危険運転致死傷罪の制御困難高速度走行の判断要素の「道路の状況」
名古屋高裁R3.2.12
<事案> 主位的訴因である危険運転致死傷罪に関し、被告人の行為が、自動車死傷法2条2号の「その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為」に該当するか、すなわち
①被告人の走行が進行制御困難高速度走行に該当するか
②被告人に故意が認められるか
が争われた。
<原審>
●争点①
進行制御困難性の判断要素として実務上指摘されている「道路の状況」には、道路の物理的な形状だけでなく、駐車車両や他の走行車両等も、それにより客観的に道路の幅が狭められているなどの状況がある以上は含まれる。
本件では、被害車両を含む他の走行車両の存在により被告人車両が進行できる幅やルートが相当限定されており、そのような進路を時速約146キロメートルもの高速度で進行させることは極めて困難
⇒被告人の行為が進行制御困難高速度走行に該当。
●争点②
but
自動車死傷法2条2号の故意が認められるためには、物理的な意味での進行制御困難性が生ずる状況の認識・予見が必要。
被告人に故意があったと認定するには合理的な疑いが残る。
⇒
危険運転致死傷罪の成立を否定し、予備的訴因である過失運転致死傷罪の成立を認めた。
<判断>
●争点①について:
①立法者意思の探索結果:
法制審議会刑事法(自動車運転による死傷事犯関係)部会における立法担当者の説明及び議論情況等⇒立法担当者側は「道路の状況」という要素の中に歩行者や走行車両は含まれないとの考えに立つと理解するのが自然
②罪刑法定主義の要請である明確性の原則の堅持:
事前予測が困難な不確定かつ流動的な要素を抱える他の走行車両の存在を進行制御困難性の判断要素に含めるのは、類型的、客観的であるべき進行制御困難性判断にそぐわず、明確性の原則からみても不相当
③危険運転致死傷罪の創設趣旨との整合性:
悪質・危険な類型に限定されているとみるべき危険運転行為を、解釈によって拡大することは自動車死傷法の創設趣旨に不適合
等
⇒進行制御困難性の判断要素の1つである「道路の状況」という要素に、他の走行車両は含まれないと解すべき。
●争点②について:
原判決の説示に同意
●本件:
①時速約146キロメートルの高速度で走行していた被告人は、被害車両を発見した時点で、その車間距離から接触回避が困難な状況であった
②被告人の予想とは異なり、被害車両が車線変更せず第2車線にとどまっていたこともあいまって、同車線上で衝突
⇒被告人の行為が、進行制御困難高速度走行に該当するとはいい難い。
<解説>
●進行制御困難高速度走行該当性(「道路の状況」)の判断
進行制御困難高速度走行とは、
「速度が速すぎるため、道路の状況に応じて進行することが困難な状態で自車を走行させること」を意味し、
「具体的には、例えば、カーブを曲がりきれないような高速度で自車を走行させるなど、そのような速度での走行を続ければ、車両の構造・性能等客観的事実に照らし、あるいは、ハンドルやブレーキの操作のわずかなミスによって自車を進行から逸脱させて事故を発生させることとなると認められる速度での走行」をいい、
「そのような速度であるか否かの判断は、基本的には具体的な道路の状況、すなわちカーブや道幅等の状態にてらしてなされる」ものとされている。
進行制御困難高速度運転と過失運転の境界は曖昧
⇒速度超過による死傷事故が過度に本罪に取り込まれる可能性を内在
⇒危険運転致死傷罪の創設趣旨等に立ち返って適正な処罰の範囲を明らかにする必要。
判例時報2510
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