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2022年11月

2022年11月29日 (火)

被保佐人であることを警備員の欠格事由と定めることの違憲と国賠請求(認容)

岐阜地裁R3.10.1

<事案>
Xは、警備業等を営む会社に警備員として雇用され、警備業務に従事していたが、自ら保佐開始の審判を申立て、保佐開始の審判を受けたことに伴い、雇用契約終了の通知を受けて退職。
Xは、被保佐人であることを警備員の欠格事由の1つとして定めていた当時の警備業法(令和1年法律第37号による改正前のもの)14条1項、3条1号は憲法22条1項等に反して意見であり、国会が本件規定を制定し、あるいは前記Xの退職時典まえ改廃せず存置し続けたことは、国賠法1条1項の適用上違法である⇒国賠訴訟を提起。

<争点>
①国会が本件規定を改廃しなかったこととXが本件会社からの退職を余儀なくされたこととの間の因果関係の有無
②本件規定の憲法適合性
③本件規定に係る立法行為又は立法不作為の違法性
④損害の発生及び額

<判断>
因果関係を肯定した上で、
本件規定は、その前身規定が設けられた昭和57年改正当時から、憲法22条1項、14条1項に反する状態であり、Xの退職時典までに本件規定を改廃しなかった国会の立法不作為は国賠法1条1項の適用上違法と評価される⇒Y(国)に対して慰謝料10万円の支払を命じた。

<解説>
●争点②について
◎ 最高裁昭和50.4.30(薬事法距離制限違憲判決):
職業選択の自由に対する規制立法の憲法適合性に関し、
規制の目的が公共の福祉に合致するものと認められる以上、そのための規制措置の具体的内容及びその必要性と合理性については、立法府の判断がその合理的裁量の範囲にとどまるかぎり、立法政策上の問題としてその判断を尊重すべき。
but
右の合理的裁量の範囲については、事の性質上おのずから広狭がありうるのであって、裁判所は、具体的な規制の目的、対象、方法等の性質と内容に照らして、これを決すべき。

◎ 本判決:
あらかじめ警備業務の適正な実施を期待できない類型の者を欠格事由として定めて警備業務から排除し、警備業務の実施の適正を図るという規制目的は公共の福祉に合致する。
but
本件規定が自己の意思又は努力によっては左右できない事情を理由に狭義の職業選択の自由を直接制約するものもある
規制目的がいわゆる消極的、警察目的である
薬事法距離制限違憲判決と同様の審査基準を採用

本件規定の必要性と合理性に関する立法府の判断が合理的裁量の範囲内にとどまっていたとはいえない。
①本件規定が借用する法定後見制度は、警備業務の適正な実施のために必要な認知能力や判断能力の有無・程度を直接判定する制度ではない。本件規定は、Xのように被保佐人の中に確実に存在する少なくとも一部の警備業務を適正に遂行するに足りる能力を有している者を被保佐人であることのみを理由に一律に警備業務から排除するもの。
②・・・資料等は示されておらず、準禁治産者に係る欠格事由を設けなければ、前記の規制目的を十分に達成するこができない状況であったとまでは認められない。
③・・・平成14年改正で設けられた警備業法3条7号のような個別的審査規定を設けることでも前記規制目的を達成することは十分可能であった。

●争点③について
◎ 最高裁H17.9.14(在外邦人選挙権制限違憲判決):
違憲の法律を制定する立法行為やこれと同視しうる立法不作為により本来自由に行使し得る憲法上の権利が侵害され、期間の経過を経ずに直ちに違法となる極端な場合や憲法上必要な立法がされていないという立法不作為が違法となる場合を判示。
最高裁H27.12.16(再婚禁止期間違憲判決):
違憲の規定が改廃されていないという立法不作為が違法となる場合を説示。

◎ 本判決:
Xが本件規定に係る立法行為自体の違法性及び本件規定を改廃しなかった立法不作為の違法性を主張⇒両判決の判断枠組みを用いた。

本判決:
本件規定に係る立法行為や平成14年改正において本件規定を存置したことが違法とはいえない。
but
平成22年7月頃には本件規定が被保佐人の職業選択の自由を合理的な理由なく制約していることが国会にとっても明白であったと判断。

平成14年改正において警備業務遂行能力に関する個別的審査規定が新設され、さらに、主要な国家機関が構成員として参加していた成年後見制度研究会が成年後見制度の利用は直ちに職業遂行能力の欠如を意味するものではないという趣旨の研究報告を発表したことを重視したものと考えられる。

本件規定の改廃のために要した実際の検討期間⇒Xの退職時点(平成29年3月20日)までに本件規定を改廃しなかったことについて正当な理由は認められない。

判例時報2530

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

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2022年11月28日 (月)

相続させる旨の遺言への民法1002条1項(負担付贈与)の類推適用

大阪地裁R3.9.29

<事案>
X1、X2、X3、X7、B、F及びYは、被相続人Aの子。
Aは、平成9年、
Yに対し、A名義の土地の持分3分の1を相続させ(同土地の持分3分の2はAの配偶者Cから相続して既にYが有している)、これを相続する負担として、Yから、X1,X2及びX3に対し、それぞれ500万円、X4、B及びFに対し、それぞれ1000万円を支払わなければならない旨の公正証書遺言をした。
その後B及びFが死亡⇒Aは、前記遺言について、YのB及びFに対する前記負担をFの子2名に500万円ずつ、Bの子3名のうちX4に333万3334円、X5及びX6にそれぞれ333万3333円を支払うことに変更する公正証書を作成。
Aが令和1年5月に死亡し、Yが遺言対象地の持分移転登記を経た⇒X1ないしX7が、Yに対し、Aの前記遺言に基づき、前記負担金を支払うよう求めた。
遺言対象地の上にはD社が所有する賃貸用マンションがあり、D社の代表取締役をYが、取締役をYの配偶者と子が務め、D社の株式のうち160株をYが保有し、20株ずつをAとYの配偶者が保有。

<規定>
民法 第一〇〇二条(負担付遺贈)
負担付遺贈を受けた者は、遺贈の目的の価額を超えない限度においてのみ、負担した義務を履行する責任を負う。

<主張>
Y:Aの遺言は遺贈であるから民法 1002条1項が適用され、仮に遺産分割方法の指定であるとしても、同項が準用又は類推適用される⇒遺言対象地の持分の価額からD社の借地権価額を控除した残額を超えてYがXらに支払う必要はない。

<解説・判断>
相続させる趣旨の遺言の解釈

最高裁H3.4.19:
遺産分割の方法の指定であるとし、平成30年法律第72号による相続法改正においても、特定財産承継遺言として遺贈とは見ない考え方を採用(潮見)。
本件では、上記判例のいう「遺贈と解すべき特段の事情」の有無が争われた

本判決:
遺産分割の方法の指定と解する方が相続人にとって利益が大きいことを踏まえ、負担付きで相続させる趣旨の遺言をしたというだけでは相続人の前記の利益を全て奪うことになる特段の事情を認めるに足りない。

● 負担付遺贈についての民法1002条1項が負担付きで相続させる遺言に準用ないし類推適用されるか?

本判決:
相続させる趣旨の遺言について、民法1002条1項の類推適用があるか否かは、特定の相続人に特定の負担をさせる遺言者の意思次第であり、当該負担が相続人間の公平を図る趣旨であれば、相続させる趣旨の遺言に係る特定の遺産の価額を超える負担を特定の相続人に負わせることまで予定していないのであって、当該相続人が過大な負担を甘受すべき理由もない
民法1002条1項の趣旨が当てはまるとして、同項の類推適用を肯定
被相続人の1人に負担付きで特定財産を相続させる旨の遺言がされた場合に、同項の「目的の価額」を負担額と同額としてしまうと、特定財産を承継する相続人の相続分が考慮されていないのではないかとの指摘⇒類推適用の場合にこの点に注意。

● 民法1002条1項の「目的の価額」の基準時
A:受遺者が負担を履行する時
B:義務の履行期 (通常は遺言の効力発生時)
本判決:Bの立場

● 土地の賃借の当事者の一方が同族会社で、他方がその代表者や代表者の親族という関係であっても、法律上はそれぞれ独立した人格⇒借地権価額を控除することになるのが相続税を含めた租税実務での取扱い。
but
民法1002条1項の解釈について、課税の場面と同様の扱いをしなければならないことにはならない。

本判決:
遺言者の意思を重視⇒Aの意思を検討して、借地権を考慮せずにYの負担を設定したと推認し、遺産対象地の持分から借地権価額を控除しないものを「目的の価額」であるとした。

判例時報2530

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信販会社の留保所有権の侵害とされた事例

東京地裁R2.9.29

<事案>
X(信販会社)は、Y1(オートバイの販売等の業者)との間で、顧客の商品購入代金の立替払に係る加盟店契約を締結。

P2は・・・信販会社のクレジットを利用してトライクを購入すれば、P2が同トライクを借り受けて、信販会社への分割支払金を上回るレンタル料金を支払うとして、トライク購入希望者の募集をした。

募集に応じてきた顧客は、Y1において、X等の審判会社との間でトライクを対象商品とする立替払契約を締結してトライクを購入し、Y1は、信販会社からトライクの代金に相当する立替金の支払を受けた。顧客は、購入したトライクを自分で使用することなく、P2又はP2の経営する会社にトライクを貸し渡し、その対価としてP2から信販瑕疵はへの立替金分割支払金を上回る賃料の支払いを受ける旨の契約。

P2は、顧客が購入したトライクについて同顧客への所有権移転登録がされた直後に、同顧客に対して、信販会社への立替金債務が残っている状態でトライクの買取りをすると申出て、P2への所有権移転登録を行い、同トライクを利用して、新たに募集に応じてきた別の顧客に、前記同様の一連の契約(信販会社は当初の顧客のときとは別の会社)を締結させる等していた。

X:Y1はP2と意を通じて、前記のとおり、募集に応じた者に信販会社からの信用を受けさせてトライクを販売した後、さらに当該募集に応じた別の者に対し、別の信販会社からの信用供与を受けさせて同一のトライクを販売しており、本件事業において、
(1)Xが留保所有権を有しているトライクについて、他の審判会社が留保所有権を取得することを契約内容とする更なるクレジット契約の締結に加担したり(他の信販会社とのクレジット契約の締結)、
(2)当該トライクの登録名義が顧客に移転した後Y1又はP2に名義を移転する(車両の名義移転)などして、Xとの加盟店契約において禁止されているXの留保所有権を侵害する行為をした
と主張。

Xは、P2からトライクを購入した顧客らより、P2から支払われるべき金銭が支払われておらず、P2による勧誘は詐欺に当たるなどとして支払停止の抗弁(割賦法35条の3の19第1項)を主張されたことに関し、Y1は、Xとの加盟店契約により、顧客から支払停止の抗弁が主張された場合、原因取引に関する紛議を解決すべき義務があるところ、Xが顧客との紛議を1か月以内に解決するよう求めたにもかかわらず、1か月を経過しても紛議が解決されなかったと主張。

