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2022年6月

2022年6月30日 (木)

ツイッター上で名誉権を侵害する投稿⇒当該投稿の直前にアカウントにログインした際の発信者情報につき、経由プロバイダに対する開示請求が認められた事例

東京地裁R3.1.15

<事案>
ツイッターにおいてXの名誉権を侵害する本件記事の投稿⇒Xが、ツイッターの運営会社から開示された本件IPアドレスの保有者である経由プロバイダYに対し、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」に基づき、発信者情報の開示を求めた。
本件は、いわゆるログイン型投稿の発信者情報開示請求事件であり、本件記事の投稿時のものではなく、アカウントへのログイン時のものである本件契約者情報が法4条1項の「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当するか。

<判断>
本件IPアドレスは、アカウントに対するログインの際に割り当てられたものであり、本件記事を投稿した際に割り当てられたものではない。
but
・・・。

<解説>
本判決は、ログイン時の発信者情報も開示請求の対象となり得る旨述べ、当該ログインの機会に投降がされたとの事実認定の下、発信者情報開示請求を一部認容したもので、裁判例に1例を加えるもの。
法は、令和3年法律第27号により改正(令和4年10月までに施行予定)、改正後の法5条3項に、ログイン等のための通信であって「侵害情報の発信者を特定するために必要な範囲内であるもtのそてい総務省令で定めるもの」として「侵害関係通信」の概念が設けられ、
改正後の法5条1項及び2項に、補充性など所定の要件を満たせば、「発信者情報であって専ら侵害関連通信に係るものとして総務省令で定めるもの」と定義される「特定発信者情報」の開示を請求することができる旨の規定が新設。

ログイン時の発信者情報も事案によって開示請求の対象となり得ることが明確に。

判例時報2515

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防衛大での上級生らかの暴行、強要等のいじめ行為⇒履行補助者である同校教官らの安全配慮義務違反があるとして、国賠請求が認められた事例

福岡高裁R2.12.9

<事案>
Xは、防衛大学校を退校。
在校中、在校生8名から暴行、強要等の加害行為を受けた⇒精神的苦痛を受けるとともに、防衛大からの退校を余儀なくされた。
XがY(国)に対して、防衛大の組織上の安全配慮義務違反又は履行補助者である教官らの安全配慮義務違反による債務不履行に基づき、損害賠償として2297万2380円及び遅延損害金の支払を求め、
控訴審において、Yに対し、教官らには防衛大内部において学生間に暴力等の加害行為が起こらないよう学生を指導監督すべき注意義務を怠った過失がある
⇒国賠法1条1項に基づき、前記と同額の支払を求める請求を選択的に追加。

<原審>
Yあるいは教官らにおいて、本件各行為の発生につき予見可能性はなかった⇒安全配慮義務違反を認めず、請求を棄却。
本件学生らに対する、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟については、1名を除く学生らに対する請求について不法行為の成立が認められ、請求を一部認容する判決が確定。
(防衛大の学生は国家公務員butいずれも公務員個人の不法行為が免責される旨の主張をしていない。)

<主張>
X:
①本件当時、防衛大内では学生間指導の手段として暴力行為やいじめ行為等が蔓延していた⇒Yは、組織として、いじめ事案を早期に察知し、相談室の整備やいじめの実態の調査、原因究明等の再発防止策を講ずる態勢を直ちに構築すべき義務を負っていたが、これを怠った。
② 本件各行為は本件学生らによる一連のいじめ行為⇒教官らは、本件学生らが本件各行為を行うことを当初の段階から予見でき、仮にそうでなくても、本件各行為が発生した各段階において予見することができた⇒その都度、事実確認を行う等して再発防止策を講じる義務を負っていたが、これを怠った。
③本件加害行為によって健康被害が生じているXの心身の回復に配慮し、悪化している勤務環境を改善して、Xがその後さらに不利益を受けることがないようにすべきであったにもかかわらず、これを怠った。

Y:
①防衛大において、安全管理体制及び学生に対する指導監督教育の体制を整え、教官らが学生に対し、常日頃から、暴力やいじめ等は厳禁である旨説くなどして、学生間の指導の意義、限界を指導する教育体制をとってきた
②教官らは、それぞれ突発的に行われた本件各行為の発生を予見することはできなかった、
③本件各行為を認識した後は、直ちに事実確認や本件学生らへの指導、医務室への受診などの必要な措置はとっていた

<判断>
Yは、防衛大の学生に対する安全配慮義務として、
学生が教育訓練を受け、学生舎等において生活を送るに当たり、防衛大の組織、体制、設備などを適切に整備するなどして、学生の生命、身体及び健康に対する危険の発生を防止する義務を負い、そこには学生間指導が適切に行われるための指導の実施や具体的な危険の発生防止のための措置を講ずべき義務も含まれる
学生の指導監督を行う教官らは、Yが学生に対して負う同安全配慮義務について履行補助者の立場にある。
Y又は教官らの安全配慮義務違反の有無については、本件当時の学生間指導の実態やこれに対する防衛大の取組状況を踏まえて判断するのが相当。
教官らが、個々の行為が行われた際に、事実の確認、関係者への事情聴取、学生に対する指導、指導記録の記載、報告書の作成や上司への報告等において適切な対応を怠ったため、後の暴力行為等を防ぐことができなかった
⇒教官らの安全配慮義務違反を認めた。

<解説>
国が特別権力関係にある公務員に対しその生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っている(最高裁)
この安全配慮義務の適用範囲は学校事故にも及ぶ。

判例時報2515

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2022年6月29日 (水)

破裂脳動脈瘤に対する血管内治療であるコイル塞栓術⇒術内の本件動脈瘤の再破裂により死亡の医療過誤(肯定)

広島高裁R3.2.24

<事案>
破裂脳動脈瘤に対する血管内治療であるコイル塞栓術⇒術内の本件動脈瘤の再破裂により死亡。
女性の遺族らが、
主治医の説明義務違反又は本件手術に当たった医師ら(執刀医ら。B医師及びC医師)の手技上の注意義務違反を主張し、
使用者責任又は診療契約上の債務不履行責任に基づく損害賠償請求権に基づき、
病院を経営する法人に対し、損害賠償を請求した事案。

<原審>
請求棄却

<判断>
・・・本件動脈瘤は、2つの葉状の構成部分を有するハート型の形状のもの
⇒執刀医らは、2本のカテーテルを2つの構成部分にそれぞれに挿入して塞栓しようとした。
but
最初にフレーミングコイルで左側構成部分内に外枠を形成していたところ、コイルの一部が右側構成部分に逸出⇒やむなく同じコイルで右側構成部分のフレームも形成⇒当初の左側構成部分をフレーミングするコイルが不足し、左側構成部分のネック部分までカバーするフレームを形成することができなかった。
それにもかかわらず、執刀医らがフィリングコイルを続けて充填⇒フィリングコイルが前記左側構成部分のネック部分を穿孔し、本件動脈瘤が破裂。

B医師は、本件左側構成部分のネック部分までカバーする立体的なフレームを形成することができなかったところ、これは本件手術当時の医療水準にもとり、B医師にフレーミングについての注意義務違反があった。
女性の死亡との間に因果関係も肯定。
⇒遺族らの請求を一部認容。
尚、本件手術に先立って行われた主治医(A医師)の女性及び家族に対する説明について、具体的に説明義務違反も認めている。

<解説>
女性の死後まもなくその父親が病院宛てに質問状を出すなど、医事紛争に発展する可能性が高かったにもかかわらず、その後、ほとんどの画像が放射線技師により消去。
⇒本件動脈瘤の破裂の瞬間や、破裂後に執刀医らがコイルをどように操作したかなどの裏付けとなる画像が残されていない。
そのような中で、本判決は、手術記録などのカルテの記録やコイル塞栓術に関する医療文献などを詳細に分析し、義務違反の基準となるコイル塞栓術の医療水準を確定した上で、本件出術におけるB医師の不手際をち密に認定していった。

判例時報2515

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2022年6月28日 (火)

婚姻費用分担事件で義務者が失職した事案

東京高裁R3.4.21

<原審>
Yは退職して無職、無収入であるが、令和1年分の給与収入の5割程度の稼働能力を有する⇒月額4万円の支払等を命じた。

<判断>
婚姻費用を分担すべき義務者の収入は、現に得ている実収入によるもが原則
失職した義務者の収入について、潜在的稼働能力に基づく収入の認定をするのが許されるには、就労が制限される客観的、合理的事情がないのに主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず、そのことが婚姻費用の分担における権利者との関係で公平に反すると評価される特段の事情がある場合でなければならない。

Yは、・・・自殺企図による精神錯乱のため警察官の保護を受け、同月15日に職場を自主退職し、主治医の意見書によれば、就労は現状では困難。
Yは、自主退職後、就職活動をして雇用保険の給付を受けたことはなく、現在でも就労しておらず、令和3年3月15日付けで、精神障害者保険福祉手帳の交付申請をしている。

Yにおいて、就労が制限される客観的、合理的事情がないのに主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず、そのことが婚姻費用の分担におけるXとの関係で公平に反すると評価される特段の事情があるとは認められない。

Xは、少なくともYの現状の状態の下では、Yに対し、婚姻費用の分担金の支払を求めることはできないから、Xの婚姻費用分担の申立ては却下を免れない。

<解説>
養育費に関する東京高裁:
義務者は、養育費の減額を求める家事調停係属中の段階で失職し、就職活動をして雇用保険を受給していたが、調停不成立となって原審判がされた時点でも就職できなかった事案において、失職してまもなくの時期に、賃金センサスを用いて潜在的稼働能力があると認定して養育費を算定した原審に対し、
養育費は、当事者が現に得ている実収入に基づき算定するのが原則であり、義務者が無職であったり、低額の収入しか得ていないときは、就労が制限される客観的、合理的事情がないのに単に労働意欲を欠いているなどの主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず、そのことが養育費の分担における権利者との関係で公平に反すると評価される場合に初めて、義務者が本来の稼働能力(潜在的稼働能力)を発揮したとしたら得られるであろう収入を諸般の事情から推認し、これを養育費算定の基礎とすることが許されるというべき。
原審は、こうした点について十分に審理しているとはいえない⇒原審判を取り消して、差し戻した。

判例時報2515

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宅建業法の趣旨に反する名義貸し合意とこれと一体としてされた利益分配合意の効力

最高裁R3.6.20

<事案>
・・・
Xが、Yに対し、本件合意に基づいてXに支払われるべき金員の残額として1319万円余りの支払を求めるなどするもの。
本件反訴:Yが、Xに対する1000万円の支払は法律上の原因のないものであったと主張して、その返還等を求めるもの。

<判断>
宅建業法3条1項の免許を受けない者(「無免許者」)が宅地建物取引業を営むために免許を受けて宅地建物取引業を営むもの(宅建業者)からその名義を借り、当該名義を借りてされた取引による利益を両者で分配する旨の合意は、宅建業法12条1項及び13条1項の趣旨に反する⇒公序良俗に反し、無効である。

事実関係等によれば、本件合意は前記各条項の趣旨に反するものである疑いがあり、
Yから本件合意の内容は宅建業法に違反する旨の主張もされていたところ、同主張について審理判断することなく本件合意の効力を認めた原審の判断には、明らかな法令違反がある。

原判決中、Yの敗訴部分を破棄し、本件合意の効力等について更に審理を尽くさせるため、原審に差し戻した。

<解説>
● 宅建業法:
宅地建物取引業を営む者について免許制度を採用しして、
欠格要件に該当する者には免許を付与しないものとし、
無免許の営業及び宅建業者による名義貸しを禁止し、
これらの違反について刑事罰を定めている。

