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2022年5月

2022年5月31日 (火)

懲戒処分が違法⇒国賠請求認容の事例

東京地裁R3.1.26

<事案>
Xが、Y弁護士会の懲戒委員会のした懲戒議決に基づき業務停止1月の処分⇒本件懲戒処分は国賠法上違法な処分であったと主張して、国賠法1条1項に基づく損害賠償を請求。

<争点>
①懲戒委員会のした本件懲戒議決が違法であり、
②これに基づいてされた本件懲戒処分が国賠法上違法であるといえるか。

<判断>
●争点①
懲戒委員会が、綱紀委員会の議決におて事案の審査を求めることとされた事実とは異なる事実に基づいてXについて懲戒を相当とする議決をした⇒違法

弁護士法が、懲戒制度において2段階(綱紀委員会・懲戒委員会)の審査手続を設けているのは、「対象弁護士が当該手続内において防御を尽くすことができるようにし、手続の適正を確保」するため懲戒委員会において審理の対象とすべき事実は、綱紀委員会の議決において事案の審理を求めることを相当と認められた特定の具体的事実と同一の社会的事実のほか、これに基づく懲戒の可否等の判断に必要と認められる事実の範囲に限られる。

①仮に、懲戒委員会の審査の対象が、綱紀委員会のした綱紀議決において審査を相当とされた範囲に拘束されないとすれば、弁護士会自身が懲戒の自由があると思慮したときであっても綱紀委員会の議決を経なければ懲戒処分ができないことと整合しない
②実質的にも、懲戒委員会において対象弁護士が防御するとすれば、その範囲は綱紀議決における「審査を相当とされた事実」を前提とする⇒懲戒処分の手続的正当性に鑑みても、懲戒委員会における審査の対象は、この範囲に限られると解するしかない。

綱紀議決において綱紀委員会が審査に付した事由:
(Xが受任した事件が法律上正当な依頼であることを前提として)Xが受領した報酬額が不相当であること

懲戒委員会が懲戒相当とした事由:
Xが違法な事件に関与したこと及びXが違法な依頼に対して報酬を受領したこと

実質的には本件綱紀議決において懲戒委員会における審査の対象とされていなかった事実

●争点②
弁護士会による懲戒処分は、弁護士会の懲戒委員会がその職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく、漫然と手続上違法な懲戒の議決をしたと認められる場合に、国賠法上も違法となる。
本件懲戒議決はこのような違法がある。

<解説>
本判決は、本件懲戒処分の内容(実体的部分)が違法であったかどうかについては判断していない。

最高裁:
弁護士法が前記2の自治的な懲戒の制度を設けている趣旨に鑑み、ある事実関係が懲戒事由に該当する場合に懲戒するか否か、懲戒するとしてどのような処分を選択するかどうかなどは、原則として当該弁護士会の合理的な裁量に委ねられている

裁判所が弁護士会の懲戒委員会の実体判断を捉えて違法と判断することは、極めて例外的な場面に限られるのではないか。

判例時報2512

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「一切の遺言を全部撤回する」旨の遺言公正証書が遺言能力を欠き無効とされた事案

東京地裁R3.3.31

<事案>
平成23年4月8日:先行遺言
平成23年6月21日:アルツハイマー症認知症と診断
平成25年11月27日:遺言公正証書 第1条に「遺言者は、本日までにした公正証書による遺言の他、自筆の遺言も含め一切の遺言を全部撤回する。」

<判断>
①被相続人は、本件遺言の作成時において、先行遺言の存在自体を失念していて、認知力及び判断力は著しく低下
②被相続人は、本件遺言をした時点に近接していた平成24年ないし25年頃、出来事を失念することなどの事情から、本件遺言をした当時の認知力及び判断力は著しく低下しており、
③本件遺言の内容が、それ自体は複雑、難解ではないとしても、それがもたらす帰結等を考慮すると、その作成当時、被相続人が本件遺言の内容を理解し、これによりもたらされる結果を弁識しうる能力があったとまでは認められず、
④本件遺言を作成した公証人が、被相続人の遺言能力の有無を確認するに当たりいかなる確認方法を用いたのかが不明⇒同公証人が被相続人に遺言能力が認められると判断したことをもって、被相続人に遺言能力が認められるということはできない。

本件遺言は無効。

<解説>
遺言能力の有無の判断についての判示は詳細で首肯できる。
but
先行遺言を撤回した本件遺言を遺言として扱っている点には異論あり。

遺言の撤回は遺言の方式に従わなければならない(1022条)
撤回の意思を表示するだけでは撤回の効力を生じない。
撤回は独立した法律行為であって遺言ではないが、遺言自体が厳格な要式行為⇒その撤回にも様式性を要求することによって、遺言の要式行為性を貫徹するとともに、あわせて実質的に遺言者の撤回意思の明確化を要求する趣旨。

撤回の効力はいつ生じるか?
A:遺言が効力を発生する時すなわち遺言者が死亡したとき
B:遺言の方式に従った撤回の意思表示の成立と同時に生じる

①撤回は独立した法律行為であって遺言ではなく、
②民法1024条による撤回の効力は、遺言書の破棄ないし遺贈目的物破棄の時に生ずることは明らかであって、その均衡

A⇒遺言者が死亡するまでは撤回の効力が生じない⇒その撤回を撤回することも考えられる。
B⇒法律行為の成立前の、その効力の発生を阻止するという意味における撤回はあり得ない。
遺言の撤回が遺言でなく、意思表示⇒その無効確認請求は不適法と解する余地。

一般に意思表示の無効確認請求は許されず、それを前提にした現在の法律関係の確認請求に引き直すべきであるとの解釈。
⇒先行遺言に基づく法律関係の主張、具体的には相続人が先行遺言によって取得した不動産等の所有権の確認請求訴訟をなすべきであった。

判例時報2512

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2022年5月30日 (月)

個人事業者とリース会社とのソフトウェアのリース契約に基づくリース料債権が信義則に基づき制限された事案

大阪高裁R3.2.16

<事案>
Yは、平成27年6月にリース会社Xとの間で、ゴルフスクール等を運営する会社である訴外ゴルフスタジアムが提供する「MA3ソフト」(ゴルフスイング解析ソフト)のリース契約を締結。
Yは、平成22年にもゴルフスタジアムの勧誘を受け、同社の提供するソフトウェアについて信販会社と信販契約を締結するとともに、ゴルフスタジアムとの間で同社が無償で制作するYのホームページに同社の広告を掲載させるとの広告取引契約を締結し、同社から支払われる広告料により、信販会社に対する支払を行った。
本件リース契約のリース料は、ゴルフスタジアムがY名義の口座に入金するリース料と同額の広告料により支払われていたが、平成29年3月分以降の広告料の入金なし⇒Yは同月分のリース料不払いにより期限の利益を喪失(ゴルフスタジアムは、同年7月に破産手続開始決定を受けた。)。

Xが、残リース料約168万円及び遅延損害金の支払を求めて提訴。

<争点>
Yは、原審において本件リース契約を特定商取引法9条1項の規定に基づき解除する旨の意思表示(本件クーリング・オフ)

①本件クーリング・オフの有効性(Xの販売業者該当性、特定商取引法29条1項1号の適用除外自由の有無)
②ゴルフスタジアムによる勧誘行為に関し、リース料請求の信義則違反の有無

<原審>
争点①:
本件業務提携契約の内容やこれに基づくゴルフスタジアムによる本件リース契約の勧誘からの締結の経緯⇒ Xが訪問販売業者であると認めた。
but
Yの事業の状況を含む本件リース契約の実態⇒本件リース契約はYの「営業のために若しくは営業として」締結されたものであると認定⇒特定商取引法9条1項の適用を除外

争点②:
Xの注意義務違反を否定。

<判断>
争点①:原審と同じ

争点②:
事業者と小口リース取引において、リース会社と業務提携したサプライヤーが問題のある販売方法を用いることに対する苦情が多発⇒Xが会員となっていたリース事業協会が平成27年1月に自主規制規則を制定。

同規則の定める施策を講じることで顧客を保護することを懈怠し、顧客に不利益が生じた場合には、リース料の請求が信義則上制限される場合がある。

本件におけるX側、Y側の具体的な事情を検討
⇒Xのリース料請求は信義則により3割の限度で制限。

<解説>
●リース契約が購入者の営業のために若しくは営業として締結する取引の場合、特定商取引法の適用が除外される(法26条1項1号)。

経産省通達:
事業者名で契約をていしても商品や役務が主として個人用・家庭用に使用するためのものである場合にはクーリング・オフの規定が適用されると明確化。
←中小企業者に対する電話機等リース訪問販売が社会問題化

同要件の判断基準については、事業、職務、取引の実態に照らして個別的に判断するべきであるとする裁判例。

●ファイナンス・リース契約に基づくリース料請求訴訟において、サプライヤーの勧誘行為の違法性が主張され、サプライヤーと業務提携契約を締結していたリース会社には、信義則上、提携サプライヤーを管理指導する義務がったのにこれに違反したなどとしてリース料請求が信義則違反であると主張されることは少なくない。
勧誘行為の違法性が認められた場合にリース会社の不法行為責任が認められるか、あるいはリース料請求を制限し得るかについては、裁判例が分かれる。

本件:
サプライヤーが広告料収入により、実質的にはリース料の負担がないとして勧誘した点に勧誘行為の不当性が認められる事案で、かつ
サプライヤーが破産し、責任追及が困難となっている。

本判決:
リース会社がサプライヤーとの業務提携によりリース契約を獲得して利益を得ていること
サプライヤーの販売方法に関する問題改善のためにリース会社が一定の確認行為を行うことなどを内容とするリース事業協会の自主規制規則が公表
本件リース契約締結に際しXによる確認が不十分であった

