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2022年7月

2022年7月31日 (日)

セクハラ被害の大学設置者への申告に対する損害賠償請求(否定)

横浜地裁R2.12.18

<事案>
補助参加人Zの設置する大学の男性教授であったXが、本件大学の女子学生であったYに対し、Yは、Xからキャンパス・ハラスメントを受けたとして、虚偽の内容又は誇張した内容の被害申告をZに対して行い、同時にされた他の学生9名による同様の内容の被害申告を首謀又は主導し、その結果、ZがXを教授から准教授に降格するとの懲戒処分⇒不法行為に基づく損害賠償請求。

<争点>
①Yは虚偽の内容又は誇張した内容の被害申告を行い、同時にされた本件大学の他の学生9名による同様の内容の被害申告を首謀又は主導したか
②Yの行為と本件降格処分との間に相当因果関係があるか
③Xの損害

<判断>
Yによる被害申告について、虚偽又は誇張した申告をしたり、他の学生による同様の被害申告を首謀又は主導したりしたとは認められず、
本件降格処分の理由とされたXの非違行為はYの被害申告に係るもの以外にも多数に及び、Yの行為とXが受けた本件降格処分との間には相当因果関係を肯定することもできない。

判例時報2518

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調停調書に基づく面会交流について間接強制が認められなかった事例

大阪高裁R3.8.2

<事案>
面会交流調停:
毎月第3土曜日の午前10時から午後6時まで相手方と面会交流させることを内容とする調停成立。その後、間接強制の申立て。

<原審>
相手方と未成年者らを面会交流させるよう命じるとともに、
その不履行につき未成年者1人当たり1回4万円を支払うよう命じる決定。

<解説>
●面会交流と間接強制について
・・・調停調書に面会交流の日時又は頻度、各回の面会交流時間の長さ、未成年者の引渡しの方法等が具体的に定められているなど監護親がなすべき給付の特定に欠けるところがない⇒間接強制を許さない旨の合意が存在するなどの特段の事情がない限り、前記調停調書に基づき監護親に対し間接強制決定をすることができる(最高裁)

●執行裁判所における判断
◎ 民執法は、執行の円滑かつ迅速な進行のため、強制執行手続を判決手続等から組織的に分離し、執行機関は、原則として強制執行を不当ならしめる実態法上の事由の有無については判断しない。

最高裁:
面会交流に関する審判等の債務名義が、子の心情等を踏まえて作成されている⇒その後に子が面会交流を拒絶する意思を示すなどの異なった状況が生じた場合であっても、これにより新たな面会交流条項を定めるための再調停や審判の申立てをすることはともかく、当該債務名義に基づく間接強制決定をすることを妨げない。
◎ but
執行裁判所は、過酷な執行申立てについては、強制執行請求権の濫用(民法1条3項)として却下できると解されている。
間接強制について、債務名義を心理的に圧迫して給付を実現させるもの⇒債務者の人格尊重の理念に反するおそれがある。
履行不能等の事由があっても、債務者から請求異議の訴えや再調停・審判においてしかこれを主張することができないとすると、執行停止が認められない限りは、間接強制金が累積し、過酷な執行となりかねず、こうした金銭的負担は、債務者の生計を圧迫し、子の利益を害するおそれもある。

面会交流させることを命じる内容の債務名義に基づく間接強制の申立てを受理した執行裁判所においては、当事者の提出する資料等から過酷な執行申立てに当たると判断することができる場合には、当該申立を却下すべき。

<判断>
調停成立後に当事者間で行われた未成年者らと相手方との面会交流の状況やその経緯につき詳細に認定。
①新型コロナウイルス感染症の拡大がみられた社会情勢のもとにおいて当事者の合意により本件条項の定めるところから実施日時の変更やビデオ通話の方法に切り替えることなどによって適宜に面会交流が実施されてきており、本件条項に基づく面会交流が何ら実施されなかったと認められるのは令和3年4月分の1回のみ
②債務者が本件条項に定める以外にも未成年者らと相手方との直接的面会交流の場を設けてきたこと、相手方による間接強制決定の申立て後にも当事者間で未成年者らと相手方との面会交流が実施されていること等
③本件条項が面会交流の実施方法の変更につき当事者が誠実に協議する旨を定めているにもかかわらず、面会交流の実施日時や方法の変更についての相手方の対応がその趣旨に合致したものとはいえないものであった。

相手方による間接強制決定の申立てが過酷な執行申立てで、権利の濫用に当たると判断し、これを却下。

<解説>
平成25年最決以降の、面会交流の間接強制についての裁判例。
①~⑦
尚、子の引渡しを命じる審判を債務名義とする間接強制の申立てが権利の濫用に当たると判断された最高裁H31.4.26。

判例時報2518

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2022年7月30日 (土)

前訴での判断と異なる主張が信義側上許されないとされた事例

大阪高裁R2.1.31

<事案>
交差点内の自動車同士の衝突事故の加害者Aとの間で自動車保険契約及び自動車損害賠償責任保険契約を締結していた保険会社Xは、被害者Y1の後遺障害が自賠法施行令別表第2の3級3号に該当すると査定⇒Y1に対し、対人賠償保険金合計1702万3890円を、被害者請求に応じて自動車損害賠償責任保険の保険金(自賠責保険金)2219万円を、それぞれ支払った(両保険金を「本件保険金」という。合計3921万3890円)。
その後提起された前件訴訟の控訴審判決で、Y1の後遺障害が9級10号に該当すると認定された上、50%の訴因減額⇒Y1の損害額が2313万6000円と認定され、既に損害額以上の支払いを受けているとして、Y1らの請求が全部棄却され、同判決は確定。

Xは、甲事件主位的請求として
Y1及びその夫であるY2に対し、Y1及びY2が共謀の上、Y1の後遺障害が1級1号に該当すると偽った被害者請求をして、自賠責保険金を詐取したとして、共同不法行為に基づき、損害金1773万円(自賠責保険金2219万円から9級10号相応の616万円を控除した残額1603万円と弁護士費用170万円の合計額)の連帯支払を求め、
Y1に対し、Y1が、本件保険金の合計3921万3890園から前件控訴審判決において認定された損害額2313万6000円を控除した差額1607万7890円を法律上の原因なく利得したとして、悪意の不当利得に基づき、利得額から①で賠償されるべき自賠責保険金残額相当の賠償額1603万円を控除した残額4万7890円の支払を求めた。

①の共同不法行為が認められない場合の予備的請求として、
③Y1に対し、悪意の不当利得に基づき、本件保険金の合計3921万3890円から前件控訴審判決において認定された損害額2313万6000円を控除した差額1607万7890円の支払を求めた。

<争点>
Y1の後遺障害の有無・内容・程度及び損害額について、前件控訴審判決における認定・判断に反する主張をすることが許されるか?

<原審>
前件訴訟の控訴審の口頭弁論においてXがY1の行動調査に関する報告書及びDVDを提出し、その期日において弁論が終結され、判決が言い渡されており、前記行動調査の評価についてY1らにおいて攻防を尽くしたとはいえない。
⇒Y1らが少なくとも前記行動調査の評価を争いY1の後遺障害の有無・内容・程度及び損害額を争うことが信義に反し許されないとはいえない。
再度の事実認定⇒Y1の後遺障害は5級2号に該当

共同不法行為を否定し、Y1の損害は50%の訴因減額を行っても本件保険金の合計金額を超えている⇒請求棄却。

<判断>
訴訟物が異なる⇒前件訴訟の既判力は本件に及ばない
but
前件訴訟と同じく、Y1の後遺障害の有無・内容・程度及び損害額についての争いを中核とするもの
② 交通損害賠償請求事件における被害者の後遺障害の有無・内容・程度及び損害額の争点についての判断は、加害者、被害者、保険会社、自賠責保険や任意保険の保険契約者といった多くの関係者間における法律関係を規律するため、法的安定性の要請が高い

信義則に基づき、前件控訴審判決における認定・判断は最大限尊重されるべきであって、特段の事情もないのにこれを蒸し返すことは許されるべきではない。
①・・・Y1らは前件控訴審判決言渡し当時にはY1の行動調査に関する事実認定を強く争っていたものとは認められない
②証拠によっても、前件控訴審判決に事実誤認があるとは認められない
前記特段の事情があるとは認められない⇒前件控訴審判決における認定・判断に反する主張は、信義則上許されない。

前件控訴審判決の事実認定及び判断を左右すべき的確な証拠もない。

● 共同不法行為の成否:
ア:Y1が後遺障害について虚偽の申告を行い、検査においても作為をしたこと
イ:Y2がY1の日常生活状況につき内容虚偽の日常生活状況報告表を作成したこと
を違法行為として認定。
but
これらの違法行為と、
アを踏まえてされた意思による自賠責後遺障害診断書の作成、
イを踏まえてされた代理人弁護士による意見書の作成、
その後の被害者請求を受けて、損害保険料率算出機構のはんだを前提としてされたXによる後遺障害3級3号該当との判断及びこれによる自賠責保険金の支払との間には、相当因果関係が認められない
⇒共同不法行為に基づく損害賠償請求を棄却。
but
Y1の悪意の不当利得は認め、Y1に対して1607万7890円の支払を求める甲事件予備的請求を認容。

<解説>
判決の理由中の判断に既判力を認めないのが判例・通説。
既判力類似の効力についても、最高裁はこれを否定。
but
実質的に前件の蒸し返しである後訴の請求や主張は信義則上許されないとする裁判例が存在

本件:
交通損害賠償請求事件では関係者が多く法的安定性を図る要請が高いことを要素として指摘した点、信義則を根拠に主張を排斥しつつ、改めに証拠に照らして検討し、前件控訴審判決における認定・判断によるべきとした点に特色。