XはY1が加入店契約に違反したため、同契約の約条によりY1は顧客の立替払契約上の残債務を顧客と重畳的に引き受けることとなり、また、Y1の代表者であるY2は、Y1が引き受けた当該債務を連帯保証しているとXが主張して、Y1に対しては加盟店契約に基づき、Y2に対しては連帯保証契約にに基づき、連帯して、前記留保所有権の侵害及び前記紛議解決の懈怠によりY1が引き受けることtなった顧客の財債務の支払を請求。

<判断>
・・・・本件事業は、P2とY1が意を通じて行ったものであることが推認される。

Xの留保所有権侵害の主張について
本件の対象車両(本件各車両)であるトライクは、いずれも登録を公示方法としない自動車に当たり、Xの留保所有権を存続させるとともにその実効性を確保するためには、本件各車両の占有を顧客の下にとどめ、それらの所在の把握を容易にしておくことが肝要になる。
X・Y1間の加盟店契約が禁止するXの担保権を侵害する行為には、担保目的物の所在の把握に支障を生じさせるなど担保権の実行を困難ならしめる行為も含まれると解するのが相当

(1)の行為(他の信販会社とのクレジット契約の締結)について:
他の信販会社との間で本件各車両に係る留保所有権が競合する本件のような事態になると、本件各車両に係る留保所有権の公示方法が不完全なものであることも一因となり、Xが有していた留保所有権が確定的に失われるおそれがあることはもとより、Xが留保所有権を実行する場面で、競合相手の信販会社との間で所有権の帰属をめぐる紛争が生じ、Xの留保所有権の行使が困難になることも容易に予想される。⇒このような事態を作り出すことは、Xの留保所有権の侵害に当たる

Y1はP2と意を通じて本件事業に関与する中で、顧客とXとの立替払契約締結後に、同一のトライクについての別の審判会社と別の顧客との間のクレジット契約を締結したことにより、Xの留保所有権を侵害したということができる。

(2)の行為(車両の名義移転)について:
留保所有権の実行は、顧客から目的物の引渡しを受け、これを売却して残債務に充当するもの⇒登録名義がXとクレジット契約を締結した顧客以外の者へ移されることによって、売却が困難になり実行手続の支障を来す結果をもたらすというべきであり、本件各車両の登録名義が顧客から他の者へ移ることについてもXの留保所有権の行使を困難にするものと評価するのが相当。
Y1はP2と意を通じて本件事業に関与しているから、顧客がP2と当初から合意していたとおりに登録名義をP2又はY1に移すことによって、Xの留保所有権を侵害したといえる。

原因取引に関する紛議解決義務の懈怠:
Xは顧客から支払停止の抗弁を主張されており、Y1に対して当該抗弁に係る紛議の解決を求める通知がY1に到達してから1か月を経過してもなお、これが解決されていないものと認められるところ、Yらは解決の見通しを具体的に明らかにできない上に、かかる紛議は本件事業に起因するものであって、紛議が生じた原因は本件事業の内容を知りながらこれに関与したY1にあるというべきであることも加味⇒Xによる前記通知から1か月が経過した時点で、Y1はXとの加盟店契約に定める紛議を解決すべき義務に違反したと認めるのが相当

判例時報2530

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固定資産課税台帳に登録されたゴルフ場用地の評価

最高裁R4.3.3

<事案>
ゴルフ場用地に係る固定資産税の納税義務者である原告が、土地課税台帳に登録された本件各土地の平成27年度の価格を不服として下松市固定資産評価審査委員会に審査の申出⇒これを棄却する旨の決定⇒被告(下松市)を相手に、その取消しを求めた事案。

固定資産評価基準:
ゴルフ場用地の評価について、大要、
当該ゴルフ場を開設するに当たり要した当該ゴルフ場用地の取得価額に当該ゴルフ場用地の造成費を加算した価額を基準としてその価額を求める方法によるものとし
②この場合において、取得価額及び造成費は、当該ゴルフ場用地の取得後若しくは造成後において価格事情に変動があるとき、又はその取得価額若しくは造成費が不明のときは、附近の土地の価額又は最近における造成費から評定した価額によるものと規定。
本件各土地及びその周辺の土地は、古くは塩田跡地。下松市長は、本件各土地に関し、本件定めによることを前提に、不動産鑑定士による鑑定の結果に基づき、附近の工場用地に比準する方法により工場用地としていの取得価額を評定した上で、本件登録価格を決定。

<争点>
本件登録価格につき、塩田跡地としての取得価額を評定せず工場用地としての取得価額を評定したことが、評価基準の定める評価方法に従っているといえるか。

<一審・原審>
本件各土地について本件定めにより附近の土地の価額から評定されるべき取得価額は、ゴルフ場に造成される前の塩田跡地の基準年度における客観的時価をいうものと解すべき。
but
下松市長が実施した鑑定によってはこれを求めることができない。
⇒本件決定を取り消すべき。

<判断>
下松市長が附近の工場用地に比準する方法により工場用地としての取得価額を評定しており、塩田跡地としての取得価額を評定していない点について、
土地に係る固定資産税の課税標準となる登録価格は、当該土地の基準年度に係る賦課期日を基準として定めるべきものであるところ、平成27年度の固定資産税の賦課期日である平成27年1月1日において、本件各土地の周辺の土地は工場等の敷地となっていた
②本件定めを含む評価基準は、ゴルフ場用地の評価に際し附近の土地に比準して取得価額を評定する方法として、特定の具体的な方法を挙げていないし、造成から長時間が経過するなどの事情により、当該ゴルフ場用地の造成前の状態を前提とした取得価額を正確に把握できない場合も想定される

本件各土地の価格の算定に当たり塩田跡地としての取得価額を評定しないことをもって、評価基準の定める評価方法に従っていないと解すべき理由は見当たらない。
⇒原判決を破棄し、本件を原審に差し戻した。

自治省税務局資産評価室長が発出した「ゴルフ場の用に供する土地の評価の取扱いについて」と題する通知が、周辺地域の大半が宅地化されているゴルフ場につき本件定めにより取得価額を評定する場合に関し、大要、当該ゴルフ場の近傍の宅地に比準しつつ(宅地としての取得価額ではなく)山林としての取得価額を評定するという、本件各土地に係る下松市長の評定の方法とは異なる方法を挙げている点について、ゴルフ場通知は、基本的には山林を造成したゴルフ場用地の評価を念頭に置くものと解され、また、本件定め等の具体的な取扱いを例示するにとどまる⇒ゴルフ場通知の内容により判断が左右されるものではない。

<解説>
●最高裁H25.7.12:
土地の基準年度に係る賦課期日における登録価格>評価基準によって決定される価格
の場合、適正な時価(正常な条件の下に成立する当該土地の取引価格、すなわち、客観的な交換価値)を上回るか否かにかかわらず、当該登録価格の決定は違法となる。
最高裁においては、専らこの違法事由に関し、本件登録評価に従って算定されたものと言えるか否かの点が争われている。

●下松市長の決定過程:
①「附近の土地」として、ゴルフ場に造成される前の状態の工場用地を把握
②附近の工場用地に比準し、本件各土地の工場用地としての取得価額を評定

①について:
評価額は、賦課期日を基準として定めるもの(地税法249条1項)
賦課期日において厳に存する状況に従って「附近の土地」を把握することが予定されていると解される。

平成27年の固定資産税の賦課期日である平成27年1月1日において、本件各土地の周辺の土地は工場等の敷地となっていたとの本件の事実関係⇒工場用地を「附近の土地」として把握し、これに比準することとすることが、評価基準の定める評価方法に従ったものといえる。

②について:
原判決
vs.
①本件定めによりゴルフ場に造成される前の状態の取得価額を評定するからといって、当該ゴルフ場の造成前の状態としての価額を評定しなければならないというのは飛躍。
②時間が経過し、当該ゴルフ場の造成前の状態を基に取得価額を正確に把握することが困難な場合を念頭にに置くと、合理的な評定に支障を来たすときが来る。

本件定めは、当該ゴルフ場を賦課期日に当時において再度調達するとすれば、取得及び造成の方法でどれだけの費用を要するかという考え方を基礎としているものと解される⇒賦課期日当時において附近に存する工場用地としての取得価額を評定するという方法が自然。

●ゴルフ場通知:
本件定めによる取得価額の評定の方法として、大要、式aの関係が成り立つことを前提に、式bにより(本件のように)周辺地域の大半が宅地化されているゴルフ場に係る取得価額を求める方法を挙げる。
式a:山林の時価+山林に係る宅造費(※)
=宅地評価額×地積×漏れ地以外の土地の割合
※:ゴルフ場と同一規模の山林を宅地に造成する場合に通常必要とされる造成費。

式b:宅地評価額×地積×漏れ地以外の土地の割合ー山林に係る宅造費

ゴルフ場通知は、宅地評価額を山林としての取得価額にいわば引き直す方法を挙げている。
⇒(宅地である)工場用地としての取得価額を求めた本件登録価格に係る評定の方法は、ゴルフ場通知の考え方と異なり、またそれに準じたものともいえない。

●原判決は、塩田跡地としての取得価額を求めていない 点に違法があるとし、その余の点を判断していない⇒更に審理が尽くされる。

判例時報2530

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2022年11月25日 (金)

政務活動費の一部を政務活動に該当しない選挙活動等に係る記事も混在した広報紙の作成・配布に係る経費に充当⇒不当利得返還請求等を求める住民訴訟(一部認容)

神戸地裁R3.4.22

<事案>
Xら:兵庫県の住民
Y:兵庫県議会事務局長
Y補助参加人Zら:権利能力なき社団であり県議会における各会派であるA党県議団及びB党県議団と、各会派に所属する県議会議員6名
兵庫県は、各会派に対し、兵庫県政務活動費の交付に関する条例に従って、平成29年度の政務活動費を交付し、各会派はそれぞれ所属議員に対し、政務活動費を交付。
各議員は、それぞれの広報紙を作成・配布し、その経費の支払に広報広聴費として、政務活動費を充てた。

Xら:本件各広報紙には、各議員の宣伝であって県政報告とはいえなない部分があり、本件各記載に対する支出は違法・不正な支出⇒各支出のうち、総額211万7516円を各会派を通して各議員から返還させる措置を求める住人監査請求⇒認められなかった⇒本訴を提起

<規定等>
兵庫県:地自法100条14項ないし16項までの規定に基づき本件条例を定めており、本件条例には会派への政務活動費の交付に関して必要な事項が規定されている。