リース会社には私法上顧客の保護が期待されていたとして、信義則を根拠にリース料請求を一定の割合で制限したもの。

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NHKの電波のみを減衰する機器を取り付けた受信機の設置と放送法64条1項該当性(肯定)

東京高裁R3.2.24

<事案>
日本放送協会の放送のみが映らないテレビジョン受信機の設置につき放送法64条1項に規定する受信設備に当たるかが争われた事例。

X:本件テレビは、NHKの放送を受信することのできないものである⇒放送法64条1項に規定する受信設備に当たらない⇒XとNHKとの間で放送受信契約を締結する義務が存在しないことの確認を求めて提訴。


<原審>
Xには放送受信契約締結義務は発生しない。

<判断>
①放送法は、受信設備を設置することによりNHKの放送を受信することができる環境にある者に広く負担を求め、NHKとの受信契約を強制できる仕組みを採用している
②本件テレビは、ブースターを用いる方法又は本件フィルターを通さずTVケーブルをチューナーに直結させる方法により、NHKの放送を受信し、視聴することができる。
③NHKの放送のみを受信することを不可能にする付加機器を取り付けるなどして、NHKを受信することができない状態が作出されたとしても、当該付加機器を取り外したり、その機器を働かせなくされたりすることにより、NHKの放送を受信することのできる状態にすることができる

受信状態におく措置の難易を問わず、当該テレビジョン受信機は、放送法64条1項に規定する受信設備に当たる。

<解説>
放送法64条1項について、最高裁H29.12.6
受信設備設置者に対し受信契約の締結を強制する旨を定めた規定であり、原告からの受信契約の申込みに対して受信設備設置者が承諾をしない場合には、原告がその者に対して承諾の意思表示を命ずる判決を求め、その判決の確定によって受信契約が成立すると解するのが相当である」とし、
同法は「原告の目的にかなう適正・公平な受信料徴収のために必要な内容の受信契約の締結を強制する旨を定めたもの」として、同法の合憲性を肯定

いわゆるワンセグ機能付き携帯電話を有する者は「受信設備を設置した者」に該当(東京高裁)
不動産会社賃貸の家具家電付き賃貸物件に入居した者は、不動産会社がテレビを据え付けたとしても、「受信設備を設置した者」に該当(東京高裁)
放送法は「放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な発達を図ることを目的」(同法1条)として、同法64条1項が適正・公平な受信徴収のためのもの。

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担保不動産競売の債務者が免責決定でその相続人が民執法188条、68条の「債務者」に当たるか(否定)

最高裁R3.6.21

<事案>
Aが所有する不動産につきAを債務者とする担保不動産競売の開始決定がされた⇒Aについて破産手続が開始されたAは免責決定を受けた・担保権の被担保債権は免責決定の効力を受けるもの⇒Aは死亡し、その子であるX等がAを相続。
担保不動産競売事件において最高買受申出人とされたXが、原々審において、買受けの申出が禁止される「債務者」(民執法188条、68条)に当たり、売却不許可事由(民執法188条、71条2号)があるとして、売却不許可決定⇒同決定に対して執行抗告。

<判断>
民執法188条において準用する同法68条の立法趣旨⇒前記相続人(当該債務者の相続人)は「債務者」に当たらない⇒原決定を破棄し、原々決定を取り消した上、その他の売却不許可事由の有無につき審理を尽くさせるため、本件を原々審に差し戻した。

<規定>
民執法 第六八条(債務者の買受けの申出の禁止)
債務者は、買受けの申出をすることができない。
第一八八条(不動産執行の規定の準用)
第四十四条の規定は不動産担保権の実行について、前章第二節第一款第二目(第八十一条を除く。)の規定は担保不動産競売について、同款第三目の規定は担保不動産収益執行について準用する。

<解説>
●民執法68条、188条の立法趣旨
旧法制下では、債務者の買受資格を否定するか否かは立法政策の問題
強制競売において債務者の買受資格を否定する通説:

①債務者に差押不動産を買い受けるだけの資力があるのであれば、まず差押債権者に弁済すべき
②債務者が差押不動産を買い受けたとしても、請求債権の全部を弁済できない程度の競売代金の場合には、債権者は同一債務名義をもって更に同一不動産に対して差押え、強制執行をすることができる⇒無益なことを繰り返す結果になり、これを許す場合には競売手続が複雑化する
③自己の債務すら弁済できない債務者の買受申出を許すと、代金不納付が見込まれ、競売手続の進行を阻害するおそれた他の場合より高い
民執法においては、強制競売と担保不動産競売とは可及的に歩調を合わせる⇒強制競売又は担保不動産競売のいずれであるかを問わず債務者の買受資格を否定するものとされ、同法68条、188条が規定。

●「債務者」の意義
担保不動産競売の債務者が免責許可の決定を受け、同競売の基礎となった担保権の被担保債権が前記決定の効力を受ける場合の債務者やその相続人が「債務者」に当たるか?

前記の場合は、当該債務者やその相続人は、被担保債権を弁済する責任を負わず(破産法253条1項本文)債権者がその強制的実現を図ることもできなくなる。

これまで弁済を怠った本人として目的不動産を買い受けることがなお相当でないとする見解があり得るとしても、その相続人については、
①目的不動産の買受けよりも被担保債権の弁済を優先すべきであるとはいえない
②買受けを認めたとしても同一の債権の債権者の申立てにより更に強制競売が行われることもない。
③当該債務者については、代金不納付により競売手続の進行を阻害するおそれが類型的に高いことが否定できないにしても、その相続人については、前記おそれが類型的に高いとはいえない。

前記相続人が形式的にみても債務者に当たることは否定し難いものの、
その買受資格を否定すべき理由もない中でこれを否定する形式的な解釈を採ることは、
政策的な理由から債務者の買受資格を否定したにすぎない民執法188条において準用する同法68条の解釈として妥当でない。

●免責の法的性質
破産法253条1項本文の「責任を免れる」の意味
責任が消滅するのであって、債務は消滅せず、自然債務として残存する。
形式的に「債務者」に該当。

判例時報2512

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2022年5月26日 (木)

インサイダー取引で「業務上の提携」を行うことについての決定をしたとは認められないとされた事例

東京地裁R3.1.26

<事案>
㈱Aの取締役であるXが、その職務に関し、A社の業務執行を決定する機関が、B社との業務上の提携を行うことについての決定をした旨の重要事項を知りながら、本件重要事項の公表がされた平成27年12月11日より前に、自己の計算において、A社の株式合計400株を買い付けた⇒金融庁長官から、金商法185条の7第1項に基づき、課徴金として133万円を国庫に納付することを命ずる旨の決定⇒本件納付命令が違法であると主張して、その取消しを求めた。

<争点>
①A社の代表取締役であるP1が金商法166条2項1号所定の「業務執行を決定する機関」に該当するか
②A社の業務執行を決定する機関がB社との間で金商法及び金商法施行令の「業務上の提携」を「行うことについての決定」をした時期が遅くとも平成27年8月4日であるか

<解説>
インサイダー取引は、
金融商品取引市場おける公平性、公正性を著しく害し、
一般投資家の利益と金融商品取引市場に対する信頼を著しく損なう

金商法は166条においていわゆるインサイダー取引を禁止し、
その違反に対して刑事罰や課徴金を課している。

金商法166条1項は、
会社関係者であって上場会社等に係る業務等に関する重要事実(同条2項所定)を同条1項各号に定めるところにより知ったものは、
当該重要事項が公表された後でなければ、当該上場会社等の特定有価証券等の売買等をしてはならない。

同条2項1号は、同条1項でいう重要事実について、
当該上場会社等の業務執行を決定する機関が同条2項1号イないしヨに掲げる事項を行うことについて決定したことをいう旨規定し、
同号ヨは、
業務上の提携その他の同号イないしカまでに掲げる事項に準ずる事項として政令で定める事項を掲げている。

<判断>
●争点①
金商法166条2項1号所定の「業務執行を決定する機関」とは、
会社法所定の決定権限のある機関に限られず、実質的に会社の意思決定と同視されるような決定を行うことができる機関であれば足りる。

A社とB社との業務提携において、P1が「業務執行を決定する機関」に該当。

●争点②
金商法166条2項1号ヨ所定の「業務上の提携」について、
仕入れ・販売提携、生産提携、技術提携及び開発提携等、会社が他の企業と協力して一定の業務を遂行することを意味することを前提に、
本件提携はそれに該当。
同条1項の趣旨

「業務上の提携」を「行うことについて決定をした」とは、
「業務上の提携」の実現を意図して、「業務上の提携」又はそれに向けた作業等を会社の業務として行う旨の決定がされることが必要であり、
「業務上の提携」の実現可能性があることが具合的に認められることは要しないものの、
「業務上の提携」として一般投資家の投資判断に影響を及ぼす程度に具体的な内容を持つものでなければならない。

本件では、平成27年8月4日の時点では、それに該当しないと否定。

<解説>
「業務上の提携」とは、
会社が他の企業と協力して一定の業務を行うことをいい、
業務の内容や提携の方式について限定はなく、
仕入れ・販売提携、生産提携、技術提携及び開発提携、合弁会社の設立、事業の賃貸借、経営委任などはいずれも業務上の提携に該当。
「行うことについての決定」

日本織物加工株式会社事件最高裁判決:
「株式の発行」について、
株式の発行それ自体や株式の発行に向けた作業等を会社の業務として行う旨を決定したことをいうものであり、右決定をしたというためには右機関(=業務執行を決定する機関)において株式の発行の実現を意図して行ったことを要するが、
当該株式の発行が確実に実行されるとの予測が成り立つことは要しない。

村上ファンド事件最高裁判決:
「公開買付け等」について、「決定」をしたというためには、上記のような機関(=業務執行を決定する機関)において、公開買付け等の実現を意図して、公開買付け等又はそれに向けた作業等を会社の業務として行う旨の決定がされれば足り、
公開買付け等の実現可能性があることが具体的に認められることは要しない

