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2022年8月

2022年8月31日 (水)

5名殺傷事案で、責任能力なし⇒無罪の事案

神戸地裁R3.11.4

<事案>
精神病歴のない被告人が、自宅にいた祖父母及び実母に次々と襲い掛かり、自宅を出た後も近隣住民2名に襲い掛かり、合計5名を殺傷するなどした、殺人、殺人未遂等の事案。

<争点>
責任能力
本件各行為が精神障害による妄想・幻聴の影響下で行われたことには争いがないが、
弁護人:心身喪失の疑い⇒無罪を主張
検察官:心身耗弱にとどまる

<鑑定>
捜査段階で最初に被告人の精神鑑定を行ったD1医師:
被告人は妄想型統合失調症による重篤な精神症状の圧倒的な影響を受けて本件各行為に及んだ、人を殺害しているという認識はなかった。
捜査段階で2度目に精神鑑定を行ったD2医師:
被告人は妄想型統合失調症に罹患していた疑いがあるが、精神症状が犯行に及ぼした影響は圧倒的とまではないえない。

<判断>
心神喪失の疑いが残る⇒無罪

<解説>
●複数鑑定の信用性判断
最高裁H20.4.25:
専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には、
鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり、鑑定の前提条件に問題があったりするなど、これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り、
その意見を十分に尊重して認定すべき。
鑑定人らの公正さや能力に疑いを抱かせる事情はなく、鑑定の前提状況にも格別の誤りがない⇒別の観点から検討。

本判決:
D1鑑定:合計11回にわたる被告人との生死に学的面接ン度を踏まえたもの
D2鑑定:被告人とは挨拶を交わす面会を1回実施したのみで、それ以後はは弁護人の助言を受けた被告人が面接を拒絶したため、被告人とは一切面接をすることができず、その鑑定手法は結果的に不十分なものにとどまった。⇒D1鑑定に比肩するだけの信用性は認められない。

●妄想等が犯行に及ぼした影響の判断
「難解な法律概念の裁判員裁判」「裁判員裁判と裁判官」は、
精神障害の圧倒的な影響によって罪を犯したのか(心神喪失)
精神障害の影響を著しく受けていたが、なお、正常な精神作用に基づく判断によって罪を犯したといえるのか(心神耗弱)
との判断枠組みを示している。

本判決:
統合失調症の圧倒的な影響を受けて本件各行為に及んだとのD1鑑定を基礎に据えつつも、
本件の行為態様や本件時の被告人の言動、動機の形成過程等に正常な精神構造の機能も認められる上、被告人が本件を実行したことには当時置かれていた状況や元来の性格傾向といった正常な精神構造が多分に影響しているとの検察官の主張を子細に検討し、その検討結果を踏まえてもD1鑑定の信用性は否定されない

判例時報2521

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強制わいせつ罪に関し、「刑法の一部を改正する法律」附則2条2項の憲法39条適合性を争った事案

最高裁R2.3.10

<事案>
強制わいせつ等の罪により第1審で有罪判決を受けた被告人が、強制わいせつ罪に関し、「刑法の一部を改正する法律」附則2条2項の憲法39条適合性を争った事案。

非親告罪化を改正法施行前の行為にも適用することとしたもの。

<規定>
憲法 第三九条[刑罰法規の不遡及、二重処罰の禁止]
何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。

<解説>
● 親告罪:
①被害者の名誉等の保護
②犯罪の軽微性
③家族関係の尊重
の3類型。

親告罪による告訴は、公訴提起の要件であり、告訴を書いた親告罪が公訴提起された場合は、公訴棄却。(刑訴法338条4号)
親告罪とされる犯罪につき、構成要件該当性、違法性、有責性を具備する行為が行われれば、犯罪は成立して刑罰権が発生。
親告罪における告訴は、公訴権の行為を制約するにすぎない
親告罪規定の性質は、手続法規であるとするのが一般的な理解。

● 憲法39条前段:事後法(又は遡及的処罰)の禁止を規定。
手続法規への適用:
A:肯定説
B:否定説
C:一定の場合(手続法の変更が被告人にとって著しく不利益に作用するような性質のものであるときなど)に肯定する説

手続法と憲法39条の関係:

最高裁昭和25.4.26:
上告理由の一部を事後的に制限した「日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の応急的措置に関する法律」13条2項の規定を適用してその制定前の行為を審判することは、憲法39条が規定する事後法の禁止の法則の趣旨を類推すべき場合とは認められない。

最高裁昭和30.6.1:
連合国人に対する公訴権及び裁判権の行使が制限されていた期間内に連合国人が犯した犯罪について、公訴権及び裁判権を回復した後に審判することは、事後立法を禁止した憲法39条に反しない

最高裁H27.12.3:
公訴時効の廃止・期間の延長をした「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」の経過措置として、同法施行の際公訴時効が完成していない罪についても改正後の規定を適用する旨を定めた同法附則3条2項の規定は、憲法39条、31条及びこれらの趣旨に反しない

手続法規に対しては、憲法39条が直接的・原則的に適用されるものではないことを示す一方で、いずれも、手続法規の改正が被疑者等に与える不利益の内容・程度によっては、その遡及的適用が同条に抵触する場合があり得ることを示唆ないし留保する表現を説示の中で用いている⇒C説。

同条の趣旨や各判例の説示等

手続法規の改正内容に照らし、これを遡及的に適用することが、
行為の可罰性の予測可能性を害するものであったり、
公訴権・刑罰権を事後的に新設ないし復活させて訴追・処罰が可能な状態に置くなど
被疑者等の法的地位を著しく不安定にするものである場合は、
同条(ないし憲法31条)との関係で問題が生じ得るとの考えに立っているのではないかと解される。

<判断>
非親告罪化の遡及的適用を規定する本規定は、憲法39条及びその趣旨に反しない

①「親告罪は、一定の犯罪について、・・・告訴を公訴提起の要件としたもの」であると説示し、親告罪規定が手続法規であることを指摘
②親告罪は、「犯人の訴追・処罰に関する被害者意思の尊重の観点」から、告訴を公訴提起の要件としたものであり、「親告罪であった犯罪を非親告罪とする本法は、行為時点における当該行為の違法性の評価や責任の重さを遡って変更するものではない
③本法附則2条2項は、本法の施行の際既に法律上告訴がされることがなくなっているものを除き、本法の施行前の行為についても非親告罪として扱うこととしたものであり、被疑者・被告人となり得る者につき既に生じていた法律上の地位を著しく不安定にするようなものでもない

<解説>
上記③

本法施行時に法律上告訴の可能性が消滅していた行為については、訴追・処罰される可能性はないとの法的地位を当時の法制度の下で一旦確定的に得たといえるのに、法改正により事後的にこれを覆され得るとすれば、前記地位に基づいて形成された法律上・事実上の状態がいつ何時覆されるか予測できないことになり、その法的地位は著しく不安定となるといえるように思われるし、
事後立法による公訴権・刑罰権の行使という観点からも問題となり得る

憲法39条の趣旨に自由保障のみならず刑罰権行使の公正さの確保も含まれるとの見解に経てば、本法施行時に法律上告訴の可能性が消滅していた行為について非親告罪化を遡及的に適用することは、同条との関係で問題となり得る。

判例時報2521

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2022年8月28日 (日)

公立大学の名称と不正競争防止法2条1項1号・2号の著名性・周知性

大阪地裁R2.8.27

<事案>
京都市立芸術大学(X大学)を設置する公立大学法人である原告が、京都芸術大学(Y大学)を設置する学校法人である被告に対し、「京都市立芸術大学」をはじめとする合計5つの表示が著名又は周知であり、これらの表示と「京都芸術大学」という表示(本件表示)が類似する
⇒不正競争法2条1号又は2号に基づき、本件表示を大学の名称に使用することの差止めを求めた。
1 京都市立芸術大学
2 京都芸術大学
3 京都芸大
4 京芸
5 Kyoto City University of Arts

<規定>
不正競争法 第二条(定義)
この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。

一 他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為

二 自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供する行為

<争点>
原告表示1から5の著名性又は周知性と、これら原告表示と本件表示との類似性。

<判断・解説>
●著名性
◎原告表示1から5がいずれも「商品等表示」に該当。

商品等表示が不正競争防止法2条1項2号にいう「著名」といえるためには、全国又は特定の地域を超えた相当広範囲の地域において、取引者及び一般消費者に高い知名度を有することを要する。
大学の「営業」には学区のような地域的限定がない⇒原告表示に著名性が認められるためには、全国又はこれに匹敵する広域において、取引者及び一般消費者に高い知名度を有するものであることを要する。

最も使用頻度が高い原告表示1について、
①X大学関係者の肩書・経歴としての使用は原告の営業表示としての使用とはいえない
②芸術家の活動の際にその経歴に興味が持たれるとは必ずしもいえない
③X大学関係者の活動分野は芸術分野のうちの一部に限られている
④X大学関係者の活動は主として京都市域を中心とした京都府およびその近隣府県の範囲を対象としている
著名性を否定
原告表示2~5は1より使用頻度が低い⇒著名性を否定。

◎ 東京地裁H13.7.19(呉青山学院事件):
「著名性」を認める要素として、
①当該名称が明治期から使用されていること
②大学の入学志願者が全国から集まっていること
③多数の卒業生が全国・各界で活躍していること
④全国放送や雑誌等で積極的な広報活動を行っていること

●周知性
周知性の判断にあたり、その「需要者」は、いずれの芸術分野にも関心のない者を除いた京都府及びその近隣府県に居住する者一般であるとして、原告表示1についてのみ周知性を認めた

「需要者」の範囲:
原告:受験生及びその保護者にとどまらず、京都府及びその近隣府県に居住者一般がこれにあたる
被告:Y大学と取引関係に入る受験生とその保護者に限られる。
(通常と逆)
~混同要件を見据えたもの?
Y大学には職業的な芸術家を目指す者を対象としない学科が多く設置されていること、受験を要せず幅広い年齢層の学生が学ぶ通信教育部の学生数が通学生の人数よりも多いこと等、Y大学に特有の事情が認定。
⇒「需要者」の範囲についての前記判断は、被告との取引関係に入る潜在的な可能性を考慮したうえでなされたものであるとみることもできる。

●類似性
周知性が認められた原告表示1と本件表示との類似性。
原告表示1や本件表示のように表示に地名や一般名称が含まれる場合は、これらの部分のみが要部となることはなく、その全体を要部として対比される。

原告表示1に含まれる「市立」という部分が、大学の設置主体を示すものとして高い自他識別機能又は出所表示機能を果たしており、この部分を除外した残部(=本件表示と同一の「京都芸術大学」)を要部とすることは相当ではない
類似性を否定。

●その他
不正競争法2条1項1号にいう「営業」について、広く経済的対価を得ることを目的とする事業を指すとして、私立学校のみならず公立学校の大学経営もこれに含まれる。

<和解>
控訴審で和解:
①原告は、被告が本件表示を使用することに異議を述べず、本件表示を自ら使用しないほか、本件表示について行った商標出願を取り下げる。
②被告は、原告が「京都芸大」及び「京芸」の表示を使用することに異議を述べず、これらの表示を自ら使用しないほか、原告による「京都芸大」の商標登録に異議を述べない。

判例時報2521

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ニューヨーク州の方式で婚姻⇒「夫婦が称する氏」が定められる前の婚姻の効力(肯定)

東京地裁R3.4.21

<事案> アメリカ合衆国ニューヨーク州の婚姻の方式に従って婚姻を挙行したXらは、千代田区長に対して「婚姻後の夫婦の氏」のいずれにもレ点を付した婚姻届を提出⇒民法750条及び戸籍法74条1号に違反していることを理由に不受理とする処分

Xらが、Y(国)に対し、
(1)主位的に、公法上の法律関係に関する確認の訴え(行訴法4条)として、戸籍への記載によってXらが婚姻関係にあるとの公証を受けることができる地位にあることの確認を求め、
(2)予備的に
①公法上の法律関係に関する確認の訴えとして、Yが作成しする証明書の交付によってXらが婚姻関係にあるとの公証を受けることができる地位にあることの確認を求めるとともに、
②外国の方式に従って「夫婦が称する氏」を定めないまま婚姻をした日本人夫婦について婚姻関係を公証する規定を戸籍法に設けていない立法不作為は憲法24条に違反

国賠法1条1項に基づき、慰謝料各10万円の支払を求めた。

<争点>
本案前の争点:
①本件不受理処分に対する救済方法として、戸籍法122条に基づく不服申立てではなく、公法上の法律関係に関する確認の訴えを選択することが適切か
②Xらの有する権利又は法的地位に危険又は不安が存在し、これを除去するためYとの間で確認判決を得ることが必要かつ適切であるか

