5名殺傷事案で、責任能力なし⇒無罪の事案
神戸地裁R3.11.4
<事案>
精神病歴のない被告人が、自宅にいた祖父母及び実母に次々と襲い掛かり、自宅を出た後も近隣住民2名に襲い掛かり、合計5名を殺傷するなどした、殺人、殺人未遂等の事案。
<争点>
責任能力
本件各行為が精神障害による妄想・幻聴の影響下で行われたことには争いがないが、
弁護人:心身喪失の疑い⇒無罪を主張
検察官:心身耗弱にとどまる
<鑑定>
捜査段階で最初に被告人の精神鑑定を行ったD1医師:
被告人は妄想型統合失調症による重篤な精神症状の圧倒的な影響を受けて本件各行為に及んだ、人を殺害しているという認識はなかった。
捜査段階で2度目に精神鑑定を行ったD2医師:
被告人は妄想型統合失調症に罹患していた疑いがあるが、精神症状が犯行に及ぼした影響は圧倒的とまではないえない。
<判断>
心神喪失の疑いが残る⇒無罪
<解説>
●複数鑑定の信用性判断
最高裁H20.4.25:
専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には、
鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり、鑑定の前提条件に問題があったりするなど、これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り、
その意見を十分に尊重して認定すべき。
鑑定人らの公正さや能力に疑いを抱かせる事情はなく、鑑定の前提状況にも格別の誤りがない⇒別の観点から検討。
本判決:
D1鑑定:合計11回にわたる被告人との生死に学的面接ン度を踏まえたもの
D2鑑定:被告人とは挨拶を交わす面会を1回実施したのみで、それ以後はは弁護人の助言を受けた被告人が面接を拒絶したため、被告人とは一切面接をすることができず、その鑑定手法は結果的に不十分なものにとどまった。⇒D1鑑定に比肩するだけの信用性は認められない。
●妄想等が犯行に及ぼした影響の判断
「難解な法律概念の裁判員裁判」「裁判員裁判と裁判官」は、
精神障害の圧倒的な影響によって罪を犯したのか(心神喪失)、
精神障害の影響を著しく受けていたが、なお、正常な精神作用に基づく判断によって罪を犯したといえるのか(心神耗弱)
との判断枠組みを示している。
本判決:
統合失調症の圧倒的な影響を受けて本件各行為に及んだとのD1鑑定を基礎に据えつつも、
本件の行為態様や本件時の被告人の言動、動機の形成過程等に正常な精神構造の機能も認められる上、被告人が本件を実行したことには当時置かれていた状況や元来の性格傾向といった正常な精神構造が多分に影響しているとの検察官の主張を子細に検討し、その検討結果を踏まえてもD1鑑定の信用性は否定されない。
判例時報2521
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