「決定」について確実性や実現可能性を要件としていない。

①インサイダー取引の構成要件が原則として投資判断に及ぼす実際の影響を要件としない形で客観的にその範囲を確定するという観点から規定されたという立法経緯
②軽微基準及び重要基準を設けて投資者の投資判断に及ぼす影響が軽微なもの処罰の対象とならないように手当がされている
⇒インサイダー取引はいわゆる抽象的危険犯としての性格を有し、一定程度の実現可能性の存在を「決定」該当性の一要件と位置付けるのは相当ではないという趣旨。

判例時報2511

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株式の買取請求をした者の会社法318条4項の「債権者」該当性

最高裁R3.7.5

<事案>
Yにおける株式併合によりその保有する株式が1株に満たない端数になる⇒会社法182条の4第1項に基づき前記株式の買取請求ををしたXが、Yに対し、Xは前記株式の価格の支払請求権を有しているからYの債権者に当たるなどと主張して、会社法318条4項に基づき、株主総会議事録の閲覧及び謄写を求めた事案
XはYから会社法182条の5第5項に基づく支払を受けており、Yは、前記株式の価格が前記支払の額を上回らない限りXは会社法318条4項にいう債権者には当たらないと主張。

<経緯>
(1)平成28年7月4日の臨時株主総会及び普通株式の株主による種類株主総会で、同月26日を効力発生日としてYの普通株式及びA種類株式のそれぞれ125万株を1株に併合する旨の決議
(2)Xは、Yの株式4万4400株を有していたところ、前記各株主総会に先立ち、前記各決議に反対する旨をYに通知し、各株主総会で議案に反対、
(3)同月25日までに、会社法182条の4第1項に基づき、Yに対し、本件株式を公正な価格で買い取ることを請求。
(4)Xは、本件株式の価格についてYとの間で協議が整わなかった⇒会社法182条の5第2項所定の期間内に、東京地裁に、本件株式の価格決定の申立て
(5)Yは、同年10月21日、同条5項に基づき、Xに対し、自らが公正な価格と認める額として1332万円を支払った。

<判断>
会社法182条の4第1項に基づき株主の買取請求をした者は、会社法182条の5第5項に基づく支払を受けた場合であっても、前記株式の価格につき会社との協議が調い又はその決定に係る裁判が確定するまでは、会社法318条4項にいう債権者に当たるというべき
⇒Xが同項にいう債権者に当たると判断した原審の判断は正当。

<解説>
●会社法は、株式会社の株主又は債権者につき、株主名簿、株主総会議事録、取締役会議事録、会計帳簿、計算書類等の閲覧等の請求をすることができる旨を規定。

株主に関しては監視監督権限の実効的な行使のため、
債権者に関しては間接有限責任(会社法104条)の下での債権の回収確保のため
会社の事業、財産及び損益の状況等に関する情報を入手することを可能としてこれらの保護を図ることを目的として設けられたもの。
会計帳簿や取締役会議事録等、開示により営業秘密の漏えい等の弊害が生ずる懸念が大きいものも含まれている

一定数以上の株式を有する株主に限定したり、
請求の理由を明らかにして閲覧等の請求をすべきものとしたり、
拒絶事由を定めたりすることにより会社と開示請求権者の利益ないし損失を衡量する制度設計

「株主」又は「債権者」に該当するか否かの判断自体において、前記弊害が生ずるおそれを考慮して厳格に判断すべき必要性は見出し難い。

●株式併合の場合における反対株主の株式買取請求権の制度
会社は、会社法182条の4第1項に基づき株式の買取請求をした者に対し、前記株式の価格の決定があるまでの間、会社が公正な価格と認める額を支払うことができる(会社法182条の5第5項)

会社が株式買取請求に係る株式の価格につき支払うべきものとされる利息が市中金利に比して高額であることによる濫用的買取請求に対処するために導入。
but
買取請求に係る株式の価格の支払請求権は、前記価格についての当事者間の協議が調い又は前記価格の決定に係る裁判が確定するまではその価格が未形成

前記価格の形成以前の時点でこれを弁済により消滅させることができるかという点自体にき疑問があり得る。
弁済自体は可能であるとしても、その価格が未形成である以上、当該弁済によりその全部が消滅したと認定することは不可能。
・・・

判例時報2511

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申立人ら夫婦が申立人母の非嫡出子を養子にすることの許可を求めた事案で、父との関係でニュージーランド法を準拠法とされた事案

東京家裁R3.1.27

<事案>
申立人ら夫婦(ニュージーランド及びD国籍を有する申立人父と日本国籍を有する申立人母)が、申立人母とH国籍を有する実父との間の非嫡出子である未成年者(日本国籍及びH国籍)を申立人らの要しとすることの許可を求めた事案。

<判断>
申立人父との関係ではニュージーランド法を
申立人母との関係では日本法を
それぞれ準拠法として認定した上、
申立人らと未成年者との間でそれぞれ適用される法における養子縁組の要件(保護要件を含む。)について検討し、本件申立てを許可。

<規定>
法適用通則法 第三一条(養子縁組)
養子縁組は、縁組の当時における養親となるべき者の本国法による。この場合において、養子となるべき者の本国法によればその者若しくは第三者の承諾若しくは同意又は公的機関の許可その他の処分があることが養子縁組の成立の要件であるときは、その要件をも備えなければならない。
・・・
法適用通則法 第三四条(親族関係についての法律行為の方式)
第二十五条から前条までに規定する親族関係についての法律行為の方式は、当該法律行為の成立について適用すべき法による。
2前項の規定にかかわらず、行為地法に適合する方式は、有効とする。

法適用通則法 第三八条(本国法)
当事者が二以上の国籍を有する場合には、その国籍を有する国のうちに当事者が常居所を有する国があるときはその国の法を、その国籍を有する国のうちに当事者が常居所を有する国がないときは当事者に最も密接な関係がある国の法を当事者の本国法とする。ただし、その国籍のうちのいずれかが日本の国籍であるときは、日本法を当事者の本国法とする。
・・・

<解説>
●準拠法について
養子縁組における準拠法:
法適用通則法31条1項前段⇒縁組の当時における養親となるべき者の本国法による。
同項後段⇒養子となるべき者の本国法によればその者若しくは第三者の承諾若しくは同意又は公的機関の許可その他の処分があるときは、その要件(「保護要件」)をも備えなければならない。

渉外養子縁組の実質的成立要件は、
縁組当時の養親の本国法により、
保護要件については養子の本国法が併せて考慮される。
本件では、申立人父と未成年者が重国籍⇒同人らの本国法を確定する必要。
重国籍の場合の本国法:法適用通則法38条1項。

申立人父について、
ニュージーランド及びDのいずれも常居所があるとは認められない。
申立人父のD及びニュージーランドにおける居住歴、ニュージーランドへの定期的訪問といった事情⇒ニュージーランドとDのうち申立人父に最も密接な関係がある国はニュージーランド⇒本国法なニュージーランド法。
未成年者の本国法は日本(同条但書)。

●保護要件については、
成立する養子縁組が断絶型の養子縁組⇒特別養子縁組の保護要件
非断絶型の養子縁組⇒普通養子縁組の保護要件
が必要。
ニュージーランド法の養子縁組は、実親と養子との関係について断絶効があるとされている。
but
配偶者の一方の本国法上、断絶型の養子縁組の定めしかない場合であっても、地方配偶者の本国法上、非断絶型の養子縁組が認められるときは、当該夫婦は被断絶型の養子縁組をすることができると解されている。

本件:申立人母が、夫婦共同縁組で普通養子縁組の申立てをしている⇒申立人父との間でも被断絶型の養子縁組が成立すると解され、本件審判も、養父子関係について、普通養子縁組に即した日本法の保護要件を検討。

●ニュージーランド法の養子縁組の要件
①養子の年齢制限、②養親の年齢要件、③夫婦共同縁組、④試験養育、⑤実親等の同意、⑥裁判所の養子縁組命令

要件⑤について:
同意が要求される実親等について、非嫡出子の場合、母又は(母が死亡している場合は)生存している後見人若しくは死亡した母から任命された後見人。
かかる場合において必要であると裁判所が判断するときは、裁判所は父の同意を要件とすることができる旨を規定。

本審判:
実父の同意を要件とする必要性について、
断絶型の養子縁組が成立するニュージーランド法において、実父の同意は裁判所が必要と判断するときに限り、要件とされている。
本件において成立する養子縁組が申立人父との間においても非断絶型にとどまる。
⇒実父の同意は不要としている。
ニュージーランド法は、養子縁組命令を発するのにソーシャルワーカー(児童福祉司)の報告書の提出を要する旨を規定。

本審判:
同規定は手続規定⇒本件に適用を要しない。
but
家庭裁判所調査官の調査報告書によりソーシャルワーカーの報告書を代替することも可能。

試験養育を要件とする規定についても、手続規定⇒適用を要しないとも解されるが、その実質から同居期間の要件を定めていると解することもできるとの指摘。
ニュージーランド法は、養子縁組は裁判所のする養子縁組命令により成立。
本審判:この命令は、日本の家庭裁判所のする養子縁組許可の審判をもって代えることができる。
未成年者は申立人母の非嫡出子⇒申立人母については、縁組許可の審判は不要(民法798条ただし書)であり、届出によって縁組を成立させることとなる。
but
夫婦共同縁組を同時に成立させるため、申立人父については、いわゆる分解理論を用いて、養子縁組許可の審判をする必要。