本案の争点:
③外国の方式に従って婚姻をした日本人夫婦は「夫婦が称する氏」を定める前であっても、戸籍への記載によって婚姻関係にあるとの公証を受けることができる地位にあるか
④外国の方式に従って婚姻をした日本人夫婦は、「夫婦が称する氏」を定めるまでは戸籍に記載されないとしても、Yが作江氏する証明書の交付によって婚姻関係にあるとの公証を受けることができる地位にあるか
⑤外国の方式に従って婚姻をした日本人夫婦は、「夫婦が称する氏」を定める前であっても、我が国において有効な婚姻関係にあるか(Xらの婚姻の成否)
⑥外国の方式に従って「夫婦が称する氏」を定めないまま婚姻をした日本人夫婦の婚姻関係の公証について国会が立法措置を講じなかったことは、国賠法1条1項の適用上違法であるか

<規定>
法適用通則法 第二四条(婚姻の成立及び方式)
婚姻の成立は、各当事者につき、その本国法による。
2婚姻の方式は、婚姻挙行地の法による。

<判断>
●争点⑤:
Xらは、婚姻意思を有して、ニューヨーク州の婚姻の方式に従い、婚姻を挙行。
婚姻の成立に関し、Xらの本国法である民法上の実質的成立要件にも欠けるところは認められない。
⇒民法750条の定める婚姻の効力が発生する前であっても、Xらの婚姻自体は有効に成立。
Y:Xらが「夫婦が称する氏」を定めていないため、我が国においては婚姻が成立していない。
vs.
民法750条は婚姻の効力を定めた規定(最高裁H27.12.16:夫婦別姓訴訟大法廷判決参照)。
外国にある日本人がその国の方式に従って婚姻をする場合においては、婚姻挙行時に「夫婦が称する氏」を定めているとは限らず、そのような場合には、「夫婦が称する氏」を定めて婚姻による夫婦同氏の効力が発生する(法適用通則法25条、民法750条)までの間に、少なくとも一定の時間的間隔が生ずることは避けがたい
⇒法適用通則法24条2項は、外国に在る日本人が「夫婦が称する氏」を定めることなく婚姻をすることを許容しているものと解さざるを得ないのであり、そのような場合であっても、そbの婚姻は我が国において有効に成立している。

●争点①:
本件不受理処分のような戸籍事件に関する市町村長の処分に対しては、戸籍法122条に基づく家庭裁判所への不服の申立てを通じて、婚姻関係が戸籍に記載され、戸籍の謄本等の交付を請求することもできるようになり得るのであって、これにより戸籍への記載によって婚姻関係にあるとの公証を受けるという目的を達成することができる

戸籍への記載によって婚姻関係にえるとの公証を受けることができる地位の確認を求めることは、紛争の解決に有効かつ適切であるとは認められず、確認の利益を欠く。


予備的請求の確認の訴えの即時確定の利益の有無(争点②)について、
Xらは、Yによる公証を受けられないことにより、各種手続等の際に婚姻関係の証明が煩雑であることなどを主張
but
いずれも事実上の不便や将来の抽象的な危険等をいうにとどまる

Xらの有する権利又は法的地位に対する危険や不安が厳に存するということは困難

Xらが、Yが作成する証明書の交付によって婚姻関係にあるとの公証を受けることができる地位の確認を求めることは、確認の利益を欠く。

●争点⑥:
民法750条の規定が憲法24条に違反しないと解される(最高裁)
「夫婦が称する氏」 を定めるまでの間の暫定的な状態の婚姻関係について、これを公証する規定が戸籍法に設けられていないとしても、憲法24条の規定に違反するものであることが明白であると評価することはできない。
⇒Xらの主張する一方不作為は、国賠法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではない。

<解説>
Y:民法750条が、婚姻の際に「夫婦が称する氏」についての合意をすることを婚姻の実質的要件とした上、婚姻の効果として、かかる合意に従って定められた「夫又は妻の氏」を氏として称すると規定するもの。
vs.
民法750条が、「婚姻の成立」ではなく、「婚姻の効力」中に置かれている
②夫婦別姓訴訟大法廷判決の多数意見が、同条の規定は、婚姻の効力の1つとして夫婦が夫又は妻の氏を称することを定めたものであり、婚姻をすることについての直接の制約を定めたものではないと判示。
同条は、婚姻の実質的成立要件を定めた規定ではなく、婚姻の効力の1つを定めた規定にとどまる。

夫婦別姓を許容する国の方式に従って婚姻を挙行⇒婚姻証書に「夫婦が称する氏」が必ずしも記載されておらず、その場合には、戸籍法41条に基づく報告的届け出の際に婚姻届に「夫婦が称する氏」を記載することによって、「夫婦が称する氏」が決まる。
戸籍実務上、同条に基づく報告的届出の際には、「夫婦が称する氏」について婚姻の際に合意がされたことを証明する必要はないとの取扱い。

婚姻挙行時に「夫婦が称する氏」を定めていない場合であっても、戸籍には、婚姻挙行時に婚姻が成立した旨の記載がされる。

本判決:
こららの戸籍法の規定や戸籍実務の取扱いを踏まえて、外国の方式に従って「夫婦が称する氏」を定めないまま婚姻をした日本人夫婦が、同条に基づく報告的届出において「夫婦が称する氏」を定めるまでの婚姻関係を、民法750条の定める婚姻の効力が発生する前の暫定的な状態の婚姻関係と位置付けた上で、そのような場合でも我が国において有効に婚姻が成立していると判断。

判例時報2521

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2022年8月26日 (金)

複数の推定相続人の一部が遺言者の死亡以前に死亡⇒遺言の効力

東京地裁R3.11.25

<事案>
●被相続人Aは、平成30年5月に死亡。
相続人:
長男亡B(平成29年9月死亡の)の代襲相続人Y1、Y2
二男X1
三男亡C(平成17年11月死亡)の代襲相続人であるD、E、F
四男X2
平成2年6月22日当時、
A:本件土地1の共有持分5分の3、本件土地2の共有持分5分の3
X1:本件土地2の共有持分5分の3
X2:本件土地1の共有持分5分の1
亡C:本件土地1の共有持分5分の1
を所有。
Aは、同日、以下の公正証書遺言をした。
①本件土地1について、A所有の共有持分5分の3を亡C及びX2に各10分の3宛相続させる。
②本件土地1上の建物をX2に相続させる。
③本件土地2についての、A所有の共有持分5分の3をX1に相続させる。

亡きB及び亡きCは、Aの死亡以前に死亡⇒同人らにかかる遺言の条項は無効(最高裁H23.2.22)。
Xらは、家裁に、Yら及びその他の相続人を相手方として、Aの遺産にかかる遺産分割調停を申立てた。
Yら:本件遺言は、亡B及び亡Cにかかる部分のみならず全部無効⇒本件土地1、2のAの共有持分も遺産分割の対象となる遺産であると主張⇒調停不成立⇒Xらは調停を取下げ。

Xらは、Aから、「相続させる旨」の遺言によって、Aの共有持分を取得した旨主張して、Yらとの間において、その共有持分を有することの確認を求めた。

<判断>
遺言者が特定の遺産を複数の相続人に「相続させる旨」の遺言をし、当該遺言により遺産の一部を相続させるものとされた複数の推定相続人の一部が遺言者の死亡以前に死亡したとしても、必ずしも他の生存する推定相続人に特定の遺産を相続させる意思が失われるとはいえず、直ちに遺言全部が無効となるとは認め難い。
②・・・特定の遺産を特定の相続人に相続させる理由には様々なものがあり得る⇒必ずしも推定相続人の一部が死亡したからといってその前提が失われるともいえない。
本件遺言のうち亡B及び亡Cに関する部分が同人らの死亡によって無効になるとしても、Xらに関する部分がこれらを前提としていたとか、これらと不可分の関係にあるなどの事情は認められず、また、Aが別段の意思表示をしたなどの事情についての主張立証はない

Xらが、Yらとの間で、・・・共有持分を有することを確認した。

<解説>
一部の相続人が遺言者の死亡以前に死亡したことにより、同人らにかかる遺言の条項は無効になる(最高裁)
それ以外の相続人にかかる条項が効力を失うかは、遺言の解釈の問題。

遺言の解釈の原則:
遺言者の意思表示の内容は、その真意を合理的に探究し、できる限り適法有効なものとして解釈すべき(最高裁)

最高裁昭和58.3.18:
遺言書の一部条項の解釈が問題となった事案において、遺言の解釈にあたっては、遺言書の文言を形式的に判断するだけではなく、遺言者の真意を探求すべきものであるとの遺言解釈の原則を述べたうえ、
遺言書が多数の条項からなる場合にそのうちの特定の条項を解釈するにあたっても、単に遺言書の中から当該条項のみを他から切り離して抽出しその文言を形式的に解釈するだけでは十分でなく、遺言書の全記録との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して遺言者の真意を探求し当該条項の趣旨を確定すべき

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神社の氏子会の会員による境内の大枝を切り落とす作業での自己⇒日常事故賠償責任保障特約による保険金請求(否定)

東京地裁R3.6.22

<事案>
Xが、保険会社であるYとの間で、自動車損害保険契約(「日常事故賠償責任保障特約」付き)を締結⇒Yに対し、本件特約の規定に基づき、保険金及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。
本件特約においては、保険金を支払う保険事故の1つとして「被保険者の日常生活・・・に基因する偶然な事故」(「日常生活」要件)が、
免責事由の1つとして「被保険者の職務遂行に直接起因する損害賠償責任」(「職務」要件)が規定。
Xの作業(氏子会でA神社の大枝の伐採)で被害者が死亡⇒損害賠償責任の範囲を1000万円とし、これを2回に分割して支払う旨の和解⇒Xは、Yに対し、本件特約の規定に基づき、
被害者に対する賠償支払額
同訴訟の訴訟費用及び弁護士費用
(以上合計1596万2000円)
これに対する遅延損害金
の支払を求めた。

<争点>
①本件事故が本件特約所定の保険事故である「日常生活」要件に該当するか
②免責事由である「職務」要件に該当するか

<判断>
●争点①について
本件特約に規定する「日常生活」要件につき定義規定は置かれていない⇒語の一般的な意味(日々繰り返される普段通りの生活、くらいの意味)を出発点ないし手がかりとして解釈するよりほかない。
本件事故は、本件特約所定の「日常生活」要件を欠く

①本件作業は・・・日々繰り返される普段通りの生活においては滅多に経験することのない危険性の高い作業である。このような作業は定期的に行われる本件氏子会による境内清掃や草刈りなどとは同列に扱うことはできない。
本件特約は、「日常生活」上想定される損害発生リスクを計算して設計されているもの⇒本件作業のような危険性の高い作業による損害発生リスクまでは想定していない。

●争点②について
本件特約に規定する「職務」要件につき定義規定は置かれていない⇒語の一般的な意味(仕事として担当する任務、つとめ、役目、くらいの意味)を出発点ないし手がかりとして解釈するよりほかない。

「職務」は、
①一定の事業主体が組織されていること
②その事業主体の事業目的のための仕事・任務であることを要素ととする
ものであることを解される。

前記の事業主体は、個人用と事業用とに大別される賠償責任保険について保険の及ばない領域を可及的に小さくするという観点⇒事業目的のための職務遂行における損害発生リスクを回避する措置(例えば保険加入)をとり得る程度に組織されていることが必要
本件作業は、本件氏子会(規約上、事業目的や役員等の定めもある)を事業主体としてその事業内容の1つである境内の整備ないし維持管理のための仕事、任務として本件氏子会の会員によって行われたもの。
加えて、定例の境内清掃等の際には、本件氏子会が保険に加入する運用となっていた(本件作業は台風通過後臨時に集まった際に行われ、たまたま保険に加入していなかった。)事実からすれば、本件氏子会は、事業主体としてのリスク回避措置をとり得る程度に組織されていたものと評価でき、本件作業は、本件特約所定の「職務」要件に該当

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2022年8月24日 (水)

交通事故での消滅時効の起算点

最高裁R3.11.2

<事案>
交通事故により身体傷害や車両損傷を理由とする各損害を被ったXが、加害者であるYに対し、不法行為等に基づき、損害賠償を求めた。
平成27年2月事故⇒8月25日症状固定⇒平成30年8月14日訴訟提起

<判断>
交通事故の被害者の加害者に対する車両損害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権の短期消滅時効は、同一の交通事故により同一の被害者に身体障碍を理由とする損害が生じた場合であっても、被害者が、加害者に加え、上記車両損傷を理由とする損害を知った時から進行する。

<解説>
短期消滅時効の起算点である被害者が「損害及び加害者を知った時」(改正前724条)とは、
被害者において、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に、その可能な程度にこれらを知った時を意味するものと解されており、
損害を知ったというためには、損害の発生を現実に認識しなければらならないが、その程度又は数額を知ることは必要ない(判例)。

不法行為に基づく損害賠償請求における請求権の個数:
同一の交通事故により生じた同一の身体傷害を理由とする財産上の損害(治療費等)と精神上の損害(慰謝料)とは、原因事実及び被侵害利益を共通にする⇒その賠償請求権は1個
(昭和48年判例)