判例時報2518

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障害基礎年金の支給停止処分が違法とされた事案

大阪地裁R3.5.17

<事案>
Xら8名は、Ⅰ型糖尿病にり患し、国年法30条2項による委任を受けた国年法施行令別表の定める障害等級2級に該当する程度の障害の状態にある⇒障害基礎年金の裁定を受けてこれを受給⇒厚生労働大臣から、国年法36条2項本文の規定に基づく障害基礎年金の支給停止処分。
X9・・・・厚生労働大臣から支給停止処分⇒厚生労働大臣に対し、国年法施行規則35条1項本文に基づき、支給停止の解除の申請⇒支給停止を解除しない旨の処分。

Xら8名は、前記各支給停止処分の取消しを
X9は前件不解除処分の取消し及び支給停止を解除する処分の義務付けを
それぞれ求めて訴訟提起。

大阪地裁、
X8らの請求:行手法14条1項本文の理由提示の要件を欠き、違法⇒前件各支給停止処分を取り消し。
X9:前件不解除処分は行手法8条1項本文の定める理由提示の要件を欠き、違法⇒前件不解除処分を取り消す。

厚労大臣は、再度、Xら8名に対し、支給停止処分をするとともに、X9に対し、支給停止を解除しない旨の処分

本件:
X9:支給停止を解除する処分の義務付けを求めるとともに、支給停止解除事由があるなどの理由により、本件不解除処分は違法⇒行訴法19条に基づき、本件不解除処分の取消しを求める訴えを、前記の義務付けの訴えに追加的に併合提起
Xら8名:本件各支給停止処分は支給停止事由を欠く⇒その取消しを求める事案。

<判断>
●支給停止処分の要件
国年法36条2項本文:
「障害基礎年金は、受給権者が障害等級に該当する程度の障害の状態に該当しなくなったときは、その障害の状態に該当しない間、その支給を停止する。」
支給停止処分をするためには、一定の時点において、受給権者が障害等級に該当する程度の障害の状態に該当しないことを要し、かつこれで足りる。

●糖尿病による障害が2級に該当する程度の障害に該当するか否かの判断方法
国民年金・厚生年金保険障害認定基準(障害認定基準)

受給権者の糖尿病による障害が2級に該当する程度の障害の状態に該当するか否かを判断するに当たっては、当該障害が少なくとも3級に該当する程度の障害の状態であることを確認した上で、症状、検査成績及び具体的な日常生活状況を中心に、その他合併症の有無及びその程度、代謝のコントロール状態、治療及び症状の経過等を総合考慮して、受給権者の身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が、日常生活が著しい制限を受けるか、又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のものであり、換言すれば、必ずしも他人の助けを借りる必要はないものの、独力での日常生活が極めて困難で、労働により収入を得ることができない程度のものに当たるか否かを認定判断すべきであるものと解される。

受給権者が従事し得る労働の内容及び程度には幅がある
「労働により収入を得ることができない」というのは、文字通り心身が労働に耐えられない場合に限定して解釈することは妥当ではない。
就労条件等に特段の配慮がされたことによって労働することができたといえる場合や、病状等に照らして労働を差し控えるのが相当であると考えられるのに就労しているとみられるような場合など、例外的な事情がある場合まで形式的に除外することは相当とは考え難い。

●Xらについての検討
X5の障害の状態は、2級に該当する程度に至っていなかったものとは認められない。
その余のX:2級に該当する程度の障害の状態にあるとは認められない。

判例時報2518

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2022年7月28日 (木)

詐欺罪と補助金等不正受交付罪との関係

最高裁R3.6.23

<事案>
人を欺いて補助金等又は間接補助金等の交付を受けた旨の事実について詐欺罪で公訴が提起⇒当該行為が補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律29条1項違反の罪に該当するときに、刑法246条1項を適用することの可否が問題。

<解説>
補助金等適正化法29条1項:
「偽りその他不正の手段により補助金等の交付を受け、又は間接補助金等の交付若しくは融通を受けた者は、五年以下の懲役若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。」
同法32条には両罰規定。
補助金等不正受交付罪の対象となるのは国庫金を財源とする給付に限られており、未遂犯の処罰規定はない。
補助金等不正受交付罪は不正の手段と因果関係のある受交付額について成立。

<一審・原審>
(1)補助金等不正受交付罪は、
①「偽りその他不正の手段」の範囲が詐欺罪の欺く行為より広く、
②相手方の錯誤も不要とされている一方、
③犯罪が成立する受交付金額の範囲は不正の手段と因果関係にあるものに限定されており、
両罪の構成要件は一方が他方を包摂する関係にない。
(2)補助金等不正受交付罪の立法経緯等を踏まえても、詐欺罪の構成要件を充足する場合に、重い詐欺罪の適用を否定する趣旨まで含まれているとは解されない、
(3)仮に補助金等不正受交付罪を詐欺罪の特別規定と解すると、国の補助金を不正に受給する行為は、補助金等不正受交付罪の対象とならない地方公共団体の給付金の不正受給よりも軽く処罰され、未遂罪も処罰されないことになるが、この不均衡を合理的に説明することは困難。

最高裁と同旨。

<判断>
人を欺いて補助金等又は間接補助金等の交付を受けた旨の事実について詐欺罪で公訴が提起された場合、当該行為が補助金等不正受交付罪に該当するとしても、裁判所は当該事実について刑法246条1項を適用することができる旨職権判示。

<解説>
A:立案担当者:
補助金等不正受交付罪は詐欺罪の特別規定(減刑類型)であり、詐欺罪の規定に優先して適用される

①補助金等不正受交付罪は補助金に関して詐欺罪の構成要件を包摂している
②「刑法に正条があるときは、刑法による」旨のただし書が置かれていない
③詐欺罪の要件を満たす場合であっても、罰金刑を選択し、両罰規定を適用できるようにする必要がある
④構成要件や保護法益の類似する租税犯罪と同様に考えるべき
vs.
①補助金について詐欺罪が適用できないとすれば、地方公共団体独自の財源による給付金について詐欺罪が適用され、未遂犯が成立し得ることと均衡を失する
②補助金等不正受交付罪と詐欺罪の構成要件は一方が他方を包摂する関係になく、一部が重なり合うにとどまっている
③行政刑罰法規に 「刑法に正条があるときは、刑法による」旨の規定がない場合であっても刑法が適用される場合はある
④詐欺罪を適用することができる一方、補助金等不正受交付罪を適用することもできると解すればよく、罰金刑選択や両罰規定適用の余地を残しておくために両罪を特別関係と解する必要はない
ほ脱犯等の租税犯罪について詐欺罪が成立しない理由は、租税の性格、租税法固有の体系や仕組みにある

B:詐欺罪の適用は排除されない。

判例時報2517

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2022年7月27日 (水)

時計原画の著作物性(否定事例)

大阪地裁R3.6.24

<事案>
原画の著作権を有するXが、時計製品(「Y製品」)を販売するYに対して、Y製品の販売行為は本件原画に係るXの著作権を侵害⇒Y製品の頒布差止め及び廃棄、並びに著作権侵害の不法行為に基づく損害賠償等を請求した事案。
Xは、本件原画を時計として商品化して販売している(「X製品」)。

<争点>
①本件原画の著作物性
②Y製品の複製該当性
③損害の発生及び損害額

<規定>
著作権法 第二条(定義)
この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。

<判断>
●応用美術のの著作物性について:
本件原画は、一般向けの販売を目的とする時計のデザインを記載した原画であり、それ自体の鑑賞を目的としたものではなく、現に、Xは、本件原画に基づき商品化されたX製品を量産して販売している。
本件原画は、実用に供する目的で制作されたものであり、いわゆる応用美術に当たる
応用美術のうち、美術工芸品に当たらないものが「美術の著作物」に該当するかどうかについては、明文の規定はない。
but
法2条1項1号の「著作物」の定義によれば、「美術の著作物」は、実用目的を有しない純粋美術及び美術工芸品に限定されるべきものではない。
すなわち、実用目的で量産される応用美術であっても、実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握できるものについては、純粋美術の著作物と客観的に同一なものとみることができる。
⇒当該部分は美術の著作物として保護されるべき。

他方で、
実用目的の応用美術のうち、実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握することができないものについては、純粋美術の著作物と客観的に同一なものとみることはできない
⇒美術の著作物として保護されない。

●本件原画が著作物と認められるか
否定
各数字の外周側に円弧上の枠が設けられていない部分は、デザインの観点から目を引く部分と見ることも可能。
but
・・・・上記枠の設けられていない部分に他の部分と同様に枠を設けた場合、10の桁を示す「1」の部分がそれぞれ円弧上の枠と干渉して数字を読み取り難くなり、時間の把握という時計の実用目的を部分的にであれ損なうことになる
⇒当該部分のデザインについても、時計の実用目的に必要な構成と分離して美的鑑賞の対象となるような美的特性を備えている部分として把握することはできない。

<検討>
● 本件原画は、一般向けの販売を目的とする時計のデザインを記載した原画⇒原画のいかなる側面に著作権性を認めるかが問題。
❶原画の有する絵画的な表現形式における著作物性
❷学術的な性質を有する図画の著作物としての著作物性
❸観念的に存在している描画対象物の著作物性

本件:原画に表現された時計の形態が検討対象⇒❸の観念的に存在している描画対象物の著作物性が問題。
❶について問題となった例:
「子どもの知能を発展させる練習用著」と称する白黒のデザイン画につき、絵画的な表現形式に基づき創作性がある旨の原告の主張に関して、幼児用著である被告各商品からは「表現形式上の本質的特徴は感得することができない」として裁判例。l
❷については、いわゆる「設計図」の著作物性に関しての議論。
描画対象物が大量生産される実用品であって著作物に当たらないことを前提に、工業製品の設計図としての表現方法に創作性が認められないことから、什器等の設計図の著作物性を否定した裁判例。

機械・工業製品の設計図の著作物性判断においては作図方法における表現上の創作性のみを対象とすることを明らかにしたといえ、現在に至る規範を示した。

●「応用美術」の論点
応用美術(著作権法にはない):実用に供され、あるいは、産業用利用される美的な創作物
応用美術の著作物性を肯定するには、「実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握できる」ことを求める立場(知財高裁H27.4.14)が有力。
「分離可能性」説

