取引相場のない株式の譲渡に係る所得税法59条1項所定の「その時における価額」が問題となった事案
最高裁R2.3.24
<事案>
法人に対する株式の譲渡につき、譲渡人の相続人である被上告人らが、当該譲渡に係る譲渡所得の収入金額を譲渡代金額(1株当たり75円)と同額として所得税の申告⇒当該代金額が所得税法59条1項2号に定める著しく低い価額の対価に当たるとして更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分⇒これらの各処分の取消し(更生処分については修正申告又は先行する更正処分の金額を超える部分)を求めた。
<争点>
当該株式の当該譲渡の時における価額であり、
上告人(国)はいわゆる類似業種比準方式によって算定した1株2505円
非上告人らはいわゆる配当還元方式によって算定した1株当たり75円
を主張
<法令等>
●所得税法及び所得税法施行令
所得税法59条1項は、同項各号に掲げる事由により譲渡所得の起因となる資産の移転があった場合には、譲渡所得の金額の計算については、その事由が生じた時に、その時における価額に相当する金額により、これらの資産の譲渡があったものとみなす旨規定。
2号において、著しく低い価額の対価として政令で定める額による譲渡(法人に対するものに限る「低額譲渡」)を掲げる。
所得税法施行令169条は、前記政令で定める額は、所得税法59条1項に規定する譲渡所得の基因となる資産の譲渡の時における価額の2分の1に満たない金額とする旨を規定。
●所得税基本通達
所得税基本通達は、所得税法59条1項の規定の適用における取引相場のない株式の価額の算定方法につき、評価通達における算定方法の例によるとして、これをいわば借用する形。
●評価通達
相続税及び贈与税の課税価格計算の基礎となる財産の評価に関する基本的な取扱いを定めたものであるところ、
取引相場のない株式の評価について、
原則的な評価方法を定める一方で、
株式の議決権の割合が小さい一定の株主については、例外的な評価方法を定めている。
<事実関係>
A株式会社の代表取締役であったBは、平成19年8月1日、有限会社Cに対し、所有していたAの株式のうち72万5000株を、代金額を配当完全方式により算定した1株当たり75円、合計5437万5000円として譲渡。
Aは、評価通達上の大会社に、
その株式は、取引相場のない株式に
該当する。
本件株式譲渡の直前におけるAの株式が有する議決権の割合:
Bが単独で15.88%
Bとその同族関係者を合計すると22.79%
本件株式譲渡⇒議決権の割合は、
Bが単独で8%
Bとその同族関係者を合計すると14.91%
Cが7.88%
本件株式譲渡の前後を通じて、株主の1人及びその同族関係者の有する議決権の合計数が議決権総数の30%以上となる株主、いわゆる評価通達188の(1)にいう同族株主にあたる株主はいなかった。
<争点>
被上告人ら:
評価通達188条の(1)~(4)の少数株主のうち、所得税基本通達59ー6(1)において触れられていない評価通達188の(2)~(4)の少数株主に該当するか否かの判定は、株式の取得者の取得後の議決権の割合により行なうべき⇒Cは評価通達188条の(3)の少数株主に当たる⇒本件株式譲渡時における本件株式の価額につき、配当還元方式により算定した額を主張。
上告人:
譲渡所得に対する課税の場面において、評価通達188の(1)~(4)の少数株主に当たるか否かの判定は、株式の譲渡人の譲渡直前の議決権の割合により行なうべき⇒Bは少数株主に当たらない⇒本件株式譲渡時における本件株式の価額につき、原則的な評価方法である類似業種比準方式により算定した額を主張。
<解説>
●譲渡所得とみなし譲渡
譲渡所得:
資産の譲渡による所得であるが、
譲渡所得に対する課税は、キャピタル・ゲインすなわち資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、その所有期間中の増加益を清算して課税しようとするもの。
所得税法は、キャピタル・ゲインに対する無限の課税繰延を防止するという目的から、未実現のキャピタル・ゲインに対する無限の課税繰延を防止するという目的から、未実現のキャピタル・ゲインに対する課税を行っており、これが同法59条1項のみなし譲渡の制度。
●評価通達における取引相場のない株式の評価方法
所得税基本通達59-6は、取引相場のない株式の評価につき、評価通達の例によることとしている。
評価通達:
原則的評価方法を定め、
大会社については類似業種比準方式を採用し、