県議会議長:
会派及び議員が政務活動費に係る請求、執行、収支報告書の提出などの手続を行う際のマニュアルとして「政務活動費の手引」(「本件手引」)を作成して具体的な使途基準を示す。
「政務活動費により県報告紙を発行する場合の留意事項について」という通知(「本件通知」)を発出し、議会活動、政務活動費及び県政に関する政策等について県民に報告し、PRするための記事に政務活動費を支出することができるが、それ以外の活動(政党、選挙、後援会、私事)を報告するための記事には政務活動費を支出することができないことに留意すべき旨や、政務活動に係る記事の例を示す。

<判断>
本件手引や本件通知は本件条例 の会社の指針となる。
会派を通して政務活動費の交付を受けた議員が本件条例の定めに反する支出にこれを充てた場合は、会派はこれらの支出に充てられた部分に相当する額を県に不当利得として返還すべき義務を負う。
・・・広報広聴費として政務活動費が充てられたことが本件条例に反しないかどうかについては、本件各広報紙の作成・配布が、その客観的bな目的や性質に照らし、政務活動及び県政に関する政策等の広報広聴活動との間に合理的関連性を欠くものである場合、当該部分に係る経費に政務活動費を支出することは許されない。

<解説>
地自法100条14項ないし16項に定める政務活動費については、各地方公共団体で条例等が規定。
使途基準としては、
①調査研究費、②研修費、③広報広聴費、④要請陳述等活動、⑤会議費、⑥資料作成費、⑦資料購入費、⑧事務所費、⑨事務費、⑩人件費をもって会派又は議員の活動に資するために必要な経費を定める例が多い。

会派の議員が広報紙を作成・配布したが、県政報告等事項のほか、議員の氏名、役職、プロフィール、写真等の議員個人情報等掲載部分が、選挙活動等の性質を有するもので広報広聴費に該当しないとして争われた。

本判決:
客観的にみて、表現・構成において、県民の県政に対する興味を引いて、県政報告等事項の報告や意見聴取を効果的に行うという観点から工夫されたものであり、かつ、当該掲載部分が県政報告等事項の報告部分や意見聴取部分に付随して一体となっている場合には、広報広聴活動と合理的関連性を有するものであるとして、個々の広報紙の内容を検討。
広報紙作成・配布等に支出した経費のうち、広報広聴活動との合理的関連性が否定される議員個人情報等掲載部分の割合に相当する部分に政務活動費を充てることは違法⇒合理的関連性が否定される掲載部分の紙面に占める割合により返還すべき金額を算出。

判例時報2529

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あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律19条1項の憲法22条1項適合性

最高裁R4.2.7

<事案>
専門学校を設置するXが、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律に基づき、あん摩マッサージ指圧師に係る養成施設で視覚障碍者以外の者と養成するものについての法2条1項の認定を申請⇒法19条1項の規定により前記認定をしない処分⇒本件規定は憲法22条1項等に違反して向こうであると主張して、Y(国)を相手に、本件処分の取消しを求めた。

<規定>
第一条 医師以外の者で、あん摩、マツサージ若しくは指圧、はり又はきゆうを業としようとする者は、それぞれ、あん摩マツサージ指圧師免許、はり師免許又はきゆう師免許(以下免許という。)を受けなければならない。
第二条 免許は、学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)第九十条第一項の規定により大学に入学することのできる者(この項の規定により文部科学大臣の認定した学校が大学である場合において、当該大学が同条第二項の規定により当該大学に入学させた者を含む。)で、三年以上、文部科学省令・厚生労働省令で定める基準に適合するものとして、文部科学大臣の認定した学校又は次の各号に掲げる者の認定した当該各号に定める養成施設において解剖学、生理学、病理学、衛生学その他あん摩マツサージ指圧師、はり師又はきゆう師となるのに必要な知識及び技能を修得したものであつて、厚生労働大臣の行うあん摩マツサージ指圧師国家試験、はり師国家試験又はきゆう師国家試験(以下「試験」という。)に合格した者に対して、厚生労働大臣が、これを与える。
第十九条 当分の間、文部科学大臣又は厚生労働大臣は、あん摩マツサージ指圧師の総数のうちに視覚障害者以外の者が占める割合、あん摩マツサージ指圧師に係る学校又は養成施設において教育し、又は養成している生徒の総数のうちに視覚障害者以外の者が占める割合その他の事情を勘案して、視覚障害者であるあん摩マツサージ指圧師の生計の維持が著しく困難とならないようにするため必要があると認めるときは、あん摩マツサージ指圧師に係る学校又は養成施設で視覚障害者以外の者を教育し、又は養成するものについての第二条第一項の認定又はその生徒の定員の増加についての同条第三項の承認をしないことができる。

<訴訟の経緯等>
本件規定は、法の下での学校及び養成施設の位置付けに照らせば、あん摩マッサージ指圧師に係る養成施設等で視覚障害者以外の者を対象とするものの設置及びその生徒の定員の増加について、許可制の性質を有する規制を定め、直接的には、当該養成施設等の設置者の職業の自由を、間接的には、当該養成施設等において教育又は養成を受けることにより、免許を受けてあん摩、マッサージ又は指圧を業としようとする視覚障害者以外の者の職業の自由を、それぞれ制限。

一審・原審:本件規定は同項に違反するものではなく、本件処分は適法。

判断:本件規定は同項に違反しない旨の判断を示し、上告棄却。

<規定>
憲法 第二二条[居住・移転・職業選択の自由、外国移住・国籍離脱の自由]
何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

<解説>
憲法22条1項につき、狭義における職業選択の自由のみならず、営業の自由ないし職業活動の自由の保障をも包含(判例)。

規制措置の憲法22条1項適合性:

薬事法距離制限事件判決:
これらの規制措置が憲法22条1項にいう公共の福祉のために要求されるものとして是認されるかどうかは、これを一律に論ずることができず、具体的な規制措置について、規制の目的、必要性、内容、これによって制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度を検討し、これらを比較考量したうえで慎重に決定
右のような検討と考量をするのは、第一次的には立法府の権限と責務
⇒裁判所としては、規制の目的が公共の福祉に合致するものと認められる以上、そのための規制措置の具体的内容及びその必要性と合理性については、立法府の判断がその合理的最良の範囲にとどまるかぎり、立法政策上の問題としてその判断を尊重すべき。
but
右の合理的裁量の範囲については、事の性質上おのずから広狭がありうるのであって、裁判所は、具体的な規制の目的、対象、方法等の性質と内容に照らして、これを決すべき

●一般に許可制は、職業の自由に対する強力な制限その合憲性を肯定し得るためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要する(判例)。

本判決:
立法府の合理的裁量の範囲の広狭につき、
本件規定は、障害のために従事し得る職業が限られるなどして経済的弱者の立場にある視覚障碍がある者を保護するという目的のため、あん摩マッサージ指圧師について、視覚障碍者の職域を確保するための規制を行うものといえる。
このような規制措置については、対象となる社会経済等の実態についての正確な基礎資料を収集した上、多方面にわたりかつ相互に関連する諸条件について、将来予測を含む専門的、技術的な評価を加え、これに基づき、社会福祉、社会経済、国家財政等の国政全般からの総合的な政策判断を行うことを必要とする⇒その必要性及び合理性については、立法府の政策的、技術的な判断に委ねるべきものであり、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重すべき。

本件規定による具体的な規制の目的、対象、方法等の性質と内容に照らし、立法府の最良の範囲が広いと解したもの。

本件規定については、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることについての立法府の判断が、その政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱し、著しく不合理であることが明白な場合でない限り、憲法22条1項の規定に違反するものということはできない。
職業の自由に対する規制の合憲性の審査については、学説上、判例は規制目的二分論をとるとする理解がある。
積極目的規制⇒広い立法裁量を前提に明白の原則により緩やかな審査
消極目的規制⇒厳格な合理性の基準等により厳格に審査
but
本判決は、本件規定による具体的な規制の目的、対象、方法等の性質と内容に照らして、立法府の最良の範囲の広狭を検討した結果として「著しく不合理であることが明白」との判断基準

●当てはめについて
・・・・・視覚障害がある者の保護という重要な公共の利益のため、視覚障害者の職域を確保すべく、視覚障害者以外のあん摩マッサージ指圧師の増加を抑制する必要があるとすることをもって、不合理であるということはできない。
本件規定は、前記抑制ための手段として相応の合理性を有する以上、養成施設等の設置又はその生徒の定員の増加を全面的に禁止するものではないこと、あん摩、マッサージ又は指圧を業としようとする視覚障害者以外の者は既存の養成施設等において教育又は養成を受ければ免許を受けられる本件規定による職業の事由に対する制限の程度は、限定的なものにとどまる。

本件規定について、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることについての立法府の判断が、その政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱し、著しく不合理であることが明白であるということはできない。
⇒本件規定が憲法22条1項に違反するものということはできない。

●本件は本件処分の取消し訴訟であり、本件処分の適法性が判断の対象
⇒問題となるのは、本件処分の根拠である本件規定が本件処分時において有効であったかどうか
本件規定に係る立法事実(立法の必要性、合理性を支える社会的、経済的な事実)につき、ある程度具体的な検討を加えている。

本件規定は「当分の間」の措置を講ずる規定であり、将来的な改廃が予定されていたものと解されるところ、その制定から本件処分時までに既に50年以上が経過しているため、その制定時の事情を基礎とする理念的な説明のみでは、本件処分時において前記判断基準を充たすと直ちに判断することはできず、その制定後に生じた事情の変化の有無、程度等も考慮に入れて、本件処分時においてもなお規制を維持する必要性及び合理性があるかという観点からの検討をする必要があった。

判例時報2529

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大阪市ヘイトスピーチへの対処に係る条例と憲法21条1項

最高裁R4.2.15

<事案>
市の住民であるXらが、本件各規定(大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例、5~10条)が憲法21条1項等に違反し、無効であるため、審査会の委員の報酬う等に係る支出命令は法令上の根拠を欠き違法である⇒市の執行機関であるY(大阪市長)を相手に、地自法242条の2第1項4号に基づき、当時市長の職にあった者に対して損害賠償請求をすることを求めた住民訴訟。

<一審・原審>
本件各規定が表現の自由を制限するものであるとした上で、
本件各規定は憲法21条1項等に違反しない
⇒Xらの請求を棄却。

<判断>
条例ヘイトスピーチの定義について規定した本件条例2条1項:
①同項1号が、表現活動が人種又は民族に係る特定の属性(「民族的属性」)を理由として、個人又は集団を社会から排除すること等の不当な目的をもって行われたものであり、
②同項2号が、表現の内容及び表現活動の態様について、得意に悪質性の高いものであることを要件としたものであり、当該表現活動が、個人若しくは集団をその蔑称で呼ぶなど、個人若しくは集団を相当程度侮辱し、若しくはひぼう中傷するものであること、又は
個人若しくは集団の生命、身体若しくは財産について危害を加える旨を告知するなど、社会通念に照らして、その個人等に脅威を感じさせるものであることを要する旨を規定したものであり、
③同項3号は、当該表現活動が、仲間内等の限られた者の間で行われるものではなく、不特定多数の者が表現の内容を知り得る状態に置くような場所又は方法で行われるものであることを要する旨を規定したもの。

