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2022年4月

2022年4月29日 (金)

座間(9人殺害)事件

東京地裁立川支部R2.12.15

<判断>
●承諾殺人の主張
●責任能力に関する主張
●死刑を選択した理由

<解説>
●被告人質問先行型の審理
被告人は、弁護方針に反発し、検察官ら弁護人以外の者からの質問には答えるというパフォーマンス。
検察官からの質問に答えた被告人の供述が、有力な証拠となって、事実認定が行われた。

かつて:
被告人の捜査段階の供述(自白調書など)があれば、被告人質問に先行してその取調べが行われ、その後に各当事者からの被告人に対する質問が行われる。
but
最近:
直接主義、法廷中心主義を標ぼうする裁判員裁判の影響⇒被告人質問を先行させる例が増えてきている。
被告人質問終了後、それによって審理が尽くされたと考えれば、検察官は、被告人の供述調書を証拠として請求しないか、請求を撤回。

本件でも、
検察官は数多くの被告人の供述調書の取調べを請求し、弁護側から、不同意の意見が述べられたが、公判全整理手続の段階では、その採否はいったん留保され、公判で被告人質問。
⇒検察官は、立証は尽くされたとして被告人の供述調書全部の請求を撤回。
but
被告人の供述が公判廷のものであるからといって、すべてが信用できるとは限らない。
場合によっては、逆に、捜査段階の供述の変遷などが公判供述の信用性判断のために必要となってくることも考えられる。

本件:
弁護人側が、捜査段階の供述調書の一部を公判供述の信用性を減じる弾劾証拠として請求し、採用された。

被告人が諦めの気持ちから速やかに審理を終わらせたいと望んでいるような場合には、検察官に迎合して事実に反して不利益な事実を供述することもあり得る⇒十分に配慮した審理が必要。

●刑事弁護人の任務
弁護人の説得に関わらず、被告人が弁護人の審理方針を拒絶した場合?
A:被告人の「正当な利益」になるような弁護であればそれを遂行することこそが、その任務に適う
B:むしろ、被告人の意向に沿うことが、弁護人の任務に適うと考えるべき
but
本件のように死刑が想定される事件に関しては、例外的ではあるが、弁護人が後見的役割を発揮せざるをえない場面に該当⇒被告人本人の意向に反してでも、自ら最善と思われる弁護を遂行することこそがその職務に適うと考えるべき。

その場合、裁判所は、被告人の過剰なパフォーマンスを引き出し、正常な事実審理をゆがめることがないかを注意深く見守る必要がある。

●承諾殺人罪における「承諾」の意義
本判決:
殺害の「承諾」について
犯行時におけるものに限定した上、
「承諾」は黙示的なものでもよいが、「承諾」があったと認めるには、その「承諾」が被害者の真意と合致する必要があり、それから外れるものは「承諾」から排除するというアプローチ。

「命を絶つタイミングやその方法」に着目すれば、いきなり襲い掛かられて失神させられたという点において、被害者の真意から外れている⇒黙示的なものであっても承諾があったとはいえない。
but
「承諾」は、明示的であれ、犯行の前に存在するのが普通であり、細かい点までは決まっていなくても、ある程度の具体性があり、いわゆる希死念慮と真摯性が認められれば、それに該当するものと考えられてきた。
事前の「承諾」から、現実の殺人行為に至るまでに、時間が経過したり、事情の変動が生じたり⇒承諾と現実の殺人の間に因果関係があるといえるかが問われる(大塚)。

●精神鑑定(いわゆる50条鑑定)の採否
弁護人は、被告人の責任能力を争い、公判前整理手続において、精神鑑定(いわゆる50条鑑定)を請求。
but
裁判所は認めず。

A:裁判員裁判においては、複数鑑定はできる限り避けるべき⇒50条鑑定を実施する時の条件を厳格に絞ろうとする見解。
本件では、被告人が鑑定に拒否的⇒弁護人が私的鑑定等によって、新たな鑑定の必要性を提示することも難しかった。
but
鑑定人の資質に問題があるとか、鑑定内容によほど不都合な点が見つかったということでもなければ、50条鑑定を認めないというのであれば、そのハードルは非常に高くなる。

相模原殺傷事件:
起訴前鑑定が行われていたが、50条鑑定も実施された。
同事件では、50条鑑定と弁護人の提出した私的鑑定とが公判において比較対照されるという進行。

心斎橋通り魔事件:
複数の鑑定につき取調べが行われた。

判例時報2509

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原決定の第1種少年院送致決定が著しく不当とされた事案

広島高裁R2.8.18

<事案>
自立援助ホームで生活する少年(16歳)と被害者がもみ合いになった際、少年が台所から包丁を持ち出して示凶器脅迫を行った事案。

<原決定>
少年を第1種少年院に送致

<判断>
①少年の非行性がさほど進んでいるとは言い難く、
②再非行が強く懸念されるほど要保護性が大きいともいえない
⇒少年院における矯正教育を必要とするような深刻なものとはいえない。
⇒原決定の処分は著しく不当。

社会内処分の可能性を見極めるために必要であれば、試験観察に付するなどの措置をとることも考えられた事案。

<解説>
原決定と本決定の分かれ目は
①非行事実自体の評価
②非行性(非行反復の傾向)
③保護環境等に対する評価

判例時報2509

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2022年4月27日 (水)

長時間労働&いやがらせ⇒精神障害⇒死亡の事案

高松高裁R2.12.24

<事案>
Y1社に勤務していたB(死亡当時59歳)が、長時間労働により心理的負荷がかかっている中で、Y1社の営業取締役であるY3(Y1社の代表取締役Y2の娘)によるひどい嫌がらせ、いじめによって、業務上強度の心理的負荷を受け、精神的障がいを発病し自殺
⇒Bの相続人であるA、X1及びX2が、Y1社に対しては安全配慮義務違反に基づき、Y2及びY3に対しては安全配慮義務違反又は会社法429条1項に基づき、損害金等の連帯支払を求めた。

<規定>
会社法 第四二九条(役員等の第三者に対する損害賠償責任)
役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。

<争点>
①Y1社におけるBの業務とBの精神障害・自殺との相当因果関係の有無
②Yらの安全配慮義務違反の有無
③Y2及びY3の会社法429条1項責任の有無
④過失相殺の当否
⑤Xらの損害額

<判断>
争点① :
労災の認定基準である「心理的負荷による精神障害の認定基準について」の定めを踏まえ、
これに依拠すべきでない特段の事情が存するか否かを検討し、
2月の出来事を、指導の範疇を超え、指導の方法として相当とはいいがたく、全体的な言動も相当とは認めがたい⇒一連一体の嫌がらせとみて評価し、
心理的負荷の程度は、前記認定基準における「中」とし、
2月の出来事の約3か月前の時間外労働時間が月100時間を超えていたなど、業務内容も心身に相応の負荷がかかるものであった
⇒2月の出来事の心理的負荷を全体として増加させるものであり、恒常的な長時間労働があったとの要件を満たす
⇒心理的負荷の強度は「強」と評価される。

争点②:
Yらにおいて、Bが心身の健康を損ない、何らかの精神障害を発病する危険な状態が生ずることにつき、予見できた
⇒Y1社は、Bに対し、長時間労働による疲労や業務上の心理的負荷等が過度に蓄積しないように注意ないし配慮する義務(安全配慮義務)を負っていた
but
Bに長時間労働を行わせつつ不相当な指導を行い、前記安全配慮義務に違反した。

争点③:
Y2及びY3は、いずれもBの時間外労働時間及び業務内容並びに2月の出来事の内容を認識し又は認識できたのであり、Y1社の規模を考慮すれば取締役において容易に認識し得た故意又は重過失が認められる⇒いずれも会社法429条1項に基づく損害賠償責任を負う。

争点④:
過失相殺すべき事情はない。

争点⑤:
X1、X2の各損害額につき、相当額を認めた。

<解説>
認定基準:
精神障害の発生は、
環境に由来する心理的負荷(ストレス)と、個体側の脆弱性との関係で定まり、
ストレスが非常に強ければストレスが弱くても精神的障がいは発生し、
脆弱性が大きければストレスが弱くても精神障害は発生するという、
いわゆる「ストレスー脆弱性」理論に依拠。

労災認定の行政内部基準にすぎない
but
専門家の知見を踏まえたものとして、裁判例でも、前記認定基準を参考にすることが多い。
尚、本判決は、部下が上司とともに異動する形態の出張につき、その移動時間についても、労働時間として算入している。
以下、裁判例。

判例時報2509

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行政書士の請求が暴利行為とされた事案

神戸地裁須本支部R3.3.11

<事案>
普通自動車同士の衝突事故(本件事故)により死亡したAの配偶者であるXは、行政書士Yとの間で、本件事故に関する自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)の請求事務をYに委任。

Yは、委任契約に基づき、保険会社に対し、本件事故に係る自賠責保険の被害者請求を行い、保険会社はXに3000万7790円を支払、Yは報酬として300万円の支払を請求し、受領。


Xは、Yに対し、440万円(報酬金相当額300万円、慰謝料100万円、弁護士費用40万円)の支払を求める本件訴訟を提起し、
Yが本件報酬条項に基づいてXから300万円を受領したことは暴利行為であり、
仮にそうでないとしても
②Yが報酬を得るために行った業務は弁護士法72条が禁止する非弁行為に当たるから
⇒Yは、Xに対し、不法行為に基づく損害賠償責任を負うと主張。

<判断>
Yが本件報酬条項に基づいてXから300万円を受領したことは暴利行為であり、不法行為が成立する。
Xに生じた経済的損害は、290万円と認めるのが相当

Yに対し、319万円(弁護士費用29万円)の支払を命じた。

<解説>

最高裁H22.7.20:
ビルの所有者から委託を受けてビルの賃借人らと交渉して各室を明け渡させる業務について、
解決しなければならない法的紛争が生ずることがほぼ不可避である案件に関するものであったことは明らか⇒弁護士法72条にいう「その他一般の法律事件」に関するものであったというべき。

東京地裁:
行政書士が、共同相続人の1人から遺産分割に関する事件を受任し、将来法的紛議が発生することが予測され状況の下で書類を作成氏、相談に応じて助言指導し、交渉を行った行為は、弁護士法72条により禁止される一般の法律事件に関する法律業務に当たる
⇒行政書士に対し、依頼者が支払った報酬のほか、依頼者が被った不利益の賠償を命じている。

東京地裁:
遺産分割について紛争が生じ争訟性を帯びてきた後に行政書士が他の共同相続人と折衝することは、弁護士法72条の「法律事務」に該当する。
but
相続財産、相続人の調査、相続分なきことの証明書や遺産分割協議書等の書類の作成については、行政書士法1条(現1条の2)に規定する「権利義務又は事実証明に関する書類」の作成に当たり、行政書士の業務の範囲内であるということができる
⇒行政書士からの報酬請求の一部を認容。

● 一般論として、
行政書士が自賠法15条の規定による保険金の請求に係る書類を被保険者等の依頼を受けて作成する限りにおいては、弁護士法72条の規定に抵触するものではないと解されている。
but
大阪高裁H26.6.12:
行政書士である原告が、交通事故の被害者のために整形外科医宛ての上申書や保険会社宛ての保険金の請求に関する書類等を作成し提出したことに関し、
これらの書類には、被害者に有利な等級認定を得させるために必要な事実や法的判断を含む意見が記載されていたものと認められる⇒行政書士法2条1項の「権利義務又は実証明に関する書類」とはいえないとして、原告の報酬請求を棄却した原審の判断を支持。

裁判所は不可分である契約の一部についてのみ報酬請求権の発生を認めることは相当ではない⇒書類の作成等行政書士が行うことのできる業務の部分についての請求も否定。

大阪地裁R2.6.26:
交通事故により受傷した被告から自賠責保険の被害者賠償等を委任された行政書士(原告)が、自賠責保険金75万円の支払を受けた被告に対し、委任契約に基づき24万円の支払を請求。
原告は、後遺障害の程度等をめぐって法的紛議が生じる蓋然性が高い事案であることを認識しつつ、自賠責保険金の額に影響する後遺障害等級が被告に不利に認定されないように申述書を作成し、その結果に基づいて成功報酬を請求⇒前記委任契約は、被害者請求について、法律上の権利義務に関する紛争に発展する可能性のある事項を含めて原告に一般的かつ包括的に権限を委任するものであると認めるのが相当⇒弁護士法72条に抵触する契約であることが合理的に推認される。
公序良俗に反して無効であることを理由に原告の請求を棄却。