他方で、例外的に少数株主が取得した株式については配当還元方式を採用。
←
①大会社は上場株式や気配相場等のある株式の発行会社に匹敵するような規模の会社であって、その株式が通常取引きされるとすれば上場株式等の取引価格に準じた価額が付されることが想定される⇒現実に流通市場において価格形成が行なわれている株式の価額に比準して評価することが合理的。
②少数株主については、会社支配力に乏しく、単に配当を期待するにとどまるという実情がある⇒評価手続の簡便性をも考慮して、配当還元方式を相当としたもの。
~
保有する株主によって価額が異なる。
純粋資産価額>類似業種比準価額>配当還元価額
●少数株主該当性の判断方法
株式譲渡に係る譲渡所得の計算のためにその譲渡時の価額を算定するに当たり、
当該株式の株主が少数株主に該当するか否かの判断を、
譲渡直前における譲渡人である株主について行なうべきか(「譲渡人基準」)
譲渡直後における譲受人である株主で行なうべきか(「譲受人基準」)
が問題となった。
<判断>
●取引相場のない株式の譲渡に係る所得税法59条1項所定の「その時における価額」につき、当該株式の譲受人が評価通達においてその株主が取得した株式は配当還元価額によって評価するものとされている株主に該当することを理由として、配当還元価額によって評価した 額であるとした原審の判断には、同項の解釈適用を誤った違法がある。
⇒原審に差し戻し。
●本判決:譲渡人基準を採用。
これまでの最高裁判例に沿って、増加益清算課税説をとることを示し、
所得税法59条1項は、同項各号に掲げる事由により譲渡所得の基因となる資産緒移転があった場合に当該資産についてその時点において生じている増加益の全部又は一部に対して課税できなくなる事態を防止するため、「その時における価額」に相当する金額により資産の譲渡があったものとみなすこととした。
所得税基本通達59-6が参照する評価通達が、取引相場のない株式の評価方法について、原則的な評価方法を定める一方、例外的に配当還元方式による場合を定めるのは、事業経営への影響の少ない同族会社の一部や従業員株主等においては、会社への支配力が乏しく、単に配当を期待するにとどまるという実情があることに基づくもの。
評価通達が少数株主の判定方法につき譲受人基準を採るのは、相続税や贈与税は、相続等により財産を取得した者に対し、取得した財産の価額を課税価格として課されるもの⇒株式を取得した株主の会社への支配力に着目したもの。
but
譲渡所得に対する課税においては、当該譲渡における譲受人の会社への支配力の程度は、譲渡人の下に生じている増加益の額に影響を及ぼすものではない
⇒譲渡所得に対する課税の趣旨に照らせば、譲渡人の会社への支配力の程度に応じた評価方法を用いるべきものと解される
⇒譲渡所得に対する課税の場面においては、相続税や贈与税の課税の場面を前提とする評価通達の定めをそのまま用いることはできず、所得税法の趣旨に則し、その差異に応じた取扱いがされるべき。
所得税基本通達59-6が、少数株主に該当するか否かの判断の前提となる「同族株主」に該当するかどうかは株式を譲渡又は贈与した個人の当該譲受又は贈与直前の議決権の数により判定すること等を条件に、評価通達の例により算定した価額とする旨を定めているところ、
この定めは、前記のとおり、譲渡所得に対する課税と相続税等との性質の際に応じた取扱いをすることとし、少数株主に該当するか否かについても譲渡人基準により判断すべきをいう趣旨のもの。
<解説>
●原審:通達の「文理」を重視すべきものとした。
vs.
通達は法規命令ではなく、裁判所を拘束するものではない
⇒ある取扱い(本件では譲受人基準により配当還元方式により評価すること)が法規命令に適合するか否かの判断は、飽くまで当該法規命令の解釈を行った結果、当該取扱いがそれに適合するか否かによるべきであって、通達の文言に左右されるものではない。
宇賀裁判官の補足意見:
所得税基本通達59-6が評価通達の「例により」算定する旨を規定
⇒本判決が指摘したような読替えを行うべきことは、所得税基本通達59-6の文理自体にも反しているとはいえないとの指摘。
●
①本件株式譲渡時における本件株式の価額は最終的には事実認定の問題
②通達は法規命令ではない
⇒
被上告人らが所得税基本通達59-6による評価方法以外の方法が本件には適切であるなどとして、通達が定める方法以外の方法により本件株式の価額が1株当たり75円であると主張すること自体は可能。
判例時報2467
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