前記解釈を前提とした上で、
本件各規定の目的のために制限が必要とされる程度と、
制限される事由の内容及び性質、
これに加えられる具体的制限の態様及び程度等
を衡量して合憲栓を判断するという利益衡量論に依拠

ア:本件条例2条1項にいうヘイトスピーチ(条例ヘイトスピーチ)に該当する表現活動は、人権又は民族に係る特定の属性を理由として特定人等を社会から排除すること等の不当な目的をもって公然と行われるものであって、
その内容又は態様において、殊更に当該人種若しくは民族に属する者に対する差別の意識、憎悪等を誘発し若しくは助長するようなものであるか、又はその者の生命、身体等に危害を加えるといった犯罪行為を扇動するようなものであるといえる
⇒これを抑止する必要性が高く、市内においては、実際に前記のような過激で悪質性の高い差別的言動を伴う街宣活動等が頻繁に行われていたことがうかがわれる事等も勘案すると、条例ヘイトスピーチの抑止を図るという本件各規定の目的は合理的であり正当なものということができる。
イ:これにより制限される表現活動は前記のような過激で悪質性の高い差別的言動を伴うものに限られる上、その制限の態様及び程度においても、事後的に市長によるインターネット上の表現の削除要請や表現活動をしたものの氏名又は名称の公表等の対象となるにとどまる
ウ:市長による要請に従わないものに対する制裁はなく、表現活動をしたものの氏名等を特定するための法的強制力を伴う手段も存在しない

本件各規定による表現の事由の制限は、合理的で必要やむを得ない限度にとどまるものというべきであり、また、条例ヘイトスピーチの定義で規定した同項等の内容が不明確なものとはいえず、過度に広範なものともいえない

本件各規定は、憲法21条1項に違反しない。

<解説>
●住民訴訟において法令の合憲性を争うことの可否
◎ 最高裁昭和37.3.7:
大阪府の住民である原告が、市町村警察を廃止しその事務を都道府県警察に移した警察法が憲法92条(地方自治の本旨)に違反し、無効であるなどと主張して、大阪府の警察費予算の支出の差止めを求めた住民訴訟の事案において、警察法が憲法92条に違反するものではないとの判断を示している。
行政機関等の設置に関する法令が違憲無効⇒当該行政機関等の活動に係る公金の支出についても、法律上の根拠を欠くこととなり、違法となる⇒上記のようなケースでは、住民訴訟により法令の合憲性を争うことができる。

◎ 住民訴訟の対象は、地自法242条1項により、「公金の支出」「財産の取得、管理若しくは処分」、「契約の締結若しくは履行」、「債務その他の義務の負担」(財務会計行為)又は「公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実」とされている
⇒法令の違憲が個別の財務会計行為の違法を基礎付けるものである限りにおいては、住民訴訟において、当該法令の合憲性を争うことができると解すべき。
他方で、法令の意見が個別の財務会計行為の違法を基礎づけるものではない⇒当該違憲をいう点は主張自体失当となり、他に当該財務会計行為の違法を基礎づける主張がなければ、直ちに請求は棄却される。

◎ 本件:
Xらが違憲無効と主張している本件各規定のうち、審査会の設置(本件条例8条)等に係る規定が違憲無効⇒審査会の委員の地位や審査会による手続自体が法令上の根拠を欠く⇒同委員に対する報酬等に係る支出命令の違法が基礎づけられる⇒Xらは本件各規定の違憲性を争うことができる。

●表現の内容に着目した規制の合憲性審査の枠組み
◎ 表現の自由を始めとする精神的自由については、民主制の過程を支える重要な権利⇒それが不当に制限されている場合には、国民の知る権利が十分に保障されず、民主制の過程そのものが傷つけられている⇒裁判所が積極的に介入する必要があり、精神的自由を規制する立法の合憲性を裁判所が厳格に審査しなければならない。

表現内容規制
については、
学説上は、極めて厳格な基準とされる明白かつ現在の危険の基準(①ある行為が近い将来、ある実質的害悪を引き起こす蓋然性が明白であること、②その実質的害悪が極めて重大であり、その重大な害悪の発生が時間的に切迫していること、③当該規制手段が前記害悪を避けるのに必要不可欠であることという3つの要件の存在が立証された場合にはじめて、当該表現を規制することができるとするもの。)により合憲性を審査すべきであると解する立場も有力。

判例
未決勾留により拘禁されている者の新聞紙、図書等の閲覧の自由の制限が問題となった最高裁昭和58.6.22を始めとして、表現内容規制について、一律の審査基準を定立して合憲性を判断するという手法を採用せず、①制限の必要性の程度と、②制限される自由の内容及び性質、③これに加えられる具体的制限の態様及び程度等を衡量して決するという利益衡量論に依拠した上で、
それが無原則、無定量に行われることがないように、事案に応じて、利益衡量を指導するルール(利益衡量の方法)として、学説いう厳格な審査基準(明白かつ現在の危険の基準、必要最小限度の原則。LRAの基準、漠然性ゆえに無効の法理、過度の広汎性のゆえに無効の法理等)の趣旨を取り入れてきた。

表現内容規制の在り方は様々⇒ 一律の基準を定立するのではなく、事案に応じて柔軟に対処していることを要するとの考え方に基づくもの。

◎ 従来の判例:
規制される自由又は利益につき、
保護の必要性が特に高く、制限の程度も重大であるような場合⇒明白かつ現在の危険の基準を意識した利益衡量の方法
②その保護の必要性が低く、当該規制の外縁が比較的明確かつ限定的なもの
特に利益衡量のの方法について具体的に明示せず
③その余のもの
明白かつ現在の危険の基準以外の厳格な審査基準を意識した利益衡量の方法を採用し、又は「①禁止目的、②これを禁止される政治的行為との関連性、③政治的行為を禁止することにより得られる利益と禁止することによる失われる利益の均衡」の3点により合憲性を検討するという合理的関連性の基準によるという傾向を指摘。

昭和58年最判:
新聞紙、図書等の閲読の自由については、個人の思想及び人格の形成・発展や、民主主義社会における思想及び人格の形成・発展や、民主主義社会における思想及び情報の自由な伝達、交流の確保に資するものであり、かつ、新聞紙、図書等の一部を抹消した場合、当該抹消部分に記載された思想、情報等を認識することが全くできなくなること等

右の制限が許されるためには、当該閲読を許すことにより右の規律及び秩序が害される一般的、抽象的なおそれがあるというだけでは足りず、被拘禁者の性向、行状、監護内の管理、保安の状況、当該新聞紙、図書等の内容その他の具体的事情のもとにおいて、その閲読を許すことにより監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があると認められることが必要であり、かつ、その場合においても、右の制限の程度は、右の障害発生の防止のために必要かつ合理的な範囲にとどまるべきものと解するのが相当。

最も厳格とされる明白かつ現在の危険の基準を意識した利益衡量を行ったもの。

H2.9.28最判:
政治目的の放火等の扇動等を処罰する破防法39条等につき、同扇動等が重大犯罪を引き起こす可能性のある社会的に危険な行為であるとして、特に厳格な審査基準を意識した説示をすることなく合憲の結論を導いている。

「保護される利益>規制される利益」が明白であることや、規制の外縁が比較的明確かつ限定的であることをふまえた判断

最高裁昭和59.12.12:
と時の完全定率法21条1項3号の規定によるわいせつ表現物の輸入規制の憲法21条1項適合性が問題となった事案において、わいせつ表現物を否定的に評価し、その規制の必要性を前面に据えた説示をする反面
「法律をもって表現の自由を規制するについては、基準の広汎、不明確の故に当該規制が本来憲法上許容されるべき表現にまで及ぼされて表現の自由が不当に制限されるという結果を招くことがないように配慮する必要があり」とも説示。

わいせつ表現物については、制限される自由又は利益の内容及び性質等の点において、昭和58年最判と比べ、衡量すべき価値自体の優劣の判断は容易⇒明白かつ現在の危険の基準を意識した利益衡量にはよらない。
but
制限される自由又は利益の外縁の明確性、限定性の点等からみると、その判断が容易とはいえない側面も否定できない⇒本来の規制対象としてそう想定される表現を超えて、表現の自由を不当に制限することとならないよう、漠然性のゆえに無効の法理等の厳格な基準を意識した利益衡量を行った。
表現内容規制の憲法21条1項適合性の判断において合理的関連性の基準を用いた最高裁の判断は少数であり、最高裁昭和49.11.6の公務員の政治的行為を規制対象とした事案に限られる。

◎判例は、・・・前記の利益衡量の際に、審査の対象となる規定を合理的に解釈し、その解釈を踏まえて当該規定の合憲性を判断するという手法を採用。
最高裁H24.12.7の千葉勝美裁判官の補足意見:
公務員の政治的行為を禁止する国公法102条1項の合憲性が問題となった事案において、まずは対象となっている規定について丁寧な解釈を試みるべきであり、その作業をした上で具体的な合憲性の有無等の審査に進むべき。

●本判決について
◎ 本件条例乗のヘイトスピーチの定義を規定した本件条例2条1項について、・・・によれば、条例のヘイトスピーチが市長による拡散防止措置等の対象となることから、差別的言動解消推進法2条と比較して詳細な定義をしたものであり、
目的の要件、②態様の要件及び③不特定性(公然性)の要件の3つを全て充足することを要するとしたもの。

①について:
表現の自由との関係を考慮して、単なる批判や非難を対象外とすることを趣旨とする
②について:
相当程度の侮辱等をするもの又は個人等に脅威を感じさせるもののいずれかに該当することを要する⇒表現の悪性を審査することとした。
③について:
不特定多数の者が表現の内容を知り得る状態に置くような場所又は方法で行われるものであることを要する⇒仲間内に限定された表現活動を除外する趣旨。
but
本件条例2条1項1号は、問題となる表現が人種又は民族に係る特定の属性(民族的属性)を理由とするものであることを明示せず、民族的属性を有する個人又は該当個人により構成される集団を「特定人等」と定義した上で、特定人等を社会から排除すること(同号ア)、特定人等の権利又は自由を制限すること(同号イ)等を目的とすることを規定。
but
一般に、民族的属性を有しない個人を想定することはできず、全ての個人がこれに該当することとなる⇒「特定人等」の概念を基に規制対象を限定することはできない。⇒同号の文言のみからは、民族的属性を理由とするものではない表現活動(例えば、個人の具体的な違法行為の存在を理由に処罰を求める表現活動等)であっても、特定人等の権利又は自由を制限することを目的としているなどという捉え方をすれば、同号に該当すると見る余地があることとなる