● 行政法規違反の法律行為の私法上の効力:
A:通説:
行政法規を
①事実としての行為を命じたり禁止したりすることを目的とするいわゆる取締法規と、
②法律行為としての効力を規制することを目的とする強硬法規とに区別し(二元論)、
取締法規違反(①)にとどまる場合には、原則として法律行為を有効としつつ、例外的に、立法の趣旨、違反行為に対する社会の倫理的非難の程度、一般取引に及ぼす影響、当事者間の信義・公正等を総合的に考慮して、その効力を無効とすべきか否かを決定。

B:取締法規と強行法規との区別をしない見解(一元論)
B1:行政法規を警察法令と経済法令との分け、
前者に違反する法律行為については司法上の効力に謙抑的であるべきであるが、
後者に違反する法律行為については積極的にその効力を否定すべき
(取引的公序論)
B2:民法90条が私的自治・契約自由を制限する規定
⇒同条を適用して法律行為を無効とするためには、
法令の目的が法律行為を無効とすることを正当化するに足りるだけの重要性をもつこと、
その法令の目的を実現するために法律行為を無効とすることが必要不可欠といえることを要する
とする憲法的公序論

判例:
行政法規に反する法律行為の効力については、そのことを理由に直ちに無効であるとするものは少なく、原則としてこれを有効としつつ、個々の事例ごとに公序良俗違反となるか否かを判断しているものが多い。

行政法規によって許可制度や免許制度が採用されるなど、一定の資格がある者に限って一定の取引等をすることができるとされている場合において、その法規違反となる名義貸しを内容とする合意がされた場合:
A総合判断説:
法律がとくに厳格な標準で一定の資格のある者に限って一定の企業ないし取引をすることができるとしている場合に、その名義を貸与する契約は、法律がその企業ないし取引をする者を監督しようとしている趣旨に反する⇒無効
B2:
そうした契約を無効としないかぎり、許可を得ていない者がその名義を利用して営業するのを少なくとも法形式上放任してしまうことになり、審査を経て許可を受けた者にのみ営業を許すという許可制の目的と相いれない⇒無効。

<規定>
宅建業法 第一二条(無免許事業等の禁止)
第三条第一項の免許を受けない者は、宅地建物取引業を営んではならない。

宅建業法 第一三条(名義貸しの禁止)
宅地建物取引業者は、自己の名義をもつて、他人に宅地建物取引業を営ませてはならない。

●名義貸しが宅建業法13条1項違反となるためには、「他人」が「宅地建物取引業を営」むことを要する⇒名義借り人が営利の目的で反復継続して行う意思の下に宅建業法2条2号所定の行為をすることが必要

仮に、本件合意が公序良俗違反により無効⇒反訴請求については、1000万円の支払が不法原因給付に当たるか否かが問題
公序良俗違反により無効となるのは、名義貸し人と名義借り人との間の内部的な合意、すなわち名義貸し合意とこれと一体としてされた利益分配合意であって、名義を借りてされた外部者との取引行為自体が無効となるものではない。

●本判決:
行政法規である宅建業法の趣旨に反する名義貸し合意とこれと一体としてされた利益分配合意が、公序良俗に反し、無効であるとの法理判断を最高裁において初めて示したもの。

判例時報2515

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2022年6月25日 (土)

タコの形状を模した公園の滑り台の著作物性(否定)

東京地裁R3.4.28

<事案>
XがYに対し、Xが製作したタコの形状を模した滑り台(本件原告滑り台)が美術の著作物又は建築の著作物に該当し、Yがタコの形状を模した講演の遊具である滑り台2基を制作した行為はXの本件原告滑り台に係る著作権(複製権又は翻案権)を侵害する

主位的に損害賠償を、予備的に不当利得の返還を求めた。

<争点>
本件原告滑り台が美術又は建築の著作物に該当するか

<規定>
著作権法 第一〇条(著作物の例示)
この法律にいう著作物を例示すると、おおむね次のとおりである。
四 絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物
五 建築の著作物

著作権法 第二条(定義)
この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。

2この法律にいう「美術の著作物」には、美術工芸品を含むものとする。

<判断>
本件原告滑り台が遊具としての実用に供されることを目的とするもの。
応用美術のうち「美術工芸品」(著作権法2条2項)以外のものであっても、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となる得る美的特性を備えている部分を把握できるものについては、「美術」「の範囲に属するもの」(同法2条1項1号)である「美術の著作物」(同法10条1項4号)として保護され得る。
①本件原告滑り台が前記の目的を有するもの⇒「美術工芸品」に該当すると認めることはできない。
②本件原告滑り台のタコの頭部を模した部分、足を模した部分及び空洞(トンネル)を模した部分の構造並びに全体の形状等をそれぞれ具体的に検討し、遊具としての利用と強く結びついているとか、遊具としての利用のために必要不可欠な構成であるなどと評価して、いずれの部分等についても美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものとは認められない
⇒本件原告滑り台は「美術の著作物」として保護される応用美術とは認められない。

本件原告滑り台は「建築」(著作権法10条1項5号)に該当。
「建築の著作物」(同号)としての著作物性についても、応用美術に係る前記の同様の基準によるのが相当。
本件原告滑り台は「建築の著作物」に該当せず、同法2条1項1号所定の著作物としての保護は認められない。

<解説>
●美術工芸品以外の応用美術であっても、著作権法2条1項1号の保護要件を満たしたものは著作物として保護される。
具体的な保護の基準:
実用目的の応用美術であっても、実用目的に必要な構成と分離して、美術鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握できるものについては、当該部分を同号の美術の著作物として保護すべきであると解すべき。(分離可能説)

●建築の著作物(著作権法10条1項5号)
大阪高裁:
客観的、外形的に見て、それが一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性を上回り、居住用建物としての実用性や機能性とは別に、独立して美的鑑賞の対象となり、建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるうな造形芸術としての美術性を備えた場合と解するのが相当である。

建築の著作物の著作物性を判断する上では応用美術における議論を参考し得ることを前提とした説示。

判例時報2514

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建設中の産業廃棄物の安定型最終処分場について建設、使用及び操業禁止の仮処分命令の申立てが認められた事例

広島地裁R3.3.25

<事案>
事業協同組合であるYが広島県から設置許可を得て産業廃棄物の安定型最終処分場(本件処分場)を建設中。
周辺住民等であるXら518名が、本件処分場の建設、使用及び操業により、井戸水、水道水及び河川の水が有害物質によって汚染され、あるいは土砂災害を誘発するおそれがある⇒人格権等に基づき、本件処分場の建設、使用及び操業禁止の仮処分命令を求めた。

<主張>
Xら:
① 安定5品目以外の廃棄物が付着・混入するおそれがある
②安定5品目の埋立てにより有害物質が漏出するおそれがある
③それにより、井戸水、水道水、河川の水が汚染(それにより農作物や川魚が汚染)されるおそれがある
④土砂災害が発生するおそれがある

<判断>
被全権利について、
人が飲用水に有害物質が含まれるおそれがあることにより抱くことになる「自らが健康被害を受けるのではないかという不安」が「主観的なものにとどまらず、社会通念上も合理的なものと評価される場合には」、「生命、身体、健康についての身体的人格権と密接に関連する精神的人格権の一種としての平穏生活権」を侵害するものであり、原因行為の差止めを求める根拠(被保全権利)となり得る。

平穏生活権の侵害についての主張立証責任は、民事訴訟の一般原則により債権者ら(Xら)が負う。

安定5品目以外の廃棄物の付着・混入を受入れ側で防止することが困難であるのに対し、その防止のためにYが掲げる方策は不十分⇒安定5品目以外の廃棄物が付着・混入するおそれがある。
主としてXらが提出した専門家の意見書をもとに、推定される予定地周辺の岩盤や断層の状況等⇒本件処分場から漏出した水が予定地付近の4井戸の水源に混入し井戸水が汚染されるおそれがあると認定し、他方で、Yは住民の健康被害の不安を払しょくするために井戸の利用状況等について十分な調査を尽くしていない

Xらのうち4井戸の井戸水を飲用に供している9名について、
健康被害への不安感は社会通念上合理的なものであり、
本件処分場の操業が開始されれば「著しい損害又は急迫の危険と評価される程度の平穏生活権侵害をもたらすおそれがある」

保全の必要性も肯定した上で、
9名に担保を立てさせないで、本件処分場の建設等の仮の差止めを認めた。
9名以外の、他の井戸水を利用するXら、水道水を利用するXら、河川の水による健康被害のおそれを主張するXら、土砂災害による被害のおそれを主張するXらの申立てについては、被保全権利の疎明がないとして認めなかった。

<解説>
●人格権に基づく差止請求権。
操業行為の違法性については、
人の生命、身体に対する加害のおそれが認められれば直ちに違法性を認めるべきとする裁判例もある一方、
侵害行為の態様と程度、その公共性・重要性、被害防止のための対策の内容等も考慮して、侵害行為が受忍限度を超える場合に違法性を認めるとする裁判例が多い。

被害立証については、被害者と事業者との立証負担の公平の観点から、被害者の立証責任の軽減を図る裁判例も見られる。
本決定は、身体的人格権と密接に関連する精神的人格権の一種としての平穏生活権が被保全権利となり得るとしている。
平穏な生活に係る利益ないし権利は判例で承認されているものの、その具体的内容は事案によって様々であり、外延は明確ではない。

本決定:平穏生活権を「精神的人格権」の一種と分類したことや、「健康被害への不安感」を平穏生活権の侵害と捉えて差止請求権の根拠とした。

●産業廃棄物の最終処分場:
①遮断型
②管理型
③安定型:有害物質や有害物の付着がなく、雨水にさらされても化学変化を起こさない安定5品目(安定型産業廃棄物)の埋立処分を目的とするもの。
⇒法令上他の2者で求められる遮水工や水処理施設の設置は求められていない。
but
従前から、有害物質を含んだ浸出水による水質汚濁が問題視されている。

判例時報2514

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2022年6月24日 (金)

産廃処理についての事務管理に基づく有益費償還請求権が認められた事例

福井地裁R3.3.29

<事案>
X(敦賀市)は、福井県内の市であり、Yらは、栃木県等の市町村を構成団体とする一部事務組合及び長野県内の町。
A社:福井県知事から産業廃棄物処分業等の許可を受けた株式会社であり、Xの管轄する地域内に廃棄物処理施設を設置。本件訴訟提起前に破産手続開始決定を受けており、福井県は、本件処分場に係る設置許可を取り消している。
Yら:A社に委託して本件処分場に一般廃棄物を搬入。
本件処分場では届出要領を超える廃棄物が処分され、周辺河川の水質調査では複数の項目について環境省令に定める排出等基準を超えることが確認された

福井県とXは、A社に対し、本件処分場の漏水防止対策や浸出益浄化対策等を命じる措置命令を発し、同措置命令に係る行政代執行として、水処理施設の維持管理や水質モニタリング等の措置(「本件措置」)を実施。
福井県とXは、本件措置について協定を取り交わし、本件措置に要する経費の負担割合につき福井県が8割、Xが2割⇒Xは、福井県に対し、前記協定に基づく分担金を支払った。
Xは、Yらに対し、本件措置に係る費用の一部について、
①事務管理に基づく有益費償還請求権
②不当利得返還請求権
③国賠法1条1項、民法715条1項及び709条に基づく損害賠償請求権
により、金銭の支払を求めた。

<争点>
Yらが、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(「法」)に定める生活環境の保全上必要な措置を講ずる義務を負うか