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2022年4月26日 (火)

仮想通貨の取引用アカウントに第三者が不正にアクセスして行った取引の効力

東京地裁R2.3.2

<事案>
Xは、
主位的に、
Yとの間ではビットコインを寄託の目的物とする混蔵寄託契約が成立⇒YはXに対して帰宅されていたビットコインの返還義務を負う。
Yが本件各取引に応じた結果、同返還義務は履行不能となった⇒債務不履行に基づく損害賠償請求

予備的に、
不正取引である本件各取引の効力がXに及ぶことはなく、Xが本件各取引に供されたビットコインを引き続き保有していることを前提に、
(a)Xが本件訴訟係属中に前記ビットコインをYに売却する旨の注文を提示したことによってその旨の売買契約が成立⇒同売買契約に基づく代金を請求(予備的請求①)
(b)Yが前記注文定時に応じなかったことについて債務不履行に基づく損害賠償を請求(予備的請求②)
(c)本件利用契約に基づき、前記ビットコインについて電子情報処理組織を用いたXへの権利移転手続を請求(予備的請求③)
(d)Xが前記ビットコインを保有していることの確認を請求(予備的請求④)

<判断>
●主位的請求:
寄託物契約は物の保管を目的とする契約であるところ、民法上、物とは有体物のことをいい、有体物とは、空間の一部を占める有形的な存在のものをいう。
ビットコインを含む仮想通貨は、電子的法保うにより記録される財産的価値にすぎない⇒有体物とはいえない⇒仮想通貨を寄託の目的物とする寄託契約は成立し得ない。

●予備的主張①②:
本件利用契約における利用規約中の、登録ユーザーはYが定める方法に従って仮想通貨の売却の注文及び購入の注文を提示することができる旨の定めは、Yの承諾なくして登録ユーザーの提示内容に従った売買契約が成立することや、登録ユーザーによる仮想通貨の売買注文の提示に対してYが承諾する義務を負うことを定めるものと解することはできない
⇒Xが主張する売買契約に基づく代金請求を認めず、同契約に基づく債務不履行責任も否定。

●予備的請求③:
Xの指定する送付先に対するビットコインの送付手続を求めるものと理解することができる⇒訴訟上の請求としては特定されている。
・・・本件利用契約における利用規約には、パスワード等の管理不十分や第三者の盗用等による損害が生じたことの責任は登録ユーザーが負う旨の定め⇒本件各取引の効力はXに及び、その結果、Xは、本件アカウントにおいて保有していたビットコインを喪失

同ビットコインについて電子情報処理組織を用いた権利移転手続請求権を有するとは認められない。

●予備的請求④:
Xは、ビットコインの権利移転手続を求める給付の訴えを提起することで権利関係全体に関する紛争を抜本的に解決することが可能⇒確認の利益を欠く。

<解説>
東京地裁:
仮想通貨交換業者が仮想通貨の流出事故を受けて金銭の払戻しを停止する措置を取ったことが、顧客に対する債務不履行に当たらないとした事例。

東京地裁:
仮想通貨交換業者に預託していた金銭が何者かによって不正にビットコインに交換され、これが外部のビットコインアドレスに送付されたことについて、前記業者には不正アクセス者による機密取得および不正取引防止のためのシステム構築義務違反は認められないとされた事例。

本判決:
Xの仮想通貨の取引用アカウントに第三者が不正にアクセスして取引を行ったという事案について、不正アクセスの原因はXのパスワード管理が不十分であったことであると認定して、
Yの提供する仮想通貨取引サービスの利用規約の定めにより、前記取引の効力がXに及ぶと判断したもの。

判例時報2509

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後遺障害の認定

札幌高裁R3.2.2

<事案>
Xは、自転車を運転して、交差点を横断。
Y1の運転する自動車が同交差点を左折しようとしたところ、同自動車の左前部がXの右半身及び自転車の前輪部分に衝突する交通事故。
Y1はY2の従業員。

Xは、本件事故によって、高次脳機能障害、腹圧性尿失禁及び神経因性膀胱、PTSD(外傷後ストレス障害)並びに低髄液圧症候群の各後遺障害が生じた⇒
Y1に対しては民法709条に基づき、
Y2に対しては民法715条1項又は自賠法3条に基づき、
損害賠償金8933万1109円及び遅延損害金の支払を求めた。

<争点>
後遺障害の有無及び程度

<1審>
尿失禁の発症時期について、本件事故直後とは認められず、本件事故の2か月弱後頃と認定し、本件事故における衝撃から約2か月を経て尿失禁を発症する機序を裏付ける知見がない
症状の経過について、一度症状が消失し、その期間が2か月程度に及んでいると認定した上で、物理的損傷により生じた障害は回復しなければ不可逆的となることと相容れない
Xの尿失禁の症状が本件事故による後遺障害とは認められない。

X:本件事故により鼻骨骨折を生じ、尾骨近くの仙骨に衝撃が加わり陰部神経に障害が生じて神経因性膀胱を発症
vs.
尾骨骨折を裏付ける証拠がない。

<判断>

泌尿器科の医師がXの症状について、基本的に切迫性尿失禁であり、腹圧性尿失禁も見られるとの診断
切迫性尿失禁と腹圧性尿失禁にそぞれぞ適応する薬剤の服用を中止すると症状が悪化し、再開すると改善することを繰り返し
Xに切迫性尿失禁及び腹圧性尿失禁が発症していることを認定。

Xが本件事故の際に尻もちをつく形で転倒し、少なくとも尾骨骨折が疑われていた⇒尾骨付近に衝撃を受けたことが認められる⇒尾骨から仙骨に衝撃が伝わり、下部尿路を支配する神経を損傷した可能性や骨盤内の膀胱尿道支持組織に異常を与えた可能性がある。

加齢による尿失禁の可能性:
本件事故当時のXの年齢(36歳)や本件事故前に尿失禁の症状があったことをうかがわせる事情がない⇒否定。

心因反応による尿失禁の可能性:
①超音波検査等の結果、膀胱容量の低下が認められる
②Xの症状が尿失禁に適応する薬剤の服用中止と再開に対応した反応をしている
⇒否定。

Xの尿失禁の症状は、本件事故による外傷によって下部尿路を支配する神経損傷や骨盤内の膀胱尿道支持組織の損傷等による異常がもたらされ、
器質的な病変は特定できないものの、
これらに起因して生じた高度の蓋然がある
⇒本件事故との間に相当因果関係を認めた。

①尿失禁の発症時期:
本判決は、Xは本件事故から1か月経過した頃に本件事故以降排尿に違和感があったことを自覚⇒本件事故を契機として比較的急に発症したものと認め

②一度症状が消失したこと
本判決:Xの担当医は、尿失禁の症状は見られたが、軽微と思われたために一旦治療を終了
butその後も症状がみられたため治療が継続
⇒症状の消失は認められない。

● Xの尿失禁の程度について、
Xによる尿漏れの記録や尿漏れパッドの使用状況を考慮して、
「常時パッド等の装着は要しないが、下着が少しぬれるもの」に相当
⇒別表第2の11級10号の「胸腹部臓器の機能に障害を残し、労務の遂行に相当な程度の支障があるもの」に相当する。

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2022年4月25日 (月)

法例の平成元年改正の施行前における嫡出でない子の母との間の分娩による親子関係の成立の準拠法

最高裁R2.7.7

<事案>
Xが検察官に対し、Xは日本国籍の女性亡Aと韓国の戸籍上の父とされた男性亡Bとの間に出生した子⇒X・A間の親子関係の存在確認等を求めた。

平成元年改正前の法例:
・・・分娩等、認知以外の自由による非嫡出親子関係の成立については準拠法を定めていなかった。
but
令和元年改正で、法例が一部改正され、
新法例18条1項は、認知による場合に限らず非嫡出子関係の成立一般について準拠法を定め、
父との親子関係については子の出生当時の父の本国法を適用し、
母との親子関係については子の出生当時の母の本国法を適用。
(認知による場合以外は、子の本国法は適用されない。(同条2項参照))
but
改正法付則2項本文の経過措置により、平成元年改正法施行前の親子関係の成立については従前の例による⇒解釈論は残る。

平成18年改正で、法適用通則法が制定。
新法例18条1項⇒法適用通則法29条1項に。
法適用通則法施行前の親子関係の成立については新法主義が採用され、法適用通則法の規定が適用。

<判断>
平成元年改正法の施行前における嫡出でない子の母との間の分娩による親子関係の成立については、法適用通則法29条1項を適用し、子の出生の当時における母の本国法によって定める、

<解説>
平成元年改正法施行前の親子関係に適用される準拠法:
〇A:法適用通則法の経過規定を文理解釈⇒新法により法適用通則法の規定が遡及適用されて準拠法が定まる。

B:法適用通則法の経過規定は法適用通則法と新法例との関係を規律するものであり、新法例と旧法例との関係を規律するのは平成元年改正法の経過規定⇒旧法例の規定が適用されて準拠法が定まる
vs.
法律が全部改正された場合には改正前の法律の附則は全部一掃されて消滅することとされており、その附則が採用していた旧法主義を生かすのであれば明示的にその旨の経過措置を講じるのが一般的な法制執務の在り方。

①法適用通則法附則2条の新法主義は、実質的な改正がされない規定に代えて、現代用語化されたにとどまる法適用通則法の規定を適用するという意味合いのもの。
②身分関係に関する事項は継続的な法律関係でない限りその当時の立法によって規律されるべき。
⇒準拠法が代わって異なる身分関係が生ずる場合にまで新たな規律を及ぼすものとは解されない。

法適用通則法附則2条の趣旨は、法適用通則法施行前に適用されていた規定のうち、法適用通則法によって内容が実質的に変更されていないものについては・・・・法適用通則法の規定の遡及適用を認めることとしたもの。

①分娩による親子関係は認知による場合と異なり母子間の直接的な結びつきがある
②親子関係の存否が確定しなければ子の本国法が定まらないという循環論に陥る場合がある

法適用通則法施行前に準拠法とされたのは、旧法例22条の法意に鑑み、子の出生当時の母の本国法。

法適用通則法29条1項を適用しても変わりがない

法適用通則法施行後においては、法適用通則法附則2条の趣旨に照らし、法適用通則法29条1項を遡及適用して、準拠法を出生当時の母の本国法とすべきであることを明らかにした。

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2022年4月24日 (日)

弁護士職務基本規程57条に違反する訴訟行為について、相手方が排除を求めることができるか(否定)

最高裁R3.4.14

<事案>
Xらが、C弁護士は 基本規程27条1号により本件訴訟につき職務を行い得ない⇒C弁護士と同じ法律事務所に所属するA弁護士らが本件訴訟においてYの訴訟代理人として訴訟行為をすることは基本規程57条に違反⇒A弁護士らの各訴訟行為の排除を求めた。
基本規程27条1号は弁護士法25条1号に相当するが、基本規程57条は弁護士法その他法律に相当する規定は見当たらない。

<判断>
基本規程57条に違反する訴訟行為について、相手方である当事者は、同条違反を理由として、これに異議を述べ、裁判所に対しその行為の排除を求めることはできない。

<解説>
弁護士の訴訟行為の排除については、弁護士の利益相反を規律する規定である弁護士法25条違反の訴訟行為の効力として議論。
A:有効説
B:絶対的無効説
C:異議説

最高裁昭和38.10.30:
同条1号に違反する訴訟行為について、相手方である当事者は、これに異議を述べ、裁判所に対しその行為の排除を求めることができるものとして、Cの異議説を採用

弁護士法25条1号について弁護士の品位の保持と当事者の保護とを目的とするものであり、
その違反を懲戒の原因とするに止め、その訴訟行為の効力には何らの影響を及ぼさず、完全に有効なものとすることは、同条立法の目的の1である相手方たる一方の当事者の保護に欠ける

共同事務所に所属する弁護士の利益相反を規律する規定である基本規程57条が、共同事務所の所属弁護士が、他の所属弁護士等が基本規程27条1号により職務を行い得ない事件について職務を行ってはならないとするのも前記と同様の目的にある
but
弁護士は、委任を受けた事件について、訴訟代理人として訴訟行為をすることが認められている(民訴法54条1項、55条1項、2項)⇒内部規律である基本規程を根拠に、その行為の排除という訴訟上の重大な効力を決すべきではない。

