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2022年12月 1日 (木)

控訴審で事実誤認を理由に破棄し完全責任能力を肯定⇒刑訴法400条ただし書違反とされた事案

最高裁R3.9.7

<事案>
被告人が、スーパーマーケットにおいて、食料品を窃取したという窃盗の事案であり、責任能力の程度が争われた。

<一審>
被告人が重症の窃盗症に罹患し、その影響により窃盗行為への衝動を抑える能力が著しく減退していた合理的疑いが残る⇒被告人は、本件犯行時、心神耗弱の状態にあったとして被告人を懲役4月に。

検察官控訴で、事実誤認を主張

<原判決>
被告人が、本件犯行時、窃盗症にり患していたとしても、犯行状況からは自己の行動を相当程度制御する能力を保持していたといえるのであり、行動制御能力が著しく減退してはいなかったといえる⇒被告人には完全責任能力が認められ、重症の窃盗症により心神耗弱にあったとした一審判決の認定は論理則・経験則等に照らして不合理

事実誤認を理由に第一審判決を破棄し、完全責任能力を認め、被告人を懲役10月に処した。

<判断>
弁護人の上告趣意のうち、最高裁昭和31.7.18等の判例違反をいう点は、事案を異にする判例を引用するものであって、本件に適切でなく、その余の上告趣意も刑訴法405条の上告理由に当たらない。
but
被告人は心神耗弱の状態にあったとした第1審判決を事実誤認を理由に破棄し何らの事実の取調べをすることなく完全責任能力を認めて自判した原判決は、刑訴法400条ただし書に違反
⇒刑訴法411条1号により職権で原判決を破棄し、本件を原審に差し戻した。

<規定>
刑訴法 第四〇〇条[破棄差戻移送・自判]
前二条に規定する理由以外の理由によつて原判決を破棄するときは、判決で、事件を原裁判所に差し戻し、又は原裁判所と同等の他の裁判所に移送しなければならない。但し、控訴裁判所は、訴訟記録並びに原裁判所及び控訴裁判所において取り調べた証拠によつて、直ちに判決をすることができるものと認めるときは、被告事件について更に判決をすることができる。

<解説>
● 400条ただし書:
控訴審において事実の取調べをしたときには、その結果である証拠をも含めてという趣旨⇒自判の際に事実の取調べが必要であるとまでは解されていない。

いかなる場合に事実の取調べが必要であるかが問題。

控訴審が、自ら何ら事実の取調べをすることなく、第一審判決を破棄して被告人に不利益な自判をすることができるか?

かつての判例:
控訴審は、訴訟記録及び第1審裁判所で取り調べた証拠のみによって直ちに判決することができると認める場合には、常に自ら何ら事実の取調べをすることなく第1審判決を破棄して自判することができる。

最高裁昭和31.7.18(判例①):
判例を変更し、控訴審においても、被告人は憲法31条、憲法37条の保障する権利を有し、直接審理主義・口頭弁論主義の原則の適用を受ける⇒被告人は公開の法廷においてその面前で適法な証拠調べが行われ、これに対する意見弁解を述べる機会を与えられた上でなければ、犯罪事実を確定され有罪判決を受けることのない権利を有する。
最高裁昭和31.9.26(判例②)も同旨。
判例①~⑤

控訴審が、第1審判決を事実誤認を理由に破棄し新たな犯罪事実を認定して自判する場合には、事実の取調べを要する。
but
第1審判決の認定した事実を前提として量刑不当を理由にこれを破棄し量刑を重く変更する場合や、法令適用の誤りを理由に破棄し犯罪の成立を認める場合には、事実の取調べを要しないとするのが判例の趨勢。

● 本件は責任能力に関する事案であるという点で、判例①②④ないし⑥とは相違し、
無罪判決を破棄して有罪を言い渡したわけではないという点では判例③とも相違する。
⇒本判決が、判例①~⑥を引用して判例違反をいう論旨について、事案を異にする判例を引用するものであって、本件に適切でないとした。
第1審も原審も、本件を、刑法39条の法令の解釈適用の問題ではなく、責任能力の程度に関する事実認定の問題として捉え、判断していることは明らか。

判例①~⑥を通覧すれば、犯罪事実、言い換えれば構成要件に該当する違法・有責な事実を控訴審において新たに認定する場合には、事実の取調べが必要であるとする方向性が自然。

被告人が心神耗弱の状態にあったとする第1審判決の事実認定を誤りであるとしてこれを破棄し、控訴審において完全責任能力を認定⇒刑訴法400条ただし書の解釈として、控訴審が自判するに当たっては事実の取調べが必要。

● いかなる事実の取調べが行われる必要があるか?
「事件の核心」等について事実の取調べをする必要があるとするのが判例。

判例時報2530

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

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