同項2号は、表現活動の内容及び態様について、
「特定人等・・・に脅威を感じさせるもの」などと規定するにとどまり、その具体的内容又は態様を例示するなどしておらず、その対象とされた個人等に対して主観的な不安感等を与えたことをもって、同号に該当するとの解釈も成り立ちえないではない。

本判決は、まず、憲法判断に先立って、本件各規定のうち、本件条例上のヘイトスピーチの定義を規定した本件条例2条1項につき、解釈を示したもの。
本件条例の制定経緯及び文理に照らせば、本件条例は、表現の自由の保障に配慮しつつ、当時、市内で頻繁に行われていた、特定の民族等に属する集団を一律に排斥する内容、同集団に属する者の生命、身体等に危害を加える旨の内容、同集団をその蔑称で呼ぶなどして殊更にひぼう中傷する内容等の民族的属性を理由とする過激で悪質性の高い差別的言動の抑止を図ることをその趣旨とするものと解すべき。

民族的属性を理由とするものではない表現行為が条例ヘイトスピーチに含まれるとの解釈や、表現行為が、その対象とされた個人等に主観的な不安感等を与えることをもって、直ちに条例ヘイトスピーチに該当するとの解釈は、前記趣旨を超えて表現の自由を制約することとなるから、採用し難い。

◎ 本件各規定が憲法21条1項に違反するか否かを検討するに当たり、いかなる利益衡量の方法をとるべきか?
民族的属性を理由とする差別的言動を伴う表現活動自体は、社会的に許されるものではないことが明らかであり、少なくとも昭和58年最判における閲読の自由等を比肩すべき価値は見出し難い最も厳格な基準である明白かつ現在の危険の基準を意識した利益衡量を行う必要があるとはいえない。
but
民族的属性に言及する表現活動には、海外の政権等による人権侵害、大量破壊兵器の開発やこれらを支持、支援しているとみられる個人又は団体に対する批判、わが国における出入国管理政策についての議論等の政治的表現との切り分けが困難なものも含まれ得る。

政治的表現の自由は、民主主義社会に不可欠な表現の自由の根幹を構成するもの⇒本来の規制対象として想定される範囲を超えて、これが不当に制限されることとならないよう細心の注意を払う必要がある。

本件においては、本件各規定による表現の自由の制限が合理的で必要やむを得ない限度にとどまるものといえるかを吟味するとともに、漠然性のゆえに無効の法理及び過度の広汎性のゆえに無効の法理といった厳格な審査基準を意識した利益衡量を行うことが相当。

◎ 本判決は、本件条例2条1項の文言を限定的に解釈した上で、その解釈を前提に合憲の結論を導いた。
講学上の合憲限定解釈:条文に合憲的部分と違憲的部分(違憲の疑いがある部分)が含まれている場合に、違憲的部分を解釈により切り落とす手法とされ、
通常の解釈手法(文理解釈・目的論的解釈・体系的解釈等)により違憲の疑いのない意味に解釈し得る場合には、合憲限定解釈とは呼ばない。
本判決は、文言通りに解釈すると違憲の部分が存在することを示唆する説示をしていない⇒本件条例の趣旨目的に沿って、文言を合理的に解釈するという通常の解釈手法(目的論的解釈等)によったものであって、合憲限定解釈をしたものではないと思われる。

判例時報2530

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2022年11月22日 (火)

営業時間短縮命令に対する国賠請求

東京地裁R4.5.16

<事案>
新型コロナウイルス感染症が再拡大⇒令和3年1月7日、政府対策本部長は、東京都ほかを対象に、2回目の緊急事態制限。
同年2月3日、特措法が一部改正され、特措法45条3項に基づき、東京都知事は、飲食店等の施設管理者に対し、施設使用制限命令等の措置を講ずべきことを命ずることができるようになった。

原告:本件要請に応じない正当な理由があったこと、本件命令の発出は特に必要があたっと認められないことなどの理由で、本件命令は違法であり、また、特措法及び本件命令は営業の自由、表現の自由等の基本的人権を侵害するなどの理由で違憲であるところ、本件命令に従い営業時間を短縮したために売上高が減少し、営業損害を被った。

国賠法1条1項に基づき、被告である東京都に対し、前記損害の一部である104円の支払を求めた。

<争点>
本件命令の違法性に関し
①本件命令に違法な目的があったか
②本件要請に応じない正当な理由があったか
③本件命令の発出は特に必要があったか
④東京都知事が職務上の注意義務に違反したか
本件命令の違憲性に関し、営業の自由、表現の自由、平等原則を侵害するか

<判断>
●原告:本件命令につき、本件記事を発信し、飲食店に対する緊急事態措置に反対意見を表明していた原告を狙い撃ちにした、報復ないし見せしめ⇒本件命令に違法な目的があった。
vs.
東京都知事が本件記事のような発信をしていない相当数の事業者に対しての時短要請や時点命令を行った⇒違法な目的を否定。

●原告:所定の場合に損失補償ないし損害補償をしなければならない旨定める特措法62条、63条等⇒東京都知事が本件要請を行うに当たり、その影響が及ぶ事業者の経済的な事情を考慮することを当然の前提とする⇒特措法45条3項所定の正当な理由の有無については、本件要請を受ける事業者の経済的な事情が考慮されるべき。
原告には本件要請に応じない正当な理由があった。
vs.
・・・・前記協力要請に応じなかった原告に対して引き続き行われた営業時間短縮の要請も、新型コロナウイルス感染症に対する対策の強化を図り、また、国民の声明及び健康を保護するために必要かつ有用であったといえる⇒原告が本件要請に応じない正当な理由があったとは認めなかった。

●いわゆる時短命令等の発出要件として、特措法45条3項は、「施設管理者等が正当な理由がないのに前項の規定による要請に応じないときは、特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため特に必要があると認められるときに限り、当該施設管理者等に対し、当該要請に係る措置を講ずべきことを命ずることができる。」と定める。
東京都知事は、本件要請に応じない原告に対し、「特に必要があると認めるとき」に限り、本件命令を発出し得た。

原告:
東京都知事が本件命令を行うに当たっては、施設管理者に対する必要最小限の措置であり、そのような不利益処分を課すことが感染防止対策としてやむを得ないというに足りる高度の必要があることが求められる。
本件命令に付記された「本件対象施設は夜間の営業を継続し、客の来店を促すことで、飲食につながる人の流れを増大させ、市中の感染リスクを高めていること」は立証がなく、「原告が緊急事態措置に応じない旨を強く発信し、他の飲食店の夜間の営業継続を誘発するおそれがあること」についても、本件記事の発信は、他の飲食店の夜間の営業継続を誘発するものではなく、原告に対し不利益処分を課す理由にならない
⇒「特に必要があると認めるとき」には当たらない。

本判決:
措置命令に違反した場合、当該違反行為をした施設管理者は過料に処せられる(特措法79条)、制裁規定の前提にもなる⇒その運用は、慎重なものでなければならない。

前記の高度の必要性が求められるとの原告の主張は、飲食店に対する営業時間短縮の要請が新型コロナウイルス感染症の拡大防止対策として必要かつ有用なものといえることの均衡を失し、そのまま採用し難いとしつつも、原告が本件要請に応じないことに加え、原告に不利益処分を課してもやむを得ないといえる程度の個別の事情があることを要するという限度で、首肯し得る

本件命令発出日の頃、都内の飲食店のうち2000余りの店舗は、営業時間短縮の協力要請に応じず夜間の営業を継続しており、こうした中、いかに上場企業であるとはいえ、前記2000余りの店舗の1%強を占めるにすぎない本件対象施設において、原告が実施していた感染防止対策の実情や、クラスター発生の危険の程度等の個別の事情の有無を確認することなく、本件対象施設での夜間の営業継続が、ただちに飲食につながる人の流れを増大させ、市中の感染リスクを高めていたと認める根拠は見出し難い⇒前記の「特に必要があると認めるとき」には当たらない。


but
①本件命令自体が違法というわけではなく、
②本件命令の発出に当たり、東京都知事が裁量の範囲を著しく逸脱したとまではいい難いこと、
③本件命令は・・・措置命令の法定後、最初の発出事例であり、その発出までの間、東京都知事において、要件該当性判断の当否等の検討のために参照すべき先例がなかったこと等

東京都知事が本件命令を発出するに当たり過失があるとまではいえず、職務上の注意義務に違反したとは認められない⇒原告の請求を棄却。

判例時報2530

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2022年11月21日 (月)

死体遺棄罪にいう「遺棄」が問題となった事案

福岡高裁R4.1.19

<事案>
ベトナムからの技能実習生である被告人が、死産となった双子のえい児を自宅で保管⇒死体遺棄被告事件。

<一審>
えい児の死体を段ボール箱に二重に入れ、外から分からないようにした行為と、のちに自分で埋葬しようと考え、1日以上にわたりそれを自室に置き続けた行為が刑法190条の遺棄にあたる
⇒懲役8月執行猶予3年

<判断>
①えい児の死体を段ボール箱に二重に入れて接着テープで封をし、 自室にあった棚の上に置いた行為は死体遺棄罪にいう「遺棄」にあたる
②1日と約9時間の間、同死体の埋葬を行わなかった行為はこれに当たらない

原判決を破棄し、改めて被告人に懲役3月執行猶予2年の刑を言い渡した。

<解説>
● 本判決:
①の行為が「遺棄」にあたる

えい児の死体について、他者により適切な時期に埋葬が行われる可能性を著しく減少させたという点において、死者に対する一般的な宗教的感情や敬けん感情を害する
~「遺棄」について、死体遺棄罪の趣旨・目的に照らした目的論的解釈。

● ②の不作為が「遺棄」にあたらない

死体の葬祭義務を負う者が葬祭を行わないという不作為が作為による遺棄と構成要件的に同価値のものとなったと評価するには、適切な時期に死体の葬祭を行わなかったという点で上記法益を害するといえる。⇒死体の相殺義務を負う者が葬祭を行わないという不作為が死体遺棄罪にいう死体の「遺棄」に該当するのは、その者が死体の存在を認識してから同義務を履行すべき相当の期間内に葬祭を行わなかった場合に限られると解するのが相当。
不作為の実行行為は作為義務を履行するのに必要な期間の経過によって終了。
(たとえ行為者が作為に出ない決意を固めていたとしても、同期間の経過前は未終了(着手)未遂が問題となりうるにとどまる。)
but
不作為犯も、当該構成要件が要求する一定の結果不法が生ぜしめられたことが必要。

本件では、1日と約9時間にわたって葬祭を行わなかったというだけでは、いまだに保護法益が害されたとは評価しえない、すなわち、前記結果不法が発生していないと解したもの。

