時H28.7.8):
①歓送迎会は、親会社の中国における子会社からの研修生の歓送迎会として社長代行である生産部長の発案で会社の経費負担で行われた
②研修生についてはアパート及び飲食店への送迎が会社所有の車で行われた
⇒研修目的を達成するための会社の行事の一環
③被災者は、仕事があるからと参加を一旦断ったが生産部長から強く要請されたため仕事を中断して途中参加し、仕事を再開するため会社に戻る際に、生産部長に代わって研修生を車でアパートに送る途上で事故に遭った

「業務上」の事故による災害に当たる。

判例時報2543・2544

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

 

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従業員の長時間労働に起因する死亡⇒名目的代表取締役の責任(肯定)

東京高裁R4.3.10

<事案>
Y1の経営するレストランにおいて調理を担当する板前(料理長)として勤務していた亡Aの相続人であるX1、X2が、亡AはY1における長時間の過重労働に起因する不整脈の発症により死亡し、これにより損害を被った

(1)Y1に対しては債務不履行に基づく損害賠償請求として
(2)Y1の代表取締役であったY2に対しては債務不履行に基づく損害賠償請求又は会社法429条1項に基づく損害賠償請求として
損害金及びこれに対する遅延損害金の連帯支払を求めた。

<原判決>
(1)亡Aの死亡はY1の業務における長時間労働により生じたもの
(2)Y1は亡Aが業務に従事する状況について労働時間や労働内容を把握し必要に応じて是正すべき措置をとる義務を負っていたにもかかわらず、これを怠り、亡Aを長時間の時間外労働に従事させて本件発症に至らせた⇒安全配慮義務に違反した
(3)Y2は、Y1の代表取締役としてその職務を行うについて悪意又は重大な過失があり、これにより亡Aの損害を生じさせたというべき⇒会社法429条1項に基づきY1と連帯して亡Aの死亡により生じた損害の賠償責任を負い
(4)亡Aが病院を受診しなかったことを亡Aに不利に斟酌することは相当でない

XらのYらに対する請求を一部認容。

<規定>
会社法 第四二九条(役員等の第三者に対する損害賠償責任)
役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。

<判断>
● (1)(2)は原判決と同様
● (3)Y1の代表取締役であったY2の会社法429条1項に基づく責任:
Y2はY1の業務執行に関わることが予定されていない、いわゆる名目的な代表取締役であったと認められる。
but
名目的な代表取締役であったことをもってY2がY1の代表取締役として負うべき一般的な善管注意義務を免れ又は軽減されるものではない

Y2はY1の業務執行を一切行わず、亡Aの労働時間や労働内容の把握や是正について何も行っていなかった⇒その任務の懈怠について悪意又は重大な過失があり、これにより亡Aに本件発症による損害を生じさせた。

Y1が他の実質的経営者を中心として経営されており、Y2はY1に出資しておらず、Y1から役員報酬を受け取っていなかったことや、Y2が別の仕事を兼務していたこと等の事情は前記の認定を左右するものではない。

● (4)亡Aが体調不良を訴えて欠勤した際に病院を受診しなかったこと等の事情をしん酌⇒2割の過失相殺
X1が受領した亡Aの労働者災害保険給付を損益相殺

<解説>
適法な選任手続により有効に取締役に就任したが、取締役としての職務を何もしていない取締役(いわゆる名目的取締役)であっても、代表取締役らの業務執行に対する関し・監督義務を負い、これを怠った場合には会社に対する任務懈怠となり、会社法429条1項に基づく損害賠償責任を負う。
他方で、下級審裁判例においては、
当該事案における具体的な事情から、重過失がない、相当因果関係がない等の理由により、名目的取締役の同項に基づく損害賠償責任を否定するものも少なからずあり、
その背景には、旧商法255条が会社の規模を問わず、3名以上の取締役の選任を要求していたことから、員数合わせのために選任された名目的取締役の責任を問うことが酷であるという考慮。
but
会社法においては、公開会社等ではない会社であれば取締役会を設置する必要はなく(同法327条1項)、取締役会を設置しない場合には取締役は1名で足りる(同法326条1項)。
⇒前記のような考慮を働かせる必要性はなくなった
⇒個々の事案における諸般の事情に照らして重過失や相当因果関係の有無等について個別具体的に検討することとなる。

判例時報2543・2544

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

 

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(調停に代わる)審判で決まった子の監護の実施妨害⇒不法行為(肯定)

東京地裁R3.11.30

<事案>
Yの元夫であるXが、Yにおいて、X・Y間の子であるAのXによる監護を妨害⇒
Yに対して、
主位的に不法行為による損害賠償請求権に基づき、
予備的に債務不履行による損害賠償請求権に基づき、
慰謝料等の支払を求めた。

XとYは、平成24年9月に婚姻し、平成25年にAをもうけた。

平成27年4月、Xの転勤を理由にオーストラリアに移住⇒Yが同年7月10日、Aを連れて帰国⇒Xは、東京家裁に、国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律に基づく子の返還申立て。

東京家裁は、平成28年2月17日、
前記の子の返還申立事件に付随して、Yから申し立てられた夫婦関係調整調停事件において、
XとYを離婚すること
Aの親権者をYと定めること
XとYが、XによるオーストラリアでのAの監護につき、年に合計120日間(夏休み及び年末年始の2回に分ける。)とする
ことなどを合意する調停に代わる審判(「本件審判」)

XがBと再婚し、Bの子らとも養子縁組
⇒Yが平成30年7月の子の渡豪を取りやめ、Xはオーストラリアで監護できない⇒同年11月本訴を提起。

<争点>
オーストラリアにおいてAを監護するXの権利を侵害する不法行為又は債務不履行の成否。

<主張>
Y:Aのオーストラリアでの様子及び帰国後の様子並びにAの帰国後の内容等を踏まえ、Aの福祉の観点から本件7月渡豪を中止⇒同中止につき正当事由がある。

<判断>
Xによる故意による不法行為を認めた。
Yの正当事由の主張につき、Aのオーストラリアでの様子及び医師の意見書等を踏まえても、Aの福祉の観点から本件7月渡豪の中止に正当事由があるということはできない。

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2023年3月29日 (水)

建材メーカーの解体事業者に対する表示についての注意義務(否定)

最高裁R4.6.3

<事案>
建物の解体作業等に従事した後に石綿肺、肺がん等の石綿関連疾患にり患した者又はその承継人⇒建材メーカーであるYら(上告人)に対し、当該疾患へのり患は、Yらが、石綿含有建材を製造販売するに当たり、当該建材が使用される建物の解体作業等に従事する者に対し、当該建材から生ずる粉じんにばく露すると石綿関連疾患にり患する危険があること等を表示すべき義務を負っていたにもかかわらず、その義務を履行しなかったことによる⇒不法行為等に基づく損害賠償請求

最高裁R3.5.17:建物の建設作業従事者との関係で、建材メーカーが本件警告情報の表示義務を負うことを認めた。

本件:解体作業従事者との関係でも、建材メーカーが本件警告情報の表示義務を負うかが争われた。

<判断>
原審の説示する①~③の方法は、いずれも解体作業従事者が石綿粉じんに場頃する危険を回避するための本件警告情報の表示方法として実現性又は実効性に乏しい。
Yらは、その製造販売した石綿含有建材が使用された建物の解体に関与し得る立場になかった。
Yらが、石綿含有建材を製造販売するに当たり、本件警告情報を表示すべき義務を負っていたということはできない。

<解説>
● 不法行為の成立要件である「過失」:
損害の発生が予見可能であり、損害の発生を回避すべき義務があったのに、その義務を怠ったこと
などと定義され、今日では客観的義務違反として理解されている。

いかなる場合にいかなる行為義務を存在すると考えるべきか?
一般条項と同様、規範的判断を要する問題。
権利・法益侵害の発生可能性・緊急性の程度、被侵害利益の内容や重要性・修復可能性の程度、行為の社会的必要性・有用性の程度、代替手段の有無、危険防止にかかる費用の程度などの事情を総合的に考慮して判断。

不作為による過失:
権利・法益侵害に向かう因果系列を自己の支配領域内に有する者がこれを放置することを内容とするもの
当該因果系列が自己の支配領域内にあるか否かやその認識可能性も考慮要素となり得る。

結果(損害)発生の蓋然性のある行為:
行為それ事態が損害発生の蓋然性を有するものだけでなく、損害発生の危険を創出し、その危険を継続させ、又はその危険の支配管理に従事する行為も考えられる。

例えば、生命・身体の安全に関わる製品の製造・販売など、危険の発生源を流通に置く行為(不特定多数人に関わる危険を生ぜしめる行為)については、製品の製造・販売者が、製品の危険性を予見し、被害発生を防止するための必要かつ相当な措置(危険の存在の指示や警告表示など)を講ずるべき義務を負うと解すべき場合があり得る。

● 製造販売された石綿含有建材を開封するなどして加工等を行う建設作業従事者との関係:
建材メーカーが、当該建材に本件警告情報を表示することにより、建設従事者が石綿粉じんにばく露して石綿関連疾患にり患する危険の発生を防止することができる立場にある⇒警告表示義務を肯定。
but
解体作業従事者との関係では状況が異なる。

判例時報2543・2544

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宮古島市水道事業給付条例16条3項の趣旨

最高裁R4.7.19

<事案>
水道事業者であるY(沖縄県宮古島市)との間で給水契約を締結しているXらが、給水区域内である宮古島市伊良部において生じた断水によりXらの経営する宿泊施設における営業利益の喪失等の損害が生じた⇒Yに対し、本件給水契約の債務不履行等に基づく損害賠償を求めた

<規定等>
水道法
15条1項:水道事業者は、事業計画に定める給水区域内の需要者から給水契約の申込みを受けたときは、正当の理由がなければ、これを拒んではならない。
15条2項: 水道事業者は、当該水道により給水を受ける者に対し、常時水を供給しなければならない。ただし、・・・災害その他正当な理由があつてやむを得ない場合には、給水区域の全部又は一部につきその間給水を停止することができる。
14条1項:水道事業者は、料金、給水装置工事の費用の負担区分その他の供給条件について、供給規程を定めなければならない。

