身柄引受人が来なければ帰ることができない旨虚偽の説明により、令状執行まで3時間余り留め置き⇒尿の鑑定書の証拠能力否定で無罪の事案
横浜地裁R1.11.20
<事案>
銃砲刀剣類所持等取締法(銃刀法)違反の嫌疑で警察署に任意同行され取り調べを受けた⇒取り調べ終了後警察署に留め置いたうえ、矯正採尿令状に基づいて採取した尿から覚せい剤検出の覚せい剤自己使用の事案。
<主張>
弁護人:採尿に至るまでの捜査に違法がある⇒被告人の尿の鑑定書(本件鑑定書)は違法収集証拠として排除されるべき。
<判断>
所持品検査及び任意同行は適法であるが、
銃刀法違反の取調べ後の留め置きは違法⇒本件鑑定書は証拠能力がないとして証拠から排除。
自白に補強証拠がない⇒無罪。
AやCは、被告人に対し、身柄引受人がいなければ帰ることができないという虚偽の説明⇒被告人は、銃刀法違反の嫌疑がある以上、自由に警察署から退去できないと誤信⇒警察署に留まった。
被告人には覚せい剤使用の高度の嫌疑があり、留め置きのための説得行為の一環として、一定の限度において、有形力を行使したり、心理的な圧力を加えたりすること自体は許される状況にあった。
but
①被告人に対し警察署に留まるよう説得することに何ら支障はなく、虚偽を申し向ける必要性も緊急性もなかった
②留め置いた時間は短くなく、
③虚偽の説明は、被告人の退去の自由を直接に侵害する悪質性の高いもの
⇒
警察官らが被告人に携帯電話の使用、喫煙、飲料の購入等を許していることを踏まえても、任意捜査の許容限度から逸脱した程度は大きい。
①警察官らは説得の手間を省き、真意に基づくことなく警察署に留め置くため、意図的に虚偽の事実を申し向けたと考えられる
②その意図は組織的に共有されていた
③警察官らが明らかに不合理な虚偽の証言をしていること
⇒警察官らには令状主義の諸規定を潜脱する意図があったと言わざるを得ず、本件留め置きの違法の程度は、令状主義の精神を没却するような重大なもの。
被告人の採尿手続は、
本件留め置きによってもたらされた状態を直接利用し、かつ、覚せい剤使用の嫌疑のある被告人の尿の獲得という同一目的に向けられたもの
⇒本件強制採尿令状発付手続や採尿手続固有の違法がないことを踏まえても、本件鑑定書は、本件留め置きと密接に関連する証拠であり、これを許容することは将来における違法捜査抑制の見地からも相当でない⇒証拠能力を否定。
<解説>
● 留め置き等は、職務質問や任意捜査として行なわれるものであるところ、
判例:
留め置き等の適法性は、
①強制処分に該当するかどうか、
②これに至らないとしても、必要性、緊急性等を考慮し、具体的状況の下で相当と認められるかどうか
という基準によって判断されるべきもの。
最高裁H6.9.16:
積雪により滑りやすい状態にあった道路で自動車を運転していた覚せい剤使用の嫌疑のある被疑者が、警察署への任意同行に応じなかった⇒エンジンキーを取り上げるなどして、身体に対する捜索差押許可状の執行まで約6時間半にわたり、職務質問の現場に留め置いた
~任意捜査として許容される限度を逸脱し違法。
東京高裁H21.7.1:
①強制採尿令状請求準備までの段階(純粋任意捜査段階)
②その準備を開始した以降の段階(強制手続への移行段階)
に区分し、後者については、強制採尿令状執行のため被疑者の所在を確保する必要が高まっている⇒相当程度強く被疑者にその場に留まることを求めることができる。
(二分論)
vs.
犯罪の嫌疑の程度は協壊死採尿令状の請求準備を開始するか否かという警察官の判断により直ちに左右されるものではないなどとしてこれに反対する裁判例も。
現在の実務:
留め置きの時間、留め置きの態様、令状主義潜脱の意図の有無等を総合して、留め置きの適法性について判断し、
強制採尿令状の請求段階に入ったかどうかは必要性、緊急性を基礎付ける一事情と位置付け。
● 警察官の発言を考慮した裁判例:
・警察官が令状発付の事実を確認していないのに発付されていると返答⇒違法の程度を判断する際に考慮(大阪地裁)
・警察官の威迫的発言を違法とする判断する理由の1つとする(広島地裁)
but
警察官の虚偽説明を中核的理由として留め置きを違法としたものではない。
本件:
留め置き時間が3時間余りという、適法違法のいずれもあり得た事案について、
警察官らが被告人の意思を制圧したとはいえないとしながら、
警察官らが積極的に虚偽の説明をし、被告人をその真意に基づかずに留め置いたことを理由に、留め置きを違法としたもの。
● 違法に収集された証拠物の証拠能力:
判例:
証拠物の押収等の手続に令状主義の精神に没却するような重大な違法があり、
これを証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合
⇒証拠能力が否定される。
最高裁H15.2.14では、違法収集証拠であることを理由に尿の鑑定書の証拠能力が否定。
先行する手続に違法がある場合の後行の証拠収集手続の違法:
最高裁昭和61.4.25:
当該証拠収集手続の前の一連の手続における違法の有無、程度をも十分に考慮して判断すべき。
~
違法の承継を認めるもの。
but
最終的に獲得された証拠の証拠能力を判断するには、端的に、当該違法行為と因果関係を有する証拠がどのような場合にその証拠能力を否定されるかを検討すればよく、違法性の承継を論じる必要はないという見解も。
本判決:
違法の程度が令状主義の精神を没却するほど重大
←
①被告人を誤信させて警察署に留め置くという目的で、被告人の退去の自由を直接に侵害する悪質性の高い虚偽の説明を行なっている
②その意図が組織的に共有されていたことを重視
本件鑑定書を証拠として許容することは、将来における違法捜査抑制の見地からも相当ではない
⇒証拠能力を否定。
判例時報2468・2469
大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
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