<判断>
XとYらとの間で事務管理が成立する⇒XとYらとは不真正連帯債務に準ずる関係にあり、Xの負担部分を超える部分について、各Yらの負担部分に相当する限度で事務管理に基づく有益費償還請求権が認められる。
⇒Xの請求を一部認容。

<解説>
●法は、廃棄物を一般廃棄物と産業廃棄物に区分した上で、一般廃棄物については、市町村がその適正な処理に必要な措置を講ずるべき責務を負い、市町村をその処理責任の主体と定めて一般廃棄物の処理についての統轄的な責任を負わせている。
市町村は、一般廃棄物の処理を他人に委託することもできるところ、この委託に関しては、政令で定める基準に従わなければならない等の各種規定があり、これらの規定に照らし、市町村は、一般廃棄物の処理を委託した場合であっても、その統括的な責任を免れることはないと解されている。

本判決:
以上の理解を前提に、一般廃棄物の排出自治体は、一般廃棄物の不適切な処分を行って生活環境の保全上の支障又はそのおそれを生じさせた場合には、支障除去又は防止のために必要な措置を講ずる義務を負う⇒Yらは本件措置を行う義務を負う。

廃棄物処理施設の所在地を管轄する市町村は、廃棄物処理施設の設置者に対してその維持管理等に関して報告を求めること、廃棄物処理施設に立ち入って検査をすること、廃棄物処理基準に適合しない処理が行われた場合に当該処理を行った者に対して改善命令を発すること及び措置命令を発することといった権限を有する。
これらの権限が認められているのは、廃棄物処理施設の所在地を管轄する市町村が市民らに対してその生活環境を健全に保つ義務を負っていることに基づく
Xは、本件処分場の立地自治体として、本件措置を行う義務を負う。

●XとYらは、いずれも本件措置を行う義務を負い、その義務相互の関係は不真正連帯債務に準ずるものと解した上で、
Xは本件処分場の設置者(A社)に対して立入検査や改善命令等をなし得る立場にあるが、排出自治体であるYらはそのような立場になく、一般廃棄物処理の状況の正確な確認は困難。

法は、1次的にはXが前記権限を行使することにより、生活環境保全上の支障又はそのおそれの発生の防止に関して必要な措置を講ずることを予定しており、Xの負担割合は全体の7割をくだらない。
Xが自己の負担部分を超えて義務を履行した場合には、その超える部分については他人の事務を管理したもの⇒Yらに対して、各Yらが排出した一般廃棄物の量に応じて、有益費償還請求ができる。

判例時報2514

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暴対法31条の2の威力利用資金獲得行為

東京地裁R3.2.26

<事案>
指定暴力団W会の下部組織に所属していたY9ないしY11(「被告行為者ら」)が関与して行われた特殊詐欺の被害に遭い、損害を被った⇒被告行為者らに対し、共同不法行為に基づき、Xらが交付した金員相当額及びこれに対する遅延損害金の連帯支払を求めるとともに、
被告行為者らがXらから金員を詐取した行為は、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律31条の2にいう「威力利用資金獲得行為」に当たり、又は民法715条にいう「事業の執行」について行われたものであり、亡P1、Y7及びY8はW会の「代表者等」又は使用者等に当たる⇒Y7、Y8及び亡P1の相続人であるY1ないしY6に対し、暴対法31条の2又は民法714条に基づき、前同額の連帯支払を求めた事案。

<争点>
本件各詐欺行為の威力利用資金獲得行為(暴対法31条の2本文)該当性

<規定>
暴対法 第三一条の二(威力利用資金獲得行為に係る損害賠償責任)
 
指定暴力団の代表者等は、当該指定暴力団の指定暴力団員が威力利用資金獲得行為(当該指定暴力団の威力を利用して生計の維持、財産の形成若しくは事業の遂行のための資金を得、又は当該資金を得るために必要な地位を得る行為をいう。以下この条において同じ。)を行うについて他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。ただし、次に掲げる場合は、この限りでない。
一 当該代表者等が当該代表者等以外の当該指定暴力団の指定暴力団員が行う威力利用資金獲得行為により直接又は間接にその生計の維持、財産の形成若しくは事業の遂行のための資金を得、又は当該資金を得るために必要な地位を得ることがないとき。
二 当該威力利用資金獲得行為が、当該指定暴力団の指定暴力団員以外の者が専ら自己の利益を図る目的で当該指定暴力団員に対し強要したことによって行われたものであり、かつ、当該威力利用資金獲得行為が行われたことにつき当該代表者等に過失がないとき。

<判断>
暴対法31条の2本文の威力利用資金獲得行為について、
①指定暴力団の代表者等に配下の指定暴力団員の威力利用資金獲得行為に係る損害賠償責任を負わせ、民法715条の規定を適用して代表者等の損害賠償責任を追及する場合において生じる被害者側の主張立証の負担の軽減を図ることとした暴対法31条の2の立法趣旨
②同条の文言

同条のいう「威力を利用」する行為とは、資金の獲得のために何らかの形で威力が利用されるものであれば足り、被害者に対して威力が示されることは必要ない
本件各詐欺行為のような特殊詐欺は、暴力団の資金源とすべく、その遂行に関与する人員の確保や統制等につき暴力団の威力の利用を背景としてこれを敢行しているという実態があり、また、W会においては、上納金制度が採られており、本件各詐欺行為により詐取した金員がその原資の一部になっていたものと推認できる。

被告行為者らの本件各詐欺行為の遂行における指揮命令等の具体的態様や共犯者らの被告行為者らに対する認識等

①被告行為者らは、共犯者のうち、W会の下位者に対しては、W会における階層構造における絶対的服従関係を認識した上でこれを利用したもの
②W会の構成員でない者に対しては、これらの者における被告行為者らが暴力団員であるとの認識を了知したり同認識をされ得る言動をしたりした上で、本件各詐欺行為に従事させていた

本件各詐欺行為が、W会の威力を利用して実行された資金獲得行為に当たる

<解説>
暴力的要求行為の禁止に関して定める暴対法9条の「威力を示して」
暴対法31条の2:「威力を利用して」

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2022年6月20日 (月)

不貞行為の認定が否定された事案

東京地裁R3.1.27

<事案>
Aの妻であるXが、Aの会社の入社同期であるYに対し、YがAと不貞行為を行ったと主張して、不法行為に基づく慰謝料等の支払を求めた事案。

<判断>
①メールのやりとりから、YとAとが非常に親密な関係にあり、また、会うことがあったとは認められるが、それを超えて不貞行為を行っていたとまでは推認できない。
②ホテルの利用明細書や手帳のメモから、Aが当時Yが居住していた国分寺を訪れたり、国分寺のホテルに宿泊したことは認められるが、AがYと宿泊したり不貞行為に及んだことは推認できない。
③Aの友人Bの陳述書の記載も信用できない。

Xの請求を棄却。

<解説>
不貞行為は証拠の提出が困難な紛争類型として、よく取り上げられている。
ホテルに2人で入った⇒通常、不貞行為があったと推認できる。
but
そのような事実がない場合は、不貞行為を推認するのが困難な場合が多い。

裁判例:
メールのやりとりにおいて、性行為の露骨な描写や感想が記載されていることを不貞行為の事実の推認事実としたケース。
当事者が経験した者でなければ不可能な性的な描写を自らのブログに記載していることも不貞行為を推認する間接事実の1つとする裁判例。

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家賃保証業者の契約条項と消費者契約法8条1項3号、10条違反(否定)

大阪高裁R3.3.5

<事案>
Yは、家屋(住居)を賃借しようとする賃借人から保証委託契約の申込みを受けてこれを締結し、賃貸人と保証契約を締結する事業(家賃債務保証業)を営む事業者であり、不特定かつ多数の消費者である賃借人等との間で家賃債務保証等に係る消費者契約(本件契約)を締結。
消費者契約法2条4項所定の適格消費者団体であるXが、Yに対し、本件契約に含まれる各条項は同法8条1項3号又は10条に規定する消費者契約の条項に該当⇒同法12条3項に基づき、各条項を含む消費者契約の申込み又は承諾の意思表示の差止め等を求めた。

<規定>
第八条(事業者の損害賠償の責任を免除する条項等の無効)
次に掲げる消費者契約の条項は、無効とする。
三 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除し、又は当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項

第一〇条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。

第一二条(差止請求権)
3適格消費者団体は、事業者又はその代理人が、消費者契約を締結するに際し、不特定かつ多数の消費者との間で第八条から第十条までに規定する消費者契約の条項(第八条第一項第一号又は第二号に掲げる消費者契約の条項にあっては、同条第二項の場合に該当するものを除く。次項において同じ。)を含む消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示を現に行い又は行うおそれがあるときは、その事業者又はその代理人に対し、当該行為の停止若しくは予防又は当該行為に供した物の廃棄若しくは除去その他の当該行為の停止若しくは予防に必要な措置をとることを請求することができる。ただし、民法及び商法以外の他の法律の規定によれば当該消費者契約の条項が無効とされないときは、この限りでない。

<契約内容>
(1)本件契約13条1項
ア:家賃債務保証受託者であるYに賃貸借契約(原契約)を無催告解除する権限を付与する趣旨の条項(13条1項前段)
イ:Yが原契約の無催告解除件を行使することについて、賃借人に異議がない旨の確認をさせる趣旨の条項(13条1項後段)

(2)
ア:賃借人が賃料等の支払を2か月以上怠り、Yにおいて合理的な手段を尽くしても賃借人本人と連絡がとれない状況の下、電気・ガス・水道の利用状況や郵便物の状況等から原契約の目的たる賃借物件を相当期間利用していないものと認められ、かつ、賃借物件を再び占有しようとしない賃借人の意思が客観的に看取できる事情が存するとき⇒賃借人が明示的に異議を述べない限り、賃借物件の明渡しがあったものとみなす権限をYに付与する条項(18条2項2号)
イ:Yが前記アの条項に基づき賃借物件の明渡しがあったものとみなす場合⇒Yが賃借物件内等に残置する賃借人の動産類を任意に搬出・保管することに賃借人が異議を述べないとする条項(18条3項)
ウ:Yが前記アの条項に基づき賃借物件の明渡しがあったものとみなし、前記イの条項に基づき賃借物件内等に残置する賃借人の動産類を任意に搬出・保管する場合において、賃借人が当該搬出の日から1か月以内に引き取らない⇒賃借人は当該動産類全部の所有権を放棄し、以後、Yが随意にこれを処分することに異議を述べないとする条項(19条1項)
エ:Yが前記アの条項に基づき賃借物件の明渡しがあったものとみなし、前記イの条項に基づき賃借物件内等に残置する賃借人の動産類を任意に搬出・保管する場合において、Yが搬出して保管している賃借人の動産類について、賃借人が、その保管料として月額1万円をYに支払うほか、当該動産類の搬出・処分に要したYに支払うとする条項(19条2項)

<判断>
いずれも消費者契約法8条1項3号又は10条に該当しない⇒Xの請求をすべて棄却。

<解説>
●本件契約13条1項
◎本件契約13条1項前段の文言⇒賃借人が支払いを怠った賃料等の合計額が賃料3か月分以上に達したときという要件のみをもってYによる原契約の無催告解除を許容する趣旨とみる余地がないではない。
but
家屋賃貸借契約における賃料の遅滞の場合の無催告解除特約当該契約を解除するに当たり催告をしなくても不合理とは認められない事情が存する場合に無催告での解除権の行使を許す旨を定めた約条として有効であると判例法理や
賃料の不払に対し賃貸人からの催告があったにもかかわらず、なお賃料が支払われない場合であっても、当事者間の信頼関係を破壊するものとは認められない特段の事情があるときは、債務不履行による賃貸借契約の解除は認められないものとする判例理論は、
現時点において賃貸借契約を規律する実体法規範の一部を成しており、本件契約にも適用される。