分解理論:
養子縁組命令の裁判を、養子縁組の実質的成立要件に関わるものとして裁判所等公的機関の関与を必要とする部分と、
養子縁組を創設させる部分とに分解した上で、
実質的成立要件の審査部分については家庭裁判所の許可の審判という形で代行させ、
縁組の形式的成立要件については法適用通則法34条2項によって行為地法である日本法の方式(戸籍法上の届出)によることとするもの。
その場合、理論的には、主文は
「申立人父が申立人母とともに未成年者を養子とすることを許可する。」とすれば足りるとされるが、
本審判:「申立人らが未成年者を養子とすることを許可する。」

申立人母からも申立てがあり、夫婦共同縁組の申立ての形を採っている場合に、申立人母からの申立てを認容することも許容されるという解している。

判例時報2511

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2022年5月23日 (月)

キャバクラ店の従業員の私的交際違反の違約金が無効とされた事案

大阪地裁R2.10.19

<事案>
キャバクラ店を経営する特例有限会社である原告が、女性従業員である被告に対し、
被告が私的交際をせずこれに違反した場合は原告に対して違約金200万円を支払う旨を、原告・被告間で合意。
but
これに違反して被告が男性従業員と交際
⇒ 雇用契約の債務不履行に基づく違約金100万円(一部請求)の支払を求めるとともに、本件合意及びその後の誓約(前記交際のことを他言しない等)に違反したことが不法行為に当たるとして40万円の損害賠償を請求。

被告:本件合意は労基法16条に違反し(争点①)、かつ公序良俗にも反している(争点②)から無効。

<規定>
労基法 第一六条(賠償予定の禁止)
使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。

<判断・解説>
●争点①
本件合意が、使用者が労働契約の不履行について違約金を定めたり損害賠償額を予定する契約をしたりしてはならないと規定した労基法16条に違反し、無効。

労基法16条は、労働契約の不履行についての違約金等に関する規定
but
本件事案は、キャバクラ店での接客業務それ自体の不履行ではなく、それ以外の私生活に関する合意の不履行とも考えられる。
but
原告が雇用契約を締結する前提として被告を含む全従業員に本件合意を要求⇒原告は被告との雇用契約において、単なる接客でなく、交際相手のいない状態で接客を行うことを労働として求めていた⇒本件合意が労働契約の不履行についての違約金等に関する規定と認定したものと思われる。

なお、キャバクラ店等の風俗営業において、店舗経営者が接客担当者を個人事業者として扱い、雇用契約ではなく請負契約や業務委託契約を締結する形式がとられる場合⇒その実質が「事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」(労基法9条)に当たるかどうかの判断が必要。

●争点②
人が交際するかどうかや誰と交際するかはその人の自由に決せられるべき事柄であって、その人の意思が最大限尊重されなければならない
本件合意は、禁止する交際について交際相手以外に限定する文言を置いておらず真摯な交際までも禁止対象に含んでいることや、その私的交際に対して200万円もの高額な違約金を定めている⇒被用者の自由な意思に対する介入が著しい⇒公序良俗に反し無効。

①本件合意について禁止する交際の対象が広範に及んでいることや②違約金が高額であることを理由に公序良俗に反すると認定しており、事例判断にとどまっている。
尚文献。

<解説>
交際禁止をめぐる紛争:
①芸能プロダクションである原告が、専属契約を手家kつして女性アイドルとして芸能活動をしていた被告に対し、被告が男性ファンとの交際を禁止した専属契約に違反したとして、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を請求した事案において、交際禁止条項が有効であると認定して、請求を認容した事例。(東京地裁)
②①と同種の事案で、所属アイドルが異性と性的な関係を持ったことを理由に損害賠償を請求することは、自己決定権そのものである異性との合意に基づく交際を妨げられることのない自由を著しく制約するものであるとして、債務不履行及び不法行為の成立を認めず、請求を棄却した事例。(東京地裁)

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婚姻無効確認請求訴訟(肯定事例)

札幌高裁R3.3.10

<事案>
亡Aと妻の亡Bとの間の子であるXらが、Yに対し、平成30年1月22日に届けられたAとYとの間の婚姻について、Aの婚姻意思がないことを理由に、無効であることの確認を求めた。

<原審>
Yの供述、すなわち、平成29年12月24日に、Aの入居している介護付き老人ホームにおいて、本件施設の看護師であるCの同席の下、AとYとの間で本件婚姻に係る婚姻届を作成したとの供述及びこれに沿うCの陳述書
⇒本件婚姻は、Aの意思に基づくものであるとして、Xらの請求を棄却。

<判断>
①Aは、本件婚姻届けを提出した平成30年1月22日当時、入院生活が前提とされ、婚姻生活を送りうる健康状態ではなかった
②Cは陳述書を作成しているが、平成30年2月に、A、X1、Y、Cの4者での話し合いの席で、Aが「籍は入れていない」旨述べたのに対し、Cは「目の前でやってないから、わからないから。目の前で・・・」と述べ、これに対して、Yは「やりました、病院で」と述べている⇒Cの陳述書の記載内容には信用性に疑問がある。
③Yは、平成29年12月15日以降、Aの死後である平成30年8月15日まで、Aの年金口座から年金を振込当日にほぼ全額引き出していた。
④Yは、Aが危篤状態でICUに入った、翌日に車いすを使用するAが車いすのままでは乗車できない仕様の新車を570万円で注文しているなど不自然な行動。

Yには本件婚姻届を偽造する動機があり、
本件婚姻届にはAの印章によって顕出された印影はあっても、Aの意思に基づいて顕出されたとの推定は覆され、YがAの印章を冒用して押印したものと認めるのが相当

原判決を取り消し、本件婚姻は無効。

<解説>
家裁:Yの主張、供述に沿う本件施設の看護師Cの陳述書に記載された内容を重視
but
Cは平成30年10月に死亡⇒反対尋問に曝されていない。
Cは平成30年2月には陳述書に反する言動。

高裁は、Cの陳述書に依拠して事実を認定することはできないと判断。

婚姻の意思:
その時代の社会観念に従って婚姻とみられる関係を形成しようとする意思
いわゆる実質的意思説が通説、判例とされている。

裁判例:
婚姻無効を認めた事例
無断で提出した婚姻届についてその後追認があったとして婚姻無効を認めなかった事例

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2022年5月21日 (土)

組立保険契約の保険金の対象となる復旧費

福岡高裁宮崎支部R2.7.8

<事案>
太陽光発電事業を営むXが、 工事業者に発注した太陽光発電所設置工事(本件工事)について、Yとの間で組立保険契約(本件保険契約)を締結⇒河川の氾濫により本件工事の材料である太陽電池モジュール(本件太陽光モジュール)等が損傷する事故(本件事故)が発生⇒Yに対し、本件保険契約に基づき、保険金2億2335万9836円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。

<損害>
本件事故により発生した損害:
本件太陽光モジュールの損傷の他、
ブロック積復旧費用等の損害8400万2385円
産業廃棄物63万4520円
問題は、コネクタのみ水没した本件太陽光モジュールの損害を幾らとみるのが相当かという点。

<原判決>
コネクタのみが水没した本件太陽光モジュールに生じた損害についての社会通念上損害発生直前の状態に復旧したということのできる程度の修理とは、「本件出力保証(本件太陽光モジュールの製造元が25年間で80%の出力を保証するもの)を維持することが可能な程度の修理等」であることを要する。
コネクタの交換による修理等を行った場合には本件出力保証が維持されない
⇒本件太陽光モジュールを全部交換する方法によるほかないとして1枚あたり3万3500円を認容。

<判断>
損害の生じた保険の対象を損害発生直前の状態に復旧するために直接要する修理費等(復旧費)について、
本件保険契約を含む組立保険契約は、基本的には、個々の動産についての各種損害保険を集合したもの⇒その損害額の算定に当たっては、動産損害保険における損害額の算定と異ならない。

コネクタのみ水没した本件太陽光モジュールの損害額は、保険の対象物である当該動産を保険事故発生前の正常な状態と物理的、機能的に同一の状態に復旧するための合理的費用をいい、
新品と交換する費用を損害額と認めることはできない。
本件では、電気工事専門業者が水没したコネクタを交換することにより、本件太陽光モジュールを保険事故発生前の正常な状態と物理的、機能的に同一の状態に復旧することができ、その費用は1枚あたり2000円と認めるのが相当。

<解説>
組立保険:
各種の工事を対象として、工事現場における材料等の搬入から工事完成後引渡しまでの過程において、免責事由に該当しない限り、あらゆる不測の事故等により工事物件に生じた損害をてん補することを目的とする保険であり、
工事現場に所在する工事の目的物や材料、工事の遂行に必要な仮設物や什器備品等を保険の対象物とするもの。

本件保険約款第5条では、保険金として支払うべき損害額について、
損害の生じた保険の対象を損害発生直前の状態に復旧するために直接要する修理費等(復旧費)と規定
組立保険の裁判例。

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ベーコンビッツの骨片の残存可能性についての警告表示がないことと製造物責任法の欠陥(否定)

東京高裁R2.1.15

<事案>
Yは、乙からベーコンビッツを仕入れて、それにレタス、トマト等を加えてハイローラーブレッドで巻いたものを輪切りにした惣菜を販売⇒Xが本件商品を購入して食べたところ、本件商品内に残存していた骨片により、歯冠破折の傷害

XはYに対し、
①本件商品に骨片が混入していたこと又は
②本件商品に骨片の残存可能性についての警告表示がなかったことにつき、
製造物責任法2条2項の「欠陥」にあたるなどと主張⇒治療費等の損害賠償を求めた。

<争点>
本件商品に指示・警告状の欠陥が認められるか

<判断>
①本件商品は目視によりベーコンビッツの分量や性状まで認識可能
②本件商品は、全体として比較的柔らかく、そしゃくしやすい食品として認識され、特に強い力で噛み切ろうとしたり嚙み砕こうとしたりすることが一般に想定されないもの
③食肉加工食品一般に骨片が残存する可能性があることは、一般消費者にもある程度知らされている
④比較的柔らかい食品をそれに即した通常の強さでそやくする限りにおいては、被害発生の蓋然性は低い
⑤カリエス(虫歯)等があって歯を傷つけやすい者にあってはそしゃくの強度を調整する自助努力も必要
⑥ベーコンビッツに残存する骨片により歯を傷める可能性があることは、食品の安全性に関する情報の中では、相対的に重要性はそれほど高くない
⑦警告表示を行うべき必要性は、それほど高くなく、その情報を必要とする購入者に対して適切に情報を伝える効果は限定的

