« 控訴審で自白調書の信用性を否定⇒危険運転致死罪(一審)から過失運転致死罪(控訴審)へ | トップページ | 不動産競売手続における先取特権を有する債権者による配当要求と時効中断 »

2021年6月21日 (月)

「揺さぶられっこ症候群」で高裁で無罪とされた事案

①事件:大阪高裁R1.10.25
②事件:大阪高裁R2.2.6

<解説>
乳幼児の頭部が前後に激しく揺さぶられるなどして回転性の外力が加わることにより、脳の中などに損傷が生じて発症する同症候群について、その特徴的な症状とされる
①硬膜下血腫
②網膜出血
③脳浮腫
の3兆候
⇒暴力的な揺さぶり行為(虐待)があったと認め得るという考え方(SBS理論)
but
SBS理論に依拠した医師の診断を基礎に控訴提起⇒複数の無罪判決。

本件の2つの高裁判決:
3兆候の存在そのものが立証されているか疑問を呈するとともに、
①事件:内因性の疾患
②事件:低位落下等
の可能性が否定でいきない

SBS理論を単純に適用することに内在する危険性について問題提起。

【①事件】
公訴事実の要旨:
被告人(当時66際の女性は、…娘の次女である孫娘のB(当時生後2か月)の頭部に強い衝撃を与える何らかの暴行を加え、Bに急性硬膜下血腫、くも膜下出血、眼底出血等の傷害を負わせ・・・・前記傷害に起因する脳機能不全により死亡させた。

<原審>
公判前整理手続の結果、
Bが前記障害により死亡したこと
Bの受傷原因が外力によるものであること
は争いのない事実と整理され、
犯人性のみが争点とされた。

法医学の教授であるD医師の証言に依拠
⇒Bの受傷内容を、
急性硬膜下血腫、多発性のくも膜下出血、びまん性脳損傷に続発した脳浮腫、両目の広範囲にわたる多発多層性網膜出血等と認定、
Bにこれらの硬膜下血腫、脳浮腫、網膜出血が生じた機序は、頭部を揺さぶられる等して回転性の外力が加わることにより生じた、いわゆるSBSであるとした。
犯人は被告人しかいない⇒懲役5年6月。

<控訴審>
弁護人:
Bが死亡するに至った原因は、外力ではなく内因性の疾患、すなわち脳静脈洞血栓症とこれによって引き起こされたDICによるものであり、少なくともその合理的な疑いが残るにもかかわらず、SBS理論に依拠したD1医師、D2医師の証言のみを根拠に、被告人による揺さぶりが原因であると断定⇒事実誤認がある。

事実の取調べとして、
弁護士人が請求した、脳神経外科を専門とする医師2名(D3,D4)、脳神経内科を専門とする医師1名(D5)の証人尋問、
検察官が請求した、小児科を専門とする医師D1の再度の承認尋問等。

Bの
①病院搬送直後の血液検査のデータ、
②頭部CT画像
③症状
からすれば、Bの症状が外力によるものでななく、内因性の脳静脈洞血栓症とDICによるものであるという合理的な可能性が認められ、とりわけ、血液データは、どちらかといえば、Bの症状が外力によるものであるとすると矛盾する方向にあることも否定できない。

3兆候につき、
①原審が揺さぶりによによる外力が原因であると判断したことの重要な前提となっていた、架橋静脈の断裂により通常生じるとされる硬膜下血腫は、その存在を確定できない
②網膜出血及び③脳浮腫については、その兆候を認めるとしても、別原因を考え得ることが明らかになった。
・・・被告人がBに暴行を加えると推認できるような事情もなく、社会的な事実として、被告人がBに対し、揺さぶりなど頭部に強い衝撃を与える何らかの暴行に及んだとすることは多大な疑問があるとも指摘。

【②事件】
●公訴事実の要旨:
被告人(当時33歳の女性)は、・・・自宅において、実子である被害児(当時生後約1か月半)に対し、その身体を揺さぶるなどの方法によるり、頭部に衝撃を与える暴行を加え、回復見込みのない遷延性意識障害を伴う急性硬膜下血腫などの傷害を負わせた。

<原審>
小児科医であるD1医師、法医学の指導医であるD2医師の証言
⇒被害時は、複数の急性硬膜下血腫に加えて広範囲の一事性脳実質損傷が生じたことにより心配停止状態に至った。
急性硬膜下血腫とともに一事性脳実質損傷が生じ、続いて二次性脳損傷が生じて心肺停止に至り、低酸素脳症が生じた結果、 遷延性意識障害を来したと推認。
このような傷害機序⇒成人による激しい揺さぶり行為による回転性外力が被害児の頭部に加わったことが推認できる。

被告人及び弁護人が主張する、被告人の長男(被害児の兄、当時2歳6か月)による低位落下の可能性等を排斥。

<判断>
事実の取調べとして、
弁護人が請求した、脳神経外科を専門とする医師2名(D7、D8)の証人尋問、
検察官が請求した、小児科を専門とする医師(D1)の再度の証人尋問
原審は推認を重ねる手法。

判断者は、推認に推認を重ねていくとうい誤りが介在しやすい構造の事実認定を迫られていることに鑑み、そのような事情を想定することが不合理であるとして排斥できるかどうかを慎重に検討する必要がある。
有罪を導く推認の根拠となるべき医師の見解は、その推認を妨げる事情の存在を説得的に否定できる証拠内容を伴っていなければならない。

被害児の心肺停止及び脳浮腫が、事前に誤嚥等に基づく窒息が介在して生じた可能性について、そのような可能性を示す証拠内容が多数認められ、いずれも容易に排斥できないのに、十分に吟味しないまま、抽象的な可能性をいうものにすぎないとして排斥した原判決の判断は不合理⇒脳浮腫に先行して窒息が介在した可能性は否定されるとの検察官の主張を採用した点に誤りがある
⇒びまん性軸索損傷の存在を推認することはできない。

控訴審での脳神経外科医の証言
⇒急性硬膜下血腫の数そのものが、原審で前提とされていたものと異なる可能性のほか、出血源が架橋静脈の剪断ではなかった可能性。
原判決が依拠する小児科医の再尋問による証言内容は、強い回転性外力が加わったことの根拠としていた小脳テント付近の急性硬膜下血腫について、原審での証言内容を撤回するなど大きく後退
⇒架橋静脈の同時多発的な剪断を理由として、被害児の頭部に強い回転性外力が加わったとする推認は、その根拠が大きく揺らいでおり、推認を及ぼす力が相当程度縮小した。

判例時報2476

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
真の再生のために(事業民事再生・個人再生・多重債務整理・自己破産)用HP(大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文))

|

« 控訴審で自白調書の信用性を否定⇒危険運転致死罪(一審)から過失運転致死罪(控訴審)へ | トップページ | 不動産競売手続における先取特権を有する債権者による配当要求と時効中断 »

判例」カテゴリの記事

刑事」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 控訴審で自白調書の信用性を否定⇒危険運転致死罪(一審)から過失運転致死罪(控訴審)へ | トップページ | 不動産競売手続における先取特権を有する債権者による配当要求と時効中断 »