文書提出命令についての最高裁決定(刑事事件に関する訴訟に関する書類・法律関係文書)
最高裁R2.3.24
<事案> 文書提出命令申立て事案
本案:
A社の開設する病院の看護師の過失によりXの父Bが転倒して頭部を床面に強打したため死亡⇒A社に対し、使用者責任に基づく損害賠償を求める。
当該訴訟の控訴審において、Xが両事件に係る文書提出命令の申立てをした。
①事件:Bの死体についていわゆる司法解剖を行なった医師が作成した鑑定書やその写し等(「本件鑑定書等」)について、これを所持するY1(北海道大学)に対し、民訴法220条2号及び4号に基づいて文書提出命令の申立てをした事案
②事件:当該解剖の写真(「本件写真」)について、当該解剖を医師に嘱託した警察官が所属する地方公共団体であって本件写真を所持するY2(北海道)に対し、民訴法220条3号後段に基づいて文書提出命令の申立てをした事案
<規定>
民訴法 第二二〇条(文書提出義務)
次に掲げる場合には、文書の所持者は、その提出を拒むことができない。
一 当事者が訴訟において引用した文書を自ら所持するとき。
二 挙証者が文書の所持者に対しその引渡し又は閲覧を求めることができるとき。
三 文書が挙証者の利益のために作成され、又は挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき。
四 前三号に掲げる場合のほか、文書が次に掲げるもののいずれにも該当しないとき。
イ 文書の所持者又は文書の所持者と第百九十六条各号に掲げる関係を有する者についての同条に規定する事項が記載されている文書
ロ 公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの
ハ 第百九十七条第一項第二号に規定する事実又は同項第三号に規定する事項で、黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書
ニ 専ら文書の所持者の利用に供するための文書(国又は地方公共団体が所持する文書にあっては、公務員が組織的に用いるものを除く。)
ホ 刑事事件に係る訴訟に関する書類若しくは少年の保護事件の記録又はこれらの事件において押収されている文書
<原審>
①事件について:
本件鑑定書等は民訴法220条4号ホにおいて同号の文書提出義務の対象外とされた刑事事件に係る訴訟に関する書類又は刑事事件において押収されている文書(「刑事事件関係書類」)に該当しない⇒同号に基づいてY1にその提出を命じた。
②事件について:
本件写真は民訴法220条3号後段において文書提出義務の対象とされた「挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成された」文書(「法律関係文書」)に該当⇒Y2にその提出を命じた。
許可抗告の申立て⇒原審はいずれも許可
<判断>
①事件について:
本件鑑定等は刑事事件関係書類に該当⇒民訴法220条4号の文書提出義務の対象とならない⇒同条2号に基づく申立ての審理のため事件を原審に差し戻し。
②事件について:
本件写真が法律関係文書に該当するとした原審の判断は正当⇒Y2の抗告を棄却。
<解説>
●医療過誤事件における医療行為と患者の死亡との間の因果関係等の検討においては、死因の解明が出発点
死体の解剖が行われている場合には、その結果等が記載された文書が重要な証拠。
but
犯罪捜査のために司法解剖が行なわれたが不起訴となった場合、その結果等が記載された鑑定書等は、不起訴事件の記録として、刑訴法47条により、原則として公開の開廷前に公にすることが禁止。
⇒開始請求の方法により謄写等が認められない場合に、これを民事訴訟法において文書提出命令の対象とすることができるか?
●刑事事件関係書類(220条4号ホ)
原決定:
民訴法220条4号ホが刑事事件関係書類を一般的な文書提出義務の対象外とした趣旨は、これが民事訴訟において裁判所に提出されると、関係者の名誉及びプライバシーが侵害されたり、捜査及び刑事裁判が不当な影響を受けるおそれがあるということにある⇒このようなおそれがない文書は刑事事件関係書類に該当しない。
本件鑑定書等についてはそのようなおそれはない。
vs.
