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2022年12月16日 (金)

看護師による、入院中の患者3名に対する殺人と、殺人予備の事件

横浜地裁R3.11.9

<事案>
2名は終末期医療のために入院し、1名は怪我の治療のために入院していた者。

<判断 ・解説>
●責任能力に対する判断
被告人は、起訴前にD1医師の精神鑑定を、起訴後にD2医師の精神鑑定(裁判所法50条に基づく、いわゆる50条鑑定)を受けたほか、
元家庭裁判所調査官であり、公認心理師及び臨床心理士の資格を有する大学教授D3によるいわゆる情状鑑定を受けた。
被告人が自閉スペクトラム症に該当するかどうかという点については、これを否定するD2鑑定を採用(D1鑑定も援用して自閉スペクトラム症の特性は有していた。)。

統合失調症の発症が認められるかどうかという点については、これを否定するD1鑑定を採用。
①自身の勤務時間中に対応を迫られる事態を起こしたくないと考えて本件各犯行に及んだという犯行動機は、それが当面の不安を解消するものにすぎず、根本的な解決にならないことを考慮しても、了解可能
②被告人は、自分が対応しなくてもよい時間帯に被害者を死亡させるという目的に沿って、犯行手段を選択し、自身の犯行が発覚しないように注意して本件各犯行に及んでいる
⇒完全責任能力が認められる。

起訴前の鑑定が行われている場合にも、50条鑑定が行われることは少なくなく、公判においては、複数の鑑定人の証人尋問が行われ、裁判員はその信用性判断を迫られることになる。
本件では、D3教授による情状鑑定も行われており、事案把握のため有効であったことがうかがわれる。

●量刑判断
◎ ①3名の生命が失われたという結果の重大性
②看護師としての知見と立場を利用し、犯行が発覚しないように工夫しつつ、それぞれの患者ごとに犯行手段を選択肢て犯行に及んだ態様の悪質性
③動機が身勝手で酌むべき点が認められない
⇒被告人の刑事責任は誠に重大であるとし、被告人に科すべき刑は死刑または無期懲役刑。

◎本件が死刑を選択することがやむを得ない事案か?
被告人が犯行動機を形成するに至った過程に着目し、
①被告人は、もともと、複数のことが同時に処理できない、対人関係等の対応力に難がある、問題解決の視野が狭いといった自閉スペクトラム症の特性を有しており、患者の様子を観察して臨機応変な対応を行わなければならないという看護師に求められる資質に恵まれていなかったこと
②被告人自身、看護師の適性がないことは自覚していたが、聞かされていた勤務先病院の業務内容であれば、自分でも務まると考えて勤務を開始したところ、うつ病となり、退職を考えたものの、決断がつかないまま、仕事を続けたこと、
③そのような状況の中で、被告人は、ストレスを溜め込み、視野狭窄的心境に陥って、一時的な不安軽減を求めて担当する患者を消し去るほかないという短絡的な発想に至り、犯行を繰り返したこと
という動機の形成過程には、被告人の努力ではいかんともしがたい事情が色濃く影響しており、被告人のために酌むべき事情といえる
被告人の供述態度や被告人には前科前歴がなく、反社会的傾向も認められない
⇒更生可能性も認められ、死刑を科すことがやむを得ないとまではいえない。

⇒被告人を無期懲役に。

判例時報2532

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

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