宮古島市水道事業給水条例
16条1項:
給水は、非常災害、水道施設の損傷、公益上その他やむを得ない事情及び法令又はこの条例の規定による場合のほか、制限又は停止することはない。
3項:第1項の規定による、給水の制限又は停止のため損害を生ずることがあっても、市はその責めを負わない。

<原審>
本件条例16条3項は、水道事業の安定的かつ継続的な運営を維持するため、給水の制限又は停止の原因となった水道施設の損傷がYの故意または重過失によるものである場合を除き、Yの給水義務の不履行に基づく損害賠償責任を免除した規定。
⇒免除を肯定。

<判断>
本件条例16条3項について、Yが、水道法15条2項ただし書により水道の使用者に対し給水義務を負わない場合において、当該使用者との関係で給水義務の不履行に基づく損害賠償責任を負うものではないことを確認した規定にすぎず、
Yが給水義務を負う場合において、同義務の不履行に基づく損害賠償責任を免除した規定ではないと解すのが相当
Yの損害賠償責任の有無については、本件断水につき、水道法15条2項ただし書の「災害その他正当な理由があってやむを得ない場合」に当たるか否かなどについて更に審理を尽くした上で判断すべき⇒原審に差し戻し。

<解説>
● ・・給水条例の定めは、そのまま私法上の契約である給水契約の内容となるが、水道法には、供給条件に関するもののうち、主として需要者保護の必要上、供給規定にまかせることなく自ら規定を設けたものがあり、これらの規定は強行規定⇒これに反する供給条件を条例によって定めても無効となる。
本件条例16条の文言は、厚生省作成の標準給水条例11条とほぼ同一。
本件条例16条の趣旨を解釈するに当たっては、まずは水道法と整合的な解釈を試みるのが相当というべき。

水道法15条との関係

● 林裁判官の補足意見:
本件断水による給水義務の不履行に基づく損害賠償責任の存否を検討するに当たっては、水道施設の損傷につき水道事業者の過失が認められるか否かという問題と、
給水義務の存否との関連性についても検討する必要があるように思われる。

仮に、経年劣化によって水道施設が破損したとして、そのような場合が、「災害その他正当な理由があってやむを得ない場合」に当たるといえるかについては、解釈上、必ずしも明らかであるとはいえない
前記の補足意見は、水道事業者の管理上の過失の有無と、給水義務の存否を結び付けて検討することが、そもそも相当であるか否かを含め、差戻審に慎重な審理判断をするように求めたものであると思われる。

判例時報2543・2544

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

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2023年3月27日 (月)

会社法423条1項に基づく損害賠償請求訴訟において原告の設置した取締役責任調査委員会の委員であった弁護士が原告の訴訟代理人として行う訴訟行為の排除(否定)

最高裁R4.6.27

<原決定>
Xらは、本件不祥事について、本件責任調査委員会の委員であるA弁護士らの独立かつ中立・公正な立場を信頼し、その事情聴取に応じたものであり、その回答は、A弁護士らに対して法律的解決を求めるためにされたに等しく、また、A弁護士らの立場は裁判官と代わるところがない
⇒本件各訴訟行為は、弁護法25条2号及び4号の各趣旨に反する
⇒前記各号の類推適用により、本件各訴訟行為を排除。

<判断>
株式会社である原告の設置した取締役責任調査委員会により、原告の取締役であった被告に対する事情聴取が行われた後、原告が、被告に対し、前記委員会の委員であった弁護士らを訴訟代理人として、会社法423条1項に基づく損害賠償責任を追及する訴訟を提起した場合において、前記委員会が被告の前記責任の有無等を調査、検討するために設置されたものであるなどの判示の事実関係の下では、
前記訴訟において前記弁護士が原告の訴訟代理人として行う訴訟行為(本件各訴訟行為)について、弁護士法25条2号及び4号の類推適用があるとして、これを排除することはできない。
⇒原決定を破棄し、本件申立てを却下した原々決定に対する抗告を棄却。

<規定>
弁護士法 第二五条(職務を行い得ない事件)
弁護士は、次に掲げる事件については、その職務を行つてはならない。ただし、第三号及び第九号に掲げる事件については、受任している事件の依頼者が同意した場合は、この限りでない。
二 相手方の協議を受けた事件で、その協議の程度及び方法が信頼関係に基づくと認められるもの
四 公務員として職務上取り扱つた事件

<解説>
●2号の「相手方の協議を受けた」
当該具体的事件の内容について法律的な解釈や解決を求める相談を受けたこと

「協議の程度及び方法が信頼関係に基づく」
協議を受けた当該具体的事件について、相談者が希望する一定の結論を擁護するための具体的な見解を示したり、法律的手段を教示したりすることや依頼を承諾することに匹敵するほどの信頼関係に基づくこと

4号の公務員のうち裁判官についての同号の趣旨:
裁判官は当該事件の内容を当事者双方から知悉することができ、退官後にこれを利用して事件を行うことによる弁護士の品位の失墜を防止すること等にある。

最高裁:
弁護士法25条違反の訴訟行為について、相手方に異議権ないし責問権を認め、異議ないし責問がなければ、同訴訟行為を有効とする説を採用。
弁護士法25条1号違反の訴訟行為について、相手方である当事者は訴訟行為を排除する旨の裁判を求める申立権を有する。
but
弁護士の訴訟行為が日本弁護士連合会の会規である弁護士職務基本規程57条に違反するにとどまるときは、同条が弁護士法25条1号と趣旨を同じくするとしても、相手方である当事者は、弁護士職務基本規程57条違反を理由として、裁判所にその行為の排除を求めることはできない。

●原決定は、弁護士法25条2号及び4号の趣旨を過度に抽象化してその妥当範囲を拡張したものといわざるをえず、本決定は、弁護士法25条2号及び4号の類推適用を否定。

本決定:
訴訟行為の排除の判断における弁護士法25条の解釈の在り方として「みだりに拡張又は類推して解釈すべきではない」

①訴訟行為の排除は、弁護士法25条の実効性を確保する観点から有用
but
訴訟手続の安定、訴訟経済を害するおそれがある
依頼者は、訴訟代理人弁護士の変更を余儀なくされるなどの不利益を被る

訴訟行為の排除が認められる場面が限定的であることを示唆

判例時報2543・2544

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

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生活扶助基準の引下げの改定が違法とされた事例

東京地裁R4.6.24

<事案>
生活保護法は、保護の基準の設定を厚労大臣に委ねており(法8条1項)
厚労大臣は「生活保護法による保護の基準」(「保護基準」)を規定。
厚労大臣は、平成25年から平成27年にかけて、保護基準における生活扶助の基準(「生活扶助基準」)につき
①生活扶助基準と一般低所得世帯の消費実態との間における年齢区分、世帯人数及び級地区分別の格差を是正すること(「ゆがみ調整」)
②物価の動向を勘案すること(「デフレ調整」)
を目的とする改定(「本件改定」)を行った。

多くの保護受給世帯について生活扶助費が減額。

本件:生活保護を受けている原告らが、本件改定に伴う生活扶助費の変更決定の取消し等を求めた。
ゆがみ調整:生活保障審議会の下に設置された生活保護基準部会が平成25年1月に公表した検証の結果を2分の1の割合で生活補助基準に反映させるもの
デフレ調整:平成20年から平成23年までの生活扶助相当品目のみを対象とする消費者物価指数の変化率を生活扶助基準に反映させるもの。専門家によって公正される会議体による信義検討を経たものではない。

<判断>
生活扶助基準の改定に係る判断においては、厚労大臣に専門技術的かつ政策的な見地からの裁量権が認められている。
生活扶助基準の引下げを内容とする保護基準の改定は、当該改定の時点において、改定前の生活扶助基準が最低限度の生活の需要を満たすに足りる程度を超えるものとなっており、改定後の生活扶助基準の内容が健康で文化的な生活水準を維持することができるものであるとした厚労大臣の判断に、最低限度の生活の具体化に係る判断の過程及び手続の過誤、欠落の有無などの観点からみて裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があると認められる場合等には、法3条、法8条2項の規定に違反し、同条1項による委任の範囲を逸脱するものとして違法となる。

裁判所が前記場合に当たるか否かを判断するに当たっては、統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性の有無等の観点から審理判断するのが相当。
前記厚労大臣の判断に当たり、いかなる専門家がどのような形で関与したか等は、裁判所の審理判断において重要な意味を帯び、基準部会設置以降における生活扶助基準の改定について、厚労大臣の判断の過程又は手続に過誤、欠落があるか否かを判断するに当たっては、

ア:当該改定が基準部会(又はこれに代わる専門家によって構成される他の会議体)による審議検討を経て行われたものである場合には、その検証手法等の合理性に関し、客観的な数値との合理的関連性等の観点から審理判断するのが相当

イ:当該改定が基準部会等による審議検討を経ないで行われたものである場合には、当該改定が専門的知見に基づく高度の専門技術的な考察を経て合理的に行われたものであことについて、被告側で十分な説明をすることを要し、その説明の内容に基づき、統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性の有無が審理判断されるべき。

●ゆがみ調整
その手法やこれに用いられた資料に、統計等の客観的数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性に欠けるところがあるとは認められない。
・・・2分の1の限度で生活扶助基準に反映したことは、統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性を欠くものといえず、政策的判断としても不合理であるとはいえない。

●デフレ調整
①平成23年までに生活扶助基準が一般低所得世帯の消費実態に比較して高くなっていたとはにわかに認め難い状況であったもの
②ゆがみ調整の結果により標準世帯の生活扶助基準額に影響が及んでいることとデフレ調整との関係について被告らの説明は不十分であり、この点につき専門技術的な見地からの検討が行われたものとも認め難い
デフレ調整の必要性に係る厚労大臣の判断は、統計上の客観的な数値等との合理的関連性を欠き、あるいは、専門的知見との整合性を有しない。
デフレ調整の起点平成20年としたことの合理性に関する被告らの説明は、同年において生活扶助基準が一般低所得世帯の消費実態よりも高くなっていたこと(少なくとも生活扶助基準が一般低所得世帯の消費実態を下回らない状態であったこと)を合理的根拠に基づいて説明するものとはいえず、前記合理性に係る厚労大臣の判断は、統計等の客観的な数値等との合理的関連性を欠き、あるいは、専門的知見との整合性を有しない。

