原子力規制委員会の発電用原子炉の設置変更許可が違法とされた事例
大阪地裁R2.12.4
<事案>
福井県等に居住するXらが、原子力規制委員会がZ(被告参加人・関西電力)に対してした大飯発電所3号機及び4号機に係る発電用原子炉の設置変更許可(本件処分)は、前記許可の申請(本件申請)が、当時の「実用発電用原子炉及びその付属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則」(設置許可基準規則)で定める基準に適合するものでないにもかかわらずされた⇒当時の各原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律43条3の8第2項において準用する43条の3の6第1項4号に反し違法⇒Y(国)に対して、その取消しを求めた。
<争点>
本案の争点(本件処分の適法性)の中では、本件申請について、基準地震動の策定の点が設置許可基準規則4条3項に適合するとした原子力規制委員会の判断の合理性が中心的な争点。
<解説>
設置許可基準規則4条3項:
耐震重要施設は、その供用中に当該耐震重要施設に大きな影響を及ぼすおそれがある地震による加速度によって作用する地震力(基準地震動による地震力)に対して安全機能が損なわれるおそれがないもでなければならない旨を規定。
原子力規制委員会:
設置許可基準規則の解釈について、「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則の解釈」(規則の解釈)
⇒「断層モデルを用いた手法に基づく地震動評価」を実施しなければならない。
基準地震動の策定等に係る診察について、「基準地震動及び耐震設計方針に係る審査ガイド」(地震動審査ガイド)
⇒震源モデルの設定について、地震調査研究推進本部による「震源断層を特定した地震の強震動予測手法」(推本レシピ)等の最新の研究成果が考慮されていることを確認する旨など、規定。
<争点>
本件でへは、基準地震動の策定過程のうち、震源モデルの設定、特に地震規模(地震モーメント)の設定の当否が争われた。
具体的には、
①入倉・三宅式の合理性、
②入倉・三宅式に基づき計算された地震モーメントをそのまま震源モデルにおける地震モーメントの値とすることの合理性
の双方が争われた。
<判断>
●司法審査の枠組みについて、いわゆる伊方原発訴訟最高裁判決H4.10.29に倣い、原子力規制委員会に専門技術的裁量を認める旨を説示。
●本件ばらつき条項の意義
地震動審査ガイドに本件ばらつぎ条項が設けられた経緯等
①
②
③
⇒
本件ばらつき条項の第2文(「その際、経験式は平均値としての地震規模を与えるものであることから、経験式が有するばらつきも考慮されている必要がある。」)は、
経験式を用いて地震モーメントを設定する場合には、経験式によって算出される平均値をもってそのまま震源モデルにおける地震モーメントとして設定するのではなく、
実際に発生する地震の地震モーメントが平均値より大きい方向にかい離する可能性を考慮して地震モーメントを設定するのが相当であるという趣旨をいうものと解される。
but
明示的に定められておらず、「経験式が有するばらつきも考慮されている必要がある」と定められている。
⇒他の震源特性パラメータの設定に当たり、前記のような方法で地震モーメントを設定するのと同視し得るような考慮など、相応の合理性を有する考慮がされていれば足りる。
⇒
基準地震動の策定に当たっては、経験式が有するばらつきを検証して、経験式によって算出される平均値に何らかの上乗せをする必要があるか否かを検討すべきもの。
その結果、例えば、
経験式が有するばらつきの幅が小さく、他の震源特性パラメータの設定に当たり適切な考慮がされているなど、経験式によって算出される平均値に更なる上乗せをする必要がないといえる場合には、経験式によって算出される平均値をもってそのまま震源モデルにおける地震モーメントの値とすることは妨げない。
●本件における検討
本件申請において基準地震動を策定する際、地質調査結果等に基づき設定した震源断層面積を入倉・三宅式に当てはめて計算された地震モーメントをそのまま地震モーメントの値としたものであり、
例えば、入倉・三宅式が経験式として有するばらつきを考慮するために、その基礎となったデータセットの標準偏差分を加味するなどの方法により、実際に発生する地震の地震モーメントが平均値より大きい方向にかい離する可能性を考慮して地震モーメントを設定する必要があるか否かということ自体を検討しておらず、現に、そのような設定(上乗せ)をしなかった。
