相続税の増額更正を取り消す旨の判決と、相続税法32条1号、同法35条3項1号の更正処分
最高裁R3.6.24
<事案>
X(被上告人)は、亡母の相続について遺産分割未了の段階で相続税法55条の規定に基づく申告⇒遺産に含まれる株式の一部の価額が過少であるとして増額更正処分⇒Xが前件更正処分の取消しを求める訴訟を提起⇒前件更正処分のうち本件申告に係る税額を超える部分を取り消す旨の判決(「前件判決」)が確定
but
前件判決について、本件申告における価額を下回る価額が認定。
その後、遺産分割⇒Xは、本件各株式の価額を前件判決が認定した価額として税額等を計算した上で相続税法32条1号の規定による更正の請求⇒更正をすべき理由がない旨の通知処分(「本件通知処分」)を受けるとともに、同法35条3項1号の規定による増額更正処分(「本件更正処分」)を受けた。
⇒
XがY(上告人。国)を相手に、本件更正処分等の取消しを求めた。
<事実関係>
(1)Xの母が死亡⇒本件申告(Xの課税価格は22億6374万4000円、税額は10億7095万円)
(2)江東東税務署長は、本件各株式の一部の価額が過少であるとして増額更正処分⇒
(3)Xは東京地裁に対し、Xの異議申立てを受けて東京国税局長により一部が取り消された後の前記増額更正処分のうち納付すべき税額(10億7095万円)を超える部分の取消しを求める訴えを提起⇒
(4)東京地裁は、納付すべき税額が本件申告に係る納付すべき税額を超える部分を取り消す旨の判決⇒東京高裁は控訴棄却。
(5)遺産分割が成立し、Xgは、本件各株式につき各銘柄の7分の6を取得
(6)Xの兄弟の2人が相続税法32条1号の規定による更正の請求⇒江東東税務署長は減額更正処分
(7)Xは、遺産分割調停成立を理由に、相続税法32条1号による更正の請求で、その評価は前件判決を前提
(8)江東東税務署長:
株式の価額の減額を求める部分は、本件申告における株式の価額に係る評価の誤りの是正を求めるものであり、相続税法32条1号の規定する事由に該当しない。
同法35条3項1号に基づき増額更正処分。
<争点>
① 課税庁は、相続税法32条1号の規定による更正の請求に対する処分及び同法35条3項1号の規定による更正をするに当たり、従前の申告や更正によって一旦確定していた相続税額の算定基礎となった個々の財産の価額にかかる評価の誤りを是正することができるか。
②従前の更正処分について、個々の財産の価額について当該更正処分における価額とは異なる価額を認定して当該更正処分を取り消す判決が確定した場合には、課税長は、当該取消判決の拘束力(行訴法33条1項)により、相続税法32条1号の規定による更正の請求に対する処分及び同法35条3項1号の規定による更正において、当該取消判決に示された個々の財産の価額を用いて税額等の計算を行うことを義務付けられるか。
<判断>
相続税法55条に基づく申告の後にされた増額更正処分の取消訴訟において、個々の財産につき前記申告とは異なる価額を認定した上で、その結果算出される税額が前記申告に係る税額を下回るとの理由により当該処分のうち前記申告に係る税額を超える部分を取り消す旨の判決が確定した場合において、
課税庁は、税通法所定の更正の除斥期間が経過した後に相続税法32条1号の規定による更正の請求に対する処分及び同法35条3項1号の規定による更正をするに際し、当該判決の拘束力によって当該判決に示された個々の財産の価額や評価方法を用いて税額等を計算すべき義務を負うことはない。
<解説>
●遺産分割と相続税の申告
・・・各共同相続人が法定相続分に従って当該財産を取得したものとして、その課税価格を計算する(相続税法55条)。
・・・前記と異なる遺産分割がされた結果、共同相続人又は包括受遺者が当該分割により取得した財産に係る課税価格が当該相続分又は包括遺贈の割合に従って計算された課税価格と異なることとなった⇒相続税について申告書を提出した者又は決定を受けた者は、・・・当該事実を知った日の翌日から4月以内に、更正の請求をすることができる(相続税法32条1号)
税務署長は、同条の規定による更正の請求に基づき更正をした場合において、他の相続人の申告又は決定に係る課税価格又は相続税額が、当該請求に基づく更正の基因となった事実を基礎として掲載した場合におけるその者に係る課税価格又は相続税額と異なることとなる場合には、その事由に基づき、税通法所定の更正の除斥期間にかかわらず、当該他の相続人に係る課税価格又は相続税額の更正又は決定をする(相続税法35条3項1号)。
~
同一被相続人から相続又は遺贈により財産を取得した者の間の税負担の公平を求めるために設けられたもの。
●相続税法32条1号及び35条3項における更正と個々の財産の評価の誤りとの関係について
相続税法32条1号及び35条3項1号は、同法55条に基づく申告の後に遺産分割が行われて各相続人の取得財産が変動したという相続税特有の後発事由が生じた場合において、更正の請求及び更正について規定する国税通則法23条1項及び24条の特例として、同法所定の期間制限にかかわらず、遺産分割後の一定の期間内に限り、上記後発事由により上記申告に係る相続税額等が過大になったとして更正の請求をすること及び当該請求に基づき更正がされた場合には他の相続人の相続税額等に生じた上記後発事由による変動の限度で更正をすることができるとしたもの。
~
相続税法55条に基づく申告等により法定相続分等に従って計算され一旦確定していた相続税額について、実際に行われた遺産分割の結果に従って再調整するための特別の手続を設け、もって相続人間の税負担の公平を図ることにある。
相続税法32条1号の規定による更正の請求においては、上記後発事由以外の事由を主張することはできない⇒一旦確定していた相続税額の算定基礎となった個々の財産の価額に係る評価の誤りを当該請求の理由とすることはできず、課税庁も、国税通則法所定の更正の除斥期間が経過した後は、当該請求に対する処分において上記の評価の誤りを是正することはできない。