人的損害と物的損害とでは、被侵害利益を異にすることが明らか同一の交通事故により同一の被害者に生じたものであっても、人的損害の賠償請求権と物的損害の賠償請求権は異なる請求権各賠償請求権の短期消滅時効の起算点も、請求権ごとに格別に判断されるべき。

判例時報2521

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「黒い雨」訴訟控訴審判決

広島高裁R3.7.14

<事案>
被爆者健康手帳の交付を申請した者らが、原爆投下後に発生した雨(「黒い雨」)に遭ったことをもって、原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(「被爆者援護法」)1条3号の「原資爆弾が投下された際又はその後において、身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」(「本件被爆者要件」)に当たる⇒広島市長又は広島県知事に対し、被爆者援護法2条1項に基づく被爆者健康手帳等の各交付申請⇒いずれも却下⇒広島県及び広島市に対し、被爆者健康手帳交付申請の各却下処分の取消しと被爆者健康手帳交付の義務付けを求めた。

原審:広島県及び広島市の申立てに基づき、厚生労働大臣を広島県及び広島市のために訴訟参加させた。

<原審>
本件申請者らの請求を認容

<判断>
原判決を維持し、控訴人らの控訴を棄却。

被爆者援護法1条3号の「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」の意義は、「原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができない事情の下に置かれていた者」と解され、これに該当すると認められるためには、
その者が特定の放射線のばく露態様の基にあったこと、そして当該ばく露態様が「原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができないものであったこと」を立証することで足りる。

「広島原爆の投下後の黒い雨に遭った」というばく露態様は、黒い雨に放射性降下物が含まれていた可能性があった⇒外部被ばく又は内部被ばくによる健康被害を受ける可能性があるものであったこと、すなわち「原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができないものであったこと」が認められ・・・・被爆者援護法1条3号の「原子爆弾が投下された際又はその後において、身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」に該当する。
・・・いずれかの時点で、当該黒い雨降雨域に所在していたと認められる⇒広島原爆の投下後の黒い雨に遭ったと認められ、本件申請者らの各請求はいずれも理由がある。

<解説>
控訴人ら:本件被ばく者要件に該当するかの判断基準として、具体的な科学的根拠に基づく高度の蓋然性が必要であることを主張し、これを被爆者認定のための主たる争点に挙げた。
vs.
本判決:
本件被爆者要件と同一の規定をもつ原爆医療法が、人道上の見地から、未だ健康被害が生じていない被爆者に対する健康管理と既に健康被害が生じている被爆者に対する治療に遺憾なきようにするために、政治的な観点から制定されることとなった法律であり、それが具体的科学的根拠や科学的知見のみに依って立つものでなかったことは明らか。

本件被ばく者要件の意義:
「原爆の放射能により健康被害が生ずる可能性がある事情の下に置かれていた者」と解するのが相当。
ここでいう「可能性がある」を換言すれば、「原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができない事情の下に置かれていた者」と解され、これに該当すると認められるためには、その者が特定の放射線のばく露態様の下にあったこと、そして当該ばく露態様が「原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができないものであったこと」を立証することで足りる。

「広島原爆の投下後の黒い雨に遭った」というばく露態様は、黒い雨に放射性降下物が含まれていた可能性があったことから、たとえ黒い雨に打たれていなくても、当時黒い雨降雨域に在住していれば、放射性微粒子を体内に取り込むことで、内部被ばくによる健康被害を受ける可能性があるものであったこと、すなわち、間接被爆者についても「原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができないものであったこと」が認められる。

判例時報2521

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2022年8月23日 (火)

軽度知的障害を有する年少の養女に対する監護者性交等の事案

福岡高裁R3.10.29

<事案>
被告人が、当時14歳の養女(被害者) を現に監護する者としての影響力があることに乗じて、被害者と性交した。

<経緯>
一審無罪(被害者証言の信用性を否定)⇒検察官控訴⇒
控訴審:第一審判決は不合理で、虚偽供述の動機の点は自動供述の専門家の知見を利用して吟味する必要があり、地裁に差し戻す(上告棄却)

<差戻後第一審>
検察官が被害者の供述経過を立証趣旨として請求した、児童相談所の面接時の録音録画記録媒体及び供述調書が採用
被害者が児童相談所での面接において、職員の質問に対し、自らの言葉ないし身振りで自発的に応えており、誘導や暗示といった状況は認められない⇒被害者証言の信用性を肯定し、懲役7年の実刑

<判断>
被害申告の経緯:
被害者は、母親に対し胸を触られた旨の被害を打ち明けた翌日に児童相談所に一時保護され、面接の場において、職員のオープンクエスチョンに対し、自らの言葉ないし手振りによって自発的に答えており、質問者による誘導や答えを示唆する状況は認められず、面接過程における記憶の変容や歪曲、新事実の作出を疑わせる状況は存しない
その後検察官による2回の面接を経て、 差戻前第1審で証言しているが、供述の核心部分は一貫しているし、被害について作為的・誇張的に供述したとも認められず、内容的にも不自然・不合理な点はない⇒被害者証言は基本的に信用性が高い
陰部の損傷状況に関する医学的な推察に極めてよく整合する。
⇒被害者証言の信用性は十分に認められる

判例時報2520

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従業員による暴行による三叉神経痛、心的外傷後ストレス障害の事案で、労災認定と異なり、損害賠償請求が否定された事案

大阪高裁R2.11.13

<事案>
Y1の従業員であるXは、勤務中にY1のa店店長であったA、a店副店長であったB並びにa店従業員であったY2及びY3から暴行を受けて傷害を負い、心的外傷ストレス障害(PTSD)又はうつ病にり患して休職を余儀なくされ、三叉神経痛にも罹患した

Y1に対しては雇用契約に付随する安全配慮義務違反又は不法行為(使用者責任)に基づき
Y2及びY3に対しては不法行為による損害賠償請求権に基づき
平成28年11月24日までに生じた治療費(カウンセリング料を含む。)、交通費、休業損害、通院慰謝料及び弁護士表相当損害金並びに遅延損害金の連帯支払を求め、

控訴審で、平成28年11月25日以降に生じた治療費等及び遅延損害金の連帯支払を求める請求の拡張をした。

尚、Y1の従業員が業務中に行った暴行に起因して三叉神経痛、心的外傷後ストレス障害が発症した旨の労災認定がされている。

Y1:控訴審で、XがY1の就業規則の定めにより自然退職となったと主張して、XがY1に対して雇用契約上の権利を有する地位にないことの確認を求める反訴を提起

<判断>
三叉神経痛につき、一般的な症状、発症の機序等を正確に認定した上、Xが「自撮り」した写真の証明力に疑問を呈して暴行の態様に関するXの供述に疑問を差し挟むなどして三叉神経痛の発症に疑問を差し挟み、Yらに対して初診に係る治療費等に限って損害賠償を命じた。

心的外傷ストレス障害又はうつ病につき、
①心的外傷後ストレス障害に関し、暴行を伴わない脅迫を受けたことが同疾患の原因となるストレス因に該当しうるとしても当該脅迫は、暴行の場合と同様に、「危うく死ぬ」あるいは「重傷を負う」ほどの出来事に匹敵する害悪の告知がされたことを要する
②暴行の頻度・態様に関するXの主張・供述に誇張がある
Xが受けた暴行等がXの主張する頻度・態様には至らない
心的外傷後ストレス障害の発症に疑問を差し挟み、うつ病の発症との因果関係にも疑問を差し挟んだ

裁判所が認定する暴行の頻度・態様精神医学の専門的知識経験を有しない一般人において同暴行に起因して心的外傷ストレス障害やうつ病の発症を予見するこが可能であったと認めるには足りない

心的外傷後ストレス障害又はうつ病に関する損害賠償請求を棄却。

<解説>
労災補償:
業務起因性が要件となるものの、使用者にどのような安全配慮義務があったか(具体的な作為義務を導く前提となる災害の発生を予見できたか)は要件にならない
従業員に災害を発生させた過失があったか(前提として予見可能性があったか)は要件にならない

発生の機序に不明な点があっても、業務起因性を弾力的に認定しておくことも十分にあり得る
←因果関係を徹底的・科学的に解明しようとするあまり審査に時間をかけすぎて支給が送れることがあれば、早期治療を妨げて立法趣旨が損なわれかねない。
⇒労災事件に関する災害調査復命書においては、中立的な立場の専門家の意見を聴く場合も、当該専門家の業務起因性に係る結論それ自体が重視され、発症の機序等に照らし合わせた具体的な認定プロセスが明らかにされないこともあり得る。

損害賠償請求訴訟の審理に当たっては、労災事故に関する災害調査復命書を早期に入手して精査し、具体的な認定プロセスが明らかでないときは、当事者の係争態度等に即して他の必要な証拠の提出を促すなどして核心に迫った審理をする必要がある。

本判決:
Xに係る災害調査復命書三叉神経痛や心的外傷後ストレス障害に関する一般的な症状、発症の機序、普遍性を有する診断基準に照らした具体的な認定プロセスが明らかにされていなかった
訴訟上主張されているうつ病も含め、診断基準や発症の機序に係る専門的知見を把握できる客観的証拠の提出を促し、心的外傷後ストレス障害又はうつ病に関し、主治医の意見書及びその意見の基礎になった教育相談票をも取調べ、Xの供述のみならず、Y1の他の従業員の供述等をも精査し、主治医の診断の根拠になったXの主訴等が信用のおけるものであったかどうかを慎重に検討

判例時報2520

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2022年8月22日 (月)

燃料電池ユニットを発生源とする低周波音による健康被害(否定)

横浜地裁R3.2.10

<事案>
Xらが、Xら宅に隣接するY1の敷地に設置された燃料電池コージェネレーションシステムの燃料電池ユニット(本件エネファーム)の稼働⇒本件エネファームを発生源とする低周波音により健康被害を受け、同被害が継続している⇒
Y1に対し、
人格権に基づく本件エネファームの稼働の差止めを求めるとともに、
本件エネファームの設置工事を実施したY2に対し、不法行為に基づく損害賠償を求めた。

<解説>
我が国における騒音に関する法令上の規制:
環境基本法に基づく環境基準や騒音規制法に基づく規制基準
but本件口頭弁論終結時において、現行法上、低周波音それ自体を対象とする法令上の規制はない
環境省:参照値を記載した環境省手引書を作成。
消費者安全調査委員会:平成29年12月に、家庭用機器の運転音等による低周波音に関する問題について、「消費者安全法大33条の規定に基づく意見」を発出

<判断>
Xらの権利侵害ないし法益侵害を否定
Y2の過失も否定し、請求棄却。

本件口頭弁論終結日の翌日から判決確定までの間にXらに生ずべき将来の損害をいう部分については、Xらの主張する請求権が招来の給付の訴えを提起することのできる適格性を欠く⇒不適法として却下
①低周波音の感覚閾値や諸外国のガイドラインに示される基準地に直ちに我が杭における規範性を認めることができないことを措くとしても、これらの値はXらの測定に用いられた分析手法(FET分析)を前提とするものではない。
②Xらの測定は本件エネファームを稼働させた状態と停止させた状態とを比較対照するなどの測定条件の妥当性が確保されているかどうかも明らかでない
③Xらの健康被害につき診療録等の提出もない

Xらが一定の規範性を有するものとして主張する低周波音の感覚閾値や諸外国のガイドラインに示される基準値、あるいは、Yらが一定の規範性を有するものとして主張する参照値などについて検討するまでもなく、Xらが本件エネファームの稼働のため、これを発生原因とする低周波音により健康被害を受け、同被害が継続しているとは認めることができない。

判例時報2520

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店舗内の個室トイレ内の段差と土地工作物責任(肯定事例)

横浜地裁R4.1.18

<事案>
X(67歳女性)がYの運営する携帯電話ショップのトイレの段差で点灯し、右大腿骨頸部内側骨折の傷害⇒
①使用者責任
②土地工作物責任(占有者の責任)
に基づく請求。

<解説・判断>
●民間施設や公共施設等による転倒事故に係る損害賠償が問題となる事案:
①一般不法行為(民法709条ないし715条等)若しくは債務不履行(民法415条)に基づく請求に加え、
②土地工作物責任(民法717条1項)又は営造物責任(国賠法2条1項)
に基づき請求。

本件:
本件店舗の従業員(Y従業員)において、客との関係における信義則上の安全配慮義務に違反して本件トイレで事故が起きないような措置を講じなかった⇒不法行為・使用者責任
選択的に、本件トイレはその設置に瑕疵⇒占有者であるYに対して土地工作物責任

●本判決:
Yの使用者責任は否定
土地工作物責任は肯定

一般不法行為においては加害者の注意義務違反等を主張立証しなければならない。
土地工作物責任においては土地工作物の設置又は保存に「瑕疵」があることを主張立証すれば足り
(尚、工作物から損害が発生した場合には、事故の発生自体から瑕疵の存在が推定され得るとの指摘。)、占有者の方で「損害の発生を防止するのに必要な注意をした」ことを主張立証しない限り、損害賠償が肯定。。

