時計原画の著作物性(否定事例)
大阪地裁R3.6.24
<事案>
原画の著作権を有するXが、時計製品(「Y製品」)を販売するYに対して、Y製品の販売行為は本件原画に係るXの著作権を侵害⇒Y製品の頒布差止め及び廃棄、並びに著作権侵害の不法行為に基づく損害賠償等を請求した事案。
Xは、本件原画を時計として商品化して販売している(「X製品」)。
<争点>
①本件原画の著作物性
②Y製品の複製該当性
③損害の発生及び損害額
<規定>
著作権法 第二条(定義)
この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
<判断>
●応用美術のの著作物性について:
本件原画は、一般向けの販売を目的とする時計のデザインを記載した原画であり、それ自体の鑑賞を目的としたものではなく、現に、Xは、本件原画に基づき商品化されたX製品を量産して販売している。
⇒本件原画は、実用に供する目的で制作されたものであり、いわゆる応用美術に当たる。
応用美術のうち、美術工芸品に当たらないものが「美術の著作物」に該当するかどうかについては、明文の規定はない。
but
法2条1項1号の「著作物」の定義によれば、「美術の著作物」は、実用目的を有しない純粋美術及び美術工芸品に限定されるべきものではない。
すなわち、実用目的で量産される応用美術であっても、実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握できるものについては、純粋美術の著作物と客観的に同一なものとみることができる。
⇒当該部分は美術の著作物として保護されるべき。
他方で、
実用目的の応用美術のうち、実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握することができないものについては、純粋美術の著作物と客観的に同一なものとみることはできない。
⇒美術の著作物として保護されない。
●本件原画が著作物と認められるか
否定
各数字の外周側に円弧上の枠が設けられていない部分は、デザインの観点から目を引く部分と見ることも可能。
but
・・・・上記枠の設けられていない部分に他の部分と同様に枠を設けた場合、10の桁を示す「1」の部分がそれぞれ円弧上の枠と干渉して数字を読み取り難くなり、時間の把握という時計の実用目的を部分的にであれ損なうことになる
⇒当該部分のデザインについても、時計の実用目的に必要な構成と分離して美的鑑賞の対象となるような美的特性を備えている部分として把握することはできない。
<検討>
● 本件原画は、一般向けの販売を目的とする時計のデザインを記載した原画⇒原画のいかなる側面に著作権性を認めるかが問題。
❶原画の有する絵画的な表現形式における著作物性
❷学術的な性質を有する図画の著作物としての著作物性
❸観念的に存在している描画対象物の著作物性
本件:原画に表現された時計の形態が検討対象⇒❸の観念的に存在している描画対象物の著作物性が問題。
❶について問題となった例:
「子どもの知能を発展させる練習用著」と称する白黒のデザイン画につき、絵画的な表現形式に基づき創作性がある旨の原告の主張に関して、幼児用著である被告各商品からは「表現形式上の本質的特徴は感得することができない」として裁判例。l
❷については、いわゆる「設計図」の著作物性に関しての議論。
描画対象物が大量生産される実用品であって著作物に当たらないことを前提に、工業製品の設計図としての表現方法に創作性が認められないことから、什器等の設計図の著作物性を否定した裁判例。
~
機械・工業製品の設計図の著作物性判断においては作図方法における表現上の創作性のみを対象とすることを明らかにしたといえ、現在に至る規範を示した。
●「応用美術」の論点
応用美術(著作権法にはない):実用に供され、あるいは、産業用利用される美的な創作物
応用美術の著作物性を肯定するには、「実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握できる」ことを求める立場(知財高裁H27.4.14)が有力。
~「分離可能性」説
⇒
「実用目的」や「(それ)に必要な構成」をどのように把握するのかが問題。
広く把握⇒著作物性が否定されやすくなる。
本判決は、実用目的として、
「針の位置により時間を表示する」(時計の把握)
「数字の見易さ及び時計としての使用に耐える一定の強度の実現」
に言及
⇒抽象的に描画対象物が「時計」であるとするにとどまらず、より具体的に使用目的をとらえている。
「各数字の外周側に円弧状の枠が設けられていない部分」について「時計の把握という時計の実用目的を部分的にであれ損なうことになる」としているが、
デザイン上目を惹く部分であり、実用目的に「必要な構成」といえるかどうかについては異なる立場も考えられる。
「使用されている数字のフォントや円盤上部の大きさ」についても実用目的に「必要な構成」だえるとしているが、むしろ「創作的」かどうか(ありふれた表現かどうか)という観点からの判断もあり得たと思われる。
知財高裁R3.12.8は、滑り台のタコの頭部を模した部分のうち天蓋部分につき、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して把握できるとしたうえで、ありふれたものとして著作物性を否定した。
判例時報2517
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