「実用目的」や「(それ)に必要な構成」をどのように把握するのかが問題。
広く把握⇒著作物性が否定されやすくなる。

本判決は、実用目的として、
「針の位置により時間を表示する」(時計の把握)
「数字の見易さ及び時計としての使用に耐える一定の強度の実現」
に言及
抽象的に描画対象物が「時計」であるとするにとどまらず、より具体的に使用目的をとらえている。
「各数字の外周側に円弧状の枠が設けられていない部分」について「時計の把握という時計の実用目的を部分的にであれ損なうことになる」としているが、
デザイン上目を惹く部分であり、実用目的に「必要な構成」といえるかどうかについては異なる立場も考えられる
「使用されている数字のフォントや円盤上部の大きさ」についても実用目的に「必要な構成」だえるとしているが、むしろ「創作的」かどうか(ありふれた表現かどうか)という観点からの判断もあり得たと思われる。

知財高裁R3.12.8は、滑り台のタコの頭部を模した部分のうち天蓋部分につき、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して把握できるとしたうえで、ありふれたものとして著作物性を否定した。

判例時報2517

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2022年7月25日 (月)

受給年金等の振込先口座の差押えで、不当利得返還義務が認められた事案

神戸地裁尼崎支部R3.8.2

<事案>
Xが、金融業者であるYの申立てにより、2回にわたり、年金等の振込先口座の預金債権の差押えを受け、2回目の差押えについては、民執法153条に基づく差押禁止債権の範囲変更の申立てにより差押命令の取消決定を得た。
but
1回目の差押えについては取立が完了

1回目の差押えについては、取立金の不当利得返還及び民法704条前段所定の利息の支払請求を、
2回目の差押えについては、不法行為に基づき、差押命令の取消しに要した弁護士費用の損害賠償請求を行った。

<判断>
いずれの差押えも、預金残高がごくわずかであったところに年金等が振り込まれた直後というタイミングで、その効力が発生し、ほぼ年金等の振込額のみによって構成されている状態の預金債権の全額を差し押さえる結果となったもの⇒そのような結果は、実質的に、年金等の受給権自体を差し押さえたに等しく、差押禁止の趣旨に反する違法なもの。
⇒1回目の差押えに係る取立金の受領は法律上の原因を欠いている。

Yが、各差押えを申立て時点で、前記のような差押禁止債権の属性承継に関わる事情を知っていた、あるいは、知り得たと認めるに足りる証拠はない

1回目の差押えについての悪意の受益者該当性、
2回目の差押えについての不法行為該当性
は否定。

<解説>
最高裁H10.2.10:
金融機関による、預金者に対する債権と、国民年金等が振り込まれた口座の預金債権との相殺の可否について、振り込まれた年金等は受給者の一般財産に混入し、年金等として識別できなくなっており、預金債権は差押等禁止債権の属性を承継していない
⇒相殺は許されるものとした第1審及び控訴審の判断を是認。

東京地裁H15.6.28:
①債権者が、債務者が年金を預け入れた口座の貯金債権を差し押さえた事案において、預貯金の原資が年金であることの識別・特定が可能であるときは年金自体に対する差押えと同視すべき
年金受給者が別の財産を費消して生計を立てていると推認し得る証拠がない⇒差押えが許されるということもできない。

不当利得返還請求を認め、
債権者が悪意の受益者に当たるのは訴訟提起日以後に限られる。

大阪地裁H10.9.20:
①年金受給権の給付目的を承継しない貯金債権まで差押禁止債権とすることは、法の明文の規定なく責任財産から除外される財産を認めることになり、取引の安全を害する。
②年金を原資とした貯金債権であっても、受給者が年金以外に財産を所有して生計を立てている場合などには差押えを禁止する必要はない。

不当利得返還請求及び不法行為に基づく損害賠償請求を否定。

判例時報2517

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精肉作業での事故⇒安全配慮義務違反(肯定)

横浜地裁R3.3.26

<事案>
Yの向上で就労する派遣労働者であるXが、食品加工用切断機(本件切断機)を使用した精肉業務に従事中、左環指切断などの後遺障害を負った事故(本件事故)に関し、Yに対し、安全配慮義務違反の債務不履行に基づく損害賠償を求めた事案。

<争点>
①Yの安全配慮義務違反の有無
②損害の額
③過失相殺の成否及び過失割合

<判断>
● Yの安全配慮義務違反を肯定し、Xの請求を一部認容。
● 本件切断機について、管理責任者であるAが、本件切断機を用いた特定の精肉作業(角切り作業)が行われた際、本件事態により同機の覆い(点検口カバー)が突発的に外れるなどして、内部に格納された稼働中の本件回転刃に作業中非熟練労働者が容易に触れ得る状況にあるなどの本件切断機の危険性を容易に認識し得た場合において、Y(使用者)が、労働安全衛生法等の関係法令等において要求される安全ガード等を本件切断機に設置しないまま、X(非熟練労働者)に対し、前記作業に従事させた⇒安全配慮義務違反を肯定。
・・本件切断機を使用するにあたっての事故防止策について、抽象的な危険を指摘するにとどまり、前記作業(本件事態)を踏まえた具体的な安全衛生教育を怠った⇒安全配慮義務違反を肯定。

Y(使用者)による十分な安全衛生教育を受けたとは言えないX(非熟練労働者)において、本件事故を回避することは困難
他方で、Xにおいても本件切断機の危険性を認識し得た

双方の具体的な過失割合について、Yを8割、Xを2割と認めた。

<解説>
安全配慮義務違反の有無の検討において、物的組織編制(設備の設置、機械等への安全装置の設置等)、人的組織編成(人員配置、教育体制等)の各観点からの検討が有益。

本判決:
本件切断機を使用した特定の精肉作業(角切り作業)について、
X(非熟練労働者)が従事する具体的作業内容(回収作業)やその際の姿勢、それに伴う危険性及び使用者の認識を踏まえ、前記いずれの観点からみてもYには安全配慮義務違反が肯定されるものと判断し、とりわけ、その教育体制について、Yにおいて、本件切断機についての抽象的な危険を指摘するにとどまらず、特定の精肉作業における本件事態を踏まえた具体的な安全指導を行うべきであったと判断。

判例時報2517

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2022年7月22日 (金)

家事事件手続法279条1項本文の利害関係人

大阪高裁R3.3.12

<事案>
異議対象審判事件の申立人である子(「本件子」)が、本件審判事件の相手方である戸籍上の父を相手として、大阪家裁に対し、本件子と本件父との間に親子関係が存在しないことを確認することを求める調停を申立てた⇒家事手続法277条に基づき、本件子と本件父との間に親子関係が存在しないことを確認する旨の審判⇒Xが、家事手続法279条1項本文に基づき、本件審判の利害関係人として、本件審判に対して異議を申し立てた⇒原審裁判所は、Xは家事手続法279条1項本文所定の利害関係人には当たらないとして、当該意義の申立てを却下する旨の審判⇒即時抗告。

<判断>
家事手続法279条1項本文の利害関係人とは、法律上の利害関係を有する者をいうと解されるが、
家事手続法277条に基づく審判が対世効を有する審判により直接民分関係に何らかの変動が生ずる者に限られず、当該審判によって変動する身分関係を前提として、自らの身分関係に変動を生ずる蓋然性のある者も含まれる。

①母には、本件父とX以外に、平成28年当時性交渉をした男性がいる事実は認められない
②本件子と本件父との間に父子関係がある確率は0%である旨の鑑定書が存在
③本件合意書(本件父との間で不貞行為を認めた合意書)を作成したり、母から認知及び養育費の支払に係る法的手続を申し立てる旨の予告を受けている
本件審判が確定することにより、Xは、母から認知請求を受け、本件子との親子関係が形成され、さらには、母から養育費の請求を受け、養育費の支払義務が形成される蓋然性がある。

Xは、本件審判に関し、法律上の利害関係を有すると認めることが相当。

<解説>
合意に相当する審判:
家事調停の申立てに始まり、家事調停の手続を進めつつ、必要な合意と事実の調査を経て、最終的に審判の形式でされるが、異議の申立てにより原則としてその効力を失う。

判例時報2517

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事業用大型貨物自動車の走行中にエンジンから出火⇒製造物責任を肯定した事例

大阪高裁R3.4.28

<事案>
運送会社であるX1が、Y1の製造した事業用大型貨物自動車(本件車両)を、Y2から購入して使用⇒本件車両走行中にそのエンジンから出火し、本件車両及び積み荷が全焼するという事故(本件事故)が発生。

X1が、
Y1に対しては、不法行為責任又は製造物責任に基づき、
Y2に対しては、瑕疵担保責任又は債務不履行責任に基づき、
損害賠償金の支払を求め、
X2が、X1との間の共済契約に基づきX1のYらに対する損害賠償請求権を保険代位により取得⇒Yらに対し支払済みの保険金相当額の支払を請求。

<1審>
本件車両に欠陥があったとは認められない⇒Xらの請求をいずれも棄却

<判断>

①自動車のエンジンについては、使用者に、エンジンオイルが不足・劣化することのないよう日常的な点検整備や定期的な部品の交換等が求められるが、それを超えて、エンジンを解体してその内部まで点検整備することまでは予定されていない。
②エンジンから発生する車両火災は、一般的には、点検整備の未実施によるエンジンオイルの劣化に起因するものが多いと考えられるとされる一方で、その原因の特定に至らない場合も多いとされており、その中には設計・製造上の欠陥によるものも含まれていると考えられる
③事業用大型貨物自動車は、その特性からして、相当程度長期間にわたり高度の安全性が確保されることが求められるというべき
④車両のエンジンは、多数の部品から構成され、科学的・技術的に高度で複雑な構造を有するものであること