●民法717条1項の「瑕疵」:
土地の工作物が通常備えているべき性状、設備、すなわち安全性を欠いていること。

裁判例:
(1)当該段差は一般的な階段と比較して特別大きいとはいえない⇒事故現場は通常有すべき性能を有している⇒否定
(2)当該段差は世上一般に存在する段差と比較して著しく大きいものとはいえないこと、当該タイルは道路と色彩が異なり、当該場所は夜間でも照度が確保されていたこと等⇒否定
(3)①道路は通行や風雨等により日々傷みが生じその結果段差が生じても直ちに解消されるとは限らないことも踏まえて注意しながら歩行することが期待あsれている②当該マンホールの段差は突出した高さとはいえない⇒歩行者がその段差につまずいて転倒するような交通上の危険があるとまではいえない⇒当該道路は通常有すべき安全性を欠いていたとはいえない。

●本判決:
本件段差の高さ(約10センチ)のみに着目するのではなく、本件トイレの扉を開けてこれから便器を利用しよとする者の動線や視線、心理等から本件段差の危険性について仔細に考察を加え、瑕疵を肯定

最高裁:「瑕疵」の有無については「当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべき

本判決:
本件事故が起きた平成30年当時におけるバリアフリー等に係る社会の意識水準等も考慮にいれている
~民法717条1項の「瑕疵」概念が、社会常識の変化等に伴って変容し得るものであることを前提とした判示。

最高裁:側面に石綿が吹き付けられた建物について、吹付石綿を含む石綿の粉じんにばく露することによる健康被害の危険性に関する科学的な知見及び一般人の認識並びに様々な場面に応じた法令上の規制の在り方を含む行政的な対応等は時と共に変化している⇒当該建物が通常有すべき安全性を欠くと評価されるようになった時点を証拠で確定し、その時点以降の土地工作物責任の有無を審理判断すべき。

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2022年8月18日 (木)

医学部入試不正についての特例法による訴訟の事案

東京地裁R2.3.6

<事案>
原告である特定適格消費者団体が「消費者の財産的被害の集団的な解決のための民事の裁判手続の特例に関する法律」(「特例法」)に基づき、学校法人東京歯科大学を被告とする、特例法に基づきなされた被害回復裁判の共通義務確認手続についての判断。
被告が行った平成29年度及び30年度医学部医学科の一般入学試験及びセンター試験利用入学試験において、出願者への事前の説明なく、出願者の属性(女性、浪人生及び高等学校等コードが51000以上の者)を不利に扱う得点調整が行われたことについて、不法行為又は債務不履行に該当⇒特例法による共通義務確認の訴え(特例法2条)

<解説>
特例法:
第1段階:共通義務確認の訴え⇒共通義務確認⇒
第2段階:簡易確定手続で、確定された債権について消費者の被害回復が図られる。

<判断>
● 多数性:受験生の数から多数性の要件は満たす。
共通性:請求を基礎付ける事実関係、法的根拠も共通⇒共通性の要件は満たす
支配性:本件対象者の属性は明確であり、被告において把握している⇒対象者の該当性の判断が、簡易確定手続の書面審査で迅速になし得ない事態は想定し難い

●本件得点調整の事前の説明義務
憲法14条1項は、性別、社会的身分により差別することを禁じており
大学設置基準2条の2は、公正かつ妥当な方法により入学者を選別する旨を定めている。
本件得点調整は、本件対象者を性別、年齢、社会的身分といった属性により一律に不利益に扱うものbut被告は本件得点調整が合理的根拠に基づく差別的扱いであることについて具体的な主張立証をしていない。

①出願者と被告との間には本件試験についての契約が成立⇒被告は公正かつ妥当な方法により入学者の選別を行う責務がある。
本件試験の募集に際して、女性、年齢、社会的身分のような属性を評価する旨の表示が皆無⇒それらの属性を考慮しないことを内容としていると解するのが相当
被告は、募集に際して、学生募集要項やアドミッション・ポリシー等により、その属性を入学試験の評価において考慮する旨を告知すべき信義則上の義務を負う。
⇒告知を行わず秘かに本件得点調整を行っていたことは、本件対象者との関係で違法。

●損害
①受験費用
②受験に要した旅費及び宿泊費
③特定適格消費者団体に支払うべき報酬及び費用
のうち
①③は認めたが、②は認めなかった。

②については、個々の消費者の個別の事情を相当程度審理せざるを得ない面があり、簡易確定手続において内容を適切かつ迅速に判断することは困難⇒支配性の要件を欠く。

<解説>
特例法:集団的消費者の被害回復手続を定めた民事の特例法であり、平成28年10月1日から施行。
差止めでは消費者被害の回復が図れない⇒新たに特定適格消費者団体に損害賠償請求権の行使を認めた。
本件は、簡易確定続に移行した後、和解が成立。

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公務員の遺族が受領した死亡退職手当の損益相殺

高松高裁H30.1.25

<事案>
Yの運転する普通乗用車が道路左側路側帯付近を対向歩行中のAに衝突し、翌日Aは死亡。
X(Aの配偶者)は、Yに対し、民法709条又は自賠法3条に基づき損害賠償金の支払いを(甲事件)、
C及びD(Aの両親)は、民法709条又は自賠法3条に基づき損害賠償金の支払いを求めた(乙事件)。

<問題>
Xに支払われたAの死亡退職手当を損益相殺として控除することが許されるか、許されるとしてどの費目から控除すべきか。

<判断>
退職手当逸失利益(Xの相続分:543万円余円)が現にXが受領したAの死亡退職手当(700万余円)を下回る場合であっても、同死亡退職手当を損益相殺として他の損害の費目(X相続分)から控除することは許されない。

①現実に受領した退職手当は、本件事故による損害の補填を目的としたものではないから、本来的に損害額から控除されるべき給付ではなく、あくまで将来の退職手当相当額を損害として請求された場合にのみ、現実の給付との二重利得を作江る観点から考慮すべきものであって、退職手当逸失利益それ自体は、給与逸失利益など他の損害費目と等質性を有するものではない
②損害賠償請求訴訟の実務において、将来の退職手当相当が請求されるかどうかは一律ではなく、これが請求されない場合には、現に支給された退職手当と将来受給すべき退職手当の割引現在価値との多寡が問題とされることはないのが通常であるところ、このような状況において将来の退職手当の請求を選択した者のみがその請求を認められない以上の不利益を被ることは不合理

<解説>
●損益相殺:
不法行為の被害者が、損害を被ったのと同一の原因によって利益を受けた場合に、損害賠償額の算定に当たり、その利益の額を損害額から控除すること。

最高裁H27.3.4:
労災法に基づく遺族補償年金の支給を受けた場合に損益相殺が問題となった事案:
被害者が不法行為によって死亡し、その損害賠償請求権を取得した相続人が不法行為と同一の原因によって利益を受ける場合には、損害と利益との間に同質性がある限り、公平の見地から、その利益の額を相続人が加害者に対して賠償を求める損害額から控除することによって損益相殺的な調整を図ることが必要なときがあり得る
上記の相続人が受ける利益が被害者の死亡に関する労災保険法に基づく保険給付であるときは、民事上の損害賠償の対象となる損害のうち、当該保険給付による填補の対象となる損害と同性質であり、かつ、相互補完性を有するものについて、損益相殺的な調整を図るべき

公務員の退職手当は、公務員(原則として常勤)が退職した場合に、退職した者(死亡による退職の場合には、その遺族)に支給するもの。
退職手当の性格は、公務員が「退職した場合に、その勤続を報償する趣旨で支給されるものであって、必ずしもその経済的性格が給与の後払の趣旨のみを有するものではない」(最高裁昭和43.3.12)
いずれも賃金後払的性格と功労報償的性格を併せ持つ給付と捉えられ、相互補完性を有することが明らか⇒定年時に受領することが見込まれる退職手当逸失利益から死亡時に受領した死亡退職手当を損益相殺すべきことは明らか。
現在価値に引き直す計算をした結果、定年時退職金の現在価値(退職手当逸失利益)の額が相当減価されることもあり得る。
死亡退職手当と損益相殺の対象と捨て控除する対象者は、死亡退職手当の受給権者である相続人(本件では配偶者であるX)に限定⇒「支給された死亡退職手当>退職手当逸失利益の相続分の現在価値」の場合もでてくる。

その差額を、他の損害の費目(給与逸失利益)からも差し引くべきか?

原判決:それを肯定

本判決:否定
給付逸失利益など他の損害費目とは等質性がない
(退職手当は、賃金の後払的性格だけでなく、功労報償的性格を併せ持つ)

本判決・原判決ともに、
死亡退職手当を損益相殺として控除する対象者を、退職手当条例上死亡退職手当の受給権者とされるXとし、被害者の退職手当逸失利益、給与逸失利益等に係損害賠償請求権をXと共に相続したC及びDの相続分からは控除しなかった

死亡退職手当、遺族年金等の法令(条例)上の受給権者でない相続人の損害賠償債権額から、死亡退職手当、遺族年金等の各給付相当額を損益相殺として控除することは許されない(最高裁)。

● 本判決:
交通事故損害賠償請求訴訟において、遺族が受給した死亡退職手当を損益相殺して控除することができるのは、退職手当逸失利益に係る当該遺族の相続分だけであり、給付逸失利益など他の損害の費目から控除することは許されない。

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2022年8月15日 (月)

親族間の土地使用貸借において、当事者の信頼関係破壊を理由に解約が認められた事例

名古屋高裁R2.1.16

<事案>
本件土地1の共有持分権者であり本件土地2の所有者であるXが、
本件土地1上に本件建物を所有して本件土地1及び本件土地2(本件各土地)を占有しているYに対し、
本件各土地の使用貸借の終了に基づき、本件土地1について建物収去土地明渡しを求めるとともに、
不法行為に基づき、 本件各土地について使用貸借の終了日の翌日から明渡し済みまでの賃料相当損害金の支払を求めた。
X:Aの長男
Y:Aの二男BとCとの間の長女(Aの孫)

<争点>
本件使用貸借の終了の有無

<主張>
X:
本件使用貸借の目的はBがAと同居することだけであったところ、Bが死亡し、Aが本件建物を出て施設に入所しており、Aが本件建物を使用する必要が全くない

①目的に従った使用収益が終わったことによる本件使用貸借の終了(民法(改正前)597条2項本文)
②借主の死亡による本件使用貸借の終了(民法599条)
③(控訴審で)信頼関係破壊による使用貸借の解約による終了(民法597条2項の類推)

<原審>
①について:
本件使用貸借の目的がBがAと同居することだけであったとは認められない⇒目的に従った使用収益が終わったともいえない⇒民法597条2項本文に基づく本件使用貸借が終了したとは認められない。
②について:
本件使用貸借が本件建物の所有を前提とするものであり、本件の事実関係の下では、Bが死亡したことそれ自体をもって、民法599条に基づき本件使用貸借が終了したとは認められない。

請求をいずれも棄却。

<判断>
①②は原審引用。
③について
(1)・・・Yの居住先を確保するために、Bを借主とする本件土地1・・及び本件土地2の使用貸借を、同人死亡後においても存続させる必要性は見い出せない。
(2)YとX及びAは親族であるが、YはXに告げることなく本件建物での居住を開始し、現時点でYとXとの人間関係は悪化しているし、Aは施設で生活していてYと交流はない

本件使用貸借の当事者の信頼関係は破壊されているから、民法597条2項ただし書の類推適用により、貸主であるXは、本件使用貸借を解約することができるというべきである。

X及びAの解約の申入れにより本件使用貸借は終了した。

本件土地1について建物収去及び土地明け渡し、本件土地2について土地明け渡し、本件土地1及び本件土地2について賃料相当損害金の支払の各請求を認容

<規定>
民法 第五九七条(借用物の返還の時期)
2当事者が返還の時期を定めなかったときは、借主は、契約に定めた目的に従い使用及び収益を終わった時に、返還をしなければならない。ただし、その使用及び収益を終わる前であっても、使用及び収益をするのに足りる期間を経過したときは、貸主は、直ちに返還を請求することができる。

民法 第五九九条(借主の死亡による使用貸借の終了)
使用貸借は、借主の死亡によって、その効力を失う。

<解説>
民法599条は、使用貸借は借主の死亡によってその効力を失う。

使用貸借は無償契約であり、借主との特別の関係に基づいて借主その人に対して貸す場合が多いから、借主が死亡してもその相続人には権利は承継されない。
but
特に建物所有目的の土地の使用貸借の場合において、民法599条の適用が否定されることがある