本件商品にベーコンビッツの骨片の残存可能性についての警告表示がなかったことをもって、本件商品が通常有すべき安全性を欠いていたということはできない。

<解説>
製造物責任法2条について
「欠陥」当該製造物の特性、その通常予見される使用形態、その製造業者等が当該製造物を引き渡した時期その他の当該製造物に係る事情を考慮して、当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていること
学説:「欠陥」には、
(1)製造上の欠陥、
(2)設計上の欠陥、
(3)指示・警告状の欠陥
の3類型が存在。
(3)は、使用法や危険性の表示に不備があること・

欠陥の判断基準:
A:消費者の期待を基準とするもの
B:製品の有する危険性と効用を比較衡量するもの
があるが、実務上、いずれかの基準に則っているわけではない。

最高裁H25.4.12(イレッサ薬害訴訟上告審):
医薬用医薬品の添付文書の記載について、
添付文書の記載が適切かどうかは、上記副作用の内容ないし程度(その発現頻度を含む。)当該医療用医薬品の効能又は効果から通常想定される処方者ないし使用者の知識及び能力、当該添付文書における副作用に係る記載の形式ないし体裁等の諸般の事情を総合考慮して判断する。

本判決:
微細な骨片を除去しきれないベーコンビッツの特性に言及するとともに、一般の消費者が当該事実を認識していることを前提として判示。

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2022年5月19日 (木)

都市計画決定から相当期間経過で、事業認可の違法性判断の枠組み基準を示した事案

静岡地裁R2.12.24

<事案>
国土交通大臣から権限の委任を受けた中部地区整備局長及び静岡県知事が、訴外A(JR東海)沼津駅付近の鉄道高架化に関して、平成15年に決定された都市計画の事業計画の変更認可
⇒事業地内又はその周辺において、土地を所有するなどしているXら28名が、Y1(国)及びY2(静岡県)を相手に、本件各変更認可の違法を主張して、
平成20年の各変更認可については無効確認を
令和1年の各変更認可については取消しを求める。

Xら:
Xら全員に原告適格が認められるとした上で、本件各変更認可の違法性について、
①都市計画事業は、事業の内容が都市計画に適合することが認可の要件とされている(都計法61条1号)ところ、本件都市計画決定は、Y2がその裁量を逸脱濫用していたものであるから違法であり、それに基づいてされた本件各変更認可も違法
本件都市計画の変更後に都計法21条1項に基づく都市計画の変更をすべき事情が存したにもかかわらず、これが変更されないままになされた本件各変更認可は違法

<判断>
最高裁H17.12.7(小田急線高架化事件)を参照した上で、
本件高架化事業は、環境影響評価法及び静岡県環境影響評価条例が定める環境影響評価等の対象事業には該当せず、本件高架化事業の規模が大きく、かつ、環境に与える影響の程度が著しいものとなるおそれがあるものとは認められない
事業地の周辺に居住等する者が、本件高架化事業が実施されることにより、騒音、振動等による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれがあるとは認められない。

Xらのうち、事業地周辺に居住等するにすぎない者、すなわち、事業地内において現に不動暖を所有するか、又は居住するか、若しくは事業地内の土地について収用裁決を受けた者以外の者の原告適格を否定してその訴えを却下。

争点①:
本件都市計画は、その決定時点において、必要性、合理性が認められ、Y2がその裁量を逸脱濫用したとは認められない。

争点②:
その後の社会・経済情勢の変化のあった本件各変更認可の時点においても、本件都市計画の必要性や合理性が失われたとはいいがたく、本件都市計画を変更すべきことが明白とはいえない⇒本件各変更認可は適法

<解説>
●事業認可の取消訴訟等では、その前提となる都市計画決定の違法性が争点となることが多い。

本判決:
事業認可の違法性を判断するに際して都市計画の違法性を判断する場合の基準時について、都市計画決定時と解する立場。

行政処分の違法性の判断基準時を当該行政処分時と解する通説的な立場に依拠。
but
都市計画の事業認可の取消訴訟においては、往々にして都市計画から事業認可までの時間的間隔が大きく、その間に社会・経済情勢が少なからず変化⇒これを一切考慮することなく事業認可の違法性を判断することに疑義が生ずる場合もある。

裁判例の中には、都市計画決定後の事情の変化が事業認可の違法性に影響を及ぼす余地を残すものが散見

●本判決:
争点②の判示部分で、
都市計画決定後に相当の長期間を経過し、当該都市計画の基礎とされた社会・経済情勢に著しい変化があったこと等により、当該都市計画の必要性や合理性がおよそ失われ、都計法21条1項に基づき当該都市計画を変更すべきことが明白であるといえる事情が存するにもかかわらず、これが変更されないまま事業認可申請に至ったものであることが一見して明らかであるなどの特段の事情がある場合に限り、事業認可が違法となる旨判示。

都計法21条1項が、都市計画の決定権者たる都道府県又は市町村は、都計法6条1項又は2項により都道府県がおおむね5年ごとに行うこととされている都市計画に関する基礎調査あるいは都計法13条1項20号に規定される政府が法律に基づき行う調査の結果、都市計画を変更する必要が明らかとなる等の事情が生じたときは、遅滞なく、当該都市計画を変更しなければならない旨規定。
都市計画後の事情により、事業認可が違法となる余地を認めた。

本判決:
①都計法21条1項の文言が「調査の結果都市計画を変更する必要が明らかとなったとき」となっており、都市計画を経納する必要の明白性を要求
②事業認可の認可権者は、事業の内容が都市計画に適合していることを審査すれば足りるのであって(都計法61条1号)、それを超えて都市計画の内容を審査することまでは想定されておらず、かえって都市計画の具体的な内容にわたって審査を行うことは、都市計画の決定権者たる地方公共団体への不当な干渉となってしまう場合がある。

都市計画を変更すべき事情が外部からも一見して認識できる程度のものである必要がある。
都計法21条1項の趣旨に照らして違法として取消しを認めることは、実質的に都市計画決定権者に対して同項に基づく都市計画の変更を迫ることになる
その違法となる場合の要件は、行訴法37条の2に規定される非申請型義務付け訴訟の訴訟要件及び本案勝訴要件に準ずる程度の要件を要求すべきと解される(たとえば、当該都市計画に基づく事業が実施された場合に原告に重大な損害を生じ、その損害を避けるために都市計画の変更をする以外に適当な方法がないという事情は、都市計画を変更すべきといえる一事情になろう。)。

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2022年5月18日 (水)

映画製作会社に対して助成金を交付しない旨の決定が違法として取り消された事例

東京地裁R3.6.21

<事案>
映画製作会社のXが、その製作映画(本件映画)について、独立行政法人日本芸術文化振興会理事長(「理事長」)による内定を経て、文化芸術振興費補助金に係る助成金の交付申請⇒理事長から、本件映画には麻薬取締法違反により有罪が確定した者が出演しており、これに対して助成金を交付することは、公益性の観点から適当ではない⇒本件助成金を交付しない旨の決定(本件処分)⇒Y(日本芸術文化振興会)を相手に、本件処分の取消しを求めた。

<争点>
本件処分の適法性(=理事長が本件内定を受けたXに本件助成金を交付しないこととした本件処分につき、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用した違法が認められるか)

<判断>
理事長の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用の有無を判断するに当たっては、交付内容の取消し又は不交付決定の根拠とされた公益の内容、当該芸術団体等に対して助成金を交付することにより当該公益が害される態様・程度、交付内定の取消し又は不交付決定により当該芸術団体等に生じる不利益の内容・程度等の諸事情を総合的に考慮して、交付内容の審査における芸術的観点からの専門的知見に基づく判断を尊重する文化芸術振興費補助金による助成金交付要綱(本件要綱)の定めや仕組みを踏まえてもなお助成金を交付しないことを相当とする合理的理由があるか否かを検討すべきであるところ、
本件処分は、
①本件映画につき、芸術的観点からの専門的知見に基づく審査の結果を踏まえて本件内定がされていたこと、
②本件助成金の交付によって本件俳優が利得を得るものではなく、本件処分の根拠とされた薬物乱用の防止という公益との関係で、違法薬物に対する許容的な態度が一般に広まるおそれがあるとはえいないこと、
③本件処分によりXに生じる不利益は、映画製作事業の実施に係る経済的な面においても、また、映画表現の重要な要素の選択に関する自主性の確保の面においても小さいものとはいえないことなど

交付内容の審査における芸術的観点からの専門的知見に基づく判断を尊重する本件要綱の定めや仕組みを踏まえてもなお本件助成金を交付しないことを相当とする合理的理由があるということはできない⇒理事長の裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものと認められる。

<規定>
第三〇条(裁量処分の取消し)
行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる

<解説>
●本件処分の適法性判断
本件処分は、理事長に裁量権の範囲の逸脱またはその濫用があった場合に限り違法となる(行訴法30条)。
関係法令のみならず、理事長が定めた本件要綱及び審査基準においても、出演者の犯罪行為あるいは公益性は不支給要件として定められていない。