判例時報2528

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実子に対し、頭部・身体を揺さぶる等の暴行を加えたとの起訴での無罪事案

①東京高裁R3.5.28 ②名古屋高裁R3.9.28

<事案>
被告人が実子に対し、頭部・身体を揺さぶる等の暴行を加え、急性硬膜下血腫、脳実質損傷、脳浮腫、多層性・多発性網膜出血等の傷害を負わせた(②事件では死亡させた)として起訴。

<主張>
検察官:
医師(①事件では小児脳神経外科及び小児科、②事件では内科及び小児眼科)の証言に依拠し、被害者の障害は被告人の揺さぶり行為等によって生じたと主張。

弁護人:
揺さぶり行為を否認し、脳神経外科医等の証言に依拠し、障害は他の原因によって生じた可能性がある⇒無罪を主張。

<原審>
いずれも、被害者の傷害は揺さぶり行為以外の原因によって生じた可能性が否定できない⇒事件性を否定し、各被告人を無罪に。

<控訴審>
原審の判断を是認。

<解説>
●乳幼児揺さぶられ症候群に関する「SBS仮説」

● 検察官主張:
小児医療では、乳幼児に複数の疾患ないし傷害がみられる場合、まずは原因が1つである可能性を考えて診断を行うというのが「共通理解」であるとされ、SBS仮説もこれを前提としている。
←小児の場合は先天性疾患等がない限り基本的には健康体であることを前提に考えるべき。
vs.
これは、あくまで診断を行うに際しての端緒のようなものに過ぎず、刑事事件における事実認定の場面では別個の検討が必要。

揺さぶる暴行により3徴候が生じる機序を合理的に説明することが可能であるとしても、それらの症状が他の原因によって生じ得る合理的な可能性が排除できない限り、3徴候から遡って1個の原因としての揺さぶる暴行があったものと直ちに推認できるわけではない。

参考文献。

●公判前整理手続終了後の証拠調べ請求
刑訴法 第三一六条の三二[証拠調べ請求の制限]
公判前整理手続又は期日間整理手続に付された事件については、検察官及び被告人又は弁護人は、第二百九十八条第一項の規定にかかわらず、やむを得ない事由によつて公判前整理手続又は期日間整理手続において請求することができなかつたものを除き、当該公判前整理手続又は期日間整理手続が終わつた後には、証拠調べを請求することができない。
②前項の規定は、裁判所が、必要と認めるときに、職権で証拠調べをすることを妨げるものではない。

起訴後2年余りにわたって行われた公判前整理手続で、
検察官は内科医と小児科医の2名の医師の各所見に基づき、傷害が揺さぶり等の暴行を原因として前記各医師の所見による機序で生じたことを立証し、
弁護人は脳神経外科医の所見に依拠して前記各医師の所見の信用性を弾劾し、揺さぶり行為以外の原因で生じた可能性があることを立証するという、主張・立証構造が確認。
but
前記内科医と前記脳神経外科医の各証人尋問終了後、検察官から、新たに別の脳神経外科医の鑑定書等が証拠調べ請求
~公判全整理手続で主張されていなかった「斜台後面の血腫の存在」を中核とするもの。

原審:刑訴法316条の32第1項の「やむを得ない事由」がないとして証拠調べ請求を却下

控訴審で、検察官は、前記証拠調べ請求は原審弁護人の主張変更に対応したものであるとして、原審の当該措置は同項の解釈適用を誤ったものであると主張。

②事件控訴審:
原審公判全整理手続の経過を子細に検討し、検察官主張のような原審弁護人の主張変更がないことに加え、前記鑑定書等の証拠調べ請求は公判全整理手続で確認された主張・立証構造を組み替えるためになされたもので、公判前整理手続の趣旨に反するとして、この主張を排斥

検察官:仮に「やむを得ない事由」がないとしても、原審裁判所は刑訴法316条の32第2項に基づき当該証拠を職権により取り調べる義務があり、審理不尽の違法がある。

②事件控訴審:公判前整理手続の制度趣旨等に基づき、職権証拠調べをなすべきか否かの考慮要素を示して検討した上で、審理不尽の主張を否定。

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2022年11月17日 (木)

取締役会議事録及び監査役会・監査等委員会議事録の閲覧謄写許可の申立てが却下された事例

大阪高裁R3.5.28

<事案>
Y(抗告人・原審利害関係人)は、東証一部上場の監査等委員会設置会社
Xら:Yの株主

<経緯>
Xら:本件社史には、発行手続に問題があり、かつ、多数の重要な誤りがあり・・・Yの時期株主総会で、株主提案権を行使して、定款の変更及び社史の客観的歴史的手j記号性の担保を議案とする株主提案を行うことを検討しているが、そいのためには本件社史を発刊した決定過程を把握する必要がある

①Yの取締役会議事録のうち、本件社史について協議、監督した部分について、閲覧・謄写することの許可を求めるとともに、
②Yの監査役会及び監査等委員会議事録のうち、本件社史について監査協議、監督した部分について、閲覧・謄写することの許可
を地裁に求めた。

<規定>
会社法 第三七一条(議事録等)
取締役会設置会社は、取締役会の日(前条の規定により取締役会の決議があったものとみなされた日を含む。)から十年間、第三百六十九条第三項の議事録又は前条の意思表示を記載し、若しくは記録した書面若しくは電磁的記録(以下この条において「議事録等」という。)をその本店に備え置かなければならない。
2株主は、その権利を行使するため必要があるときは、株式会社の営業時間内は、いつでも、次に掲げる請求をすることができる。
一 前項の議事録等が書面をもって作成されているときは、当該書面の閲覧又は謄写の請求
二 前項の議事録等が電磁的記録をもって作成されているときは、当該電磁的記録に記録された事項を法務省令で定める方法により表示したものの閲覧又は謄写の請求
3監査役設置会社、監査等委員会設置会社又は指名委員会等設置会社における前項の規定の適用については、同項中「株式会社の営業時間内は、いつでも」とあるのは、「裁判所の許可を得て」とする。

<原決定>
閲覧・謄写を許可

Yが、取消しと当該取消部分に係る本件申立てをいずれも却下する裁判を求めて即時抗告

<判断>
Xらが社史の客観的歴史的変遷を担保するための定款変更を株主提案するにあたり・・・必要とする理由は、本件社史を発刊した決定過程を把握する必要があるという以上に具体的に明らかでなく
Xらは、閲覧・謄写を経ることなく、必要と考える定款変更の株主提案を現にしている⇒それらの議事録部分の閲覧・謄写がなければ定款変更に係る株主提案をすることができないとも認め難い

本件では、「株主は、その権利を行使するため必要があるとき」についての疎明があるとは認められない。

①・・・・本件社史の刊行が創立50周年の記念行事として行われたものであるとしても、それについて社外取締役が過半数を占める取締役会において協議、監督までされた可能性は高いとはいえない
②・・・・監査役会が本件社史について監査協議、監督することも、本件社史の刊行が決定される前に監査等委員会設置会社に移行していることからすると、ほとんど想定できない
③Yにおいて、裁判所限りで議事録を閲覧に供する用意があるとの態度を示すなどして、本件申立てに係る議事録部分は存在しないと強く主張

本件申立てに係る議事録部分が存在することの疎明があるとは認められない。

<解説>
株主は、その権利を行使するため必要があるときは、取締役会の議事録の閲覧・謄写を請求することができる(会社法371条2項)。
but
取締役会の議事には秘密を要する事項も含まれている

業務監査権限のある監査役がおらず、各株主に強い監視権限が付与されている会社の場合を除き、株主は、裁判所の許可を得たときに限りこの請求をすることができる(同条3項)。

株主の権利行使のための必要性:
およそ株主たる資格において有する権利の行使をいい、
権利行使の対象となり得、又は権利行使の要否を検討するに値する特定事実の関係が存在し、取締役会議事録の閲覧・謄写の結果によっては権利行使をすることが想定できる場合であって、かつ、当該権利行使に関係のない取締役会議事録の閲覧・謄写を求めているのではない⇒その必要性は肯定。
権利行使の蓋然性がない場合は、必要性を欠く。

裁判例:
株主が、原発関連各事項に関する株主提案、理由説明及び事前質問を行うことについて、株主としての権利行使の必要性を肯定するもの(大阪高裁)
株主による取締役会議事録の謄写申請が、株主の地位に仮託して、個人的な利益を図るために、M&Aをめぐる訴訟の証拠収集目的でされたものであり、M&Aを進めるべきか否かの取締役会の審議の内容が企業秘密たる事項で、これらの記載部分が閲覧・謄写されることになれば会社の将来の事業実施等についても重大な打撃が生じるおそれがあり、会社の全株主にとっても著しい不利益を招くおそれがある⇒株主の権利行使の必要性を否定(福岡高裁)。

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2022年11月14日 (月)

原告の従業員であった被告が原告に在職中に別会社を設立し原告のスタッフを被告会社に引き抜いたことの不法行為性(肯定)等

宮崎地裁都城支部R3.4.16

<事案>
X:労働者派遣事業及び有料職業紹介事業等を行とする会社
Y1:平成25年3月にXに入社し、平成30年8月31日にXを退職(退職時ポストはXの宮崎営業所の所長) Xに在職中の同年5月2日、宮崎市内にY2を設立し、Y2の代表取締役に就任。
Y1は、平成30年6月13日に、一方的にXに退職願いを提出し、同日以降、Xの派遣スタッフに対し、XからY2への移籍やY2への入社を勧誘。

X:Y1らに対して不法行為に基づく損害賠償請求
Yら:Xが、Y1の名誉及びY2の信用を毀損する文書を配布⇒Xに損害賠償請求

<判断>
● Y2がY1と共謀の上、社会的相当性を逸脱した引き抜き行為を行ったと認め、
Y1及びY2に対し、315万5587円(営業損害287万5587円、弁護士費用28万円)の賠償を命じた。

● ・・・等の記載は、既知の事実ということはできず、その事実の有無に関係なく、経済活動を営んでいく被告らの社会的評価を低下させるものであることは否定することができない。
・・・上記文書に記載された内容は、原告と対立関係にある小規模な一企業にすぎない被告会社及びその代表者である被告Y1に関する事実及びその評価にすぎず、公共の利害に関する事実ということはできない。
Xが派遣スタッフや派遣先企業に配布した文書は、Yらを誹謗中傷する内容を含んでおり、それが複数回にわたり配布されている⇒相当性があるとは認められない。
⇒Xに対し、Xの文書配布行為によってYらが被った損害合計187万円(Y1:慰謝料70万円+弁護士費用7万円、Y2:慰謝料100万円+弁護士費用10万円)の賠償を命じた。