(学説・裁判例)。
最高裁(昭和42.11.24):
父母を貸主とし、子を借主として成立した返還時期の定めがない土地の使用貸借であって、使用の目的は、建物を所有して会社の経営をなし、あわせて、その経営から生ずる収益により老父母を扶養する等のものである場合において、
借主は、さしたる理由もなく老父母に対する扶養をやめ、兄弟とも往来をたち、使用貸借当事者間における信頼関係は地を払うにいたった等の事実関係
~民法597条2項ただし書を類推適用して、貸主は使用貸借を解約できるものと解すべき。

判例時報2520

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2022年8月14日 (日)

財産分与に関する処分の審判の申立てを却下する審判に対し、相手方が即時抗告できるか(肯定)

最高裁R3.10.28

<事案>
離婚をしたX(元妻)(第1事件)とY(元夫)(第2事件)が、それぞれ、財産分与の審判を申し立てた事案。

原々審 第1事件及び第2事件の各申立てをいずれも却下。
⇒Yは前記審判に対する即時抗告。

<原審>
本件即時抗告のうち、 第1事件にかかる部分を却下。
第2事件に係る部分は、民法768条2項ただし書所定の期間の経過を理由に申立てを却下すべきとして抗告を棄却

第1事件の申立てを却下する審判は、第1事件においてYが受けられる最も有利な内容であり、Yは抗告の利益を有するとはいえない⇒即時抗告をすることができず、不適法。

<判断>
財産の分与に関する処分の審判の申立てを却下する審判に対し、夫又は妻であった者である相手方は、即時抗告をすることができる。
⇒原決定中、第1事件にかかる部分を破棄し、更に審理を尽くさせるため、同部分を原審に差し戻した。
第2事件に係る部分については、原審の判断は正当。

<規定>
家事手続法 第一五六条(即時抗告)
次の各号に掲げる審判に対しては、当該各号に定める者は、即時抗告をすることができる。
五 財産の分与に関する処分の審判及びその申立てを却下する審判 夫又は妻であった者

非訟手続法 第六六条(即時抗告をすることができる裁判)
終局決定により権利又は法律上保護される利益を害された者は、その決定に対し、即時抗告をすることができる。
2申立てを却下した終局決定に対しては、申立人に限り、即時抗告をすることができる。

<解説>
●家事手続法156条5号⇒夫であったYは、即時抗告できる。
but
民事訴訟においては、判決等に対して具体的な上訴の利益が必要とされている(最高裁)
⇒具体的な即時抗告の利益を必要とするかが問題
一般的な非訟事件について、即時抗告には具体的な即時抗告の利益が必要とされている(非訟手続法66条2項)。
but
家事審判事件については、非訟事件(非訟手続法3条)ではあるものの、家事審判手続が自己完結的な手続をとっているため非訟手続法の適用はないとされている。

家事手続法における、即時抗告をすることができる裁判及び即時抗告権者の定めをみると、家事手続法は、却下の審判と却下以外の審判を書き分け、家事手続法別表第2に掲げる事項についての審判事件について、却下の審判に対して申立人のみが即時抗告権者となる場合には、その旨を明確に規定(寄与分につき198条1項5号等)。

家事手続法において、財産分与の却下審判のほかに、却下の審判に対して双方当事者を即時抗告権者としているように読める規定は、
①~⑦等多数。

家事手続法の立案担当者は、これらの規定について、却下の審判に対して相手方にも審判を得る利益があるものと定型的に認められるため、双方に即時抗告権を認めているなどと説明。

家事手続法は、即時抗告をすることができる裁判及び即時抗告権者を却下の審判と却下以外の審判との区別を含めて個別具体的に定めた上で、形式的に即時抗告権者についての規定に該当する以上、定型的(類型的)に即時抗告の利益が認められるとしている。

●財産分与の審判の申立てについていえば、裁判所が、申立人から相手方への財産分与を命ずる審判をすることができる⇒棄却的な却下に対しても、相手方に定型的に即時抗告の利益が認められる(=相手方に自らへの分与を求める利益が認められる)

●財産分与の審判の申立てについて、裁判所が、申立人から相手方への財産分与を命ずる審判をすることができるか?

実体法の観点:
財産分与請求権は、離婚により当然に発生するが、それは抽象的な権利(抽象的財産分与請求権)にとどまり協議、審判等によって具体的内容が決定されることを待って初めて具体的な権利(具体的財産分与請求権)となる(段階的形成説)

財産分与の制度「夫婦が婚姻中に有していた実質上共同の財産を清算分配」すること目的とするもの(最高裁)
⇒少なくとも、抽象的財産分与請求権が、実質上共同の財産の清算分与を求める請求権であり、具体的財産分与請求権が、清算分配を求めた結果としての具体的権利であるという側面を有する。
⇒申立人が、財産分与の審判の申立てをすることにより(清算を求めて)抽象的財産分与請求権を行使したが、(清算した結果として)具体的財産分与について分与義務者になったとしても、実体法の観点からは特に不自然とはいえない。

手続法の観点:
家事手続法が、申立人から相手方への財産分与を命ずる審判を想定していることは、財産分与の審判の申立ての取下げ制限にに関する家事手続法153条の規定等から強くうかがわれるところ。

裁判所が、申立人から相手方への財産分与を命ずる審判をすることができる。

判例時報2520

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令和3年10月の衆議院小選挙区選出議員選挙についての1票の格差訴訟

大阪高裁R4.2.3

<事案>
令和3年10月31日の衆議院小選挙区選出議員選挙で、関西2府4県の各選挙区の選挙人であるXらが、小選挙区選挙の選挙区割りに関する公選法の規定が憲法に違反し無効⇒Xらの各選挙区における選挙も無効⇒公選法204条に基づき提起した選挙無効訴訟

<解説>
● 平成26年施行の選挙(最大較差1対2.129)について、最高裁H27.11.25は、選挙区割りについて憲法の投票価値の平等の要求に反する状態(いわゆる違憲状態)にあったと判示したが、
本件選挙と同様に、平成29年改正法に基づく前回選挙は合憲であると判断。

● 判断の枠組み
◎ ア:選挙当時の公選法の定める選挙区割りの規定が、憲法の投票価値の平等の要求に反する状態(違憲状態)に至っているか
最高裁(平成30年大法廷判決等):
憲法は投票価値の平等を要求しているものと解されるところ、憲法上、選挙制度の仕組みの決定については、国会に広範な裁量が認められている旨、
憲法上、議員1人当たりの選挙人数ないし人口ができる限り平等に保たれることを最も重要かつ基本的な基準とすることが求められているが、それ以外の要素も合理性を有する限り国会において考慮することが許されている旨、
選挙制度の合憲性は、これらの諸事情の総合的に考慮した上で、国会に与えられた裁量権の行使として合理性を有するといえるか否かによって判断されるべき旨
を判示。

◎ イ:合理的期間内において是正がされなかったといえるか

◎ ウ:事情判決の法理の適用が認められるか

<主張>
ア:憲法(56条2項、1条、前文)は、統治構造として、「人口比例選挙」であることを認めており、合理的に実施可能ないし技術的に可能な限り、較差が1倍に近い状態を求めるものであり、本件選挙の較差の状態は、違憲状態である。
イ:前記アに照らし、憲法に違反し、そうでないとしても、本件選挙の時点では、合理的期間は既に経過している。
ウ:比例代表制が並列し、全選挙区で選挙無効訴訟が提起されている本件選挙について、事情判決の前提を欠く。

<判断>
● アについて:
公選法の定める選挙区割りの規定の憲法適合性の枠組みについては、平成30年大法廷判決の示したところによるのが相当で、合理的に実施可能ないし技術的に可能な限り、較差が1倍に近い状態が求められる旨のXらの主張は採用できない。
議員1人当たりの選挙人数ないし人口ができる限り平等に保たれることが最も重要かつ基本的な基準⇒相当数の選挙区において、ある選挙区の2票の投票価値が別の選挙区の1票の投票価値に及ばないという較差が生じていることは、従前の定数不均衡是正の経緯に照らしてもなお、国会の合理的な裁量の範囲の限界を超える。
⇒本件選挙時典での選挙区割りの規定は、憲法の投票価値の平等の要求に反する、是正すべき状態にある。

● イについて:
国会において、前記状態が認識し得るようになったのは、令和2年大規模国勢調査の結果が判明した以降であり、その時期から本件選挙の日までにその是正をすることは事実上不可能
⇒本件選挙時点での選挙区割りの規定につき憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったということはできない。

<解説>
東京高裁R4.2.2:
①平成29年改正法による選挙区割りの規定において前回選挙時において較差が2倍以上となった選挙区は存在しなくなった
②令和2年以降においてアダムズ方式によりいわゆる1人別枠方式の下における定数配分の影響を解消させる立法措置が講じられ、選挙区間の最大格差が2倍未満となることが見込まれた
③以上の事情は、平成30年大法廷判決が判示するものであるところ、本件選挙において選挙区間の較差が2倍を超えたのは、平成29年改正法が前提とした見込人口と異なる人口異動に基因するもの
⇒本件選挙区当時、選挙区割りの規定は憲法に適合する状態であった(合憲)。

国会の裁量権の限界を判断する事情についての評価の違いにより違憲状態と判断するかどうかの結果が分かれた。

本判決:
選挙制度の安定性を考慮したとしても、相当数の選挙区間で2倍を超える較差が生じている状態は、やはり憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあると判断するに足りるほどの不平等。
②については、本件選挙時点において違憲状態だえるとの判断を否定するものではない。

判例時報2520

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2022年8月13日 (土)

第一種少年院送致の事案

東京高裁R3・9・6

<事案>
少年(当時16歳)が、被害者(当時16歳)に対し、その首に腕を回して引き倒し、腹部等を踏みつけるなどの暴行⇒加療約10日間の要する全身打撲、腹部座礁等の傷害。

<解説>
犯情は悪いものではなかったが、
本件非行当時、少年は、家庭や施設に寄り付かず、暴力団関係者のもとに出入りするなど生活環境が芳しくない⇒要保護性が高い。
but
非行歴も家裁継続歴もないこと等
身柄付補導委託の方法による試験観察(原審)

試験観察:
調査官によるそれまでの調査をさらに補強、修正し、要保護性に関する判断をより確かなものにするという機能(調査機能)を持つが、
それと同時に、終局決定を留保することにより、少年に対し、心理的強制効果を利用しつつ指導援護を行い、それによって改善教育の効果を上げるという機能(処遇機能)を有している。

本件:
親権観察中の遵守事項:
①家庭裁判所調査官及び受託者の指導に従うこと
②再非行しないこと
③委託先から退去・逃亡しないこと等
but
少年は、試験観察開始後10日余りで補導委託先を無断退去し、以後、居所を転々として、家庭裁判所調査官に事前に相談することもなくほとんど独断で行動・・・。

少年を第一種少年院に送致

判例時報2519

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レストランでの長時間労働⇒劇症型心筋炎を発症して死亡した事例での因果関係(肯定)

大阪高裁R3・3・25

<事案>
Y1社(代表者Y2)が経営していたレストランの調理師P1は、約1年にわたり時間外労働が1箇月当たり約250時間に及ぶ長時間労働に従事、睡眠時間が毎日5時間未満⇒体力・免疫力低下⇒ウイルス性急性心筋炎を発症し、その悪化により劇症型急性心筋炎を発症し、手術で補助人工心臓を装着したが、最終的に脳出血により死亡。

P1の相続人であるXらが、
①Y1対しては会社法350条又は安全配慮義務違反(債務不履行)に基づき、
②Y2に対しては不法行為又は会社法429条1項に基づき、
治療費、逸失利益、慰謝料及び弁護士費用等の損害賠償請求。

<争点>
Y2の注意義務違反とP1の長時間労働、ウイルス性急性心筋炎は症、劇症化、死亡という一連の経過についての事実的因果関係の有無

<原審>
判例時報2452号

<判断>
Y2は、Y1社の労働者であるP1に対し、業務の遂行に伴う疲労等の過度の蓄積により、その心身の健康を損なうことがないように注意する義務があるところ、
P1の長時間労働・睡眠不足の状態を認識しながら、それらにまったく関心を払わず、P1の負担を軽減させるための措置を一切講じないなど注意義務違反があることは明らか。

P1は、
(1)約1年間における1箇月の平均時間外労働時間が約250時間に及び、睡眠時間は定休日以外の日は1日当たり5時間以下であり、継続的に長時間労働と睡眠不足の状態にあり
(2)口内炎が約1箇月も治癒せず、ウイルス感染症を発症し、ウイルス性心筋炎の前駆症状を呈していたが、
(3)前記の長時間労働・睡眠不足により体力意を奪われ、生体防御能を低下させ、
(4)ウイルスの増殖を食い止めることができず、急性心筋炎を発症及び劇症化させ、
(5)その影響で最終的には死亡するに至ったもの

一連の経過から、
①継続的な長期労働・睡眠不足の事実と②P1の死亡との間には、①が②を招来したことについて高度の蓋然性があることが証明されたと評価することができる。

<解説>
本件は、労災における業務起因性の認定との関係でも訴訟に
P1の生前の配偶者(本件のX1)は、労働基準監督署に対して遺族補償年金等不支給処分取消訴訟を提起。
大阪高裁R2.10.1(判例時報2493号)は、業務起因性を否定
X1による、過重業務が原因で免疫力が低下し、その結果劇症型心筋炎を発症し、P1が死亡した旨の主張については、
①過重業務による免疫力の低下が心筋炎を発症させるウイルス感染を生じさせた事情の1つとなった可能性は否定できないが、その他の事情を総合すると、P1の免疫力が低下していたものとまでは認め難い
過剰業務によりウイルス性心筋炎を発症し劇症化するとの経験則が存在するとも認めることができない
業務起因性が認められるとする主張は採用できない

過剰業務により治療機会を喪失したために劇症型心筋炎を発症し、死亡した旨の主張については、
そもそも治療機会を喪失したとは認められないし、
より早い時期に治療が開始されたとしても、劇症型心筋炎の発症を防ぎ得たと認めることはできない
⇒業務起因性が認められるとする主張は認められない。

労災法に基づく労災認定と使用者に対する不法行為等に基づく損害賠償請求とでは、法制度の趣旨が異なる⇒業務起因性の判断と相当因果関係の判断を直ちに同視することには問題。

因果関係の存否は、労災認定においては、業務に内在する危険が現実化したか否かという、いわゆる「業務起因性」の枠組みの中で問題となるもの。
but
本件で結論を異にする正当性?