尚、最高裁R3.6.2は、他の所属弁護士が基本規程27条4号により職務を行い得ないとして基本規程57条違反が主張されている事案において、本決定を引用の上、訴訟行為の排除を求めることはできないとした。

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個人情報の保護に関する法律45条1項の保有個人情報の該当性

最高裁R3.6.15

<事案>
東京拘置所に未決拘禁者として収容されているXが、行政個人情報保護法に基づき、東京矯正管区長に対し、収容中にXが受けた診療に関する診療録に記載されている保有個人情報(「本件情報」)の開示を請求⇒同法45条1項所定の保有個人情報に当たり、開示請求の対象から除外されているとしてその全部を開示しない旨の決定⇒Yを相手に、本件決定の取消しを求めるとともに、国賠法1条1項に基づき慰謝料等の支払を求めた。

<判断>
刑事施設に収容されている者が収容中に受けた診療に関する保有個人情報は、行政個人情報保護法45条1項所定の保有個人情報に当たらない(補足意見あり)。
本件情報は同項所定の個人情報に当たらず開示請求の対象となる
⇒原判決を破棄し、更に審理を尽くさせるため、原審に差し戻した。

<解説>
●行政個人情報保護法45条1項は、同項所定の保有個人情報につき同法第4章の規定を適用しないこととした

当該保有個人情報が、個人の前科、逮捕歴、勾留歴等を示す情報を含んでおり、これを開示請求等の対象とすると、例えば、雇用主が採用予定者の前科の有無等をチェックする目的で本人に開示請求させること等により前科等が明らかになる危険性があるなど、被疑者、被告人、受刑者等の立場で留置場や監獄に収容されたことのある者等の社会復帰や更生保護上問題となり、その者の不利益になるおそれがある。

大阪高裁R3.4.8:
当該情報は形式的には行政個人情報保護法45条1項所定の保有個人情報に該当するとしつつ、
立法趣旨を達成するために診療に関する情報という有用かつ必要な情報を開示請求の対象から除外することは、規制目的と規制手段との合理的均衡を欠き、個人情報保護法制の基本理念と整合しない⇒当該情報には同項が適用されない。

学説:
憲法上の抽象的権利に関する議論等を基礎に、同項の適用範囲の限定等を試みる見解。

曽我部:
憲法13条で保障される自己情報コントロール権の解釈指針としての効力や、行政個人情報保護法が保有個人情報の開示請求を原則として認めるものとしていること等
⇒同法45条1項については限定解釈がされるべき。

●本判決:
行政個人情報保護法45条1項が、行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律(「旧法」)の全部改正の際に新たに設けられた規定であることに着目。

①・・・行政個人情報保護法には診療関係事項に係る保有個人情報を開示請求の対象から除外する旨の規定は設けられなかったことを指摘し、
これは医療行為に関するインフォームド・コンセントの理念等の浸透を背景とする国民の意見、要望等を踏まえ、診療関係事項に係る保有個人情報一般を開示請求の対象とする趣旨。
②行政個人情報保護法45条1項を新たに設けるに当たり、特に被収容者が収容中に受けた診療に関する保有個人情報について、同法第4章の規定を適用しないものとすることが具体的に検討されたこと等もうかがわれない、。

被収容者が収容中に受けた診療に関する保有個人情報は同法45条1項所定の保有個人情報のいずれにも該当しない。

●本判決:
国賠請求に係る部分のみならず、本件決定の取消請求に係る部分についても、自判をせずに差戻しをしている。

本件情報が行政個人情報保護法45条1項所定の保有個人情報に当たらないことを理由に本件決定を取り消したとしても、その判決の拘束力は同法14条各号のの不開示情報の存否の判断には及ばず、不開示情報が含まれることを理由に改めてその全部又は一部を不開示とする決定がされる可能性もある⇒その点も含めて差戻審において審理を行うことが紛争の一回的解決の要請にかなう
同法が前記のような処分理由の差替えをおよそ許さない趣旨と解すべき根拠は見当たらず、同法45条1項と同法14条各号との関係等に照らせば、これを認めたとしても、直ちに理由提示の慎重考慮担保機能が害されるともいえない。

判例時報2509 

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2022年4月22日 (金)

覚せい剤輸入で、間接事実を推認しての故意の認定等が否定された事案

東京高裁R3.3.17

<事案>
被告人が、分離前の相被告人A及び氏名不詳者らと共謀の上、営利の目的で、中国の郵便局から、14キログラムを超える覚せい剤を段ボール箱1箱に隠匿収納して国際スピード郵便物として被告人の居室宛てに発送し、日本国内に持ち込んで密輸した⇒覚せい剤営利目的輸入等の共謀共同正犯として起訴。

<原審>
主に被告人の公判供述により前提となる事実関係を認定⇒複数の推認⇒被告人の捜査段階の自白の信用性を検討するまでもなく、被告人が、本件郵便物が発送されるまでの間に、本件郵便物の中に覚せい剤を含む人体に有害で違法な薬物が含まれている可能性を認識していたと推認。

<判断>
被告人の認識を間接事実により推認する場合、その推認は確実なものであることを要する。
but
一審判決において、
Aが反社会勢力から覚せい剤を入手していることを被告人が想定していたとする推論

Aが北朝鮮産の覚せい剤の譲渡単価について発言したことを被告人が伝え聞いた
⇒Aが海外から覚せい剤を輸入することを被告人が想定していたと推認
は大きな飛躍。
vs.
特定の外国で製造された覚せい剤の譲渡単価の知識は、密輸入を自ら行ったことにより得たものではなく、当該外国産の覚せい剤を譲り受けた際などに得られた可能性もある。

その後の推論は成り立たない以上、本件郵便物に隠匿された覚せい剤について、被告人の未必的な認識を推認することはできない。
一審判決では事実認定の基礎としなかった自白の信用性についての検討を行い、

録音録画記録媒体による取調べ状況や、ADHD(注意欠如・多動性障害)等と診断されている被告人の発達障害等が及ぼした影響等も踏まえた上で、結論として、自白の信用性を肯定
⇒被告人は本件郵便物の中に覚せい剤を含む違法な薬物等が入っている可能性があると認識していた。

● 被告人の営利目的について:
被告人は、Aが違法薬物の密売による利益を目的に本件郵便物を輸入しようとしている可能性を認識していたとする一審判決の推論は合理的。
but
①Aの密輸による利益が被告人にとっても経済的利益となる面があったといえること
②何らの利得も期待せずに受取役というリスクのある役割を引き受けるとは考え難い
という推論を加えることで、被告人の営利目的を認めた一審判決の判断は是認できない。

<解説>
● 事実認定において、主要な直接証拠が自白、目撃供述等の供述証拠であるとき、
直接証拠を除外して間接証拠等の情況証拠によってどのような内容の事実が」認定できるのかなどを見極め、
その結果認定された事実を踏まえ、それまで除外していた直接証拠の任意性、信用性の判断を行うなどして直接証拠による事実認定を行うといった、
情況証拠を重視し、供述証拠に依拠することをできるだけ避ける方法による事実認定をする運用。

事実認定の客観化に資する。

間接事実から要証事実を推認する場合、間接事実の推認力を検討する必要。
その際、反対仮説の可能性が残れば残るほど推認力は弱くなる
⇒反対仮説の成立可能性を検討することが重要に。
(最高裁H19.10.16)

● 営利目的には、
自ら利得を得ようとする自利目的と、
他人に利得を得させようとする利他目的
がある。

判例時報2508

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懲戒解雇による退職金全額不支給が争われた事案

東京高裁R3.2.24

<事案>
懲戒解雇された者(X、みずほ銀行の行員)について、退職金規程(懲戒処分を受けた者に対する退職金は減額または不支給となることがある)に基づき退職金の全額を支給しないとしたYの措置の当否が問題。
請求 Xが原告となり、Yを被告として、
主位的に懲戒解雇の無効を主張⇒地位確認並びに賃金及び慰謝料の支払を求め
予備的に解雇が有効であるとしても、退職金の全額が支払われるべき⇒退職金の支払を求めた。

反訴:
Yが原告となり、Xを被告として、社宅の明渡しと賃料相当損害金の支払を求めた

<1審>
Xの懲戒解雇事由(秘密情報の雑誌社に対する漏洩行為)は、Yやその顧客に具体的な経済的損失を生じさせておらず、Xの30年の勤続の功を完全に抹消または減殺するものではない⇒全額不支給は違法⇒3割の限度で支給すべき(7割不支給)

<判断>
①雑誌社に対する秘密(Yの社外秘である通達や資料等)情報漏洩行為が数年間にわたり反復継続された
②秘密情報が現実にSNSに掲載された
③秘密保持は銀行の信用状の最重要事項の1つ
⇒悪質性の程度が高い
⇒全額不支給措置は適法

<解説>
1審、控訴審とも、懲戒解雇は有効と判断し、Xの本件情報漏洩行為が懲戒解雇相当の悪質なものであると判断。

退職金については、
1審:金銭に換算できるような具体的な損害がYにもYの顧客にも生じていないことを重視
本判決:銀行から外部に流出しないと一般人が考えるような情報が反復継続して雑誌やSNSに掲載されたことによる無形の損害(Yの信用棄損)を重視。

秘密情報が雑誌やSNSに繰り返し掲載されることが金融業の信用をどれほど毀損するかという点についての評価の相違

判例時報2508

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2022年4月21日 (木)

特許権の共有と特許法102条での覆滅

知財高裁R2.9.30

<事案>
「光照射装置」と称する特許(本件特許)の特許権者であるXが、Yの製造販売する被告各製品の製造販売等の差止め等、損害賠償(予備的に不当利得返還)を求めた。

本件特許については、2度にわたり訂正請求がされ、確定しているところ、
被告各製品が、2度目の訂正後の(本件特許の請求項1に係る)発明(本件再訂正発明)の構成要件を充足することに争いはなく、
訂正要件違反による無効の抗弁等の抗弁と、損害額が主たる争点。

<判断>
● 侵害論に係るYの抗弁を全て排斥し、被告各製品の限界利益の形成に対する本件再訂正発明の寄与割合を原審からさらに引き下げた。
特許権が共有に係るときは、各共有者は、別段の定めのある場合を除き、自己の持分割合にかかわらず、無制限に特許発明を実施することができる(特許法73条2項)。
but
例えば2名の共有者の一方が単独で特許法102条2項に基づく損害額の損害賠償請求をする場合、侵害者が侵害行為により受けた利益は、一方の共有者の共有持分権の侵害のみならず、他方の共有者の共有持分権の侵害によるものであるといえる

前記利益の額のうち、他方の共有者の共有持分権の侵害に係る損害額に相当する部分については、一方の共有者の受けた損害額との間に相当因果関係はない

侵害者が、特許権が他の共有者との共有であることを主張立証したときは、同項による推定は他の共有者の共有持分割合による同条3項に基づく実施料相当額の損害額の限度で覆滅され、
また、侵害者が、他の共有者が特許発明を実施していることを主張立証したときは、
同条2項による推定は他の共有者の実施の程度(共有者間の実施による利益額の比)に応じて按分した損害額の限度で覆滅される。
本件では、他の共有者の共有持分割合による実施料相当額の限度で推定の覆滅を認めた。

● 判決時には他の共有者との共有関係が解消し、共有関係を基礎とする密接な関係にはない
⇒連帯債権説を斥けた。

<解説>
特許権が共有である場合の特許法102条2項による損害額の算定について、
A:新会社の利益額を持分割合による按分するべき
B:共有者の売上額で按分すべき
C:共有者の利益額で按分すべき
D:原則として共有者の利益額で按分するべきであるが、利益額が明らかにならないときは持分割合により按分することもありうる
E: 原則として共有者の利益額で按分するべきであるが、当事者の同意があるときは持分割合でも差し支えない

共有者の1人のみが特許発明を実施していた場合:
①実施共有者の逸失利益相当損害賠償請求権と
②不実施共有者の共有持分割合による実施料相当損害賠償請求権
の関係が問題。

両者を認容すると、単独保有の場合に比べ、侵害者の負担が過大に
⇒実施共有者の逸失利益から、不実施共有者の共有持分割合による実施料相当損害額を控除するとの見解が有力。

不真正連帯債権であるとする見解

①実施共有者のみが原告となって判決がされた後、不実施共有者が後に提起した訴訟では、実施料相当損害額について異なる判断がされる可能性がある
②特許権の共有は共同研究によって生まれた成果である場合など、共有者の一体性が強い