厚労大臣がデフレ調整のために行った生活扶助総統CPIの設定は、デフレ調整の対象期間における保護受給世帯の可所分所得の実質的増加の有無、程度を正しく評価し得るものといえず、その合理性に係る厚労大臣の判断は、統計等の客観的数値等との合理的関連性を欠く。
本件改定の結果として及ぼされる影響が重大

本件改定にかかる厚労大臣の判断には、最低限度の生活の具体化に係る判断の過程に過誤、欠落がある⇒本件改定は、厚労大臣の裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用するものとして、法3条、8条2項の規定に違反し、同条1項による委任の範囲を逸脱し違法

<解説>
10件の地裁判決のうち、8件⇒本件改定を適法、2件⇒違法で、本件は3件目
いずれも、老齢加算の廃止に関する最高裁H24.2.28ほかに沿った判断枠組み採用。
but
本判決:
その裁量審査において改定の際の専門家の審議検討を経ていない場合には、当該改定が専門的知見に基づく高度の専門技術的な考察を経て合理的に行われたものであることについて被告側で十分な説明をすべきとする。
ゆがみ調整が水準均衡方式における「水準」にも影響を及ぼすものであることを明らかに。

本判決:
詳細な検討を加えて本件改定を違法と判断。
同種事案の処理において参考となるのみならず、専門技術的観点から行政庁に裁量権が認められる場合における裁量審査の在り方について興味深い点を含む。

判例時報2543・2544

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

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2023年3月23日 (木)

いわゆる特殊詐欺等の事案で、包括的共謀否定事例

東京地裁R3.12.7

<事案>
いわゆる特殊詐欺等を行う犯行グループにより、平成30年に行われた複数の犯行(電子計算機使用詐欺、組織的詐欺、窃盗)(本件各犯行)について、被告人が共謀共同正犯として起訴された事案。

<争点>
共謀の成否等

検察官:
①本件各犯行以前の平成26年から平成28年に、詐欺等をおkなう犯行グループの者(同グループ内のかけ子の統括者)と被告人との間で同グルー^プの犯行について包括的共謀が成立し
②同グループと平成30年に本件各犯行を行った犯行グループとの間に連続性が認められ
③共謀の成立後に被告人が犯行グループから離脱していない
⇒本件各犯行について被告人に共謀が認められる。

弁護人:
故意と共謀を争い、予備的に共犯関係の解消も主張

<判断>
被告人に未必の故意は認められるものの
①の包括的共謀の成立は認められず
②の犯行グループの連続性も認められない
⇒無罪

<解説>
● 包括的共謀の成否:
当該事案の事実関係を前提に諸々の事情を総合的に検討してなされる。
共謀を認定するためには正犯意思が認められる必要がある。
その推認について、近時の裁判例には、自己の犯罪について関与したといえるかにより判断するものがしばしばみられる
but
その成否は
①被告人の関与の内容や犯罪結果への利害関係の有無(財産犯では、分け前の点は大きな判断要素となろう。)
②組織的犯行の場合には組織内での立場
③その他の諸事情
を総合考慮して決せられる。

本件:
被告人とS2:
被告人の関与内容は犯行用具の提供という犯行の準備行為に関するもの
立場は犯行グループの取引相手の1人であってグループの一員ではない
得ているのは提供したものの対価であって犯行から分け前などの利益を得てるわけではない

被告人が自己の犯罪として関与していたとはいい難い

● S1らの犯行については、被告人の関与の内容に受け子の紹介が付け加わった⇒改めて検討。
受け子の紹介:
犯行メンバーの調達という犯行の準備行為に類するもの⇒幇助犯として処断されている例もしばしば。
but
紹介にとどまらず、その後も何らかの形でその受け子に関わり、紹介料とは別に詐欺の犯行の分け前を得ているような場合には、共同正犯として処断されている例もみられる。
but
紹介した受け子の犯行について(包括的)共謀が認められたそていも、同人の関与しない犯行についてまで共謀が認められるかは別論。

本判決:
被告人が紹介した受け子の犯行について共謀を認める余地のあることを留保しつつ、その余の犯行を含めた包括的共謀の成立を認めなかった。

判例時報2542

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血栓溶解剤の投与で死亡での報告義務違反が問題となった事案

大阪地裁R4.4.15

<事案> 医療法人であるY1の運営する病院(本件病院)で左人口股関節全置換手術を受けた翌日に、脳梗塞の治療のために血栓溶解剤であるアルテプラーゼの投与を受け、その後死亡

患者の子であるXらが
①本件病院の脳神経外科医師であるY2が禁忌の前記薬剤を投与したこと(本件投与)を理由に、Y1及びY2に対し、不法行為等に基づき、死亡慰謝料等の損害賠償金各約1530万円の支払等を、
本件病院の整形外科医(担当医師)であるY3が死亡診断書に不適切な記載をしたことや異常死の届出をしなかったことを理由に、Y1及びY3に対し、不法行為等に基づき、遺族固有の慰謝料の損害賠償金各10万円の支払等を
Y1の代表者であるY4が医療法上の医療事故の報告をしなかったことを理由に、Y1及びY4に対し、不法行為等に基づき、遺族固有の慰謝料の損害賠償金各5万円の支払等を、
④Y2~Y4に対し、不法行為及びン民法723条の類推適用に基づき、真摯な謝罪を、それぞれ求めたもの。

<判断>
Y3につき、死亡診断書の直接死因欄に脳梗塞と記載するなどしたこと、患者の死亡につき異常死として届けなかったことが、Y1の代表者Y4につき、医療法6条の10第1項に基づく医療事故の報告をしなかったことが、Xらの権利利益を違法に侵害したとは認められない⇒②③の請求を棄却。

<解説>
●死亡診断書の記載
医療行為が終了した後において、医師が医療行為についての顛末報告義務を負うか?
患者が生存⇒準委任契約である診療契約を根拠に(民法645条)を根拠に肯定
患者が死亡した場合⇒実質論からこれを肯定する見解が多数。
A:遺族が相続
B:遺族を受益者とする第三者のためにする契約
C:信義則上の義務

死亡診断書の死因記載欄に不正確な記載を行い、これを遺族に交付した場合の民事上の責任:
死亡診断書は、死因に関する医師の見解を示すものである点において、遺族に対する死因の説明と同じ性質を有する⇒医師において、患者が医療過誤により死亡した可能性を認識し又は容易に認識することができたにかかわらず、死亡診断書に正しい死因を記載せず病死と記載した場合、債務不履行ないし不法杭に該当する旨判断した裁判例(東京地裁)あり。

本判決:
①本件の患者に対し、脳梗塞の治療の経過の中で本件投与がされたものであり、Y3はY2が禁忌の薬剤を投与したことの認識がないまま死亡診断書を作成
②患者の症状の悪化に脳梗塞が影響していないとは言い難い
③遺族への説明経過等

前記死亡診断書の記載についてXらの権利利益を違法に侵害したとはいえない

●異常死届出について
医師は、死体等を検案して異常があると認めたときは、24時間以内に警察署に届け出なければならない(医師法21条)

警察官が犯罪捜査の端緒を得ることを容易にするほか、場合によっては、警察官が緊急に被害の拡大防止措置を講ずるなどして社会防衛を図ることを可能にする役割もになった行政手続法上の義務。
その内容

本判決:
①死亡診断書を作成したY3において死体を「検案」して「異常」と認識したとは認められない
②遺族への説明経過
③Y3はY2が禁忌の薬剤を投与したしたことの認識がないまま死亡診断書を作成

異常死の届出義務を負わない、ないし、違法にXらの権利利益を侵害したとは認められない。

医師法21上に基づく異常死の届出義務は、行政法規上の義務であって、遺族に対する診療契約上ないし不法行為法上の義務といえないとして、死因解明義務を否定した東京高裁の裁判例

●医療法上の医療事故の報告
~医療事故の原因究明及び再発防止を図り、もって医療の安全を確保することにある(医療法第3章)
医療法6条の10第1項の医療事故の報告の懈怠を理由に民事上の責任を追及できるか?

本判決:
法の趣旨、目的等を踏まえ、仮に、病院の管理者による適切な医療事故の報告がされなかったとしても、これをもって、患者の遺族の権利利益を違法に侵害するものとはいえない。

医療機関は、医療法上の医療事故調査によって死因解明する義務を負うものではなく、同義務が診療契約上の債務となる余地はないとして債務不履行責任を否定した東京地裁の裁判例あり。

判例時報2542

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2023年3月21日 (火)

ESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)で死亡の医療過誤の事案(肯定)

東京地裁R3.8.27

<事案>
Yが開設する病院で、内視鏡的粘膜下層剥離術を受けたAが、出血性ショックにより手術の翌日死亡⇒Aの相続人であるXらが、執刀医であるD医師には、適応外のESDを実施した注意義務違反がある⇒Yに対し、使用者責任による損害賠償請求権に基づく請求。

<争点>
ESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)の適応があったのか否か

<判断>
ESDに係る各ガイドラインによれば、病変が一括切除できる大きさと部位にあることがESDの適応の基本的な考えとされており、潰瘍所見の有無に応じて2ないし3㎝が1つの指標。
but
①Aの病変は9~10㎝大の腫瘍
②術前の造影CTにおいて、以上に太い腫瘍内血管が認められていた
⇒本件ESDにおいては、処置に長時間を要し、多量の出血が見込まれることが事前に予測された。
③Aが手術当時84歳
⇒そのような長時間の施術や出血に耐えうる状況であったとは認め難く、術後の穿孔や出血のリスクもあった。

Aが回復手術よりも内視鏡治療の実施を希望していたことを踏まえても、本件ESDは適応を欠く⇒本件ESDを行ったD医師には、適応を欠く手術を実施したことにつき注意義務違反がある。

<解説>
裁判例

判例時報2542

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2023年3月20日 (月)

懲戒処分が違法⇒国賠請求(一審肯定・二審否定)

東京高裁R4.4.14

<争点>
懲戒委員会が、本件綱紀議決が理由で懲戒事由が認められないとした事項、及び本件綱紀議決が懲戒請求事由として整理した事由と異なる観点の事由について審査したことが、懲戒委員会の審査権限を逸脱したものであって国賠法上違法となるか
②懲戒委員会がした懲戒事由についての事実認定が不合理であって国賠法上違法と評価されるか

