映画製作会社に対して助成金を交付しない旨の決定が違法として取り消された事例
東京地裁R3.6.21
<事案>
映画製作会社のXが、その製作映画(本件映画)について、独立行政法人日本芸術文化振興会理事長(「理事長」)による内定を経て、文化芸術振興費補助金に係る助成金の交付申請⇒理事長から、本件映画には麻薬取締法違反により有罪が確定した者が出演しており、これに対して助成金を交付することは、公益性の観点から適当ではない⇒本件助成金を交付しない旨の決定(本件処分)⇒Y(日本芸術文化振興会)を相手に、本件処分の取消しを求めた。
<争点>
本件処分の適法性(=理事長が本件内定を受けたXに本件助成金を交付しないこととした本件処分につき、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用した違法が認められるか)
<判断>
理事長の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用の有無を判断するに当たっては、交付内容の取消し又は不交付決定の根拠とされた公益の内容、当該芸術団体等に対して助成金を交付することにより当該公益が害される態様・程度、交付内定の取消し又は不交付決定により当該芸術団体等に生じる不利益の内容・程度等の諸事情を総合的に考慮して、交付内容の審査における芸術的観点からの専門的知見に基づく判断を尊重する文化芸術振興費補助金による助成金交付要綱(本件要綱)の定めや仕組みを踏まえてもなお助成金を交付しないことを相当とする合理的理由があるか否かを検討すべきであるところ、
本件処分は、
①本件映画につき、芸術的観点からの専門的知見に基づく審査の結果を踏まえて本件内定がされていたこと、
②本件助成金の交付によって本件俳優が利得を得るものではなく、本件処分の根拠とされた薬物乱用の防止という公益との関係で、違法薬物に対する許容的な態度が一般に広まるおそれがあるとはえいないこと、
③本件処分によりXに生じる不利益は、映画製作事業の実施に係る経済的な面においても、また、映画表現の重要な要素の選択に関する自主性の確保の面においても小さいものとはいえないことなど
⇒
交付内容の審査における芸術的観点からの専門的知見に基づく判断を尊重する本件要綱の定めや仕組みを踏まえてもなお本件助成金を交付しないことを相当とする合理的理由があるということはできない⇒理事長の裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものと認められる。
<規定>
第三〇条(裁量処分の取消し)
行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる。
<解説>
●本件処分の適法性判断
本件処分は、理事長に裁量権の範囲の逸脱またはその濫用があった場合に限り違法となる(行訴法30条)。
関係法令のみならず、理事長が定めた本件要綱及び審査基準においても、出演者の犯罪行為あるいは公益性は不支給要件として定められていない。
判例:
行政庁がその裁量に任された事項について裁量権行使の準則を定め、処分がこの準則に違背して行われたとしても、原則として当不当の問題を生ずるにとどまり、当然に違法となるものではない(最高裁昭和53.10.4:マクリーン事件)。
処分基準が定められている場合については、訴えの利益の有無に関する判示の中ではあるが、当該処分基準の定めと異なる取扱いをすることを相当と認めるべき特段の事情がない限り、そのような取扱いは裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるとするものがある(最高裁H27.3.3)。
学説:裁量権の公正な行使の確保、平等取扱いの原則、相手方の信頼保護といった要請からすると、準則と異なった判断をするには、そのための合理的理由が必要(塩野)。
●Xは、本件処分に先立って、理事長から本件内定を受けている
地方公務員の採用内定取消しについて、当該事例においての判断であるが、採用内定及びその通知は法令上の根拠に基づくものではなく、採用発令の手続を支障なく行うための準備行為⇒抗告訴訟の対象となる処分に当たらない(最高裁昭和57.5.27)。
本件内定:法令ではなく本件要綱によって定められている⇒本件内定を得たこと自体の効果から直ちに理事長の裁量権が制限されるといった議論にはならない。
●本件:芸術作品に関係した者が犯罪行為をした場合への公的助成のあり方という問題に関し、
行政庁による最終判断の前段階で専門家による審査を通過していたが、行政庁が全く別の視点から専門家による審査結果と異なる判断をしたという事例について、
裁判所が法令の趣旨及びそれを反映した要綱に基づく判断構造等に着目して個別具体的な事情を踏まえて判断したもの。
判例時時報2511
大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
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