判例時報2508

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捜索差押許可状の請求行為が違法とされた事例

大阪高裁R3.2.4

<事案>
(1)労働組合たる法人であるX1が、Y(大阪府)の公務員である警察官が①X1組合事務所を捜索すべき場所とする捜索差押許可状を請求したこと、②捜索差押えの執行の際にX1の組合員の容ぼうを写真撮影したり、名誉・信用を毀損する発言をしたりしたことが違法な公権力の行使に当たる等と主張し、
(2)X1の組合員であるX2が、前記捜索差押えの際に、X2の容ぼうを写真撮影したこと及びX2の請願を受理しなかったことが違法な公権力の行使に当たる
⇒Yに対して国賠法1条1項に基づく損害賠償請求。

・・・・Yの公務員である大阪府警の警察官らは、W2(市民団体)の本件バスによる運送行為が道路運送法4条1項所定の一般旅客自動車運送事業を経営したものに当たると判断し、これを被疑事実として、X1の組合事務所等を捜索すべき場所とする捜索差押許可状を請求し、発付された。

<原審>
Xらの請求をいずれも棄却。

<判断>
本件捜索差押許可状の請求行為は違法⇒原判決中、X1に関する部分をX1の請求を11万円及び遅延損害金の支払を求める限度で認めた。

X2の控訴は棄却。
捜索差押許可状の請求時において、捜査機関が現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により請求の要件があるといえるものであれば、国賠法1条1項の違法はない。
道路運送法4条1項にいう一般旅客自動車運送事業の「経営」に当たるというためには、常時他人の需要に応じて反復継続し、又は反復継続する目的をもって運送行為をなすことを要し、一時的運送にすぎない場合は含まれない。
・・・年にわずか1,2回開催する集会の参加者の便宜のために本件バスを含む道路運送法4条1項所定の一般旅客自動車運送事業の許可を得ていないバスを運行しているのにすぎない⇒W2の本件バスによる運送行為は、一時的な運送にすぎず、常時他人の需要に応じて反復継続し、又は反復継続する目的をもって運走行をなすものとはいえないことが明らか。

W2の事務局責任者らに道路運送法4条1項違反の具体的な嫌疑が存在するとした警察官の判断は、捜索差押許可状の請求時において、捜査機関が現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により導き出されたものとはいえない

本件捜索差押許可状の請求は、違法であり、警察官には過失がある。

<解説>
本件:
本件捜索差押許可状の執行の際の写真撮影:
当該捜索差押えが適法に執行されたことを証明する目的でされたもの⇒違法性を否定。

捜索差押えの際の写真撮影については、捜索差押手続の適法性の証明のために執行状況を撮影することや差押物の証拠価値の保全のために発見された場所や状態において差押物を写真撮影することは捜索差押えに付随するものとして許される(裁判例)。

本件捜索差押許可状の執行の際の警察官の発言について、
第三者への伝播可能性を否定する等して、名誉毀損による不法行為の成立を否定

判例時報2508

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2022年4月20日 (水)

特殊詐欺の受け子から報告を受け、詐欺グループの上位者と思われる人物に報告するなどした被告人につき、正犯意思を否定し、共同正犯の成立を認めず、無罪とした事例

名古屋地裁R1.12.9

<事案>
Aが特殊詐欺の受け子として、氏名不詳者らと共謀の上、被害者から現金200万円をだまし取った事案につき共同正犯として起訴。

本判決:
被告人の詐欺の故意は認めたが、共同正犯の成立を否定し、幇助犯の成否についても更に審理をする必要はない⇒無罪。

<判断>
●共同正犯を否定した理由
被告人がAが犯罪に及ぶことを認識・認容していたとしても、それだけで共同実行の意思が裏付けられるものではない。
被告人に予定されていた役割は、本件詐欺を完遂させるために重要なものであったとは到底評価できない。
関西にいた被告人は、東京にいるAが主体的にした報告を聴き取ってEに報告できるにとどまり、被告人の関与態様は受け子の行動状況の管理・把握としては極めて不十分なもの。
・・・・

被告人が実際に果たした役割からも、正犯意思は認められない。

●前記のいずれも、本件詐欺の遂行に重要なものであったと評価することはできない。
報酬の約束もなく、被告人が会社の業務の延長で本件に関与した可能性は排除できない。
被告人の言動にはAの行為を促進したかのように評価し得る部分はあるが、被告人に正犯意思があったと推認することはできず、被告人が本件詐欺を自己の犯罪としてAらと共同して実行したとは認められない。

<解説>
●最高裁:
特殊詐欺の送付型の受け子につき、故意が認められれば共謀が認められる⇒詐欺の共同正犯。
周辺関与者に対する裁判例では、共同正犯、ほう助犯その他が認められている。
共同正犯を認める要素としては、果たした役割の重要性や特殊詐欺グループとの関わりの深さ等が重視されているよう。

●実務上、共謀共同正犯の成立には、
非実行行為者において、
①実行行為者との間に犯罪行為の意思連絡があり、かつ、
自己の犯罪として行う意思(正犯意思)を有していたこと、ないしは自己の犯罪として行ったことを要する。

正犯意思の有無又は自己の犯罪といえるかどうかは、
①非実行行為者の役割や寄与の程度
関与の動機
実行行為者との関係等の事情
から判断。

本判決:
実務の一般的な枠組みに従って正犯意思の有無を問い、これを否定して、
被告人が本件詐欺を自己の犯罪として行ったとは認められない。

●周辺関与者についても、詐欺の認識が認められれば共同正犯が肯定されることは少なくない
but
本判決は、被告人の役割その他の事情を慎重に検討して、これを否定した例。

幇助犯を検討する余地がある。
but
①被告人の役割がホ年詐欺の完遂に重要なものであったとはいえない
②正犯意思も認められない
⇒直ちに無罪を言い渡した。

判例時報2506・2507

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特許権の共有者の1人が特許法73条2項の「別段の定」に反して製造販売した事案

知財高裁R2.11.30

<事案>
本件発明等についての本件特許権は、XとYとEとFの4名の共有であり、
これらの4名は、本件特許権について共同出願契約を締結。
その中に
「事前の協議・許可なく、本件の各権利(本件特許権)を新たに取得し、又は生産・販売行為を行った場合、本件の各権利ははく奪される。」との条項(本件条項)
Yは、Xから仕入れ、輸入した本件発明の技術的範囲に属する製品を販売。
but
ある時期から、本件発明の技術的範囲に属する製品(被告各商品)を、日本において製造させて販売。
特許法:特許の共有者は、契約で「別段の定」をした場合を除き、他の共有者の同意を得ないで特許発明を実施することができる(特許法73条2項)。

本件:
XがYに対し、本件条項は、特許法73条2項の「別段の定」に当たる⇒Yが被告各商品を日本において製造させて販売することは、本件特許権の侵害に当たる⇒損害賠償請求及び差止請求
本件条項によってYは本件特許権の共有持分権の持分4分の1の移転登記手続請求などをした。

<判断>
●中間判決:
本件条項は、特許法73条2項の「別段の定」に当たる⇒Yが被告各商品を日本において製造させて販売させることは、本件特許権の侵害に当たる⇒損害賠償請求の原因(数額を除く)がある。
他に判断した裁判例。

●終局判決
◎損害賠償請求について
Xの損害額の主張は、特許法102条2項に基づくもの
⇒同項に基づいて、Yが得た利益額をもとに損害額を認定。

対象期間のYの売上:
取引先からの調査嘱託の結果を中心として、Yの主張する売上額なども考慮して認定。
裁判所がYの取引先に対する調査嘱託を採用して、数多くの取引先に対して調査嘱託がされ、その結果に基づいてYの売上高が認定。

Yの経費:
Yの主張に基づき、個々の項目を個別に検討して、いわゆる限界利益を算定するに当たって、差し引くべき経費に当たるかどうかを判断。
Y:Yの顕著な営業努力を推定の覆滅事由として主張。
vs.
Yの宣伝活動は、広範囲にわたっているものの、スポーツ用品として用いることができる被告各商品の営業活動としては、通常考えられるものであって、特に顕著なものであるとは認められない。

Yの競合品の存在などの主張についても、終局判決は、Yが主張する各商品は競合品とはいえない⇒推定の覆滅を認めなかった。

◎差止請求について
Yが日本において被告各商品を製造、販売したことは、特許法73条2項の「別段の定」に反するものであり、本件特許権を侵害するもの
⇒特許法100条1項に基づくXの被告各商品の製造又は販売の差止請求には理由がある。

Yは、本件条項により、本件特許権をはく奪されることになり、本件発明の実施品の製造のみならず販売もできない⇒差止めの対象は、日本における販売にも及ぶと認めるのが相当。

◎持分移転登録手続請求について
Yが日本において被告各商品を製造させて販売したことは、本件各条項に違反⇒本件条項により、Yの本件特許権の持分ははく奪され、Yは無権利者となり、その者の持分が他の共有者に帰属することになる。

特許の移転、放棄による消滅は、登録しなければその効力を生じないとされているところ(特許法98条1項1号)⇒本件条項は、権利をはく奪された共有者の持ち分を取得することになる他の共有者に対し、違反者に対する持分移転登録手続き請求権を付与するとの内容をも含む。

判例時報2506・2507

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2022年4月17日 (日)

1人しかいない監査役による報酬増額決定と善管注意義務違反(否定)

千葉地裁R3.1.28

<事案>
Yの常勤監査役を解任されたXが、Yに対し、未払報酬額を請求するとともに、解任に正当な理由がないとして、会社法339条2項に基づく損害賠償を請求した。

<主張>
X:Yに対し、
①平成28年6月10日に、Xが受けるべき報酬額を株主総会が定めた監査役報酬の最高限度額である月額100万円にする旨の決定(本件増額決定)をしたにもかかわらず、同月分から平成29年5月分までの間の報酬につき、本件増額決定前の報酬額である月額65万円しか支払われない⇒その差額の支払を求めた
②平成29年5月26日のYの定時株主総会において、正当な理由なく監査役を解任された⇒報酬、賞与、退職慰労金及び功労金相当額の損害賠償を求めた。

Y:
①監査役が自己の監査役報酬を1人で決定することはできないし、任期途中に報酬の増額をすることはできない⇒本件増額決定は無効
②Xが本件増額決定をしたことは善管注意義務に反する⇒Xを解任する決議には正当な理由がある
③本件増額決定を行ったXには善管注意義務違反がある⇒Xに対する善管注意義務違反に基づく損害賠償請求権を自働債権、Xの本件請求権を受働債権として対等額で相殺する旨主張。

<判断>
本件増額決定は有効⇒Xの未払報酬請求には理由がある。
Xに善管注意義務違反がある旨のYの主張は理由がない⇒本件解任決議には正当な理由があるとは認められない⇒損害賠償額の一部を認容

<解説>
●監査役が1人の場合の報酬決定
①監査役の独立性の保障の趣旨に反しない
②上限が画されている⇒株主の利益を害することも考えにくい
⇒会社法387条2項に準じた報酬の決定方法として許容されるべき。

●監査役報酬の増額
監査役が期間を定めて自己の報酬額を決定⇒会社と監査役菅の報酬の合意⇒その期間中の増額は、会社の同意を必要とする。
期間経過後は、会社の同意なく報酬増額決定を行うことができる。

●監査役の報酬決定に係る善管注意義務違反

取締役の報酬:
報酬等の最高限度を定め、その枠内で個人別の報酬等の決定を取締役会に一任する株主総会決議の趣旨は、取締役会が個々の取締役ごとにその職責・能力を勘案した上で個人別に相当な報酬等を決定することを委託したものと解される⇒不相当な報酬等を決定した取締役については、善管注意義務違反(会社法330条、民法644条)及び忠実義務(会社法355条)違反を認め得ると解されている。

監査役による報酬決定:
職務の遂行⇒善管注意義務及び忠実義務を尽くしてその決定を行わなくてはならない。
but
監査役の報酬規制を定めた会社法387条の趣旨は、取締役の報酬規制とは異なり、監査役の取締役からの独立性を確保することを目的とするもの
監査役の善管注意義務の有無を判断するに当たっても、この点を前提とした上で株主総会決議の趣旨に反する報酬決定といえるか否かといった観点から判断する必要。

判例時報2506・2507

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業務委託契約に基づき県から犬猫の譲渡事業を委託された団体の活動で犬に咬まれた⇒民法718条の責任が問題となった事例