判例:
行政庁がその裁量に任された事項について裁量権行使の準則を定め、処分がこの準則に違背して行われたとしても、原則として当不当の問題を生ずるにとどまり、当然に違法となるものではない(最高裁昭和53.10.4:マクリーン事件)。
処分基準が定められている場合については、訴えの利益の有無に関する判示の中ではあるが、当該処分基準の定めと異なる取扱いをすることを相当と認めるべき特段の事情がない限り、そのような取扱いは裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるとするものがある(最高裁H27.3.3)。
学説:裁量権の公正な行使の確保、平等取扱いの原則、相手方の信頼保護といった要請からすると、準則と異なった判断をするには、そのための合理的理由が必要(塩野)。

●Xは、本件処分に先立って、理事長から本件内定を受けている
地方公務員の採用内定取消しについて、当該事例においての判断であるが、採用内定及びその通知は法令上の根拠に基づくものではなく、採用発令の手続を支障なく行うための準備行為⇒抗告訴訟の対象となる処分に当たらない(最高裁昭和57.5.27)。

本件内定:法令ではなく本件要綱によって定められている⇒本件内定を得たこと自体の効果から直ちに理事長の裁量権が制限されるといった議論にはならない。

●本件:芸術作品に関係した者が犯罪行為をした場合への公的助成のあり方という問題に関し、
行政庁による最終判断の前段階で専門家による審査を通過していたが、行政庁が全く別の視点から専門家による審査結果と異なる判断をしたという事例について、
裁判所が法令の趣旨及びそれを反映した要綱に基づく判断構造等に着目して個別具体的な事情を踏まえて判断したもの。

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2022年5月17日 (火)

危険運転致死傷罪の制御困難高速度走行の判断要素の「道路の状況」

名古屋高裁R3.2.12

<事案> 主位的訴因である危険運転致死傷罪に関し、被告人の行為が、自動車死傷法2条2号の「その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為」に該当するか、すなわち
①被告人の走行が進行制御困難高速度走行に該当するか
②被告人に故意が認められるか
が争われた。

<原審>
●争点①
進行制御困難性の判断要素として実務上指摘されている「道路の状況」には、道路の物理的な形状だけでなく、駐車車両や他の走行車両等も、それにより客観的に道路の幅が狭められているなどの状況がある以上は含まれる。
本件では、被害車両を含む他の走行車両の存在により被告人車両が進行できる幅やルートが相当限定されており、そのような進路を時速約146キロメートルもの高速度で進行させることは極めて困難
⇒被告人の行為が進行制御困難高速度走行に該当。

●争点②
but
自動車死傷法2条2号の故意が認められるためには、物理的な意味での進行制御困難性が生ずる状況の認識・予見が必要
被告人に故意があったと認定するには合理的な疑いが残る。

危険運転致死傷罪の成立を否定し、予備的訴因である過失運転致死傷罪の成立を認めた。

<判断>
●争点①について:
①立法者意思の探索結果:
法制審議会刑事法(自動車運転による死傷事犯関係)部会における立法担当者の説明及び議論情況等⇒立法担当者側は「道路の状況」という要素の中に歩行者や走行車両は含まれないとの考えに立つと理解するのが自然
②罪刑法定主義の要請である明確性の原則の堅持:
事前予測が困難な不確定かつ流動的な要素を抱える他の走行車両の存在を進行制御困難性の判断要素に含めるのは、類型的、客観的であるべき進行制御困難性判断にそぐわず、明確性の原則からみても不相当
③危険運転致死傷罪の創設趣旨との整合性:
悪質・危険な類型に限定されているとみるべき危険運転行為を、解釈によって拡大することは自動車死傷法の創設趣旨に不適合

進行制御困難性の判断要素の1つである「道路の状況」という要素に、他の走行車両は含まれないと解すべき。

●争点②について:
原判決の説示に同意

●本件:
①時速約146キロメートルの高速度で走行していた被告人は、被害車両を発見した時点で、その車間距離から接触回避が困難な状況であった
②被告人の予想とは異なり、被害車両が車線変更せず第2車線にとどまっていたこともあいまって、同車線上で衝突
被告人の行為が、進行制御困難高速度走行に該当するとはいい難い。

<解説>
●進行制御困難高速度走行該当性(「道路の状況」)の判断
進行制御困難高速度走行とは、
速度が速すぎるため、道路の状況に応じて進行することが困難な状態で自車を走行させること」を意味し、
「具体的には、例えば、カーブを曲がりきれないような高速度で自車を走行させるなど、そのような速度での走行を続ければ、車両の構造・性能等客観的事実に照らし、あるいは、ハンドルやブレーキの操作のわずかなミスによって自車を進行から逸脱させて事故を発生させることとなると認められる速度での走行」をいい、
「そのような速度であるか否かの判断は、基本的には具体的な道路の状況、すなわちカーブや道幅等の状態にてらしてなされる」ものとされている。

進行制御困難高速度運転と過失運転の境界は曖昧
⇒速度超過による死傷事故が過度に本罪に取り込まれる可能性を内在
危険運転致死傷罪の創設趣旨等に立ち返って適正な処罰の範囲を明らかにする必要。

判例時報2510

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2022年5月14日 (土)

排除措置命令に係る命令書の主文の記載と理由の記載に違法があるとされた事例

東京高裁R2.12.11

<事案>
小売業者であるXが、Y(公正取引委員会)に対し、Xに対する平成25年改正前独禁法に基づく排除措置命令審判事件及び課徴金納付命令審判事件について、YがXに対してした審決のうち、Xの審判請求を排除した部分の取消しを求めた事案。

<争点>
①Xの取引上の地位が納入業者127社のそれぞれに対して優越しているか
②Xが納入業者127社のそれぞれに対して濫用行為を行ったか
③課徴金の算定方法についての違法性の有無
④本件各命令書における主文の不特定及び理由の記載の不備による違法性の有無

<判断>
争点④について
排除措置命令の主文の内容があまりに抽象的で、名宛人が当該命令を履行するために何をすべきかが判然としな主文の記載は違法
排除措置命令書及び課徴金納付命令書において理由の付記が要求される趣旨は、Y(公正取引委員会)の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、その理由を名宛人に知らせて不服申立てに便宜を与える点にある⇒要求される付記の内容及び程度は、特段の理由がない限り、いかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用して当該処分がされたかを、処分の相手方においてその記載自体から了知し得るものでなければならない。

これを本件各命令書についてみると、本件排除措置命令書及びこれを引用した本件課徴金納付命令書の記載からは、Xが違反行使をした相手方である「特定納入業者」が具体的に特定されていない。
本件各命令書に同封された本件一覧表は、本件各命令の一部を構成するものではなく本件課徴金納付命令の参考資料と位置付けられており、これを本件各命令書と一体のものとは評価できないし、本件一覧表の記載に照らし、これに記載された事業者が特定納入業者であるとも評価できない。
⇒本件各命令書の記載を本件一覧表で補充することはできない。
主文の一部及び理由の記載には重大な違法があり、本件各命令は取り消されるべきである。

<解説>
理由付記の趣旨及びその程度についても、一般的な行政処分における理由付記についての判例理論に沿うもの。

判例時報2510

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2022年5月13日 (金)

民訴法142条の法意を類推して本訴が却下された事案

東京地裁R3.4.20

<主張>
X:
①Y1及びY2がXの顧客情報等の秘密をY3に漏えいして競合行為(債務不履行)を行った
②Yらが共謀してXの従業員を引き抜いてY3社に移籍させ
③Xの取引先にXの信用を毀損する虚偽の事実を告知するなどして、
Xの取引先を侵奪した(共同不法行為)

Xの取引先3社に係る逸失利益相当額の損害を求めた。
but
Xは、本件訴訟に先だって、Y1に対し、Xを退職後、Xの顧客に対してXの信用を害する虚偽の事実を告知し、競合会社の取締役に就任し、同社へのXの従業員を多数転職させ、Xの顧客情報を漏えいしてXの顧客である本件各取引先を侵奪したと主張して、債務不履行(退職後の競業避止及び秘密保持に関する契約の違反)又は不法行為に基づき、本件各取引先に係る逸失利益約7800万8244円の一部請求をし、請求額の一部を認容する一審判決がなされ、Y1は控訴。

<判断>
Xの訴えのうち、Y1に対する訴えを却下し、その余の請求を理由がないとして棄却。

Y1に対する本件訴訟と別訴とは、 当事者が同一であり、訴訟物も同一であり、別訴の第1審判決が言い渡されている現時点では、本件訴訟でXが主張する損害についても別訴で審理が尽くされているというほかなく、別訴における請求の拡張という方法があるにもかかわらず、あえて本件訴訟を提起したものであって、両者で判断内容が矛盾抵触する可能性を生じさせる
⇒民訴法142条の法意を類推して、Y1に対する本件訴訟を不適法な訴えとして却下すべき。

<規定>
民訴法 第一四二条(重複する訴えの提起の禁止)
裁判所に係属する事件については、当事者は、更に訴えを提起することができない。

<解説>
●重複訴訟禁止の趣旨
民訴法142条は、重複訴訟を禁止。

①「同一事件」につき審理・判決をすると、既判力が抵触
②二重の訴訟追行を強いられる後訴被告の応訴の煩わしさの排除
「同一事件」とは、「当事者の同一」と「訴訟物の同一」という二面から判断
but
最近では、訴訟物の同一に限らず、審理の重複と判断の矛盾を防止するという民訴法142条の趣旨を尊重して、同一事件の範囲を拡大して、後訴を却下する考え方が有力。

重複訴訟を禁止する趣旨:
①2つの訴訟が係属したとしても、先に確定した判決の既判力の積極的作用として、後訴裁判所は、その判決に従えば足りる⇒既判力の抵触が問題となるのは、2つの判決が同時に確定するという稀な場合に限られる。
②被告の応訴の煩わしさの防止という趣旨についても、前訴と後訴の被告が同一の場合に妥当。
貸金返還請求訴訟と貸付金不存在確認の後訴を提起する必要を直ちに否定することもできない。