判例時報2519

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音楽教室での演奏と(著作権法上の)演奏権

知財高裁R3.3.18

<事案>
教室又は生徒の居宅において音楽の基本や学期の演奏技術等を教授する音楽教室を運営するXらが、著作権管理事業者であるYに対しYが本件口頭弁論終結時に管理する全楽曲に関して、各Xが生徒との間で締結した音楽の教授及び演奏技術の教授に係る契約に基づき行われるレッスンにおける、Xらの教室又は生徒の居宅内においてした被告管理楽曲の演奏について、本件口頭弁論終結時、YがXらに対して著作権侵害に基づく損害賠償請求権又は著作物利用相当額の不当利得返還請求権をいずれも有していないことの確認を求めた。

主位的請求:
教師から生徒に対して演奏技術等の教授が行われる所定の時間で区切られたレッスンを単位として、当該レッスンの実施により、音楽教室事業者である各XのYに対する損害賠償債務又は不当利得返還債務が生じていないことの確認を求める

予備的請求:
レッスン中における個々の演奏行為を単位として、当該演奏行為により音楽教室事業者である各XのYに対しる損害賠償債務又は不当利得返還債務が生じていないことの確認を求める

<争点>
①音楽教室のレッスンにおける音楽著作物の利用主体(演奏主体)
②演奏主体と認定された者の演奏行為が、著作権法22条の「公衆に直接・・・聞かせることを目的として・・・演奏する」との要件に該当し、演奏県の行使(侵害行為)となるか
③音楽著作物を楽譜や録音物に複製することを許諾したことによって演奏権が消尽し、YがXらに対して演奏権を行使することができるか

<判断>
音楽教室における教師の演奏行為の演奏主体音楽教室事業者であり、
教師の演奏行為Xら音楽教室事業者による演奏権の行使にあたり
演奏権は消尽していない
音楽教室における生徒の演奏行為の演奏主体は生徒であり、生徒の演奏行為はXら音楽教室事業者による演奏権の行使にはあたらない。

<規定>
著作権法 第二二条(上演権及び演奏権)
著作者は、その著作物を、公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として(以下「公に」という。)上演し、又は演奏する権利を専有する。

著作権法 第二条(定義)
この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
5 この法律にいう「公衆」には、特定かつ多数の者を含むものとする。

<解説>
●侵害主体論
クラブキャッツアイ事件最高裁判決(昭和63.3.15)、ビデオメイツ事件最高裁判決(H13.3.2)の説示内容

①Aによる著作物利用行為またはA自身に対するBの管理・支配
②Aの著作物利用行為によるBへの法律上または事実上の利益の帰属
の2要件をもって、Bを著作権の利用(侵害)主体とする「カラオケ法理」

ロクラクⅡ最高裁判決(H23.1.20):
放送番組等の複製物を取得することを可能にするサービスの提供者を複製の主体であると解したが、
複製の主体の判断に当たっては、
「複製の対象、方法、複製への関与の内容、程度等の諸要素を考慮して、誰が当該著作物の複製をしているといえるかを判断するのが相当」とした上で、
サービス提供者が、単に複製を容易にするための環境等を整備しているにとどまらず、その管理、支配下において、放送を受信して複製機器に対して放送番組等に係る情報を入力するという、複製危機を用いた放送番組等複製の実現における枢要な行為をして」いる等
⇒同サービス提供者を複製の主体と判断しており、
前記のカラオケ法理を一般的な判断基準として用いることには否定的な態度をとっている。
ロクラクⅡ事件最高裁判決後、諸要素を考慮し、
「演奏の実現にとって枢要な行為がその管理・支配下において行われているか否か」との基準によって侵害主体を判断すべきとする判決(知財高裁H28.10.19)。

●演奏権の行使について
◎演奏権の行使:
「公衆」に直接聞かせることを目的として演奏することを要し、
「公衆」には「特定かつ多数」を含む⇒「特定かつ少数」を除く者が著作権法上の「公衆」
「特定」とは、演奏者との間に個人的結合関係がある場合を指す。

◎演奏主体を物理的、自然的な観察から演奏行為を行っている者以外の者⇒物理的、自然的な観察の下における演奏行為者と法的評価から導かれる者がずれる⇒そのどちらを基準にどの時点のどの範囲のどの者を基準として「公衆」の認定を行うのか?
送信可能化権に関するまねきTV事件最高裁判決(H23.1.18):
まず主体を確定し、その主体との関係で聴衆の「公衆」性の有無を決めるという判断構造を前提。
but
例えばカラオケボックスの場合、聴衆が誰なのか?

◎「(公衆に直接)聞かせることを目的として」
A:物理的な意味での演奏(音波)を公衆に届かせる目的が演奏者側にあったか否かの要件
B:演奏内容を加味して一定の質以上の演奏を聞かせることを求める要件

◎演奏権の消尽:
著作権法は、譲渡権(著作権法26条の2)についてのみ消尽を認めているが、その余の支分権について消尽が認められないとする趣旨ではない。
中古ゲームソフト事件最高裁判決(H14.4.25)は、頒布権(著作権法26条)について消尽を認めている。

●本判決:
音楽教室における演奏の主体の判断に当たっては、演奏の対象、方法、演奏への関与の内容、程度等の諸要素を考慮し、誰が当該音楽著作物の演奏をしているかを判断するのが相当。
~「枢要な行為」が侵害主体になるための必要な要件ではない。

教師の演奏行為については、Xら音楽教室事業者が演奏主体
生徒の演奏行為については、生徒自体が演奏主体

教師の演奏は、音楽教室事業者を演奏主体とする不特定の生徒に対して「聞かせることを目的」とした演奏⇒Xらは演奏権を行使している。

複製権の行使による演奏権の消尽を否定。

判例時報2519

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2022年8月11日 (木)

音楽的要素と「マツモトキヨシ」からなる音商標について「他人の氏名」を含む商標に当たらないとされた事例

知財高裁R3.8.30

<事案>
五線譜に表された音楽的要素及び「マツモトキヨシ」のカタカナで記載された歌詞の言語的要素からなる音商標の商標登録出願⇒商標法4条1項8号の「他人の氏名」を含む商標にあたるとして拒絶査定⇒拒絶査定不服審判の請求でも請求不成立の審判⇒Xがその取消しを求めた審判取消訴訟。

<規定>
商標法 第四条(商標登録を受けることができない商標)
次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない

八 他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)

商標法 第二条(定義等)
この法律で「商標」とは、人の知覚によつて認識することができるもののうち、文字、図形、記号、立体的形状若しくは色彩又はこれらの結合、音その他政令で定めるもの(以下「標章」という。)であつて、次に掲げるものをいう。
一 業として商品を生産し、証明し、又は譲渡する者がその商品について使用をするもの
二 業として役務を提供し、又は証明する者がその役務について使用をするもの(前号に掲げるものを除く。)

<解説>
●商標法4条1項8号について
商標登録を受けるためには、商標は、
①自己の業務に係る商品・役務について使用する商標であること(3条1項柱書)
②自己の商品・役務と他人の商品・役務とを識別することができるものであること(同項各号)
③商標法4条1項各号に該当しないこと
が必要。

法4条1項は、その各号において、公益的又は私益的な理由から商標登録を受けることができない商標を規定。
同項8号の「氏名」とは、自然人の氏姓及び名前、すなわちフルネームをいう。
同項8号の趣旨は、人は自らの承諾なしにその氏名、名称等を商標に使われることがないという人格的利益を保護することにある(最高裁)。

<判断>
①音商標を構成する音と同一の呼称の氏名の者が存在するとしても、取引の実状に照らし、商標登録出願時において、音商標に接した者が、普通は、音商標を構成する音から人の氏名を連想、想起するものと認められないときは、当該音は一般に人の氏名を指し示すものとして認識されるものとはいえない
本願商標について認められる取引の実情の下においては、本願商標の登録出願当時、本願商標に接した者が、本願商標の構成中の「マツモトキヨシ」という言語的要素からなる音から、通常、容易に連想、想起するのは、ドラッグストアの店名としての「マツモトキヨシ」、企業名としての株式会社マツモトキヨシなどであって、普通は、「マツモトキヨシ」と読まれる「松本清」、「松本潔」、「松本清司」等の人の氏名を連想、想起するものとは認められない。

本願商標は、「他人の氏名」を含む商標に当たるものと認めることはできない

<解説>
本判決は、商標法4条1項8号の規定が出願人の商標登録を受ける利益と人格的利益の保護との調整を図る趣旨を含んだものであることを明示し、同号の該当性について柔軟な判断の可能性を示した点において、規範的意義がある。

判例時報2519

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相手方が子を連れて海外渡航の事案での子らの監護者指定と引渡しを求めた事案

東京家裁R3.5.31

<事案>
申立人(日本国籍・母)が、夫である相手方(F国籍・父)に対し、いずれも日本国籍を有する未成年者ら(C、D、E)の監護者を申立人と定めることを求めるとともに、相手方が未成年者C及びDを連れ去った上、無断で日本国外に出国した⇒未成年者両名の引渡しを求めた。

<判断>
申立人の各申立てを認容。

<規定>
民法 第七六六条(離婚後の子の監護に関する事項の定め等)
父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者、父又は母と子との面会及びその他の交流、子の監護に要する費用の分担その他の子の監護について必要な事項は、その協議で定める。この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならない。
2前項の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が、同項の事項を定める。
3家庭裁判所は、必要があると認めるときは、前二項の規定による定めを変更し、その他子の監護について相当な処分を命ずることができる。
4前三項の規定によっては、監護の範囲外では、父母の権利義務に変更を生じない。

<解説>
●子の監護者の指定及び引渡しの判断の際の考慮要素
家裁は、民法766条1項の「子の監護について必要な事項」として、子の監護者の指定のほか、子の引渡し等も定めることができ、この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならない。
子の監護者の指定及び引渡しの事案で、子の利益に合致するかを判断する際の考慮要素:
①乳幼児期における「主たる監護者」
②監護環境の変化
③子の意思
④面会交流の許容性
⑤きょうだい不分離
⑥監護開始の態様等

審判例:
過去の監護実績をまず確定し、現在の監護状況や子の意思、互いの監護能力や監護態勢等をも考慮し、子の福祉の観点から、父母のいずれを監護者とするのが適当かという検討がされる傾向。

主たる監護者と継続性の判断:
育児にかけた時間や世話の料だけを問題とするのであなく、
子と主たる監護者との精神的な親和関係が形成されていることが前提となっており、
子の発達状況や監護者との精神的な関係性を個別の事案に応じて具体的に検討することが必要。

監護開始の態様:
法律や社会規範を無視するような態様で監護が開始されたことは、監護者としての適格性に疑義を生じさせる一要素となり得るもの⇒そのような要素も踏まえて判断される。

●本審判について
本審判は日本国内において効力を有するが、未成年者C及びDは日本国外にいる⇒申立人のとり得る家事事件等の手続としては、
未成年者両名が所在する国において、本審判を外国裁判として承認を求めて執行することや、
未成年者両名が所在する国が国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約(ハーグ条約)の締約国であれば、ハーグ条約に基づく子の返還申立手続をとって、未成年者両名の日本への返還を受けた上で、本審判を執行

判例時報2519

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2022年8月10日 (水)

法定更新の場合の更新事務手数料と消費者契約法10条違反(否定事例)