宮崎地裁R3.2.13

<事案>
Z:犬猫の保護活動に関わる一般市民を支援する、権利能力なき社団
ZはY1(宮崎県)との間で締結した犬猫の譲渡推進事業委託契約(本件業務委託契約)に基づき、Y1が設置した譲渡保管施設(本件施設)において、引渡しを受けた犬猫の飼養や譲渡等の委託業務を行っていた。

Y2:本件団体の代表者

X:ボランティアとして本件団体の活動に参加

犬に咬まれて負傷したXが、
Y1に対しては、国賠法1条1項、2条1項又は民法718条1項に基づき
Y2に対しては、民法709条、715条2項又は民法718条2項に基づき、
後遺障害逸失利益等の損害賠償金784万4667円及び遅延損害金の連帯支払を求めた。

<規定>
民法 第七一八条(動物の占有者等の責任)
動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたときは、この限りでない。
2占有者に代わって動物を管理する者も、前項の責任を負う。

<判断>
Y1について、 本件団体と本件業務委託契約を締結することにより、自己に代わって本件柴犬を含む譲渡推進事業に係る犬猫を保管する者として本件団体を選任し、これを保管させていた占有者に当たる
⇒動物の占有者としての責任を認める。

Y2について、本件柴犬の管理者であるとし、本件柴犬の習性を知りながら、それに合った対策をとっていなかった⇒相当な注意をもって本件柴犬の管理をしていたとはいえない
⇒動物の管理者としての責任を認める。

<解説>
Y1が民法718条1項の占有者に当たる

①本件業務委託契約は、一定の飼養期間及び委託期間を定めて犬猫の飼養、譲渡等を委託するもの
②・・・譲渡動物である犬猫の所有権を本件団体に移転する旨の定めはなく、Y2は、本件団体に引き渡された譲渡動物の所有権移転を受けていないと認識
③本件事故後、本件施設を閉鎖する際にY1がとった対応⇒Y1に返還された場合の処遇は、Y1が決定することになっていたと認められる。

占有者と管理者の責任の関係:
最高裁昭和40.9.24:
動物の占有者と保管者が併存する場合には、両者の責任は重複して発生しうる
占有者が自己に代わって動物を保管する者を選任して、これを保管させた場合には、占有者は、動物の種類及び性質に従い相当の注意をもって動物の保管者を選任・監督したことを立証すれば、その責任を負わない。
(本件では、Y1が動物の種類及び性質に従い相当の注意をもって本件柴犬の保管者を選任・監督したことを主張立証していない。)

判例時報2506・2507

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2022年4月13日 (水)

工場で発がん性物質にばく露⇒膀胱がんで、使用者の安全配慮義務違反による債務不履行責任が認められた事例

福井地裁R3.5.11

<事案>
発がん性物資ののオルトートルイジン(「本件薬品」)を原料うとして使用し、染料・顔料の中間体を製造する工場を経営するYの従業員Xらが、本家に薬品にばく露し、その結果膀胱がんを発症
⇒Yに対し、雇用契約上の安全配慮義務違反(債務不履行) に基づき、慰謝料及び弁護士費用の損害賠償を請求。

<争点>
Xらは、平成27年から平成28年までにそれぞれ膀胱がんと診断され労災認定を受けており、膀胱がんが本件薬品のばく露によって発症したこと自体は争いがない。

争点は、Yの安全配慮義務違反(予見可能性及び結果回避義務違反)の有無と、
Xらの損害及び因果間j系

<判断>
Yの予見可能性:
①平成13年までにYが入手していた本件薬品の安全データシート(SDS)の記載(本件薬品の経皮的ばく露による健康被害についての記載があり、副工場長がそれに目を通し発がん性も認識いていた)
②Yが従業員に対して平成13年以前から行っていた尿中代謝物の調査結果(本件薬品を含有する有機溶剤が高濃度で検出されていたこと)

Yにおいて、本件薬剤の経皮的ばく露により健康障害が生じ得ることを認識していた。

遅くとも平成13年当時、安全性に疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧(予見可能性)を有していた。

Yは、平成13年以降、安全配慮義務の具体的内容として、
従業員が本件薬品に経皮的にばく露しないよう、不浸透性作業服等の着用や身体に本件薬品が付着した場合の措置についての周知を徹底し、従業員に遵守させるべき義務があった。
but
向上のでの実際の作業工程において半袖Tシャツで作業することがあった。
本件薬品が作業服や身体に付着した場合でも直ちに着替えたり、洗い流すという運用が徹底されていなかった。

Yには安全配慮義務違反があった。

膀胱がんの発症、再発のおそれの残存、治療の副作用による苦痛等の個別の事情を考慮し、慰謝料及び弁護士費用として、Xらのうち1名について330万円、他の3名について各275真似んの損害賠償請求を認容。

<解説>
本判決:
安全配慮義務の前提となる予見可能性としては、
生命・健康という被害法益の重大性に鑑み、化学物質による健康被害が発症し得る環境下において従業員を稼働させる使用者の予見可能性としては、安全性に疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧であれば足り必ずしも生命・健康に対する障害の性質、程度や発症頻度まで具体的に認識する必要はない

本件薬品の経皮的ばく露により健康被害が生じ得ることを認識し得た⇒遅くとも平成13年当時、安全性に疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧(予見可能性)を有していたとして、平成13年の時点での安全配慮義務を認めた。
抽象的な危惧があれば足りるとする裁判例。

SDS:化学物質や化学物質を含む混合物を譲渡・提供する際に、その化学物質の危険性・有害性等に関する情報を譲渡・提供の相手方に提供するための文書であり、平成12年以降、労安法、特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律、毒物及び劇物取扱法において、各指定の物質について提供が義務けられている。

判例時報2506・2507

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特殊詐欺行為が暴対法31条の2の「威力利用資金獲得行為」に当たるとされた事例

東京高裁R3.1.29

<事案>
Xが、
①本件詐欺行為は暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(「暴対法」)31条の2の「威力利用資金獲得行為」を行うについてされたものであり、本件詐欺行為の当時、亡P1、Y7及びY8(「P1ら」)はC会の「代表者等」(同条本文)であったと主張するとともに、
②本件詐欺行為はC会の事業の執行について行われたものであり、本件詐欺行為の当時、P1やY9の使用者であり、Y7及びY8はP1に代わって事業の監督をする者であった。

P1の相続人であるY1ないしY6(「P1承継人」)並びにY7及びY8に対し、暴対法31条の2本文又は民法715条1項本文若しくは同条2項に基づき、
Y9に対し民法719条に基づき、
本件詐欺行為によるXの財産的損害1000万円、慰謝料500万円、弁護士費用450万円の合計1950万円(P1承継人らに対しては「前記の各按分の限度での連帯支払)を求めた。

<原審>
本件詐欺行為の当時、Y9はF組の構成員であったと推認され、この推認を覆すに足りる証拠はない
but
Y9がC会又はその構成団体F組の威力を利用したと認めることはできず、Y9がC会の事業として本件詐欺行為を行ったと認めることもできない。
⇒P1らがXに対し暴対法31条の2又は民法715条に基づく損害賠償責任を負うとは認められない。

Xの請求をY9に対し、Xの本件詐欺による財産的損害1000万円及び弁護士費用100万円の合計1100万円並びにこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容。

<判断>
後記参照
・・・を総合考慮すれば控訴人の被った精神的苦痛は、財産的損害の賠償をもって完全に慰謝されるものとはいえない

慰謝料も100万円肯定

<規定>
暴対法 第三一条の二(威力利用資金獲得行為に係る損害賠償責任)

指定暴力団の代表者等は、当該指定暴力団の指定暴力団員が威力利用資金獲得行為(当該指定暴力団の威力を利用して生計の維持、財産の形成若しくは事業の遂行のための資金を得、又は当該資金を得るために必要な地位を得る行為をいう。以下この条において同じ。)を行うについて他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。ただし、次に掲げる場合は、この限りでない。

一 当該代表者等が当該代表者等以外の当該指定暴力団の指定暴力団員が行う威力利用資金獲得行為により直接又は間接にその生計の維持、財産の形成若しくは事業の遂行のための資金を得、又は当該資金を得るために必要な地位を得ることがないとき。

二 当該威力利用資金獲得行為が、当該指定暴力団の指定暴力団員以外の者が専ら自己の利益を図る目的で当該指定暴力団員に対し強要したことによって行われたものであり、かつ、当該威力利用資金獲得行為が行われたことにつき当該代表者等に過失がないとき。

<解説>
●暴対法31条の2は、民法715条(使用者責任)の規定を適用して代表者等の損害賠償責任を追及する場合において生ずる被害者側の立証負担の軽減を図る規定。
暴対法31条の2「威力利用資金獲得行為」とは、「当該指定暴力団の威力を利用して生計の維持、財産の形成若しくは事業の遂行のための資金を得、又は当該資金を得るために必要な地位を得る行為をいう。」
指定暴力団の「威力を利用して」とは、当該指定暴力団に所属していることにより資金獲得活動を効果的に行うための影響力又は便益を利用することをいい、
当該指定暴力団の指摘暴力団員としての地位と資金獲得活動とが結びついている一切の場合をいう。

●本判決:
①被害者側の主張立証責任の負担の軽減を図るという暴対法31条の2の立法趣旨
②暴対法9条が指定暴力団員による暴力的要求行為の禁止について相手方に「威力を示して」要求することを要件としているのと異なり、暴対法31条の2が「威力を利用」するとの文言を見用いていること等

同条本文の「当該指定暴力団の威力を利用して」とは、指定暴力団員が、当該指定暴力団に所属していることをにより資金獲得活動を効果的に行うための影響力又は便益を利用することをいい、
当該指摘暴力団の指定暴力団員としての地位と資金獲得活動とが結びついている一切の場合をいう趣旨であって、必ずしも当該暴力団の威力が被害者に対して直接示されることを要しないとの解釈を前提。

指定暴力団の組織・活動、特殊詐欺における暴力団構成員の関与の実態等をふまえながら、
①指定暴力団員において、特殊詐欺の受け子の役割を実行した人物が指定暴力団員に対する恐怖心や経済的な恩義から受け子の役割の実行を継続せざるを得ない状況を作り出した上、当該人物を自らの統制の下に置き、自らの指示により受け子の役割を忠実に実行させていた
特殊詐欺の受け子の役割を実行する際の具体的な手順等を説明するなどして詐欺行為に加担した人物が指定暴力団員に対する恐怖心から同人の指図に従うことを利用して、当該人物を詐欺行為に加担させていたこと等の具体的な事実関係

指定暴力団の構成員を含むグループによって行われた特殊詐欺行為が暴対法31条の2本文の「威力利用資金獲得行為」を行うについてされたものとして、同条に基づく指定暴力団の代表者等の損害賠償責任を肯定

判例時報2508

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2022年4月11日 (月)

優生保護法訴訟

大阪地裁R2.11.30

<事案>
優生手術を受けたと主張する本人又はその配偶者である原告らが
(1)国会議員が旧優生保護法を立法したこと
(2)国会議員が被害救済立法を行わなかったこと
(3)厚生労働大臣及び内閣総理大臣が被害救済措置を講じなかったこと
がいずれも違法
被告(国)に対し、国賠法1条1項に基づく損害賠償金及び遅延損害金の支払を求めた

<判断・解説>
●旧優生保護法の違憲性
本判決:
旧優生保護法4条ないし13条が子を産み育てるか否かについて意思決定をする自由及び
意思に反して身体への急襲をを受けない自由
を明らかに侵害するとともに、
特定の障害等を有する者に対して合理的な根拠のない差別的な取扱いをするもの
⇒憲法13条、14条1項に違反。

●国会議員の立法行為の違法性(国賠法1条1項)
①旧優生保護法4条ないし13条の内容が明らかに憲法13条、14条1項に違反
②被告が旧優生保護法4条ないし13条の立法目的の合理性や立法事実について何ら主張立証しない
国会議員の立法行為は違法

●除斥期間の適用制限
最高裁:
「特段の事由」があるときは民法158条又は160条の法意に照らしてその適用が制限される。
本件で除斥期間の規定の適用を制限するのは相当ではない。

●除斥期間の規定の違憲性

●国会議員・国務大臣の不作為の違法性
本判決:
国会議員の立法不作為、厚生労働大臣及び内閣総理大臣の救済措置の不作為の違法性について、
平成17年判決及び平成27年判決を参照した上で、
優生手術の被害者を救済しする立法については国会に一定の立法裁量が認められるべき
国会議員が所定の立法措置をとることが必要不可欠であり、それが明白であったということはできない
⇒違法性を否定。