<原審>
懲戒委員会において審理の対象とすべき事実は、綱紀委員会の議決において事案の審査を求めることを相当と認められた特定の具体的事実と同一の社会的事実のほか、これに基づく懲戒の可否等の判断に必要と認められる事実の範囲に限られ、これらの事実の範囲を安易に拡張して解釈することは許されない。

<判断>
●争点①
弁護士会綱紀委員会が、懲戒請求の対象となっている複数の事実が事案ないし事件として同一性の範囲にあると認められた上でその一部について懲戒事由に相当すると判断し、議決主文として単に懲戒相当とした場合、
弁護士会懲戒委員会では全ての懲戒請求事由が審査の対象となると解するのが相当

Y弁護士会の綱紀委員会は、1の①から③までのうち、事実が事案ないし事件として同一性の範囲にあると認めた上で、その一部である③の事実について懲戒事由に相当すると判断し、議決主文として単に懲戒相当としたものと認められると認定
Y弁護士会の懲戒委員会が①及び②の各事実についても審査の対象としたことは、弁護士法が定める懲戒の手続に違反したものとはいえない。

◎懲戒請求書の記載を検討して、Y弁護士会の懲戒委員会の整理とした懲戒請求事由は、本件の懲戒請求者の懲戒請求の趣旨に沿うもの。
Y弁護士会の懲戒委員会が、本件綱紀議決が整理した懲戒請求事由とは異なる観点を含む事由について審査の対象としたことが、弁護士法が定める懲戒の手続に違反したものとはいえない。

●争点②
懲戒委員会の議決に基づいて行われた弁護士会の懲戒処分に関する国賠法上の違法性の判断基準について
懲戒委員会が議決を行うについて、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然とこれをしたと認め得るような事情がある場合に限り、当該議決に基づいて行われた弁護士会の懲戒処分に国賠法1条1項にいう違法があったとの評価を受けると解するのが相当。

職務上通常尽くすべき注意義務の具体的内容について、
処分の基礎となる事実関係の認定については弁護士会の裁量の観念を入れる余地はないのに対し、
懲戒の可否、程度等の判断においては、懲戒事由の内容、被害の有無や程度、これに対する社会的評価、被処分者に与える影響、弁護士の使命の重要性、職務の社会性等の諸般の事情を総合的に考慮することが必要

認定された事実関係が「品位を失うべき非行」といった弁護士に対する懲戒事由に該当するかどうか、また、該当するとした場合に懲戒すべきか否か、懲戒するとしてどのような処分を選択するかについては、弁護士会の合理的な裁量にゆだねられている。

懲戒委員会が懲戒の可否及び程度等を判断する上において、全くの事実的基礎を欠くか、又は社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を超え又は裁量権を濫用してされたと評価される判断をしないという注意義務が問題となる。

本件では、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然とこれをしたと認め得るような事情があるとは認められない。

判例時報2542

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幼少期に発効された身体障碍者手帳が「・・・明らかにすることがでできる書類」に当たるとされた事例

名古屋高裁金沢支部R3.9.15

<事案等>
20歳未満のときに初診日がある傷病による障害者(20歳前障害者)については、障害福祉年金による各制度がある。
これらの給付を受ける権利は、受給権者の請求に基づいて、厚生労働大臣が裁定。
Xは、訴えの変更を繰り返し、最終的にはY(国)に対し、
主位的には、平成23年3月までの分の障害福祉年金及び障害基礎年金の支給を求め、
予備的には、社会保険事務所又は年金事務所の職員が、初診日を特定又は証明できる書類がなければ裁定請求はできないとの理由でXの最低請求を妨害したことにより、前記各年金の支給を受ける権利を時効により消滅させた⇒国賠法1条1項に基づき、前記同額の支払を求めた

<争点>
①YがXの平成23年3月以前分の障害福祉年金及び障害基礎年金の支給を受ける権利(基礎となる受給権から毎月発生する支分権)が国年法102条1項所定の時効により消滅した旨の主張をすることが信義則に反するものといえるか。
②社会保険事務所又は年季事務所の職員がXに裁定請求書を渡さないなどの対応をしたことが国賠法上違法か
③②の職員の違法行為によるXの損害

<原審>
いずれも棄却。
争点②について、・・・職員の対応は違法とはいえない

<判断>
・・・昭和63年11月頃にXが社会保険事務所を訪問した際に所持していた身体障害者手帳の記載内容及びXの右手の状態を見れば、いずれも受給要件も充たしていることを確認することができた⇒同身体障害者手帳は初診日(当該疾病又は負傷が発生した日も含む趣旨)を明らかにすることができる書類として必要十分
but
窓口担当者は、法令の解釈を誤り、裁定請求用紙を交付しようとしなかった

かかる窓口担当者の行為を国賠法上違法かつ過失のあるものと判断。

<解説>
原判決と本判決で結論を異にしたのは、認定事実が異なることによるのではなく、初診日を明らかにすることができる書類がどのようなものかを解釈するに当たって、原判決が国年法施行規則の文言を重視したのに対し、本判決が前記書類が必要とされる目的に立ち返ったことによる。
初診日を明らかにすることができる書類についての文献等

判例時報2542

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国民年金法の平成24年改正の違法(否定)

高松高裁R4.5.26

<争点>
平成24年改正法及び本件処分が
①憲法25条及び人権A規約に違反するか
②憲法29条1項(財産権)に違反するか
③憲法13条に違反するか
④平成25年改正政令が法の委任の範囲を逸脱するか

<判断>
●争点①
平成24年改正法の立法目的は、世代間の公平及び年金財政の安定を図り、公的年金制度の持続可能性を確保する点にあったところ、このような立法目的自体は正当
平成25年度から3年間にわたって段階的に年金額を減額するという手法は、特例水準(物価スライド制による年金額の減額改定を行わない特例法が適用された結果生じた年金額の水準)の解消を図ることとした平成24年改正法の立法目的達成のために必要不相当とまではいえない⇒不合理であるということはできない。

●争点②
目的が正当で、手段は不相当ではない。

●争点③
①特例水準の解消が、生活保護を受けることを強制するものとまではいえない
②公的年金制度はそれのみによって健康で文化的な最低限度の生活を保証するものではなく、老齢基礎年金が生活保護における給付水準を下回るからといって、それが直ちに、年金受給者の憲法13条によって保障された人格的権利を侵害するものとまえいうことはできない。

●争点④
平成25年改正政令が平成24年改正法の委任の範囲を逸脱するとは認められない。

<解説>
Xらは、社会経済立法における立法裁量についても、行政裁量において論じられてきたいわゆる判断過程統制審査(判時1932、11頁)が妥当する旨主張
vs.
判断過程統制審査において考慮されるような事情は、立法目的の合理性、その目的達成のための手段の必要性・相当性について検討する際の考慮要素になるものとするのが相当であり、このような判断手法をとること自体は、前掲判例に反するものではない。

判例時報2542

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2023年3月15日 (水)

特殊詐欺の回収役の認定の事例

仙台高裁R3.12.16

<解説>
被告人の犯人性については検察官が立証責任を負っている
アリバイの成立が確実とまで証明されなくとも、検察官の積極的立証とアリバイ立証を総合的に判断し、被告人のアリバイ供述を虚偽として排斥できないとして、被告人の犯人性に合理的な疑いが生じた場合には、無罪が言い渡される。

●特殊詐欺事案における包括的共謀について
特殊詐欺事案においては、
①犯行毎に実行犯等の関与者が変わることが多い
②役割によっては犯罪全体の実態を把握しておらず、また犯行組織との人的関係が希薄である場合も多い
包括的共謀が認められるためには、犯行組織を他の共犯者らと共に形成し、その構成員として犯罪を反復して遂行する旨の合意等がなされている必要
本件:

①被告人の枠割は回収役で代替性がある
②被告人が他の共犯者や組織における詐欺の実態につき詳細を認識しているともいえないこと等
⇒包括的共謀を否定。

原判決は、そのような認識の下、回収の依頼が撤回されるなどした時点での共謀の解消を認め、本判決もかかる判断を指示

判例時報2541

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科技イノベ活性化法15条の2第1項1号の「研究者」

東京地裁R3.12.16

<事案>
Yとの間で有期労働稀有役を締結して更新しているXが、Yに対し、①労契法18条1項に基づき無期転換の申込をしたことにより期間の定めのない労働契約が成立、②YがXに対し無期転換申込権を認めない取扱いをしたことは違法

①期限の定めのない労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、
②不法行為に基づく慰謝料100万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた
X:令和1年6月20日、Yに対し、労契法18条1項に基づき無機労働契約を申し込む旨の意思表示
Y:XとYとの間の労働契約は、「科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律」に基づき、契約期間が10年を超えるまで無期転換申込権は発生しない⇒無期転換申込権を否定。

<争点>
Xが科技イノベ活性化法15条の2第1項1号の「科学技術に関する研究者」に該当するか。

<判断>
●科技イノベ活性化法15条の2の趣旨:
①立法過程における審議内容
②条文の文言

科学技術に関する研究開発は、5年を超えた期間の定めのあるプロジェクトとして行われることも少なくないところ、このような有期のプロジェクトに参画し、研究開発及びこれに関連する業務に従事するため、大学等を設置する者と有期労働契約を締結している労働者に対し、労契法18条によって通算契約期間が5年を超えた時点で無期転換申込権が認められると、無期転換回避のために通算契約期間が5念を超える前に雇止めされるおそれがあり、これによりプロジェクトについての専門的知見が散逸し、かつ当該労働者が業績を挙げることができなくなるため、このような事態を回避することにある。

科技イノベ活性化法15条の2第1項1号の「研究者」というには、研究開発法人又は有期労働契約を締結した者が設置する大学等において、研究業務及びこれに関連する業務に従事している者であることを要する

学校教育法92条及び大学設置基準16条(現15条)によれば、大学の教授、准教授及び講師の職務において、研究と教育は区別され、必ずしも不可分一体ではなく、研究は担当せず、教育のみを担当する教授、准教授及び行使が存在することが想定されている。
科技イノベ活性化法の立法の審議過程においても、教育のみを担当する講師については、「研究者」として10年超えの特例の対象とすることが想定していなかった。

