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2021年5月10日 (月)

熊谷6年殺害事件で死刑(一審)⇒控訴審(無期懲役)となった事案

東京高裁R1.12.5

<事案>
3日間にわたり、3世帯の住人6人が被告人により殺害され、金品が奪われた。

<事実>
被告人に各犯行当時の記憶がない
⇒責任能力の判断の前提となる事実関係を、犯行現場の客観的状況及び事件前の被告人の言動等から推認して、次のとおり認定。






平成27年12月から翌年5月まで鑑定留置が実施され、起訴前鑑定の結果、責任能力は問えるとの判断⇒被告人を起訴。
平成29年4月から8月まで、裁判員法50条に基づく精神鑑定が岡田幸之教授により実施(岡田鑑定)⇒被告人は統合失調症にり患していることが判明。

<争点>
被告人には犯行時の記憶がない⇒精神障害が犯行に与えた影響の機序につき被告人が説明することはできないうえ、被告人と弁護人との間の意思疎通も統合失調症のゆえに事実上困難⇒責任能力判断の前に、被告人の訴訟能力の有無が問題
被告人の精神的能力や意思疎通能力が相当程度毀損していたことを認めたものの、全く失われた状況ではなかった
弁護人及び裁判所の後見的役割をも加味すれば訴訟能力は失われていなかったと判断。

被告人による説明が不可能な場合に精神障害が犯行に与えた影響の機序をどのように判断するかという困難な問題をめぐって、責任能力判断の前提となる精神の障害とそれが犯行に影響を及ぼした機序に関する事実認定が最大の争点

<判断等>
● 責任能力の判断の枠組み:
被告人の精神障害(生物学的要素)の有無と内容に関する事実認定
精神障害の症状等が犯行に及ぼした影響の仕方(機序)に関する事実認定
を踏まえて
弁識能力・制御能力(心理学的要素)に関する法的評価をし、
責任能力の有無という法的判断を行う。

①②の事実認定
法律家による法律判断の前提であると同時に精神医学的な事実の認定でもある

裁判所は、基本的には専門家たる精神医学者が鑑定人として認定した事実を尊重すべき。

③の最終的な法律判断
裁判所が他の証拠から認められる事実をも含めて総合的に判断⇒精神医学者の意見には拘束されない。

確立された判例の立場

● 責任能力判断における精神医学者と法律家の役割分担について、
岡田教授の提唱にかかる「8ステップモデル」が裁判実務に浸透。
これによれば「ステップ④」にあたる精神症状等が犯行に及ぼした影響の仕方(機序)が「鑑定書の核」として最も重要とされる。

幻覚、幻聴、妄想等の精神症状が犯行に影響を及ぼしたと考えられる具体的な前提事実の認定が重要とされる。

●原判決:
被告人が統合失調症に罹患して被害妄想及び追跡妄想があり、それらが行動の全般にわたって影響を及ぼした蓋然性が高いとする岡田鑑定を採用しながらも、
妄想は現実的に基盤に基づいており、各犯行が統合失調症による病的体験に直接支配されたとは見られない⇒精神障害の影響は、背景的、間接的なものにとどまっていた⇒完全責任能力を認めた。
金銭に給した被告人が現実的な欲求に基づき強盗の犯行を決意したものであり、被害者らの殺害も金品入手のための妨害排除の行為とんみられる⇒被告人の行動は病的体験を前提としなくとも了解可能
⇒岡田鑑定の精神症状等が犯行に及ぼした影響、すなわち機序の部分を採用しなかった。

●本判決:
被告人に「金品入手の目的」があったと認定することに誤りはない。
but
原判決が、被告人の動機や目的を推認するにあたり、岡田鑑定により認定できる犯行当時の精神状態を十分に検討せず、妄想のみを前提とするにとどまり動機の形成過程を捨象した点は判断枠組みとして不合理。

岡田鑑定:
被告人は、犯行当時、統合失調症の影響により、前記妄想を有していたほか、「精神的な不穏状態」、すなわち「状況を誤って被害的に確信し、その誤った確信によって衝動的で突発的な行動をする状態」にあったと認められる

各犯行現場への侵入が妄想上の追跡者から身を隠す目的であった可能性を否定できず、
被害者らの殺害も被害者に対して誤った意味づけをして殺害した可能性を否定できない。
原判決による岡田鑑定の証拠評価には看過し難い誤りがある
⇒被告人の行動が了解可能な動機に基づく合理的な行動と評価することはできず、完全責任能力を認めた原判決の判断は、論理則、経験則に照らして不合理⇒原判決を破棄。

被告人は統合失調症に影響されてはいたが、自発的意思に戻づく部分も一定程度残されていた⇒弁護人の心身喪失の主張を退け、被告人は犯行当時心神耗弱の状態にあった。

<解説>
本判決:
原判決が精神障害の犯行を及ぼした影響の機序を認定するうえで、鑑定人の意見から認められる前提事実のうち妄想のみに着目して「精神的な不穏状態」が動機形成に与えた影響を十分に考慮しなかった点を、判断枠組み及び証拠評価の両面から不合理としたもの。

判例時報2471

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