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2023年2月25日 (土)

母親を道具として利用するとともに、不保護の故意のある父親と共謀した殺人罪が肯定された事例

最高裁R2.8.24

<事案>
非科学的な力による難病治療を標榜する被告人が、Ⅰ型糖尿病にり患した被害者Aの治療をAの両親から依頼⇒インスリンを投与しなければAが死亡する現実的危険性があることを知りながら、インスリンは毒であるなどとしてAにインスリンを投与しないよう両親に指示し、両親をしてAにインスリンを投与させずAを死亡させて殺害

<主張>
検察官:
両親を利用した殺人の間接正犯を主位的訴因
両親との共謀による共謀共同正犯(被告人には殺人罪が成立し、保護責任者遺棄致死の限度で共同正犯)を予備的素因
として主張

<1審・原審>
母親との関係では間接正犯
父親との関係では共謀共同正犯(共謀は保護責任者遺棄致死の限度)
が成立するとして、殺人罪の成立を認め、懲役14年6月(求刑懲役15年)

<判断>
上告趣意は適法は上告理由に当たらない
生命維持のためにインスリンの投与が必要なⅠ型糖尿病にり患している幼年の被害者の治療をその両親から依頼された被告人が、インスリンを投与しなければ被害者が死亡する現実的な危険性があることを認識しながら、自身を信頼して指示に従っている母親に対し、インスリンは毒であるなどとして被害者にインスリンを投与しないよう執ようかつ強度の働きかけを行い、母親をして、被害者の生命を救うためには被告人の指導に従う以外にないなどと一途に考えるなどして被害者へのインスリンの投与という期待された作為に出ることができない精神状態に陥らせ、被告人の治療法に半信半疑の状態であった父親に対しても母親を介してインスリンの不投与を指示し、両親をして、被害者へのインスリンの投与をさせず、その結果、被害者が死亡したなどの本件事実関係の下では、
被告人には、母親を道具として利用するとともに不保護の恋のある父親と共謀した未必ぼい殺意に基づく殺人罪が成立
⇒原判決を支持。

<解説>

①事情を知らない者(犯罪の故意のない者)を利用する場合
②是非弁別能力のない者を利用する場合
③他人を強制して犯罪を実現する場合
について、間接正犯を認めることは学説上一致。

理論的根拠・基準:
ア:実行行為性説:利用行為の構成要件実現の現実的危険性に求める
イ:行為支配説
ウ:規範的障害説
エ:自律的決定説
判例・実務は、特定の学説に依拠せず、事案ごとに、利用者及び被利用者の関係、両者の客観面・主観面の状況等の諸事情を総合考慮し、両者が被利用者を道具のように利用して自己の犯罪を実現したといえるか(規範的にみて自ら直接実行項をした場合と同視できるか)を判断


他人の不作為用した間接正犯:
判例・裁判例なし
ア:不真正不作為犯については、一種の身分犯⇒刑法65条1項の適用を受ける
イ:作為義務の存在は当該不作為の構成要件該当性(実行行為性)の問題であって、特定の身分犯を構成するものではない
ア説⇒身分者を利用した非身分者に間接正犯が成立するか?
A:否定説
B:肯定説←非身分者も身分者を利用することにより身分犯の法益を侵害することが可能
but
Bでも、自ら直接実行行為を行うことができない者が間接正犯となり得るか?


錯誤型・強制型の間接正犯
判例は、いずれも、利用者と被利用者の関係(支配従属関係、信頼関係等)、利用行為(欺罔、強制)の内容・態様、利用者の主観的意図・認識、被利用者の心理状態(錯誤、意思抑制状態等)等の諸事情を総合考慮して、利用者の間接正犯性(ないし利用行為の実行行為性)が判断されている。
強制型で第三者利用の事例で、これまで間接正犯が認められたものは、いずれも刑事未成年者を利用したもの。
被害者利用の事例では、被害者が成人である場合も、利用者に正犯性(ないし実行行為性)が認められているものがある。


共犯者間で認識していた犯罪事実が一致しない場合、各人にどのような共犯関係が成立するか?
ア:犯罪共同説⇒罪名の一致が要求
but
部分的犯罪共同説は、構成要件的に重なり合う限度で共犯の成立を認める。
イ: 行為共同説⇒異なる構成要件間の共犯も肯定される。

最高裁H17.7.4:
シャクティパット事件最高裁決定:
不保護の故意のある共犯者と共謀した殺意のある被告人につき、「殺人罪」が成立し、殺意のない患者の親族との間では保護責任者遺棄致死罪の限度で共同正犯となる
と説示

部分的犯罪共同説を採用したものと評価されている。


本決定:
母親の主観面の状況:
本件当時、被害者へのインスリンと投与という期待された作為に出ることができない精神状態に陥っていた
被告人と母親の関係、被告人の働きかけの内容・態様、母親が前記精神状態に陥った理由や経緯、被害者が死亡する危険性や母親の精神状態等についての被告人の認識等を認定、適示し、これらの被告人及び母親の主観面・客観面の状況等の諸事情を総合的に考慮して、被告人の間接正犯を認めた。

本件は、
①他人の不作為を利用した間接正犯の成否
②成人の第三者を利用した場合に間接正犯が肯定され得る意思決定の自由の阻害の程度
等の論点を含む。
被告人と不保護の故意のある父親との間の共謀を認めた。
第1審と原審:被告人と父親との間に保護責任者遺棄致死の限度で共謀が成立する旨判示
本決定:両者がどの範囲で共同正犯となるかについて判示しておらず、異なる故意を有する者同士の共犯関係の成立範囲に関する本決定の考え方は明らかにされていない。

判例時報2539

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

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