エンジンから発生した車両火災である本件事故においては、Xらにおいて、X1が本件車両の納車から本件事故の発生までの間、通常予想される形態で本件車両を使用しており、また、その間の本件車両の点検整備にも、本件事故の原因となる程度のエンジンオイルの不足・劣化が生じるような不備がなかったことを主張・立証した場合には、本件車両に欠陥があったものと推定され、それ以上に、Xらにおいてエンジンの中の欠陥の部位やその態様等を特定した上で、事故が発生するに至った科学的機序まで主張立証する必要はないと解するのが、製造物の欠陥に起因する事故について、被害者の保護を図ろうとした製造物責任法の趣旨・目的に沿う。

X1の使用形態や、日常の点検整備の状況を詳細に認定
これらに問題があったとするYらの主張を検討

X1は本件車両の納車から本件事故の発生までの間、通常予想される形態で本件車両を使用しており、また、その間の本件車両の点検整備に、本件事故の原因となる程度のエンジンオイルの不足・劣化が生じるような不備がなかったと認められる

本件車両には欠陥があったものと推定される。

Yらによって、これを覆すに足りる立証がされているということはできない

本件車両に欠陥があったものと認定し、製造業者であるY1は製造物責任法3条に基づく賠償責任を負う。

●XのY2に対する請求:
製造物責任法の適用がない⇒前記のような推定が及ばない。
本件において、Xの主張するコンロッドの強度不足という瑕疵があったこと、又は、Y2に債務不履行があったことの立証がされたとは認められない。

<解説>
製造物の欠陥:
製造物が通常有すべき安全性を欠いていること

欠陥の有無の判断について:
当該製造物の特性、その通常予見される使用形態、その製造業者等が当該製造物を引き渡した時期その他の当該製造物に係る事情を考慮して判断されるべき。
(法2条2項)

欠陥の存在については、被害者側が主張・立証を負う
but
当該製造物のどの部分ないし部品にどのような欠陥があったかや、事故発生に至る科学的機序までを特定して主張・立証する必要はない。(通説・裁判例)

走行中の自動車のエンジンから出火する事故については、日常的な点検整備の不備が原因で発生することも少なくないとされており、そのような出火事故につき、自動車の欠陥を認めた裁判例は過去には見当たらないよう。

判例時報2517

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2022年7月21日 (木)

交差点での街灯が点灯せず視認性が低下⇒営造物の設置・管理の瑕疵と事故との因果関係肯定事例

神戸地裁R3.1.22

<事案>
普通乗用自動車を運転していたXが、Y(兵庫県西宮市)管理の市道交差点を左折した際、中央分離帯に乗り上げて衝突した事故につき、本件交差点及び本件中央分離帯の設置・管理に瑕疵があった⇒XがYに対し、国賠法2条1項に基づき損害賠償を求めた。

<判断>
本件中央分離帯は、その設置について関係法令に違反していることは認められず、本件事故の原因は本件交差点の視認性の低下にある⇒瑕疵はない。

本件街灯については、本件事故当時、いわゆる球切れの状態で点灯しておらず、その設置の場所から本件交差点内を照らして夜間の視認性を向上させる機能を有すべきものであるところ、本件事故当時、この通常有すべき機能・安全性を有していなかった。
⇒本件街灯の設置・管理に瑕疵があると判断し、この瑕疵と本件事故との因果関係を認め、X7割、Y3割で過失相殺をした上、Xの請求を一部認容。
(←自動車の前照灯を点灯させていれば一定程度の照度を確保することができたと思われ、Xが前方注視義務等を尽くしていれば、事故を避け得た)

<解説>
● 国賠法2条1項の「瑕疵」:
国賠法2条1項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、当該営造物の使用に関連して事故が発生し、被害が生じた場合において、当該営造物の設置又は管理に瑕疵があったとみられるかどうかは、その事故当時における当該営造物の構造、用法、場所的環境、利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべき。

● 中央分離帯の設置について、道路構造令に規定。
but反射材取付けに関する規定はない。
街灯の設置に関しては、国土交通省が定める道路照明施設設置基準に基づいて設置されている。
同基準では、「交差点の照明は、道路照明の一般的効果に加えて、これに接近してくる自動車の運転者に対してその存在を示し、交差点内および交差点付近の状況がわかるようにするものとする。」と規定(同基準第4章局部照明4-2交差点)。

交差点内を照らす街灯等は、交差点内および付近の状況を自動車の運転者が把握できる機能を有すべきものとされる。

● 尚、ここで問題とされる「通常有すべき安全性」とは交差点としての安全性であり、瑕疵を云々する営造物は、街灯を含めたところの交差点全体と捉えるべきでないかという疑問。

● 照明に係る設置・管理(未設置も含める)の瑕疵が問題となった最近の下級審の裁判例。

判例時報2517

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刑事施設に収容中にうけた診療に関する個人情報開示(肯定)

大阪高裁R3.4.8

<事案>
大阪刑務所収容中のXは、自己の健康状態を知るため、行政個人情報保護法に基づき、大阪矯正管区長に対し、収容中にXが受けた診療録に記載されている保有個人情報の開示を請求。
⇒大阪矯正管区長が、本件情報は同法45条1項により開示請求の対象から除外されているとして、その全部を開示しない旨の決定(「本件決定」)⇒XがY(国)を相手として、本件決定の取消しを求めた。

<一審>
行政個人情報保護法45条1項が、同項所定の保有個人情報につき同法第4章の規定を適用しないこととしたのは、当該保有個人情報が、個人の前科、逮捕歴、勾留歴等を示す情報を含んでおり、開示請求の対象とすると、例えば、雇用主が採用予定者の前科の有無等をチェックする目的で採用予定者本人に開示請求をさせること等により前科等が明らかになる危険があるなど、本人の社会復帰の妨げとなるなどの弊害が生じることにある
⇒本件情報は同法45条1項により開示請求の対象外。

<判断>
本件情報は、形式的には行政個人情報保護法45条1項所定の保有個人情報に該当する。
but
その立法趣旨を達成するために診療に関する情報という有用かつ必要な情報を開示請求の対象から除外することは、規制目的と規制手段との合理的均衡を欠き、個人情報保護法制の基本理念と整合しない。
⇒本件情報には同項が適用されないと解釈すべき。

<解説>
R3.6.15最高裁判決:
刑事施設に収容されている者が収容中に受けた診療に関する保有個人情報について、行政個人情報保護法45条1項所定の保有個人情報に当たらず、開示請求の対象となる。

立法経緯。
行政個人情報保護法45条1項は、行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律の全部改正によって設けられた規定。
旧法13条1項は、個人情報の開示を原則としつつ、例外として、同項ただし書で、
①学校における成績の評価等
②病院等における診療に関する事項
③刑事事件や刑の執行等に関する事項
につき開示請求の対象から除外。
but
行政個人情報保護法45条1項は、
刑事裁判等関係事項を開示請求の対象から除外したが、
診療関係事項については開示請求の対象から除外する旨の規定を設けなかった。

(1)行政機関が保有する個人情報の開示を受ける国民の利益の重要性に鑑み、開示の範囲を可能な限り広げる観点から、医療行為に関するインフォームド・コンセントの理念等の浸透を背景とする国民の意見、要望等を踏まえ、診療関係事項の保有個人情報を開示請求の対象とすることにある。
(2)同法45条1項の制定過程でも、被収容者が収容中に受けた診療に関する保有個人情報について、同法第4章の規定を適用しないものとすることが具体的に検討されたことはうかがわれない。

被収容者が収容中に受けた診療に関する保有個人情報は、同法45条1項所定の保有個人情報に当たらない。

判例時報2517

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2022年7月17日 (日)

電子連動装置の設置にともなう訓練中の事故について、鉄道会社の鉄道部運輸課長および運転管理者であった者の業務上過失傷害(否定)

京都地裁R3.3.8

<事案>
軌道事業等を行とするA社の鉄道部運輸課長および運転管理者として、A社d事務所に勤務しA社の運輸営業等に関する事項を統括し、電車の運行等を管理する業務に従事していた被告人が、本件訓練中に過失により無遮断状態の踏切に電車を侵入させ、乗用車で同踏切に侵入した被害者に傷害を負わせたとされる業務上過失傷害被告事件。

<主張>
検察官:
被告人には「手動による踏切操作における人為的ミスを含む何らかの原因で遮断機が下りないことにより、踏切を通過する電車と車両とが衝突すること」について予見可能性があり、結果回避義務違反もある。

<判断>
過失犯において行為者に過失責任を問うためには、具体的な結果発生の予見が可能であることを要するものの、
これは結果発生に至る因果経過の細部にわたって予見が可能である必要はなく、その基本的部分について予見が可能であれば足りる。
具体的な結果発生の予見が可能であれば過失責任を問うことができるという根拠は、行為者においてそのような予見可能性があれば、結果回避措置をとることを期待でき、それにもかかわらずこれをとらなかったことに責任非難が向けられる、という点にある。

予見可能性の対象となる因果経過の基本的部分というのも、その予見可能性があれば結果回避措置をとることを期待でき、それにもかかわらずこれをとらなかったことに責任非難が向けられるという点にある。
but
検察官が主張するような予見可能性では、踏切付近に従業員を配置するなど、期待しがたい過大な義務を課すことになっていしまう。
前記基本的部分とは、電子電動装置の仕組みによって踏切が遮断されないこと、というのでなければならないが、被告人にその予見が可能であったとは認められない。

<解説>

第1の可能性:
実際に被害者の負傷への現実化した危険を「何らかの原因で遮断機が下りないこと」と抽象的に把握したうえ、このよな抽象的な危険に対処すべき注意義務(結果回避義務)の違反を問題にすること。
vs.
被告人の予見可能性を容易に肯定
but
注意義務の内容が過大なものとなりがち。

第2の可能性:
実際に被害者の負傷への現実化した危険を具体的に、電子電動装置の仕組みによって踏切が遮断されないことと把握した上、このような具体的な危険に対処すべき注意義務の違反を問題とする。