東京地裁R3.1.21

<事案>
本件賃貸借は、平成26年11月22日から始まり、期間は2年で更新することができ、平成28年、平成30年に更新。
平成30年の更新は法定更新で、契約書は作成されず。
契約書には、更新の際の更新料は新賃料の1か月分、更新事務手数料は0.5か月分。
Xは、Yに対し、賃貸借契約に基づき原状回復費用および賃貸借契約更新の際に発生した約定の更新事務手数料3万9500円の支払を求めた。

<原審>
原状回復費用として2万6248円を認めたが、
法定更新の場合の更新事務手数料の条項は消費者契約法10条により無効。

法定更新の場合、合意が成立せず、更新契約書も作成されないから、更新事務手数料を支払う合理的理由がない。

<判断>
原状回復費用を2万2980円とし、
更新事務手数料の条項は法10条に違反せず有効。

本件賃貸借契約を締結した際、X及びYは、合意更新であるか法定更新であるかを問わず、本件賃貸借契約を更新する場合には更新料及び更新事務手数料を支払う旨を、一義的かつ具体的に記載された契約を取り交わすことにより合意したものと認められ、そのことは、その後に合意更新した際にも同様
更新料および更新事務手数料の額について、いずれも本件賃貸借契約の賃料額や賃貸借契約が更新される期間に照らして高額に過ぎるという事情は認められない。

<解説>
●更新料条項についての裁判例:
法10条の該当を肯定する例と否定する例があった。

最高裁H23.7.15:
更新料条項の法10条後段該当性について、
賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料条項は、更新料の額が賃料の額、賃貸借駅訳が更新される期間等に照らして高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り、法10条に該当するものではない。

賃貸借における敷引特約についての法10条後段該当性について、敷引金の額が高額に過ぎると評価することはできず、法10条により無効であるとはいえないとする最高裁H23.3.24の判断枠組みと同じ。

上記更新料判決:
更新料が、一般に、賃料の補充ないし前払、賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有する・・・。更新料条項が賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載され、賃借人と賃貸人との間に、更新料条項に関する情報の質及び量並びに交渉力について、看過し得ないほどの格差が存すると見ることもできない

●法定更新の場合の更新料・更新事務手数料

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民法811条6項の死後離縁緒申立ての許可の要件

大阪高裁R3.3.30

<事案>
抗告人(原審申立人)が亡Eと婚姻
亡Iが抗告人及び亡Eとの間の長女Fと婚姻
その後に抗告人及び亡Eが亡Iと養子縁組
抗告人及び及び亡Eとの間の二女Gの子である利害関係人参加人が親権者父母の代諾により、亡I及びFと養子縁組
その後に亡Iが死亡し、更に亡Eが死亡

抗告人が利害関係参加人を抗告人の推定代襲相続人の地位にとどめたくないとの意思⇒抗告人と亡Iとの養子縁組の解消を求めて、死後離縁を申立てた。

<原審>
本件申立ては、推定相続人廃除の手続によらずに利害関係参加人から推定代襲相続人の地位を失わしめる目的、すなわち推定相続に廃除の手続を潜脱する目的でなされた恣意的なもの
⇒死後離縁を認めなかった。

<判断>
養子縁組は、養親と養子の個人的関係を中核とするもの⇒家裁は、死後離縁の申立てが生存養親又は養子の真意に基づくものである限り、原則としてこれを許可すべきであるが、
離縁により養子の未成年の子が養親から扶養を受けられず生活に困窮することとなるなど、当該申立てについて社会通念上容認し得ない事情がある場合には、これを許可すべきではない。

本件申立ては、抗告人の真意に基づくものと認められる⇒社会通念上認容し得ない事情があるかについて検討。
①利害関係相続人は、既に大学を卒業して就労実績もある上、亡I及び亡Eから多額の遺産を相続している⇒抗告人の代襲相続人の地位を喪失することとなったとしても、生活に困窮するんどの事情はおよそ認められない。
②抗告人と利害関係参加人との関係は著しく悪化している。

利害関係参加人が抗告人の代襲相続人の地位を失うこととなることを踏まえても、本件申立てについて、社会通念上容認し得ない事情があるということはできない。

<解説>
死後離縁の法的性質
A:離縁説
B:当事者の死亡によって本来解消しないはずの法的血族関係を一方的に解消させる意思表示と解する「法定血族関係説」
現行法はB説に依拠。

離縁の前提となる普通養子縁組の意思表示:
A:形式的意思説:縁組意思を創設的身分行為における届出意思ととらえた解釈論

縁組の意思の具体的内容は、個々の縁組における当事者の目的、生活関係などによって異なり、一義的に定められるものではなく、縁組の意思の存否について判断基準を定めることが困難。
B:実質的意思説(最高裁)
専ら節税のための養子縁組と民法802条1号にいう「当事者間に縁組をする意思がないとき」について最高裁H29.1.31:
養子縁組は、嫡出親子関係を創設するものであり、養子は養親の相続人となるところ、養子縁組をすることによる相続税の節税効果は、相続人の数が増加することに伴い、遺産に係る基礎控除額を相続人の数に応じて算出するものとするなどの相続税法の規定によって発生し得るもの。
相続税の節税のために養子縁組をすることは、このような節税効果を発生させることを動機として養子縁組をするものにほかならない⇒相続税の節税の動機と縁組をする意思とは、併存し得る
⇒専ら相続税の節税のため養子縁組をする場合であっても、直ちに当該養子縁組について民法802条1号にいう「当事者間に縁組をする意思がないとき」に当たるとすることはできない。

民法 第八〇二条(縁組の無効)
縁組は、次に掲げる場合に限り、無効とする。
一 人違いその他の事由によって当事者間に縁組をする意思がないとき
二 当事者が縁組の届出をしないとき。ただし、その届出が第七百九十九条において準用する第七百三十九条第二項に定める方式を欠くだけであるときは、縁組は、そのためにその効力を妨げられない。

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2022年8月 6日 (土)

ガソリンスタンドへの車両乗入口の傾斜⇒車体底部が路面に接触⇒通常有すべき安全性が争われた(否定事例)

名古屋高裁R3.2.26

<請求>
主位的に、
Y1(名古屋市)に対しては本家乗入口の管理の瑕疵があったとして国賠法2条1項に基づき、
Y2(本件ガソリンスタンドの所有者)に対しては不法行為に基づき、
予備的に、
Y2に対しては債務不履行(民法415条)に基づき、
物的損害賠償金(69万5595円)及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。

・・・車両が本件道路から本件乗入口に正面から侵入する際には車両前部がいったん下がった後に急勾配のすりつけ部を超えなければならないため車両底面が接触してしまう構造になっている⇒本件乗入口は、車両侵入口として通常有すべき安全性を欠いている。

<解説 ・判断>
● 本件乗入口のような土地の工作物が通常有すべき安全性を欠いているために損害が発生した場合において、損害賠償責任を追求する根拠:
道路等の営造物⇒その設置又は管理の瑕疵を理由とする国賠法2条1項に基づく損害賠償
公の営造物以外⇒土地の工作物の設置又は保存の瑕疵を理由とする民法717条に基づく損害賠償請求
国賠法2条1項の「瑕疵」と民法717条1項の「瑕疵」は、通常有すべき安全性を欠いていることを意味する点で同じ
本件乗入口は、Y2が設置(工事)したが、設置後は道路(歩道)の一部となる⇒本件事故当時、Y2は本件乗入口の占有者又は所有者ではないという考え?

本判決:Y2の不法行為責任の根拠条文を709条とし、瑕疵ある乗入口を設置したことについての過失責任を問うものと整理。

● 道路の設置又は管理に関する法令:道路法、道路法石膏令、道路構造令等
道路の設置又は管理の瑕疵の有無は、道路管理者がこれらの法令を遵守していたか否かによって決められるものではないが、一応の基準とはなり得るとされる。
X:本件乗入口の勾配が本件承認の条件において従うこととされていた構造図を3.3%以上上回っていた⇒通常有すべき安全性を欠く。
vs.
本判決が是認する原判決:
同構造図が依拠したY1の指針及び国土交通省の通知の趣旨は歩行者等の安全、とりわけ高齢者や身体障害者の安全への配慮⇒基準を3.3%上回ることのみから本件乗入口を通行する車両にとって直ちに通常有すべき安全性を欠くものとは認められない。

道路の構造等に関して一定の基準を定める法規あるいは行政規則(指針、通知等)は、それぞれ基準を定めた趣旨・目的がある⇒道路の構造が形式的に当該基準に反していることのみを根拠として瑕疵があるとはいえない。

● 本判決(及び原判決):
本件乗入口が車種、走行条件によっては車体底部が道路に接触し得る構造であることは否定していない。
公の営造物ないし土地の工作物に安全確保のための基準違反があるとはいえない場合に、瑕疵の有無を判断する手法として同様の事故が起こる頻度や生じる損害の程度を考慮するという方法を採用したものと思われる。
①本件乗入口は、それまで相当な期間にわたり様々な車種の車両が侵入・退出したが、本件のX車両以外に同様の事故が生じたことを示す証拠は提出されていない
②Y1への同様の苦情があったという事実も認められない
③本件のX車両の事故は車両底部に擦過痕を生じさせる程度の軽微なもの
本件乗入口の瑕疵は認定されなかった

● 原審:多くの車両運転者は相応の注意を払って本件のような事故を回避している
X:不可能な注意義務を課すものと批判
本判決:本件乗入口への侵入に際し道交法上の注意義務(=車両運転者は、本件乗入口から歩道を横断して本件スタンドに侵入する際、本件乗入口に入る直前で一時停止した上で当該車両のハンドル等を確実に操作し、かつ、道路、交通及び当該車両等の状況に応じて他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならないという義務(道交法17条2項、70条))を適切に履行すれば車体の接触が回避可能

本件乗入口が車種、走行等の条件によっては車体が接触し得る構造⇒その意味でそこに欠陥があったことを完全には否定できない。
but
それにより生ずることがある損害は軽微なものでしかなく、かつ、
多くの運転者が道交法乗の注意義務を適切に履行して、そういう損害の発生を回避できている

全体として瑕疵が否定される。

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普通河川の敷地の占有に関する不許可処分の取消請求(肯定事例)

東京高裁R3.4.21

<事案>
X:太陽光エネルギーによる発電事業等を目的とする合同会社。
Y:静岡県伊東市
Xは、本件事業の中で、伊東市普通河川条例4条1項2号の規定に基づきYが管理する普通河川について敷地の占用の許可を求める2つの申請⇒Yの市長が2つの申請を許可しない旨の処分

本件各不許可処分は裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用してされたものであり、所要の処分の理由も提示されていない⇒本件各不許可処分の取消しを求めた。

<判断>
●裁量権の範囲の逸脱又は裁量権の濫用について
Yの定める普通河川条例には、河川の敷地の占有を行うにはY市長の許可を受けるべき旨が定められているが、普通河川条例及びこれによる委任の受けたYの定めには、許可の要件又は基準について定められたものはなかった。
普通河川が公共用物⇒その管理権の作用として特定人のために当該敷地を排他的・独占的に継続して使用する権利を特に設定する行為であるという前記の許可については、Y市長の裁量に委ねる趣旨によるものと解され、
前記の許可を求める申請に係る占有が当該普通河川についての災害の発生の防止や流水の正常な機能の維持に妨げにならない場合であっても、Y市長は必ず占用の許可をしなければならないものではなく、
普通河川条例及びこれと以上のような趣旨を共通にするものと解される河川法の目的等を勘案した裁量判断として占有を許可しないことが相当であれば、占有の許可をしないことができる。
Y市長はその許否の判断に当たり、伊東市行政手続条例の規定に従い、許可の判断についての審査基準に関して準用するとされている静岡県河川占用使用許可等事務取扱要領に定められている種々の考慮要素を考慮することも妨げられず、
そこに定められている、占用することで実現しようとする事業の公共性又は公益性の有無又はそれらの程度の評価に係る事情の1つとして当該事業に係る行為が法令又は条例の規定やこれらに基づいてされた処分等に適合するものであるか否かなども考慮することになる。
本件河川の敷地の占用の許否の判断につき、前記考慮要素に従って、Xが本件事業を遂行するために活動を始めてから本件各不許可処分がされるまでの間に生じた事実を詳細に認定し、Y市長が本件各不許可処分をしたことは裁量権の範囲の逸脱又はこれを濫用した違法はない。

●本件各不許可処分に当たってされた理由の提示
Yの定める行政手続条例には、行手法と同様の文言で、申請により求められた許認可等を拒否する処分をする場合には、申請者に対し、同時に、当該処分の理由を示さなければならないと規定。

行手法38条の規定の趣旨にのっとり定められたことが明らかにされるなどの規定ぶり⇒行手法の解釈を参考にすることができる。
理由の提示についても、いかなる事実関係に基づきいかなる法規等を適用して当該許認可等が許否されたかを申請者においてその記載自体から了知し得るものでなければならない。
本件各不許可処分においては、審査基準として準用される本件要領に定められた要素の1つに該当しないと判断した旨を説明した旨を説明したにとどまるが、
この審査基準は概括的、抽象的なものであるため、
申請者において求めた許可を拒否する基因となった事実関係を知ることはできず、また、判断の基礎となった事実関係を当然に知り得るような場合に当たるとも認め難い。
⇒理由の提示がされたものとは認め難い。