本件契約13条1項前段は、民法542条1項の定める事由以外の事由がある場合にも民法541条の履行の催告なく原契約を解除することを認める⇒任意規定の適用による場合に比し、消費者である賃借人の権利を制限するもの。
but
賃借人が支払を怠った賃料等の合計額が賃料3か月分以上に達するという事態は、それ自体が、賃貸借契約の基礎を成す当事者間の信頼関係を大きく損なう事情というべき。
契約を解除するに当たり催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような事情がある場合に、原契約の解除前に履行の催告を受けられないという賃借人の不利益の程度はさして大きくない
信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものとはいえない

X:消費者契約法12条に基づく差止訴訟においては、個別具体的な紛争を前提とする通常の訴訟(個別訴訟)の場合とは異なり、限定的な解釈をすべきではない。
vs.
本判決:
消費者契約法12条に基づく差止請求訴訟においては文言を基礎とした解釈が優先されるべき。
but
前記判例法理は現時点で賃貸借契約を規律する実体法規範の一部を成しているということができる⇒前記結論。

前記判例法理による無催告解除特約等の限定的な解釈は、個々の契約について個別具体的な事情に基づき限定的な解釈がされる場合とは異なり、規範としての一般的ないし汎用性を有し、少なくとも裁判実務において広く安定的に適用されていることを重視。

◎本件契約13条1項前段が原契約の直接の当事者でないYに原契約の解除権を付与している点が、消費者契約法10条に該当するか?
本判決:
①解除権は・・・通常は契約当事者に認めれば足り、民法もこれを当然の前提としている。
②原契約の解除権をYにも付与すると、賃借人にとっては、解除事由が発生した場合に契約を終了させられる事態を避けるために交渉し、理解を得るなどしなければならない相手が増えて交渉等が困難となり、契約を終了させられる可能性が増す。
任意規定の適用による場合に比し、消費者である賃借人の権利を制限する側面を有するというべき余地がある。

Yに原契約の解除権を付与している点が信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものといえるかが問題。

本件契約の内容:
①賃貸人は、原契約が継続している限り、賃料等を概ね確実に全額受領することができる地位を取得する反面、Yは、賃貸人に対して賃料等の不払を補填し、かつ、賃借人から求償債務の支払を受けられないリスクを負担。その負担は債務不履行の継続に伴い限度なく増大するおそれ。
②本件契約13条1項前段の趣旨は、このような本件契約をめぐる賃貸人とYとの利害状況に鑑み、民法の原則を修正して、賃借人による債務不履行のうち、特にYの負う経済的負担が拡大していく危険の高い賃料等の不払が一定の範囲を超えた場合に、原契約の解除権をYにも付与し、もって、原契約が継続することによりYの経済的負担が限度なく増大していく事態をY自らが解消することができるようにしたもの。⇒13条1項前段の趣旨・目的には、相応の合理性がある。
同条項の定める無催告解除の要件を満たす場合にYが解除権を行使し得るものとすることによって賃借人が受ける不利益の限度は限定的なものにとどまる。

Yに原契約の解除権を付与している点をもって信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものに当たるということはできない。
尚、Y:解除事由が存する以上、解除権を行使するのが賃貸人ではなく、Yであったとしても、賃借人には具体的な不利益が発生するわけではない旨主張。

◎13条1項後段について、
同項の文言を素直に読めば、同項後段は、同項前段によってYに解除権が付与されたことを前提に、Yがこれを行使することについて、賃借人を含む他の契約当事者に異議がないことを確認する趣旨にすぎない
同項前段の要件を満たさないにもかかわらず、Yが解除権を行使した場合に、賃借人がYに対して取得する損害賠償請求権等の法的権利を放棄させたり、そのそも無効と解されるべきYの解除権の行使について、これを争う利益を放棄させたりするとの趣旨を読み取ることはできない。
⇒消費者契約法8条1項3号又は10条に該当しない。

●18条2項2号等について
◎ 1審:
18条2項2号は、同条3項及び19条1項の内容と相まって、原契約が終了しておらず、賃借人がいまだ賃借物件の占有を失っていない場合であってもYに自力で賃借物件の占有を取得させることを認めるものにほかならず、これは自力救済行為として不法行為に該当ものであるのに、賃借人に対し、同行為を理由とするYに対する損害賠償請求権を放棄させる内容を含む⇒消費者契約法8条1項3号に該当。

判断:
これらの条項は、いずれもYに各条項所定の一定の権限を付与し、賃借人がYによる権限行使に異議を述べないことなどを規定したものであり、それを超えて、Yが、本件契約18条2項2号の要件を満たさないにもかかわらず賃借物件の明渡しがあったものとみなして同条3項、19条1項により付与された権限を行使したり、あるいは、これらの権限を行使するに際し故意または過失により賃借人に損害を与えたりしたような場合にまで、これによりYが賃借人に対して負うこととなる不法行為に基づく損害賠償責任の全部を免除する趣旨を読み取ることはできない⇒法8条1項3号に該当するとはいえない。

契約で付与された権限を契約当事者が行使することについて相手方当事者が異議を述べない旨の条項があるからといって、当該権限の行使に関する不法行為に基づく損害賠償責任の全部を免除する趣旨まで含むものと解するのは、一般的に困難。

◎X:本件契約18条2項2号はYによる自力救済を正当化する条項として消費者契約法10条に該当。
一般に、私力の行使は、原則として法の禁止するところであり、法律に定める手続によったのでは権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合においてのみ、その必要の限度を超えない範囲内で、例外的に許される(最高裁)とされており、
賃借人が契約の終了後も任意に賃借物件の明渡しを履行せずにその占有を継続している場合に、賃貸人等がこれを自力で執行する自力救済は原則として許容されない。
このような本来は許容されないはずの自力救済について、一定の要件の下でこれを認める旨の条項をあらかじめ契約に定めることが直ちに許容されないか?

最高裁:所有権留保の自動車月賦販売において、割賦金不払による解除により自動車の引揚げをあらかじめ約諾することは公序良俗に反しない。
but
自力救済が原則として禁止されるのが社会秩序の維持を理由とする⇒前記のような条項をあらかじめ契約に定めたからといって、無限定に自力救済が許容されるとは考え難い。

本判決:
同条項は、賃借人が賃借物件について占有する意思を最終的かつ確定的に放棄した(ことにより賃借物件についての占有権が消滅した)ものと認められるための要件をその充足の有無を容易かつ的確に判断することができるような文言で可能な限り網羅的に規定しようとした条項。
同条項は、賃借人から明渡しがされたとは認められないものの、所定の要件を満たすことにより、賃借人が賃借物件の使用を終了してその賃借物件に対する占有権が消滅しているものと認められる場合において、賃借人が明示的に異議を述べない限り、Yに対し、賃借物件の明渡しがあったものとみなし、原契約が継続している場合にはこれを終了させる権限を付与すると解するのが相当。

同条項が賃借物件について賃借人の占有が残っている場合にまでYによる自力救済としてその占有を解くことを目的とする条項であるとするXの主張は採用できない。

◎本件契約18条2項2号やこれに基づき明渡しがあったものとみなされた後のYによる賃借物件内の残置動産の搬出等を許容する同条3項等の条項が消費者契約法10条に該当するか?
任意規定の適用による場合に比し、消費者である賃借人の権利を制限するものであるが、信義則に反してその利益を一方的に害するものということはできない。

①賃借人が受ける不利益が賃借物件内の動産類を搬出・保管ないし処分され得るという点に限られ、むしろ現実の明渡しをする債務を免れ、賃料等の更なる支払義務を免れるという利益を受ける
②賃借人は明示的に異議を述べさえすればYによる権限の行使を阻止することができる
③賃貸人やYが受ける利益が大きい
消費者契約法の適用範囲に関し、同法は、消費者契約の条項が同法10条により無効とされるか否かを、合理的な解釈により確定される当該条項の客観的規範内容それ自体が同条の要件に該当するか否かによって判断すべきものとしているのであって、
当該条項の内容が事業者の誤った運用を招来するおそれがありそれによって消費者が不利益を受けるおそれがあることを理由に当該条項を無効とすることは、同法の予定しないところであると解すべき。

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2022年6月16日 (木)

会計限定監査役の任務違反

最高裁R3.7.19

<事案>
株式会社であるXが、監査の範囲が会計に関するものに限定されている監査役であったYに対し、Yがその任務を怠ったことにより、Xの従業員による継続的な横領の発覚が遅れて損害が生じた⇒会社法423条1項に基づき、損害賠償を請求。

<原審>
会計帳簿の信頼性欠如が容易に判明可能であったなどの特段の事情がない限り、会計限定監査役は会計帳簿の内容を信頼して監査することで足りる。
本件においては、前記の特段の事情はなく、監査において計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認したYはその任務を怠ってはいない。
⇒請求棄却。

<判断>
会計限定監査役は、計算書類等の監査を行うに当たり、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでない場合であっても、当該掲載書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認しさえすれば、常にその任務を尽くしたといえるものではない。
⇒原判決を破棄。

Xにおける本件口座に係る預金の重要性の程度、その管理状況等の諸事情に照らしてYが適切な方法により監査を行ったといえるか否かにつき更に審理を尽くして判断する必要がある。
⇒事件を原審に差し戻した。

<規定>
会社法 第三八九条(定款の定めによる監査範囲の限定)
公開会社でない株式会社(監査役会設置会社及び会計監査人設置会社を除く。)は、第三百八十一条第一項の規定にかかわらず、その監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する旨を定款で定めることができる。
2前項の規定による定款の定めがある株式会社の監査役は、法務省令で定めるところにより、監査報告を作成しなければならない。

4第二項の監査役は、いつでも、次に掲げるものの閲覧及び謄写をし、又は取締役及び会計参与並びに支配人その他の使用人に対して会計に関する報告を求めることができる。
一 会計帳簿又はこれに関する資料が書面をもって作成されているときは、当該書面
二 会計帳簿又はこれに関する資料が電磁的記録をもって作成されているときは、当該電磁的記録に記録された事項を法務省令で定める方法により表示したもの
5第二項の監査役は、その職務を行うため必要があるときは、株式会社の子会社に対して会計に関する報告を求め、又は株式会社若しくはその子会社の業務及び財産の状況の調査をすることができる

<解説>
学説:監査役は、監査において、その程度はともかく計算書類等の適正性を確認する必要がある。

最高裁:
監査役の監査を受けた計算書類等の役割や会計限定監査役に付与された権限(会社法389条4項、5項等)⇒会計帳簿の信頼性を欠くものであることが明らかではない場合であっても、前記権限を行使して、会計帳簿の信用性の確認やその基礎資料を確認すべき場合がある。

差戻審において、本件口座の重要性、その管理状況等及びそれについての被告の認識等について審理すべき

本件における会計限定監査役の任務懈怠の有無を判断する際の考慮要素を指摘したものであるところ、個別具体的な事実関係を踏まえて、任務懈怠の有無を判断すべきとしたものと解される。

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2022年6月15日 (水)

相続税の増額更正を取り消す旨の判決と、相続税法32条1号、同法35条3項1号の更正処分

最高裁R3.6.24

<事案>
X(被上告人)は、亡母の相続について遺産分割未了の段階で相続税法55条の規定に基づく申告⇒遺産に含まれる株式の一部の価額が過少であるとして増額更正処分⇒Xが前件更正処分の取消しを求める訴訟を提起⇒前件更正処分のうち本件申告に係る税額を超える部分を取り消す旨の判決(「前件判決」)が確定
but
前件判決について、本件申告における価額を下回る価額が認定。
その後、遺産分割⇒Xは、本件各株式の価額を前件判決が認定した価額として税額等を計算した上で相続税法32条1号の規定による更正の請求⇒更正をすべき理由がない旨の通知処分(「本件通知処分」)を受けるとともに、同法35条3項1号の規定による増額更正処分(「本件更正処分」)を受けた。