・・経験式が有するばらつきについて検討した形跡はなく、また、地震モーメント以外の震源特性のパラメータの設定に当たり、・・・地震モーメントを設定するのと同視し得るような考慮がされたかという観点からの検討がなされた形跡もない。
本件ばらつき条項の第2文は、経験式が有するばらつきを考慮して、経験式によって算出される平均値に何らかの上乗せをする必要があるか否かということ自体を検討することを求めているのであるが、原子力規制委員会においてそのような検討をしたという主張も立証もない。
⇒
本件申請について、基準地震動の策定に当たり、入倉・三宅式に基づき計算された地震モーメントをそのまま震源モデルにおける地震モーメントの値としているにもかかわらず、原子力規制委員会は、経験式である入倉・三宅式が有するばらつきを考慮した場合、これに基づき算出された値に何らかの上乗せをする必要があるか否か等について何ら検討することなく、本件申請が設置許可基準規則4条3項に適合し、地震動審査ガイドを踏まえているとした。
⇒
原子力規制委員会の調査審議及び判断の過程には、経験式の適用に当たって一定の補正をする必要があるか否かを検討せずに、漫然とこれに基づいて地震モーメントの値を設定したという点において、看過し難い過誤、欠落がある。
⇒
新規制基準に基づいてされた設置変更許可処分について、基準地震動の策定に関する審査の不合理を理由としてこれを取り消した。
<解説>
●伊方最判
伊方最判は、前の法を前提とする判例。
but
原子炉施設の安全性に関する審査の性質等、伊方最判が行政庁に専門技術的裁量を認めな根拠となるべき事情は失われていないものと考えられる。
本判決:これに加えて、原子力規制委員会設置法により担保された原子力規制委員会の専門性・独立性に関する定めにも言及。
本判決:原子炉設置(変更)許可の段階における安全審査の対象が基本設計の安全性に関わる事項のみとする点についても伊方最判を踏襲。
but
新規制基準においては、基本設計と詳細設計の区別が相対化してきた旨の指摘。
●裁量権の範囲の逸脱・濫用についての司法審査の方法
近時の最高裁判例:
A:考慮事項に着目した審査
①判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により重要な事実の基礎を欠くこととなる場合、又は、
②事実に対する評価が明らかに合理性を欠くこと、判断の過程において考慮すべき事情を考慮しないこと等によりその内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限り、
裁量権の範囲の逸脱・濫用となる旨の審査方法。
B:伊方最判の審査方法(審査基準に着目した審査)
Aの方法:
判断の過程において考慮すべき事項を考慮しないことが直ちに裁量権の範囲の逸脱・濫用になるのではなく、その結果、判断の内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に裁量権の逸脱・濫用になる旨の指摘。
Bの方法:
行政実体法上、判断の内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる否か等についての裁判所の判断の余地を基本的に否定されており、
裁判所は審査基準の合理性と審査基準の適用過程の合理性のみを審査することになる。
←
伊方最判の枠組みにおいては、「その内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限り」という限定がされていない⇒専門機関の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があり、行政庁の判断がこれに依拠してされていればそれだけで、当該判断に不合理な点があるものとして、当該判断に基づく処分は違法とされる。
●本判決
伊方最判の枠組み(中程度の審査)にのっとって、審査基準である設置許可基準規制、規則の解釈、地震動審査ガイド(特に本件ばらつき条項)を解釈して、原子力規制委員会による審査基準の適用に看過し難い過誤、欠落があるかを審査した結果、これを肯定。
判例時報2504
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