弁護人となろうとする者による接見の申出の事実を告げないまま任意の取調べを継続する捜査機関の措置が国賠法上違法とされた事例
東京高裁R3.6.16
<事案>
検察庁において任意の取調べを受けていた被疑者の妻からの依頼により、本件被疑者の弁護人となろうとする者となった被控訴人兼附帯控訴人(「被控訴人」)が、本件被疑者との接見を求めたにもかかわらずこれを速やかに許さなかった検察官の違法な措置により、精神的苦痛を被ったと主張し、控訴人兼附帯被控訴人(「控訴人」)である国にに対し、国賠法1条1項に基づき、慰謝料200万円及び遅延損害金の支払を求めた。
<争点>
①任意取調べ中の被疑者との接見に関する弁護士人固有の権利又は利益の有無
②検察官により措置の違法性の有無
③慰謝料の額
<原審>
取調べの性格上、特定の事項に係る質疑等のため一定の時間を要し、即時の中断が困難な場合があること等を考慮しても、社会通念上相当と認められる範囲を超えて弁護人等の来訪を被疑者に伝えず、その結果、速やかに弁護人等との面会が実現されなかった場合には、当該捜査機関の行為は、弁護人等の弁護活動を阻害するものとして違法と評価される。
①本件取調官において取り調べを終了し、自白調書を作成⇒少なくとも被控訴人の立場からすれば、取調べの終了前の接見等の機会を奪われたものに等しい
②捜査機関は、任意の取調べに際し、取調べの継続を理由として接見を拒むことはできない
⇒
本件検察官の措置は、社会通念上相当と認められる範囲を超え、国賠法1条1項の適用上違法。
⇒
慰謝料として10万円及びこれに対する不法行為日である令和1年11月27日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容。
<判断>
身体の拘束を受けていない段階にあっても、被疑者は、接見交通権に準じて、立会人なく接見する利益(「接見の利益」)を有するのであり、また、接見の相手方である弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護士人となろうとする者(「弁護人等」)も、固有の利益として接見の利益を有する。
⇒
捜査機関は、刑訴法198条1項に基づき、被疑者の任意の出頭を求め、これを取り調べるに当たり、被疑者と弁護人等との接見の利益をも十分に尊重しなければならない。
身体の拘束を受けていない被疑者の弁護人等が、任意の取調べを受けている被疑者との間で立会人のない接見の申出をした場合には、速やかにその申出があった事実を被疑者に告げて弁護人等と接見するか任意の取調べ継続するかを捜査機関において確認すべきであって、その事実を告げないまま任意の取調べを継続する任意の取調べを継続する捜査機関の措置は、弁護人等であることの事実確認のために必要な時間を要するなど特段の事情がない限り、被疑者の接見の利益を侵害するだけではなく、その弁護人等の固有の接見の利益も侵害するものとして、国賠法1条1項の適用上違法となる。
⇒
本件控訴及び本件附帯控訴をいずれも棄却。
<規定>
憲法 第三四条[抑留・拘禁に対する保障]
何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。
刑訴法 第三九条[被疑者・被告人との接見・授受]
身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(弁護士でない者にあつては、第三十一条第二項の許可があつた後に限る。)と立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。
②前項の接見又は授受については、法令(裁判所の規則を含む。以下同じ。)で、被告人又は被疑者の逃亡、罪証の隠滅又は戒護に支障のある物の授受を防ぐため必要な措置を規定することができる。
③検察官、検察事務官又は司法警察職員(司法警察員及び司法巡査をいう。以下同じ。)は、捜査のため必要があるときは、公訴の提起前に限り、第一項の接見又は授受に関し、その日時、場所及び時間を指定することができる。但し、その指定は、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであつてはならない。
<解説>
●接見交通権
最高裁昭和53.7.10(杉山事件判決):
「捜査のために必要があるとき」(刑訴法39条3項)という接見指定につき、「捜査の中断による支障が顕著な場合」をいう。
接見交通権は弁護人依頼権を保障する憲法34条に由来し、弁護人の援助を受けることができるための刑事事件手続上最も重要な基本的権利であり、弁護人からいえばその固有権の最も重要なものの1つである。
最高裁H11.3.24(安藤・斉藤事件判決):
①憲法34条前段は弁護人から援助を受ける機会を持つことを実質的に保障するもの
②接見交通権は、同条の趣旨にのっとり、弁護人等から援助を受ける機会を確保する目的で設けられたもの⇒同条前段の保障に由来。