最高裁H29.6.12(福知山線列車脱線転覆事故事件):
「運転士がひとたび大幅な速度超過をすれば」という抽象的な危険に対処すべく、曲線へのATS整備を一律に義務付けるのは過大。
一方、管内に2000か所以上も存在する同種曲線の中から、とくに列車脱線転覆事故が発生した曲線を危険性が高い(したがって、ATSを整備すべき)ものとして認識できたとは認められない。


「因果経過の基本的部分の予見可能性」とは、注意義務違反が認められることを前提としたうえで、実際にたどられた因果経過と被告人が予見しえた因果経過とが齟齬する場合に用いられてきた観念。
危惧感説を批判するのであれば、特定の結果回避義務に結びつかない漠然としたリスクを問題にしても始まらない点を指弾すべきであり、因果経過のみを取り出して基本的部分とそれ以外の部分に分けるという作業にはあまり意味がない。

注意義務違反の存否が問題となっている本件において、この観念を用いる本判決はやや特殊な用語法に従っている。

判例時報2516

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出産後1年を経過していない女性労働者に対する解雇(無効とされた事例)

東京高裁R3.3.4

<事案>
Xは、Yに保育士として雇用されていた⇒Xの妊娠が判明⇒平成29年3月末まで勤務し、同年4月1日以降産休に入ることを合意。
Xは、同年5月10日に第1子を出産し、平成30年3月、Yに対し、同年5月1日からの復職を希望⇒Yは、復職させることはできない旨を伝え、Xの求めに応じ、同年5月9日付けで解雇する旨の記載のある解雇理由証明書を交付(本件解雇)
X:Yに対し、本件解雇は、客観的合理的理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められず、権利の濫用に当たり、また、雇用均等法9条4項に違反し、無効である

ア:労働契約上の権利を有する地位にあることの確認
イ:平成30年5月以降、第2子の産休・育休期間を除く期間の月例賃金及び賞与の支払
ウ:不法行為に基づく損害賠償として
(1)本件解雇により受給することができなかった産休・育休中の社会保険給付相当額
(2)慰謝料及び弁護士費用
の各支払を求めた。

Y:Xについて、
本件保育園の園長に対し不適切な言動を繰り返した結果、職場環境を著しく悪化させ、園児に悪影響を及ぼしていた⇒就業規則の定める解雇事由に該当。
問題点に対する認識が不十分であり、園長と協調する意思はなく、改善の見込みが乏しく、Yの他の保育園への異動もできず、解雇に代わる有効な代替手段はなかった⇒本件解雇については、客観的合理的理由が存在し、社会通念上相当である。

<争点>
①退職合意の成否
②本件解雇の有効性
③平成30年5月分以降の賃金請求権及び賞与請求権
④不法行為に基づく損害賠償請求

<判断>
●争点①:
Xを復職させることはできない旨の通告は実質的に解雇の意思表示⇒Xの承諾の意思表示があったとは認められない⇒退職合意の成立を認めず。

●争点②:
Xについて、本件保育園の園長の指示に従わないとか、批判的言動を繰り返すなどしたとは認められず、園長の保育方針や決定について質問や意見を出したことや保育観が違うことが、解雇に相当する問題行動であると評価することは困難
本件解雇は、客観的合理的理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められず、権利の濫用として無効。

雇用機会均等法9条4項違反について、同項は、妊娠中及び出産後1年を経過しない女性労働者に対する解雇を原則として禁止し、同項ただし書は、妊娠、出産等の事由を理由とする解雇でないことを証明したときは、この限りでない旨を定めるが、
使用者は、単に妊娠、出産等を理由とする解雇ではないことを主張立証するだけでは足りず、妊娠、出産等以外の客観的合理的な解雇理由があることを主張立証する必要がある。
but
本件解雇には客観的合理的理由があるとは認められない。

同項ただし書の証明をしたとはいえず、同項に違反し、この点においても本件解雇は無効。

●争点③:
Xは労働契約上の権利を有する地位にあり、Yは、Xに対し、平成30年5月以降本判決確定の日まで、第2子の産休・育休期間を除く期間の月例賃金及び賞与の支払義務を負う。

●争点④:不法行為による損害賠償請求:
Xが第2子を出産した際の産休・育休期間中に受給することができた社会保険給付及び弁護士費用の支払義務を負う
②解雇が違法・無効な場合であっても、一般的には、地位確認請求と解雇時以降の賃金支払請求が認容され、経済的損失が補てんされることにより、解雇に伴って通常生じる精神的苦痛は相当程度慰謝され、これとは別に精神的損害やその他無形の損害についての補てんを要する場合は少ないと解される。
but
本件に顕れた一切の事情を考慮
⇒本件解雇に係る慰謝料30万円、弁護士費用3万円。

<規定>
雇用機会均等法 第九条(婚姻、妊娠、出産等を理由とする不利益取扱いの禁止等)
・・
3事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第六十五条第一項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第二項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

4妊娠中の女性労働者及び出産後一年を経過しない女性労働者に対してなされた解雇は、無効とする。ただし、事業主が当該解雇が前項に規定する事由を理由とする解雇でないことを証明したときは、この限りでない。

判例時報2516

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2022年7月16日 (土)

懲戒請求に対する反論として、未公表の懲戒請求書にリンクを張ったことについてのの、著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)に基づく損害賠償請求(否定)

知財高裁R3.12.22

<事案>
Xは、Y1を被告として、Y1がXの氏名を明示して本件記事1及び本件記事2を掲載したことがXのプライバシー権を侵害するとともに、本件懲戒請求書のPDFファイルに本件リンクを張った行為が、著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)を侵害するとして、著作権法112条1項に基づき、ブログに本件記事1及び本件記事2を掲載することの差止めとそれらの削除を求めるとともに、著作権(公衆送信権)侵害の損害賠償として財産的損害10万円と弁護士費用20万円の合計30万円、及び著作者人格権(公表権)侵害の損害賠償として慰謝料170万円の合計200万円と不法行為後の遅延損害金の支払を求めて訴訟提起。
Y2は、Y1の訴訟代理人弁護士であり、自らのブログ上に、Y1の意見陳述を称賛する記事を掲載し、リンクを張って本件記事1にアクセスができるようにした。
Xは、Y2に対し、本件記事3において本件記事1に対するリンクを張ったことが、X1による著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)の侵害の幇助に当たる⇒それによる慰謝料150万円及びこれに対する遅延損害金を求める訴えを提起。

<争点>

(1)本件懲戒請求書の著作物性の有無
(2)Y1によるアップロード前の本件懲戒請求書の公表の有無
(3)著作権法32条1項の引用への該当性
(4)権利濫用の成否
イ プライバシー権侵害の有無
ウ 本件記事3の掲載の不法行為性
エ 損害の有無及び額

<原審>

(1):本件懲戒請求書の著作物性を肯定
(2):Y1によるアップロード前の本件懲戒請求書の公表を否定
(3):引用該当性を否定
(4):公衆送信権に基づく請求は権利濫用に当たらないが、公表権に基づく請求は権利濫用に当たる
イ:プライバシー権侵害は否定
ウ:本件記事3の掲載は不法行為に当たらない
エ:公衆送信権侵害による損害は認められない

本件懲戒請求書のPDFファイルの削除を命じ、その余の請求をいずれも棄却。

<判断>
Xの請求はいずれも理由がない⇒Y1の控訴に基づいて原判決の認容部分を取り消し、その部分の請求を棄却。


(1):本件懲戒請求書の著作物性を肯定
(2):Y1によるアップロード前の本件懲戒請求書の公表を否定
(3):引用該当性について、本件懲戒請求書は公表されたものとは認められない⇒引用該当性を否定。
(4):権利濫用について:
公衆送信権及び公表権により保護されるべきXの利益は、本件産経記事が掲載された時以降は、相当程度減少していた
Y1が本件記事1を掲載して本件懲戒請求書のPDFファイルに本件リンクを張ることについてその目的は正当であった
本件リンクによる引用の態様は相当であった

XのY1に対する公衆送信権及び公表権に基づく権利行使は権利濫用に当たり許されない

イ:プライバシー権侵害は否定
ウ:本件記事3の掲載は不法行為に当たらない

<解説>
スナップ写真について公表の欠如を理由として引用該当性を否定した裁判例として、知財高裁H19.5.31。

判例時報2516

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婚姻費用分担請求の始期・算定基準

宇都宮家裁R2.11.30

<事案>
婚姻費用分担金の支払を求めた事案

<主張>
相手方:
①婚姻費用分担の始期は調停申立時とするのが通例
②法の不遡及の原則⇒改定後の算定表は、その公表後の婚姻費用について適用されるべき

<判断>
調停申立時ではなく、申立人が内容証明郵便をもって分担を求める意思を確定的に表明した時点を基準とするのが相当。

改定後の標準算定方式及び算定表は、そもそも法規範ではなく、婚姻費用分担額等を算定するための合理的な裁量の目安

当事者間で改定前の標準算定方式及び算定表を用いることの合意が形成されているなどの事情がない限り、改定標準算定方式及び改定算定表による算定に合理性がある以上、同算定表等の公表前の未払分を含めて、改定標準算定方式及び改定算定表により分担額を算定するのが相当。

<解説>
●婚姻費用分担の始期
夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生じる費用を分担する(民法760条)。
最高裁:婚姻費用分担に関する処分の審判は、婚姻費用の分担額を具体的に形成決定し、その給付を命ずる裁判であり、家庭裁判所が婚姻費用の分担額を決定するに当たり、過去にさかのぼって、その額を形成決定することが許されない理由はない
~審判時より過去にさかのぼって婚姻費用分担額を形成することができる旨判示。

