最高裁R3.5.17
<事案> ・・・
国に対し、建設作業従事者が石綿含有建材から生ずる石綿粉じんにばく露することを防止するために国が労安法に基づく規制権限を行使しなかったことが違法⇒国賠法1条1項に基づく損害賠償を求めるとともに、
建材メーカーらに対し、建材メーカーらが石綿含有建材から生じる粉じんにばく露すると石綿関連疾患にり患する危険があること等を表示することなく石綿含有建材を製造販売したことにより本件被災者らが前記疾患にり患⇒不法行為に基づく損害賠償を求めた。
<争点>
(1)国に対する国賠請求:
①労働者に対する責任:
屋内建設現場における建設作業(石綿吹付け作業を除く。)に従事して石綿粉じんにばく露した労働者との関係において、国の規制権限の不行使は国賠法1条1項の適用上違法となるか
違法となるとして、その始期及び終期はいつか。
②労働者以外の者に対する責任:
屋内建設現場における建設作業(石綿吹付け作業を除く。)に住して石綿粉じんにばく露した者のうち労安法2条2号において定義された労働者に該当しない者(いわゆる1人親方及び個人事業主等)との関係において、国の規制権限の不行使は国賠法1条1項の適用上違法となるか。
(2)建材メーカーらに対する不法行為に基づく損害賠償請求:
①民法719条1項後段の要件:
被害者によって特定された複数の行為者のほかに被害者の損害を惹起し得る行為をした者が存在しないことは、民法719条1項後段の適用の要件か否か
②中皮腫にり患した大工らに対する建材メーカーの責任:
大工らが、建設現場において、複数の建材メーカーが製造販売をした石綿含有建材を取り扱うなどして、累積的に石綿粉じんにばく露し、中皮腫にり患した場合に、大工らが稼働する建設現場に相当回数にわたり到達して用いられていたことが認められる石綿含有建材を製造販売した建材メーカーがどのような責任を負うか。
③石綿肺、肺がん又はびまん性胸膜肥厚にり患した大工らに対する建材メーカーの責任:
大工らが、建設現場において、複数の建材メーカーが製造販売した石綿含有建材を取り扱うなどして、累積的に石綿粉じんにばく露し、石綿肺、肺がん又はびまん性胸膜肥厚にり患した場合に、大工らが稼働する建設現場に相当回数にわたり到達して用いられていたことが認められる石綿含有建材を製造販売した建材メーカーがどのような責任を負うか。
<判断>
●国に対する国賠請求
◎労働者に対する責任
労安法に基づく規制権限の不行使は、労働者との関係において、昭和50年10月1日以降、国賠法1条1項の適用上違法。
国の規制権限の不行使が国賠法1条1項の適用上違法となる終期:平成16年9月30日
◎労働者以外の者に対する責任
労安法に基づく規制権限の不行使は、労安法2条2号において定義された労働者に該当しない者との関係においても、国賠法1条1項の適用上違法である。
●建材メーカーらに対する不法行為に基づく損害賠償請求
◎民法719条1項後段の要件
被害者によって特定された複数の行為者のほかに被害者の損害をそれのみで惹起し得る行為をした者が存在しないことは、民法719条1項後段の適用の要件である。
◎中皮腫にり患した大工らに対する建材メーカーの責任
本件3社は、民法719条1項後段の類推適用により、中皮腫にり患した大工らの各損害の3分の1について、連帯して損害賠償責任を負う。
◎石綿肺、肺がん又はびまん性胸膜肥厚にり患した大工らに対する建材メーカーの責任
本件3社は、民法719条1項後段の類推適用により、石綿肺、肺がん又はびまん性胸膜肥厚にり患した大工らの各損害の3分の1について、連帯して損害賠償責任を負う。
<解説>
●国に対する国賠請求
◎規制権限の不行使が国賠法1条1項の適用上違法となる場合についての判例法理
最高裁:
国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国賠法1条1項の適用上違法となる。
◎始期の問題
①昭和49年1月1日
②昭和50年10月1日
③昭和51年1月1日
④昭和56年1月1日
に判断が分かれていた。
本判決:②に統一。
規制権限の不行使の違法を判断する際の考慮要素:
泉南アスベスト訴訟判決の調査官解説:
①規制権限を定めた法が保護する利益の内容及び性質
②被害の重大性及び切迫性
③予見可能性
④結果回避可能性
⑤現実に実施された措置の合理性
⑥規制権限行使以外の手段による結果回避困難性(被害者による結果回避可能性)
⑦規制権限行使における専門性、裁量性
などの諸事情を総合的に検討して、違法性を判断。
本件:総合的検討の中で、特に予見可能性をめぐる問題が重要
原判決:
昭和50年当時、国による当時の石綿粉じん対策は不十分。
but
国は、当時、建設現場における石綿粉じんの実態を把握しておらず、建設現場において石綿粉じんにばく露することにより、建設作業従事者に広汎かつ重大な危険が生じていると認識していなかった
⇒昭和55年12月31日以前の国の規制権限の不行使は、許容される限度を超えて著しく不合理なものとはいえない。
本判決:
国は建設現場における石綿粉じん濃度の測定等の調査を行うべきであり、調査を行えば、国は、石綿吹付け作業に従事する者以外の建設作業従事者にも、石綿関連疾患にり患する広汎かつ重大な危険が生じていることを把握することができた
⇒国の規制権限の不行使を著しく不合理なものとした。
◎終期の問題
国の規制権限の不行使が国賠法1条1項の適用上違法となる終期:
①平成7年3月31日
②平成16年9月30日
③平成18年8月31日
で②に統一。
◎一人親方等の問題
①労安法57条が義務付ける石綿含有建材の表示については物の危険性に着目した規制
②昭和50年9月30日の改正後の特定化学物質等障害予防規則38条の3が義務付ける石綿含有建材を取り扱う建設現場における掲示については場所の危険性に着目した規制
⇒
いずれも労働者に該当しない者も保護する趣旨のもの。
●建材メーカーらに対する不法行為に基づく損害賠償請求
<規定>
民法 第七一九条(共同不法行為者の責任)
数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは、各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う。
共同行為者のうちいずれの者がその損害を加えたかを知ることができないときも、同様とする。
◎民法719条1項後段の要件
択一的競合関係(複数の行為者のうちいずれかの行為によって損害が発生したことは明らかであるが、いずれの行為が原因であるかは不明)の場合に適用。
同項後段が適用されるのは、「加害者であり得る者が特定でき、ほかに加害者となり得る者は存在しないこと」(「他原因不存在」)が要件となる。
以上通説。
少数説:「ほかに加害者となり得る者は存在しないこと」は、民法719条1項後段の適用の要件ではない。
本判決:
通説の立場。
民法719条1項後段の趣旨について、
同項後段は、複数の者がいずれも被害者の損害をそれのみで惹起し得る行為を行い、そのうちのいずれの者の行為によって損害が生じたのかが不明である場合に、被害者の保護を図るために、公益的観点から、因果関係の立証責任を転換して、上記の行為を行った者らが自らの行為と損害との間に因果関係が存在しないことを立証しない限り、上記の者らに連帯して損害の全部について賠償責任を負わせる趣旨の規定。
~
同項後段が因果関係の推定の規定であることを明言。
◎民法719条1項後段の類推適用
本判決:類推適用を肯定。
A:行為の関連性がある場合にのみ類推適用を肯定する見解
B:結果の発生に何らかの寄与がある場合にのみ類推適用を肯定する見解
C:行為の関連性がある場合にも、結果の発生に何らかの寄与がある場合にも、類推適用を肯定する見解
D:行為に関連性があり、かつ、結果の発生に何らかの寄与もある場合に類推適用を肯定する見解
〇本判決の分析:
本件3社が製造販売した石綿含有スレートボード・フレキシブル板、石綿含有スレートボード・平板及び石綿含有けい酸カルシウム板第1種(「本件ボード3種」)が大工らの稼働する建設現場に相当回数にわたり到達していたことを前提とする。