国会に対して法律案の提出権を有するにとどまる内閣を構成する厚生労働大臣又は内閣総理大臣の不作為も違法とはいえない。

判例時報2506・2507

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覚せい剤輸入で、間接事実を推認しての故意の認定等が否定された事案

東京高裁R3.3.17

<事案>
被告人が、分離前の相被告人A及び氏名不詳者らと共謀の上、営利の目的で、中国の郵便局から、14キログラムを超える覚せい剤を段ボール箱1箱に隠匿収納して国際スピード郵便物として被告人の居室宛てに発送し、日本国内に持ち込んで密輸した⇒覚せい剤営利目的輸入等の共謀共同正犯として起訴。

<原審>
主に被告人の公判供述により前提となる事実関係を認定⇒複数の推認⇒被告人の捜査段階の自白の信用性を検討するまでもなく、被告人が、本件郵便物が発送されるまでの間に、本件郵便物の中に覚せい剤を含む人体に有害で違法な薬物が含まれている可能性を認識していたと推認。

<判断>
●被告人の認識を間接事実により推認する場合、その推認は確実なものであることを要する。
but
一審判決において、
Aが反社会勢力から覚せい剤を入手していることを被告人が想定していたとする推論

Aが北朝鮮産の覚せい剤の譲渡単価について発言したことを被告人が伝え聞いた
⇒Aが海外から覚せい剤を輸入することを被告人が想定していたと推認
は大きな飛躍。
vs.
特定の外国で製造された覚せい剤の譲渡単価の知識は、密輸入を自ら行ったことにより得たものではなく、当該外国産の覚せい剤を譲り受けた際などに得られた可能性もある。

その後の推論は成り立たない以上、本件郵便物に隠匿された覚せい剤について、被告人の未必的な認識を推認することはできない。

一審判決では事実認定の基礎としなかった自白の信用性についての検討を行い、
録音録画記録媒体による取調べ状況や、ADHD(注意欠如・多動性障害)等と診断されている被告人の発達障害等が及ぼした影響等も踏まえた上で、結論として、自白の信用性を肯定
⇒被告人は本件郵便物の中に覚せい剤を含む違法な薬物等が入っている可能性があると認識していた。

●被告人の営利目的について:
被告人は、Aが違法薬物の密売による利益を目的に本件郵便物を輸入しようとしている可能性を認識していたとする一審判決の推論は合理的。
but
①Aの密輸による利益が被告人にとっても経済的利益となる面があったといえること
②何らの利得も期待せずに受取役というリスクのある役割を引き受けるとは考え難い
という推論を加えることで、被告人の営利目的を認めた一審判決の判断は是認できない。

<解説>
●事実認定において、主要な直接証拠が自白、目撃供述等の供述証拠であるとき、
直接証拠を除外して間接証拠等の情況証拠によってどのような内容の事実が」認定できるのjかなどを見極め、
その結果認定された事実を踏まえ、それまで除外していた直接証拠の任意性、信用性の判断を行うなどして直接証拠による事実認定を行うといった、
情況証拠を重視し、供述証拠に依拠することをできるだけ避ける方法による事実認定をする運用。

事実認定の客観化に資する。

間接事実から要証事実を推認する場合、間接事実の推認力を検討する必要。
その際、反対仮説の可能性が残れば残るほど推認力は弱くなる
⇒反対仮説の成立可能性を検討することが重要に。
(最高裁H19.10.16)

●営利目的には、
自ら利得を得ようとする自利目的と、
他人に利得を得させようとする利他目的
がある。

判例時報2508

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2022年4月 8日 (金)

経鼻チューブの先端が胃に届かない状態で食堂内に留置され、栄養剤等注入で死亡の事案

大阪地裁R3.2.17

<事案>
経鼻胃管カテーテル(「本件チューブ」)挿入の9日後に非心原性肺水腫によって死亡⇒相続人らが、医療法人である被告に対して、損害賠償を求めた。

<判断>
①本件チューブが、本件患者の体動が激しく認められる中、スタッフ数名で本件患者の身体を押さえて留置された
②本件チューブは、前記1の救急搬送時に実施された胸腹部CT検査の時点では本件患者の胃に届いておらず、頸部CT検査では咽頭部でトグロを巻いている状態であった
③経鼻チューブを無理に押し込もうとすると食道内で反転し口腔内にたわんだ状態でトグロを巻くことがあり、また、正しくイに挿入された管が挿入から4日程度で口腔内にたわむことは考え難い旨の医学的知見
本件本件チューブは本件患者に留置された当初から胃に届いていなかったことが強く疑われる。

注入開始後の前進症状の悪化

本件チューブは、留置当初からその先端が胃に届いておらず、本件チューブを導管とした白湯や経鼻栄養等の注入物やイ内容物の逆流によって、重篤な誤嚥性肺炎が生じ、これが原因疾患となって、本件患者が急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を発症し、低酸素脳症によって死亡したものと推認できる。

担当医師は、本件チューブが留置された翌日の時点で、本件チューブによる栄養剤等の注入を中止し、速やかに肺炎の初期治療として抗生剤を投与すべき注意義務を負っていた。
前記時点で本件チューブを介した注入が中止されていれば、本件患者の肺炎症状が同月11日の時点ほどまでに重篤化することを回避することができ、その結果、同月16日におけるARDSによる死亡も回避することができたことにつき、高度の蓋然性が認められる

判例時報2506・2507

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暴力団事務所としての使用禁止

福岡地裁久留米支部R3.2.5

<事案>
X:福岡県における都道府県暴力追放運動推進センターの指定を受け、国家公安委員会から適格都道府県センターとしての認定を受けた公益財団法人。
Y1:指定暴力団組長
Y2:本件マンション5階居宅の所有者でY1が取締役を務める会社

<主張>
X:マンションの居住者(本件委託者ら)から委託を受け、本件委託者らのために、本件物件が本件暴力団の事務所として使用されていることにより、本件委託者らの平穏な生活をする権利が侵害されている⇒本件委託者らの人格権に基づき、
Y1に対し、本件物件を本件暴力団の事務所として使用することの禁止を、
Y2に対し、Y1をして本件物件を本件暴力団その他の暴力団の事務所又は連絡場所として使用させることの禁止を、
それぞれ求めた。

<判断>
人格権による差止請求を認めた上で、
人格権に対する違法な侵害であるかについては、侵害行為の態様、侵害又は侵害の危険の程度、被侵害利益の性質及び内容等の諸般の事情を踏まえ、被害が一般社会生活上受忍すべき限度を超えるものであるかどうかによって決するのが相当。

本件暴力団の上部組織である・・・過去の対立抗争の経緯⇒今後も同様の事態に陥る可能性が高く、その場合、・・・傘下組織である本件暴力団が対立抗争に巻き込まれて、その事務所が相手組織からの攻撃目標となり、その周辺住民の生命・身体が深刻な危機にさらされることは明らか
⇒本件物件が、本件仮処分命令の発令後は暴力団事務所としての使用が停止されているとしても、将来的に、再び本件暴力団事務所として使用される蓋然性があると認められる
⇒Xの請求を認容

Yらは、本件仮処分命令の発令後、これに従って、本件物件の本件暴力団の事務所としての使用を止めている。
vs.
仮処分の執行により仮の履行状態が作出されたとしても、裁判所はこのような事情を斟酌せずに本案の当否を判断すべきである(最高裁)。

仮処分によるYらの仮の履行状態は、本案請求の当否を判断するについて斟酌すべきではない。

<解説>
人格権が差止請求の根拠となり得る(通説・判例)。

建物を暴力団の事務所として使用することが近隣住民の人格権の侵害に当たるとして、当該建物を暴力団の事務所として使用することを差止めの仮処分を認めた静岡地裁浜松支部昭和62.10.9は
何人にも生命・身体・財産等を侵されることなく平穏な日常生活を営む自由ないし権利があり
人間としての固有の権利である人格権が受忍限度を越えて違法に侵害されたり、又は侵害される恐れがある場合には、その被害者は、加害者の当該行為が外形的には権利行使の範囲内のものであっても、加害者に対し、人格権に基づいて、現に行われている侵害を排除し、又は将来の侵害を予防するため、その行為の差止、又はその原因の除去を請求することができる。

判例時報2508

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2022年4月 7日 (木)

「生活保護法による保護の基準」の改定が違法とされた事案

大阪地裁R3.2.22

<事案>
法の委任に基づいて厚生労働大臣が定めた「生活保護法による保護の基準」の数字の改定(本件改定)⇒所轄の福祉事務所長らからそれぞれ生活扶助の支給額を減額する旨の保護変更決定(本件各決定)を受けた

本件改定は憲法25条、法8条等に違反する違憲、違法なものであるとして、
①Yらのうち国を除くY2~Y13(大阪市ほか各市)を相手に、本件各決定の取消しを求めるとともに、
②Y1(国)に対し、国賠法1条1項に基づき、損害賠償を求めた。

<争点>
本件改定に係る厚生労働大臣の判断に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があり、本件改定が法3条、8条2項に違反するといえるか?

<判断>
生活扶助の老齢加算の廃止を内容とする保護基準の改定の違法性について判示した最高裁判例の判断の枠組みを、(加算の廃止ではなく)基準生活費の減額という場面に即した表現に改めながら採用。

●(1)ゆがみ調整とデフレ調整を併せてすることについて
●(2)デフレ調整における物価指数を比較する年の選択について
●(3)デフレ調整における改定率の設定について
⇒本件改定後の生活扶助基準の内容が被保護者の健康で文化的な生活水準を維持するものであるとした厚生労働大臣の判断には、統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性を欠いている⇒最低限度の生活の具体化に係る判断の過程及び手続に過誤、欠落があり、裁量権の範囲の逸脱又はその濫用がある⇒本件改定は、法3条、8条2項の規定に違反し、違法。

<解説>
●平成24年2月最判及び平成24年4月最判は、 生活扶助の老齢加算の廃止を内容とする保護基準の改定の違法性について判示したものであるが、
当該判断枠組みを採用する理由として述べるところは、基準生活費の減額の場面にも基本的に当てはまる。


ゆがみ調整:基準部会という専門家による第三者機関が取りまとめた報告書(平成25年報告書)を踏まえてされたもの
デフレ調整:これとは別に厚生労働大臣が行ったもの

本件では、ゆがみ調整とデフレ調整を併せてすることの当否が争われた。

本判決:
ゆがみ調整と併せて、生活扶助基準の全体としての水準(高さ)を調整すること自体が不合理であるとはいえない
but
ゆがみ調整においては消費実態と生活扶助基準との間の平均的なかい離が解消されていないものと考える余地が否定できない
ゆがみ調整においてもちいられた指数がその性質上物価の影響を受け得るもの

デフレ調整における物価指数を比較する年の選択:
平成20年からの物価の下落を考慮した点において、統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性を欠く⇒その判断の過程及び手続に過誤、欠落がある。

統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性の有無等について審査するという平成24年4月最判の判断枠組み。

デフレ調整における改定率の設定について、消費者物価指数の下落率よりも著しく大きい下落率を基に改定率を設定した点において、統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性を欠く⇒その判断の過程及び手続に過誤、欠落がある。

あくまで物価の動向を勘案するという厚生労働大臣の判断を前提に、その判断の過程及び手続に過誤、欠落があるかを、統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性等について審査するという平成24年4月最判の判断枠組み。

●本判決:
本件改定後の生活扶助基準の内容が被保護者の健康で文化的な生活水準を維持するものであるとした厚生労働大臣の判断には、「その余の点について判断するまでもなく」平成20年からの物価の下落を考慮し、消費者物価指数の下落率よりも著しく大きい下落率を基に改定率を設定した点において、統計等の客観的な数値等との合理的関連線や専門的知見との整合性を欠いている⇒最低限度の生活の具体化に係る判断の過程及び手続に過誤、欠落があり、裁量権の逸脱又はその濫用がある。

判例時報2506・2507

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自筆証書遺言で遺言者の押印が否定された事案

東京地裁R2.12.17

<事案>
被相続人の子であるXらが、被相続人の夫であるYに対して、被相続人名義の自筆証書遺言の無効確認を求めた。
Xら:被相続人が自書・押印したものではないと主張。