課税庁は、相続税法35条3項1号の規定による更正においても、同様に、上記の評価の誤りを是正することはできず、上記の一旦確定していた相続税額の算定基礎となった価額を用いることになる。
~
本件申告における評価の誤りという事情は、本件申告時に内在していた事情であって、相続税特有の後発事由とはいえない。
●取消判決の拘束力と当該行政庁が有する法令上の権限について
◎取消判決の拘束力
A:既判力説
B:特殊効力説
取消判決により行政処分が取り消され、当該処分が違法であることが確定しても、それのみでは原告の救済が十分には行われず、行政庁に判決の趣旨に従った行動を義務づけることによってはじめて救済の実効性が保障される場合が少なくない⇒拘束力を特別に法定した(宇賀)。
拘束力が生ずる範囲:
主文に含まれる判断を導くために不可欠な理由中の判断であり、法的判断のみならず事実認定にも及ぶが、判決の結論と直接に関係しない傍論や要件事実を認定する過程における間接事実についての認定には拘束力は生じない(宇賀)。
取消判決の拘束力の具体的内容:
消極的行為義務として:
①反復禁止効
~取り消された行政処分と同一事情の下で同一理由に基づいて同一内容の処分を行うことを禁止する効果。
積極的行為義務として:
②再度考慮機能(案件処理のやり直し義務。行訴法33条2項、3項)
③不整合処分の取消義務
④原状回復義務
が議論されている。
◎課税庁が権限を有しない場合と反復禁止効
取消判決により行政庁が行う「義務」は、あくまでも当該行政庁がそれを行う法令上の権限を有するものに限られる。
←裁判所は、新たな実体法規範を創設する権限を有しているものではなく、判決によって行政庁に対して法令上の根拠を欠く行動を義務付けることができるとは解されない。
原田:
取消判決の「拘束力」は、個別事例について具体的に実体法上の義務を確認して行絵師長の将来の行動規範を明らかにするところにある。判決はすべて既存の実体法上の義務を個別的に確認するのがその職務であって、法秩序のうえに存在しない義務を創設するものではない。
「拘束力」は、まさに実体法上の一般的な義務を個別具体的に定立し、これを明確にするところにある。
⇒
納税者が当初の申告における個々の財産の価額に係る評価の誤りを理由とする更正の請求を行うことができず、課税庁も前記誤りを理由とする更正をする権限を有しない場合に、後発的事由に基づく更正等を行うに際して、課税庁は、取消判決の拘束力により、取消判決の理由中の判断と異なる価額をを用いることを義務付けられることはない。
◎本件において課税庁が有する権限の内容
相続税法32条1項の規定による更正の請求に対する処分及び同法35条3項1号の規定による更正においては、遺産分割によって財産の取得状況が変化したという相続税特有の後発的事由以外の事由である当初の申告における個々の財産の価額に係る評価の誤りの是正は許されていない。
⇒課税庁は、それを是正する権限を有しない。
当初の申告における個々の財産の価額に係る評価の誤りは、本来、納税者が行う税通報23条1項の規定による更正の請求に対する同条4項の更正又は同法24条の更正において是正されるべきもの。
but
税通法上の更正の請求の期間及び更正の除斥期間が経過
⇒相続人は、更正の請求において、後発的事由以外の事由を理由とすることはできず、課税庁も、後発的事由以外の事由を理由として更正処分をする権限を有しない。
◎本判決の考え方
処分を取り消す判決が確定⇒その拘束力(行訴法33条1項)により、処分を受けた行政庁等は、その事件につき当該判決における主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断に従って行動すべき義務を負う。
上記拘束力によっても、行政庁が法令上の根拠を欠く行動を義務付けられるものではない⇒その義務の内容は、当該行政庁がそれを行う法令上の権限があるものに限られる。
相続税法55条に基づく申告の後にされた増額更正処分の取消訴訟(=前件訴訟)において、個々の財産につき上記申告とは異なる価格を認定した上で、その結果算出される税額が上記申告に係る税額を下回るとの理由により当該処分のうち上記申告に係る税額を超える部分を取り消す旨の判決が確定した場合には、当該判決により増額更正処分の一部取消しがされた後の税額が上記申告における個々の財産の価額を基礎として算定された
⇒課税庁は・・・国税通則法所定の更正の除斥期間が経過した後においては、当該判決に示された価額や評価方法を用いて相続税法32条1号の規定による更正の請求に対する処分及び同法35条1号の規定による更正をする法令上の権限を有していない。
上記の場合においては、・・・課税庁は、国税通則法所定の更正の除斥期間が経過した後に相続税法32条1号の規定による更正の請求に対する処分及び同法35条3項1号の規定による更正をするに際し、当該判決の拘束力によって当該判決に示された個々の財産の価額や評価方法を用いて税額等を計算すべき義務を負うことは無い。
◎ 尚、Yは、前件判決の理由中の判断のうち、本件各株式の価額等の判断部分については拘束力が生じない旨も主張。
but
本判決は判断せず。
取消訴訟のどの部分に拘束力が生ずるかについては、主文に含まれる判断を導くために不可欠な理由中の判断にも生ずる。
but
本件のような課税処分取消訴訟については、実務上いわゆる総額主義が採られていることとの関係で別途検討を要する。
判例時報2514
大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
真の再生のために(事業民事再生・個人再生・多重債務整理・自己破産)用HP(大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文))
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