● 我が国の刑事事件手続:
当事者主義を基本としながら、捜査に関しては多分に糾問主義を残している。
被害者の供述を得ることにより事案の真相を明らかにすることが不可欠⇒被疑者は、捜査手続の当事者ではなく、取調べの客体として位置付けられている。
安藤・斉藤事件判決:
刑訴法39条3項の合憲性を判断する前提として、捜査権を行使するためには身体を拘束して被疑者を取調べる必要が生ずることもあるとした上、
接見交通権が憲法の保障に由来するからといって、これが刑罰権なしい捜査権に絶対的に優先するような性質のものいうことはできない。
我が国では、捜査手続において糾問主義への親和性を残しつつも、当事者主義をできるだけ保障しようとする観点から、弁護人のいわば後見的役割が重視されきた
⇒接見を通じた弁護人による援助が刑事事件手続上極めて重要なものとして位置付けられている。
●裁判例の状況
福岡高裁H5.11.16:
警察官が被疑者と弁護人となろうとする者との面会を許すなかった事案について、
刑訴法39条の趣旨は、被疑者が任意同行に引き続いて捜査機関から取調べを受けている場合においても基本的に変わるところはない。
捜査機関が、社会通念上相当と認められる限度を超えて、被疑者に対する面会申出に係る伝達を遅らせ又は伝達後被疑者の行動の自由に制約を加えたときは、弁護人等の弁護活動を阻害するものとして国賠法上違法となる。
その原審の福岡地裁H3.12.12:
被侵害利益又は権利につき、
福岡高裁:弁護人等の弁護活動
but
第1審判決:弁護権
~任意取調べ中の被疑者に対しても、刑訴法39条にいう接見交通権が保障される趣旨をいうもの。
●学説の状況
福岡高裁・第1審判決の結論支持。
but
A:任意取調べ中の被疑者についても刑訴法39条にいう接見交通権が保障される
a1:被疑者は、その法的地位に内在する包括的防御権によっていつでも弁護人による弁護を受ける権利を憲法上保障されており、憲法34条、刑訴法39条はこれを前提としつつ特に身柄拘束中の被疑者に関して接見交通権を確認するもの⇒任意出頭・取調べ中の被疑者も弁護人との接見交通権がある。
B:同条にいう接見交通権は保障されないものの、任意取調べ中の被疑者についても接見交通に準じた利益がある。
●本判決の立場
接見交通権に準じてという表現
but
接見交通権を保障する刑訴法39条ではなく、弁護人選任権を保障する刑訴法30条を法解釈の出発点に
⇒
本判決にいう接見の利益は、刑訴法39条にいう接見交通権とは別個の利益をいうものと解される。
本判決:
任意取調べ中の被疑者の接見の利益について、取調受忍義務があると解されている身柄拘束中の被疑者の接見交通権とは異なり、基本的に捜査の必要性を理由とした制約(刑訴法39条3項参照)をすることができないとする立場⇒刑訴法39条にいう接見交通権と法的性質を異にする。
福岡高裁判決・本件原判決:
被侵害利益を弁護人の弁護活動とした上で、接見の申出を伝えずに接見の利益を制約することが許容される時間につき、
福岡高裁判決:
任意捜査の性格上社会通念上相当と認められる限度を超える時間をいうもの
本件原判決:
取調べの性格上、特定の事項に係る質疑等のため一定の時間を要し、即時の中断が困難な場合があること等を考慮しても社会通念上相当と認められる範囲を超える時間をいう
学説でも角田:
任意の取調べといっても捜査機関が法律上の根拠に基づいて行うもの⇒取調べを続行するにつき合理的な理由が存するときは、取調べと面会の順序や時間に関する調整を図る協議を弁護人に対して求めることも許容される。
~
刑訴法39条3項にいう接見指定類似の措置を許容する趣旨とも解される。
捜査の必要性から接見の利益を制限することを許容する趣旨をいうものとも解される。
本判決:
社会通念上相当という基準を採用せず、接見の利益の重要性に鑑み、行為規範としての予測可能性が高い基準を示すものとして、接見の利益を制約するに当たっては捜査の必要性を考慮することは基本的には許されず、捜査機関は、弁護人等であることの事実確認ができれば、直ちに接見の申出を被疑者に伝えなければならない法的義務を負う。
●
刑事事件手続における弁護人の後見的役割の重要性は否定できない。
but
刑事事件手続における防御の主体は、あくまで被疑者等
弁護人は、被疑者等の防御を援助する地位にある
⇒
被疑者が接見の利益を自ら放棄した場合には、弁護人固有の接見の利益も消滅すると解すべき。
⇒
本判決:
被疑者が自白調書を作成された事情を考慮しても、当の本件被疑者ではなく、被控訴人個人の精神的苦痛を慰謝する額としては、原審が認定した10万円が相当であると判断。
判例時報2501
大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
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