XがY(上告人。国)を相手に、本件更正処分等の取消しを求めた。

<事実関係>
(1)Xの母が死亡⇒本件申告(Xの課税価格は22億6374万4000円、税額は10億7095万円)
(2)江東東税務署長は、本件各株式の一部の価額が過少であるとして増額更正処分⇒
(3)Xは東京地裁に対し、Xの異議申立てを受けて東京国税局長により一部が取り消された後の前記増額更正処分のうち納付すべき税額(10億7095万円)を超える部分の取消しを求める訴えを提起⇒
(4)東京地裁は、納付すべき税額が本件申告に係る納付すべき税額を超える部分を取り消す旨の判決⇒東京高裁は控訴棄却。
(5)遺産分割が成立し、Xgは、本件各株式につき各銘柄の7分の6を取得
(6)Xの兄弟の2人が相続税法32条1号の規定による更正の請求⇒江東東税務署長は減額更正処分
(7)Xは、遺産分割調停成立を理由に、相続税法32条1号による更正の請求で、その評価は前件判決を前提
(8)江東東税務署長:
株式の価額の減額を求める部分は、本件申告における株式の価額に係る評価の誤りの是正を求めるものであり、相続税法32条1号の規定する事由に該当しない。
同法35条3項1号に基づき増額更正処分。

<争点>
① 課税庁は、相続税法32条1号の規定による更正の請求に対する処分及び同法35条3項1号の規定による更正をするに当たり、従前の申告や更正によって一旦確定していた相続税額の算定基礎となった個々の財産の価額にかかる評価の誤りを是正することができるか。
②従前の更正処分について、個々の財産の価額について当該更正処分における価額とは異なる価額を認定して当該更正処分を取り消す判決が確定した場合には、課税長は、当該取消判決の拘束力(行訴法33条1項)により、相続税法32条1号の規定による更正の請求に対する処分及び同法35条3項1号の規定による更正において、当該取消判決に示された個々の財産の価額を用いて税額等の計算を行うことを義務付けられるか。

<判断>
相続税法55条に基づく申告の後にされた増額更正処分の取消訴訟において、個々の財産につき前記申告とは異なる価額を認定した上で、その結果算出される税額が前記申告に係る税額を下回るとの理由により当該処分のうち前記申告に係る税額を超える部分を取り消す旨の判決が確定した場合において、
課税庁は、税通法所定の更正の除斥期間が経過した後に相続税法32条1号の規定による更正の請求に対する処分及び同法35条3項1号の規定による更正をするに際し、当該判決の拘束力によって当該判決に示された個々の財産の価額や評価方法を用いて税額等を計算すべき義務を負うことはない。

<解説>
●遺産分割と相続税の申告
・・・各共同相続人が法定相続分に従って当該財産を取得したものとして、その課税価格を計算する(相続税法55条)。
・・・前記と異なる遺産分割がされた結果、共同相続人又は包括受遺者が当該分割により取得した財産に係る課税価格が当該相続分又は包括遺贈の割合に従って計算された課税価格と異なることとなった⇒相続税について申告書を提出した者又は決定を受けた者は、・・・当該事実を知った日の翌日から4月以内に、更正の請求をすることができる(相続税法32条1号)
税務署長は、同条の規定による更正の請求に基づき更正をした場合において、他の相続人の申告又は決定に係る課税価格又は相続税額が、当該請求に基づく更正の基因となった事実を基礎として掲載した場合におけるその者に係る課税価格又は相続税額と異なることとなる場合には、その事由に基づき、税通法所定の更正の除斥期間にかかわらず、当該他の相続人に係る課税価格又は相続税額の更正又は決定をする(相続税法35条3項1号)。

同一被相続人から相続又は遺贈により財産を取得した者の間の税負担の公平を求めるために設けられたもの。

●相続税法32条1号及び35条3項における更正と個々の財産の評価の誤りとの関係について
相続税法32条1号及び35条3項1号は、同法55条に基づく申告の後に遺産分割が行われて各相続人の取得財産が変動したという相続税特有の後発事由が生じた場合において、更正の請求及び更正について規定する国税通則法23条1項及び24条の特例として、同法所定の期間制限にかかわらず、遺産分割後の一定の期間内に限り、上記後発事由により上記申告に係る相続税額等が過大になったとして更正の請求をすること及び当該請求に基づき更正がされた場合には他の相続人の相続税額等に生じた上記後発事由による変動の限度で更正をすることができるとしたもの。

相続税法55条に基づく申告等により法定相続分等に従って計算され一旦確定していた相続税額について、実際に行われた遺産分割の結果に従って再調整するための特別の手続を設け、もって相続人間の税負担の公平を図ることにある。
相続税法32条1号の規定による更正の請求においては、上記後発事由以外の事由を主張することはできない⇒一旦確定していた相続税額の算定基礎となった個々の財産の価額に係る評価の誤りを当該請求の理由とすることはできず、課税庁も、国税通則法所定の更正の除斥期間が経過した後は、当該請求に対する処分において上記の評価の誤りを是正することはできない。
課税庁は、相続税法35条3項1号の規定による更正においても、同様に、上記の評価の誤りを是正することはできず、上記の一旦確定していた相続税額の算定基礎となった価額を用いることになる。

本件申告における評価の誤りという事情は、本件申告時に内在していた事情であって、相続税特有の後発事由とはいえない。

●取消判決の拘束力と当該行政庁が有する法令上の権限について
◎取消判決の拘束力
A:既判力説
B:特殊効力説
取消判決により行政処分が取り消され、当該処分が違法であることが確定しても、それのみでは原告の救済が十分には行われず、行政庁に判決の趣旨に従った行動を義務づけることによってはじめて救済の実効性が保障される場合が少なくない⇒拘束力を特別に法定した(宇賀)。

拘束力が生ずる範囲:
主文に含まれる判断を導くために不可欠な理由中の判断であり、法的判断のみならず事実認定にも及ぶが、判決の結論と直接に関係しない傍論や要件事実を認定する過程における間接事実についての認定には拘束力は生じない(宇賀)。

取消判決の拘束力の具体的内容:
消極的行為義務として:
①反復禁止効
~取り消された行政処分と同一事情の下で同一理由に基づいて同一内容の処分を行うことを禁止する効果。

積極的行為義務として:
②再度考慮機能(案件処理のやり直し義務。行訴法33条2項、3項)
③不整合処分の取消義務
④原状回復義務
が議論されている。

◎課税庁が権限を有しない場合と反復禁止効
取消判決により行政庁が行う「義務」は、あくまでも当該行政庁がそれを行う法令上の権限を有するものに限られる。
←裁判所は、新たな実体法規範を創設する権限を有しているものではなく、判決によって行政庁に対して法令上の根拠を欠く行動を義務付けることができるとは解されない。

原田:
取消判決の「拘束力」は、個別事例について具体的に実体法上の義務を確認して行絵師長の将来の行動規範を明らかにするところにある。判決はすべて既存の実体法上の義務を個別的に確認するのがその職務であって、法秩序のうえに存在しない義務を創設するものではない。
「拘束力」は、まさに実体法上の一般的な義務を個別具体的に定立し、これを明確にするところにある。

納税者が当初の申告における個々の財産の価額に係る評価の誤りを理由とする更正の請求を行うことができず、課税庁も前記誤りを理由とする更正をする権限を有しない場合に、後発的事由に基づく更正等を行うに際して、課税庁は、取消判決の拘束力により、取消判決の理由中の判断と異なる価額をを用いることを義務付けられることはない。

◎本件において課税庁が有する権限の内容
相続税法32条1項の規定による更正の請求に対する処分及び同法35条3項1号の規定による更正においては、遺産分割によって財産の取得状況が変化したという相続税特有の後発的事由以外の事由である当初の申告における個々の財産の価額に係る評価の誤りの是正は許されていない。
⇒課税庁は、それを是正する権限を有しない。

当初の申告における個々の財産の価額に係る評価の誤りは、本来、納税者が行う税通報23条1項の規定による更正の請求に対する同条4項の更正又は同法24条の更正において是正されるべきもの。
but
税通法上の更正の請求の期間及び更正の除斥期間が経過
⇒相続人は、更正の請求において、後発的事由以外の事由を理由とすることはできず、課税庁も、後発的事由以外の事由を理由として更正処分をする権限を有しない。

◎本判決の考え方
処分を取り消す判決が確定⇒その拘束力(行訴法33条1項)により、処分を受けた行政庁等は、その事件につき当該判決における主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断に従って行動すべき義務を負う。
上記拘束力によっても、行政庁が法令上の根拠を欠く行動を義務付けられるものではない⇒その義務の内容は、当該行政庁がそれを行う法令上の権限があるものに限られる。
相続税法55条に基づく申告の後にされた増額更正処分の取消訴訟(=前件訴訟)において、個々の財産につき上記申告とは異なる価格を認定した上で、その結果算出される税額が上記申告に係る税額を下回るとの理由により当該処分のうち上記申告に係る税額を超える部分を取り消す旨の判決が確定した場合には、当該判決により増額更正処分の一部取消しがされた後の税額が上記申告における個々の財産の価額を基礎として算定された
⇒課税庁は・・・国税通則法所定の更正の除斥期間が経過した後においては、当該判決に示された価額や評価方法を用いて相続税法32条1号の規定による更正の請求に対する処分及び同法35条1号の規定による更正をする法令上の権限を有していない。
上記の場合においては、・・・課税庁は、国税通則法所定の更正の除斥期間が経過した後に相続税法32条1号の規定による更正の請求に対する処分及び同法35条3項1号の規定による更正をするに際し、当該判決の拘束力によって当該判決に示された個々の財産の価額や評価方法を用いて税額等を計算すべき義務を負うことは無い。

◎ 尚、Yは、前件判決の理由中の判断のうち、本件各株式の価額等の判断部分については拘束力が生じない旨も主張。
but
本判決は判断せず。
取消訴訟のどの部分に拘束力が生ずるかについては、主文に含まれる判断を導くために不可欠な理由中の判断にも生ずる。
but
本件のような課税処分取消訴訟については、実務上いわゆる総額主義が採られていることとの関係で別途検討を要する。

判例時報2514

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2022年6月14日 (火)

変形労働時間制が無効とされ、セミナー受講料等返還合意が無効とされた事案

長崎地裁R3.2.26

<事案>
日用雑貨、食料品、薬品等を販売する店舗である「Z」を経営するYでは1か月単位の変形労働時間制を定め、共有パソコンでの労働時間管理システムで労働時間管理を行っていた。
Z各店舗の店長は、店舗従業員の全員分について、事前に作成した稼働計画表を掲示していたが、そこでは所定労働時間にあらかじめ30時間が加算されていた。
また、店長は、各従業員がシステムに打刻した勤務時間を修正することができた。
Yの従業員はYの親会社が開催するセミナーに参加することがあり、Xも多数回にわたり受講(形式上自由参加とされていた)。
Xは受講料等の負担に関して、受講期間中又は受講終了後2年以内に退社した場合は、会社が負担したすべての費用を返還する旨を記載したY宛の誓約書を作成。