過去のどの時点まで遡ることができるか?
A:請求時(実務の多数)
B:要扶養状態時

●標準算定方式及び算定表の改定並びに同算定表等の公表前の未払分の算定
◎ 令和元年基準:
具体的には、標準算定方式の基本的枠組みである、
義務者及び権利者の基礎収入を認定した上で、
子らのために費消されていたはずの生活費の額を算出し、
これを義務者及び権利者の基礎収入の割合で按分する収入按分型を採用し、
生活保護基準及び学校教育費に関する統計資料を用いて標準的な生活費指数を算出するという算定方式は維持。
他方、職業費として控除する項目の一部につき、統計上の支出額を世帯人数で除して有業人数で乗じた金額を計上し、生活費指数について算出過程を明らかにして1桁台まで算出するなど、全体的に算出方法の詳細を明示するjことで、標準算定方式による算定方法の一部を改良

判例時報2516

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同性愛者との不貞行為に対する損害賠償請求(肯定)

東京地裁R3.2.16

<事案>
同性愛者である被告(女性)が原告の妻と不貞行為⇒原告が被告に対して不法行為に基づく損害賠償請求をした。

<解説>
民法上の離婚原因の1つの「配偶者に不貞な行為があったとき」(民法770条1項1号)

「不貞な行為」:
自由な意思に基づき、自己の配偶者以外の者と性的関係を結ぶことをいい(最高裁)
同性愛行為や異性との性交を伴わない過度に親密な交際は含まれず、
これらの行為は「その他婚姻を継続し難い重大な事由」(同項5号)に該当する(名古屋地裁)。
but
不法行為に基づく損害賠償請求がされた場合における「不貞行為」とは、異性との性交が端的なものであるが、それにとどまらず、婚姻共同生活の平穏を破壊しうるような行為であれば、不貞行為として不法行為に該当し得ると考えられている。
実務上も、男女間の親密な交際をうかがわせる証拠が出されながらも、不貞当事者が性交の存在を認めずに争うケース。
一般論として、性向は密室で行われるため、不貞行為当事者が認めない限り性交の存在を証拠上認めることは難しい。

性交の前段階の状況(例えば、ホテル等の一室において2人きりになって相当時間経過したこと、性的関係をうかがわせるメールのやり取りをしたこと)等を捉えて、不貞行為と評価して損害賠償を認める裁判例がままみられる。
尚、認められなかった裁判例:判例時報2514・39

<判断>
不貞行為の成立自体は認めたが、
慰謝料額はかなりの低額(10万円)に。

①不貞行為の内容が異性間の性交ではなく、同性間の性的行為にとどまっている
②原告の妻が離婚にまでは至っていない
③原告も原告の妻が同性愛者として被告と親しく付き合うことは許容していた
④被告も本件各行為について反省の態度を示している

<解説>
事実婚の状態にあった女性同士の同性カップルにおいて、相手方が他の者(男性)と性的関係を結んだことにより、事実婚が破綻したとして損害賠償を求めた事案において、同性の事実婚も婚姻の準ずる関係にあるといえるとして損害賠償を認めた事案。

判例時報2516

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2022年7月 6日 (水)

全盲の視覚障害者の後遺障害逸失利益の算定に用いる基礎収入

広島高裁R3.9.10

<事案>
横断歩道を歩行していたX1(当時17歳、女性)にY運転の普通乗用車が衝突した交通事故(本件事故について、
X1がYに対し民法709条及び自賠法3条に基づく損害賠償(遅延損害金を含む。)を、
X1の父母であるX2及びX3がYに対し民法709条及び710条に基づく損害賠償(近親者慰謝料、遅延損害金を含む。)を請求した事案。
X1は本件事故当時、全盲の視覚障碍者。

<一審>
X1の後遺症逸失利益の算定に用いる基礎収入額を、平成28年賃金センサス第1巻第1表の男女計、学歴系、全年齢の平均賃金の7割と認定して、X1の請求を一部認容。

<判断>
後遺症逸失利益の算定に用いる基礎収入額を、就労可能期間を通じ、賃金センサス男女計、学歴計、全年齢の平均賃金の8割とすることが相当。
・・・厚労省による平均25年度障害者の平均賃金(22万3000円)は賃金センサス男女計、学歴計、全延齢の平均賃金における「きまって支給する現金給与額」(32万4000円)の約7割にとどまっている。
身障者の中には職に就くことができない者も少なくないと推測できる⇒調査対象とならなかた者も含む身障者全体の収入については健常者と比較して差異がある。
身体障害の中でも両眼の失明は多くの損害賠償実務上労働能力喪失率が最も大きい等級に位置付けられている。

このような健常者との差異が現状又は近い将来において、全面的かつ確実に解消されることを認定するに足りる証拠はない。

他方、
①わが国における近年の障害者の雇用状況や各行政機関等の対応、障害者の雇用の促進等に関する法律等の障害者に関する関係法令の整備状況、企業における支援の実例、職業訓練の充実、IT技術を活用した就労支援機器の開発・整備、普及等の事情・・・・
②ことX1については・・・

X1については、全盲の障害があったとしても、潜在的な稼働能力を発揮して健常者と同様の賃金条件で就労する可能性が相当にあったと推測される。
X1については、健常者と同一の賃金状況で就労することが確実であったことが立証されているとまではいえないものの、その可能性も相当にあり、
障害者雇用の促進及び実現に関する事情の漸進的な変化に応じ、将来的にその可能性も徐々に高まっていくことが見込まれる状況にあった。
その他の諸事情も総合すると、逸失利益の算定に用いる基礎収入としては、賃金センサス男女計、学歴計、全年齢の平均賃金(489万8600円)の8割である391万8880円を用いるのが相当。

<解説>
●事故により死亡した年少者の逸失利益:
算定不能として一概に請求を排斥すべきではなく、「一般の場合に比し不正確さが伴ういしても、裁判所は被害者側が提出するあらゆる証拠資料に基づき、経験則とその良識を十分に活用して、できうるかぎり蓋然性のある額を算出するよう努め」るべきである。(最高裁昭和39.6.24)
訴訟における証明は一般に「高度の蓋然性」が求められると説かれるが、
前記最高裁判決によれば、年少者の逸失利益の算定に当たっては、その困難性を勘案し、訴訟における証明度を「蓋然性」のレベルまで下げていると考えられる。

●障害者が労働能力を喪失した場合の逸失利益に関する裁判例:
かつては逸失利益を否定するものもあった。
近時の裁判例では逸失利益を認めるのが一般的。
算定の基礎:
・地域作業所の収入額
・最低賃金を基礎として10%を減額した額
・最低賃金
・障碍者雇用実態調査の結果に基づく障碍者の賃金
・賃金センサス、女性、高卒平均年収額の70%相当額
・賃金センサス、男女計、学歴計、19歳までの平均賃金
へと、より水準の高い額を認定する傾向。

●障害者雇用促進法:
法定雇用率制度を設け、その率に満たない一定以上の規模の企業等は納付金が課される等の仕組み。
but
現状は法定雇用率を達成していない企業も多くあり、身体障害者の中には企業等に就職できず、福祉的就労の場で働いている者や失業している者も少なくない。
本判決及び原判決は、一定の減額率を乗ずるにせよ一般就労の賃金を反映する賃金センサスに基づいた平均賃金額を基礎収入額に用いており、近時の裁判例の傾向に沿った内容。

●女性については、賃金センサスの女性の平均賃金額を用いるべきか、それとも男女計の平均賃金額を用いるべきか?

裁判例:
女性の平均賃金額と用いたもの
男女計を用いたもの
最高裁では、いずれの立場の高裁判決についても上告不受理ないし上告棄却とし、判断を示さなかった。
but
最近の下級審の裁判例では、男女計の平均賃金を用いることでほぼ固まっている。


原判決:減額率3割
本判決:減額率2割
本判決は、原判決が認定した事情に加え、職業訓練の充実、IT技術を活用した就労支援機器の開発・整備、普及等の事情を挙げているが、認定した事情自体にそれほど大きな違いがあるようにはみえない。
本判決が減額率を縮減したのは、これらの事情に対する評価の違い。
X1が全盲の障害者であったとしても潜在的な稼働能力を発揮して健常者と同様の賃金条件で就労する可能性が相当にあり、今後も社会のへかに応じて当該可能性が徐々に高まっていると認定し、その他の諸事情も総合して、X1の基礎的収入は就労期間を通じて平均賃金の2割減となることの蓋然性を認めた。

判例時報2516

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介護老人保健施設の介護支援専門員等の説明義務違反

東京高裁R3.10.27

<事案>
Xが、医療法人であるYの運営する介護老人保健施設(本件施設)から通所サービス及び入所サービスを受けるために、Yとの間で施設利用契約(本件契約)を3回締結。

Xの長女である代理人Cは、本件施設所属の介護支援専門員及び支援相談員(本件介護支援専用員等)に対し、施設利用料金の負担を軽減する方法について度々相談⇒介護(保険)給付を受けてその軽減ができる「介護保険負担限度額認定制度」(本件制度)の説明を受けられず、その結果、本件制度の申請をしてこれを利用していれば軽減できた自己負担額を超える施設利用料金及び弁護士費用相当の損害を被った⇒Yに対し、本件契約における信義則上の説明義務(注意義務)違反を理由とする債務不履行(民法415条)又は不法行為(民法709条、715条)に基づく178万6125円の損害賠償金及び遅延損害金の支払を求めた。

<解説>
本件制度:
法令所定の低額所得要件に該当する介護保険の被保険者が、介護保険給付を実施する市町村に対し、介護保険法40条12号の「特定入所者介護サービス費の支給」を申請して自己負担限度額の認定を受けることにより、施設利用サービスの食費及び居住費(滞在費)について自己負担限度額のみを負担すればよく、これを超える額について一定の基準費用額を限度として前記介護給付がされることになる仕組み(他方、本件制度の利用によって、基準費用額を超えるサービス料金を定めている施設は、その部分の受領ができないことになる)。
本件制度の利用の如何は、総務契約である施設利用契約における施設利用の対価である施設料金につき、当事者双方がそれぞれどのように負担するかという契約の内容(契約の要素)に係る⇒Xは、本件制度が当該契約の重要事項であるとしてYのXへの説明義務とその違反を主張。

