空港で税関職員による(令状によらないない)スーツケースの解体の違法⇒証拠能力排除の事案
千葉地裁R2.6.19
<判断等>
● 警察官:(スーツケースの)解体検査については所持者の同意又は令状が必要であるとの見解の下、 本件では被告人から口頭の同意が得られていたと主張。
but
①
被告人(スロバキア共和国の国籍を有する者)は、同意書への署名を求められたのに対し「That's not OK.」と答えたと供述。
イギリス英語特有の発音⇒語尾の「OK」のみが耳に残るものであり、Aが正確に聞き取っていないとした。
②被告人が他の同意書には署名したのに、解体検査の同意書には署名しなかった。
⇒
Aにおいて被告人が口頭で同意したと認識したとしても、被告人の言動を全体として解釈すれば解体検査に同意しているとは判断できない。
● 結審後、検察官は弁論の再開を求め、関税法105条1項1号の「検査」には令状又は所持者の同意は不要である、国際郵便物の検査についての最高裁H28.12.9と同様に考えるべきと主張。
vs.
行政調査手続であっても、実力の行使にわたり、その強制が行政手続と密接に関連する場合には、裁判官の令状がなければ許されないものがあると解すべきであり、
検査が行われる状況ごとに、具体的に、
①実力の行使の有無とこれによって害される個人の法益、
②刑事手続との関連性、
③解体検査の必要性・緊急性、
④保護されるべき公共の利益との権衡
などを考慮し、同意又は令状が必要な事案か否かを判断すべき。
本件:
①解体検査で違法薬物が発見されれば所持者を現行犯逮捕するなど検査結果が刑事手続きにも用いられることを想定⇒刑事手続と密接に関連
②解体検査は強度に財産権を侵害するもので、所持者の不利益は開披検査・捜索で受ける程度をはるかに上回る
③所持者は手荷物検査に同席している⇒同意を求めることは可能であり、同意が得られない場合でも、検査が終了しなければその手荷物を持って出ることはできないと説得して、検査を拒否すると刑事罰(関税法114条の2)があることを伝えて間接的に強制し、なおも拒否する場合には、犯則調査に移行し令状を得て捜索差押を行うなどの手段がある⇒特段の事情がない限り、同意も令状もなく手荷物の解体検査を行うことは許されない。
⇒
そのいずれもないのに行われた解体検査は違法。
違法性の程度について:
①エックス線検査で異影が見られたとしてもその部分に限定することなく、覚せい剤が見つかるまで徹底的に解体したのであって、税関職員においてスーツケースのどこに隠匿されているか明確な目当てがなかった
②スーツケースは原状回復が不可能なまでに解体された
③税関職員は検査拒否の効果を説明し、通訳人の到着を待って改めて被告人に署名を求めることもできたのであって、緊急を要する事情はなかった
④被告人に検査開始の通告もせず、突如、解体検査を実施したもので、被告人の意思を抑圧するものであった
⑤被告人が2度署名拒否をしたのを一顧だにせず、結論を急いだもので、憲法35条や旅客の権利擁護に対する意識の乏しさが現れた
⇒
本件の解体検査には、憲法の趣旨からの逸脱の程度が重大で、令状主義の精神を没却するような重大な違法がある。
⇒
解体検査によって得られた覚醒剤及びその破砕物、洗浄液や、これらから派生した捜査報告書、鑑定書の証拠能力を否定。
<解説>
● 最高裁H28.12.9:
東京税関東京外郵出張所で郵便物の検査で、イランから送られてきた郵便物につき、輸入禁止品の有無を確認するため、外装箱を開披し、中にプラスチック製ボトルが入っていることを目視確認⇒TDS検査を行ったところ覚醒剤反応⇒ボトルを取り出し、蓋を開け、中に入っていた固形物を取り出し、その破砕片について試薬を用いて仮鑑定を行ったところ、陽性反応⇒分析部門の鑑定で覚醒剤であることが判明⇒差押許可状の発付を受けて郵便物を差し押さえた。
被告人:前記の郵便物検査は、郵便物を破壊し内容物を消費する行為で、プライバシー権、財産権を侵害するものであるところ、捜査を目的として、発送人・名宛人の同意なく、裁判官の発する令状もなく行われた⇒憲法35条が許容しない強制処分に当たる。.
最高裁:
関税法76条、105条1項の規定は、関税の公平確実な賦課徴収及び税関事務の適正円滑な処理という行政上の目的を、大量の郵便物について簡易迅速に実現するためのもので、税関職員が所定の検査の権限を行使するに際して、裁判官の令状を要せず、発送人・名宛人の承諾も必要とされていない。
行政手続が刑事責任追及を目的とするものではないとの理由のみで、手続における一切の強制が憲法35条の保障の枠外にあるとすることは相当ではない。
but
①当該郵便物の検査は、刑事責任の追及を直接の目的とする手続ではなく、そのための資料取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものではない
②国際郵便物に対する税関検査は国際社会で広く行われており、発送人・名宛人の有する国際郵便物の内容物に対するプライバシーへの期待はもともと低い
③郵便物の提示を直接義務付けられているのは郵便物を占有している郵便事業株式会社であって、発送人・名宛人の占有状態を直接物理的に排除するものではない⇒その権利が制約される程度は相対的に低い、
④税関検査の目的には高い公共性が認められ、大量の国際郵便につき適正迅速に検査を行って輸出入の可否を審査する必要があるところ、内容物の検査において発送人・名宛人の承諾を得なくとも、前記目的の実効性の確保のために必要かつ相当と認められる限度で検査方法が許容されることは不合理とはいえない。
⇒
裁判官の令状を得ずに、発送人・名宛人の承諾を得ることなく、前記の郵便物検査を行うことは、前記の関税法の規定により許容されている。このように解しても憲法35条の法律に反しない。
判例時報2501
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