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2022年7月17日 (日)

電子連動装置の設置にともなう訓練中の事故について、鉄道会社の鉄道部運輸課長および運転管理者であった者の業務上過失傷害(否定)

京都地裁R3.3.8

<事案>
軌道事業等を行とするA社の鉄道部運輸課長および運転管理者として、A社d事務所に勤務しA社の運輸営業等に関する事項を統括し、電車の運行等を管理する業務に従事していた被告人が、本件訓練中に過失により無遮断状態の踏切に電車を侵入させ、乗用車で同踏切に侵入した被害者に傷害を負わせたとされる業務上過失傷害被告事件。

<主張>
検察官:
被告人には「手動による踏切操作における人為的ミスを含む何らかの原因で遮断機が下りないことにより、踏切を通過する電車と車両とが衝突すること」について予見可能性があり、結果回避義務違反もある。

<判断>
過失犯において行為者に過失責任を問うためには、具体的な結果発生の予見が可能であることを要するものの、
これは結果発生に至る因果経過の細部にわたって予見が可能である必要はなく、その基本的部分について予見が可能であれば足りる。
具体的な結果発生の予見が可能であれば過失責任を問うことができるという根拠は、行為者においてそのような予見可能性があれば、結果回避措置をとることを期待でき、それにもかかわらずこれをとらなかったことに責任非難が向けられる、という点にある。

予見可能性の対象となる因果経過の基本的部分というのも、その予見可能性があれば結果回避措置をとることを期待でき、それにもかかわらずこれをとらなかったことに責任非難が向けられるという点にある。
but
検察官が主張するような予見可能性では、踏切付近に従業員を配置するなど、期待しがたい過大な義務を課すことになっていしまう。
前記基本的部分とは、電子電動装置の仕組みによって踏切が遮断されないこと、というのでなければならないが、被告人にその予見が可能であったとは認められない。

<解説>

第1の可能性:
実際に被害者の負傷への現実化した危険を「何らかの原因で遮断機が下りないこと」と抽象的に把握したうえ、このよな抽象的な危険に対処すべき注意義務(結果回避義務)の違反を問題にすること。
vs.
被告人の予見可能性を容易に肯定
but
注意義務の内容が過大なものとなりがち。

第2の可能性:
実際に被害者の負傷への現実化した危険を具体的に、電子電動装置の仕組みによって踏切が遮断されないことと把握した上、このような具体的な危険に対処すべき注意義務の違反を問題とする。

最高裁H29.6.12(福知山線列車脱線転覆事故事件):
「運転士がひとたび大幅な速度超過をすれば」という抽象的な危険に対処すべく、曲線へのATS整備を一律に義務付けるのは過大。
一方、管内に2000か所以上も存在する同種曲線の中から、とくに列車脱線転覆事故が発生した曲線を危険性が高い(したがって、ATSを整備すべき)ものとして認識できたとは認められない。


「因果経過の基本的部分の予見可能性」とは、注意義務違反が認められることを前提としたうえで、実際にたどられた因果経過と被告人が予見しえた因果経過とが齟齬する場合に用いられてきた観念。
危惧感説を批判するのであれば、特定の結果回避義務に結びつかない漠然としたリスクを問題にしても始まらない点を指弾すべきであり、因果経過のみを取り出して基本的部分とそれ以外の部分に分けるという作業にはあまり意味がない。

注意義務違反の存否が問題となっている本件において、この観念を用いる本判決はやや特殊な用語法に従っている。

判例時報2516

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP

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