大学等で研究開発及びこれに関連する業務に従事していない非常勤講師を「研究者」とすることは立法趣旨に合致しない。

科技イノベ活性化法と同時に、10年超えの特例が設けられた「大学の教員等の任期に関する法律」(「任期法」)が、10年超えの特例が適用される大学教員の対象を限定した上、手続的にも厳格な定めを置いている。
but
研究実績がある者、又は、大学等を設置する者が行った採用の選考過程において研究実績を考慮された者であれば「研究者」に該当すると解した場合、大学教員は、研究実績がある者であったり、研究実績を先行過程で考慮されたものであったりすることがほとんど⇒任期法が適用対象を限定したことは無意味となり、このような解釈は不合理である。

A大学において、学部生に対するドイツ語の授業、試験及びこれらの関連業務にのみ従事しているXは、「研究者」に該当しない⇒労契法18条1項に基づきく無機労働契約への転換を認め、地位確認請求を認容。

●不法行為については、
Yの無期転換申込権を認めない取扱いという事実行為によって、Xの地位が影響を受けることはない等⇒成立を否定

判例時報2541

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特定農林水産物等の登録に関する処分の取消しを求める訴えと行政事件訴訟法14条1項ただし書の「正当な理由」

東京地裁R4.6.28

<事案>
農林水産大臣は、特定農林水産物等の名称の保護に関する法律12条1項に基づく特定農林水産物等の登録に関する処分(「本件処分」)をした。
原告が、本件処分について、地理的表示13条1項3号イ及び同項4号イ所定の登録許否事由があるのにこれを看過した違法がある⇒その取消しを求めた⇒本件審査請求を棄却⇒本件処分の取消しを求める本件訴えを提起

原告:豆味噌に「八丁味噌」という表示をして事業を行う株式会社
八丁味噌協同組合(八丁組合)の組合員
八丁組合は、地理的表示法7条1項に基づき、登録申請⇒申請取り下げ
県組合が、地理的表示法7条1項に基づき、生産地を「愛知県」とする豆味噌につき、名称を「八丁味噌」とする登録を申請⇒農林水産大臣は本件処分

<規定>
行訴法 第一四条(出訴期間)
取消訴訟は、処分又は裁決があつたことを知つた日から六箇月を経過したときは、提起することができない。ただし、正当な理由があるときは、この限りでない。
2取消訴訟は、処分又は裁決の日から一年を経過したときは、提起することができない。ただし、正当な理由があるときは、この限りでない。
3処分又は裁決につき審査請求をすることができる場合又は行政庁が誤つて審査請求をすることができる旨を教示した場合において、審査請求があつたときは、処分又は裁決に係る取消訴訟は、その審査請求をした者については、前二項の規定にかかわらず、これに対する裁決があつたことを知つた日から六箇月を経過したとき又は当該裁決の日から一年を経過したときは、提起することができない。ただし、正当な理由があるときは、この限りでない。

<判断>
本件訴えは、行訴法14条1項本文所定の出訴機関を徒過しており、同項ただし書の「正当な理」由も認められない⇒不適法。

(1)本件審査請求をした者は八丁組合であり、原告と八丁組合の法人格は異なるものであるから、原告は14条3項の「審査請求をした者」には当たらない。
(2)
(3)

<解説>
●審査請求の主体
最高裁昭和61.6.10:地方団体の徴収金に関する滞納処分等の取消しの訴えは当該処分についての異議申立又は審査請求に対する決定又は採決を経た後でなければ提起することができないものとされているところ、被上告人が当該処分につき自らは審査請求をすることなく直接本件訴えを提起した事案において、
訴訟提起自身がその手続を経由していない以上、たまたま他の者が当該処分について訴訟提起者の主張と同一の理由に基づいて審査請求を経ていたとしても、両者が当該処分に対し一体的な利害関係を有し、実質的にみれば、その者のした審査請求は同時に訴訟提起者のための審査請求でもあるといいえるような特段の事情が存しない限り、訴訟提起者の訴えについて当然に審査請求の手続が経由されたと同視して、これを適法な訴えと解することはできない。

●行訴法14条1項ただし書の「正当な理由」
訴訟追行為の追完を規定する民訴法97条1項の当事者の「責めに帰することができない事由」よりも緩やかかな概念であり、出訴期間内に出訴しなかったことについての社会通念上相当と認められる理由を意味。
具体的な事案においては、処分等の内容・性質、行政庁の教示の有無及びその内容、処分等に至る経緯及びその後の事情、処分当時及びその後の時期に原告が置かれていた状況、その他出訴期間徒過の原因となった諸事情を総合勘案して判断。
原告は、八丁組合が本件処分の取消しを求める訴えを当然に提起することを想定
but提起せず。
vs.
もっぱら八丁組合を構成する原告と合資会社八丁味噌の内部事情をいうもの⇒「正当な理由」があったものとは解し難い。

●地理的表示法(いわゆるGI法)にいう先使用権
地理的表示法3条2項4号は、登録の日前から不正の目的でなく登録に係る特定農林水産物等若しくはその法曹等に当該特定農林水産物等に係る地理的表示(GI)と同一の名称の表示若しくは類似等表示を使用していた者等が継続して、当該農林水産物等又はその包装等にこれらの表示を使用する場合には、前記表示を使用することができる(登録の日から7年後は、・・当該農林水産物等に当該特定農林水産物等との近藤を防ぐのに適当な表示がされているときに限る。)。

●地理的表示法15条1項に基づく生産者団体を追加する変更の登録

判例時報2541

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2023年3月12日 (日)

地方議会議員の発言による国賠請求

横浜地裁R3.12.24

事案 X(在日コリアン)が、
①鎌倉市議会議員であったY1に対し、鎌倉市議会におけるY1の発言、Y1の議会外におけるSNS条の発言が、Xの名誉を毀損⇒不法行為に基づき慰謝料の支払等を
②Y2(神奈川県鎌倉市)に対しては、国賠法1条1項に基づき慰謝料の支払等を求めた。

<判断>
本件議会内発言については、地方議会議員としての職務としてなされたものであることは明らか⇒Y2が国賠法上の責任を負う

本件議会外発言についても、当該SNSの性質、実名か匿名か・公開か非公開化といった当該投稿の形式、当該投稿の目的、内容、当該投稿に使用されたアカウントの投降履歴等の観点から検討を加えた上で、
本件議会外発言はいずれも、当該投稿の一般の読者の普通の注意と読み方とを基準にすると、地方議会議員としての職務執行の外形を備えていると認められる⇒Y2が国賠法上の責任を負う。

地方議会議員の発言が、その職務とは関わりなく違法又は不当な目的をもってされたものであるなど、その付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情がある場合には、国賠法1条1項にいう違法な行為があったものと解するのが相当。

「私、特に出身が出身なだけに本当に怖い。」との発言については、前後の文脈からして、一般の読者の普通の注意と読み方を基準とすれば、Xが在日コリアンの出自を持つことから、Y1は強い恐怖心を感じるという意味の発言

在日コリアンに対する差別意識を前提に、在日コリアンというXの出自を理由にXを不当に貶める差別的発言と認められ、前記特別の事情がある。
⇒国賠法上の違法性を有する。

本件議会外発言のうち、Xの行為に対して否定的評価を与えるのを超えて、Xがその氏名からして日本人ではないというその属性自体をも否定的評価の根拠の1つとしていることが明らかであるものについては、Y1は、SNSにおいて広報活動をするに当たって、地方議会議員として職務上当然に尽くすべき注意義務を尽くさなかったといえる。
⇒国賠法上の違法性を肯定。

<解説>
●地方議会議員のSNSにおける発言の職務行為関連性

判例:
公務員がその職務を行うについて他人に損害を与えた場合の公務員の個人責任を否定し、
国賠法1条1項の「職務を行うについて」の意義については、客観的に職務の外形を備えている場合に職務行為関連性を認める外形標準説を採用

●地方議会議員の議会内発言の国賠法上の違法性

●地方議会議員の議会外発言の国賠法上の違法性
本件議会内発言とは異なり、本件議会外発言については、Y1が地方議会議員として職務上当然に尽くすべき注意義務を尽くしたかどうかを問題にしている

議会内発言と議会外発言とで判断基準を使い分けている。

議会内発言と議会外発言では、その要保護性におのずと違いがある。
本判決は、「真実性・相当性の法理」に言及していない。

①「真実性・相当性の法理」は、報道の自由や個人の表現の自由と名誉毀損により害される利益の調整を図る基準であるところ、本件議会外発言は、公務員の広報活動としてなされたもので、報道機関による表現や私人によるSNS上での発言とは場面が異なる
②本件では、日本人ではないというその属性自体に否定的評価を加える発言が問題となっているところ、「真実性・相当性の法理」ではその違法性の実質を捉えることが難しい

判例時報2541

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フランスでの逮捕状と親権者選択

東京家裁R4.7.7

<判断>
・・・・フランスの裁判所が「監護責任を持つ者からの子どもの略奪」などの罪状でXについて逮捕状を発布し、Xが国際指名手配を受けている点については、
Xが現に子らを養育監護し、子らの監護状況について特段の問題がみられない

逮捕状が発布されているとの一事をもって、直ちにXが子らの親権者として不適格であるということはできない。

<解説>
● 親権者の指定は、子の利益を基準としてされなければならない(民法819条6項参照)
問題は、父母のいずれを親権者とすることが子の利益に適うか?
諸事情を比較考慮して総合的に判断。
子を奪取した行為に違法性がある場合には、奪取者の親権適格に問題があり、奪取親の下で安定した生活を送るようになっていても、それは奪取の結果であって追認されないと判断された決定例もある。
(東京高裁H11.9.20)
子の奪取が違法性を帯びるかどうかに関し、一般的には、別居に至る経緯や別居時の態様(子に対する有形力の行使の有無)などを総合考慮して判断。

● 夫婦の一方が子を連れて別居をした場合、別居後の安定した生活を重視⇒「連れ去り得」になるとの指摘。
本件でも、非監護親と子らとの面会交流が一切実施されていない。

