« 熊谷6年殺害事件で死刑(一審)⇒控訴審(無期懲役)となった事案 | トップページ | 市立中学校の柔道部顧問である教諭に対する停職6月の懲戒処分の違法性が争われた事案 »

2021年5月11日 (火)

ドーナツ提供による死亡⇒施設の准看護師の業務上過失致死罪(否定)

東京高裁R2.7.28

<事案>
特別養護老人ホーム(本件施設)に入所していた被害者(当時85歳)が、間食として提供されたドーナツを摂取して窒息し、死亡⇒准看護師に業務上過失致死罪が問われた。

<過失>
主位的:
被告人において、被害者の食事中の動静を中止して食物による窒息事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があったのに、これを怠った過失がある。

予備的:
被告人において、各利用者に提供すべき間食の形態を確認した上、これに応じた形態の間食を利用者に配膳して提供し、窒息等の事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、ゼリー系の間食を提供するとされていた被害者に本件ドーナツを配膳して提供した過失がある。

<原審>
被害者の死亡の機序:
本件ドーナツが喉頭ないし気管内を閉塞したため窒息が生じ、被害者はこの窒息により心肺停止状態に陥り、これに起因する低酸素脳症等により死亡。
主位的訴因に係る過失は認められない。

予備的訴因に係る過失について:
本件施設の利用者に間食の形態を誤って提供した場合、特にゼリー系の間食を配膳することとされている利用者に常菜系の間食を提供した場合、誤嚥、窒息等により、利用者に死亡の結果が生じることは十分に予見できたとして、予見可能性を肯定、
被告人は、当日、日勤の看護業務の間、介護士による間食の解除を手伝うために食堂に来たもので、被害者に対する間食の形態がゼリー系のものに変更されていたこと(本件形態変更)は伝えられていなかったが、介護士作成の資料を遡って確認するか、間食介助の現場において介護士に確認する義務があり、これを怠った過失がある。
⇒罰金20万円。

<判断>
●原判決の予見可能性について、
特別養護老人ホームには身体機能等にどのようなリスクを抱えた利用者がいるか分からない⇒「ゼリー系の指示に反して常菜系の間食を提供すれば、利用者の死亡という結果が起きる可能性がある」というところにまで予見可能性を広げたものと言わざるを得ない。
but
具体的な法令等による義務(法令ないしこれが委任する命令等による義務)の存在を認識しながらその履行を怠ったなどの事情のない本件事実関係

原判決のような広範かつ抽象的な予見可能性では、刑法上の注意義務としての本件結果回避義務を課すことはできず、被害者に対する本件ドーナツによる窒息の危険性ないしこれによる死亡の結果に対する具体的な予見可能性を検討すべき
原判決は、このような予見可能性を検討せず、本件施設における被告人の立場等についても実質的な検討をしないまま過失を肯定したもので、是認することはできない。

●被告人が介護資料を遡って確認すべき職務上の義務があったとはいえない。
①本件ドーナツによる窒息の危険性
②本件形態変更の経緯及び目的
③本件施設における看護職と介護職が利用者の健康情報等を共有する仕組み
④被告人が事前に本件形態変更を把握していなかった事情
⑤本件当日の状況

本件ドーナツで被害者が窒息する危険性ないしこれによる死亡の結果の予見可能性は相当に低かった
食品提供行為が持つ意味踏まえた上で、被告人において、自ら被害者に提供すべき間食の形態を確認した上、これに応じた形態の間食を被害者に提供し、本件ドーナツによる被害者の窒息等の事故を未然に防止する注意義務があったということはできない⇒過失を否定。

<解説>
予見可能性の対象、程度について、

判例:
結果及び因果関係の基本的部分を予見の対象とする具体的予見可能性説を採用
but
ホテルの経営者が防火防災対策の不備を認識していた以上、いったん火災が起きれば、初期消火の失敗等により本格的な火災に発展し、宿泊客らに死傷の危険の及ぶおそれがあることを容易に予見できたとする最高裁H2.11.16(川治プリンスホテル火災事件)、同H5.11.25(ホテルニュージャパン火災事件)のように、厳格な具体的予見可能性を要求しないものもみられる。

判例の具体的予見可能性の捉え方に幅があることについて、
判例上、注意義務を構成する結果回避義務の内容は発生根拠等によって要求される内容・程度が異なる得ることが示唆されており(最高裁H29.6.12:福知山線脱線転覆事故強制基礎事件)、本判決も同様の考え方に基づき、
法令等による義務の懈怠の認識のない本件の事案の下では、被害者に対する本件ドーナツによる窒息の危険性ないしこれによる死亡の結果に対する具体的な予見可能性を検討すべきとした。

ドーナツは被害者がこれまで問題なく食べていた食品であり、ドーナツで被害者が窒息する危険性は低かったゼリーとドーナツの取り違えの予見可能性から、直ちに結果の予見可能性を導くことはできない。

患者を取り違えて手術をした医療事故における麻酔科医の同一性確認義務を認めた最高裁H19.3.26(横浜市大病院患者取り違え事件)において、取り違え手術により確実に患者の身体に対する許されない侵襲が生じるため、当該患者について取り違えの予見可能性が肯定されれば、当然に結果の予見可能性も肯定されるのと異なる

判例時報2471

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
真の再生のために(事業民事再生・個人再生・多重債務整理・自己破産)用HP(大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文))

|

« 熊谷6年殺害事件で死刑(一審)⇒控訴審(無期懲役)となった事案 | トップページ | 市立中学校の柔道部顧問である教諭に対する停職6月の懲戒処分の違法性が争われた事案 »

判例」カテゴリの記事

刑事」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 熊谷6年殺害事件で死刑(一審)⇒控訴審(無期懲役)となった事案 | トップページ | 市立中学校の柔道部顧問である教諭に対する停職6月の懲戒処分の違法性が争われた事案 »