<請求>
X:
①Yが定める変形労働時間制は無効⇒時間外労働に係る割増賃金の算定に当たって、システムの打刻時刻を基本としつつも、店長がシステム上、実労働時間とは異なる修正をする等しており、実際にはシステム上の打刻よりも多くの時間外労働を行った。
②セミナーの参加時間も労働時間である。
割増賃金と付加金の支払を求めた。(甲事件)

Y:セミナー受講から2年以内に退職⇒X・Y間の合意に基づいて、受講料等相当額の支払を求めた。(乙事件)

<争点>
甲事件:
①変形労働時間制の有効性
②Xの実労時間、その中の1つとして、セミナー参加時間の労働時間該当性
③付加金の適否

乙事件:
④セミナーの受講料の返還合意有無
⑤同合意の労基法16条該当性
⑥同合意に基づく権利行使の信義則違反該当性

<判断>
●甲事件
変形労働時間制が有効であるためには、変形期間である1か月の平均労働時間が1週間当たり40時間以内でなければならない
but
Yの稼働計画表では、Xの労働時間は1か月の所定労働時間にあらかじめ30時間が加算されて定められており、法の定めを満たさない⇒無効。

Xの割増賃金の算定に当たっては、
①店長が時間外労働の上限を月30時間以内とするよう指示を受けていたが、店舗は人員不足などの理由で繁忙であり、その労働時間の範囲では到底業務を行えなかった
②従業員はシステムへの打刻前や打刻後、休憩と打刻されていた時間中にも労働をしていた
③店長があらかじめ作成したシフトどおりになるように、システムの打刻を修正していたとの事実等
を認定した上で、
システム上の記録やXの供述などから具体的な実労働時間を認定

①セミナーの内容はプライベート・ブランド商品の説明が主なものであった
②上司から正社員になるための要件であり受講するよう言われていて参加が事実上強制されていた
セミナーの参加時間は労働時間

●乙事件
セミナーの受講料等を返還する旨の合意の成立を認めた上で、
①セミナーの参加時間が労働時間であるとの甲事件における判断、
②セミナーの内容に汎用性を見出し難く、他の職に移ったとしてもセミナーでの経験を生かせるとまでは考えられず、同合意は従業員の雇用契約から離れる自由を制限するものといわざるを得ない
⇒労基法16条にいう違約金の定めに該当する
⇒同合意を無効

<規定>
労基法 第一六条(賠償予定の禁止)
使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。

<解説>
変形労働制の判断についての裁判例。

実労時間の判断:
ア:時間外労働の上限についての指示、
イ:打刻時間外の労働
ウ:システムの打刻時間の修正
といった事実認定を踏まえ、
Xの具体的な始業時刻、終業時刻、休憩時間が認定。

ア~ウの事実の認定

①退社の打刻の後に業務に関するメールが送信
②退社の打刻から相応の時間が経過して警備がセット
③多くの月で時間外労働がちょうど30時間となっている
④休憩の終了時刻と退社時刻がほぼ同じ時間で記録されている日が多数にのぼっている
セミナーの労働時間該当性は、最高裁H12.3.9の判断枠組みによっている。
セミナーの内容や強制力の有無という事実が重視⇒使用者の指揮命令下にあるとされた。

● セミナー受講料等の返還合意:企業において広く行われている。
労基法16条に違反するかどうかは、
費用至急の対象となった研修・留学等の業務性を中心に、支給された費用の性格など諸種の事情を考慮して、労働関係の継続を強制するものとして実質的に違約金等の定めと評価できるかどうかにつき、本条の趣旨に照らして事案ごとに総合的に判断される。

東京地裁H9.5.29:
社員留学制度に関し、
①社員の自由意思によること、
②留学先等の選択も本人の自由意思に任せられていること、
③留学経験等は勤務継続にかかわらず、有益な経験、資格となること
⇒留学費用返還請求につき労基法16条に違反しない。
同様のものとして野村證券。

海外研修が業務命令として行われており、
費用返還請求が労基法16条に違反するとしたものとして、東京地裁H10.3.17。

判例時報2513

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証券会社の新規委託者保護義務違反、過当取引が認められた事例

名古屋地裁R3.5.20

<事案>
個人投資家であるXが、証券会社であるY1に委託して行った取引所株価指数証拠金取引により被った損害について、
Y1に対しては使用者責任又は債務不履行責任に基づき
Y1の従業員であり支店長であったY2に対しては共同不法行為に基づき、
損害賠償を請求。

Xは、会社を経営する60歳代の男性であり、
Y1の従業員の勧誘を受け、くりっく株365と称する取引所株か指数証拠金取引(本件取引)の取引口座を開設し、平成27年11月から平成28年9月まで約10か月にわたり本件取引を行い、その結果、売買損失額382万円余りと手数料額412万円余りによる差し引き損失額795万円余りから、金利・配当相当額を控除した、791万円余りの損失を被った。

Xは、Y2を含むY1の従業員らによる本件取引の勧誘は、
①適合性原則違反、
②説明義務違反、
③新規委託者保護義務違反、
④指導助言義務違反、
⑤実質的一任売買、
⑥過当取引
に該当し違法であるなどと主張。

<判断>
●①について
最高裁H17.7.14を参照し、
本件取引の仕組みには複雑な面があり、Xが本件取引やそれに類似する取引の知識及び経験を有していなかったとことを考慮しても、
Xの日経平均株価に関する知識、知的能力、投資意向、財産状態に照らせば、
Xがおよそ本件取引を自己責任で行う適性を欠き、取引市場から排除されるべき者であったとはいえない。
⇒適合性原則違反には当たらない。

●②について
①勧誘時の交付書面や説明の内容
②口座開設申込時にXが提出した「取引所株価指数証拠金取引状況確認書兼理解度アンケート」の記入内容
③電話審査の際のXの応答内容等

Xは本件取引の基本的な仕組みとリスクについては説明を受けたものと認められ、その説明の程度が説明義務に違反するほどに不十分であったとは認められない
⇒説明義務違反には当たらない。

●③について
本件取引がハイリスク・ハイリターンの取引であり、仕組みに複雑な面がある⇒新規委託者が過大な取引を行えば、いたずらに損害が拡大し不測の損害を被る可能性が高い
②一般投資家から取引の委託を受ける取引参加者は一般投資家に比して本件取引の仕組み及びリスクを熟知し、かつ、一般投資家から徴収する手数料で利益を得ている。
③Y1が提供するコンサルティングコースは、顧客が高額な手数料を支払うことで専任の担当者から相場情報の提供や運用アドバイスを得られるなどとするコース

同コースにおいて、取引参加者又はその従業員は、取引に習熟していない新規委託者に対し、無理のない金額の範囲内での取引を勧め、限度を超えた取引をするをすることのないよう助言すべきであり、短期間に相応の建玉枚数の範囲を超えた頻繁な取引を勧誘したり、また、損失を回避すべく、さらに過大な取引を継続して損失を重ね、次第に深みにはまっていくような事態が生じるような取引を勧誘してはならない義務(新規委託者保護義務)を負い、取引参加者又はその従業員がこれに反する行為をした場合には不法行為を構成する。
Xは保護すべき新新規委託者に当たる。
本件取引の内容を詳細に認定し、これをXの投資意向と理解の程度に照らすと、Y1の従業員らによる本件取引の勧誘は、新規委託者保護義務違反に当たり、不法行為が成立。

●④について、実質一任売買は否定。

●⑤について
①本件取引が上記(争点③)のものであった
②Xが最初の証拠金を入金した僅か2日後に追加入金を勧誘し、その後も、約10日間のうちに2度追加入金を勧誘
③ほとんどの取引がY1の従業員らの提案をXが受け入れる形で決められている

Y1の従業員らは、本件取引について支配を及ぼし、Xの信用を濫用して自己の利益を図り、Xの投資知識・経験、投資意向等に照らして過当な取引を勧誘したと認められる⇒過当取引として違法。

 ⇒
Y1の従業員らによる本件取引の勧誘については、新規委託者保護銀無違反及び過当取引が認められる⇒Y1は使用者責任に基づき、Y2は共同不法行為に基づき、連帯して損害賠償責任を負う。
791万円余りの損害につき、4割の過失相殺を行い、弁護士費用47万円を加え、Yらに対し、522万29円の連帯支払を命じた。

<解説>
新規委託者保護義務は、従前より商品先物取引等で肯定されている。

過当取引
は、顧客の投資経験、投資目的、保有資産規模等に照らして個別的に判断されているが、従来、判断基準として、
①取引の過度性、
②口座支配(取引の主導性)、
③悪質性(欺罔の意図)が挙げられている。

裁判例。

判例時報2513

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2022年6月13日 (月)

実父の遺産分割協議につき、特別代理人の義務が争われた事案

東京地裁R2.12.25

<事案>
Aは妻Yとの間に長女X(未成年)及び長男F(未成年)をもうけていたが、平成6年6月に交通事故で死亡。

Aの母Bは家業の株式会社を取り仕切っておりAもその会社に勤務。
平成6年10月23日、Bが会社の顧問税理士に指示してAの遺産分割協議書を作成。

Yが押印し、Bが長女Xの親権者として、またAの兄Cが長男Fの親権者として、いずれも親権者でないにもかかわらず、それぞれ押印。

同年11月21日、Yの申立てにより札幌家裁は、長女Xの特別代理人としてBを、長男Fの特別代理人としてCを、それぞれ選任する審判。
同審判には、本件遺産分割協議書と同一内容の遺産分割協議書案が添付され、審判主文は、「被相続人亡Aの遺産を別紙遺産分割協議書(案)のとおり分割協議するにつき、未成年者らの特別代理人として次の者を選任する。」とされた。

Xは、Y及び長男Fを相手方として調停を申し立て⇒不成立⇒Yを相手に本件訴えを提起し
①本件遺産分割協議書に係る遺産分割協議は不成立である、
②本件遺産分割協議のときにはB及びCにつき特別代理人の審判はなく、同人らは無権代理人として行為をしたものであり、無効である
③特別代理人が子の利益を図ることなく親(親権者)の利益を図るための意思表示をし、子の遺留分さえ保護されない本件遺産分割協議書に同意することは、遺産分割制度、遺留分制度の趣旨に反し、無効である

Yに対し、不法行為に基づく損害賠償、不当利得返還請求を求めた。

<判断>
●①について
遺産分割協議の合意が存在⇒遺産分割協議が不成立とはいえない。
どのような分割方法が子の利益に資するかは、相続財産の内容、その時点における子の年齢や生活状況、今後見込まれる親権者による子の養育監護の状況など個別具体的な種々の事情により異なり、子にその法定相続分相当以上の相続財産を取得させることが、常に子の利益に資するということはできない⇒本件遺産分割協議において未成年者の子の特別代理人に常に当該子にその法定相続分相当以上の相続財産を取得させるよう協議する義務はない。

●②について
特別代理人選任審判は、B及びCがそれぞれX、長男Fの特別代理人としての本件遺産分割協議書記載のとおりの協議をすることが未成年者のであるX及び長男Fの利益に反するものではないと判断したものといえる
②本件遺産分割協議から前記特別代理人選任審判までの約1か月の間に特別代理人選任の当否に関する事情の変更があったとはいえない
③B及びCは前記特別代理人選任審判の告知を受けたところ、本件遺産分割協議について黙示の追認をしたものと評価することができる
⇒無権代理人の主張を排斥。

●③について
遺留分を侵害する遺贈等が当然に無効となるわけではなく、遺留分を侵害された者が遺留分減殺請求権を行使することによって初めて同侵害された遺留分を回復することができる
⇒遺産分割協議において各相続人の遺留分を確保することが必須とはいえず、一部の相続人の遺留分が確保されていないことをもって、当該遺産分割協議の効力を否定することはできない。