本判決:
面会交流が実施されていないことは問題である。
but
共同親権を認めていない現行法の下では、この点は、本件訴訟とは別に、XとYが協議をし、協議が整わないときには、調停及び審判の手続を経るなどして、子らの福祉に適うところを慎重に模索して、これを実施していくのが相当。

本判決:
子の奪取が違法であるとまではいえない事例では、監護親を親権者として指定した上で、監護親と非監護親が協議をし、協議が整わないときには、調停及び審判の手続を経るなどして面会交流を実施することが相当であるとの方向性を示した。
but
現実には、監護親が非監護親と子との面会交流の実施に積極的でない事案も多く見受けられる。

判例時報2541

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マンションの規約違反⇒障害者グループホームとしての利用の禁止と弁護士費用等の請求(認容)

大阪地裁R4.1.20

<事案>
マンション管理組合の管理者である原告が、マンションの住戸を当該住戸の区分所有者から賃借している被告(社会福祉法人)に対して、被告が当該住戸を障害者グループホームとして利用していることが、マンションの専有部分を住宅以外の用途に利用することを禁止しているマンション管理規約(「本件管理規約」)の規定に違反しており、区分所有者の共同の利益を侵害。

区分所有法57条4項、1項に基づき、当該住戸をグループホームとして利用することを禁止するよう求めるとともに、本件管理規約に基づき、提訴に要した弁護士費用等合計85万430円及び遅延損害金の支払を求めた。

<判断>
●争点1
専有部分での住宅以外の利用を禁止している本件管理規約の趣旨及び目的

区分所有者及び占有者が許容されている「住宅」としての専有部分の使用は、生活の本拠であることに加えて、客観的な使用対象が、本件管理規約で予定されている建物等の管理の範囲内であることを要する

被告による障害者グループホームとしての使用態様は、消防法等の関連法令によって、障害者グループホームが入居していない場合を比較して、消防設備の設置や点検といった義務等を負うことになり、かつ本件管理規約上も障害者福祉施設等の入居について許容する規定がいない
本件管理規約で予定されている建物等の管理の範囲を超えるものであるとして、本件管理規約に違反する。

●争点2
区分所有法6条の「区分所有者の共同の利益」に反するかどうかは、当該行為の必要性や他の区分所有者の被る不利益の程度等を総合考慮して判断すべき。
①被告が、本件管理規約に違反している
②マンション管理組合が点検費用等に要する金銭的負担等
障害者グループホームが有する公益性の高さを考慮してもなお、区分所有法6条の「区分所有者の共同の利益」に反する。
原告の被告に対する専有部分の障害者グループホームとしての利用の停止請求を認容

●障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律8条1項の「不当な差別的取扱い」及び障害者基本法4条1項の「障害を理由」とする「差別」に該当しない。

●弁護士費用等。

判例時報2541

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X(適格消費者団体)のYら(消火器のリース業を営む会社)に対する訴訟。

仙台高裁R3.12.16

<判断>
消費者契約法12条3項に基づく請求:
事業者であるYらが、消火器の設置・使用ないし保守点検に関する継続的契約にあたる消費者契約を締結するに際し、不特定かつ多数の消費者との間で、同法8条1項1号に規定する事業者の損害賠償責任を免除する条項又は同法10条に規定する消費者の利益を一方的に害する条項にあたる消費者契約の条項を含む消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示を行うおそれがある
これらの行為の停止又は予防として、これらの条項を含む意思表示を差止め、前記の停止または予防に必要な措置として、前記条項が記載された契約書用紙の破棄を命じた。

パッケージリース条項①及び②は、いずれも消費者契約法8条又は10条により無効となる条項が多数含まれ、これに関連する契約条項が全体として一体のものとして、消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項となり、信義則に反して消費者の利益を一方的に害する契約条項となっている
⇒同法10条により、契約条項全部が無効。

特定商取引法58条の18第2項2号に基づく請求については、
契約が解除されたときにリース料残余相当額を支払わなければならない旨を定めた特約が、同法10条1項3号及び4号の規定に反する
⇒行為の停止または予防として前記特約を含む契約の申込み又はその承諾の意思表示を差止め、前記の行為の停止又は予防に必要な措置として前記特約が記載された契約書用紙の破棄を命じた。

特定商取引法58条の18第1項に基づく請求については、
・・勧誘行為は、顧客が当該契約の締結を必要とする事情に関する事項(同法6条1項6号)又は当該契約に関する事項であって顧客の判断に影響を及ぼすこととなる重要なもの(同項7号)について、不実のことを告げる行為に当たる
・・・勧誘行為は、役務の種類及びこれらの内容(同法58条の18第1項1号イ)の不可欠の要素となるリース物件の種類及びその性質につき、故意に事実を告げない行為(同項2号)にあたる

前記勧誘行為の停止又は予防として前記勧誘行為を差止め、
前記の行為の停止又は予防に必要な措置として前記勧誘行為を記載した文書等の破棄を命じた。

景表法30条1項に基づく請求については、
同項1号に規定する優良誤認表示、または同項2号に規定する有利誤認表示にあたると判断

これらの表示をする行為の停止又は予防として前記表示を差し止めた。

<解説>
消費者契約法39条1項に基づき、消費者庁のホームページに、判決の概要、差し止め請求に係る相手方の名称等が公表
差し止命令については、侵害態様の変更による強制執行回避への対応策が、特に知財侵害訴訟の分野において重要な課題して認識されて、実効的な救済を確保する観点から、包括的ないし抽象的な差止命令の必要性が論じられている。

本判決:パッケージリース契約条項①及び②について、契約条項が全体として一体のものとして信義則に反し、消費者の利益を一方的に害する契約条項となっていると評価⇒消費者契約法10条により契約条項全部が無効になると判断。

契約条項全部の使用を差し止める包括的な差止命令により、実効的な救済を志向した判断として、実務上参考となる。

判例時報2541

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2023年3月 7日 (火)

解離性同一性障害で完全責任能力肯定事例

大阪高裁R1.12.12

<事案>
強盗殺人等の事案

<争点>
原審で、被告人の責任能力が問題となり精神鑑定
原審の鑑定人:
被告人が解離性同一性障害にり患しており、犯行当時者主として別人格が行動を支配しており、主人格は別人格をコントロールすることができないとしつつも、被告人は、犯行当時目的に従って合理的に行動しており、状況を正しく認識し、行動をコントロールできていた。
⇒争点は、この点をどのように評価するか。

<原審・判断>
責任能力は、犯行時の被告人の精神状態について、善悪の判断能力や行動制御能力を問題とするもので、その当時の精神状態に行動制御能力があると認められる以上、その状態を「主人格」というものがさらに制御できるかという点を問題にする必要はない。
⇒被告人の当時の行動の合理性を認めて完全責任能力を認めた。

原審鑑定人:
精神医学においては、解離性同一性障害にり患して、人格が多数現れたとしても、元々その人の中に包摂されていない人格が発現することはなく、その人が本来持っているいろいろな側面が、解離という精神状態を経て、際立った特徴を持った人格となって主として現れてくると考えられている。

<解説>
● 本件:被告人が解離性同一性障害にり患していること、行為当時の人格は主人格ではなく別人格であり、しかも、主人格はこれをコントロールできなかったことを認めた上で、完全責任能力を認めたもの。

● 解離性同一性障害の刑事責任能力の判断方法:
①グローバル・アプローチを呼ばれる方法
②個別人格アプローチと呼ばれる方法
①:主人格の能力を基準に、主人格が行為時に行為に対する弁識・制御ができたかによって判断
②行為時に行為を司っていた人格を基準に、この人格が行為時に行為に関する弁識・制御ができない(又は著しく困難な)状態にあったのではない限り、責任能力は失われず、それでは主人格が行為をコントロールできたか否かは問題にならない。

本判決及び原判決:②のアプローチ

「行為によ出ようとした時点で、その時点での行為者が思いとどまることができたか」という視点からのアプローチ。

①のアプローチ

責任能力概念を刑罰正当化の議論に基づいて構築するもので、受刑時にその責任を問いうるかという行為後の観点をも下り入れて判断。
● 解離性同一性障害については、判決上、責任能力に影響するとされた事例は事情に少ない。
but
ICD=11(国際疾病分類・第11回改訂版)では、解離性同一性障害について、それまで「その他」とされていたのを独立の類型として規定

その障害の認知度は高くなってきた⇒刑事裁判においてもその責任能力が争われる例が散見。
文献

判例時報2540

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審査請求と取消訴訟で異なる理由でも審査請求前置の要件を満たす・心臓性突然死での死亡と認定

名古屋高裁金沢支部
R3.11.10

<事案>
Aの妻であるXは、死亡原因は過労であるとして、福井労働基準監督署長(処分行政庁)に対して遺族補償給付及び葬祭料の請求⇒処分行政庁は、不支給処分(本件各処分)⇒本件各処分についての審査請求及び指針さ請求をしたが、いずれも棄却⇒Y(国)に対して本件各処分の取消しを求める本件訴訟を提起。

X:審査請求及び再審査請求においては、Aが過労により急性脾膵臓壊死を発症して死亡した旨を主張⇒過労が急性膵臓壊死を引き起こすという医学的知見が確立されていないとして理由がないと判断。
本件訴訟では、Aが過労により心疾患を発症して死亡した旨を主張

<争点>
①本件訴訟の審査請求前置要件充足性
②Aの死因
③Aの疾病及び死亡の業務起因性
Aが心疾患をもたらし得るほどの長時間労働をしていたことは争いがない⇒Aの死因(②)が心疾患であると認定されれば、業務起因性(③)は半ば自動的に肯定されるという構造

<判断・解説>
●争点①(本件訴訟の審査請求前提要件充足性)
審査請求における主張事実を取消訴訟において変更することは処分の同一性の範囲内であれば許されると解するのが一般的。
Y:労災保険給付については、給付の種類が同一で、傷病及び災害原因が同じであれば処分に同一性があるが、いずれかが異なれば処分の同一性が失われる。
Xの主張するAの傷病は、本件不服申立てにおいては急性膵臓壊死であったが、本件訴訟においては心疾患⇒処分の同一性なし。
vs.
判断:
Yの主張の採否を明示することなく、本件不服申立て及び本件訴訟におけるXの主張はAが過労により死亡したとする点で共通⇒本件訴訟は審査請求前置の要件を満たす。

