自動車運転者を利用した殺人未遂の間接正犯が認められた事例
最高裁R3.1.29
<事案>
老人ホームで准看護師をしていた被告人が、
(1)同僚のAにひそかに睡眠導入剤を摂取させ、A車を運転して帰宅するよう仕向けた⇒走行中のAを仮睡状態等に陥らせ、A車を対向車線に進出させ、B運転車両に衝突⇒A死亡、B傷害
(2)同僚のC及びその夫のDに睡眠導入剤を摂取⇒D車事故でC、D、E傷害
~
自働車運転者を利用した間接正犯の事案。
被告人は、傷害罪のほか、
Aに対する殺人罪、
BCDEに対する各殺人未遂罪
で起訴され
A~Eに対する殺意を争う。
<1審・原審>
1審:各殺意を認め、懲役24年
⇒控訴
原審:対向車の運転者であるB及びEに対する殺意を認めた1審には事実誤認があるとして、差し戻し
当事者双方から上告
検察官:B及びEに対する殺意が認められるとし、刑訴法382条にいう事実誤認の意義等について判示した最高裁H24.2.13等の判例違反、同条の解釈適用の誤り、事実誤認等を主張。
弁護人:ACDに対する殺意を争うなどとして、刑法199条の解釈適用の誤り、事実誤認等。
<判断>
いずれも適法な上告理由に当たらないとしつつ、
職権により、検察官の上告趣意をいれ、
原判決には刑訴法382条の解釈適用を誤った違法がある⇒破棄して、被告人の控訴を棄却。
<解説>
●未必の故意と認識ある過失の区別
判例・実務:
認容説
死の結果に対する認識・認容を殺意と評価。
but
消極的認容に実質はなく、認容説を採用しているとは限らないとする見解。
第1審:
被告人の行為は、運転者、同乗者のみならず、巻き込まれた第三者を死亡させる事故を含め、あらゆる態様の事故を引き起こす危険性が高く、被告人はその危険性を現実のものとして認識していた。
⇒Aら及び事故に巻き込まれた第三者が死亡するかもしれないがそれでもやむを得ないという未必の殺意があった。
原判決:
・・・・死亡の可能性は低かった。
人が死亡する危険性が高いとはいえない行為についての殺意を認めるためには、人の死亡の危険性を単に認識しただけでは足りず、その人が死亡することを期待するなど、意思的要素を含む諸事情に基づいて、その人が死亡してもやむを得ないと認容したことを要する」という判断の枠組み。
⇒
Aらと事故の相手方を区別することなく、認識の対象となる危険性の程度を引き下げ、あらゆる態様の事故を引き起こす危険性の認識のみに基づいて殺意を認めた第1審判決は、判断枠組みないし認定手法を誤っている。
結果発生の認識・認容を要求する判例・実務の立場を前提としても、殺意の存否にとっては、死亡結果発生の危険性を十分に認識していたといえるかが決定的に重要であり、第1審判決と原判決の1次的な判断の分かれ目は、死亡の危険性及びその認識にあったといえる。
●最高裁H24.2.13:
刑訴法382条の事実誤認とは、第1審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることをいうものと解するのが相当である。⇒控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには、第1審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要。
本判決:
第1審判決を、被告人の行為には事故の態様次第で事故の相手方を死亡させることも具体的に想定できる程度の危険性があり、被告人はその危険性を認識しながらAやDに運転を仕向けたとして、B及びEに対する未必の殺意を認めたものと解し、認識の対象となる危険性の程度を引き下げているとの原判決の指摘は、必ずしも第1審判決を正解したものとはいえない。
死亡の危険性について、
①Aらが自らの判断で運転を止める可能性や他の者が運転を制止する可能性は低かった
②顕著な急性薬物中毒の症状を呈していたAらが仮睡状態に陥り、制御不能となったA車やD車がAらの自宅までの道路を走行すれば、交通事故を引き起こして事故の相手方が死亡することも十分あり得る事態
⇒
原判決は、第一審判決の危険性の評価が不合理であるとするだけの説得的な論拠を示しているとはいい難い。
~
死亡の危険性は低かったとする原判決の評価はそれ自体が不合理であるとするものか、確実性の高い経験則を用いておらず、第1審判決とは別の見方もあり得ることを示したにとどまり、不合理の論証には成功していないとするもの。
本判決:
被告人が、ひそかに摂取された睡眠導入剤の影響によりAらが仮睡状態等に陥っているものを現に目撃しており、第1事件の前にはその影響によりAが物損事故を起こしたこと、第2事件の前には第1事件でAが死亡したことを認識していた
⇒B及びEを含む事故の相手方に対する殺意を認めた第1審判決の判断に不合理な点があるとはいえない。
⇒
刑訴法382条の解釈適用の誤りは判決に影響を及ぼし、破棄しなければ著しく正義に反する。
判例時報2504
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