●別訴と本件訴訟との関係
いずれもXが原告で、Y1が被告。

別訴の訴訟物:
Y1が競業会社の取締役に就任して、同社へXの従業員を転職させた⇒Y1に対する退職後の競業避止及び秘密保持に関する契約に違反した債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求。

一部請求である本件訴訟:
どの期間に対応する逸失利益を請求するものか不明。

金銭請求について一部請求を許容する判例に従って、一部であることを明示した部分のみが訴訟物になるとしても、Y1に対する請求については、別訴と本件訴訟の訴訟物が同一となるか否か明らかといえない。
⇒訴訟物の同一性を要求する従来の考え方に従うと、Y1に対する本件訴訟は、別訴と重複訴訟になるとは直ちにはいえない。

●Y1に対する本件訴訟の取扱い
①本件訴訟は、別訴の当事者や請求原因が同一
⇒審理の重複と判断の矛盾を防止するという民訴法142条の目的からすると、同一の裁判所で審理するのが望ましい。
②Xは、別訴の控訴審において、Y1に対する損害賠償請求を拡張して、本件訴訟で却下された請求を請求することも可能

民訴法142条の目的である「判断の重複の防止」と「相手方当事者の応訴の負担軽減」に照らして、同条所定の「事件」を訴訟物よりは広く解して、既判力が及ぶ範囲に限らず、被告の利益の保護を目的とする「請求の基礎」(民訴法143条1項本文)が同じ本件訴訟(後訴)も、同一事件に当たると考えてもいいように思われる。

判例時報2510

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2022年5月12日 (木)

外国人技能実習の管理団体の不法行為が認められた事案

熊本地裁R3.1.29

<解説>
外国人技能実習制度:
わが国で培われた技能、技術又は知識の開発途上地域等への移転を図り、当該開発途上地域等への移転を図り、当該開発途上地域等の経済発展を担う人づくりに寄与することを目的として平成5年に創設⇒平成21年法律第79号により入管法等が改正され、新たな在留資格として「技能実習」が創設され、外国人技能実習生の法的保護及びその法的地位の安定化を図るための措置が講じられた。
but
入管法違反や労働関係法令の違反が発生。

平成28年11月28日、外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律により、
技能実習計画の認定制、実習実施者の届出制、管理団体(実習実施者と技能実習生との雇用契約のあっせん及び実習実施者に対する技能実習の実施に関する管理を行う法人)の許可制、技能実習生に対する人権侵害行為等についての禁止規定、違反に対する罰則、技能実習生に対する相談対応、情報提供、転籍の連絡調整等が規定され、
これらに関する事務を行うものとして外国人技能実習機構を認可法人として新設。

<事案>
フィリピン共和国国籍のとび職種の技能実習生であるXが、
管理団体であるY1に対し、
Y1が、
①実習実施者であるY2への指導・管理を怠ったこと
②Xを強制的に帰国させようとしたこと
③転籍に向けて他の実習実施者と管理団体等との連絡調整等の措置を怠ったことについて、
不法行為に基づく損害賠償請求として慰謝料等の支払を求め、

Y2に対し、
①とび作業の本件審査基準の要件附則、②労災隠し、③重機の運転をさせたこと、④退職を強要したことについて、不法行為に基づく損害賠償請求として慰謝料等の支払を求め、
⑤被告Y2との雇用契約に基づいて、時間外労働賃金等の支払を求め、⑥賃金からの不当な控除があったとして不当利得の返還を求めた。

<判断>
●Y1に対する請求
◎ とび作業の本件審査基準の要件充実性について:
X:要件を充実するためには必須作業として足場等の組立及び解体作業等を2分の1以上行うことが必要
vs.
本件審査基準の文言を文理解釈した上で、
足場等の組立及び解体作業等を行わなかったとしても、建築物の解体作業等が行われれば要件を充足している。

労災隠し:
Y2に労災申請するよう指導する義務に違反
but
最終的に労災申請をするに至り、身体的な治療を受けるとともに経済的な損失の補填も受けた
労災申請の遅れによって精神的な苦痛を被ったと認めることはできない。

賃金等の不払い等の是正措置義務違反:
経済的な損失はなく、精神的な苦痛を被ったとは認められない

重機の運転:
違法行為であると認めることはできない

◎ 強制帰国:
技能実習法が技能実習生の帰国の意思を書面により確認し、継続の希望を持っている場合には、転籍措置を講じ、帰国が決定した時点で機構に書面で届け出る義務があるにもかかわらず、それを遵守せず、
また、技能実習生の旅券及び在留カードを保管することが禁じられているにもかかわらず、それを出国まで預かって管理しようとした点等に不法行為が成立。
⇒慰謝料50万円及び弁護士費用5万円の限度で認容。

◎ 転籍措置義務違反は認められない。

● Y2に対する請求は、不法行為の成立、不当利得の存在を認めず。

<解説>
管理団体等の技能実習生に対する不法行為の成立を認めた裁判例等
いずれも管理団体等が負う義務を具体的に認定し、場合によっては、人格権の侵害等を理由として不法行為の成立を認めている。

判例時報2510

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2022年5月 8日 (日)

破産法162条2項2号の悪意の推定⇒会社法429条1項の悪意の認定

東京地裁R2.1.20

<事案>
破産者C1㈱の破産管財人Xが、Y1㈱の代表者Y2は、C1が支払不能であることを知りながらY1のC1に対する貸金債権につき弁済期前に弁済等を受けた⇒Y1に対し、破産法162条1項1号イによる不当利得返還請求権に基づく前記弁済等の額の支払いを求めるなどし、
Y2に対しては、破産法の規定に違反して弁済期前に弁済等を受けるなどしたことが代表取締役としての任務懈怠に当たる⇒それにより生じた前記弁済等の額に相当する額の損害賠償(会社法429条1項に基づく損害賠償))を求めた。

<規定>
破産法 第一六二条(特定の債権者に対する担保の供与等の否認)
次に掲げる行為(既存の債務についてされた担保の供与又は債務の消滅に関する行為に限る。)は、破産手続開始後、破産財団のために否認することができる。

一 破産者が支払不能になった後又は破産手続開始の申立てがあった後にした行為。ただし、債権者が、その行為の当時、次のイ又はロに掲げる区分に応じ、それぞれ当該イ又はロに定める事実を知っていた場合に限る。
・・・

2前項第一号の規定の適用については、次に掲げる場合には、債権者は、同号に掲げる行為の当時、同号イ又はロに掲げる場合の区分に応じ、それぞれ当該イ又はロに定める事実(同号イに掲げる場合にあっては、支払不能であったこと及び支払の停止があったこと)を知っていたものと推定する。

・・・
二 前項第一号に掲げる行為が破産者の義務に属せず、又はその方法若しくは時期が破産者の義務に属しないものである場合

<判断>
● Y1は、破産者C1が支払不能になった後、そのことを知りながら本件支払を受けたこととなる⇒Y1の支払った2800万円のうち本件貸金元本に相当する2760万円については、破産法162条1項1号イによる否認権行使の要件を満たす。
(当該支払は既存の債務の消滅に関する行為であってその時期が破産者の義務に属しないもの⇒Y1は破産者が支払い不能であったことを知っていたものと推定される(法162条2項2号)を前提)
本件支払のうち40万円については、利息制限法に違反する無効な弁済⇒不当利得として返還義務あり。

●Y2の会社法429条1項に基づく損害賠償責任
①否認権行使の対象となる行為をすることは、破産者の他の債権者との関係では、破産法の規律に違反する行為であるとの評価を否定することができないことに加え、否認権行使により不当利得として返還を求められることとなれば、訴訟などの対応のための費用を要するだけでなく、悪意の受益者として法定利息の支払をも余儀なくされるY1の取締役であるY2としては、Y1をして否認権行使の対象となる行為をさせないようにすべき善管注意義務を負っていた
利息制限法に違反する無効な弁済であり、不当利得として返還を余儀なくされることが明らかな支払についても、Y2としては、同様に、このような支払を受けないようにすべき法令遵守義務ないし善管注意義務を負っていた。
but
Y2はY1をして本件支払を受けさせた⇒利息制限法に違反する40万円の弁済額を除く2760万円についても、その後のXの否認権行使により効力を生じないものとされるに至った以上、支払を受けた2800万円全額について法令遵守義務ないし善管注意義務に違反し、任務懈怠があった。

会社法429条1項の悪意又は重過失の要件について:
本件では、Y2の本人尋問を行うことができなかった⇒Y2の内心は証拠上明らかでない。
but
Y2が悪意又は重過失により任務懈怠に及んだという場合の悪意又は重過失対象とは、本件支払のうち2760万円との関係では、Y1をして否認権行使の対象となる行為をさせたこと、すなわち本件支払が否認権行使の対象となることであり、その実質は、破産者が支払不能であったことの認識にかかっている
同項の悪意の対象は、破産法162条2項2号により推定された悪意の対象と実質的には同一

同号による悪意の推定の効力は、自由心証主義を背景とした事実上の効力として、会社法429条1項の悪意にも及ぶ。
40万円との関係でも、利息制限法違反を基礎づける事実関係についてはY2においても認識していた利息制限法に違反する内容の本件貸金契約を締結し、これに対する弁済として過払を受けた以上、40万円の弁済が無効となり得ることについてY2に悪意又は重過失があったことは明らか。

● X:Yらに対して、破産法の規定に違反して期限前弁済を受けるなどしたことが共同不法行為に当たる⇒不法行為による損害賠償請求もした。
vs.
債権者においてその権利を濫用し、他の債権者を害する意図でことさらに期限前弁済を受けたというような特段の事情がある場合を除けば、弁済を受けたこと自体が即座に不法行為を構成すると解することは相当ではない