<原審>
一般論として本件契約上の説明義務の存在を否定し、
仮に説明義務があるとしても、本件制度の記載のある重要事項説明書による説明を本件介護支援専門員が一応している⇒義務違反も否定。

<判断>
介護保険法における本件制度の位置付け並びに介護老人保健施設及び介護支援専門員等の役割等について、
同法令の諸規定を検討し、
介護老人保健施設の解説者又は介護支援専門員等は、当該介護老人保健施設との間で施設利用契約を締結して介護サービスを受給することになる被保険者に対し、本件制度について重要事項説明書にわかりやすく記載するなどして、これに基づく説明をすることが求められており、特に、これらの者から、介護サービスの費用負担を軽減する公的な制度の有無や内容について相談を受けた場合には、これを的確に説明することが要請されているものと解される。

介護保険施設が、介護保険の被保険者と施設利用契約を締結にするに当たり、介護保険施設の開設者ないしその介護支援専門員等において、低所得者である被保険者から介護サービスの費用負担を軽減する公的な制度の有無や内容について相談を受けながら本件制度に係る保険給付について説明せず、その結果、当該非保険者が、本件制度を利用することができず、本件制度を利用する場合の自己負担額を超えて当該契約の利用料金の全額を支払うことになった場合には、
当該介護保険施設を運営ないし開設する者は、被保険者の利用料金の支払額という契約の要素に当たる重要な事項について説明を怠り、施設利用契約締結に付随する信義則上の義務に違反して当該被保険者に財産的損害を与えたものとして、当該被保険者に対して債務不履行責任又は不法行為責任(民法709条ないし715条)を負うものと解するのが相当である。

①本件契約における重要事項説明書の記載がA4用紙に細かな文字で1頁当たり46行、全9頁に及ぶものであるのに、本件介護支援専門員等がその内容を逐一読み上げず、本件制度に係る部分の存在を指摘せず、その内容を具体的に説明しなかったため、Cは、その記載の存在の認識及び内容の理解をしないまま3回の本件契約を締結したこと、
②Cが本件介護支援専門員等に対し、Xにとって高額な施設利用料金の軽減の措置について何度も質問していることから、本件介支援専門員等は、Xが施設利用料金の軽減を希望しているのに本件制度の存在を認識していないこと及び本件制度の説明をすれば本件制度を利用する蓋然性が高いことを認識していたのに、それ以上の説明をせず、Xの本件制度を利用する機会を喪失させ、その結果、Xが本件制度を利用した場合に得るべき財産的利益を喪失させた

本件介護支援専門員等は、少なくとも過失により、前記の注意義務に違反して本件制度の説明を怠ったことによってXの財産的利益(財産権)を違法に侵害したと認められる⇒Yは、それによってXに生じた損害について、不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償責任を負う。
Cにも重要事項説明書の本件制度の記載を見落とした等の過失がある⇒3割の過失相殺。

<解説>
消費者と事業者との間で締結される契約における信義則に基づく失明義務の違反を理由に損害賠償責任を肯定した最高裁判決(①②③)及び説明義務違反を肯定した下級審判決:
当事者の地位、専門性、
消費者が事業者に説明を求める事項(情報)の当該契約における重要性(動機に係る事項が契約内容(契約の要素)に係る事項かを含む)及び偏在性の程度、
当該事項に係る関係法令の規定(規則)内容並びに被侵害権利利益及び生じた損害の性質・内容(生命・身体、財産権等の侵害か意思決定権の侵害か、当該意思決定の対象である権利利益の性質・内容の如何、財産的損害か慰謝料か)を考慮要素として重視した上で、
その重要事項の説明に関する事業者の消費者への対応状況や交渉状況、そのために消費者がこれを知らないで契約の締結やその継続をしていることについての事業者の認識可能性の程度という諸事情を考慮要素に加えて判示しており、これらの考慮要素を総合的に判断。

本判決:
介護保険法における本件制度の位置付け及び介護老人保健施設と介護視線専門員等の役割等を踏まえ、これらの考慮要素を重く見て、消費者であるXに対する介護保険施設運営業者であるYの説明義務違反を肯定。

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2022年7月 5日 (火)

マイナンバー制度の憲法違反が問題なった事案

仙台高裁R3.5.27

<事案>
国のマイナンバー制度により憲法13条の保障するプライバシー権が侵害される⇒プライバシー権に基づく妨害排除又は妨害予防請求として個人番号の収集、保存、利用及び提供の差止めと個人番号の削除を求めるとともに、国賠法1条1項に基づき慰謝料10万円と弁護士費用の損害賠償を求めた。

<判断>
マイナンバー制度によって、Xらが、憲法13条によって保障された「個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由」を侵害され、又はその自由が侵害される具体的な危険があるとは認められない⇒国がマイナンバー制度によりXらの個人番号及び特定個人情報を収集、保存、利用及び提供する行為が違法であるとは認められない。
マイナンバー制度により、個人番号や得意亭個人情報が情報システムで管理及び利用されることにより、個人情報が集積、集約されて個人の人物像を勝手に形成されるデータマッチングの危険性や個人情報が漏えいする危険性を一概に否定はできない。
but
制度の運用に伴う個人情報の不正な利用や情報漏洩の危険を防ぐため、個人番号や特定個人情報の提供が、法令の根拠に基づき正当な行政目的の範囲内で行われ、かつ、個人番号や特定の個人情報が目的外に提供され、システム技術上の不備によって漏えいしないように法制度上及びシステム技術上の措置が講じられている。

個人情報の不正な利用や情報漏洩の危険性が一般的抽象的には認められるとしても、国がマイナンバー制度の運用によりXらの個人番号及び特定個人情報を収集、保存、利用及び提供することが、Xらの個人情報がみだりに第三者に開示又は公表されるという具体的な危険を生じさせる行為とはいえない。

自己情報コントロール権については、同意なく個人番号や特定個人情報を第三者に提供することが、すべて自己情報コントロール権の侵害となり、憲法13条の保障するプライバシー権の侵害にあたるという趣旨の主張であるとすれば、そのような意味内容を有する自己情報コントロール権は、憲法13条の保証するプライバシー権としては認められない。

<解説>
住民基本台帳ネットワークシステムにより行政機関が住民の本人確認情報を収集、管理又は利用する行為は、当該住民がこれに同意していないとしても、憲法13条が保障する個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を侵害するものではないと判断した最高裁H20.3.6。

● 自己情報コントロール権について、
情報化社会において「プライバシーの権利」を「自己に関する情報をコントロールする権利」として把握すべきであると主張した佐藤幸治教授も、
「コントロール権」はあまりに広汎で曖昧にすぎるという批判については考慮すべき重要な問題が含まれていると述べている。
自己情報コントロール権が提唱される趣旨は、判例にいう「個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由」の解釈として考慮できる一方、その概念が個別の結論に直結するとはいえないであろう。

● 本判決:
特定個人情報が提供される場合を規定する番号利用法19条14号(現15号)の委任規定にいう「その他政令で定める公益上の必要があるとき」とは、
同号列挙の手続に準ずるような審理判断のための事実の調査や情報収集の手続として重要性を有する公益上の必要がある場合であって、その事実の調査や情報収集が法令に基づいて行われるものに限定して政令に規定を委任したものと解している。

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2022年7月 4日 (月)

交番襲撃事件

富山地裁R3.3.5

<事案>
被告人が、交番勤務中の警察官を殺害してけん銃を奪い、そのけん銃で交番付近にいた警備員を射撃して殺害するなどした事案

<解説・判断>
●Eに対する殺人の実行行為終了前に被告人がけん銃を奪う意思を有していたか

公判廷で被告人が黙秘⇒公判供述が存在しない。
but
逮捕後に被告人の供述調書が作成され、警察官を殺害してけん銃を奪うために奥田交番に行ったことや奪ったけん銃で警察官を殺し回ろうと思っていたという内容が記載。

①被告人が奥田交番で警察官と戦うこと(=被告人が持っている武器よりも強い武器であるけん銃を持っている人間との戦い)を考え始めてから1時間に満たない時間で実行に移し、交番襲撃後の行動も半ば行き当たりばったりなものであった
②逮捕前に行われた弁護人による事情聴取では、交番襲撃前にはけん銃を奪い次の警察官を狙ることまでは考えておらず、Eとの戦いが終わり、自分が生き残った時点で初めて武器を確保する必要が生じてけん銃をとったという趣旨の供述をしていた
③供述調書作成の前提となった取調べにおけるけん銃を奪う意思に関する被告人の供述(公判廷では取調べの音声のみが採用された。)は曖昧で揺れている
④その後の取調べでGを射殺しようとした理由を説明できなかった

被告人は、ともかく警察官と戦う意思で交番に赴き、Eと戦って生き残り次の戦いの準備の必要が生じた時点で初めて目の前にあったけん銃を取ることを決めた可能性が考えられ、Eに対する殺人の実行行為終了後にけん銃をとる意思が生じた可能性が排斥できない。

●量刑(死刑選択の当否)について
①本件の経緯や動機形成の点に自閉症スペクトラム障害(「ASD」)の影響が色濃く現れていること
②計画性が高いとはいえない
⇒死刑を選択することがやむを得ないとまではいえない。

最高裁:
裁判例の集積から見出される考慮要素及び各要素に与えられた重みの程度・根拠を出発点として総合的な評価を行い、死刑を選択することが真にやむを得ないと認められるかどうかについて、究極の刑罰である死刑の適用は慎重に行わなければならないという観点及び公平性の確保の観点をも踏まえて議論を深める必要がある。