下級審において、建材メーカーらの共同不法行為のせいりつのために、特定の建材メーカーの石綿含有建材が特定の被災者の稼働する建設現場に到達したことを原告側が立証する必要があるか否かが争われ、
学説の中にも、到達の立証は不要であり、到達の「相当程度の可能性」で足りる旨の見解。
本判決:石綿含有建材の建設現場への到達が認められることを前提に民法719条1項後段の類推適用を肯定。
大工らが、建設現場において、本件ボード3種を直接取り扱っていたことが考慮事情となっている。
大工らが本件ボード3種を直接取り扱っていた⇒大工らが本件ボード3種を切断などする際に石綿粉じんにばく露していた。
本件3社が製造販売した本件ボード3種が、大工らが稼働する建設現場に相当回数にわたり到達していた用いられていた⇒大工らは、本件3社が製造販売した本件ボード3種から生じた石綿粉じんにばく露していたということ、ひいては、本件3社は大工らの石綿関連疾患の発症に何らかの寄与をしていた。
本判決では、大工らが、建設現場において、複数の建材メーカーが製造販売した石綿含有建材を取り扱うことなどにより、累積的に石綿粉じんにばく露したことが、建材メーカーにとって想定し得た事態というべきであるとされている。
本件3社は、いずれも、石綿含有建材メーカーであり、本件ボード3種を製造販売し、製造販売した本件ボード3種が大工らの稼働する建設現場に到達していたという点でも、共通。
~
弱い関連共同性論に依拠しないで結果の発生に何らかの寄与があることに着目して類推適用を肯定する見解⇒本判決の結論を説明できる。
but
本件3社には、本件含有建材のメーカーとして本件ボード3種を製造販売し、製造販売した本件ボード3種が大工らの稼働する建設現場に到達したという共通性等⇒行為の関連性に着目して類推適用を肯定する見解から本判決の結論を説明することもできる。
◎本判決:
民法719条1項後段の類推適用の効果として、因果関係の立証責任が転換されることを明示。
同項後段の趣旨について、被害者の保護を図るため、公益的観点から、因果関係の立証責任を転換するものと説示。
同項後段の類推適用の場面でも、被害者保護の見地から、・・・同項後段が適用される場合との均衡を図って、同項後段の類推適用により、因果関係の立証責任が転換されると説示。
~
同項後段の適用・類推適用の双方について、因果関係の推定の効果を認めた。
◎本判決:
本件3社は、大工らの各損害の3分の1について、連帯して損害賠償責任を負うとし、賠償責任を損害の一部に限定。
本件においては、・・・大工らが本件ボード3種を直接取り扱ったことによる石綿粉じんのばく露量は、各自の石綿粉じんのばく露量全体の一部にとどまるという事情があるから、・・・・こうした事情等を考慮して定まるその行為の損害の発生に対する寄与度に応じた範囲で損害賠償責任を負うというべきである。
寄与度減責については、
加害者・被害者間の関係、加害者間の公平、その他諸般の事情を総合考慮して具体的妥当な結論を導くための操作であり、過失相殺と同様に事案に応じて柔軟な適用が必要とされるもの(能見)。
寄与度について、裁判所が妥当な結論を導くために諸般の事情を総合考慮して裁量的に判断するものと解する⇒本件3社が製造販売した本件ボード3種からの石綿粉じんのばく露量の割合と、本件3社が負う損害賠償責任の割合が一致していなくても、特に問題はないものと思われる。
本件ボード3種を製造販売し、製造販売した本件ボード3種が大工らの稼働する建設現場に到達していた建材メーカー間に弱い関連共同性を肯定する立場⇒本件3社が大工らの各損害の3分の1について連帯して損害賠償責任を負うことは、自然なこと。
判例時報2502
大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
真の再生のために(事業民事再生・個人再生・多重債務整理・自己破産)用HP(大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文))
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