XのY1に対する不当利得返還請求及びXのY2に対する会社法429条1項に基づく損害賠償請求を認容。
両請求は、その重なり合う限度で不真正連帯債務の関係に立つ。

<解説>
貸金の期限前弁済の事案について、破産者より弁済を受けた債権者(株式会社)が、破産法162条2項2号の推定規定が適用されることを前提に、破産管財人による否認権行使が同条1項1号イの要件を満たすとされた上に、
同債権者の代表取締役についても、その職務を行うについて悪意又は重過失があったとされ、破産管財人に対する損害賠償義務が認められた例。

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石炭火力発電所の運転差し止めを求めた事案

仙台高裁R3.4.27

<事案>
仙台港に建設された石炭火力発電所・仙台パワーステーションの運転差し止めを周辺住民が求めた訴え。
周辺住民であるXら124名は、
①大気中に排出される有害物質により、呼吸系、循環器系、免疫系に悪影響を及ぼし、早期死亡リスクを増大させる等、深刻な健康被害が発生し、本件発電所の運転により生命・身体に重大な侵害が及ぶ危険性が生じる
②温室効果ガスにより促進される地球規模の気候変動によっても生命、健康及び身体が侵害される
③近くにある蒲生干潟の生態系に悪影響を及ぼし、生物多様性が損なわれる

本件発電所を建設・運転するYに対し、身体的人格的又は平穏生活に基づく妨害予防請求権を根拠として運転差止めを求めた。

Xらは、PM2.5の濃度には閾値がなく低濃度でも健康被害が発生し、PM2.5や二酸化窒素の濃度が上昇することにより、仙台市及び近隣地域において脳卒中、肺がん、心疾患、呼吸器疾患等により、年間9.7人の早期死亡者、年間1人の低出生体重児を発生させるとするシミュレーション結果を示した論文を援用。

<一審>
現時点において本件発電所の運転による環境汚染の態様や程度が特別顕著なものとは認められず本件発電所の運転により環境を汚染する行為は、社会的に容認された行為としての相当性を欠くということはできず平穏生活権を侵害するものとして違法となると認めることはできない。
⇒請求棄却。

<判断>
本件発電所から排出される大気汚染物質により受ける健康被害の危険性は、社会生活上受忍すべき限度を超える具体的な健康被害の危険性とはいえない
⇒本件発電所の運転は、身体的人格権又は平穏生活権に対する違法な侵害行為とはいえない
⇒控訴棄却

健康被害の危険性については・・・抽象的な危険は否定しがたい
but
相応の環境対策を講じ、現実に排出される大気汚染物質は周辺の地方公共団体との公害防止協定で定めた排出基準を大幅に下回り、周辺地域におけるPM2.5、二酸化窒素などの測定値が営業運転開始後も環境基準を下回る状態で推移し、本件発電所の運転により大気汚染状態が悪化したことを具体的に裏付ける事情が認められない
PM2.5には健康被害発生の閾値がないことを前提としても、本件発電所の運転により健康被害が発生する具体的な危険性は認められない。

温室効果ガスの排出による地球規模の気候変動や生態系への悪影響という面でも、具体的な危険は認められない
・・・・国民生活のインフラとして相当程度の社会的有用性ないし公共性を有する。

<解説>
環境被害の違法性は、被侵害利益の種類・性質と侵害行為の態様との相関関係から社会生活上の受忍限度を判断する考え方が一般的。

判例時報2510

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2022年5月 4日 (水)

不在者に対する債権者となる可能性があるにとどまる者は失踪宣告の申立てができるか?

東京高裁R2.11.30

<事案>
Cは、不在者の子。
Cは、令和2根に死亡したが、法定相続人は不在者のみ。
Xは、弁護士で、C死亡の前日に、Cとの間で死後事務委任契約及び家屋管理契約(「本件各契約」)を締結。
Xは、本件各契約を締結したことにより、不在者の失踪宣告に関する申立権を有するとして、失踪宣告の申立てをした。

<判断>
不在者の財産管理については、請求権者として利害関係人のほか検察官が規定されている(民法25条1項)のに対し、失踪宣告については、請求権者は利害関係に限られ検察官は含まれない(民法30条1項)

不在者の財産管理は、不在者本人の財産保護のための制度であって、公益的観点から国家の関与が容認されているのに対し、
失踪宣告は、不在者について死亡したものとみなし、婚姻を解消させ、相続を開始させるという重大な効力を生じさせるものであるところ、
遺族が不在者の帰来を待っているのに国家が死亡の効果を強要することは穏当でない。

民法30条1項に規定する利害関係人については、不在者財産管理人の請求権者より制限的に解すべきであって、失踪宣告をすることについて法律上の利害関係を有する者と解すべき。
②仮に本件各契約が有効であるとしても、Xは、Cに対する債権者であって、不在者がCを相続したことを前提として不在者に対する債権者となる可能性があるにとどまる⇒不在者につき失踪宣告をすることについて法律上の利害関係を有するとはいえない。
③XがCに対する債権者であるとして、Cの相続人である不在者に対して弁済を求める必要があるのであれば、不在者財産管理人の選任を申し立て、不在者財産管理人との間で権利義務の調整を図れば足りる。

Xの抗告を棄却。

<解説>
債権者・債務者など、不在者との債権債務関係の相手方にある者については、不在者財産管理人を選任した上、同人との間で債務の弁済や債権の取りたて等の債権債務関係の清算をすることができる⇒利害関係はないとされている。

尚、損害賠償請求訴訟において、交通事故の加害者が被害者の相続人が生死分明でないとして失踪宣告の申立をした事案において、
相続人が有する損賠賠償請求権は相続人固有のそれであることを前提にして、加害者は単なる一般の金銭債務の債務者であるにとどまらず、法律上の義務の存することが、その義務の発生した時点において不在者が生存したことによってみ肯定されるような法律関係に立っている場合には、交通事故の加害者も失踪宣告の申立てをするについて民法30条の利害関係に当たる

● 本件Xも、不在者と債権債務関係の相手方にある者⇒不在者管理人の選任を求めて、同人との間で債権債務関係の清算をすれば足り、民法30条1項にいう利害関係人には該当しない。

● X:失踪宣告をするためだけに不在者財産管理人選任の申立てをしなければならないとするのは迂回
本決定:「不在者財産管理人は、抗告人との権利義務の調整のために必要がある場合には、不在者につき失踪宣告を請求することもできる」としており、不在者財産管理人であれば当然に失踪宣告の申立てできるとは解していない

不在者財産管理人の職務は、不在者の財産を適切に管理することであって、当然に不在者について失踪宣告の申立てができると解すべきではないし、遺族が不在者の帰来を待っているのに、不在者財産管理人が失踪宣告の申立てをすることは穏当を欠く。

判例時報2510

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市庁舎前広場の使用不許可処分が適法とされた事案

名古屋高裁金沢支部R3.9.8

<解説・判断>
● 最高裁:
学校施設のように特定の目的のために使用すべきものとして設置され、それ以外の目的に使用することを基本的に制限されている施設については、目的外使用の拒否の判断が、原則として、管理者の裁量にゆだねられている(最高裁H18.2.7)と判示する一方で、
地自法244条所定の「公の施設」(住民の福祉を増進する目的をもってその利用に供するための施設)に該当する市民会館や市福祉会館の利用を拒否することが許容されるのは、「他人の生命、身体又は財産が侵害され、公共の安全が損なわれる危険の発生が具体的に予見される場合」や「警察の警備等によってもなお混乱を防止することができないなど特別な事情がある場合」に限られると判示(最高裁H7.3.7等)。

本件:本件広場が地自法244条2項にいう「公の施設」に当たるか否かが争われた。

本判決:
同項の適用を受ける「公の施設」といえるためには、当該施設が住民の福祉を増進することを本来の目的として設置された施設であることを要する。
旧広場完成後に制定された金沢市庁舎前広場管理要綱上も、旧広場は金沢市庁舎の一部として定義付けられ、市の事務または事業の執行に支障のない範囲内で市民の利用を許可することとされていた⇒旧広場が住民の福祉を増進することを本来の目的として設置されたものと認めることはできない。
改修工事後も旧広場の性質が変更されることなく維持されている⇒本件広場は「公の施設」に当たるということはできない。

● 最高裁H18.2.7:
行政財産である学校施設の目的外使用の許否に関する管理者の裁量判断は、許可申請に係る使用の日時、場所、目的及び態様、使用者の範囲、使用の必要性の程度、許可をするに当たっての支障又は許可をした場合の弊害若しくは影響の内容及び程度、代替施設確保の困難性など許可しないことによる申請者側の不都合又は影響の内容及び程度等の諸般の事情を総合考慮してされるもの
その裁量権の行使が逸脱濫用に当たるか否かの司法審査においては、
裁量権の行使に当たっての判断要素の選択や判断過程に合理性を欠くところがないかを検討し、
その判断が、①重要な事実の基礎を欠くか、又は②社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合には、裁量権の逸脱又は濫用として違法になる。

尚、違法とした裁判例。
近時、公物の有効利用という観点から、従前はもっぱら公用物として利用されてきたものが公共用物としても利用される現象が多方面で見られるようになっている
⇒公用物は公用物としてしか用いられないという固定観念は払拭されるべきであり、公用物としての本来の用途を妨げることなく、公共用物的利用を行う余地を拡大する上で、公用物について、「空間的時間的分割使用」の観念の導入が重要であるとの指摘。

本件:Xらは、公用物を公共用物的に利用する場面であり、「空間的時間的分割使用」による市庁舎の公用物としての本来の用途を妨げることのない利用に該当⇒「公の施設」に準じた基準により判断されなければならない。
vs.
本判決:本件広場は、あくまで公用財産である金沢市庁舎建物の敷地の一部であり、独立した「公の施設」とは認められず、この性質は、Xらの指摘する「空間的時間的分割使用」という本件広場の利用形態によっても変更されるものではない。
⇒金沢市長による本件不許可処分に裁量権の逸脱、濫用の違法は認められないと判断。

判例時報2510

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