変形労働時間制が無効とされ、セミナー受講料等返還合意が無効とされた事案
長崎地裁R3.2.26
<事案>
日用雑貨、食料品、薬品等を販売する店舗である「Z」を経営するYでは1か月単位の変形労働時間制を定め、共有パソコンでの労働時間管理システムで労働時間管理を行っていた。
Z各店舗の店長は、店舗従業員の全員分について、事前に作成した稼働計画表を掲示していたが、そこでは所定労働時間にあらかじめ30時間が加算されていた。
また、店長は、各従業員がシステムに打刻した勤務時間を修正することができた。
Yの従業員はYの親会社が開催するセミナーに参加することがあり、Xも多数回にわたり受講(形式上自由参加とされていた)。
Xは受講料等の負担に関して、受講期間中又は受講終了後2年以内に退社した場合は、会社が負担したすべての費用を返還する旨を記載したY宛の誓約書を作成。
<請求>
X:
①Yが定める変形労働時間制は無効⇒時間外労働に係る割増賃金の算定に当たって、システムの打刻時刻を基本としつつも、店長がシステム上、実労働時間とは異なる修正をする等しており、実際にはシステム上の打刻よりも多くの時間外労働を行った。
②セミナーの参加時間も労働時間である。
⇒割増賃金と付加金の支払を求めた。(甲事件)
Y:セミナー受講から2年以内に退職⇒X・Y間の合意に基づいて、受講料等相当額の支払を求めた。(乙事件)
<争点>
甲事件:
①変形労働時間制の有効性
②Xの実労時間、その中の1つとして、セミナー参加時間の労働時間該当性
③付加金の適否
乙事件:
④セミナーの受講料の返還合意有無
⑤同合意の労基法16条該当性
⑥同合意に基づく権利行使の信義則違反該当性
<判断>
●甲事件
変形労働時間制が有効であるためには、変形期間である1か月の平均労働時間が1週間当たり40時間以内でなければならない
but
Yの稼働計画表では、Xの労働時間は1か月の所定労働時間にあらかじめ30時間が加算されて定められており、法の定めを満たさない⇒無効。
Xの割増賃金の算定に当たっては、
①店長が時間外労働の上限を月30時間以内とするよう指示を受けていたが、店舗は人員不足などの理由で繁忙であり、その労働時間の範囲では到底業務を行えなかった
②従業員はシステムへの打刻前や打刻後、休憩と打刻されていた時間中にも労働をしていた
③店長があらかじめ作成したシフトどおりになるように、システムの打刻を修正していたとの事実等
を認定した上で、
システム上の記録やXの供述などから具体的な実労働時間を認定。
①セミナーの内容はプライベート・ブランド商品の説明が主なものであった
②上司から正社員になるための要件であり受講するよう言われていて参加が事実上強制されていた
⇒セミナーの参加時間は労働時間
●乙事件
セミナーの受講料等を返還する旨の合意の成立を認めた上で、
①セミナーの参加時間が労働時間であるとの甲事件における判断、
②セミナーの内容に汎用性を見出し難く、他の職に移ったとしてもセミナーでの経験を生かせるとまでは考えられず、同合意は従業員の雇用契約から離れる自由を制限するものといわざるを得ない
⇒労基法16条にいう違約金の定めに該当する
⇒同合意を無効
<規定>
労基法 第一六条(賠償予定の禁止)
使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
<解説>
変形労働制の判断についての裁判例。
実労時間の判断:
ア:時間外労働の上限についての指示、
イ:打刻時間外の労働
ウ:システムの打刻時間の修正
といった事実認定を踏まえ、
Xの具体的な始業時刻、終業時刻、休憩時間が認定。
ア~ウの事実の認定
←
①退社の打刻の後に業務に関するメールが送信
②退社の打刻から相応の時間が経過して警備がセット
③多くの月で時間外労働がちょうど30時間となっている
④休憩の終了時刻と退社時刻がほぼ同じ時間で記録されている日が多数にのぼっている
セミナーの労働時間該当性は、最高裁H12.3.9の判断枠組みによっている。
セミナーの内容や強制力の有無という事実が重視⇒使用者の指揮命令下にあるとされた。
● セミナー受講料等の返還合意:企業において広く行われている。
労基法16条に違反するかどうかは、
費用至急の対象となった研修・留学等の業務性を中心に、支給された費用の性格など諸種の事情を考慮して、労働関係の継続を強制するものとして実質的に違約金等の定めと評価できるかどうかにつき、本条の趣旨に照らして事案ごとに総合的に判断される。
東京地裁H9.5.29:
社員留学制度に関し、
①社員の自由意思によること、
②留学先等の選択も本人の自由意思に任せられていること、
③留学経験等は勤務継続にかかわらず、有益な経験、資格となること
⇒留学費用返還請求につき労基法16条に違反しない。
同様のものとして野村證券。
海外研修が業務命令として行われており、
費用返還請求が労基法16条に違反するとしたものとして、東京地裁H10.3.17。
判例時報2513
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