Xは、不許可に至る経緯となる事実関係自体は把握していると思われる。
but

事実を把握していることと
許認可を拒否する処分がされるに当たりその判断の基礎となった事実関係が前記の経過の中のどの事実により、かつどのように評価されたかを知ることは別個の事柄であり、
②行政手続き条例において「同時に」とされている
後の不服申立ての手続において説明が補足されても当然に治癒されるものではない。

判例時2519

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2022年8月 5日 (金)

高体連の主宰する講習会の講師としての業務中の災害と公務遂行性(肯定事例)

宇都宮地裁R3.3.31

<事案>
Xは、本件災害は、地方公務員災害補償法1条所定の「公務上の災害」に当たる⇒同法に基づく公務災害認定請求⇒公務外認定処分⇒審査請求を経由した上、その取消しを求めた。

<主張>
Y(地方公務員災害補償基金):高体連が主宰する業務は公務でないことを前提に、公務追行中の災害ではない。

<判断>
● 地方公務員の「負傷、疾病、傷害又は死亡」が地方公務員災害補償法に基づく公務災害に関する補償の対象となるためには、それが「公務上」のものであることを要し
そのための要件の1つとして、当該地方公務員が任命権者の支配管理下にある状態において当該災害で発生したこと(公務遂行性)が必要。
⇒本件においてXが関与した高体連関連業務は、XをA高等学校登山部顧問に任命したA高等学校長によって、「特に勤務することを命じられた」業務に当たるかが問題

● ・・・あくまで登山部顧問への就任を命じるものにとどまり、高体連関連業務への従事ないし関与を「特に勤務」として命じたものとは解されない。
Xが行った高体連関連業務は・・・明示的に「特に勤務」を命ずることによって行われたものであるとはいえないが、このことは黙示的な職務命令によって非公務である高体連関連業務が行われる場合があることを排除するものとは解されない


①本件講習会を主宰、主管する高体連の登山専門部の役員は、高体連の加盟校の学校長及び当該山岳部の顧問が努めており、本件講習会当時、A高等学校長及びXは役員であった
②本件講習会に生徒を引率した教員は、行使をすることが予定され、経験豊富な教員が、経験の少ない教員が引率する他行の生徒の指導に当たることで、全体として安全を確保する指導体制がとられており、他校の生徒だけを指導することも予定されていた
③4月及び5月に登山を予定している高体連加盟校は3月に開催される春山安全登山講習会を受講することが慣例化していた
④A高等学校長は前記慣例に従って、自校の生徒を本件講習会に参加させるために、顧問であるXに対して前記旅行命令を発出したこと

本件講習会は、公務としての部活動ではないものの、A高等学校の登山部の部活動の一環ないし延長線上の活動として実施されたもの。

Xは、職務命令権者であるA高等学校長から前記旅行命令を受けたのを機に、単にA高等学校と全部の生徒を引率するだけでなく、公務としてのA高等学校登山部の部活動に密接に関連する本件講習会に講師として参加し、他校の生徒に対しても当然に指導を行うことにつき、黙示的な職務命令を受けていたものと認めるのが相当。
公務遂行性及び公務起因性の要件を満たし、公務外認定処分は違法であるとして、本件請求を認容

判例時報2518

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出生届未了の子が母(フィリピン国籍)の元夫である相手方(日本国籍)に対して申立て嫡出否認の調停⇒合意に相当する審判の事例。

東京家裁R3.1.4

<事案>
申立人の母:フィリピン国籍
相手方:日本国籍

<規定>
法適用通則法 第二八条(嫡出である子の親子関係の成立)
夫婦の一方の本国法で子の出生の当時におけるものにより子が嫡出となるべきときは、その子は、嫡出である子とする。
2夫が子の出生前に死亡したときは、その死亡の当時における夫の本国法を前項の夫の本国法とみなす。

<判断・解説>
●嫡出否認調停を子の側から申し立てることの可否
申立人は、相手方の本国法である日本法において、民法772条によって相手方の子と推定される。
日本法では、嫡出であることを否認できるのは、父のみであり(民法774条)、子又は親権を行う母に対する嫡出否認の訴えによってなされる(民法775条)。
嫡出否認の訴えは、夫が子の出生を知った時から1年以内に提起しなくてはならない(民法777条)。
but
子からの申立てによる嫡出否認の調停において合意に相当する審判をすることを肯定した裁判例(札幌家裁)があり、学説上も、子又は親権を行う母にも申立権を認める見解

本審判:「合意に相当する審判は当事者間に申立ての趣旨のとおりの審判を受けることについて合意が成立していることが要件とされており(家事事件手続法27条1項1号)、人事訴訟において嫡出否認が大なわれる場合とは異なって、相手方においても嫡出否認を求める意向を有していなければ行えないものである」と説示し、子からの嫡出否認を認める札幌家裁と同様の結論。

●フィリピン法における嫡出否認
◎フィリピン法の概要

◎フィリピン法における嫡出否認訴訟の否認権者、否認権行使期間
法適用通則法28条は、嫡出否認の問題にも適用されるとされており、嫡出の否認が許されるか否か、否認権者、嫡出否認の方法、否認権の喪失、否認権の行使期間などは、いずれも同条が定める準拠法による。
否認権者や否認権行使期間についても検討すべき

◎フィリピン法で出訴権者とされていない子から夫への嫡出否認調停の可否
一般に渉外的な実親子関係の成立に関する事件について、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められる場合には、合意に相当する審判の可否は手続上の問題ととらえ、「手続は法廷地法による」の原則により、法廷地法である日本法に基づいて調停において合意に相当する審判ができると解されている。
外国法が準拠法となる事案において、当該準拠法が嫡出否認の否認権者を夫に限定している場合において、日本法と同様に、子から夫に対して申し立てられた嫡出否認の調停において合意に相当する審判を行えるか?
これを肯定したもの(東京家裁)

本審判:
フィリピン法上否認権者とされていない子からの申立てであることについて、「手続は法廷地法による」との国際私法上の原則により、相手方において申立人が嫡出子であることを否認することを希望する意思を示している本件では、この要件も満たされているというべき。

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2022年8月 2日 (火)

道路の対面信号の設置・管理の瑕疵(肯定事例)

神戸地裁R3.6.25

<事案>
K字型変形交差点で発生したX2運転の自動車(原告所有)とY2所有、Y3運転の自動車(被告車)との間の事故に関し、X2及びその妻のX3が、本件交差点に接続する2つの道路の対面信号機が共に一定時間青色表示となるように設定されていた⇒本件信号機の設置・管理に瑕疵がある⇒Y1(兵庫県)に対し、国賠法2条に基づき、損害賠償を請求すると共に、
Y3について民法709条、Y2について自賠法3条に基づいて、損害賠償を請求。
(なお、X2に療養補償給付を支給した地方公務員災害補償基金であるX1の代位取得した損害賠償請求権に基づく、損害賠償請求訴訟が併合されている。)

<判断・解説>
●本件信号機の設置・管理の瑕疵
◎ 地方公共団体であるY1に属する県公安委員会が設置・管理する信号機については、公の営造物に該当。
営造物の設置又は管理の瑕疵営造物が通常有すべき安全性を欠いていること
その存否については、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して個別具体的に判断すべき。
(最高裁)

◎ 判断:
道路、特に交差点において信号機が設置されている意義:道路交通の安全と円滑を図るため
信号機が通常有すべき安全性の存否:通常人の一般的な感覚に沿う形で判断するのが相当

本件交差点に設置された本件信号機における、左折可青矢印表示と青色表示が同時に生ずる状態(青々状態)、本件信号機の規制に従った自動車の走行経路が交差する事態を招くことの危険性⇒通常有すべき安全性を欠いている。

Y1の主張:信号機の設置・管理については考案委員会に一定の裁量権があり、これを前提とし、本件交差点の形状等を考慮すれば、本件信号機には、許容されないほどの安全性の欠如(瑕疵)はない。

●X2の後遺障害
X2の右下肢についての複合性局所疼痛症候群(CRPS)の発症の有無:
明白な骨萎縮が認められない⇒CRPSの発症を否定
but
CRPSとする医師の診断も踏まえ、X2の右下肢には関節拘縮や、皮膚の変化などの他覚的所見が存する⇒局部に頑固な神経症状を残すものとして、後遺障害等級12級13号に該当。
争いのない左下肢の後遺障害(7条4号)と併合し、併合6級と判断。

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幼稚園の日照について配慮すべき義務を怠った⇒マンション建築についての損害賠償請求が肯定された事例

名古屋地裁R3.3.30

<事案>
宗教法人である原告教会、原告教会が運営する本件幼稚園の園児らである原告園児ら14名並びに本件幼稚園の園長及び教諭である原告園長ら4名らが、本件幼稚園の園庭の南側に隣接する本件土地に地上15階建ての本件マンションを建築したY1、Y1から建築工事を請け負った会社Y2を被告として、日照阻害等を主張して、本件マンションの一部の取壊し及び損害賠償を求めた。

原告らは、本件マンションの建築工事続行禁止の仮処分の申立て⇒受忍限度を超える侵害を生じさせるものではないとして、平成30年9月26日、その申立てを却下している。

(1)原告教会、原告園児らのうち9名及び原告園長らは、日照阻害等により人格権(子どもの権利)侵害が生じている⇒人格権に基づく妨害排除請求として、Y1に対し、本件マンション5階から15階までの取壊しを求め、
(2)原告園児ら及び原告園長らは、日照阻害等による人格権侵害が生じているとして、不法行為に基づき、Y1及びY2に対し、慰謝料及び弁護士費用として1名当たり110万円ずつの損害賠償を求め、
(3)原告教会は、不法行為に基づき、Y1及びY2に対し、日照阻害を緩和するために園庭の牧師館を解体・撤去した費用相当額である259万2000円の損害賠償を求めた。

<判断>
上記(3)の一部を認容し、原告らのその余の請求をいずれも棄却した。

●原告園児らの建物取壊請求及び損害賠償請求(上記(1)(2))
①本件マンションの建築に当たりY1が行った本件幼稚園の関係者との協議は、名古屋市中高層建築物の建築に係る紛争の予防及び調整等に関する条例の趣旨に沿わないものであったこと、
②Y1が行った日照阻害の緩和策によっても、本件幼稚園における午後のクラス活動(園庭における外遊びが1番多く設定されていた)について、少なくとも半年程度は園庭全体が日影の影響で保育を実施せざるを得ない状態となり、園児らが園庭において伸び伸びと遊べる環境を著しく阻害したこと
を認めた。
but
牧師館の解体・撤去により午前中の日照時間がかなり確保され、園児らが本件幼稚園にいて過ごす1日を通じてみれば、園児らが園庭において日差しの下で保育を受ける環境が何とか確保されていると評価できる⇒本件マンションの建築による日影阻害は受忍限度を超えるものとまでは評価できない。
本件マンションの建築による風害、圧迫感等、幼稚園の一時移転による権利侵害、本件マンションの建築工事による権利侵害、プライバシー権の侵害についての原告らの主張は、受忍限度を超えない、あるいは権利侵害自体が認められない
⇒いずれも斥けた。

原告園長ら及び原告教会の建物取壊請求と原告園長の損害賠償請求については、園児らが受忍限度を超える権利侵害を受けていることを前提とする請求
⇒その前提が認められない以上、理由がない。

●原告教会の損害賠償請求(上記(3))
①Y1は、日照阻害が園児らに与える影響を園児らの立場に立って最も考えることができる原告園長らの意見を聴くなどして、本件幼稚園における保育のカリキュラムに与える影響度合いなどの検討を十分にすることなく本件マンションを建築することを決めた
本件幼稚園の日照について配慮すべき義務を十分に尽くすことを怠った
②それにより原告教会に牧師館の解体・撤去の費用を負担させるという損害を被らせた。

Y1に対する損害賠償請求を認容。
Y1が設計した本件マンションの建築を請け負っただけであるY2に対する損害賠償請求は、理由がない。

<解説>
原告園児らの建物取壊請求及び損害賠償請求に関する部分については、児童権利条約、児福法及び学教法の関連規定の趣旨等を、日照阻害等が受忍限度を超えるか否かの判断に際して考慮事項とすべきとしている。

保育園での日照被害を理由とする保育園児による損害賠償請求の認容裁判例(判時:832)
保育所での日照被害を理由とする保育所児童らによるマンション建築工事中止仮処分申立てが一部認容された裁判例(判時:1448)

中高層建築物の建築主等は、幼稚園等の教育施設や児童福祉施設に日影となる部分を生じさせる場合には、日影の影響について特に配慮し、当該中高層建築物の建築の計画について、当該施設の設置者と協議しなければならないと規定する中高層建築物紛争予防条例7条の規定。

判例時報2518

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