ピンク歯が頸部圧迫による窒息死を示す所見との法医学者の証言の証拠能力・証明力
東京高裁R2.12.10
<事案>
被告人が被害者に対し、殺意をもって、睡眠改善薬を摂取させた上、頸部を圧迫して窒息死させたとされる事案。
死因について直接証拠なし。
<原審>
被害者の死体の歯牙が広範囲に鮮明なピンク色に変色していたこと⇒頸部圧迫による窒息死と認められるとの法医学者の証言の信用性を肯定し、被告人の犯人性も肯定。
<控訴審>
ピンク歯に関する法医学者の証言の証拠能力が疑われた。
<解説>
科学的証拠の証拠能力についても、一般に要求される関連性以上の要件は不要とするのが実務の傾向。
足利事件最高裁決定(最高裁H12.7.17):
MCT118DNA型鑑定が、
科学的原理が理論的正確性を有し、具体的な実施の方法も、その技術を習得した者により、科学的に信頼される方法で行われたと認められることを指摘し、証拠の許容性を肯定。
~
A:科学的証拠の許容性を肯定するには、基礎となる科学的原理の理論的正確性及び具体的な実施方法の科学的信頼性を要する
B:科学的証拠一般についてこれらを要件として積極的に要求した判示とはいえない
<判断・解説>
●本判決:
当該証人が十分な学識経験を有している⇒証拠の証拠能力を肯定
but
信用性評価の場面では、
①理論的な正確性が明らかでなく、
②著名なピンク歯の評価を確実に行う手法も確立されていない
⇒同証言の信用性を否定。
●法医学においては、科学的な原理が未解明であっても、経験的に一定の意味があるとされている事象に基づく判断が許され得ることに加え、同証言の当否を判断するには、異なる見解に基づく専門家の証言等と対比する必要がある。
⇒証拠採否の段階で決着をつけるのは相当でなく、公判廷における証拠調べによって信用性や証拠価値を吟味すべきとの考えに基づく。
←
科学的証拠の信頼性に関する事実は、科学的証拠の信用性や証拠価値といった本来裁判員と裁判官との評議で判断すべき事項と密接不可分⇒公判前整理手続において、科学的証拠の信頼性を1から検討し、その信頼性の有無、程度を実質的に判断してしまうような本格的審査は妥当ではない。
●原審において4名の法医学者が証言したとkろ、そのうち司法解剖を担当したB教授は、D教授の前記証言とは異なり、ピンク歯が頸部圧迫による窒息死に特異的な所見ではなく、重視しない旨証言。
原審:
①D教授が、頸部圧迫による鬱血によって著名なピンク歯が形成される合理的根拠を述べている
②B教授はピンク歯に関sるう深い知見を有しているわけではない
③著名なピンク歯が生じている場合についてまで頭部鬱血が生じてことを否定する理由についてB教授が特段の根拠を示していない
ことを指摘。
vs.
②について、B教授も多数の司法解剖等の経験を有する専門家であり、学識経験等の差から証言の信用性に差があると判断することは不合理。
③について、B教授の証人尋問において、D教授のいう著名なピンク歯の所見がある場合についての質問はない⇒この点についてはB教授の見解は不明というほかない。B教授は、D教授が著名なピンク歯と認めるAの死体よりも濃いピンク歯が溺死体で認められたことなどを挙げて、ピンク歯が頸部圧迫による窒息死に特異的な所見ではないと証言⇒著明なピンク歯の所見がある場合でも、頸部圧迫による頭部鬱血が生じていたとは言い切れない根拠を示しているともいえる。
本判決:
原審の審理の問題点について付言しているが、複数の専門家証人の尋問に当たっては、意見の相違点がが明確になるよう、対質の実施を含め、尋問方法の工夫が必要であるとの指摘。
●本判決:自判せず、原審裁判所に差し戻し。
←
被害者に睡眠改善薬を摂取させた事実も公訴事実の殺人の実行行為に含まれると解した上で、それを踏まえるならば審理は尽くされていないと考えたことによる。
判例時報2502
大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
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