親権者とその親権に服する未成年者の子を当事者とする遺産分割協議においては、子にその法定相続分以上の相続財産を取得させることが常に子の利益に資するということはできず、遺留分についても同様
⇒遺産分割協議において、未成年者の子の特別代理人には、常に当該子にその法定相続分相当額以上の相続財産を取得させるよう協議する義務も、常に当該子の遺留分相当の相続財産を確保する義務もない。

<解説>
親権者と子との間に利益相反がある場合の特別代理人(民法826条1項)は、特定の行為につき個別的に選任され、その権限は、家庭裁判所選任に関する審判の趣旨によって定まる。

判例時報2513

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死因贈与契約での預金債権の取得等

東京地裁R3.8.17

<事案>
Aは、令和1年9月5日、姪であるBとの間で、次の内容の負担付死因贈与契約を締結。
①Aは、自己の所有する全部の財産をBに贈与することを約し、Bはこれを受諾。
②Aの死亡と同時に贈与財産の所有権は当然Bに移転。
③Bは、死因贈与を受けた総財産のうち、公租公課を含むすべての経費を控除した額の一部を2名の物に500万円ずつ寄付する。
④Aは司法書士法人であるXを本件死因贈与契約の執行者に指定。
Aは、令和1年10月に死亡。

<請求>
Xは、Aとの本件預金契約を締結していた銀行であるYに対し、948万4960円の払戻し及び遅延損害金の支払を求めた。
vs.
Yの主張:
①公正証書によらない死因贈与契約では執行者を指定できない
②Xは、預金の払戻権限を有しない⇒本件払戻請求訴訟の当事者適格を有しない
③本件預金契約には譲渡禁止特約が附されている⇒預金債権を死因贈与する部分は無効
④Yによる払戻請求の拒絶は信義則違反でない

<判断>
●①について
死因贈与契約においては、その性質に反しない限り遺贈に関する規定が準用(民法554条)⇒死因贈与契約の贈与者は、当該契約が公正証書によるか否かを問わず、執行者を定めることができる。

●②について
遺贈に関する規定が準用される死因贈与契約において、Yに対して預金の払戻請求をすることは、死因贈与の執行に必要な行為として、Xの権限に含まれる。⇒Xの原告適格肯定。

●③について
AとYは、本件預金契約について譲渡禁止特約を締結⇒受贈者であるBは原則として本件死因贈与契約によって預金債権を取得し得ない。
債務者である金融機関が預貯金債権の遺贈について譲渡禁止特約による無効が主張できないのは、遺贈が遺言者の遺言という単独行為によってされる権利の処分であるから⇒契約である死因贈与という本件の事情において民法554条により遺贈の規定は準用されない。

●④について
YがXに預金を払い戻した場合、
①B以外の相続人らから権利主張されることによって相続紛争に巻き込まれる危険性があり、
②本件死因贈与契約が有効でないとして払戻しが過誤とされる危険性もあり、
③XはB以外の相続人らから払戻しの同意を得ることが可能
Yによる払戻請求の拒絶が信義則に反するとはいえない。

<規定>
民法 第五五四条(死因贈与)
贈与者の死亡によって効力を生ずる贈与については、その性質に反しない限り、遺贈に関する規定を準用する。

<解説>
死因贈与:贈与差の死亡によって効力を生じる贈与。
単独行為である遺贈とは異なるが、死後に、相続人の出捐によって受贈者に利得を得させる⇒実質的には遺贈に近似する性格をもつ⇒民法554条。

●通説:
遺言の方式、遺言能力、遺贈の承認・放棄に関する規定は準用されない。

死因贈与と遺贈は死後処分であることは同じであるが、前者が契約であり、後者は単独行為⇒死因贈与が死後処分であることにもとづく規定は準用されるが、単独行為であることにもとづく規定は準用されない
最高裁昭和32.5.21:民法554条は死因贈与契約の効力については遺贈に関する規定に従うべきことを規定しただけで、契約の方式についても遺言の方式に関する規定に従うべきことを定めたものではない。

●遺言執行者の選任に関する規定(民法1010条)が死因贈与に準用されるか?
実務:積極説

●そもそもBが預金債権を取得できない⇒執行者であるXがYに当該預金の払戻請求をすることができるかには疑問がある。
本件事案が、死因贈与でなく、遺贈としてなされた場合には、いわゆる清算型遺贈の類型に属する。
清算型遺贈においては、受遺者が遺贈の対象となった預金債権の取得者とはならないが、遺言執行者は、当該預金の払戻しをし、払戻金から公租公課を控除し、寄付を行い、残金を受遺者に交付。⇒遺言執行者は預金の払戻しを請求することができる。
本件の争点は、本件死因贈与契約においても同様に処理することが可能であるかの問題であった(解説者)。

判例時報2513

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2022年6月11日 (土)

芸能人養成スクールの入学時諸費用不返還条項の消費者契約法9条1号適用(肯定)

東京地裁R3.6.10

<事案>
原告である適格消費者団体が被告に対して差止請求をした事案

<解説>
適格消費者団体は、消費者契約法13条3項に基づき認定された特定非営利活動法人等であり、事業者等が不特定かつ多数の消費者に対し法4条1項から4項に規定する行為を現に行い又は行うおそれがあるときは、その事業者に対し、当該行為の停止若しくは予防又は当該行為に供した物の廃棄若しくは除去等を請求することができる(法12条1項)。

<請求>
被告は、
①消費者との間で受講契約を締結するに際し、退学、除籍処分の際に既に納入している入学時諸費用を返金しないとの意思表示を行ってはならない
前記①の意思表示が記載されて契約書、約款、学則その他一切の表示を破棄せよ
被告従業員に対し、前記①の意思表示を行ってはならないこと及び前記①の意思表示を記載した契約書、約款、学則等を破棄して使用しないことを周知徹底させる措置をとれ
とするもの。

<規定>
消費者契約法 第九条(消費者が支払う損害賠償の額を予定する条項等の無効)
次の各号に掲げる消費者契約の条項は、当該各号に定める部分について、無効とする。
一 当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの 当該超える部分

<判断>
●入学時諸費用の不返還条項が消費者契約の解除に伴う損害賠償額を予定し、又は違約金を定める条項に当たるか(法9条1号)
本件スクールの学則によれば、
入学時諸費用38万円の支払が入学条件とされており、そのうち、本件スクールの受講生としての地位を取得するための対価(権利金部分、入学時諸費用のうち12万円)は、被告が返還義務を負うものではないが、
入学時諸費用のうち前記権利金部分を除いた費用部分は返還義務があり、契約解除に伴う損害賠償額の予定または違約金の定めの性質を有し法9条1号に該当。

●本件不返還条項に定める入学時諸費用の額に平均的な損害の額を超える部分はあるか
法9条1号は消費者契約の解除に伴い事業者に生ずべき平均的な損害を超える部分の返還義務を定めている。
受講契約の契約解除による損害と被告が主張するもの
①受講生の紹介を受けている会社に対する手数料
②業務委託費用
③入学対応のための人件費
④宣材写真の撮影委託費用
⑤教材費
⑥入学対応の建物の賃料
⑦光熱費
⑧ローン会社に対する保証金

受講契約が解除されることにより被告に生じる平均的な損害は、1人の受講生と被告との間の受講契約が解除されることにより、被告に一般的、客観的に生じると認められる損害
④宣材写真の撮影委託費用2516円、⑤教材費595円以外の被告主張の損害は平均的な損害に該当しない。
被告は、入学時に納入される38万円の内訳を、入学金34万円、施設管理料2万円、教材費1万円、事務手数料1万円としており、受講契約解除に伴う平均的な損害は、被告主張の事情を最大限に斟酌しても1万円を超えることはない。
⇒同額を被告の損害と認定。

入学金権利金部分12万円に、認定した平均損害金1万円を加えて13万円を超える部分については無効⇒法12条3項に基づき同部分を内容とする意思表示についての差止請求を認容。

<解説>
「平均的な損害」とは、
同一事業者が締結する多数の同種契約事案について類型的に考察した場合に算定される平均的な損害という趣旨。

最高裁H18.11.27:
「平均的な損害の額」の立証責任は、返還を求める原告にある。
but
損害の内容、額についての資料(証拠)は、被告の側にある⇒被告がその内容を全て明らかにしない限り、原告の立証は容易ではない。
消費者が返還を求めたとしても、事業者側が資料を出さないことにより、平均的損害の立証が困難となり、敗訴あるいは和解により終結する場合がある。

判例時報2513

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2022年6月 7日 (火)

暴対法31条の2の「威力を利用」が問題となった事案

東京高裁R3.3.22

<事案>
Xが、指定暴力団a会に所属するAが中心となって行われた振込詐欺によって1150万円を詐取された⇒指定暴力団a会の会長であったYに対し、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(暴対法)31条の2及び民法715条に基づき、詐取損害金のほか慰謝料等合計2150万円及び遅延損害金の支払を求めた、。

<争点>
本件詐欺がAの威力利用資金獲得行為を行うについてされたものであるか否か

<原審>
Yの暴対法31条の2に基づく責任について、威力利用資金獲得行為は、ある程度幅の広い行為態様を意味す。
but
①詐欺グループの活動の準備行為がどのように行われたか明らかでなく、Aに協力した組織がaや指定暴力団であったとはいえず、
②Aが、詐欺グループ内で指揮命令系統を維持確保し、規律の実効性を高めるためにa会や指定暴力団の威力を利用して本件詐欺をしたと認めるに足る証拠はない。

民法715条の責任について、本件詐欺によって得た収益金がa会傘下の暴力団に納められた事実や、Yがこれを認識しつつ認容していた事実はない
⇒本件詐欺がa回の事業として行われたものと認めることはできない。

<判断>
Yの責任を認めて、Xの請求を一部認容。

(1)暴対法31条の2の趣旨は、民法715条の規定によって指定暴力団の代表者等に対して損害賠償責任を追及する場合に主張立証に困難を伴うことを考慮して、主張立証の負担を軽減するもの
(2)同条本文の「威力を利用」する行為については、資金獲得のために威力を利用するものであればこれに含まれ、被害者又は共犯者に対して威力が示されることは必要ではない。
(3)「威力を利用して」とは、当該指定暴力団に所属していることにより資金獲得行為を効果的に行うための影響力又は便益を利用することをいい、当該指定暴力団としての地位と資金獲得行為とが結びついている一切の場合をいう
(4)本件資金獲得行為が指定暴力団の威力を利用して行われたかについては、
①本件詐欺を含む一連の詐欺行為の準備として、Aが、電話を架ける相手の名簿、電話の架け方等に関するマニュアル及び詐欺に使用する携帯電話機等を全て手配し、拠点となる事務所の移転先を用意していたことから、何らかの組織力を背景にしていたものと推認されること、
それがa会である可能性は十分にあり反社会的な組織力を背景とした行為であることは本件共犯者らにも容易に認識し得るものであったこと、
③Aには、暴力的要求行為に代わる資金獲得行為を行う必要があったこと、
④Aは、本件資金獲得行為を行うに際し、暴走族関係の知り合いであるCに声を掛け、Cは、Aがa会系の暴力団員であることを認識し、本件共犯者らは、本件資金獲得行為の背景にある組織がAの所属する暴力団である可能性が高いことを認識していたと推認されること、
Aがa会系の暴力団員である事実が、Cから本件共犯者らに伝わることは当然予見できたこと、
本件共犯者らは、逮捕後、A所属の暴力団からの報復を恐れてAに関する供述を拒んでいること、

以上を総合すると、Aの内部統制及び口止めは、本件資金獲得行為について、暴力団であるa会の威力を利用する行為に該当し、Aには威力利用についての故意も認められる
Aの行った本件資金獲得行為は、暴対法31条の2本文規定の威力利用資金獲得行為に該当する。