<解説>
●最高裁H22.3.25:
退職後の競業避止義務に関する特約等の定めなく旧会社を退職した従業員が別会社を事業主体として旧会社と同種の事業を営み、その取引先から継続的に仕事を受注した行為について、
社会通念上自由競争の範囲を逸脱するものでない場合には、旧会社に対する不法行為に当たらない。

従業員を引き抜くことによって当該会社の経営に打撃を与えた行為が不法行為に当たるとされた裁判例として3つの裁判例。

一般論としては、従業員の引き抜き行為が適法なものか否かは、
会社の業務内容、従業員の退職の意思・自発性、退職勧誘の方法・態様の社会的相当性などの諸般の事情を考慮して判断するほかないと解かれ、
裁判例上は、
従業員の退職、転職の自由という観点から、従業員引き抜き行為それ自体は違法とはいえないが、旧会社で得ていた内部情報や機密情報の盗用、漏えいなど法令又は競業避止義務の違反を伴うときや、一斉かつ大量に従業員を引き抜く場合などには、不法行為の成立が認められやすいとの指摘(文献)。

本判決:
Yらが、Xよりも良い待遇をうたって派遣スタッフを勧誘すること自体は問題ない
but
Y1が、Xに在職中にY2を設立し、実際に収益を上げていたことはXに対する職務専念義務に違反
派遣スタッフに対する勧誘の際、Xも了承済みであるかのような事実に反する説明をしたことは問題がある、
Xの宮崎営業所の雇用スタッフ数及び粗利の額の推移⇒Yらによる引き抜き行為が原告に与えた影響は軽視できない

Yらによる引き抜き行為が社会的相当性を逸脱している。

●従業員の引き抜きによる損害額の認定:
売上高の減少分をそのまま損害ととらえる考え方
売上高の減少分から支出を免れた諸経費を差し引いた営業利益の損失分ととらえる考え方

本判決:
売上高の減少分から支出を免れた諸経費を差し引いた営業利益の損失分を損害ととらえている。
人材派遣業においては、退職や転職が頻繁に行われている
Y2が設立された後のXの宮崎営業所の雇用スタッフ数の推移等を考慮して、Yらの引き抜き行為によって損害が生じた期間を3か月と認定

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相続人の被相続人口座からの出金と不当利得返還請求権の割合

東京地裁R3.9.28

<事案>
●被相続人Aが死亡し、相続人は、子であるXとY。
Xは、Yに対し、本件以前に、YがAの生前にAの預金口座等から金銭を無断で出金していたことがAに対する不法行為に当たる⇒これに基づく損害賠償請求権のうち、Xの法定相続分2分の1に相当する金員の支払を求める別件訴訟を提起し、同訴訟において、Yによる無断出金が一部認められ、その2分の1に相当する額の支払(4716万7657円)がYに命じられた。

●本件:
Xは、Yに対し
①前記別件訴訟に係るYによるAの預金口座等からの無断出金は、Aに対する不当利得に当たり、YにはAの生前、特別受益があり、Xの具体的相続分は6852万5445円であり、そのうちの未払金2132万9639円の支払を求め、
②YはAの死後、Aの預金口座から金員を出金しているが、Yの具体的相続分は0円⇒不当利得として、同出金の額及び出金に係る手数料の合計259万6432円の支払を求めた。

<判断>
●①の生前出金
Yは、Aに無断で生前出金⇒Aは同額の不当利得請求権を有していたものであり、これは法律上当然分割される可分債権である(最高裁昭和29.4.8)が、
その承継割合である相続分について、相続開始時点では定まっていないか、少なくともこれを具体的に把握することがほとんど不可能に近い具体的相続分ではなく、XとYとの法定相続分に応じて分割承継される。
これは既に支払済み⇒Xの請求は理由がない。

●②の死後出金
死後出金にかかる口座は、死後出金時点で、Aの遺産⇒XとYにおいて、各2分の1の潜在的な持分割合による準共有状態(最高裁H28.12.19)。

口座の最終残高にかかわらず、死後出金額259万6432円の全額について、XとYの準共有状態にあった財産の逸出⇒そのう2分の1に相当する金額については、Xに対する準共有持分権の侵害となるとして、同額の不当利得返還請求権に基づく請求を認めた。

<解説>
生前出金について:
令和3年法律第24号による民法の一部改正で、民法は898条には
「相続財産について共有に関する規定を適用するときは、第900条から第902条までの規定により算定した相続分をもって各相続人の共有持分とする」とする第2項が追加

共同相続人も持分すなわち権利の割合は法定相続分あるいは指定相続分であるとしたもので、本判決の結論と整合的。

死後出金について:
最高裁H28.12.19は、共同相続された普通預金債権、通常貯金債権及び定期貯金債権は、いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となる

被相続人の遺産である預金は、潜在的な持分割合による準共有状態にあり、Y単独による出金はXに対する準共有持分権の侵害となり、出金額の2分の1に相当する金額について、不当利得返還請求権を認めた(本判決)。

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2022年11月 8日 (火)

送金依頼人と被仕向銀行の法律関係への改正前民法107条2項の類推適用(否定)、受取人の特定

東京地裁R3.8.25

<事案>
フィリピン共和国の会社である原告が、詐欺グループによって改ざんされた送金先情報に基づき、日本の金融機関(都市銀行)である被告の視点に開設された口座に送金させられ、金員を詐取された

被告に対し、
主位的に、受取人の特定に当たり、被告が原告との間の準委任契約に基づく善管注意義務の内容である調査確認を怠り、その結果、送金額相当の損害を被った⇒債務不履行責任に基づき、損害金及び遅延損害金の支払を求め、
予備的に、被告の担当職員が受取人の特定のための調査確認をすべき注意義務を怠った過失がある⇒使用者責任に基づき、損害金及び遅延損害金の支払を求めた。

<規定>
旧民法 第一〇七条(復代理人の権限等)
復代理人は、その権限内の行為について、本人を代表する。
2復代理人は、本人及び第三者に対して、代理人と同一の権利を有し、義務を負う。

現民法 第六四四条の二(復受任者の選任等)
受任者は、委任者の許諾を得たとき、又はやむを得ない事由があるときでなければ、復受任者を選任することができない。
2代理権を付与する委任において、受任者が代理権を有する復受任者を選任したときは、復受任者は、委任者に対して、その権限の範囲内において、受任者と同一の権利を有し、義務を負う。

<判断>
●原告・被告間の法律関係に改正前民法107条2項が適用されるか
送金依頼人と被仕向銀行の法律関係において、改正前民法107条2項を類推適用する余地はない(最高裁昭和31.10.12)
送金依頼人である原告とその委託を受けた仕向銀行であるC銀行との関係、
C銀行と被仕向銀行であるD銀行および被告との関係は、
それぞれ別個の委任契約関係であり、
しかも、被仕向銀行であるD銀行および被告は、それぞれ、C銀行およびD銀行との間の各委任契約の履行として、自己の名において振込事務の処理を行ったに過ぎない⇒被告をC銀行またはD銀行の代理人と解することはできない。

被告は、原告に対する関係で、復代理人としての性格を有する地位にはなく、改正前民法107条2項を類推適用するのは相当ではない。

●被告の使用者責任の有無
否定(解説参照)

<解説>
●委任者と復受任者との法律関係
改正前民法:復委任についての明文の規定はなかったが、民法104条と同様の要件すなわち委任者の許諾を得た場合またはやむを得ない事由がある場合には、受任者は復受任者を選任することができる
現行法は、644条の2第1項で明文化。
本件では、委任者と復受任者との法律関係につき、改正前民法107条2項(現行法106条2項)の類推適用の当否が問題

最高裁昭和31.10.12:
委託者から物品販売を受託した問屋が同物品販売を他の問屋に再委託した場合につき、委託者と再委託を受けた問屋との間に改正前民法107条2項を準用すべきでない。

本来、本人の代理人に対する授権行為と代理人の復代理人に対する授権行為とは別個独立の行為であり、本人と復代理人との間には契約関係が存在せず、直接の権利義務が発生する根拠を欠くところ、改正前民法107条2項は、復代理人も本人の代理人として顕名の上で法律行為をし、その効果が直接本人に帰属する(民法99条、改正前民法107条1項(現行法106条1項))ことから、特別に本人に対して代理人と同一の権利義務を認めたもの。⇒再委託を受けた者が、委託者の代理人としてではなく、単に自身が受けた再委託の義務を履行するにすぎない場合は、改正前民法107条2項の準用の前提を欠く。

現行法644条の2第2項も、前記解釈に従い、受任者及び復受任者が代理権を有する場合に限り、復受任者が委任者に対し、その権限の範囲内で受任者と同一の権利を有し、義務を負う旨を明確化

●被仕向銀行による受取人の特定について
本判決:
送金委託契約における受取人の特定は、第1に、送金依頼人の指定(意思)によってされるのであって、仕向銀行及び被仕向銀行は、それぞれ送金依頼人及び仕向銀行との間の各委任契約の趣旨に則り、その各委任者から受けた指定に従って振込事務を履行する義務を負っている。

受取人に特定に当たり、
仕向銀行から受領した被仕向送金接受受付票等に記載された文言を合理的に解釈し、被仕向銀行に実在する口座との間で社会通念上同一であると認められれば特定として足りる。

特定の方法については、
支店名、口座番号及び口座名義によることが相当であり、かつそれをもって足りるというべき。
本件では、
①本件受付票記載の口座番号と本件口座の口座番号が一致している
②本件口座の名義人であるB社の商号が本件受付票の受取人欄記載のB’社の名称と概ね一致している
本件受付票において指定された受取人の口座と被告Z支店に実在する本件口座とは社会通念上同一

裁判例(東京地裁)
最高裁H6.1.20:
送金依頼人が仕向銀行に対して振込先口座の名義人を指定したにとどまり、口座番号を明記しておらず、被仕向銀行において、前記名義人の氏名以外に振込先口座を特定する手掛かりがなかった⇒前記名義人の指示に従って前記名義人が代表取締役を務める法人名義の口座に入金⇒仕向銀行は履行すべき義務を尽くした。

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2022年11月 7日 (月)

経済産業省性同一性障害事件

東京高裁R3.6.27

性同一性障害者であって、性別適合手術を受けておらず、戸籍上の性別変更をしていないトランスジェンダーの国家公務員についての、所属省内の女性用トイレの使用に制限を受けたことにつき、公平処遇を求める措置要求を認められないとした人事院の判定について、違法がないとされた事例

<事案>
トランスジェンダーの国会公務員であるXが、人事院に対し所属省内の女性用トイレの使用に制限を受けていたことにつき他の女性職員との公平処置を求める等の勤務条件に関する行政措置の各要求
いずれも認められないとされた判定が違法であるとして、本件判定に係る処分の取消しを求めるとともに、
所属省の職員らがXを公平に処遇すべき注意義務を怠ったとして、Y(国)に対して国賠法1条1項に基づく損害賠償を求めた。

