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2022年1月 2日 (日)

前訴での主張(相手が法定相続分割合で債務を負う)が後訴(遺言が有効であることの確認)提起を信義則違反とするかが争われた事案

最高裁R3.4.16

<事案>
● Xが、Yに対し、両名の母であるAを遺言者とする遺言(Xに財産全部を相続させるという内容のもの)が有効であることの確認を求めた事案。

● 前訴:
Y:Aの死後、Xに対し、YがAの遺産を法定相続分の割合により相続した⇒Aの死後にXが払い戻したA名義の預金の返還、Aの生前にAからXに所有権移転登記がされた不動産についてその登記の抹消登記手続等を求める訴え。
X:Yに対し、XがAの医療費等を立て替えており、YがAの立替金債務を法定相続分の割合により相続した⇒その支払を求める反訴。
X:Aとの売買等により不動産を取得したものであり、生前にAから与えられた権限に基づき預金の払戻をしたなどと主張し、前件本訴に係る請求を争うとともに、Aが本件遺言をしたと主張。
but
第1審裁判所が当事者の主張した書面には、Xの本件遺言に関する主張は記載せず。

Y:Xに対し、本件遺言が有効である旨主張するのであれば、Xの前件反訴における主張と矛盾⇒これらの主張の位置づけについて明らかにするよう述べたX:前件本訴に係る請求が本件遺言が無効であることを前提としたものであったため、これに対応して前件反訴を提起したにすぎず、主位的には本件遺言が有効であると主張するものと回答
前件では、YがAの遺産について相続分を有することは争いがないものとされ、本件遺言の有効性については判断されなかった。

<原審>
XがYに対して本件遺言が有効であることの確認を求めることは、YがAの遺産について相続分を有することが前訴で決着し、Xにより今後本件遺言が有効であると主張されることはないであろうとのYの合理的な信頼を裏切るものである上、Xが前訴においてYがAの債務を相続したと主張して前件反訴を提起していたことと矛盾
⇒本件訴えの提起は信義則に反するとして、訴えを却下すべきものとした。

<判断>
前訴判決においては、本件遺言の有効性について判断されることはなかった
前件本訴に係る請求は、Aの遺産の一部を問題とするものにすぎず、本件訴えは、前件本訴とは訴訟によって実現される利益を異にする
前訴において、Xは、本件遺言が有効であると主張していたのであり、前件反訴に関しては本件遺言が無効であることを前提とする前件本訴に対応して提起したにすぎない旨述べていた⇒Yの決着済みとの信頼は合理的なものとはいえない

Xは前件反訴において敗訴し、何ら利益を得ていない⇒本件訴えにおいて本件遺言が有効であるとの確認がされたとしても、前件反訴の結果と矛盾する利益を得ることにはならない。

本件訴えの提起が信義則に反するとはいえない。

<解説>
● 信義則違反による後訴の請求又は主張の遮断:
①権利失効(紛争の蒸し返しの禁止)の法理
②矛盾挙動禁止の法理

● 権利失効の法理:
確定判決の理由中で判断された事項等について、勝訴当事者に、既に前訴で決着がついたとの正当な信頼が生じた場合に、その理由中の判断に拘束力を認め、敗訴当事者がこれに抵触する攻撃防御方法等を提出し得ない原則。

最高裁昭和51.9.30:
後訴は実質的には紛争の蒸し返し⇒信義則により後訴を遮断。

権利失効の法理:
適時における権利行使懈怠の結果、相手方にもはや権利行使た許されないとの正当な信頼が生じた場合に、その信頼を保護しようとするもの⇒その前提として、その相手方の信頼が法的保護に値するといえる必要があり、また、それ以前の段階で権利行使すべきことが規範的に要求されていなければならない

既判力主文の判断に限り生ずるとされ(民訴法114条1項)、訴訟物を異にする請求及びそれを基礎付ける主張については、前訴判決によって何ら影響を受けないことが保障されている
相手方の決着済みとの信頼には客観的合理性が欠如している。

当事者(特に被告)には、当面勝訴するのに最も効率的な防御方法のみを提出し、少ない労力で勝訴判決を得ることが許されてしかるべきであり、他の防御方法をも提出しておかないと、後訴において失権してしまうとするのは、自由な訴訟活動についての利益を奪うとともに、当事者に対する不意打ちになるおそれがある。

権利失効の法理の適用にあたっては、考慮すべき諸事情の類型化
A:
①その判断が前訴における主要な争点についてされたものであること
②前訴・後訴が社会関係の次元における同一紛争関係から生じたもの
拘束を受ける当事者がその争点についての判断を上訴によって争いえる可能性を有していたこと
④個々の事案の具体的事情
を総合的に判断し、
ある争点につき決着済みとの合理的信頼が成立し得ないといえる事情がないこと
を要件とする見解。

B:
①前訴と後訴の実質的同一性
前訴における請求又は主張の提出可能性
紛争解決についての相手方の信頼
前訴における審理の程度
主張などの遮断を正当化するその他の事情
を総合的に考慮する見解。
拘束的効果の認められる争点をどのレベル(先決的法律関係の存否、法律行為の有効・無効、主要事実の存否等)で捉えるかは、当事者が前訴でどのレベルに焦点を合わせて攻撃防御を展開していたといえるかを判断することになる。

ex.
請求原因が所有権の存否からなる事案において、
所有権喪失の抗弁として売買契約の締結が前訴で主張された場合、
下位の争点である売買契約の解除や無効事由の再抗弁が主張されなった場合

前訴での攻防の対象が売買契約の効力そのものであったとみられる限り、後訴で前記再抗弁についての主張が遮断されることがあり得る。

本件:
YがAの遺産について相続分を有するかについては、前訴において攻防の対象とされていなかったと認められる。
前訴・後訴の係争利益の均衡・異同は、攻防の密度に影響し得る⇒権利失効の法理の適用に当たり考慮されるべき事情。

本判決:
以上の事情のほか、前訴における諸事情を考慮し、YがAの遺産について相続分を有することについて前訴で決着したとのYの信頼は合理的なものであるとはいえないと判断。

●矛盾挙動禁止の法理:
前訴における主張が認められて勝訴した当事者が、それと矛盾する主張をして前訴で得たのと両立し得ない利益を得ようとすることを禁止する原則。

Xは、前件反訴においては、立替払の事実が認められないとして請求を棄却され、敗訴している。
⇒本件遺言が有効であることが確認されたとしても、前訴で得た利益と両立し得ない利益を二重に取得することにはならない⇒矛盾挙動禁止の法理の適用の前提を欠く。

判例時報2499

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
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