<規定>
暴対法 第三一条の二(威力利用資金獲得行為に係る損害賠償責任)
指定暴力団の代表者等は、当該指定暴力団の指定暴力団員が威力利用資金獲得行為(当該指定暴力団の威力を利用して生計の維持、財産の形成若しくは事業の遂行のための資金を得、又は当該資金を得るために必要な地位を得る行為をいう。以下この条において同じ。)を行うについて他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。ただし、次に掲げる場合は、この限りでない。
一 当該代表者等が当該代表者等以外の当該指定暴力団の指定暴力団員が行う威力利用資金獲得行為により直接又は間接にその生計の維持、財産の形成若しくは事業の遂行のための資金を得、又は当該資金を得るために必要な地位を得ることがないとき。
二 当該威力利用資金獲得行為が、当該指定暴力団の指定暴力団員以外の者が専ら自己の利益を図る目的で当該指定暴力団員に対し強要したことによって行われたものであり、かつ、当該威力利用資金獲得行為が行われたことにつき当該代表者等に過失がないとき。

<解説>
暴対法31条の2は、 指定暴力団による威力利用資金獲得行為が行われた際の指定暴力団の代表者等に対する損害賠償責任を認めるものとして規定。

民法715条によって、指定暴力団の代表者等に対する損害賠償請求⇒請求者側において、当該行為の事業執行性を主張立証する必要。
but
請求者側で、指定暴力団の事業執行性を主張立証することは困難。
⇒指定暴力団により威力利用資金獲得行為に際して、被害が生じたときは、事業執行性の主張立証責任の負担を軽減。

but
威力利用資金獲得行為以外の行為によって、指定暴力団の代表者等に対する責任追及を行う場合は、民法715条の規定によるしかない。

判例時報2513

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採石権の存続期間の更新決定

東京高裁R3.2.18

<事案>
採石法28条:採石権の存続期間の更新を希望する者は、土地の所有者との協議がととのわないときは、経済産業局長の決定を申請することができる旨を規定。

本件:
採石業者である原告が、土地の所有者との間で存続期間を更新する旨の合意ができなかった⇒中国経済産業局長に対し、同条に基づき、対象と地に設置された採石権の存続期間を更新するとの決定を求める申請⇒同申請を棄却する処分⇒同法39条1項に基づき、公害等調整委員会に対し、当該処分の取消しを求める裁定を申請⇒裁定委員会がこれを棄却⇒その取消しを求める訴えを提起。

<解説>
裁定に対する訴えは東京高裁の専属管轄とされ(土地利用調整法57条)、公害等調整委員会は事件記録を裁判所に送付(同法51条)。
裁定委員会の認定した事実は、これを立証する実質的な証拠があるときは、裁判所を拘束し、実質的な証拠の有無は、裁判所が判断(いわゆる「実質的証拠法則」同法52条1項、2項)当該事件に関係のある新しい証拠(裁定委員会の事実認定に関する証拠)の申出も制限される(同法53条)。

不服裁定には、裁判の第一審的機能が与えられ、裁定取消訴訟の審理は通常の抗告訴訟の審理とは異なっている(土地利用調整法の諸規定は行訴法1条にいう「他の法律に特別の定めがある場合」に当たる)。

<判断>
採石法28条は、土地の所有者の財産権を尊重する一方、岩石の採取の事業が社会資本の整備に不可欠の資源であることから、岩石資源の開発が社会的、経済的に必要な状況にあるにもかかわらず、対象となる土地の所有者の意向等により採石権の存続期間の更新がされないことにより社会資本の整備に支障を来すことのないように、公共の利益を確保することを目的として、土地所有者との間で採石権の存続期間を更新する合意がととのわない場合においても採石権を存続させる道を開いたもの。
経済産業局長が更新決定をすることができるのは、土地所有権の制限を正当化し得るに足りる公共の利益がある場合に限られる。
ex.岩石資源の需給がひっ迫し、当該地域の岩石製品市場の需要を賄うに足りる供給量を確保し得ない状況にある、又は現時点において前記状況にないが、近い将来これを確保し得なくなる蓋然性が相当高度な状況にあるため、対象土地の所有権を制限してでも岩石資源を確保することが公共の利益の観点から必要である場合。

本件裁定は実質的証拠に基づくものであり、原告の採石権の存続期間を更新する決定がなされなければ、現在又は近い将来の砕石の供給を確保し得ない状況になるとは考え難い⇒裁定申請を棄却した本件裁定に法令に違反する点はなく、むしろ正当。

判例時報2513

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2022年6月 1日 (水)

奈良県NHK受信料訴訟(放送法遵守義務確認等請求事件)の第1審

奈良地裁R2.11.12

<事案>
Y(NHK)との間で受信契約を締結しているXらは、Yに対し、
(ア)民事訴訟として、
主位的に
①YがXらに対し、ニュース放送番組において放送法4条を遵守して放送する義務があることの確認を求めるとともに、
②Yが前記義務に違反する放送をしたことによりXらが精神的苦痛を受けた
⇒受信契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求として、Xらそれぞれにつき各5万5000円の支払を求め、
予備的に
③YがXらに対し、ニュース放送番組においてYが定めた国内番組基準を遵守して放送する義務があることの確認を求めるとともに、
④Yが前記義務に違反する放送をしたことによりXらが精神的苦痛を受けた
⇒受信契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求として、Xらそれぞれにつき各5万5000円の支払を求め

(イ)行訴法4条後段所定の実質的当事者訴訟として、前記①の確認を求める訴え。
規定 放送法 第四条 放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。
一 公安及び善良な風俗を害しないこと。
二 政治的に公平であること。
三 報道は事実をまげないですること。
四 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

<判断>
●本件各訴えが裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」に当たるか
民事訴訟としての確認訴訟に係る訴えは、XらとYとの間の受信契約上の契約内容の確認の訴えと解することができ、
これは、法令を適用することにより判断することが可能な事項
⇒「法律上の争訟」に当たる。

●民事訴訟としての確認の利益が認められるか
否定

①法第4条1項各号に定める放送内容に関する義務は、放送に対して一般的抽象的に負担する義務にすぎない
②確認訴訟の内容が確認しても(Yに同条を遵守して放送する義務があることを確認する判決が確定しても)、XらはYによる任意の履行を期待するほかない
前記確定判決の効力は、前記放送義務に関する紛争の解決に資するものとはいえず、判決を求める法律上の利益はない。

●受信契約上、Yは法第4条1項各号ないし国内番組基準を遵守して放送する義務を負っているか
否定

同義務は、放送に対して一般的抽象的に負担する義務ないし基準であって、個々の受信契約者に対して同条又は国内番組基準を遵守して放送することを求める法律上の権利ないし利益を付与したものとはいえない

●Yが法4条1項各号ないし国内番組基準所定の基準に違反したか
Xらが指摘する事件ないし出来事に関し、法4条1項各号ないし国内番組基準に沿った放送がなされていたといえるかについて疑問の余地が全くないわけではない
but
・・・義務は、放送に対して一般的抽象的に負担する義務ないし基準に過ぎない⇒Xらの損害賠償請求を棄却。

●Xらの実質的当事者訴訟としての確認の訴えの適法性
民事訴訟と同様、確認の利益なし。

<解説>
「法律上の争訟」:
当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られる。

確認の利益:
確認の対象が現在の法律関係であって、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在し、その危険又は不安を除去するために原告と被告との間で当該確認請求について判決をすることが必要かつ適切である場合に認められる。

判例時報2512

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無痛分娩のための腰椎麻酔による医療過誤の事案

京都地裁R3.3.26

<事案>
当時35際のX1が、医療法人Yの開設する本件診療所に分娩のため入院⇒無痛分娩のための腰椎麻酔を受けた後に心肺停止状態⇒心肺停止後脳症、低酸素脳症等の障害(後遺障害等級1級)を負ったこと、
重症新生児仮死の状態で出生したAが、新生児低酸素性虚血性脳症等の障害(後遺症等級1級)を負い、約6年後に死亡

X1、X2(夫)、X3(X1の母)が、Yに対し、債務不履行に基づき、損害賠償を請求。

Xらは、X1及びAの障害は、Yの理事長であり本件診療所で勤務する麻酔担当医であるBがX1に対して腰椎麻酔を行う際、
①カテーテルを硬膜外腔に留めた上で麻酔薬を分割投入する義務に反し、硬膜外針をくも膜下腔まで刺入させ、同書に留所したカテーテルから麻酔薬を一度に注入したこと、
②全脊髄麻酔症状を呈した場合に速やかに呼吸を確保し、血圧の回復ができるよう、人工呼吸器等を準備し、あらかじめ太い静脈路を確保しておく義務があるのにこれをいずれも怠った
ことにより発生。

Yは、Bによる注意義務違反を争わず。

<争点>
債務不履行に基づく損害賠償請求権の帰属主体
②原告X1及びAに発生した損害の額

<判断>
●争点①
X2及びX3はYとの間で何らかの契約を締結したとは認められない⇒X2、X3らの主張を否定。
X1がAのためにYとの間で医療契約を締結し、Aに代わって黙示的に受益の意思表示をしたことを認め、それを前提に、X1及びAのYに対する債務不履行に基づく損害賠償請求権を肯定。

●争点②
◎ X1につき総額2億4200万円余り、Aにつき総額5500万円余りの損害が発生したと認定し、AのYに対する損害賠償請求権は、Aの死亡に伴い、X1及びX2が相続分に応じて相続。

◎ X1の症状固定時までの自宅での付添看護費用と症状固定後の将来介護費:
X3が70歳となるまではX2及びX3による介護が行われるものとして日額1万5000円(Xらの主張は、日額2万5000円)、その後X2が70歳になるまではX2と職業介護人による介護が行われるものとして日額2万円(Xらの主張は日額4万円)、その後X1の平均寿命86歳までは職業介護人のみによる介護が行われるものとして日額2万4000円(Xらの主張は、日額4万5000円)を認めた。

Y:X1はロシア国籍⇒ロシア人の平均寿命を前提とすべき。
vs.
本判決:X1の身上等に照らし採用できない。

◎X1の後遺障害慰謝料:
後遺障害の程度を考慮し2800万円(Xらの主張は、8000万円)

Xら:本件は交通事故などと異なり医者と患者という相互の立場に互換性のない事例⇒通常の基準(自賠責基準保険金額は4000万円)の2倍とすべき
vs.
本判決:採用できない。

◎Aの退院後死亡までの自宅看護費用
出生以来有効な自発呼吸をしたことがなく、人工呼吸器及び胃ろう等の装置を余儀なくされ、常時全介助の状態⇒日額1万5000円(Xらの主張は、日額2万円)

◎Aの後遺障害慰謝料及び死亡慰謝料
後遺障害を有して約6年間生命を維持したことその障害の悪化により死亡するに至ったことを全体として評価し、2800万円(Xらの主張は、後遺障害慰謝料と死亡慰謝料とを別々に各2000万円、合計4000万円)

◎損益相殺:
Yは、Aには産科医療保障制度に基づく補償金合計3000万円の給付が確定⇒これはAの損害から控除されるべき。
Xら:同制度の趣旨は看護・介護を行うための基盤整備のための準備金等であるとして、損益相殺の対象とすることを争った。

本判決:同制度にもとづく補償金合計3000万円は、全額について、Yが賠償すべきAの損害額から控除されるべきと判示。
(将来の給付についても、現実に履行された場合と同視しうる程度のその履行が確実であるとして、損益相殺の対象に含めた。)

判例時報2512

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