<争点>
トイレの使用に係る措置及び本件判定の違法性

<原審>
性別は、社会生活や人間関係における個人の属性の1つとして取り扱われており、個人の人格的な生存と密接かつ不可分のものということができるのであって、個人がその真に自認する性別に即した社会生活を送ることができることは、重要な法的利益として、国家賠償法上も保護される。
①・・・Yが主張するような性同一性障害者とそれ以外の者との間で利害衝突が生じる可能性は抽象的なものにとどまるのであって、経産省もこれを認識していた。
②Xが給食から復帰した時点において、Xが自認する性別に即した社会生活を送ることができることという重要な法的利益に対する制約を正当化することはできない状態に陥っていたというべき。
③同時点以降も本件トイレに係る処遇を継続したことは、省庁管理権の行使に当たって尽くすべき注意義務を怠ったものであり、国賠法上、違法の評価を免れず、本件トイレの使用に係る本件判定につき、裁量権の逸脱、濫用があった。

本件判定のうち、本件トイレの使用に当たっては性同一性障害者であることを告げた上女性職員の理解を得る必要があるとする経産省当局の条件を撤廃してXに対して自由に使用させることの要求を認めないとした処分の取消しを認め、XのYに対する損害賠償請求権の一部を認容。

<判断>
本件トイレに係る処遇につき国賠法上の違法は認められず、本件判定にも違法は認められない。
なお、経産省のXに対する対応の過程の一部について、違法があったとして、損害賠償の一部を認めた。
①・・・・本件トイレに係る処遇を維持している点につき、国賠法状の違法性は認められない。
②経産省としては、他の職員が有する性的羞恥心や性的不安などの性的利益を考慮し、全職員にとっての適切な職場環境を構築する責任を負っていることも踏まえると、本件トイレに係る処遇を維持していたことは、経産省の裁量を超えるものとは言い難く、人事院が、一般国民及び関係者に公平なように、かつ、職員の能率を発揮し、及び増進する見地において事案の判定にあたる役割を果たす上において、本件判定を行ったことは、裁量権の範囲を逸脱し、又はその濫用があったとはいえない

<解説>
性同一性障害者特別法:
家裁の審判により、性別の取扱いの変更を可能とすることを定めている(同法3条)

トランスジェンダーの快適な職場環境の実現については、社会的背景、当該環境をめぐる法状況、当該環境の形成に至る事情のほか、当該環境におけるトランスジェンダーの利益不利益事情はもとより、職場における職員・従業員などの当該環境に浴する周囲の者の利益不利益等を仔細に検討して、その構築に努めるべきであり、
職場環境の構築あるいは勤務条件に関する行政措置の適法性については、これらの実体的要件と共に、当該指導等に係る手続の正当性、たとえば医師や弁護士などの専門家の意見を徴したか否か、当該トランスジェンダーに対して説明を尽くしたか否かなどを勘案して判断必要がある。

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旧優生保護法国賠訴訟控訴審判決

大阪高裁R4.2.22

<事案>
旧優生保護法に基づき、同意なく優生手術を受けさせられたと主張するX1、X2とX2の配偶者であるX3が、Y(国)に対し、国賠法1条1項に基づく損害賠償を求めた事案。

<主張>
旧優生保護法がリプロダクティブ・ライツ、平等権等を侵害する違憲なもの国会議員が旧優生保護法を立法したこと、国会議員が被害救済立法を行わなかったこと、厚生労働大臣及び内閣総理大臣が被害救済措置を講じなかったことがいずれも国賠法上の違法。

<争点>
X1、X2に対する優生手術の有無(争点1、2)
国会議員が旧優生保護法を立法したこと(争点3)
国会議員が被害救済立法を行わなかったこと(争点4)
厚生労働大臣及び内閣総理大臣が被害救済措置を講じなかったこと(争点5、6)
の国賠法上の各違法性
Xらの損害額(争点7)、除斥期間の適用の可否(争点8)

<1審>
争点1、2、3は肯定
争点4~6の違法性は否定
除斥期間の規定の適用によって、損害賠償請求権は消滅(争点8)

<判断>
●争点1~6については、原判決を引用しつつ、同旨の判断。

争点3について:
国会議員の立法が国賠法上違法となるのは、当該立法が明白に違憲である場合などに限られるとする判例の判断の枠組みの下、旧優生保護法の優生手術に関する規定が明らかに憲法13条、14条に反し違憲⇒国賠法上の違法・過失を肯定
損害額(争点7)を判断する前提として、X1、X2の被害内容につき、身体への侵襲・生殖機能喪失に加え、同意なく優生手術を受けさせられたことで、旧優生保護法の下、一方的に「不良」との認定を受けたに等しく、制定法に基づくこのような状態は、X1、X2の個人の尊厳を著しく損なうもので、違法な立法行為による権利侵害の一環をなし
その権利侵害は、旧優生保護法を改正する法律の施行期日(平成8年9月25日)まで係属したと判断した上で、両者の慰謝料を各1300万円と算定し、
X3(X2の配偶者)についても、X2の生命を害された場合にも比類すべき精神上の苦痛を受けたといえる⇒慰謝料200万円認めた

●除斥期間の適用の可否(争点8)について:
民法724条後段の規定が除斥期間を定めたものとの解釈(最高裁)を前提に、
その起算点となる「不法行為の時」について、
1審判決:優生手術実施時
判断:違法な権利侵害の継続性⇒旧優生保護法を改正する法律の施行日前日
除斥期間の制度目的・趣旨からして、その適用の例外を認めることは基本的に相当でない
but
旧優生保護法の規定による人権侵害が強度
②昭和45年頃の高等学校用教科書が優生政策・優生手術を肯定的に記述していたことも例示し、憲法の趣旨を踏まえた施策を推進していくべき地位にあったYが、本件の違法な立法行為及びこれに基づく施策によって障害者等に対する差別・偏見を正当化・固定化、更に助長してきたとみられ、これに起因して、Xらにおいて訴訟提起の前提となる情報や相談機会へのアクセスが著しく困難な環境にあったという事情

Xらについて、除斥期間の適用をそのまま認めることは、著しく正義・公平の理念に反するというべきであり、時効の停止の規定(改正前民法158~160条)の法意に照らし、訴訟提起の前提となる情報や相談機会へのアクセスが著しく困難な環境が解消されてから6か月を経過するまでの間、除斥期間の適用が制限されるものと解するのが相当。

Xらの訴訟提起に至るまでの具体的な事実関係の下、除斥期間の適用が制限され、その効果は生じない。

<解説>
本判決後に言い渡された東京高裁R4.3.11:
除斥期間の適用を制限する判断をしたが、同判決は、
優生手術の被害者が自己の受けた被害が国による不法行為であることを客観的に認識し得た時から相当期間が経過するまでは民法724条後段の効果が生じない。
前記客観的に認識し得た時:優生手術被害者を対象とする「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律」(「一時支給法」)の施行日である平成31年4月24日。
かつ、訴訟提起には一時期支給法の定める5年間と同様の猶予期間を認めるのが相当。

判例時報2528

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2022年11月 5日 (土)

じん肺法上のじん肺管理区分決定を受けていた労働者らが間質性肺炎の増悪により死亡⇒業務起因性が肯定された事例

長崎地裁R3.6.21

<事案>
炭鉱、造船所等において長年にわたり種々の作業に従事し、じん肺法上のじん肺管理区分決定を受けていた労働者4名(本件労働者ら)の相続人であるXらが、それぞれ、本件労働者らは業務に起因して発症した疾病により死亡した⇒労災法に基づき遺族補償給付及び葬祭料を請求
⇒処分行政庁から不支給処分⇒Y(国)に対し当該処分の取消しを求めた。

<争点>
本件労働者らの死亡について業務起因性が認められるか?
死因が間質性肺炎の増悪であることについては争いはなく、死因となった間質性肺炎及びその増悪がじん肺又はその原因たる粉じん暴露に起因するものであったかが問題。

<判断>
じん肺等と間質性肺炎との関係について、医学的知見が確立しているとまではいえず、両者の間にXらが主張する程の強い関係があるとまでは認められない。
but
じん肺等に起因して間質性肺炎及びその増悪が生じたといえるかという点について医学的因果関係が証明されることまでは必要ではなく
①じん肺の中でも石綿肺等はびまん性間質性肺炎の一種とされていること、
②じん肺患者らのうち一定割合の間に間質性肺炎を生じさせることが報告されている
じん肺等と間質性肺炎との間には有意な関連性があることを示すもの。

本件間接性肺炎及びその増悪がじん肺等に起因するものであったというには、
(1)本件労働者らの粉じん暴露歴や、じん肺、間質性肺炎についての診療経過等に照らして、医学的に相当の根拠をもって、間質性肺炎及びその増悪がじん肺等に起因することの具体的可能性があると認められること
(2)これを否定する医学的根拠があるとは認められないことが必要。

さらに、間質性肺炎の原因はじん肺に限られないものの、Yが主張する突発性NSIPの診断に際しては他の疾患の除外が肝要とされている⇒
(3)他に同程度又はより有意な原因疾患の具体的可能性があると認められないときに、間質性肺炎及びその増悪がじん肺等に起因すると推認することができる。

本件:
職歴(粉じんばく露歴)、診療経過、医師の意見等に照らして間質性肺炎及びその増悪がじん肺等に起因する具体的可能性があり((1))
本件労働者らの画像所見等の特徴が突発性NSIPに特徴的な所見と一致することや死亡前に間質性肺炎が急性増悪していること等は前記の具体的可能性を否定する根拠にはならなず((2))
突発性NSIPその他の疾病が、じん肺と同程度以上に本件労働者らの間質性肺炎及びその増悪の原因となった具体的可能性があるとも認められない((3))
⇒業務起因性を肯定。

<解説>
業務起因性、すなわち業務と傷病等との間の相当因果関係の判断は、当該傷病等の結果が当該業務に内在する危険が現実化したものと評価できるか否かによって判断される。

裁判例:
業務上の要因と業務外の要因が競合して死亡または死因となった疾病の疾病の発症に至ったとされる事案について、前記の「業務に内在する危険の現実化」の有無を、
業務による危険が、死亡又は死因となった疾病の発症に対して、業務外の要因に比して相対的に有力な原因となったと認められるか否かによって判断しているものがある

本件は、業務上の要因と業務外の要因が競合していたものではないが、
間質性肺炎とじん肺等との間に有意な関連性がある⇒(1)(2)を要する
他の原因疾患として考えられる突発性NSIPの特色も考慮⇒他に同程度又はより有意な原因疾患の具体的可能性があるとは認められないこと((3))を要する
としており、裁判例の傾向に沿うもの。

判例時報2527

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