<判断>
本件遺言書が被相続人の自書によるものであることと押印が被相続人の印章によりなされたことを認めた。
but
①被相続人が死亡する3週間前の時点では本件遺言書には押印がされていなかった
②同時点から被相続人が死亡するまでの3週間の被相続人の言動
③本件遺言書の押印に使用された印章はYが所持
④Yには被相続人の死後に本件遺言書に押印する動機及び現実的可能性があった

被相続人が本件遺言書に押印したとは認められない。

Xらの請求を認めた。

<解説>
●自筆証書遺言には、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、かつ押印しなければならない(968条1項)。
but
判例:
遺言者自身の手によらず押印がされた場合(遺言者の病床の側にいた者が遺言者の依頼を受けてその面前で押印をした事案)や
署名のみがあり押印を欠く場合(遺言書作成の約1年9か月前に日本に帰化したロシア人が、英文で自筆証書を作成した事案)
においても遺言が有効になる余地を認めている。
but
民法が自筆証書遺言の方式として自書のほか押印を要するとした趣旨は、
遺言の全文等の自書とあいまって遺言者の同一性及び真意を確保するとともに、重要な文書については作成者が署名した上その名下に押印することによって文書の作成を完結させるという我が国の慣行ないし法意識に照らして文書の完成を担保することにある。

日本人が日本語で作成した自筆証書遺言に押印が不要とすることは困難。
また、遺言者の意思に基づいて押印がされたことが必要。


文書中の印影が本人の印章によって顕出⇒反証がない限り、当該印影は本人の意思に基づいて成立したものと事実上推定される(判例)。

印鑑は一般に慎重な管理が期待され、理由なく他人の利用に供することは考えられないという経験則を基礎としたもの。

この経験則が妥当しない場合
(ex.①印章の紛失、盗難、盗用、②他人に預託していた印鑑が冒用された、③本人が押印することや押印の意思決定をすること自体が困難又は不自然であることが疑われる場合 )
には、前記推定は覆る。

自筆証書遺言の要件である遺言者の押印があるというためには遺言者の意思に基づいて押印がされたことが必要⇒上記と同様に考えられる。

判例時報2508

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2022年4月 3日 (日)

行政処分の職権取消しの可否が問題となった事案

最高裁R3.6.4

<事案>
被災者生活再建支援法所定の被災者生活再建支援金に関し、これを支給した被災者生活再建支援法人とその支給を受けた世帯主らとの間で、その返済の要否が争われた。
Yは、平成23年9月から同年12月末までの間絵に、本件各世帯が大規模半壊世帯に該当するとして、本件世帯主らに対し、支援法3条所定の金額(37万5000円~150万円)の支援金を支給する旨の決定をし、その後これを支給。
・・・・
Yは、平成25年4月、本件世帯主らに対し、本件各世帯が大規模半壊世帯に該当するとの認定に誤りがある⇒本件各支給決定を取り消す旨の決定。
本件 Xら(47名)が、本件各支給決定を取り消すことや許されないとして、Yを相手に、本件各取消決定の取消しを求める一方(本訴)、
Yが、本件各取消決定により本件各支援金を保持する法律上の原因が失われたとして、Xらに対し、本件各支援金に相当する額の不当利得返還を求めた(反訴)

Y:公益財団法人都道府県センター:宮城県から支援金の請求に関する事務の委託を受けた支援法人

<争点>
①本件各世帯が大規模半壊世帯に該当するか
②支給要件の認定の誤りを理由に本件各請求決定を取り消すことが許されるか

<原審>
争点①について:大規模半壊世帯に該当するとは認められない

争点②について
A:本件各支給決定の効果を維持することによる公益上の不利益(=基金の健全性に支障を生じさせ、支援金の請求に関し不公平感を生じさせる可能性があること)が、
B:本件各支給決定の取消しによって生ずる不利益(=本件証明書の内容が事後に変更されるリスクは事務処理上の利益を享受しているYが負担すべきであり、その被害認定を事後に覆すことは支援金の使用をちゅうちょさせるなど支援法の趣旨に沿わない事態を生じさせかねないこと等)を上回らない

本件各支給決定を取り消すことは許されない。

本訴請求を認容するとともに反訴請求を棄却

<判断>
争点①に対する原審の判断を前提として、
争点②について、本件各支給決定を取り消すことは許される

<解説>
●行政処分の職権取消しの適否に関する判基準
本件各取消決定は、本件各支給決定に原始的な瑕疵(支給要件の認定の誤りという違法)があることを理由として、その効力を遡って失わせるものであり、行政処分の職権取消しに当たる。

職権取消し:法令又は公益(行政目的)に違反している状態の是正を目的とするものであり、明文の規定がなくてもすることができる。
but
各名宛人に利益を付与する処分(授益的処分)の職権取消しは、名宛人に不利益をもたらすおそれがある⇒一定の制約を受ける(取消権の制限)。

最高裁判例:
授益的処分の取消しは、
A処分の取消しによって生ずる不利益と
B処分の効果を維持することによる不利益
とを比較衡量し、その取消しを正当化するに足りる公益上の必要があると認められるときにすることができる。

具体的な利益状況が事案ごとに異なる⇒処分に係る法律の仕組みに即して、その取消しによる不利益や瑕疵の原因等を具体的に考慮するのが相当。

前記の利益衡量における考慮要素:
(1)処分の瑕疵(違法)の原因、内容及び程度
(2)処分の取消しにより名宛人その他の者が被る不利益の性質、内容及び程度
(3)処分の効果を維持することにより害される公共の利益の性質、内容及び程度
(4)処分の取消しの時期
が中心に。

(3)について、社会保障の分野での取扱いを参考にすると、
①支給の適法性及び平等原則の確保による制度の安定的運用
②財政規律の確保
③多数の者が迅速な給付を受ける利益
を挙げることができる。

●本件について
支援法は、その目的、内容(支援金の支給要件である「被災世帯」の意義、支援金の額の決定方法等)等⇒
自然災害による住宅の被害が所定の程度以上に達している世帯のみを対象として、その被害を慰謝する見舞金の趣旨で支援金を支給する立法政策を採用し、
支給要件の認定を迅速に行うことを求めつつ、
公平性を担保するため、
その認定を的確に行うことを求めている。

上記の利益衡量:
本件マンションの被害の程度は客観的には一部損壊にとどまる⇒本件各支給決定の誤りは支援金の支給要件の根幹に関わる。

本件各支給決定の効果を維持すると、被害を受けた極めて多数の世帯の間で公平性が確保されず、税金その他の貴重な財源(補助金等に係る代さんの執行の適正化に関する法律3条1項)を害し、また、今後、罹災証明書の認定を誤らないようにするため市町村に過度に慎重かつ詳細な調査等を促しかねず(誤って支給された支援金が返金されない⇒損失を被った支援法人や国が誤った認定をした市町村に対して損害賠償等を求める可能性を否定できず、これを回避したい市町村にとって過度に慎重な調査を行う動機がある)、かえって支援金の支給の迅速性が害されるおそれがある等の不利益⇒支援法の目的の実現が困難になりかねない。

本件世帯主らは、本件各支給決定の取消しにより本件各支援金を返還させられることになる
butその利益を享受できる法的地位をおよそ有していない以上やむを得ない。

本件各支給決定の取消しまでの期間が不当に長いとも言い難い。

本件各支給決定の効果を維持することによる不利益>これを取り消すことによる不利益
であり、その取消しを正当化するに足りる公益上の必要がある。

●職権取消しの適否を決するための利益衡量においては、法律による行政の原理を回復するという職権取消しの目的をふまえ、処分の瑕疵の原因、内容及び程度を検討することが重要であることを示唆。

判例時報2506・2507

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主観的追加的併合の可否が争われた事例

福岡高裁R2.11.27

<事案>
原告であるX1、X2が福岡地裁に国賠訴訟を提起。
基本事件の被告であるY(国)が、基本事件の普通裁判籍及び特別裁判籍(民訴法4条1項、2項、6項および5条1号)がいずれも福岡県外にあり、基本事件が福岡地裁の管轄に属しない
⇒民訴法16条1項に基づき、これを管轄裁判所に移送するよう求めた。

X1、X2:
既に福岡地裁に係属しているYを被告とする国賠訴訟(先行事件。基本事件とは原告を異にするもの)と基本事件とが、民訴法38条の「訴訟の目的である権利又は義務が・・・同一の事実上及び法律上の原因に基づく」といえる関係にある

民訴法7条の類推適用により福岡地裁に管轄が認められるべき。

<規定>
民訴法 第三八条(共同訴訟の要件)
訴訟の目的である権利又は義務が数人について共通であるとき、又は同一の事実上及び法律上の原因に基づくときは、その数人は、共同訴訟人として訴え、又は訴えられることができる。訴訟の目的である権利又は義務が同種であって事実上及び法律上同種の原因に基づくときも、同様とする。

第七条(併合請求における管轄)
一の訴えで数個の請求をする場合には、第四条から前条まで(第六条第三項を除く。)の規定により一の請求について管轄権を有する裁判所にその訴えを提起することができる。ただし、数人からの又は数人に対する訴えについては、第三十八条前段に定める場合に限る。

<原審>
基本事件と先行事件における権利又は義務が同一の事実上及び法律上の原因に基づく
⇒民訴法38条前段の要件を満たす。
民訴法7条を類推適用⇒基本事件を先行事件に併合する旨の決定。

<判断>
①いわゆる訴えの主観的追加的併合を認めるのは相当ではなく、本件併合上申によって先行事件と基本事件とが当然に併合される効果を生ずるものとはいえない
土地管轄は、民訴法上の裁判籍の定め(民訴法4条、5条)により決せられる法定管轄の一種であり、法定管轄が数種複数の裁判所間の裁判権行使についての分担の定め
⇒その存否が当事者の併合上申の有無によって左右されると解するのは相当ではない
本件併合上申がされたことに基づいて、民訴法7条を類推適用して基本事件が福岡地裁の管轄に属することになったということもできない。
被告は応訴管轄等が生じた場合を除き、法定管轄のある裁判所において裁判を受ける正当な利益を有しているところ、この被告の利益は、裁判所が口頭弁論の併合をする前提として、その要件とは独立に検討されるべきであり、裁判所が、民訴法16条2項本文のようにその裁量判断によって本来の法廷管轄外の事件について審理及び裁判をすることができる旨の法律の規定もないのに、弁論併合決定により被告の前記利益を失わせることは許されない。

本件併合決定がされたとしても、民訴法7条の類推適用によって福岡地裁に基本事件の管轄が生ずることにはならない。

Yの移送申立てを認容

<解説>
訴訟係属中に、第三者の当事者に対する請求又は当事者の第三者に対する請求の併合審判を求めることを訴えの主観的追加的併合をいう。
本件は、第三者はが原告の共同訴訟人となる場合の明文の規定のない主観的追加的併合の事案。

判例:原告が係属中の訴訟につき第三者に対する請求を追加した事案につき、主観的追加的併合を認めず、現行の民訴法においても、その立法化はされなかった。

当事者は、別訴を提起した上で弁論の併合を求めることになる。
but
弁論の併合は、同一官署としての同一裁判所に係属する事件の間でのみ可能。

学説:
A:本件のように第三者が原告の共同訴訟人となるために別訴を提起した場合で、審理の進行状況によっては当事者の利益が害されずかつ紛争の統一的解決が期待できる場合も存在する。
⇒主観的追加的併合の可能性を全面的に否定すべきではないとして、弁論の併合の前提として、民訴法7条の類推適用により別訴について土地管轄を拡張することが許される(伊藤眞)。

B:原告が新たに被告を追加する場合に民訴法7条を類推適用することは被告の手続保障の見地から問題がある⇒第三者が原告の共同訴訟人となる場合も含めて主観的追加的併合を適法とすることには「慎重な見解。

判例時報2508

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2022年4月 2日 (土)

水産動植物の採捕に係る許可に関する知事の判断が裁量権の逸脱とされた事案

最高裁R3.7.6

<事案>
普天間飛行場の代替施設を沖縄県名護市辺野古沿岸域に設置するための公有水面埋立てをめぐる国と沖縄県との間の紛争に関、最高裁が判決を言い渡した3件目の事案。

沖縄防衛局:
本件埋立承認の願書の記載された設計の概要に含まれない内容の地盤改良工事を追加
X(沖縄県j知事)に対し、大浦湾側に生息する造礁さんご類を埋立区域外の近隣の水域に移植することの許可を求める2件の申請