「Aが過労により死亡したこと」を「傷病」と捉えれば、Yの主張によっても、処分の同一性を肯定することができる。
再審請求に係る裁決書には、XがAの死因は心疾患であると主張した旨も記載。

●争点②(Aの死因)
労働者がいわゆる「職業病リスト」所掲の疾病により死亡したものであることは、遺族補償給付等を請求する者がその証明責任を負う。

X:Aの死因を急性心機能障害を含む虚血性心疾患
vs.
判断:証拠はない

X:特異的な形態額的変化のない心臓性突然死が死因
vs.
心臓性突然死という診断名は、急に死亡し、他に原因がなく、心臓に原因がうかがわれる症例に付けられるものであり、労働者が心臓性突然死により死亡したことの証明は、労働者が他の疾病により死亡した合理的可能性がないことを証明するという消去法によらざるを得ない
but
処分行政庁が、労働者が心臓性突然死により死亡したことを否認して、遺族補償給付等を不支給とした事案においては、処分行政庁において死因となる得る疾病を特定したからこそ、不支給処分をしたものであることが多いこのような事案においては、処分行政庁の主張する疾病が死因となった合理的可能性があるといえなければ、他に特段の事情のない限り、労働者が心臓性突然死により死亡したものであると推認することができる。

第1審:急性膵炎は死因となり得るとうい医学的知見と、Aが致死的な急性の膵炎の病変を発症した蓋然性があるという、いわば抽象的なレベルの論証をもって前記の合理的可能性を認めた。

控訴審:Aの死亡という具体的な症例において、死亡をもたらした可能性のある合理的機序が認められる必要があるとみた。
⇒判断の相違。

控訴審:
Aの死亡の機序については、D1医師の本件鑑定書及びこれを概ね支持するD2医師の意見書(本件鑑定書等)に記載されたもの以外には、具体的な仮説を提示する証拠がない⇒本件鑑定書等に記載された機序に合理性があるか否かを検討すれば足りる。
本件鑑定書等に記載された機序は、一般的が医学的知見と整合せず、このような不整合を合理的に説明説明し得る文献ないしは症例報告も見当たらないから、合理性がない
⇒第1審が判断のよりどころとした、Aの膵臓は生前に壊死したのか、死後に自己融解したのか等の問題点について判断する必要はない。

<解説>
要証事実を消去法により認定せざるを得ない事案は実務上まま見られる。
そのような事案において、いずれの当事者がいかなる間接事実をどの程度の証明度をもって主張立証すべきものとするかについては、議論が紛糾することも珍しくない。

判例時報2540

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Yの規制権限不行使⇒重い管理区分に相当する病態発症の認定⇒国賠請求(肯定)

岐阜地裁R3.12.10

<事案>
AはY(国)が規制権限を適切に行使しなかったために、同工場における作業中に石綿粉じんに暴露し、じん肺法における健康管理の管理区分管理3に相当する石綿肺を発症⇒かかる規制権限不行使は国賠法1条1項の適用上違法⇒Yに対し、慰謝料等の支払を求めた。

<争点>
Aとの関係において、Yの規制権限不行使が国賠法1条1項の適用上違法と評価されることに争いはない。
Aが管理区分管理2に相当する石綿肺を発症したことに関するAの損害賠償請求権は、本件訴訟提起時点(令和1年)で除斥期間経過。
Aが遅くとも平成19年2月23日の時点で管理区分管理3に相当する石綿肺を発症していたと認められるか?

<判断>
B医師の意見について、
①B医師は石綿関連疾患の診断に関して十分な専門的知識と経験を有していること
②B医師の意見は石綿肺の診断において通常用いられる方法によってAの胸部エックス線写真及び胸部CT画像を読影した結果を報告するものであって、胸部CT画像上の所見と整合することに照らし信用性が高い
③Y提出にかかる医師の意見書(B医師と異なる意見を示すもの)によってもその信用性は減殺されない

B医師の意見を採用してXらの請求を認容。

<解説>
● 最高裁H16.4.27:
じん肺のように「身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質による損害や、一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる損害のように、当該不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には、当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となると解すべきである」とした。

同判決の調査官解説では、「損害の全部又は一部が発生した時」の解釈につき、管理区分管理2ないし管理4に相当する病状に基づく各損害の質的な相違を根拠として「最終の行政上の決定時」を消滅時効の起算点と認めた最高裁H6.2.22の趣旨が妥当するとされている。
前掲最高裁H6.2.22も、行政上の決定を損害発生時の基準としているが、これは、事案の性質上、行政上の決定をもって当該管理区分に相当する病状が発現したと認めるほかなかったことによるものと解され、行政上の決定がなくとも、管理区分決定の際に求められる程度の医学的証明があれば、損害の発生が認められるという考え方を否定するものではない。

● 証人の信用性の判断は自由心証主義の機能する場面
but
いわゆる鑑定証人に当たるB医師が、Aの石綿肺の症状の程度について、経験科学的・臨床的に述べる内容については、鑑定意見の場合に準じて、公正さや能力に疑いが生じた場合や、前提事実の誤り等診断の前提条件に問題があるような場合を除き原則として、その意見は十分に尊重すべきといえる。
(刑事事件における鑑定意見の評価方法について判示した最高裁H20.4.25)

判例時報2540

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2023年3月 6日 (月)

自衛官の自殺⇒安全配慮義務違反(肯定)

熊本地裁R4.1.19

<事案>
陸上自衛隊の陸曹候補生過程に入港し、共通教育中隊に配属中に自殺したA
父母であるXらが、Aの自殺の原因は、Aの指導に当たった自衛官であるY1及びY2による暴力的、威圧的ないじめないし嫌がらせ行為にある

Y1及びY2に対しては民法709条に基づき
国に対しては民法715条、国賠法1条又は債務不履行に基づき
それぞれ損害賠償金及び遅延損害金を支払うよう求めた。

<判断>
●Y1及びY2がAに対して行った行為の内容
AがY1から指導を受けているところを目撃した他の学生の供述や、Y1からの指導についてAから相談を受けていた他の学生の供述に基づき、Y1がAに対して指導中に「殺してやりたい」というような発言をしたことなどを認定。

●国の安全配慮義務違反の有無
国は、学生が教育訓練を受け、隊舎等の施設内において生活を送るに当たり、共通教育中隊の組織、体制、設備を適切に整備するなどして、学生の生命、健康に対する危険の発生を防止する安全配慮義務を負っている。
Y1は、Aが所属していた第1区隊の区隊長かつ学生全体の躾教育を担当する役割を担う同期生会指導部の指導幹部であり、Y2も学生全体の教育を担当する指導陸曹であった
共に国の履行補助者としてAの生命、健康に対する危険の発生を防止する義務を負っていた
・・・不適切な側面があったものの直ちに安全配慮義務違反に該当するとはいえない。
but
Y2がAに対する指導の際にその胸倉を掴んでゆすったこと、Y1がその状況を見ていながらその暴行を制止しなかったことは、共に安全配慮義務違反に違反
Y1が業務ができていない者としてAに全学生の前で手を挙げさせたことは、Aに自己否定感や羞恥心を抱かせるもので、安全配慮義務に違反する。
Y1がAに対し、お前のような奴は殺してやりたいくらいというような発言をしたことは、学生に対する指導として何ら必要性がなく、社会通念上許されない暴言を述べたものにほかならず、安全配慮義務に違反する。

●安全配慮義務違反とAの死亡との間の相当因果関係
Aが共通教育中隊に配属後、新しい環境や業務に対する不安や、初対面の上官に対する緊張感のストレスを感じていたと考えられ、Y1による不適切な指導によって自信を喪失する中で、Y1及びY2から安全配慮義務に違反する行為を受けたもので、Aの遺書の記載や医師による診断も考慮
安全配慮義務違反とAの死亡との事実的因果関係は認められる

①AがY1及びY2から指導を受けていたのは2日間のみで、そのうち安全配慮義務に違反する指導を受けたのは3時間弱という短時間にとどまり、
②Aが急速に精神的不調をきたして自殺に至っていることなどに照らせば、Y1及びY2がAの自殺を予見することは困難
安全配慮義務違反とAの死亡との間に相当因果関係は認められない

●国家賠償請求及びY1及びY2の不法行為責任
Xらが本件訴えを提起した時点で、国に対して国賠法1条1項に基づく損害賠償請求をすることが可能な程度に損害及び加害者を知った時点から3年が経過⇒時効消滅

Y1、Y2の行為は、いずれも共通教育中隊の教官としてAに対して指導する意図で行われたものであり、指導の一環として行われた外形を有している

公権力の行使に当たる公務員であるY1及びY2がその職務を行うについてしたものであるといえ、国賠法1条の適用がある
⇒Y1及びY2各個人は民法709条に基づく損害賠償責任を負わない

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インターネットオークションでの売買契約の成立

横浜地裁R4.6.17

<事案>
Xは、インターネットオークションで、Yが出品した腕時計を9万2000円の価格で入札⇒Xは、本件時計の落札に同意するか確認され、これに同意⇒ネット上の決済サービスで本件時計の代金(送料含む)を支払い、Yに連絡。
Yは、その直後に、Xによる落札価格では売れない旨をXに連絡し、Xにつき落札者から削除。

Xが、Yに対し、債務不履行に基づく損害賠償請求として、逸失利益10万7480円の損害賠償を請求。

<判断>
●本件オークションに適用される約款、ガイドライン、利用者向けの解説(ヘルプ)ページ等には売買契約の成立時期を明記した規定は存在しない。
Yが、本件時計を出品した時点で、送料は落札者負担、送料は全国一律520円、支払手続から1~2日で発送する旨提示していたこと、本件時計の落札者は、インターネット上の決済システムなど複数の方法から自ら選択して落札金額に送料を足した額を即時に支払うことが可能であったこと
Yと本件時計の落札者との間で、落札後に取引条件について交渉することは予定されていなかった。