本件:
医師による精神鑑定及び同鑑定結果を前提とした心理学の専門家による検討を踏まえて、被告人のASDが犯行の経緯や動機にいかなる影響を与えたかについて認定。
その上で、ASDによって責任能力が低下していたことを否定し、ASDの影響を大きく斟酌することはできない。
but
①本件の経緯や動機の形成過程の様々な点にASDの影響が表れていること
②ASDが本人の努力では如何ともし難い先天性の脳機能障害に起因する発達障害
⇒ASDの影響を被告人に対する避難可能性の点で一定の限度で酌むべき事情であるとして、犯情評価の点で考慮し、死刑の選択を回避した根拠の1つとしている。

平成27年最判:
早い段階から被害者の死亡を意欲して殺害を計画し、これに沿って準備を整えて実行した場合には、生命侵害の危険性がより高いとともに生命軽視の度合いがより大きく、行為に対する非難が高まる。
かかる計画性があたっといえなえければ、これらの観点からの非難が一定程度弱まる。

判例時報2515

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2022年7月 1日 (金)

近隣住人5人殺害で責任能力が争われた事案(心神耗弱)

大阪高裁R2.1.27

<事案>
近隣の住人5人を殺害した重大事案の控訴審判決。
責任能力が争われた。

<経緯>
1審でも、起訴前鑑定といわゆる50条鑑定(第1回公判前に実施した鑑定)を担当した2人の精神科医の供述が証拠に。
1審判決は、主として、50条鑑定を担当した精神科医の見解を採用。
but
控訴審において3度目の精神鑑定。
←弁護人の控訴趣意書で、1真の鑑定内容に相応の批判が加えられ、それを基礎に判断した1審判決にある程度の疑問が生じていた。

本判決:
本件犯行は、被告人の強い妄想が影響しているものと認められるところ、被告人の犯行時の精神状態について、原審で取り調べた精神科医の見立てで説明しきれるのか疑問の余地がないわけではない。

<解説・判断>
●控訴審における事実の取調べについては、控訴審が事後審であるという構造論からの制約。
裁判員裁判との関係では、控訴審が事実の取調べを行うのは例外的であり、取調べの必要性をかなり厳格に解釈すべきであるとの議論⇒そのような運用。
but
本件では、裁判員裁判の控訴審で、事実の取調べを行っている。

①1審の結論が死刑
②1審で取り調べた精神鑑定関係の証拠の信用性が、控訴趣意書で批判され、その当否を判断するには、さらに専門家の知見を得ることが必要であると判断された。
鑑定等の専門的知見や技術を活用する場合は、より新しい又はより高度な知見や技法によって、より客観的に真実に近づける場合も多い
⇒そのような場合には、事実の取調べは比較的認められやすい。

●責任能力の判断
被告人の抱いていた妄想が本件にどのような影響を与えていたかという、精神鑑定において最も重要な部分において、
妄想性障害にり患していた被告人につき、
経済的困窮等の環境的要因の悪化によるストレスが高じ、妄想的意味付けが活発化した点を、妄想性障害の悪化として捉えている。

1審:
被告人に妄想があること自体は認めつつも、被告人の世界観や被害者ら一家に対する悪感情など被告委任自身の正常心理の作用を認めて、本件に対する病気の影響は小さい。
vs.
本判決:本件の動機が被告人の妄想でしか説明できない⇒被告人の妄想が本件の決定的な原因であり、妄想の本件に対する影響は極めて大きかったとするのが論理的帰結。

◎責任能力を判断するために、妄想性障害の存在を前提に、犯行態様等(犯行動機、犯行前の行動、犯行態様、犯行後の行動)に、妄想性障害の影響がどの程度みられるか、反対から言えば、どの程度正常な精神作用が残されていたかという視点で、分析検討。

責任能力判断の指標となる7つの着眼点を意識しつつ、事案に即して、より直接的に責任能力の判断に踏み込む判断方法。

7つの着眼点:
①動機の了解可能性
②犯行の計画性
③行為の意味・性質、違法性の認識等
④自らの精神状態の理解、精神障害による免責可能性の認識
⑤犯行の人格異質性
⑥犯行の一貫性、合目的性
⑦犯行後の自己防御、危険回避行動

本判決:7つの着眼点を意識しつつも、これにとらわれない近時の責任能力判断の方法を実践。

◎被告人が最終的に犯行を決意した際の状況につき、
犯行前に自分の行為がどのくらいの刑になるのか調べたり、犯行直後、裁判になるのでもう会えないというメッセージを送ったり、臨場した警察官に対し、弁護士に来るまで話さないと述べたりしていることも踏まえ、
被告人は、たとえ処罰を受けることになっても、妄想性障害の強い影響を受けていたために、自己の復讐を果たすとともに、精神工学戦争の実在を明るみに出したいとの動機に基づき、そのような行為に出ることが正しいと認識して、規範障害を乗り越え本件に及んだとみるのが相当。

犯行を思いとどまる能力(制御能力)は、妄想のために著しく減退。
その結果、本来の人格からは相当解離のある残虐な殺害行為を、短時間のうちにためらいもなく、次々と行ったものであるが、
他面において、自己の行動が違法なものであることは理解していたし、殺害という行為以外に選択する余地がなかったかといえば、被害者らの殺害に直結するような命令性の幻覚等はなく、妄想の影響によって直接的に行為を支配されてはいなかった。

心神喪失ではなく、心神耗弱であった。

被告人の行動を、妄想性障害の影響の方向と、正常な精神作用によるものの方向との両方向から分析し、その上で総合評価した1事例。

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新聞の報道記事によるプライバシー侵害(肯定)

静岡地裁R3.5.7

<事案>
覚せい剤取締法違反及び大麻取締法違反で逮捕・勾留⇒実名・逮捕・住所の地番まで掲載⇒嫌疑不十分で不起訴処分
・・プライバシー侵害に当たる⇒不法行為に基づく損害賠償請求として損害金各330万円及び遅延損害金の支払を求めるとともに、
名誉回復措置として被告が発行する新聞紙上に謝罪文を掲載することを求めた。

<判断>
● 原告らが覚せい剤取締法違反及び大麻取締法違反の被疑事実で逮捕されたとの部分だけでなく、
住所も原告らのプライバシーに係る情報として法的保護の対象となる
プライバシーの侵害については、その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由とを比較衡量し、前者が後者に優越する場合に不法行為が成立。

● 住所それ自体は、秘匿されるべき必要性が必ずしも高いものではない
but
①原告らが覚せい剤及び大麻を営利目的で所持していたいとの被疑事実で逮捕されたとの情報と併せて住所の地番までが公表⇒第三者が原告らに対する抗議や嫌がらせ目的、あるいは興味本位等で原告らの住所を訪問したり、郵便物等を送付したりして、原告らの私生活上の平穏が脅かされる可能性も否定できない。
②自宅では4人の未成年の子らと共に生活しており、住所の地番までが公表されることによる私生活上の悪影響は大きい
③被告が発行する新聞が主に静岡県内で購読されている日刊新聞であり、新聞紙上に原告らの住所の地番までが掲載されると、これが静岡県内に広く知れ渡る

本件においては、原告らの住所の地番を秘匿される必要性が高いといえる。

当該記事の新聞への掲載の目的は、重要な公益を図ることにあったと認められる。
前記被疑事実に係る犯罪の重要性及び社会的関心の高さ
⇒原告らが前記被疑事実によって逮捕された事実を原告らの氏名や年齢、職業、居住地域などの原告らを特定するための情報と共に報道する必要性は高い。
but
①居住地域jについては、町名ないし「丁目」等までの住所の一部であっても、氏名や年齢、職業等の他の情報によって被疑者を特定することは可能であり、現に、被疑者の住所全てではなく、「丁目」等の住所の一部を掲載するに止めることを原則としている新聞社も存在している。
②被告自身も、静岡県外の事件は、被疑者の住所の「字」までを掲載することを原則としていること、さらには、原告らがいずれもブラジル国籍であることや、原告らが居住する地域内に原告らと同一又は類似の姓若しくは名の人物がが多数存在するなど当該記事で住所の一部のみの記載に止めた場合に読者において原告らと第第三者とを混同するおそれがあることを基礎づける具体的事情が認められない

本件において、逮捕された被疑者の特定のために、原告らの住所の一部にとどまらず、地番まで掲載する必要が高いとはいい難い。

原告らの住所の地番が秘匿される必要性が高い一方で、
原告らの住所の地番を掲載する必要性が高いとはいい難い

原告らの氏名、年齢、職業、国籍と共に、住所の地番までを記載した上で、原告らが逮捕された事実を報道した記事は、原告のプライバシーを違法に侵害するものとして、不法行為が成立すると認められる⇒原告らの損害賠償請求を33万円及びこれに対する遅延損害金の限度で認容。

<解説>
●プライバシーの概念
判例実務:
他人に知られたくない私生活上の事実又は情報をみだりに開示されない利益又は権利

住所に関して最高裁H15.9.12:
個人識別等を行うための単純な情報であって、その限りにおいては、秘匿されるべき必要性が必ずしも高いものではない。
このような個人情報についても、本人が、自己が欲しない他者にはみだりにこれを開示されたくないと考えることは自然なことであり、そのことへの期待は保護されるべき。

プライバシーに係る情報として法的保護の対象となる。

●表現行為によるプライバシー侵害行為が不法行為に該当するか?
判例:
その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由とを比較衡量し、前者が後者に優越する場合に不法行為が成立(最高裁H15.3.14)。

具体的には、
当該プライバシー情報の性質及び内容、表現行為当時における原告らの年齢や社会的地位、表現行為の目的や意義、当該表現行為において当該プライバシー情報を開示する必要性、当該表現行為によって当該プライバシー情報が伝達される範囲と原告が被る具体的被害の程度、当該表現行為における表現媒体の性質など、
当該プライバシー情報に係る事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由に関する諸事情を比較衡量し、
当該プライバシー情報に係る事実を公表されない法的利益がこれを公表する理由に優越するか否かによって判断すべき。

判例時報2515

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