X:申請内容の必要性及び妥当性の有無を判断できない⇒標準処理期間(45日)が経過した後も何らの処分もしなかった。

Y(農林水産大臣):漁業法及び水産資源保護法を所管する大臣として、令和2年2月28日付けで、本件各申請を許可する旨の処分をしない沖縄県の法定受託事務の処理が漁業法65条2項1号及び水産資源保護法4条2項1号に違反⇒沖縄県に対し、地自法245条の7第1項に基づき、本件各許可処分をするよう求める是正の指示(「本件指示」)

X:本件指示が違法な国の関与に当たる⇒地自法251条の5第1項に基づき、Yを相手に、その取消しを求める。

<法令等>
漁業法65条2項1号等:
都道府県知事は、漁業取締りその他漁業調整又は水産資源の保護培養のために必要があると認めるときは、水産動植物の採捕に関する制限又は禁止に関して、規則を定めることができる旨を規定。
漁業法65条2項1号等により都道府県が処理することとされている事務は、法定受託事務(漁業法137条の3第1項1号、水産資源保護法35条)。

<争点>
本件指示が地自法245条の7第1項の要件を充足するか、より具体的には、本件指示の時点で本件各許可処分をしていないXの対応が、同項所定の法令の規定に違反していると認められるものに該当するか。

<原審>
本件各許可処分をしない沖縄県の法定受託事務の処理が漁業法65条2項の1号等に違反⇒本件指示は地自法245条の7第1項の要件を充足。
⇒上告受理の申立。

<判断>
本件を受理した上、上告を棄却。

<解説>
●本件規則に基づく特別採捕許可に関する県知事の判断と地自法245条の7第1項所定の法令違反

◎ 問題となっている法定受託事務の処理が不作為である場合には、指示の内容は、
A一定の期間内に何らかの措置を講ずべきというもの(措置の内容までは特定しないもの)と
B一定の期間内に特定の措置を講ずべきというもの(措置の内容を特定するもの)
の2通り。
本件指示はB。

Aの類型:「相当の期間」の経過があれば足りる(不作為の違法確認の訴えに関する行訴法3条5項、普通地方公共団体の不作為に関する国の訴えに関する地自法251条の7第1項参照)

Bの類型:これに加えて、
①特定の措置を講ずべきことがその根拠となる法令の規定から明らかであると認められ、又は
②当該措置を講じないことが裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められること
が必要。(義務付けの訴えに関する行訴法37条の2第5項、37条の3第5項参照)

◎ 「法令」の文言は、刑訴法335条1項のように、地方公共団体が制定する条例及び規則を含むものとして使用される場合もあるが、
地自法245条の7第1項にいう「法令」は、法律又はこれに基づく政令をいうと解されている。
漁業法65条1項1号等は、都道府県知事に規則の制定を授権する規定であって、その文言を形式的に当てはめると、当該規則に基づく個別具体的な措置に瑕疵があることから直ちに、「法令」である漁業法65条2項1号等に違反するとまではいい難いようにも思われる。
but
漁業法65条2項1号等は、都道府県知事の定める規則のみではなく、当該規則及びこれに基づく行政庁の個別具体的な措置(裁量判断)の双方により、漁業法及び水産資源保護法の目的を達成しようとする趣旨の規定。

・・・・

漁業法65条2項1号等は、都道府県知事による規則の制定に当たり、専門技術的な事情に即した妥当な措置がされることを確保するため、当該措置を個別の事案ごとの行政庁の裁量判断に委ねることを当然に予定。

本判決:
漁業法65条1項1号趣旨を踏まえ、本件規則41条1項に基づく特別採捕許可に関する県知事の判断は、裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たると認められる場合には、
地自法245条の7第1項所定の法令の規定に違反していると認められるものに該当。

●本件申請の必要性を認めなかった県知事の判断の適否
◎ 判断枠組み:
特別採捕許可に関する県知事の判断(作為)は、裁量判断

これが裁量権の行使としてされたことを前提とした上で、その判断要素の選択や判断過程に合理性を欠くところがないかを検討し、重要な事実の基礎を欠く場合、又は社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限り、裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たると認めるのが相当(最高裁H18.2.7)。

特別採捕許可の申請に対して応答しない県知事の不作為についても、これが裁量権の行使に基づくものである場合には、前記の作為と別異に解すべき理由はない。
(義務付けの訴えに関する行訴法37条の2第5項、37条の3第5項参照)

行手法5条に基づいて審査基準が定められ公にされている⇒審査基準の定める要件の充足が認められる場合には、申請を認容しない県知事の対応は、これを相当と認めるべき特段の事情がない限り、裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たると解すべき(行手法12条処分の基準に関する最高裁H27.3.3)。

◎ 本件各申請は、本件さんご類を本件埋立事業から避難させることを目的
⇒本件指示の時点で、本件地盤工事を追加して行う必要があるとされていた本件埋立事業について、沖縄防衛局において、本件さんご類の生息場所及びその近辺で予定されている本件護岸工事を適法に行うことができたかが問題。

公有水面埋立法上、国の官庁は、都道府県知事の承認を受けて初めて、埋立てを適法に実施し得る地位を得ると解されており(最高裁R2.3.26)、変更後の設計の概要による埋立てについても同様に解するのが相当。
but
同法上、当初の承認を受けた後に設計の概要を変更する必要が生じた場合に、当該承認に基づく工事を中断すべき旨の規定はない⇒当該官庁は、当該変更の承認を受けていない段階でも、当該変更 に含まれない範囲の工事については、特段の事情のない限り、当初の願書に記載された設計の概要に基づいて適法に実施し得ると解される。
⇒沖縄防衛局は、本件埋立承認に係る設計の概要に基づき、本件護岸工事を適法に実施し得る地位を有していた。

X:さんご類の移植後の生存率が高くない(移植から4年後の生存率が20%以下というデータもある。)⇒本件各申請の内容に必要性があると認められるには、本件さんご類の一定割合の死滅を正当かし得る事情として本件埋立事業の目的達成の見込みがあることを要する。
but
埋立区域の相当部分に本件地盤工事の実施が必要であり、本件指示の時点でこの工事を追加する旨の本件変更申請すらされていなかった
⇒前記見込みを認めることはできない⇒前記必要性を認めることはできない。

◎判断:
Xの前記判断について、
当然考慮すべき事項を十分に考慮していない一方で考慮すべきでない事項を考慮⇒社会通念にてらし著しく妥当性を欠いたものとして、裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たる。
水産資源の保護培養を図るなどの漁業法及び水産資源保護法の目的を実現するには、本件護岸工事により死滅するおそれのある本件さんご類を避難させる必要があった。
本件埋立承認及びその出願の内容等に照らすと、当該出願の転付図書に適合する妥当な環境保全措置が採られる限り、本件護岸工事の実施は、前記目的に沿う。

Xの前記判断は、この工事を適法に実施し得る沖縄防衛局の地位を侵害するという不合理な結果を招来する。

反対意見:
本件地盤工事の対象となっている水域(本件軟弱区域)が広範囲に及んでいて本件護岸工事のみを実施することに意味はない
⇒本件各申請を審査するに当たっては、本件埋立事業の目的が達成される見込み(具体的には本件変更申請が承認される蓋然性)の有無や程度等が考慮すべき事項に含まれる
⇒Xの前記判断が裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たると認めることはできない。

判例時報2506・2507

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滞納処分による配当金の充当関係

最高裁R3.6.22

<事案>
Y(北海道稚内市)の市長は、Xの市民税及び道民税のうち平成21年度分から同23年度分までのもの並びにその延滞金等につき、滞納処分により徴収。
その後、本件市道民税の税額を減少させる各賦課決定をするとともに、
Xに対し、これによる過納金の還付及び還付加算金の支払をした。
Xが、市長による前記過納金の額の計算に誤り⇒Yに対し、不足分の過納金の還付及び還付加算金の支払を求めるとともに、国賠法に基づく損害賠償を求めた。

<主張>
X:本件各対応処分において差押えに係る地方税に配当された金銭であって、本件各減額賦課決定がされた結果配当時に存在しなかったこととなる年度分の市道民税に充当されたものについては、当該差押えに係る地方税のうちその配当時に存在していた他の年度分の市道民税に充当されるべきであり、その充当後の滞納税額を基礎として延滞金の額を計算すべき

<判断>
複数年度分の普通徴収に係る個人の市町村民税及び道府県民税を差押えに係る地方税とする滞納処分において、当該差押えに係る地方税に配当された金銭であって、その後に減額賦課決定がされた結果配当時に存在しなかったこととなる年度分の個人住民税に充当されていたものは、その配当時において当該差押えに係る地方税のうち他の年度分の個人住民税が存在する場合には、民法489条の規定に従って当該個人住民税に充当される。

<解説>
● 本件指導民税については、賦課決定により一旦確定した税額が、本件各減額賦課決定により減額されており、この減額賦課決定は、従前の負荷決定の一部取消し(講学上の職権取消し)に相当。
処分に当初から瑕疵があったことを前提とする職権取消しの効果は遡及的に生ずるものと解するのが一般的。
本件各減額賦課決定も、当初から賦課決定に瑕疵(税額等の計算の誤り)があったことを理由とする⇒その効力は遡及的に生じる⇒本件市道民税のうち、本件各減額賦課決定により減少した税額に係る部分は、当初から存在しなかったこととなる。

本件の争点:
本件各滞納処分(複数年度分の市道民税を差押えに係る地方税とするもの)において、差押えに係る地方税に配当された金銭であって、その後に本件各減額賦課決定がされた結果配当時に存在しなかったこととなる年度分の市道民税に充当されていたものの帰すう。

市長:
当該金銭は直ちに過納金となり、そのままXに還付すべきものとした。
X:
当該金銭は、当該差押えに係る地方税のうちその配当時に存在していた他の年度分の指導民税に充当されるべき。

●配当金の充当に関する規律
民事執行について、昭和62年最判は、
担保不動産競売の手続における同一の担保権者に対する配当金がその担保権者の有する数個の被担保債権の全てを消滅させるんじ足りない⇒その配当金は当該数個の債権について改正前民法489条ないし491条の規定に従った弁済充当(法定充当)がされるべきものであって、債権者による指定充当は許されない。

担保不動産競売の手続は執行機関がその職責において遂行するものであって、配当による弁済に債務者又は債権者の意思表示を予定しないものであって、
同一債権者が数個の債権について配当を受ける場合には、画一的に最も公平、妥当な充当方法である法定充当によることが、競売制度の趣旨に合致。

以上の趣旨は、強制執行における配当にも及ぶものと解されている。

◎ 滞納処分における配当金:
いわゆる本税優先の原則(税徴法129条6項、地税法14条の5第1項)が規定
but
法令上の規定も最高裁判例も存在しない。
滞納処分は租税債権者が自ら租税債権の強制的実現を図る手段⇒租税債権者(税務署長等)がその裁量により前記の充当の順序を決めることができると説明されてきた。
but
税徴方基本通達第129条関係19は、
徴収の基因となった国税が複数ある場合、本税と本税の相互間は、民法488条4項2号及び3号(改正前民法489条2号及び3号)の規定に準じて処理するものとし、参考判例として昭和62年最判を掲げている。

●本判決の判断
遡及効肯定。

複数の地方税を差押さに係る地方税とする滞納処分において、当該差押えに係る地方税に配当された金銭は、当該複数の地方税のいずれかに滞納分が存在する限り、法律上の原因を欠いて徴収されたものとなるのではなく、当該滞納分に充当されるべきもの。
滞納処分制度が地方税等の滞納状態の解消を目的とするもの⇒前記のように当初の充当が効力を有しないこととなった配当金についても同様に妥当し、当該配当金は、その配当時において差押えに係る地方税法のうちに他に滞納分が存在する場合には、これに充当されるべきもの。

滞納処分制度が設けられている趣旨⇒当初の充当が効力を有しないこととなった配当金について他に充当されるべき差押えに係る地方税が存在する場合には、債務の充当に係る画一的かつ最も公平、妥当な充当方法である改正前民法489条の規定に従った充当(法定充当)がされるものと介すべき。

● 過納金は還付加算金が付されて還付されるが(地税法17条の4第1項)、延滞金の利率は還付加算金の利率よりも原則として年7.3%も高い⇒当該配当金がそのまま過納金として還付されて他の滞納分に充当されないとすると、納税者は、当初から瑕疵のない賦課決定に基づく徴収がされた場合と比べて、この還付加算金と延滞金との差に相当する負担を強いられる結果となる。

判例時報2508

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