強制わいせつ罪に関し、「刑法の一部を改正する法律」附則2条2項の憲法39条適合性を争った事案
最高裁R2.3.10
<事案>
強制わいせつ等の罪により第1審で有罪判決を受けた被告人が、強制わいせつ罪に関し、「刑法の一部を改正する法律」附則2条2項の憲法39条適合性を争った事案。
非親告罪化を改正法施行前の行為にも適用することとしたもの。
<規定>
憲法 第三九条[刑罰法規の不遡及、二重処罰の禁止]
何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。
<解説>
● 親告罪:
①被害者の名誉等の保護
②犯罪の軽微性
③家族関係の尊重
の3類型。
親告罪による告訴は、公訴提起の要件であり、告訴を書いた親告罪が公訴提起された場合は、公訴棄却。(刑訴法338条4号)
親告罪とされる犯罪につき、構成要件該当性、違法性、有責性を具備する行為が行われれば、犯罪は成立して刑罰権が発生。
親告罪における告訴は、公訴権の行為を制約するにすぎない。
⇒親告罪規定の性質は、手続法規であるとするのが一般的な理解。
● 憲法39条前段:事後法(又は遡及的処罰)の禁止を規定。
手続法規への適用:
A:肯定説
B:否定説
C:一定の場合(手続法の変更が被告人にとって著しく不利益に作用するような性質のものであるときなど)に肯定する説
手続法と憲法39条の関係:
最高裁昭和25.4.26:
上告理由の一部を事後的に制限した「日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の応急的措置に関する法律」13条2項の規定を適用してその制定前の行為を審判することは、憲法39条が規定する事後法の禁止の法則の趣旨を類推すべき場合とは認められない。
最高裁昭和30.6.1:
連合国人に対する公訴権及び裁判権の行使が制限されていた期間内に連合国人が犯した犯罪について、公訴権及び裁判権を回復した後に審判することは、事後立法を禁止した憲法39条に反しない
最高裁H27.12.3:
公訴時効の廃止・期間の延長をした「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」の経過措置として、同法施行の際公訴時効が完成していない罪についても改正後の規定を適用する旨を定めた同法附則3条2項の規定は、憲法39条、31条及びこれらの趣旨に反しない
~
手続法規に対しては、憲法39条が直接的・原則的に適用されるものではないことを示す一方で、いずれも、手続法規の改正が被疑者等に与える不利益の内容・程度によっては、その遡及的適用が同条に抵触する場合があり得ることを示唆ないし留保する表現を説示の中で用いている⇒C説。
同条の趣旨や各判例の説示等
⇒
手続法規の改正内容に照らし、これを遡及的に適用することが、
①行為の可罰性の予測可能性を害するものであったり、
②公訴権・刑罰権を事後的に新設ないし復活させて訴追・処罰が可能な状態に置くなど
被疑者等の法的地位を著しく不安定にするものである場合は、
同条(ないし憲法31条)との関係で問題が生じ得るとの考えに立っているのではないかと解される。
<判断>
非親告罪化の遡及的適用を規定する本規定は、憲法39条及びその趣旨に反しない。
←
①「親告罪は、一定の犯罪について、・・・告訴を公訴提起の要件としたもの」であると説示し、親告罪規定が手続法規であることを指摘
②親告罪は、「犯人の訴追・処罰に関する被害者意思の尊重の観点」から、告訴を公訴提起の要件としたものであり、「親告罪であった犯罪を非親告罪とする本法は、行為時点における当該行為の違法性の評価や責任の重さを遡って変更するものではない」
③本法附則2条2項は、本法の施行の際既に法律上告訴がされることがなくなっているものを除き、本法の施行前の行為についても非親告罪として扱うこととしたものであり、被疑者・被告人となり得る者につき既に生じていた法律上の地位を著しく不安定にするようなものでもない
<解説>
上記③
~
本法施行時に法律上告訴の可能性が消滅していた行為については、訴追・処罰される可能性はないとの法的地位を当時の法制度の下で一旦確定的に得たといえるのに、法改正により事後的にこれを覆され得るとすれば、前記地位に基づいて形成された法律上・事実上の状態がいつ何時覆されるか予測できないことになり、その法的地位は著しく不安定となるといえるように思われるし、
事後立法による公訴権・刑罰権の行使という観点からも問題となり得る
⇒
憲法39条の趣旨に自由保障のみならず刑罰権行使の公正さの確保も含まれるとの見解に経てば、本法施行時に法律上告訴の可能性が消滅していた行為について非親告罪化を遡及的に適用することは、同条との関係で問題となり得る。
判例時報2521
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