傷害致死で無罪の事案(検察官立証に問題)
名古屋地裁R2.7.13
<事案>
被告人A及びBの、同居女性Vに対する傷害致死事件について、公訴事実記載の日の暴行における事実を認定できないとして共に無罪とされた事案。
<公訴事実>
被告人両名が、共謀の上、平成31年2月1日頃、A方において、Vに対し、その顔面を膝蹴りするなどの暴行を加えて硬膜下血腫、脳腫脹等の傷害を負わせ、同月2日頃、同傷害に基づく外傷性脳障害によって死亡させた。
暴行の日時について、2月1日午後9時2分頃から同日の終日までの間と釈明。
<争点>
①共謀の有無
②暴行の有無
③死亡との因果関係の有無
②に関し、唯一の直接証拠であるBの公判供述の信用性が争われた。
<判断・解説>
●Bの公判供述の信用性
本判決:
2月1日夜の被告人両名による暴行に関するBの公判供述について
①重要な事実に関する供述の変遷(Bの刑責を軽減させようとしたと評価できるものを含む。)が見られる
②他の日のものをも含め暴行に関する供述は具体性や迫真性に問題がある
③Aがその頃Vのための行動をとっていることと整合しないこと
等看過できない疑問点がある。
④Aの公判供述のうち同日の暴行を否定する部分を排斥できない
⇒
信用性には疑問が残る。
共犯者の供述については、いわゆる「巻き込みの危険」があるため、その信用性を慎重に吟味する必要がある。
●検察官の立証の失敗について
本判決:
①被告人両名がVに対して日常的に苛烈な暴行を加えていること
②Aが供述する態様での転倒だけで外傷性脳障害が生じるとは考え難い
⇒Vは外出が最後に確認された1月28日以降に被告人両名らが加えた暴行により外傷性脳障害が生じて死亡したとみるのが自然。
but
検察官が訴因設定を含む公訴準備等に万全さを欠き、訴因として設定した2月1日夜の暴行の立証に失敗。
本件事案においては、暴行の日時、態様等を、訴因においてある程度概括的に示すことが考えられる。
犯罪の日時、場所及び方法は、本来の「罪となるべき事実」そのものではなく、訴因を特定する手段として位置付けられるものであり(最高裁昭和37.11.28)、
最高裁は、概括的な日時・場所・方法の判示が殺人罪の罪となるべき事実について不十分とはいえないとし(最高裁H13.4.11)、
暴行態様、傷害の内容、死因等の表示が概括的な傷害致死罪の訴因について特定に欠けるところはないとしている(最高裁H14.7.18)。
本件において、検察官が論告において追加的に主張したように、Vの外傷性脳障害が複数の機会に受けた暴行によって発生、悪化・拡大して死亡するに至ったとみた場合等は、
一連の暴行と傷害を包括して記載した訴因とすることが考えられる。
最高裁H26.3.17:
暴力を通じて支配しあるいは服従させる状況にあった同一被害者に対し一定の期間内に反復累行された一連の暴行により傷害を負わせた事案について、全体を一体のものと評価して包括一罪と解し、一連の暴行と傷害を包括して記載した訴因について特定に欠けるところはないと判示。
●論告で初めてされた主張について
◎ 検察官は、論告に至って初めて、
死因・因果関係に関し、「2月1日の夜頃の被告人両名の暴行により外傷性脳障害が生じた又はそれを悪化させたと認められる」と主張した上、
予備的主張として、共謀が認められないとしても、同時傷害の特例により被告人両名に傷害致死罪が成立する旨、公判前整理手続ではあsれなかった主張をした。
~
本判決:
暴行を認定できないことを理由に無罪としたため訴訟手続上の問題は生じないとしつつ、半ば不意打ちを与えるような相当性を欠くものとの指摘を免れないと付言。
◎ 刑訴法上、公判前整理手続等終結後の新たな証拠調べ請求を制限する規定はある(刑訴法316条の32)、新たな主張や主張変更を制限する規定は設けられていない。
but
公判前整理手続を経たことも加味し、例外的に、公判段階で新たな主張等をすることが相当性を欠くとして、刑訴法295条1項により制限される場合はあり得る。
公判前整理手続終結後の公判期日おいて、新たな主張に沿ってされようとした被告人供述を同条項により制限できる場合についての一般的な考え方を示した最高裁H27.5.25が参考になる。
~
主張制限自体を扱った事案ではないが、実質的にそれに等しい効果を持つ訴訟行為の制限の可否が問題とされたものと位置付けることができるとする。
◎ 同時傷害の特例に関する刑法207条は、適用の前提として、検察官が、各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること等を立証することを要する(最高裁H28.3.24)。
⇒
本判決が、同条の適否に当たって、少なくとも暴行の主体を特定した上で当事者に主張立証の機会を与える必要があると指摘。
判例時報2530
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