Yが、入札可能期間が終了するまで本件時計の出品を取り消さず、さらに、「補欠を繰り上げる」が選択されている状態で、・・・補欠落札者となったXが、本件時計の落札に同意したという事実関係
遅くとも、Yが、Xを落札者に繰り上げる旨の操作をした時点で、YからXに対し売買契約の申込みの意思表示があったと解することができ、Xが落札に同意したことで売買契約に承諾する意思表示があり、XとYとの間で、売買契約が成立したものと認めるのが相当。

●Yによる売買契約の申込の意思表示は法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要な錯誤に基づくもの
but
Yに重過失があった⇒Yによる意思表示の取消しを認めなかった
⇒本件時計の価値相当額15万円からXが支払うはずであった9万2520円を控除した残額5万7480円の損害賠償請求を認容。

<解説>
売買契約は申込と承諾の意思表示の合致により成立。
インターネットオークションにおける取引の流れ
①出品者が商品を出品
②一定期間の入札期間に、参加者が入札を行う
③最高値を表示した入札者が落札
④落札後、送料等の確認をした後、落札者が代金を支払う
⑤出品者が商品を発送
⑥落札者が商品を受け取った後、出品者が代金を受け取る
③④が売買契約の成立時点とされる可能性があるが、
さらに具体的には、個別事案における、当該インターネットオークションのシステムやサービスの内容、サービスに適用される利用規約等の内容、出品者及び落札者が行った取引の態様や具体的な経過を考慮して、出品者と落札者の合理的意思を解釈して決することとするしかない。

本判決:
ンターネットオークションにおける「取引のどの過程のどの段階で(売買)契約が成立するかについては、個々の取引の規定、態様、経過等を考慮して当事者の合理的意思解釈をする必要がある」という一般論を述べた上で、具体的事実関係を検討して、結論を導くという手法。

判例時報2540

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2023年3月 5日 (日)

記名式定期預金及び記名式定期積金の預金債権の帰属と払戻(無効)

大阪高裁R3.10.8

<事案>
信用金庫に預け入れられた記名式定期預金及び記名式定期積金の帰属が争われた事案。
信用金庫であるY1は、Xを名義人とする本件各預金の預入れを受けていたが、本件各預金は、平成5年から平成11年までの間に、いずれも払い戻されていた。

<主張>
X:本件各預金の出演者はXであり、払戻請求権はXに帰属。
本件各預金の払戻しはY2(Xの父)がXに無断で行ったものであり無効。

Y1に対し、本件各預金の払戻請求をするとともに(甲事件)、Y2からY6までに対し、本件各預金の払戻請求権がXに帰属することの確認を求めた(乙事件)。
Xは、甲事件において、Y1が本件各預金の存在を隠蔽⇒不法行為に基づく損害賠償請求を選択的に併合。
Y1:独立当事者参加をして、Y2からY6までに対し、本件各預金の払戻債務がないことの確認を求めた(丙事件)。

<原審>
本件各預金はXに帰属したが、いずれも有効に払い戻されXの払戻請求権は消滅
⇒Xによる甲事件及び乙事件の各請求をいずれも棄却。
Y1による丙事件の請求をに認容。

<判断>
記名式定期預金契約において、当該預金の出捐者が他の者に金銭を交付して記名式定期預金をすることを依頼し、この者が預入行為をした場合、預入行為者が自己の預金とする意図で記名式定期預金をしたなどの特段の事情のない限り、出捐者をもって記名式定期預金の預金者と解すべき。
以上の考え方は、記名式定期積金にも当てはまる

本件預金は、
①名義人がXであること、
②出演者として可能性のある者がX以外に認められないこと
③X以外に権利者であると主張する者がいないこと

本件各預金の払戻請求権はXに帰属する。

Y1:Y1が作成していた預金元帳・定期預金元帳に本件各預金が払い戻されたことが記録されており、これらは本件各預金の弁済に係る直接証拠たる類型的信用文書に当たる
vs.
本判決:これらの預金元帳上の払戻しの記録は、Y1が当該預金の払戻の手続を行った事実を証明するにとどまり、その払戻が当該預金の真の預金者又は同人から払戻しの授権を受けた者に対してなされた事実までを証明するものとはいえない。
本件各預金の証書又は通帳及び届出印がY6のの金庫に保管されていた(Y2が利用できる状態にあった)ことにつき

本判決:Y2が、本件訴訟において、本件各預金の預金者について不知であると認否し、Xから本件各預金の管理処分権を委ねられていたとは主張していない
⇒前記証書等の保管の事実から、直ちにY2がXから本件各預金の処分権を委ねられていたと推認することはできない。
結論として、本件各預金の一部の払戻は無効。

XのY1に対する預金払戻請求を認容し(甲事件)、XのY2からY6までに対する預金払戻請求権の確認請求を認容(乙事件)。

<解説>
預金債権の帰属:
判例は、無記名定期預金及び記名式定期預金について客観説自らの出捐によって、自己の預金とする意思で自ら又は代理人・使者を通じて預金契約をした者を預金者とする説)を採用。

本判決:
記名式定期預金及び記名正規定期積金について、客観説を採用。

本判決:
担保提供や払戻しがXの意思に基づくか否かについて、その行為毎に、行為者、Xへの意思確認の有無、処分証書がある場合にはその成立の真正や信用性、保証意思確認票の信用性等を丁寧に検討して事実認定。

判例時報2540

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遺留分減殺請求と遺言執行者の預貯金の解約・払戻しの権限(肯定)

高松高裁R3.6.4

<事案>
Aの遺言:
Aの有する通常貯金を含む一切の財産を、Aの夫Bの甥であるXに包括して遺贈する
本件遺贈の遺言執行者としてXを指定する
遺言執行者は、相続人の同意なしに、預貯金の解約・払戻し等本件遺言執行のために必要な一切の行為を行う権限を有する。
Aは令和1年6月15日死亡
Aの全夫の子であるCらは、令和2年Cら令和2年2月8日、Xらを被告として、遺留分減殺請求訴訟を提起し、民法(改正前)1031条に基づき本件遺言による包括遺贈に対して遺留分減殺請求をする旨の意思表示をした。

X:本件貯金の払戻請求権に基づき、Y(ゆうちょ銀行)に対し、1049万5827円(令和2年3月31日時点における残高)及び遅延損害金の支払を求めて本訴を提起。

<解説・判断>
改正前民法1012条1項:
遺言執行者は、遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。
本件遺言には、遺言執行者が預貯金の解約・払戻し権限を有することが明記

遺言執行者であるXは、本件貯金の払戻請求をする権限を有する。
(遺言中に遺言執行者による預貯金の解約・払戻権限に関する記載なし⇒遺言執行者にその権限が認められるかについて議論あり。)

1審:
遺留分原請求権が行使された場合の本件貯金に関する権利関係が、受遺者であるXと遺留分権利者であるCらによる準共有となる⇒受遺者であるXは、遺言執行者に指定されているか否かにかかわらじゅ、単独で本件貯金の払戻請求をすることができない。

本判決:
遺留分減殺請求権の行使により遺留分権利者に権利が帰属するといっても、その権利は具体的な遺留分の確定以前は抽象的なものにとどまる⇒遺留分減殺請求権が行使された結果生ずる権利の性質だけから、直ちに遺言執行者による遺言執行を制限すべきではない。

預貯金の解約・払戻しそのものは、遺言執行の準備行為にすぎないともいえ、Cらの遺留分が現実に侵害されるとはいえない
遺言執行者による遺言執行の事務が、遺言執行者に遺言執行の包括的な権利義務を与えた法の趣旨に反して制約されるべきではない

遺言執行者による預貯金の払戻権限を認めた。

改正前民法1031条による遺留分減殺請求権の行使が、遺言で付与された遺言執行者の預金の払戻権限に影響を及ぼすか?
影響を否定して遺言執行者による預金の払戻請求を認めた東京地裁。
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本件は、包括遺贈の事案である点で事案をやや異にする。

判例時報2540

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2023年3月 4日 (土)

婚費における年金収入についての計算

東京高裁R4.3.17

<事案>
X(妻)とY(夫)は、いずれも60才代で婚姻し、別居。
XはYに対し、月額8万円の婚姻費用分担金の支払を求めて家事調停申立て。

<原審>
いわゆる標準的算定方式によることが相当
相手方が支払うべき婚姻費用分担金の額について、
①令和2年6月から令和3年8月までは、
Xが年金収入、相手方が事業収入及び年金収入を得ていたことを前提に、月額9万1666円と試算し、Xの申立ての限度内である月額8万円を相当。
②令和3年9月から当事者の離婚又は別居状態の解消までは、X、Yの双方が年金収入を得ている⇒月額3万8500円を相当

<判断>
上記①について6万円を相当。

<解説>
●標準的算定方式における総収入
標準的算定方式及び算定表:
基礎収入は「総収入」から公租公課(所得税・住民税・社会保険料)、職業費及び特別経費を控除したものとし、その算定は、前期費用を理論値又は統計資料に基づく推計を用いて割合的に算出した上で、これを「総収入」から控除。
自営収入については、前提となる「総収入」として、確定申告書の「課税される所得金額」をベースとし、税法上控除されているものの現実には支出されていない費用(雑損控除、寡婦・寡夫控除、勤労学生・障害者控除、配偶者控除、配偶者特別控除、扶養控除、基礎控除)の額や青色申告特別控除額等を加算して修正したものを想定し、基礎収入は、「総収入」から所得税、住民税及び特別経費を控除した金額としている。

「総収入」から基礎収入を算出するに当たり、給与収入と自営収入とで控除される費用が同じでない

自営収入における「総収入」が、給与収入と異なり、既に職業費に相当する費用と社会保険料とが控除済のものである。

●年金収入に対する標準的算定方式の適用
年金収入のように、職業費の支出を要しない収入を標準的算定方式に当てはめるにあたって、
給与収入と同様に収入額から公租公課、職業費及び特別経費を控除して基礎収入を算定⇒実際にはかからない職業費が控除され、基礎収入が低くなりすぎる⇒実務上、何らかの修正を加える考え方が大勢
A:基礎収入の割合を修正して算定
B:年金額を(1ー職業費の割合)で女子て給与所得者の収入額に換算して算定
Yは、令和3年8月までは自営収入と年金収入を得ていた

本決定:同月までの年金収入を自営収入に換算した上で、前記自営収入と合算した収入額を標準的算定方式に当てはめている。

判例時報2540

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