①開示により前記の弊害を生ずる場合には同号ロに該当する可能性が類型的に高いにもかかわらず、重ねて同号ホが設けられた趣旨は、同号ロに該当することを基礎づける具体的事情は監督官庁において述べる必要があるところ(民訴法223条3項)、監督官庁は捜査の秘密等との関係から詳細な事情を述べられない場合がある
②前記の弊害を生ずるか否かを的確に判断するには捜査情報を広く検討する必要があり、文書提出命令の申立てを受けた裁判所がインカメラ手続により対象文書を閲覧するだけでは不十分
⇒
民訴法220条4号ロに該当すると認められた場合だけを個別に文書提出義務の対象外とするだけでは前記の弊害の防止に万全を期することができない
⇒刑事事件関係書類の開示・不開示を刑事手続上の開示制度に委ねる趣旨で、これらを同号の一般的な文書提出義務の対象から一律に除外することにある。
③民訴法の条文においても、インカメラ手続の対象から刑事事件関係書類が除外されている(223条6項)。
最高裁:
本件鑑定書等は刑事事件関係書類に該当。
宇賀・林裁判官補足意見:
民訴法220条4号ホに掲げる文書の範囲を限定することについて立法論として再検討されることが望ましい
●法律関係文書
◎ 民訴法220条4号ホの刑事事件関係書類に該当する文書は、同号の文書提出義務の対象とならないものの、同条1号ないし3号の場合に該当すれば、これら各号の文書提出義務が否定されるものではない。
but
刑訴法47条は「訴訟に関する書類」を公判の開廷前に公にしてはならない旨を規定。
これには不起訴記録を含むと解される。
最高裁H16.5.25:
刑訴法47条所定の「訴訟に関する書類」に該当する文書について文書提出命令の申立てがされた場合であっても、当該文書が民訴法220条3号所定のいわゆる法律関係文書に該当し、かつ、当該文書の保管者によるその提出の拒否が、民事訴訟における当該文書を取り調べる必要性の有無、程度、当該文書が開示されることによる被告人、被疑者等の名誉、プライバシーの侵害等の弊害発生のおそれの有無等の諸般の事情に照らし、当該保管者の有する裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用するものであるときは、裁判所は、その提出を命ずることできる。
最高裁H17.7.22、最高裁H19.12.12:
平成16年最決の判断枠組みに沿って、法律関係文書に該当する文書について、刑訴法47条所定の「訴訟に関する書類」に当たる⇒その提出を拒否した保管者の判断に裁量権の逸脱又は濫用があるとして、その提出を命じている。
原決定:
本件写真が刑訴法47条所定の「訴訟に関する書類」に該当する旨のY2の主張に対し、本案訴訟においてこれを取り調べる必要性が在り、その開示により捜査や公判に悪影響を及ぼすおそれや関係者のプライバシーが侵害される具体的なおそれはない
⇒Y2が同条に基づきその提出を拒否することは裁量権の範囲を逸脱し又は濫用するものであって許されない。
◎本件写真が法律関係文書に該当するか?
原決定:
本件写真はBの司法解剖の写真であって司法解剖に基づく鑑定書の一部⇒Bの遺族であるXの解剖をされない自由を制約して解剖を受忍させるというY2(捜査機関)とXとの間の法律関係を肯定することができる⇒法律関係文書に該当。
平成17年最決、平成19年最決:
捜索差押許可状及び勾留状について、自由を制約してこれを受忍させるという法律関係を生じさせる文書であるとして法律関係文書に該当するとしたほか、
これらの発付を求めるために法令上作成を要することとされている請求書や法令に従って裁判官に提供された資料についても法律関係文書に該当
平成17年最決調査官解説:
刑事関係書類といっても種々多様⇒
法律関係文書に該当するかどうかは、文書提出命令申立人と所持者との関係、当該書類の作成目的、作成時期、内容等を勘案して判断する必要
本件最高裁決定:
法律関係文書に該当するかについては文書の記載内容やその作成経緯及び目的等を斟酌して判断すべき。
本件写真がBの死体についての司法解剖を内容とするものであり、Xは父であるBの死体が礼を失する態様によるなどして不当に傷付けられなことについて法的な利益を有し、
司法解剖が刑訴法所定の手続にのっとって行なわれるとしても、Bの死体に対する侵襲の範囲や態様によってはXの前記利益が侵害され得るものであるところ、
本件写真は司法解剖の経過や結果を正確に記録するために撮影されたものであり、犯罪捜査のための資料になるとともに、
司法解剖によるBの死体に対する侵襲の範囲や態様を明らかにすることによってこれが適正に行なわれたことを示す資料にもなると解される
⇒
司法解剖によるXの前記利益の侵害の有無等に係る法律関係を明らかにする面もある。
⇒
本件写真はY2とXとの間において法律関係文書に該当。
判例時報2474
大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
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