民訴法142条の法意を類推して本訴が却下された事案
東京地裁R3.4.20
<主張>
X:
①Y1及びY2がXの顧客情報等の秘密をY3に漏えいして競合行為(債務不履行)を行った
②Yらが共謀してXの従業員を引き抜いてY3社に移籍させ
③Xの取引先にXの信用を毀損する虚偽の事実を告知するなどして、
Xの取引先を侵奪した(共同不法行為)
⇒
Xの取引先3社に係る逸失利益相当額の損害を求めた。
but
Xは、本件訴訟に先だって、Y1に対し、Xを退職後、Xの顧客に対してXの信用を害する虚偽の事実を告知し、競合会社の取締役に就任し、同社へのXの従業員を多数転職させ、Xの顧客情報を漏えいしてXの顧客である本件各取引先を侵奪したと主張して、債務不履行(退職後の競業避止及び秘密保持に関する契約の違反)又は不法行為に基づき、本件各取引先に係る逸失利益約7800万8244円の一部請求をし、請求額の一部を認容する一審判決がなされ、Y1は控訴。
<判断>
Xの訴えのうち、Y1に対する訴えを却下し、その余の請求を理由がないとして棄却。
←
Y1に対する本件訴訟と別訴とは、 当事者が同一であり、訴訟物も同一であり、別訴の第1審判決が言い渡されている現時点では、本件訴訟でXが主張する損害についても別訴で審理が尽くされているというほかなく、別訴における請求の拡張という方法があるにもかかわらず、あえて本件訴訟を提起したものであって、両者で判断内容が矛盾抵触する可能性を生じさせる
⇒民訴法142条の法意を類推して、Y1に対する本件訴訟を不適法な訴えとして却下すべき。
<規定>
民訴法 第一四二条(重複する訴えの提起の禁止)
裁判所に係属する事件については、当事者は、更に訴えを提起することができない。
<解説>
●重複訴訟禁止の趣旨
民訴法142条は、重複訴訟を禁止。
←
①「同一事件」につき審理・判決をすると、既判力が抵触
②二重の訴訟追行を強いられる後訴被告の応訴の煩わしさの排除
「同一事件」とは、「当事者の同一」と「訴訟物の同一」という二面から判断
but
最近では、訴訟物の同一に限らず、審理の重複と判断の矛盾を防止するという民訴法142条の趣旨を尊重して、同一事件の範囲を拡大して、後訴を却下する考え方が有力。
←
重複訴訟を禁止する趣旨:
①2つの訴訟が係属したとしても、先に確定した判決の既判力の積極的作用として、後訴裁判所は、その判決に従えば足りる⇒既判力の抵触が問題となるのは、2つの判決が同時に確定するという稀な場合に限られる。
②被告の応訴の煩わしさの防止という趣旨についても、前訴と後訴の被告が同一の場合に妥当。
貸金返還請求訴訟と貸付金不存在確認の後訴を提起する必要を直ちに否定することもできない。
●別訴と本件訴訟との関係
いずれもXが原告で、Y1が被告。
別訴の訴訟物:
Y1が競業会社の取締役に就任して、同社へXの従業員を転職させた⇒Y1に対する退職後の競業避止及び秘密保持に関する契約に違反した債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求。
一部請求である本件訴訟:
どの期間に対応する逸失利益を請求するものか不明。
⇒
金銭請求について一部請求を許容する判例に従って、一部であることを明示した部分のみが訴訟物になるとしても、Y1に対する請求については、別訴と本件訴訟の訴訟物が同一となるか否か明らかといえない。
⇒訴訟物の同一性を要求する従来の考え方に従うと、Y1に対する本件訴訟は、別訴と重複訴訟になるとは直ちにはいえない。
●Y1に対する本件訴訟の取扱い
①本件訴訟は、別訴の当事者や請求原因が同一
⇒審理の重複と判断の矛盾を防止するという民訴法142条の目的からすると、同一の裁判所で審理するのが望ましい。
②Xは、別訴の控訴審において、Y1に対する損害賠償請求を拡張して、本件訴訟で却下された請求を請求することも可能。
⇒
民訴法142条の目的である「判断の重複の防止」と「相手方当事者の応訴の負担軽減」に照らして、同条所定の「事件」を訴訟物よりは広く解して、既判力が及ぶ範囲に限らず、被告の利益の保護を目的とする「請求の基礎」(民訴法143条1項本文)が同じ本件訴訟(後訴)も、同一事件に当たると考えてもいいように思われる。
判例時報2510
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